どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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当然の如く、由比ヶ浜結衣は彼氏から愛されている②

 

 まずは一息。そして、軽く伸びをしてから仕切り直し。

 

「んじゃ、まずは準備運動からな」

「ふえ? すぐ走らないでいいの?」

「足を伸ばすのはほんと大切だから覚えとけ。第二の心臓って言葉、ほんと馬鹿になんねぇから。“なんか体がだるくて動きづらいなー”って時、試しに足の筋とかわき腹とかを伸ばすストレッチを時間かけてやってみろ。案外疲れが一気に取れる場合があるから」

「へー! そうなんだ!」

「おう。……ま、原因がどれかは知らねぇけど」

「あはは、まー……あたしたち、お医者さんとか研究員じゃないしねー……あ、ヒッキー眼鏡は?」

「落とすと死にたくなるから運動の時はつけねぇよ。ほれ、柔軟始めるぞ」

「はーい」

 

 柔軟開始。───終了。

 

「ヒッキーヒッキーもう走る?《わくわく》走るの? 走っちゃうっ?《トテトテうろうろ》」

「散歩を待つ犬かよお前は……最初は早歩きからだ。体が慣れてきたらスロージョギングな」

「すろー……?」

「スロージョギング。言葉通りゆっくりしたジョギングだ。足を上げる筋肉だけを使う分、余計な体力を使わずに運動が出来る。慣れると結構早く走っても、スタミナは持続するぞ」

「へええ……あたしにも出来そう!」

「出来るっつか、やってもらうんだけどな。ほれ、いくぞ」

「うん! あ……ね、ヒッキー、手……繋いでも、いい?」

「だめ」

「即答だ!? え、えー? なんでー?」

「朝っぱらからご近所の噂になりたくねぇんだよ……察しろばか」

「ばっ!? 馬鹿ってなんだし!」

「ほれ行くぞ。歩き方を覚えるところからな《スタスタ》」

「え? あ、うん《トテテ……》」

 

 歩き始めると、結衣がトテトテとついてくる。さながら、犬のようだ。で、実際の犬はといえば、朝早くに起きてジャージに着替える姿=散歩と思ったらしく、ひゃんひゃんと元気に吼えていた……のだが、置いていかれる事実にひゃうーんと悲しい遠吠えをしていた。

 

「んっと、こう?」

「上半身を無理に動かす必要はないんだけどな。ダイエット効果とか狙うんだったら、上半身も動かしたほうがいい」

「そうなんだ。よっ、ほっ《ゆさっ、ゆさっ》」

「───」

「? ヒッキー?《ゆさっ、ゆさっ》」

「上半身動かすのはやめよう。じゃなければ俺は、道ゆく男どもの目にレーザーポインターを当てつつ歩かにゃならん」

「え、あ、う、うん……? よくわかんないけど、ヒッキーのゆーとーりにする……」

 

 ……。

 

「よし、挨拶も済んだし、新聞も受け取った。まずは流れを知ってもらうぞ? バイト始めるかどうかはそれからでいいだろ」

「むー……平気なのに」

「あーそうなー。平気かどうかは走ってみた翌日に言ってくれ。んじゃいくぞー」

「うん。……ゆっくりジョギングするんだよね?」

「ああ。ただし爪先だけでだ。体は少しだけ前傾。背筋は伸ばす。足はあくまで持ち上げるだけ。地面を蹴っちゃいけない」

「え? え、と……こう、かな」

「腕も振らなくていい。前に出す足の距離ももっと狭くていい。……おう、そうだ、歩くよりちょっと速い程度でいい。足も大げさに持ち上げるんじゃなくて、落ちたボールとかが勝手に跳ねるイメージだ。足が地面についたら、その反動と一緒に足も持ち上がる、って感じだな」

「へー……これが運動になるの?」

「ふつーに歩くよりよっぽどな。そのくせ疲れない。最高だ」

「ふーん……」

 

 ……。

 

「あはは、な~んか楽しいねー! 喋りながらジョギングなんて、なんかちょっと自分で嬉しいかも! ほら、こう、新しい自分が目覚めるーみたいな!」

「走りながら喋るなんて、すぐにぜーぜー言うイメージばっかだからな。おし、ここらへん終了。次いくぞー」

「うんっ!」

 

 ……。

 

「ほっほっほっほっ……あ、ねぇヒッキー? ほっほ……これってさ、呼吸とかはどうしたらいいのかな。ほっほっ……ほら、はぁっ……走ってる時ってさっ、呼吸も大事~って言うじゃん? なんだっけ? ひっひっふ~?」

