どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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こうして、あざとい中学生は目が腐った高校生と出会う

 

 で。

 

「あ、それでだけど、何処がいいかな。このあたりだと───」

「サイゼだな。サイゼだろ。サイゼって言ったじゃん。はい、サイゼってことで」

「サイゼ? いいけど、女の子とのデートにサイゼとか、あんまり行かないほうがいいよ? なんていうかこう、あれ? ポイント低いみたいな」

「なんでだよ。サイゼ最高だろ。高校生の聖地だろ。わざわざ背伸びして洒落た店に行くより、堅苦しくないあの空気、最高じゃないの」

「そうかもしんないけど……」

「……あー、その。……背伸びすんのはもうちょい後な。見栄張って浪費する男にはなりたくねーんだよ」

「あ…………ひっきぃ……!」

 

 ぎゅむと腕に抱きつかれた。さっきより近い。強い。あったかい。あといい匂い。柔らかい。

 そんなわけで赤い顔でそっぽ向きつつ、サイゼへ入った。で、案内するために応対してくれたバイトっぽい娘が、俺を見て硬直。え? なに? なんでそんなあわあわしてんの? ……ああ、目が腐ってるからですね、解ります。だからそんな、赤い顔でちらちら見ながら案内すんのやめてください。

 で、案内されるままに座って、メニューも見ずに注文。

 

「早っ! メニュー見ないで決まってるんだ!?」

「おう。サイゼならメニュー全部覚えてるな。注文も大体安定してる。ただすまん、失敗した。ぼっち生活が長かった所為で、案内されてすぐに注文するのが癖になってた」

「あ、いいよいいよっ、あたしも大体決まってるし! えーとえーと……ヒッキーと同じので!」

「決まってねぇじゃねぇかよ……あ、すんません、さっき言ったの二つずつ───って、お前これが晩飯でいいの? 俺バイトだから構わんのだが」

「うん、もうママには連絡入れてあるから」

「そか。んじゃ、それでお願いします」

 

 注文をすればひと心地。……よくやった俺、噛まなかった。まあやっぱりする注文は大体安定してるし、慣れは大事だな。サイゼリアンでよかったー。

 やっぱサイゼだよ。サイゼだろ。ミラドリ……ミラノ風ドリアは欠かせないだろ? あとは学生のオトモ、ドリンクバー。

 辛味チキンもいいし───いやべつにピザとか頼まねーし? あんな他の誰かが大勢で頼んでシェアしてウェイウェイ言ってるようなものなんか興味ねーし? ミラドリ最強だし? って、とりあえずドリンク取りに行こう。

 

「ドリンク取ってくる。結衣はなにがいい?」

「あ、一緒にいくよ。……今のヒッキー、近くに居ないと不安だし」

「あ? なにがだよ。……おい、俺もしかしてドリンクも取りにいけない初めてのおつかい状態に見られてる? 言っとくけどお前アレだぞ、俺ほどのぼっちサイゼリアンにもなれば、一緒に来た相手に気を使うくらい熟練の技だっての。……頭ん中で」

「熟練の技が想像以上に寂しすぎだ!? そ、そういうんじゃないから、ほら、行コ? ヒッキー」

「お、おう……」

 

 立ち上がり、背を押してくる結衣と一緒にドリンクバーへ。

 ……つか、ほんと今日はやけに視線を感じる。ぼっちな俺としては正直嫌な気分だ。

 なんなの? そんなにこの眼鏡が似合わないってか? 結衣が買ってくれたものにイチャモンつけるとはいい度胸だ。来いよサイゼリアン。チキンなんて捨ててかかってこい! ヤロォオオブクラッシャァアアアアアア!!

 なんて考えてたらドリンクバーの前。女子高生がきゃぴきゃぴ言いながらドリンクをミックスして笑っている。

 あー、楽しそうでいいねー。俺もよくやってるよー。独りで。こっちとこっちを合わせるとどんな味になるんだろうねー、キャッハァソレアルー、やってみよー、とかな。……やべぇ死にたい。

 モシャアと発せられたぼっちオーラを感じたのか、女子高生二人が振り向く。最初は急かすんじゃねーよみたいな視線だったのに、一瞬でボッと真っ赤に。そして「あすすすすみませっ……」と言ってそそくさと逃げてゆく。

 

「…………《ドヤアアアア……!!》」

 

 そうだろう、思わず逃げたくなるほど結衣は可愛いからな。天使だからな。

 いやべつに俺の顔見てキモいから逃げたわけじゃないよね? 顔を赤くして涙滲ませるほどキモかったとか、そんなんじゃないよね?

