どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
……いつか。嘘が嫌いなガキが居た。
本当が大好きで、正しいことを学ぶとよくやったと褒めてくれる、大きな手が大好きだった。
けれど、ガキは嘘を知り欺瞞を知り、それでも信じ続けて、いつしか嘘つき呼ばわりをされるようになった。
仲が良かった、親友だと思っていたやつまで、ついには俺をうそつきと呼び、離れていった。
翌日には靴が隠された。犯人は、信じていた親友で、発覚すれば彼はガキを口汚く罵倒した。
間に入っていた教師は彼を叱りながらも、ガキにも“それは○○○くんも悪かったわね”と言った。
───ちがう ちがうよ おれはなにも───
なにを言っても聞いてくれない。大人は話を終わらせたがって、どれだけ正しいことを言っても聞いてくれない。
問題が起こるたびに“またお前か”を顔に貼り付けて、いつしか何が起こってもそのガキが疑われるようになった。
それでも本当を信じていたかったガキは愚直なまでに本当を信じて、なにが起きても正しいことを口にした。
ある日、教室の窓が割られた。
“みんな”は口々に俺を笑い、こいつがやったと歌うように叫び、なにかを言おうとするたびに遮られ、笑われた。
こんなことは間違っていると。
信じてほしい一心で涙を滲ませながら訴えかけた時でさえ、大人の顔には“またお前か”しかなかった。
そうして、ついには親が呼び出された。
大丈夫だ、それなら大丈夫。だって、だって父さんは───
教師は今までの出来事や学校でのガキの行動を、親に告げた。
ガキは父親を信じて真っ直ぐ前を向いて。
そして、父親は───……自分を信じて疑わなかったガキの頭を掴み、無理矢理下げさせ、謝ったのだ。
───……だ、って。だって…………小町の味方、だから。
世界は腐った。濁っていた目は灰色しか映さなくなり、世界は軋んだ。
こまちのみかたに連れられて帰る家路はひどく惨めで。
ぽつり、と落ちた水滴に、雨かなぁと見上げた空は眩しくて。
仕方のないガキに言い聞かせるように、あんなことはもうするなと言う、こまちのみかたが悲しくて。
隣を歩かなくなったガキに気づきもせず、歩み帰ってゆく父だったこまちのみかたの背中を見て、ガキは……声もなく泣いた。
ち、がう、ちがう、ちがっ……ちっ……いたく、いた……あ、あ……!
そんなものは痛みじゃないと。
こんなものは痛みなんかじゃないと我慢出来ていたガキが、初めて痛みを知って、泣いた日だった。
……。
この世界は腐っている。
世界は嘘で溢れていて、本当の先にあるものなんてきっと偽もの。
翌日から、学校での時間は灰色。
ただ勉強をして、ただいじめられ、ただ無視され、ただ帰る。
鞄はいつもぱんぱんで、靴はいつもビニールに入って。机の中はゴミだらけで、下駄箱の中はカエルの死骸置き場だった。
比企谷からヒキガエル。ヒキガエルからカエル。水をかけられることが多くなって、水浸しのままにゲコゲコ鳴いてみろよと笑われた。
でも、もう痛くない。痛くないから我慢できる。
これが当然なんだ。本当なんて信じるんじゃなかった。親なんて信じるんじゃなかった。俺に親なんて居ない。あれはこまちのみかただ。
憧れた背中なんてなかった。生き方を教えてくれる大きな背中もない。頭を撫でてくれた大きな手は、ガキに……俺に言うことを聞かせるためのまやかしでしかなかったんだから。
撫でてくれた手が温かかった。
でも、その手はもう、ガキの頭を無理矢理下げさせる手でしかなくなってしまった。
馬鹿なガキは、そんな温かさにさえ裏切られた。
でもさ、ほら。簡単なんだ。痛くないんだから、それでいい。
口に出せばいいんだ。笑ってしまえばいい。
ちっぽけなことだ。口にしてみれば単純すぎる、それだけのこと。
信じた者が救われなかった。ただ、それだけのこと。