「いやそれ違うから……あー、吸って吸って吸って吐く、が一般的だな。鼻で吸って口で吐くだ。口だけだと酸素吸収量が少ないらしい」

「そうかなー、一気に吸えて……ほっほっほっ……酸素いっぱい吸えてる気がするけどなー……ほっほっ」

「俺もそう思うんだけどな。ま、いろんな知識が無料で得られる時代だ、そういった方向での知識ゼロな俺達が想像する“ああじゃないか”よりも、そういった専門家が開示してくれる“こうですよ”を信じたほうが、まだマシってもんだろ」

「あ、それ解るかも! ママも“試すぜガッテン!”とか見てると、なんでも鵜呑みしちゃうし! 前はなにで見たのか知んないけど、……っほっほ、……はふ、……カレーにへんな葉っぱが入ってたよ!」

「息弾んでくると、不思議と声デカくなるよな。ちなみにそれ、たぶんローリエだ」

「ゴリエ? ティッシュ?」

「ゴリエでもティッシュでもない」

「……あ、ナプキ───うわわなんでもないっ!」

「それも違う。ローリエってのは月桂樹の葉のことだ。花王さんは関係ないからやめてさしあげろ。あと結衣、この話題はちゃんと覚えておけ。カレーに葉っぱが入ってたよーとか、ママさん恥ずかしいだろうから」

「う、うん……ごめん……《カァア……!》」

「ちなみに月桂樹を編んだもの……草冠のことを月桂冠って呼ぶ」

「お酒?」

「草冠だっつっとろーが……」

「え? 漢字の?」

「………」

「え? え?」

「……前に話題になった外国のファンタジー映画で、精霊役の女性が頭に草の飾り物つけてただろ」

「あ、それなら知ってる! なんかあーゆーのってよく見るよね! えと、エルフだっけ? なんかその種族がつけてるいめーじ!」

「そう。あれが月桂冠だ」

「そうなんだ!? じゃあカレーに入ってたのはあれの葉っぱ? なんかいー匂いしたけど」

「そだな。あれがローリエで、月桂冠はローレルリングっていう」

「リング? 指輪?」

「そのまま輪って意味でいいぞ……」

「んっ……わかった。……はふっ、はふー……ねぇヒッキー、なんか疲れてる?」

「いろいろな意味でな……」

「そうなんだ! やっぱりあたしの方が運動の才能あるのかも!」

「そーだなー……そうだったらいいなー……」

「ふーふーん♪ ……あっ、たしかに鼻呼吸のほうが楽かも!」

 

 ……。

 

「ね、ねぇヒッキー? ふっふっ……あたし出発から……ふっふっ……一回も休まず、こんなにっ……走ってるよ! はへっ、はへっ……やっぱりあたしっ……運動神経っ……いいんじゃないかなっ……ふぅ、ふぅっ……」

「そう感じることが重要なんだよ。ま、距離が長ければ長いほど、足にも負担は掛かってるから……終わったら柔軟は必須な」

「えへへぇ、なんかあたし、運動好きになれそうかもっ……ふっふっ……すっすっすっはぁ~……えへへえ、吸って吸って吸って吐いて~♪」

(可愛いなくそ……)

「んぇ? なんか言った?」

「……結衣。こういう時に“な、なんでもないよっ!?”とか言われて誤魔化されるのと、真っ直ぐに言われるの、どっちがいい?」

「うん。とりあえず女の子の声真似がキモい」

「おいそこはツッコむな。大体返事をキモいの三文字で終わらせるとか、普通に考えると失礼とか思わねぇのかよ」

「それは、そうかもだけど。べつにヘンな声で言う必要なかったじゃん? ……ふっふっ……じゃあヒッキー、あたしが色っぽそーな声? でヒッキーに……えと、“ねぇん……構ってくれなきゃ他の男のとこ、行っちゃうわよぉん?”とか言ったら」