 ……で、隣の結衣さんはなんでドヤ顔なんですかね。なんか“どう? これで解った?”みたいな顔してるし。胸張ってまで俺がキモいって証明したかったの? 泣くよ? あと胸張るのやめてください目のやりどころに困ってしまいます。

 とりあえず何故か無性にメロンソーダが欲しくなったのでメロンソーダを注ぎつつ、軽く飲んで脳内で“このわざとらしいメロン味!”を再現した。……なんかちょっぴり満たされた。いや、べつにドヤ顔で張られた胸がメロンだったからとかそんなんじゃないよ? ほんとだよ?

 ともあれ、席に戻れば案外どうでもいいような雑談に花を咲かせる。運ばれてきたドリアを口にしつつやはりサイゼだなと再確認。美味くて安い。高校生の求める理に叶ったもの。即ちリーズナブル。言うことないでしょ。

 

「………」

 

 しかしこの視線はなんとかならんものか。

 結衣が可愛いのは解るよ? おう、見つめるだけでは止まらず、思わず愛でたくなるまである。

 だが、どうにもこの視線は俺の方にも来ているようだ。

 ヒッキー知ってるよ? “みんな”がヒッキーのことを嫌いだってこと。

 だからこれは、お前じゃ結衣に釣り合わないと視線で訴えているのだ。うるせ、解ってるよ、んなことは。仕方ないでしょ本気で好きなんだから。あ? それでも不釣合い? 黙れ小僧! 貴様に結衣が幸せに出来るか! 俺はする。出来る出来ないじゃない、してみせるんだ。義務だとかそんなんじゃなく、自分の中にある芯でもって、必ず幸せにしてみせ───」

 

「…………なんだよ。そんな真っ赤になって」

「も、もう! ヒッキー! ヒッキー!!」

「な、なんだよっ……って、まさか」

 

 ああ……またですか。また口に出てましたか。どこらへんから? 黙れ小僧は勘弁してください。

 とか思ってたら拍手の嵐。次いで、「おめでとさーん!」とか「熱いねこのー!」とか野次が飛んでくる。

 「いいなぁあ……! 私もあんなイケメンにあんなこと真っ直ぐ言われたーい!」とか聞こえてきたが、あれだな、今のはリア充流のギャグだろう。俺達日陰者の青春がウケどころなヤツらのことだ、彼らに取り憑いている笑いの神様は相当捻くれているに違いない。きっとなんでもかんでも「ウケる」とか言うのだ。

 

「な、なななんでそんなことこんなとこで言うの!? そんなこと言ってくれるなら、見栄でもお洒落な場所がよかったのにぃいっ! もうちょっと女の子の気持ちとか考えてよぅっ!」

「ちょ、ちょっと待て。言うつもりは、というか言ってるつもりはなかったからノーカンだろこれ……」

「そんなの知んない! ヒッキーのばか! キモい! まじキモい!」

「解ったすまんもう言わない……《ずぅうううん……》」

「うわわ普通に傷ついた!? ヒッキーごめん! ごめんったら!」

 

 そんな愛の告白劇場は、聖地サイゼリアにて大喝采の内に終わった。

 やだ、なにこれ、もう恥ずかしくてここ来れない。

 結衣も同じだったようで、顔を真っ赤にして食事を終え、店を出るまで終始無言だった。

 

「あー……その。悪かった、な。さっき」

「あ、ううん……言ってくれた言葉自体は、本当に……嬉しかったから」

「う……すまん。今度はちっとでも洒落た店のこと、勉強しとく……。悪いな、ほんと……ぼっちじゃなけりゃ、伝手で知れた店くらいあったかもしれねーのに…………。はは……なんだプロのぼっちって。結局なんにも出来ねーじゃねぇか」