誰も信じなくなって、誰も拒絶するようになって、それでも暮らしのために嘘にまみれて。
嘘だらけの世界で妹の言葉に返事をして、灰色の世界で心配する幼馴染に近づきすぎない言葉を投げて。親だと思っていたこまちのみかたには、なんの色も映さない。
いちいち近寄ってきてはぐちぐちとなにかを言うゆいのみかたには無難な言葉を。
そして……そして。
最初からいつまでも、接し方を変えないママさんには、小さな感謝を送っていた。
……。
辛いと思わなくなっただけのガキは、それでもただ生きていく。
自分が居ないほうが平和なんじゃないかと思ったことなど数え切れない。
そんなことを思っていると、きまってママさんが現れた。
頭を撫でて、なにを知っているというのか、ハチくんが居てくれて嬉しいわと言ってくれた。
そのたび、そんなものは嘘だと言い聞かせる日々。
自分のことは自分でと頑張り、人から隠れることを学び、望まれれば妹や幼馴染と無難な付き合いをして、それだけでこまちのみかたとゆいのみかたに睨まれる日々。
夜に吐くことが多くなって、ごはんがたべられなくなって、がっこうでもきゅうしょくをのこしてしまって、たべるまでかえさないとつかまってしまって。むりやりつめこんで、できるならなんでさいしょからたべないんだとおこられて、いえにもどって、はいて。
せかいにはてきしかいない。
それが、いつかしんじた“ほんとう”なんだってこころがおもってしまったとき───おおごえをあげて、ないてしまった。
どれだけ泣いていたか解らない。
気づくと温かいなにかに包まれていて、それがママさんであることに気づいた。
一度弱さを見せたガキは、本当にもろい。
焦らずにただ、ガキを落ち着かせよるよう抱きながら撫でてくれていたママさんに、ガキはぽつぽつと弱音を吐いた。
今思えば完全に悪手だ。あのママさんに弱みを少しでもこぼした時点で、いろいろ吐き出させられることなど、今の俺なら解りきっている。
それでも……そこで“いろいろ”を吐き出させてくれたからこそ、今の俺があるのだろう。
“いろいろ”は吐き出しても“全部”は吐き出さなかった俺を、笑顔のまま受け入れてくれた。
ほんと、ママさんには頭があがらない。
そしてたぶん───こいつにも。
それからは、ママさんは俺の味方だった。
ガキの言うことを信じてくれた上で、間違っていると思った部分はきちんと説教。
ちょっと拗ねてしまったそいつに、笑いながら接してくれた。
その笑顔が“またお前か”を貼り付けたものじゃなかっただけで、そいつは救われたんだと思う。
ただそれでも、線の内側に入ってきたりはしなかった。
ママさんいわく、“ハチくんには厳しいかもしれないけど、あんなのでも結衣のパパなのよ”、だそうだ。その言葉も、今なら解る。
いろいろあった世界で、それでもガキは生きていた。
いろんなことが重なった出来事の中、そんな中でも胸が大きな女はエロいって噂を潰したり、集中する罵声を鼻で笑ってみせたり。
痛みにも慣れたし、孤独にも慣れた。乗り越えた人間ってのはなんであれ強いもんだ。つまりぼっち最強。望んでその場に立って、表面では邪険にしながら、幼馴染が傷つかないようにって頑張った。
ママさんは完全には俺の味方じゃない。だから線の内側に居ないのも当然だった。
入れてしまえば、いずれはなあなあなままにこまちのみかたもゆいのみかたも、ママさんの味方だからという理由で許してしまうからだと……いつか教えてくれた。それは確かにそうなんだろうなって思ったから、俺も頷いた。
だから線の内側には結衣しか居ない。
そんな彼女は今も、そして昔も、こうして……頬に触れ、言ってくれたのだ。
自分から傷ついちゃ、やだよ……と。
ようするに胸が大きな女=エロ女事件のことがバレた。その時に言われたのがそれだった。
その時は泣きもしなかったんだけどな。
……エリート目指さなくなってから、感受性豊かになったんじゃねーの?