「きも」

「二文字だ!?」

「お前やめろ……まじやめろ……ほんとやめろ……やめて、お願い……ほんと……」

「え、え……えー……? そ、そんなやだった……? ってなんで泣いてるの!? そんなやだったの!?」

「ごめん……すまん……本気で言うなら別れてくれ……やめて……まじやめて……」

「い、言わないから! もう絶対言わないからぁ!」

「……なぁ結衣。世の中にはな……言っていいことと悪いことがあってな……?」

「なんか普通に説教始まった!? ご、ごめんってば! てゆーかなんであたし謝ってるの!? 解んないよぉ!」

「じゃあお前、俺が女なんてちょろい、食うために居るんだとか言ったらどう思う」

「……《ぽろぽろぽろ》」

「泣くほど嫌か!?」

「あ、あれ……? やだなぁ、泣くつもりなんて、なかったのにっ……ご、ごめんねひっきぃ……あたし、めんどくさい女の子だよね……っ……」

「……あのな。俺もお前に言われた時、そんな風なこと連想したの。色っぽいとかやめろ。俺はお前のままがいい。真っ直ぐでいてくれ」

「……ぐすっ……うん…………あたしもひっきぃがいい……ひっきぃのままがいい……」

「結衣……」

「ひっきぃ……」

「ママー、あのおにーちゃんとおねーちゃん、はしりながらないてるー!」

「シッ! 見ちゃいけません!」

「…………」

「………」

「……恥ずかしいのは元からだしな。結衣」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

「……好きだ」

「はう《ポッ》……う、うん。あたしも……えへへ、うんっ! あたしもっ! そだねっ、恥ずかしいのなんて元からだもんねっ!」

 

 ……。

 

「はい終了、お疲れさん」

「終わった~……♪ うわわ、なんか足がヘンっ!」

「止まると足が棒みたいになってるだろ。やってる最中は気づかないもんだよ。あ、っと……結衣、風呂行く前にちょっと部屋寄ってけ」

「? なに? ……すぅ~はぁ~……すぅ~はぁ~……なんか止まってからの方が疲れるね……」

「足が棒になってる感覚の所為で、体が疲れを認識したんだろ。ほれ、いーから来い」

「うん」

 

 配達が終わり、長く息を吐いてからは俺の部屋へ。

 そこで自分で作ったドリンクといくつかのタブレットを飲んでもらい、運動後の柔軟を念入りに。

 

「あうぅうう~~~……! 足伸ばすの、きもちい~~……♪」

「なんつーか、予想通り体硬いなお前」

「なっ! 硬くないし! 柔らかいし! ほらっ!《ぷにぷに》」

「肌じゃなくて体だっつーの……ほら、後ろから少し押すから、無理がない程度に伸ばせ」

「うん。あ、ゆっくりね? ゆっくりだかんね? 痛いのやだよ?」

「……お前、他のやつにそういうこと言うなよ?」

「? なんで? まあうん、解った」

「はぁ……」

 

 柔軟も終わると、結衣を由比ヶ浜家の風呂へ送り出し、俺も自宅の風呂へ。

 お互いさっぱりしたあとに準備や食事をして、学校へ。

 

「ヒッキーこんな朝早くに出てたんだ……」

「ああ。まあ、なんてーの? 家に居たくないからな」

「そっか」

「おう」

 

 家のことになると、深くは訊いてこない。

 だから俺も軽く返して、隣を歩く。

 

「また自転車買ったりはしないの?」

「そだなー……どうしようか迷ってはいる。通学は別に徒歩でも構わんけど、他の用事の時……まあ急いでる時とかな。そういう時にはやっぱあった方が楽ではあるんだよな」

「自転車かぁ……ヒッキーが買ったら、あたしも買おうかな」

「あ? なんで」

「だって、それなら一緒に行けるじゃん? 禁止されてなかったら、後ろに乗せてもらうんだけど」

「お前それ、運動が好きになれるかもとか言ったあとに言うか……?」

「そ、そーゆーんじゃないし! もう! ちょっとは解ってよばかっ!」

「いやべべべべつに解んねぇわけじゃなくてですね……? ほらその、あれじゃん? はぐらかさないと会話が続かねーっていうか……一応途切れないように頑張ってるんですがね……」

「むー……解ってくれたほうが嬉しい。でも気ぃ使ってくれるのも嬉しい……もう。ほんと、ヒッキーってばか」

「少なくともお前よりゃ頭はいーよ」

「だからそーゆーんじゃないしっ! 馬鹿にしすぎだからぁ!」

「へいへい……」

 

 ぽかぽか殴られる。痛い。でも顔が緩みすぎてて反応出来ない。

 もうほんと、なんでこういちいち可愛いのこの子ったら。八幡いろいろ辛い。主にニヤケそうなこの顔が辛い。

 

