どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

162 / 214
当然の如く、由比ヶ浜結衣は彼氏から愛されている①

 

 

「うー……話題、話題……」

 

 今話題を求めて思考を回転させている彼女は総武高に通うごく一般的な女の子。

 強いて違うところをあげるとすれば、料理が下手で運動も苦手で頭が悪いってとこかナ───名前は由比ヶ浜結衣。

 そんなわけで今、大絶賛話題を探しているところのようなのだが。

 ……ってなにやらせんの。“うー”のあとに言葉二つつけるからつい頭の中に浮かんじゃったじゃないの。

 なに? “やらないか”とか言ったら睡眠をさせてくれるの? 無理だろうね。ああ無理だ。

 

「……あ、眼鏡はっ!?」

 

 で、考えてこれである。まあいいんだが。

 

「外して磨いて緩衝剤織り込んで心の神棚に綺麗にしまって、きっちり拝んで崇め奉った。奉納ではない。神にすらあれを渡すつもりはない。つまり俺は新世界の神よりもぼっちの神になりたい」

「なんか家宝レベルだ!? だ、大事にしてくれてるのは嬉しいけど、大げさじゃないかな……あはは……」

「うるせ、ちゃんとしたプレゼントなんて初めてなんだから粗末に扱えるかよ」

「あ、うん……そだね……。ヒッキー、自分のものは自分で……だもんね」

「伊達にガキの頃から新聞配達やってねーよ。自転車壊れてからは走りになったから、ちと厳しいが」

「あ…………」

「ごめんは無しな。俺の中でもう完結してんだから、混ぜっ返さなくていい。まあなに? 俺サブレ大好きだし? カマクラ愛してるし? 動物最高な。無邪気にじゃれついてくる動物ってなんでああも癒しかね。……友達いねぇからだよ文句あっか。つまりアレだ、亡くせば消える命よりも、治る足の一本で救えたとか最高すぎるだろ」

「うん………………ね、ヒッキー」

「ん? どした?」

「あの……あたしも、さ。新聞配達、手伝ってもいい……かな」

「お前はまず運動不足の解消からだな。ちょっと走ったらすぐバテるだろ」

「あう……」

 

 こいつは昔から運動が苦手だ。腕立てだってろくに出来ないし、走ればすぐにゼーハーだ。

 あの、やめてくださいね? 無理に一緒に来て胸がいたーいとか言うの。それに対して俺、どんなフォロー入れればいいの。

 

「じゃあ体力作るために───」

「一緒にジョギングするか? 最初一週間あたりは地獄になるかもしれんが」

「え……どして?」

「慣れない内は筋肉痛と関節痛がダブルで襲ってくる。普段走ったりだのの運動をしてないやつは余計にな」

「が、がんばるしっ」

「そか。じゃあ明日からな」

「ウエッ!? もう? あ、ほらー……次の休みとかからー……」

「甘ぇよ。甘すぎる。“あとで”が好きな奴にゃあ継続なんて無理だ無理」

「そんなことないしっ! あたしこれで結構、えと、ガッツ? あるしっ! もしかしたらヒッキーのことなんてその一週間で追い抜いちゃうかもしれないよっ!?」

「おーそりゃすげぇな」

「声がすっごい棒読みだっ!? ね、ねぇえ~~ヒッキィ~……いいでしょ~?」

「や、やめなさいこら……なんかその声で言われると甘えられてるみたいでむず痒いでしょ……」

「これするとパパはイチコロだってママが」

「よし絶対頷かん諦めろ」

「あれ? え、ちょ……ヒッキー、ヒッキー………………うー」

 

 体勢を変えて背中を向けたら、背中に張り付いて、こしこしと額をこすりつけてくる。

 しかし無理だ、あの親父さんと同じと思われるのは俺だって嫌だ。

 むしろあの親父さんに結衣があの甘えた声を出す瞬間を思い浮かべてしまったら、もうだめだ。

 

「あの……ヒッキー……? なんか怒ってる……?」

「怒ってねーよ」

「うそだよ……だってヒッキー、怒ると人の目全然見なくなるもん……。ぶっきらぼうとかそーゆーんじゃなくて、目を合わす価値もない、みたいになるもん……」

「………」

「なにが悪かったのかな……ご、ごめんね、あたし馬鹿だから解んなくて…………えへへ、だめだなぁ……空気を読むだけが取柄なのに……」

「~~……」

 