「ヒッキー……、───っ!」

「《ぐいっ!》おわっ!? ゆ───」

「ち、違うっ! そうじゃないよっ!」

「へ……? 結衣……?」

 

 急に腕を引っ張られ、困惑した俺の目の前に結衣の顔。

 ずれた眼鏡を直すのも忘れて、ぼうっとその顔を見つめた。

 

「あのね、ヒッキーだけが頑張ったってダメなんだよ……? あたしも頑張って、ヒッキーも頑張って……それで、二人で頑張ったことで励まし合うの。もう独りじゃないんだよ……? 頼ってよ、頼らせてよ……なんにも出来ないなんてことない……あたしがヒッキーを幸せにするから、ヒッキーはあたしを幸せにして。それは絶対に、ヒッキーにしか……ううん、ヒッキーじゃないと……嫌なんだ」

「…………結衣……」

「独りじゃやだよ……一緒がいい。二人がいいな…………ね? ヒッキー」

「………」

「……《ふわり》あ……ヒッキー」

 

 自然と、やさしく抱き締めていた。

 なんだろう、この……胸の奥から静かに湧き出してくる気持ち。

 さっきまでとは違う、焦りもないし慌てもしない、けれど強く確かな気持ち。

 いとおしい。大切で大切でたまらない。

 そんな人のために、自分に出来ることが少ないことが、たまらなく悔しい。

 成長したいと思う。変わりたいと思った。

 だから───…………だから、ええっと。

 

「……とりあえず、このサイゼにはしばらく来れないな」

「う……うん、だね……あはは」

 

 温かい気持ちのままに、軽い冗談を言って笑う。

 気持ちは固まった。慌しかった少年独自の愛だの恋だのも鳴りを潜めた。代わりに、酷く落ち着いた、けれど深く温かい感情が体を包んでいる。

 顔を見合わせれば、きっとキスをしてしまう。なんだか結衣もそれを望んでいるようにも感じたけれど───サイゼ前ではいくらなんでも結衣が可哀想だ。

 

「……今度、高校生でも手が伸ばせる、お洒落な店でも探しとくわ……」

「……あたし、べつにその……ここでも、嫌って……言わないよ?」

「《ぽりぽり……》見栄張りたい時くらい、張らせてくれ」

「……えへへ、うんっ、待ってるっ」

 

 それからは手を繋ぎ、腕を組んで帰った。

 手を繋ぐか腕を組むか、どっちか一つにできないのかと言ってしまう。そのくせ振り払おうともしないで、恋人繋ぎで絡まった指は、むしろ俺が決して離そうとしない。結衣は仕方ないなぁって感じで笑っていて、俺はそっぽを向いて。……しゃーないでしょ、恥ずかしいんだから。

 ……なんだろな。尻に敷かれる未来しか見えないな。やっぱこれ、惚れた弱みだろ。

 

  ×  ×  ×

 

 本屋でのバイトを始め、整理したり運んだり在庫確認したりレジ打ったり。

 昔から少々計算は苦手だったが、それも随分と克服出来た。やはりぼっちは素晴らしい。努力すれば、協力しなきゃ出来ないこと以外は大体出来る。

 けどそれだけじゃあ結衣は幸せに出来ないから、もっと学ぶべきはあるのだ。

 ま、今はそれより仕事仕事。任される前の責任からは全力で逃げる俺だが、金を貰っている以上は全力で責務を全うする。

 

「………」

 

 しかし、なんだ。さっきから女の客が多い気がするのは気の所為か? 気の所為だな。きっとそういう雑誌が出たってだけだろ。

 

(ラノベか。しかも青い背表紙。ほう、君はガガガを嗜むのか。なかなかいい趣味をしている)

 

 レジを打ち、カバーをかけるかを訊いて、お決まりの台詞で対応して終了。

 

(しっかしファッションね……伊達眼鏡もアクセサリだってんだから、世の中よく解らん。目が悪い人のために作られた筈なのに、そうでもない人が度の入っていないものをつける……なんか、あんまいい気分じゃねぇよな)

 

 まあ結衣にもらったものだからつけとくけど。

 ああ、早く結衣に会いたい。ああいやいや仕事はきちんとする。これは曲げない。責任は果たすべきだからな。負う前なら全力で逃げるが。

 