「あ、そだ。ヒッキー、お昼どうするの?」

「びょふっ……」

「びょふ?」

「…………ベストプレイスでぼっちメシだよ。こんな時に言わせんなよ噛むから」

「あー……じゃさ、じゃあさじゃあさぁ、あたしもそこ、行っていい?」

「なんでだよ。《ぱああ……!》お前、クラスの友達とかは」

「わー、ヒッキーなんでだよとか言いながら顔がすっごい嬉しそう」

「ばっ! やっ……ウレシイデス」

「……えへへっ、えへへへへぇ」

「お前なんなの? 昨日もそんな風にニヤニヤしてただろ。そういや途中で俺がヘンな話しちまった所為で流れるみたいになっちまったけど」

「あぁあれ? うん、こう、なんてーの? たださ、ヒッキー……前よりもずっと、あたしにいろいろ見せてくれるようになったなーって。昨日は言いそびれちゃったけど、いろんな人が知らないヒッキーを自分だけが知ってるって、嬉しいな~って」

「………《…………カァ》」

 

 やだなにこれ、また惚れちゃった。知らない一面を知るたびに好きになる……おい俺、知らない一面多すぎでしょ……そして結衣に対してチョロすぎ。

 ただ名誉のために言わせてもらおう。チョロいと言われるほど簡単に人を好きになることのなにが悪い。その人の在り方に惹かれ、純粋に心トキメくことは、チョロいなんて言葉で吐き捨てていいほどつまらないものじゃあ断じてない。つまり俺ピュアめっちゃピュア。

 

「あー……もう学校だ。話しながらだと早いね」

「ソダナ……《カァアア……!》」

「ヒッキー?」

「や、ちょ……顔見るな。やめれ、やめて」

 

 なんて娘。この子悪魔だわ! あ、天使だった。

 そんな風にして顔を覗き込もうとする結衣から逃れ、靴を履き替えれば教室へ。

 別れる前に「眼鏡」と言われたので、渋々ながらにつける。つけるより宝物として置いておきたいんだけどな。仕方ない。

 そうして別々の教室へと入ると、賑やかだった喧噪が一度ぴたりと止まる。

 

(……やっぱ似合ってねぇんじゃねぇの? この眼鏡)

 

 似合う似合わないに関わらず、結衣がくれたものだから大切にするけどさ。

 まあいい。今日も今日とてステルスヒッキーを発動させて、息を潜めていよう。なんならそのまま眠ってしまう手もある。

 自分の机に鞄を置いて、少し開けると音楽プレイヤーからイヤホンを伸ばし、耳につけて再生。鞄を机の横に引っ掛けて、あとは突っ伏して眠るだけ……あ、眼鏡どうしよ。

 

 <エ? アレダレ?

 <アソコノセキ、ダレダッケ

 <アアホラ、アノ…ライライダニサン?

 <キンニクサンガコムラガエルナ…

 <ナニソノ ウスイホンガアツクナル ミタイナイイカタ

 <エットホラ…ヒキタニクンジャン?

 <アー、ニュウガクシキニジコッタ!

 

 ……うぜぇ。

 なんだ急に騒ぎ出した>>有象無象 あもりにヒソヒソがすぎると俺の胃がストレスでマッハなんだが?

 そんなに眼鏡つけるのが意外かね……ほっとけ、どうせ似合わねぇよ。

 

……。

 

 そうして昼。

 動物園のパンダにでもなったみたいな視線地獄にうんざりして向かったベストプレイスには、ものの見事に人の気配がない。

 ほっこりと笑みを浮かべながら座ると、早速買ってきたパンの封印を解く。お供にはマッカン。最高。ついじっくりと、どこぞのゴローさんのように、ねっとりとしてそれでいてさっぱりとした食に対する独自のうんちくを垂れたくなるが、まあそれはまた今度で。

 

「………」

 

 で。一緒にって言った結衣さんはいつ来るんですかね。

 食べていい? 食べていいのん? だめ? だめですね。

 

「《ヴィー》お、メール」

 

 結衣か? まさか来れなくなったメール? やっぱり友達と食べるからぁ、とかだったらどうしよ。……正しくぼっちであるだけだな。大丈夫、人生が苦くてもマッカンがあれば生きていける。

 どこのどなたか存じませんが、ソウルドリンクをありがとう。

 と、カレーに感謝するCMのように感謝をしていると、目に映るのは“捕まって動けない”の文字。

 俺はパンとマッカンをその場に置いて、普段使わない全力を以って駆け出した。

 

  で。

 

 ズッパァーーン!