不貞腐れたガキが、俺に向かって言ってくる。
そうかもな。
でも困ったことに、大変遺憾ではあるのだが、悪い気分じゃねぇんだ、これが。
やだなにこれ、もしかして洗脳? ガハマ親子が僕を洗脳しようとしてるのん?
……まあ、プロぼっちであるハチくんに、そんなものは通用しませんがね。
× × ×
でもまあ泣かされたことに変わりはないわけですが。
「……なんか、前にもあったね、こんなこと」
随分と長く考え事に没頭している内、結衣もそうだったのか、ひどくやさしい顔でそう言った。
「……ばっかおまえ、あの時はべつに、泣いてなんかねーよ」
「えー? でもヒッキー、不貞腐れてたし、そっぽ向いてたし。泣く寸前だったんじゃない?」
「信用できないヤツと目を合わせなかっただけだ、自惚れんなばか」
「久しぶりにひどいこと言われたぁ!? ひ、ひどい! ヒッキーひどい!」
もはやしっとりとした空気もない。でも……それでいい。俺とこいつの間に、悲しいばっかりの感情なんて、もういらない。
そのための線引きだった筈なんだ。
だから……内側に入ってきた誰かは、俺のやり方で、俺が全力で───幸せにするって決めていたのだから。
「結衣」
「え? あ」
結衣と同じように、結衣の両頬も包み込む。
ちと、いや正直めっちゃくちゃ恥ずかしいし? 今すぐ視線そらして逃げ出したいし? 顔がじりじり熱いわけですが? いえまあ幸せにしたいって思っているのならここで逃げるのはあまりにも阿呆と言えるわけでして?
だだだからつまりあれだよあれ。ほらその……なに? あー……
「う……その……よ。ぜ、絶対に……幸せにすっから……さ。その……俺のことばっかじゃなくてだな、その、あれだ。……お、お前のことも……教えてほしい」
「……ひっきぃ……」
「ほ、ほらっ、あれだろっ? 俺、ほら……自分のこと以外はなんでも適当にやってきたから……さ。自分のこと以外なんにも知らねぇし人付き合いも苦手だしで、自分で言うのもなんだけど……正直ろくな人間じゃねぇと思ってる。言うだけならどんだけでも自画自賛出来るけど、これ、そういうのじゃねぇと思うし、さ。……知りたいって言ってくれたろ? ……知らないのは俺も一緒なんだ。だから……、───」
そこまで言うと、クンと顔が引かれる。
目の前に、結衣の顔。咄嗟に目を閉じると、口と口が繋がった。
ちょん、ちょんと啄ばむようなそれのあと、目の前にはにっこり笑顔。
「うん、一緒にがんばろ?」
そして、そう言ってくれる幼馴染。
空気が読める彼女は、いったいどんな経験の先にそれを身につけたのか。
自惚れていいのなら、もしかしたらどこぞのひとりぼっちの周囲の空気をなんとかするため、だったのではないか。
“そんな馬鹿な”を考えるだけでも、たまらなく湧き出してくるのは幸福感。
幸せにしてやりたいのに、されてばっかりだ。こんなんじゃそう言いたくなるに決まってる。
「あ、じゃあさ、まずは二人できょーよー? きょーゆー? できるなにかを作ろうよ。パパとかおじさんには真似させない、あたしたちだけのなにか」
「ほーん? たとえば?」
「え? えーと、そだなぁ、たとえば……あ。挨拶とかどうかな! あたしとヒッキー専用! みたいに!」
「俺が馬鹿って言ったら結衣がキモいって言うのか」
「想像以上にひどいのきた!? や、やだよそんなの! なんでそうなんの!?」
「そう思うならほんとキモいって言うのやめろな……。じゃあ他のにすっか」
