どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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こういうことから、比企谷八幡は押しに弱いと推測される

 

 

  ……なんて思ってたんだが。

 

 その夜。

 

「《ヴー、ヴー》……んお?」

 

 勉強をしているところにメールが届いた。……そろそろ着信音とか考えてみるかな。やかましいのだと勉強中に集中できなくなるからつけなかったけど。

 さて、何処からのメール……って、アマゾンさんだな。だってそれ以外知らないし。結衣の以外は。と開いてみれば、知らないアドレス。

 スパム先生だな。いつもお疲れ様です……───って、え? なに? なにこれ。

 

 FROM いろは 22:22

 TITLE せ~んぱいっ♪

 届いてますかー? いろはちゃんです。

 そういえば目的である先輩のアドレス聞いてなかったなぁって思って、せっかくなので剣豪将軍さんに聞いちゃいましたっ☆

 

 おいジェネラル。おい。ちょっとなにしてんの将軍様。信じらんない! なんて人! 人のアドレス勝手に教えるなんて! あ、俺も教えてた。

 いやでもこのアドレス、材木座が勝手に教えてきたやつだしな。

 “わ、わわわ我は一度でいいから赤外線通信とやらをやってみたいのだ!”とか必死な顔で言うから……い、いやべつに? 俺もやってみたかったとかそんなんじゃねーし? だから阻止したよ。あ? アドレス? 独特だったから覚えちまっただけだよ。だってまんまなんだもん。人のこと言えねぇから材木座にも覚えられたんだろうけどな。

 

「……うむ」

 

 ここはアレだな。早急に返信準備をして、差出人の名前をメーラーデーモンさんにして、と。

 はい送信。

 

「《ヴー!》うおっ!? ……速いなおい」

 

 FROM いろは 22:26

 TITLE re:re:ちょっとふざけないでくださいよ

 いくらなんでもそれでの返信はどうかと思います。書店で中学生を脅してたって通報しますよ?

 

 FROM 八幡 22:29

 TITLE やめろばか あとre:くらい消せ

 脅したどころかこっちが喧嘩売られたわ

 よく大して知りもしない男にメールとか送れるな

 最近の中学生って勇気あるな 無謀なだけか アドレス曝しとか気をつけろよ

 

 FROM いろは 22:32

 TITLE 先輩だって句読点くらいつけてくださいよ。

 心配してくれてるんですか? 面倒くさがりっぽいのにやさしいんですねもしかして婚約者が居るくせに女たらしなんですかすいませんさすがに無理ですごめんなさい。

 

 FROM 八幡 22:35

 TITLE ばっかお前

 俺はいつだって婚約者一筋だっての 句読点は婚約者相手以外につけないくらい特別な

 あとお前ほんと無防備すぎるから簡単にメールとか出すな

 それともあれか? 罰ゲームの延長か?

 

 FROM いろは 22:39

 TITLE ありがとです

 心配しなくてもこれ、捨てアドだから平気です。

 曝されても文字通り捨てちゃうんで。

 

 FROM 八幡 22:39

 TITLE あそ

 あ、そ。

 

 短く打ってはい終了。心配とかいらんかったわ、無用だったわ。そわそわして損した。

 こういう時は結衣にメールだな。いやべつに婚約者云々言われたからドキリとしたとかじゃないよ? 八幡とっても一途だし。でもヒッキー知ってるよ? 男の一途さはどうあれ、相手は怒る時は怒るって。

 なので後々の誤解に繋がりそうなことは早々に報告、潰すに限る。

 さっきからケータイがヴーヴー言ってるけど知りません。

 つか、文章打ってる最中に届くな、鬱陶しい。ちゃんと句読点打ってあげたでしょ満足しなさい。それともなに? 一分かからず返信してやったのが気に入らなかったの? ないわぁ、マジないわぁ。

 

 FROM 八幡 22:45

 TITLE 婚約者様に相談です

 本日、僕のバイト先に一人の中学生がやってきました。

 頻りにメールアドレスを教えてくれと言ってきたので知り合いのものを教えたら、その知り合い経由でメールが届きました。

 それからメールが何度も届いていて困っています。

 しかも相手がぼっちっぽいので気持ちはなんとなく解るような。着拒するべきでしょうか。

 

 ……なんかものすげぇ堅苦しいメールになった。やだ困る、平塚先生みたい。

 なんであの人、メールだと堅苦しいんだろうとか思ってたら、自分がなっちゃったよ。

 

 FROM ☆★ゆい★☆ 22:50

 TITLE notitle

 頻←(´・ω・`)?