 むかついた。自分に。幸せにするって言った矢先に悲しそうな声出させてんじゃねぇよ、くそ。

 大体なんだこの対応は。ガキかっての。プロぼっちが聞いて呆れるわ。

 なに? 今までイジケて人を困らせたことなかったからってそれを結衣相手に───…………グオアッ……!? ちょ、え? まてまてまて、え? ……わお。

 

「《ぐるガバッ!》」

「《ぎゅむっ》ひゃあっ!? あ、え……ひっきー……?」

 

 振り向いてすぐに抱き締めた。

 なんでって恥ずかしすぎてどうにかなりそうだったから。

 いや……いやいや、有り得ないでしょ……なにやってんの俺。

 え……まじか。えぇええ……!?

 や、そりゃ親だの兄妹だの恋人だのに向ける感情を結衣に~とか言ったよ?

 でもさ、こりゃないだろ……え、なに? イジケて困らせて気を引こうとしたの? ……それ、思いっきり結衣に甘えてるってことじゃねぇですか。小学生かよ!

 ~~~ぐぁあああああ……!! 死にたい……! 死にたい死にたいシニターーーイ!!

 なにやってんの俺! 何を考えてあんな無様っ……ぐっは! グッハァ!! プロのぼっち(笑)! プロのぼっち(笑)……! 精神は大人(笑)! ら、らめぇやめてぇ! 八幡のライフはもうマイナス点よ!

 俺もしかしてずうっと誰かに甘えたかったの!? ワ、ワワワロ……だめだ笑えねぇよ恥ずか死ぬよ!

 

「あ、あのえと、どうしたのかなヒッキー……ね、ねぇ……ヒッキー……?」

「ぐぉおあああ……!! はっず……! 恥ずか死ぬ……!」

「え?」

「ぐっ……いや、それより……」

 

 胸に掻き抱いた結衣を解放して、目を合わせて謝る。勝手にいじけてすまんと。

 そしていじけた理由も大変恥ずかしいが暴露して、自分が結衣に甘えてしまったことも謝った。……ら。

 

「……!《ふるるっ……》」

 

 震えた、と思う。次の瞬間には目を潤ませて、やさしい笑顔のままで俺の頭を自分の胸に抱いた。───て、ちょっ! ダイナマッ……じゃなくて!

 

「お、おい、結衣っ……《ぎゅっ》むぶっ!?」

「ヒッキー……ひっきぃ……! ひっきぃいい……! もう、もうもうもう……!!」

「むぐもごっ……!?」

 

 そのバストは豊満であった。苦しい息できない、なんてことはないが、頭の中が熱の所為でどうにかなりそうです。

 俺がそんな状態だとは知りもしないだろう結衣は、掻き抱いた俺の頭をさらに抱き締めたり、撫でてきたり、胸から解放したと思えば顔中にキスを落としてくる。あ、ちなみに逃げようとすると「むー!」とか怒って顔を強引に押さえつけられる。いや……なんなのちょっと。もう顔面爆発しそうなくらい熱いから堪忍してくれませんか。

 

「だ、大丈夫だかんねっ? パパ相手にあんなこと言わないし、言ったこともないからっ!」

「いや……自分で嫉妬しといてあれだけど、相手の父親に嫉妬とかいろいろアホみたいだろ……」

「えへ、えへへ……えへへへへへぇ……♪ いいのっ、いいんだよっ。ヒッキーが嫉妬してくれたってことが嬉しいんだから……えへへへへぇ~……」

「ちょっと結衣さんだらしない顔やめなさい、顔が緩みきってますよ」

「《キッ!》だ、だらしなくなんかっ───《へにょり》……えへへへぇ……」

 

 あ、だめだこれ。

 俺がしっかりしないと、ほんと。

 そーだよなー、嫉妬とかいかんでしょ。結衣は所有物とかじゃないんだから、独占欲とか…………ブーメランかよおい。

 これでよく結衣に独占欲がどーとか言えたな俺……。

 でも大事なのは確かだし、イジケたり甘えたりするほど好きだということも確認できた。

 それは……よかった、と……い、言っていいのか……!? ほんとにこの恥ずかしさを塗り潰せるほどの価値が……ああやばい死にたいいっそ殺して……! ヘタなトラウマよりよっぽどキツイ……!

 親に甘えられなかったからって婚約者に甘えるって……! イジケるって……! ぐうぉおあああ……! 何故俺はあんな恥ずかしいことを……! 死にたいぃいい! 死にたいよぉお!! 馬鹿じゃねーの!? 馬ッ鹿じゃねーのっ!? バーカバーカッ!!

 