「らっしゃっせー」

「ぷふっ……!」

 

 コンビニみたいな対応をしたら、本をレジに持ってきた女が笑った。

 女性雑誌だな。なんつーか、お洒落系の。

 

「あのー、ちょっと探してる本があるんですけどー」

「お……はあ、なんでしょう」

「えっとー、○○って本なんですけどー」

「ああ、あれだったらそこの女性雑誌コーナーの───」

「えー? 解んないですよぉ。案内してくれませんかー?」

「………」

 

 うぜぇ。なにこの馴れ馴れしい生き物。

 普通、人って店員とかには遠慮がちに話しかけるもんじゃないか? あれ? 俺だけ? やべぇな、ぼっちってば人にやさしすぎだってばよ。やさしすぎて団体行動だと空気になって迷惑かけないまである。

 まあどちらにせよアレだなアレ。レジ係りが動くわけにもいかんし。

 

(あっちで暇そうにしてる長澤くんにでも───《ちらり》)

「───!《ギラッ!》あのー、今すぐ見たいのであなたに案内してもらっていいですかー?」

「あ? やだょ───ごほごほんっ、……あー……見ての通りレジの仕事中ですんで」

「えー? いいじゃないですかーちょっとだけですからー」

「やです あー、おーい長澤く───」

「なんでですかぁー! ちょっとくらいいじゃないですかぁー!」

「いやなんでって……なんなのお客様。べつに本見たいだけなら長澤くんでいいでしょ。なに、長澤くん嫌いなの? 彼ああ見えて長澤くんだよ? 頑張り屋さんって噂だよ? 苗字しか知んねーけど」

「聞いた言葉思い出してもほんと苗字しか知らないじゃないですか……もうとにかくあなたでお願いしますよー」

「やだよ。人を選ぶお客様なんて本屋に相応しくねーだろ。もう客じゃねぇよそれ。せめてそのあざとさ無くしてから声かけろ」

「あざっ……な、なに言ってんですかー、これが素ですよー」

「……生憎だな。他のやつは騙せても俺ゃ騙されん。つか、男をからかいたいならもっと空気読めるようになってから出直せ。どーすんの、この店の空気。完全にみんな固まってるじゃねーの」

「え、え───あー……えと」

「はい、つーわけで540円になりまーす。あざっしたー、またっしくださっせー」

「…………《ぽかーん……》」

 

 なんなんだろうな、今日は。視線をずっと感じるし、やけに突っかかられるし。

 帰りに店の外の自販機ででもなんか買ってくか。マッカンあればいいのに、ないんだよなーここ。

 そのくせ、いろはすだけは無駄に充実してるし。いろはす、いろはすねぇ……。もっと甘いのが飲みたいな……。いろはす-MAXコーヒー味-とかないのかね。ないか。そりゃないわ。透明色でマッカンの味とか出せたらもう尊敬しちゃう。

 

「はぁ……いろはす~……」

「!!《びくっ!》ふえっ……!?」

「あ?」

 

 いろはすに込めた思いを溜め息とともに出したら、さっきの女がびくりと肩を震わせ、顔を赤くしながら俺を見た。

 え? なに? やっぱり目ぇ腐っててキモい? や、そりゃいろはすに思いを込めたくせに、溜め息交じりだったから“いろはす~”じゃなくて“いろは《スー》~”って感じに、“す”が息が抜けるみたいに聞こえたかもしれんが……いや、これ俺の脳内事情しらなきゃ別にヘンに思うことでもねーだろ。

 なに? じゃあなんなのこの娘。

 

「ななななんですかなんでいきなり人の名前呼んでんですかむしろなんで知ってるんですかストーカーですかいくら顔がよくたってそれは無理です出直してきてくださいごめんなさい」

「いや……いきなりなに? なんでいろはす言っただけでストーカー扱いされて振られてんの俺」

「え、だ、だっていきなり人の名前っ……いろはって言ったじゃないですか!」

「あ? いろはすだろ、俺が言ったの。ほれ、外の自販機にある」

「なっ……あ、……ふああ……!?《かあぁあああ……!!》」

 