 

 FROM 八幡 22:52

 TITLE おい

 そんなんで5分も悩んでんじゃねーよ。

 しきりだよしきり。しきりになんたらかんたら~ってあるだろが。

 だが考えるのは悪くない。脳に刺激を与えるのはいいことだ。頭がよくなる。頑張れ。

 

 FROM ☆★ゆい★☆ 22:52

 TITLE re:1

 そうなんだ! (`・ω・´)!

 じゃあじゃあ頭とかたたいてたら天才になれるね! .+:。(´ω`*)゚.+:。

 来月とかヒッキーより頭よくなってたらどうしよ! (ノω`)プププ

 

 FROM 八幡 22:54

 TITLE あー

 その言動がもう馬鹿っぽいから背伸びすんな。

 勉強、解らないところがあったら教えてやるから。

 つかそのメールを一分かからず打てるくせに、どうして頻りで5分悩むんだよ。

 

 FROM ☆★ゆい★☆ 22:55

 TITLE re:2

 もう敷居のことはいーから!それよかアドレスきいてきた人って誰!?ヒッキーのアドレス知ってる友達とかいたの!?勉強教えて!(`・ω・)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

 

 FROM 八幡 22:55

 TITLE re:re2

 頻りな

 

 FROM ☆★ゆい★☆ 22:56

 TITLE ヒッキー!ヾ(*`Д´*)ノ

 答えになってないし! あとなんかヒッキー怒ってる?(´・ω・`)?

 顔文字使ってくれないと解んないよ。

 

 FROM 八幡 22:57

 TITLE (# ゚益゚)

 別に怒ってないぞ。

 

 FROM ☆★ゆい★☆ 22:58

 TITLE 明らかに怒ってるよね!?Σ(゚д゚lll)

 ごめんね、なんか怒るようなこと書いちゃったなら謝るから

 あ、でも、アドレスきいてきた人も気になるっていうか。女の子なのかな。(´・ω・`)

 

 FROM 八幡 23:00

 TITLE べつにほんとに怒ってない

 すまん、悪ふざけがすぎた。怒ってないから安心してくれ。

 アドレス訊いてきた相手は女だ。ただしぼっち中学生が友人(笑)に脅されてやったようなもんなんだそうだ。

 だから材木座のアドレス教えてやった。そしたら材木座経由でアドレス聞いてきたやつからメールが来た。だから相談したんだ。

 

 FROM ☆★ゆい★☆ 23:02

 TITLE よかった(*´ω`* )

 怒ってなくてよかったー! もうびっくりさせないでよヒッキーのばか! (○`ε´○)プンプン!! 

 中学生かぁ……いじめなのかな。心配だね。そんなに知りたいなら自分でいけばいいのにね。(-゛-;)

 でもその子も勇気あるよね。別人のアドレスなのにその人にヒッキーのこときくなんて。Σ(・ω・ノ)ノ

 ところで材木座ってなに?(´・ω・`)? 新しいシアター?(´・ω・`)?

 

 FROM 八幡 23:03

 TITLE その顔文字は流行らないし流行らせない。

 男子の知り合いだ。友達ではない。むしろ友達なんて居ない。結衣が居ればいい。

 

 FROM ☆★ゆい★☆ 23:05

 TITLE ヒッキー! もうヒッキー! もう!!

 ママにうしろからメール見られて恥ずかしかったし!なんで急にそんなこと言うの!

 しかも出てってくんないし!にこにこしながら孫はまだかしらーとか言ってるしー!ヒッキーのばか!