「ヒッキー! 暴れないの!」

「はい……」

 

 そして暴れてぴしゃりと叱られる。俺もう泣いていいと思う。泣いていいよ。泣けよもう。

 

「…………んへへ♪ えへへへへぇ……♪」

「……なんだよ」

「だって……んー……なーんかね、ほんと……ヒッキーからは貰いっぱなしだな~って」

「……貰うって。なにもあげてねぇだろ……それともなに? お前俺の恥ずかしい日々の記憶を脳内コレクションとして保管してんの?」

「し、してないしてないっ、そんなのしないから!」

「“そんなの”……《ずぅうううん……》」

「ああもういちいち傷つかないでよっ! ……あのね? ただね? 思っただけなんだよ?」

「思った……?」

「ん、そ。……ほら、ヒッキー言ってたじゃん? いろいろなものに向かう筈だった感情、あたしに向けてくれるって。そんなの割り切れたりしないんじゃないかなーって思ってたのに、ヒッキー出来ちゃうんだもん。甘えてくれたし、嫉妬もしてくれて……イジケた姿も見せてくれて。全部知らないヒッキーで、たぶん……それはおじさんもおばさんも、小町ちゃんだって知らない姿で……」

「そーだなー。あいつらべつに俺に対して関心ねぇし」

「あ……えと、そういうこと言いたいんじゃなかったんだけどな…………うん……なんでこうなっちゃったんだろうね。あのさ、ヒッキーも解ってるよね……? おじさんとおばさんが、暮らしのために頑張ってること」

「当たり前だろ。んーなのガキの頃の新聞配達の初給料日に痛いほど解ったわ。けどな。その、なに? “だからなんだ”って気持ちの方が強いわけよ」

 

 ぽむ、と結衣の頭に手を置いて、目を見つめながら語る。きっと、いつもより腐っているであろう目のままで。

 

「養ってもらってる内は俺はなんにも文句は言えない。だから言わないし関わろうともしない。疲れてる時の頑張ったねほど鬱陶しいものはねぇって知ってるからな。そうだな、二人とも頑張ってる。養ってくれてる。じゃあ俺が二人に返せるものってなんだ? 小町が産まれた時点で俺のことを気にかけることもなくなった二人だ、それならそれで、俺への対応なんざ完結してるだろ。一歳の俺になにがどう認識できたかとかじゃねぇんだよ。対応は実際、俺と小町じゃ全然違う。物思いついた頃からその対応が続いてりゃ、自分は小町が産まれた時点で、なんて考えるのが当然だろ? ……じゃあ結論だ。あの二人は俺になんも求めちゃいない。“迷惑かけない立派な子供”で居てくれりゃあ文句もないわけだ。俺も困らないし二人も困らない。ほれ、その先の未来は眩しいくらいに大団円だろ」

「ヒッキー……」

「今さらそっちに向ける感情なんてないんだよ。俺にとっての親との関係なんて、学校で配られた書類を握り潰す程度の関係だ。授業参観のお知らせから始まって、親に渡してくださいって書類の悉くを握り潰してきた。その時についたあだ名が孤独参観だったな。親が来てねぇからって先生がまた気を使うんだ。やたら俺を指したりな。そのやさしさがどんだけ人の心を抉るかとか考えないあたり、学校教師は残酷だな。ぼっち経験者がやったほうが人気出るんじゃねーの? 学校教師」

 

 ま、指された先から正解しまくってやった。それしか取柄が無かったからな。

 

「……悪い、ヘンな空気になったな」

「ううん、吐き出してくれたほうが嬉しい、かな。あたし、まだまだヒッキーのこと知らないし」

「うぉ……そ、そか」

「うん。そうだ。だからね、ヒッキー。あたし、遠慮しないよ? 知りたいことは知りたいって思うし、解りたいことはもっと解りたい。だからね、黙ったままで自分で解消とか、しないでね。イジケるのでも甘えてくれるのでもいいから、あたし……もっと分かち合いたいよ」

「……う……ま、あ……その。なんだ。二人一緒、って……約束したしな」

「……! ヒッキー……!」

「んじゃ寝るか」

「唐突に振り出しに戻った!? ちょ、ヒッキー、ヒッキ~……!」