 いろはね。あら、いい名前じゃねーの。兄妹が居たら“ほへと”とか“にほへ”とかそういう名前だったりするのかしら。

 ……っと、一応ママさんに言われてることは守らんと。

 

「八幡だ」

「ふえっ……?」

「名前。八幡だ。一方的に聞こうが知ろうが、名前を知ったら名乗り返せって教えられてんだよ。よろしくしなくていいから受け取っとけ。比企谷八幡だ」

「あ……はい……その。一色いろはです……」

「……ほんとにそういう名前なのな。まあいいけど」

「まあいいけど!? ひ、人の名前聞いといてまあいいけどってなんですかー!」

「あーはいはい、どこ中か知らんけど制服のまま騒ぐんじゃねーよ。あとな、罰ゲームとかなら余所でやれ。それともあざとさで男が釣れるかとかで遊んでんのか?」

「ひぇうっ……!? な、なんのことで……」

「あーそーかい。しらばっくれるのはべつにいーけどな。外でお友達が待ってるぞ」

「うあっ……!」

「それともなに。お前がイジメられてる方?」

「……そんなんじゃないです《プイッ》」

「あ、そう」

「……はぁ。なんていうか、顔がいいだけで中身最悪ですねー、あなた」

「明らかに作ってる話し方とキャラ、そんでもって外でこっちを笑いながら見てる女ども。こちとらそんなもんもう何度も経験してんだよ。だから言ってやる。罰ゲームお疲れさん。騙されて馬鹿にされて傷つくヤツの気分も、ちったぁ味わってみろ」

「…………えっ!? もしかしてその顔でイジメとか遭ってたんですかっ!?」

「その顔ってどの顔だよ……」

 

 なんなのみんな。そんなにひどい顔してる? 俺これでも結構顔立ちは整ってると思ってたんだが……。

 ああ、まあ、目が台無しにしてるって散々言われたからもう期待しねぇけど。

 つまりそんな俺を受け入れてくれた結衣はマジ天使。

 

「へぇええ……イケメンでもイジメとか受けるもんなんですねー……あ、まあ可愛すぎてイジメられるってのも女子の間ではありますけどねー」

「おい。つうかいつまで居るのお前。会計済んだなら帰ってくれませんかね……」

「いやー、それがなんだか急になにかを買いたい気分になったかもしれなくてー。ほらほら、お客さんかもしれませんよー?」

「……うぜぇ」

「うざっ……!? ちょ、こんな可愛いお客さん相手にうざいってなんですかー! あ、もしかして俺もう散々モテたから女なんてめんどくせえアピールですかうわぁさすがにそんなもの目の前で見せられたら常識的に引きます無理ですごめんなさい」

「いや……だからさ。なんで勝手に勘違いして人振ってんのお前……今までの人生、モテたことなんて一度もねーよ」

「またまたぁー、だったらこんなに可愛い子がこんなに構ってほしそうにしてるのに、うざいなんて言うわけないじゃないですかー」

「……誰も信用してねぇからだよ。もういいだろ、迷惑だ、帰ってくれ」

「………」

「………」

 

 きっぱりと言ってやると、女は黙った。黙ったのに、出ていこうとしない。

 

「……なんだよ」

「……あ…………あ、の……。え、と……」

 

 ぽそぽそと呟いて、ケータイを取り出す。

 そしてさっきまでの態度とはまるで違う様相で、「アドレス……教えてくれませんか」と言ってきた。もちろん教える理由はない……ないのだが。

 