 

 ……あ。顔文字無くなった。

 今大絶賛からかわれてるんだろうな……気づけば30分以上やってるし、そろそろ終わりに───《ヴィー》いや寝なさいよ。もう良い子は寝る時間だよ? これで材木座だったらもう笑うけど。

 

 FROM ☆★ゆい★☆ 23:06

 TITLE notitle

 でも大好き。

 

「……っ……ぅ……ぁ……《カァアア……!!》」

 

 なんの気無しに開いたメールには、俺の思考を停止させるには十分な短い文字が書かれていた。

 顔文字がないと解んない? いや十分でしょこれ……ときめきまくりですよ……。不覚だ、まさか結衣相手に文字でときめかされるとは……。

 

「……負けるのは得意だが、なんか癪だ」

 

 相手が幼馴染で好きな女だからだろうか。

 珍しくも対抗心のようなものが湧いてきて、気づけばやめるつもりだったケータイに齧りついていた。

 んー……そろそろスマホに変えようかしらん? なんて思いながらも文章完成。

 やられたら倍返し。いつやる? 今でしょ。

 というわけで。

 

 FROM 八幡 23:08

 TITLE おう、あんがとさん。

 だが俺は愛してる。

 

 ……。窓から見える隣の家が、突然賑やかになりました。

 あーくそ、顔が緩む。勉強の続きでもするか。

 

「やっぱ数学は苦手だな……出来ないわけじゃないが」

 

 難しくとも続ける。生憎と勉強以外に誇れるところがあまりない。

 ぼっちは想像の中で自分を高く設定しがちだが、プロぼっちはきっちり線引きをする。

 出来ないことは出来ないと認め、その上で一人で出来るように努力する。

 やれば出来るし、なんて言い訳はしないのだ。したとして、全力でそれを実行、口から出任せを真実にしてみせる。

 コツさえ掴めばいけるところはいけるんだが……ん、んんー。

 

  <モーチガウッタラ!

  <アラー、イイジャナイ。ママ、ヒッキークンノコドモナライマスグホシイワー

  <ナンデママガウムミタイナイイカタニナッテンノ!?

 

 やだ怖い。お隣さんのBGMがご近所にダダ漏れだわ。

 こりゃ落ち着くまでは勉強とか無理だ。苦笑しつつ机から離れ、ベッドに腰掛ける。と、カラカラと窓の開く音。ちらりと見れば、ベランダを乗り越えてこちらへやってくる真っ赤なお顔の幼馴染。

 

「ヒッキー! もう、ヒッキー!」

「おう」

「おうじゃないし! なな、なんっ……! ……なんで……なんでこういうことメールですんのかな……。言われたこともないのに……ずるいよ……《かぁああ……》」

 

 え? ずるいとかそういう問題なのん?

 幼馴染から婚約者(予定)になってからは、基本鍵は開けっ放しな俺の部屋と結衣の部屋の窓。

 そこから無遠慮に入ってきた結衣は、実に真っ赤である。あとパジャマ可愛い。可愛い。

 

「いや……だってほら、アレだし……その、よ。……面と向かってとか恥ずかしいだろ……」

「でも……言ってくれたら……嬉しい、な……」

「《きゅっ……》うぐっ……」

 

 つつっと寄ってきて、隣に座って袖を引っ張られた。

 俯き、けれどちらちらこちらを横目に見る顔は真っ赤。やだ可愛い。

 

「お、おうすまん……。と、ところでだな、結衣」

「う、うん……なに?」

「……その枕…………なに?」

「───…………《かぁあああああ!!》」

「あ、いや、今の反応で解った。どうせママさんにいろいろ反論してて、逃げ道塞がれたとかだろ」

「だ、だってママが!」

「解ってる、なにも言うな、解りすぎるまである」

 

 あの人に言葉で勝つのは無理だ。結衣だけ。いや、俺も割りと……勝てないか。親父さんは絶対無理だ。

 そして窓の外を見てみれば、結衣の部屋の窓の鍵を笑顔でパチンと閉め、俺に手を振るママさんの姿が。

 ……あの人ほんとなんでもありな。娘のこととか大事じゃないのかしらん? ……信用されてるってことかね。それともさきほどの大音量BGM様やメールであったように、孫が……いやゲフッ! ゲフフン!

 それは無理だ、法律的にもいろいろと。結衣のことは心底大事だが、だからといって果たせない責任を負うつもりはない。

 負うつもりはないが……法律で許される段階になったら、あっさり負けそうで怖い。

 

「……閉められたみたいだし、泊まってくか?」

「ふえっ!? あ……、……ぅん…………《ふしゅぅう……!》」

 

 どこまで赤くなるのこの子。漫画とかだったら湯気出てるレベル。いや俺も顔めっちゃ熱いけど。

 いや、べつにね? これが初めてなわけじゃないし? めっちゃ子供な頃とかよく一緒に寝てたし?