「もういいだろ……話題、もうなくなったし……話題のヤツも疲れてるんだ、休ませてやろうぜ……」

「それただヒッキーが寝たいだけだし! 話題ならもひとつあるから、それ終わったら! ね!?」

「……わーったよ……。で、なんの話? 睡眠について? 早寝早起きのメリットについて? やだ、早く寝ないとお肌荒れちゃう」

「ヒッキー」

「はい……」

 

 そしてまた黙る。もうほんと泣いていんじゃないかな俺。

 

「えっとね……ヒッキーのメールの話なんだけどね」

 

 そんなふうにして落ち込んでいると、ひょいと結衣が俺のケータイを手に取る。

 べつに見られて困るものはなかったからそのままでいた。

 ……。……。……、……? 話はないんだろうか。寝ていい? いいよね?

 

「……ヒッキー」

「ん? どしたー」

「話、一番最初に戻すよ?」

「? おう?」

「このいろはちゃん? っていう人、かわいかった?」

「───」

 

 ああ……うん。これ、アカンやつや……。

 

  ×  ×  ×

 

 朝の自室。目覚めるや起き上がり、ぐうっと伸びをして溜め息。

 結局、一色のことを説明し終えるまでに随分と時間をくってしまった。お陰で少々眠い。

 

「………」

 

 隣には、すいよすいよと寝息を立てる天使。

 やばい、寝顔やばい、可愛い。

 惹き寄せられるように頭に手を伸ばすと撫で、「んゃぅ……」とむにゃむにゃ言う姿に……幸福を感じた。

 え? 安い幸福? なに言ってんの、俺の隣に女が居るって事実自体が高すぎる幸福じゃねぇの。しかも好いてくれてるなんて、奇跡以外のなにものでもないんじゃない?

 なのでこれは安くはない。

 むしろ条件が揃わなければ手に入りすらもしない幸福であると断言する。

 だってあの親父さんが居て、結衣が同じ部屋で寝るなんて、普通許してもらえないだろ。どんだけ条件厳しいの。

 しかし俺は鬼になろう。この幸せそうに寝ている婚約者を起こし、一緒に走らなければならんのだ。

 いやべつに? 一色のことでしつこくいろいろ訊かれて眠気が飛んで? 寝るのが遅くなったことを恨んでるとかそホんなことなハいよ? 

 そんなわけで寝ている彼女に悪戯を。

 断言しておくが、18歳以下なのであげなことそげなことはしない。しないったらしない。……絶対しないんだからねっ!?《ポッ》

 

 

───……。

 

……。

 

 <《ベチィッ!》イタァッハァーーーッ!!?

 

……。

 

───……。

 

 

 しゅうううう……

 

「う~……なにもデコピンしなくてもいいじゃん……」

「ほーん? じゃあ他にどんな起こし方があるっての」

「それはー……ほら、恋人同士どころか婚約者なんだし……なななんてのかな、ほら…………お目覚めのぉ……キス、とか……?」

「キャラじゃねぇしいきなりハードル高すぎでしょ……。もっとこうさ、負からない? デコピンとか頭突きとか拳骨とか」

「なんか狙いが頭に限定してる!? や、やめてよ! そんなことされなくても起きるよぉ!」

「いやあれだよ。お前メールしただろ。頭叩けば俺より賢くなるって」

「あれはもういいからぁ! うぅうっ……ヒッキーのばか、いじわる、いくじなし……」

「おい、意気地なしは関係ねぇだろ」

「じゃあキスして?」

「すまん俺意気地なしだったわ」

「折れるの早っ!?」

「ばっかお前、ぼっちなんて常に負けてんだから、ここで負けることなんて想定出来んだろ」

「そこは負けちゃだめだよね!? 勝とうよ!」

 

 無茶言ってくれますねこの婚約者様。あの、一応もう外ですよ? 着替えて、新聞配達に行く気満々ですよ?

 そんな空の下でキスをしろって? ……絶対に誰かに見られるからやるわけにはいかない。誰が見るって、お隣の窓の、不自然にたわんだあのカーテンの端っことかからママさんが……ね?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。