 

「結衣っ!」

 

 結衣の教室まで来ると、その引き戸を一気に開けた。

 ぼっちは慎ましいとかそういうのはこの際置いておく。大切なものがピンチな時、あなたは手段を選びますか? ……おう、ハイ、そうですね。俺は選びません。

 

「あ、ヒッキー……」

 

 開けた途端にザワッ……とどよめいた教室の中で、文字通り女子に囲まれてあたふたしている結衣を発見。

 その周囲の女子が俺をみて“きゃあ”なんて騒ぎだすが……あーすんませんね、DHA豊富そうな目ぇしてて。ゾンビにでも遭遇した気分ですか? キモいならそれでいいから結衣から離れてくれません? それ俺のだから。俺の婚約者だから。俺の大事な人だから。……だめだもう独占欲云々じゃ結衣になにも言えねぇ……! 大好きなご主人を奪われて嫉妬する犬みたいな気分だよちくせう。

 

「なにあれ噂ほんとだったんだ! 地味な男子が彼って聞いてたのに!」

 

 へーへー地味で悪ぅござんした。

 

「じ、地味なんかじゃないし! ……ヒッキー、かっこいいもん……」

 

 いやあなたも馬鹿正直に返事してないでこっちきなさい。俺今、針の筵だから。

 なに? ここで恋愛ドラマとか少女マンガよろしく、近づいて手を取って一緒に逃げればいいのん? レベル高ぇなおい。

 

「たはー! のろけいただきました! この幸せもんがぁ! あーでもわかるなー、こりゃ確かにかっこいい!」

 

 女のきゃぴきゃぴ騒ぎの9割は信じるなと、僕は中学で学びました。

 ブサイクな彼を作った女に、別の女が“お似合いじゃーん?”とか言うのと同じな。

 “友達の彼がカッコイイ=そうね格好いいわねあなたの中では”……つまりそーゆーこったろ?

 

「どうやって知り合ったの? ねぇねぇ」

「お、幼馴染だから」

「うそ! リアル幼馴染!? ほんとに居るんだ!!」

 

 うーわー、視線がうざってぇ……。ねぇ、これどうしたらいいの? 考えたんだけど下手に動いて印象悪くすれば、結衣が今の俺みたいに針の筵になるのよね?

 くっ……卑怯な! 人質を取るとは……!

 

「てか、メール送ってから来るまでめっちゃ速かったよね!」

「うわーいいなぁ、私も彼からこんなに大切に思われた~い!」

「あははぁ……それはちょっと無理じゃないかな……ヒッキー特殊だし」

「え? ゆっち、今なんて?」

「あ、ううんっ!? なななんでもないよっ!? あはっ、あははははっ」

 

 ほほう。ゆっち……そんなあだ名もあるのか。

 ユッイーより数百倍マシだわ……! やだ、私のあだ名センス少なすぎ……!?

 

「あーその。しょっ……そいつ、これから俺と昼飯なんで、解放してもらっていい……スカ」

 

 グッハァ! 最後までキメなさいよなに最後の最後で低姿勢になってんのバッカじゃないのバッかじゃないの!?

 

「あ、はいどうぞどうぞ! ゆっちごめんね~! 時間とらせちゃって!」

「あ、ううんっ、あたしはべつに……」

「むふふんっ……ところでさぁユイ? ユイの彼、明らかに総受けって顔して───」

「え? ソーウケ? なに?」

 

 ちょっとやめてください宅の天使になに教え込もうとしてんのそこの眼鏡。あ、俺も眼鏡だった。

 ともかくずれた人垣から結衣を引っ張り出して、そのまま手を繋いで廊下へ。途端にキャーとか楽しそうっつか嬉しそうっつか、なにやら賑やかな悲鳴があがって、つい教室内を見てしまう。

 その時、なんか驚愕顔のまま俺を見て、動かなくなっている……あー、なんだ? ああそうそう、さがみんを発見した。なにあいつ、顔面神経痛にでもなったのん? ほら、お友達が肩揺すってるよ? 反応してあげようよ。つかなんで俺見てんの? やっぱ俺なんぞが結衣の婚約者で何様のつもりじゃーって感じなのん?

 まあべつに俺がどう思われようと構わん。結衣に危害が無いなら、ってとこに絶対条件を敷くけどな。

 んじゃ行くかと歩き、やがていつものベストプレイスへ。

 ……さすがベストプレイス、置いていったパンとマッカンがどうにかなることもなく、そのままの状態で置かれている。

 盗まれてたらどうしましょとか実は思ってたりした。もちろん走ってる最中はそんなこと全然気にしなかった。結衣の方が大事だった。ただそれだけだ。ほんと優先順位、狂ったよな……。


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