 ……ええはい、大きくなってからは初めてです。めっちゃ照れる。とか思ってたらぴとりと寄り添ってきて、こてりと肩に頭を預けてくる。近い近いいい匂い近い可愛い! あ、これ風呂上りダーとか冷静に思ってる場合じゃない、やばい、なにがやばいってやばいがやばい。八幡もうわけ解んない。

 

「……ちょっとびっくりした、かも。あたし、追い返されると思ってたから」

「ママさんとの口論から逃げてきたんだろ? じゃあ家には入れてもらえないだろ、あの人の性格から考えて」

「う……それは、そうかも」

「それに……まあその。あれだよ。俺だって一緒に居たくないわけじゃねぇこともねぇこともなきにしもあらずっつーか……」

「えへへぇ……素直に一緒に居たいって言ってくれたら、いつでも居るよ……?」

「ぐっ……!」

 

 やだ……! 他のやつがやれば絶対あざといって斬って捨てられそうなのに、この子ったらめっちゃ天然……! ふえぇ……、この子、人の弱いところをどんどん天然のままつついてくるよぉ……!

 

「あ、あーその……サブレ、元気か?」

「…………えへへへへへぇえ、ヒッキー照れてる~♪」

「ばっ……てててって照れてにぇーし……」

 

 また噛んだ。死にたい。

 ああもう笑うな、その口塞ぐぞこのやろ…………───ミスった。結衣の唇が気になって仕方なくなった。だってしょうがないじゃない、僕だって健康で優良な目が腐ってるだけの男子高校生ですもの!

 

「………」

「《なでなで》ふあ……?」

 

 頭を撫でて誤魔化すことにした。こてりと肩にもたれ掛かったままの結衣の頭を撫で───ぐっはめっちゃ髪さらさら! しまった風呂上りだったこれは巧妙な罠だ! 余計にドキドキして落ち着かねぇ!

 ああいやいやこれアレだよ? とろけさせたくて撫でたとかじゃねぇから。精神安定のためにとりあえずやっただけであって、言っとくけどアレだから。俺がもしシスコンとかだったら常時発動していた108のお兄ちゃんスキルの一つだから。……明らかに煩悩から来てるじゃねーかそれ。しかも兄っつーか、結衣のほうが二ヶ月早産まれだしな! ……締まらねぇなおい。

 もういいだろ108じゃなくて100あたりで。48の喜ばせ技と52の落ち着かせ技とかあるんだよ。で、師匠は腰ミノのみの頭から突起物が伸びた浅黒い裸族。しかも名前にプリンスとかついてる王子だ。……あれ? なんか死にたくなってきた。

 

「んん……《すりすり》」

「ひゃいっ!?」

 

 頭を撫でていると、結衣が俺の肩に顔をすりすり擦り合わせてきた。やだ可愛い。さっきから可愛いしか言ってないよ俺。でも可愛い。

 ……お団子解くと、結構長……くなる筈なのに、なんであまり変わらないの。なにこれイリュージョン? 常に周囲を騙し続けるイリュージョンとか最強すぎでしょ。

 

「………」

「《さらさら……》ふ……ぁん……」

 

 髪のことを考えていたからか、撫でる手もいつの間にか手櫛のように髪をさらりと梳かし、いつしか結衣もその手に自分の頭を預けるようにして目を閉じていた。やだ可愛い。だから可愛いしか言ってねぇよ俺。語彙増やしなさいよ俺の脳内。…………可愛い。やっぱ可愛いんじゃねぇか。ていうか可愛いから可愛いって言ってなにが悪いの? いいじゃない可愛いんだから。

 