「あの……イジメとかじゃ、ほんとにないんです。罰ゲームといえばそうなのかもしれませんけど……その。あなたのことが気になっている子が居て……」

「そうか。悪いが婚約済みだ、他を当たってくれ」

「こんやっ……!? えぇえええっ!? ななな何歳ですか!? え!? 1コ上くらいじゃないですか!?」

「今年の8月で16になる15だようるさい静かにしろ」

「え……15で働いていーんでしたっけ……」

「15になってから最初の3月31日を過ぎればいいんだよ。あといちいち上目遣いとか媚びる姿勢取るな鬱陶しい」

「うわー……わたし、男子に鬱陶しいとか言われたの初めてです……」

「あーそりゃよかったなー。ありあしたー」

「まだお客ですってばー!」

「うるさい。あとうるさい。店内ではお静かにという名ゼリフを知らないのかよ」

「いえあの……ほんとお願いします……アドレス聞かないと、いろいろやばいっていうか……とにかくやばいんですよぅ」

「そうか」

「は、はい」

「………」

「………」

「……………」

「…………?」

「…………」

「なんで教えてくれないんですかー!」

「いや知らねぇよ。つか、なんで教えてもらえるって思ったわけ? 俺ちゃんと返事したでしょ、“そうか”って。いつ教えるって言ったの? ねぇいつ? 八幡わかんない」

「うわー……この人いろいろ最悪です……」

「そうだな。これは今までお前に切り捨てられてきた純情な男たちの痛みだと思え。たとえばあそこで結局呼ばれなかった長、長…………長なんとかさんの分だ」

「わたしでも思い出せるのにどれだけ薄情なんですか……」

「いいんだよ……ぼっちに職場仲間とかいらねーよ。居たって時間が奪われるだけだろーが」

 

 前の席の佐藤くんとか、同じバイトである長……くんとか。なんだったっけ本気で。

 はぁ……それにしても帰らねぇなこいつ……。どうしてくれようか。

 …………。……ほーん?

 

「帰らねぇの?」

「アドレス、教えてください」

「脅されてるのか?」

「いや……その。なんていうかほら、アレです」

「あー解ったもういい、それ誤魔化したい時のアレだ。ようするにあそこに居るアレどもは友達じゃないわけだ」

「……い、いやーほら、わたしこんなに可愛いじゃないですかー。だから男子たちにモテちゃいましてー。……別に、好きでもない男子を振ったら、その男子のこと好きだったコが…………あはは、よくある話ですよね、ほんと。よくありすぎて、ドラマか~って笑っちゃいました。……ほんと……なんでこんな……」

「おいちょっと待て。振った恨みのくせになんで俺のことが気になるって話になるんだよ」

「……そのコとは別の子なんです。それくらい解ってくださいよ……」

「集団行動なんてろくなことに繋がらねーな……やっぱぼっち最強だろ。お前もそんなやつらとつるんでないで孤高のぼっちでも目指せばいいじゃねぇか」

「いやですよー……だって、なんか負けたみたいじゃないですかー……」

「負けて何が悪い」

「え───」

 

 最近の若い子ったら負けることがそんなに怖いのかね。

 負けは別に悪いことじゃねぇだろ。誰に迷惑かけるでもない、自分の人生上で好き勝手に負けることのなにが悪い。

 むしろ負けることで状況がさっさと解消されるなら、何故それを選ばない。

 普段から面倒ごとが嫌いだとかウェイウェイ言ってるくせに、どうしてわざわざ面倒事に潰されたままで居るのか。プライドってやつか? ……やつだろうなぁ。

 負けちまえば楽なのに、それを捨てられないから負けず勝てずを続けている。

 ぼっちは負けることが常だから関係ないけどな。ルーズを常に胸の中に。ルーザーって名前だけならカッコイイだろ。意味なんて知らなきゃ解んねぇんだから。うんそれ当然のことだった。てへり☆ ……すまんキモかった。

 

「つまりだ。負けることに恥もなにもねーんだよ。勝ち負けなんて双方が勝手にそう思うだけのことだろうが。負けたら負けたまま足元掬って勝てばいい。孤独の強さは集団の安心に包まれて誤解しているお山の大将には一生解らん。強いつもりで居てあっさり負けたら、そいつはその地位を無くして逆に馬鹿にされるだけだ。強いと思い込んで踏ん反り返って努力もしない馬鹿なんて、何度負けようがいつかは勝てばいいんだよ。無くすものはないこっちに比べて、相手は全部無くす。最高の好条件での戦いじゃねーの。これ以上なにを望むよ」

「……捻くれた性格してますね」

「───……おう。羨ましいか」

「……ちょっと、かもです」

「まじかよ……」

 