「んじゃ、これからどうする? 寝るか? それとも寝る?」

「寝る気満々だ!? え、えー、もっとお話とかしようよ、せっかく同じ部屋なんだし」

「その前に布団用意するから待ってろ。なんなら俺、リビングのソファで寝るから」

「えっ……?」

「いやなんでそこで不安そうな顔すんだよ……間違いを起こすつもりは一切ないが、親父さんのこと考えりゃ当たり前だろ」

「パパならママが黙らせるから、思う存分一緒に寝ていいのよ~? ってママが」

「あの。おたくら口論してたのよね? なんでそんな妙な協力体制にあんの? 八幡わかんない」

「い、いーじゃんっ! とにかく一緒に! ね!?」

「やだよ。ただでさえ最近は親父さんに睨まれてるんだ。誤解増やしたらそれこそ実力行使とかに出て、引越して離れ離れとかに───」

「……ひっきぃ……ほんとに、だめ……?」

「よし寝ようめっちゃ寝ようむしろ今すぐ寝たいもう眠たい」

「《がばっ!》ひゃんっ!? あ…………ひっきー……」

 

 結論を言おう。天使のおねだりには勝てなかった。

 言うや否や結衣を抱き締め、ベッドに腰掛ける膝の裏と肩を抱えるようにして横抱きに。立ち上がると、ベッドへと振り向いた。

 その間、結衣は俺を見上げ、安心しきったやわらかな笑みのまま、体の力を抜いていた。

 足で掛け布団をどかして結衣を寝かせると、電気を消して俺も寝転がる。そして掛け布団を被れば……結衣が腕に抱き着いてきた。ダッ……ダイナマッ───げふん。あ、あの、結衣さん? やーらかすぎません? なして下着つけとらんとや? え? そーゆーもんなん? 寝る時は外すもんなん? 女の子っていろいろと忙しいのんなー。……タスケテ顔がめちゃくちゃ熱い眠れる気がしない助けて。

 

「え、えへ……えへへへぇ……」

「な、なんだよ」

「んーん、幸せだなぁ、って……」

「………」

「たまにね、考えるんだ。ちっちゃい頃に好きになって、好きでいたいって思っててさ。でも……人って変わっちゃうじゃん? そしたらさ、好きって気持ちもいつか無くなっちゃって……別の人を好きになってさ」

「おう……」

「もしさ、変わっても好きでいられて、相手の人も自分を好きでいてくれて、そんな想いが叶ったらって……そんなこと、考えてた」

「……おう」

「でもね、叶っちゃった。ヒッキーが叶えてくれた。嬉しくて嬉しくて……中学の時のアレは泣いちゃうくらい苦しかったけど…………あたし、好きなままでいられてよかった。今、すっごく幸せだ、えへへ」

「……俺は罪悪感でいっぱいだけどな」

「ほんとに?」

「ああ」

「ちゃんと条件つきで許したのに?」

 

 ───“ヒッキーの独りぼっち、もらっちゃうね?”

 

「…………あんなんじゃ足りないだろ……」

「じゃあ……えと、もうちょっとあたしのお願い、聞いてくれるかな」

「なんでも言ってくれ。叶えられることなら意地でも叶えるから」

「ほんとに?」

「おう」

「ぜったい?」

「俺は嘘はつくが責任が伴うことでは嘘はつかん」

「……じゃあ……うん。絶対叶えてね?」

「おう任せろ。別れろとかでも叶えるぞ」

「それはあたしが泣くよ!?」

「俺も絶対号泣するな。出来れば別ので頼む」

 

 いっそ首吊る? いや、その時こそ天使に振られたことで、エリートぼっちが完成するのだろう。

 多分もう、本当になにも、誰も信じなくなるだろうが。

 だからやめてね、別れるとかほんとやめてね。

 

「じゃあ……ヒッキー。こっち向いて」

「ん? それが願いでいいのか?」

「これは別。でね、えっと……」

「? おう」

「……さっきさ、あたしの唇、見てたよね?」

「《ドッ!》う……ぇん……? な、なんのこ───」

「女の子って視線に敏感だから、そーゆーの解るんだよ? 好きな人のだと、特に」

 

 まじかよ。じゃあ俺もう迂闊に結衣のこと見れないじゃん。

 あー、どうりで俺がちらりと見るたび、にっこり笑った笑顔と目を合わせることになるわけだ。

 そりゃ勝てんわ。

 

「……そか。で、なんだ?」

「えと……えとね。えっと……えとえと……ヒッキー」

「な、なんだよ」

「………………キス、してほしいな……」

「───………………ォァ?」

 

 いや。

 いやいやいや。

 待て、なんておっしゃったのん?

 キス? あああの魚の! え? キスをする? え───

 

「……どう捌けばいいんだ?」

「え、え? さばく? あ、てほどき、みたいなのかな……あたしもそういうのの作法とかよくわかんないんだけど……え? 作法とかあるのかな」

「あるだろ。骨抜きとかちゃんとしなきゃだし」

「あ……ほ、骨抜きになら、もうされちゃってる、かな……えへへ」

「まじか」

 

 もしかしてママさんが既に処理してあるとか? つか、そのキスを俺にどうしろと? 仕込んであるから朝一で天ぷらにでもしろと?

 ───いや、そうじゃねーよ。

 アホな会話でこれ以上残念さを増やしている場合じゃない。

 女の子からの、キスを求める言葉。

 きっと勇気が要ったに違いない。つか、俺からでは死ねる。恥ずか死ぬ。

 そんな勇気を勘違いで終わらせるな。勘違いの苦しさをよく知るぼっちが、そんなものを大切だと認識できた相手に味わわせるなど、ぼっちの風上にも置けん。そして、ここで“お洒落な店じゃなくていいのか?”なんて訊くのも野暮だ。サイゼ前じゃないからって何処でもいいってわけでもない。

 ……でも難度高すぎじゃないですか? バトルポカリ片手にムドーに挑むようなもんじゃないですかやだー。

 

「…………《うるうる……》」

「………」

 

 結衣は、目を潤ませた赤い顔のまま、じっと俺を見つめている。

 こんな人を裏切れない。

 だから……立て、走れ、ちっぽけな勇気だろうと勇気は勇気だ。

 発言するわけでもない。大勢の中で言葉を発する以上に必要な勇気など、ぼっちにとっては無縁のものだ───!

 

「……《ギシッ》」

「あ……ひっきぃ……」

 

 体勢を変えて、寝転がりながら向き合う。

 頭を撫で、髪を梳かし、頬を撫で……うっとりと細められる瞳を見つめたまま、やがて顔を近づけて……くちづけを。

 途端、胸の中に溢れる幸福感。まずい、なんだこれ、こんなもん知らない。

 ぼっちはおおよそ、想像し得るものは全て想像で済ませ、訪れる不幸などに備えて生きている。だから多少のことでは折れないし、リア充がいきなり不幸な目に合って登校拒否をしたところで、メンタル弱いな程度にしか思わない。

 それらのマイナスな感情が息抜きとして吐ける場所があれば、より一層しぶとく生きていられる。まあ基本幸福ではないのだが。

 そんなぼっちは、それこそ幸せというものを知らない。独りで居るのは当然であり幸福ではない。独りで本を読みニヤリと笑うことだって、楽しみではあるが幸福ではないだろう。

 イメージトレーニングは常に万全。想像を絶する苦しみ以外には、耐えてみせましょぼっちソウルだ。

 だが。想像したこともないことには、当然弱い。弱すぎる。

 想いを告げ、告げられ、受け入れてもらっただけでも十分だと満足している心に、それ以上の幸せはかえって毒だ。そんな風にも思っていた。

 だというのに、これは───

 

「……っ……は…………ぁ……ぅぁぁ……! ど、どうしよ、どうしよひっき……あ、あたし、胸の奥が、きゅううって……きゅううって……!《ぽろぽろ……》わはっ!? あ、あれ? なんで涙が出るの? え? え?」

「……なに、泣いてんだよ、ばか……《ぼろぼろぼろ》」

「……ぇ……? ひっきぃも……泣いて……?」

「な、泣いて、ねぇし……」

 

 過ぎた幸福は身を滅ぼす。けどそれって、身の程ってものを知らないからだ。

 その点ぼっちは知っている。知りすぎて笑えるくらいまである。

 だから……まちがえても、身を滅ぼす前に立ち直れる。

 ───この経験は、裏切らない。

 いーじゃねぇか、幸せならよ。

 

 

 

 

             おめでとさん

 

 

 

 

 ……心のどこかで、自分が自分に呟くような感覚。

 思わずハッとして、涙が滲んだ目のままに結衣を見た。

 結衣は丁度涙を拭っていて、目が合うこともなかったが…………そんな彼女の頭を胸に抱き、胸の奥にある多幸感の鼓動を届かせるように、押し付けた。頭も撫でた。髪も梳いた。