 捻くれた性格してますね、と言われた時。“正しくあろうとした自分なんて、ガキの頃に常識に潰されたよ”と……そう、口が滑りそうになった。

 ……結衣って理解者が出来て、浮かれてんだろうな。

 ここに結衣は居ない。余計なことは言うな。傍に結衣が居ない時は、正しくぼっちであれ。

 

「あ、ところであなたはどこの高校なんですかー?」

「あ? 総武高校……いや忘れろ、知らなくていい」

「総武! 奇遇ですねー、わたしそこ狙ってるんですよー!」

「口数減らして静かになってから受験するんだぞ……お前なら出来る」

「ほんっと容赦の一切もなく失礼ですね……あ、でも、ってことはですよー? あなたはわたしの先輩になるかもしれないってことですよね?」

「残念だったな、一色……まあ、また再来年があるさ」

「なんで来年落ちてること前提なんですかー!」

「いやいいよ、くるなよ……むしろなんで総武なんだよ……」

「……あいつらが来られないからに決まってんじゃないですか」

「おう。なかなかの澱んだぼっちアイだ。お前、女の友達も男の友達も居なさそうだもんな」

「なななに言ってんですかやだなー先輩、わたしにだって友達の一人や二人……」

「あざとい性格は同姓に嫌われやすいし、特定の男子が友達だと他のやつらもわらわら来て鬱陶しい。利用する男子は居たとしても、そりゃ友達とは言わねぇわな。結論を言おう。お前は友達というカテゴリでは間違いようのないくらいにぼっちだ」

「………《ぷくー》」

 

 返事の代わりに、あざとさのない感じのままに頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

「普通の表情もできんじゃねーか。総武ではそれでいけよ」

「なに言ってんですか頬を膨らませたまま生活しろってんですか頭大丈夫ですかごめんなさい」

「お前ほんと初対面? 遠慮なさすぎじゃない? まあお陰で俺も修羅になれるってもんだが」

「や、やさしいせんぱいでお願いします……」

「生憎だが俺の感情の大半は、───…………」

「? 先輩?」

「…………後輩なんてカテゴリ、考えたこともなかった」

 

 先輩も後輩も考えてなかった。それに向けるべき感情も、希望も期待もなにもかもだ。

 つまりその部分では結衣への感情が外れる。あれ? 後輩相手ってどうすりゃいいんだ? やだ八幡こんなの初めて。や、やさしくしてね……ってそうじゃねぇよ。漫画で得た知識とかよく解らん。いずれそっち側のことも勉強しなきゃなんだろうが……え? マジで? いや、俺エロォスとかの内容、よく───って、今考えることじゃねぇよこれ。

 

「……ま、いいわ。気の向くままに行動すりゃいいだろ。んじゃ…………ほれ、アドレス」

「え……いいんですか?」

「ああ。いつでも暇してるからメールしてやってくれって、そいつに言ってやれ」

「…………《むすー……》」

「なんだよ」

「いえ……なんか心を許しそうになった自分が恥ずかしいっていうか。結局アレですよねー、男なんて女子からメールが貰えれば、誰でもいいんですよねー」

「は? やだよそんなの。なんで知りもしないやつからメール貰って喜ばなきゃなんねーんだよ」

「え? だってこれ……………………あの。これ、“誰の”メアドですか?」

「剣豪将軍のだ。おっかしーなー、俺アドレス教えてくれって言われただけで、誰のとは聞いてないんだがなぁ」

「───…………あ、あー、そういえばわたしも、“あの人よくないー? ちょっといろはー、アドレス聞いてきてよー”って言われただけで、誰のとは言われてませんしねー」

「…………へっ」

「……へへっ」

 

 にひっと笑い合い、アドレスの件はそれで解決。

 俺はようやっと会計に来てくれた男性客を迎え、一色にはシッシッと手を振った。

 対する一色は男の後ろでべーっと舌を出したあとにパタパタと外へ。迎えた女子中学生どもがきゃぴきゃぴ騒いでいるが、そのさなかに、ニヤアアと悪い顔で笑った一色を、俺は見逃さなかった。

 ああ、ありゃあ立派なぼっちになる。もしくは今よりも計算高いあざといさんになる。

 ……と、まあ。本日そんな出会いがありましたとさ。

 もう二度と会うこともないだろうがな。


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