 幸せだって叫びたい。でもご近所迷惑だし、明日からのママさんからの質問とか超怖いから抑える。

 

「んっ……ひっきー、ちょっと苦しい、かな……」

「っ! わ、悪いっ」

「あ、やっ、痛いとかじゃないから、いい、んだけど……」

 

 バッと離して元の位置まで戻すと、パッと合う視線。

 真っ赤な顔同士で目をちょっと見開いて。

 やがて、何を言うでもなく近づいて、もう一度。もう一度……何度でも。

 つん、と唇をつつかれる感触に驚いて、おそるおそる伸ばした舌が舌をつつき、やがて絡む。

 頭の奥が痺れるほどの幸福を感じ、それでもと求めてくる姿がいとおしくてたまらない。

 顔だけ近づいていた距離も既に密着し、抱き合っていた。

 頭に浮かぶ“離れたくない”が心を占め、体を占め、それが正しいことだと認識させてくると、やがて本能が動き出す───が、これをぼっちスキルで殺す。今こそ身の程を知りなさいぼっち。今はまだ、その時ではありません。

 18禁は18歳になってからね。これ大事。

 しっかりと言い聞かせたあと、唇を離し、とろんとしている結衣の額にこつんと自分の額を当てた。

 ああ、大切だ。愛しい。大事にしたい。

 いろいろな感情が湧き出してくる。およそ一人に向ける容量じゃねーだろってくらいの愛情が。

 けど仕方ない。なにせ当方ぼっちにござる。いつかはどこかへ向ける筈だった感情の全てを彼女に向ければこうなってしまう。

 正直な話をすれば行き着くとこまで行きたいのは、まあある。が、それでも信念は揺るがない。

 これはいくら恩人であるママさんがどう言おうと絶対に曲げないまである。

 

「……好きだ」

「うん……あたしも」

「愛してる」

「えへへ……あたしも《ぐすっ》」

「泣くなよ……泣き虫だな、結衣は」

「ヒッキーだって涙滲んでるし……」

「ばっかこれは…………これは…………くそ、幸せだな……!」

「うん……、うん……! ありがと、ヒッキー……あたし、ほんと幸せだ……」

「俺、も……その、……あんがとよ。正直俺、こんな感情とは無縁のままで、ぼっちのままで死ぬと思ってたから…………ありがとな。ほんと……ありがとう」

「っ……ぐすっ……うん……」

「……自分から責任を負いたい、なんて思ったの……初めてなんだ。これからも……捨てられない限り、絶対に幸せにする。約束させてくれ」

「捨てたりしないってばもー……あ、でも自分を犠牲にして、は……やだよ?」

「ぐっ……善処する」

「だめ。約束」

「……ハイ」

「……あははっ……」

「………」

「………」

「………」

「《なでなで》んんぅ…………ん…………ね、ひっきー」

「んー……?」

「……幸せ、だね……」

「…………おう」

「……あたしね、嬉しくても涙が出るのは知ってたの。うん、むしろいろんなこと、ヒッキーに教えてもらったかな。……悲しい時の涙の冷たさとかも」

「やめて、それ以上言ったら辛くて死んじゃう」

「えへへ、うん。……でね、でもね、幸せの涙って……初めてだった。嬉しいのが幸せなのかもって思ってたけど、あんなのがあるなんて知らなかった。……全部ヒッキーが教えてくれた」

「……俺もまさか、お前に泣かされるとは思わなかったよ」

「…………うん。かわいかった」

「忘れなさい今すぐ」

「やー……♪」

 

 笑いながら、じゃれるように胸に飛び込み、ぐりぐりと額を押し付けてくる。あら可愛い。

 流れるように自然に頭を撫でてしまうのだが、なんかもうあまり恥ずかしさや照れはない…………とか言えれば照れないに違いないと思ったけど無理です恥ずかしい顔熱いあと可愛いいい匂いやわらかい。

 

「それで、えっと……あの、ヒッキー」

「んー……?」

「ヒッキーはさ、その……うん。たぶん、これから先のことは……その。18歳にならないと、しようとしない……よね?」

「だな。相手が大切ならそりゃもちろんだろ」

「だ、だよねー。うん、ヒッキーならそう言うって思ってた……うん……」

「……なに。ママさんにまたなにか吹き込まれたか?」

「うぅ……ママが育てるから、ばんばん産んでいいのよーって……《かぁあ……!》」

「……ぅ……ぐ……!《かぁあ……!》」

 

 なんなのあのママさん……! 母親ならもうちょっと娘の今とか考えてあげて!? 考えた上でそれならそれはそれで凄いけど!

 

「15、6で親になるとか考えたこともねぇよ……」

「でも女の子は16歳で結婚できるんだよね?」

「結婚と出産は別だろ……」

「でもでも、結婚すればせいじんじょせーとして数えられて、えと……そういう行為もしていい、んだって……」

「いや……なんでそんなん調べてんのお前……。へーとか言っちゃうトリビアだけど正直ちょっと引いちゃってるんですけど……」

「し、調べたわけじゃないし! だってママが!」

「またママさんかよ……あの人どれだけ俺とお前くっつけたいの……。どの道俺が18になるまで結婚はできねぇよ。それまでお前も成人にはなれねぇし、むしろ悶着があれば成人式迎えるまで無理なんじゃないか?」

「うー……だよねー……」

 

 え? なんで残念そうなの? そういう18な行為がしたいの?

 やめろ、そういう思わせぶりな態度がどれほどの男子を泣かせているか知っているのか。

 ……まあぼっちにしてみれば、そういう“みんな”がどうだろうとどうでもいいけどな。

 

「んじゃ、寝るか」

「寝ちゃうんだ!? え、えー……? まだこう、その、いちゃいちゃ? したいよ……?」

「俺を甘く見るな。俺のほうがめっちゃいちゃいちゃしたいわ。正直に言えばその先までいきたいほどだ」

「えええっ!?《ボッ!》」

 

 うむ。これでいい。こういうことを正直に話しておいたほうが、相手は落ち着きを得るというものだ。

 牽制にもなりますし? 必要以上にスキンシップも取らなくなって、俺の理性が焼ききれる心配もなくなると、一石二鳥の作戦というわけですよ。

 

「あ、ぅ……えと……あ、あはっ……《てれてれ……》……あ、あの……ヒッキーがどうしてもっていうなら……あたし、いいよ……?」

 

 よくないから。いやよくないからね? あなたママさんに毒されてるから。あと照れるな可愛い結婚したい。

 

「……ぬ、ぐっ……きっ……キスまでな。キしゅまで」

 

 噛んだ死にたい。なんだよもうこいつ俺を惚れ殺したいの? だが侮るなかれ、多少の本能などぼっちの悲しみのトラウマを思い出せば一撃でダウンだ。

 思い出せ……数々の勘違いから始まるトラウマの数々を《ピタリ》よし冷静だ。早すぎて泣きたい。

 トラウマありすぎて冷静になるの早すぎるよ俺……。

 

「……いくじなし《ぼそっ》」

 

 だからっ……!! 意気地がどうとかの問題じゃないんだよ……っ!!

 ひ、人がどれだけ心を抉って答えを出したとっ……!

 なのに今のいくじなしって言葉でトキメいてる俺ってなんかいろいろ最悪な。仕方ないでしょ、言われてみたかったんだから。

 

「じゃあ寝よう」

「まま待って待って、まだ寝ちゃやだっ」

「えー……? もう話すことないだろ……」

「あるしっ、いっぱいあるしっ! あ、あーのー……ほら、あれとかっ……ねっ?」

「あー、あれなー。あれはあれだからあれなんだ。よかったなーあれで。んじゃおやすみ」

「寝ちゃやだったらー!」

「《ゆさゆさ》うおおこら揺らすなただでさえダブルベッドとかじゃないんだから、暴れると落ちるっての……!」

「だって……」

「う……じゃあ、あれだ。なんか話題くれ。そしたら返事くらいはする」

「ヒッキーのそれって“あ、そう”で終わるの目に見えてるじゃん!」

「悪かったな……長いぼっち生活の所為で、“会話は終わらせるもの”って染み付いてんだよ……」

 

 何故ならぼっちにとって、時間のすべては自分のものだから。

 でもこういう例外が出来た時ってとっても戸惑いますねどうしましょ。

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