「うんうん絶対それがいい……!」
かつてないほど熱心に頷かれた気がする。まあ、正直アレはない。
「うーん、挨拶っていったらなにかな」
「おはようとかだろ」
「それだと朝だけじゃん。もっとさ、いつでも使えるのがよくない?」
「いつでも、ねぇ。まあとりあえず歩きながらにするか。遅刻する」
「あ、そだね。えへへ、また話し込んじゃったね」
「……悪い」
「ヒッキーは悪くない。ね?」
「…………おう。その、あ、ありがと……な」
「~~~…………う、うん」
俺は素直に礼を言うのが恥ずかしくて。
結衣はたぶん、俺の素直な礼が珍しくて、動揺した。
それでも歩く足は少々急ぎ足。通学路でなにやってんだかな、ほんと。
…………あれ? もしかしてこれが青春か? ……わお、青春してんじゃん俺。
「あ、でさ、挨拶なんだけど」
「え? あ、おう」
「うん。やっぱ日本人らしくヤッホーとかのがいいかな」
「………」
「?」
「結衣……」
「え? なに?」
「ヤッホーはドイツ語だ」
「うそ!?」
なんということでしょう、彼女は大変驚きました。
「だ、だってやまびことかって日本のお話じゃん!? ほ、ほら、やまびこ~って妖怪が居るって! それでやまびこって言ったらやっほーじゃん! 日本だよ!」
「いや、正しくはJOHOOの訛りみたいなもんでな。神様の名前からきてるって話もあるが、とりあえず日本じゃない。ちなみに山に向かって叫べば何処でも山彦は返ってくるから、べつに日本独自の話ってわけでもないぞ」
「うそ……そだったんだ……なんかショックだー……!」
「なんかすまん、余計な茶々入れたみたいで」
「あ、ううんっ、それはいいって! あたしもよく知らずに合言葉みたいなのにするとこだったし! じゃああれだ! やっほーがだめならハロー!」
「明らかに外国語じゃねぇかよおい……」
「ふふーん甘いよヒッキー! それとさっきのヤッホーをくっつけることで、全く新しい挨拶を作っちゃえば、それが合い言葉ー! ……でさ、えと。や、やっはろー、とか、どうかな」
「あほくさい」
「正面からアホ言われた!? え、えー? いーじゃん、ほら、やっはろー! って! ほらヒッキーも!」
「や───」
「うんうん! や!?」
「ヤロォオオぶっ殺してやぁああある!!」
「それ違うやつだよ!! しかもなんでそんな無駄に発音上手いの!?」
「……独りで物真似やって笑ってたんだよ……ぼっちにそういうこと訊くなよ……」
「え、ご、ごめ───って違うよ!? 傷つくくらいなら素直にやっはろー言お!?」
「やだよ恥ずかしい」
「なんかもう恥ずかしさの基準が解んないよ! ……ねぇヒッキー、ひっきぃい~~……」
こ、こら、やめなさい、服引っ張って甘えた声出さないの。
やめて? ほんとやめて? 八幡、さっきのシリアスも忘れて無条件で頷きたくなっちゃ───
「……あたしとの合い言葉……そんなに、ヤかな……」
「よしやろうなにその挨拶すげぇ斬新じゃん」
「えぇええっ!? え、なんでいきなり? どうしたの?」
「おうやめてほしいなら今すぐやめるわじゃあ急ごう《スタスタがしぃ!》HA☆NA☆SE!!」
「待って待ってやだやだ! 言って!? 言ってほしいよぅっ! ねぇ、ヒッキー!」
「おまっ……だったら、頼むから勢いのまま言わせてくれよ……改められるとめっちゃくちゃ恥ずかしいぞこれ……」
「そしたら絶対次から言わないじゃん」
「解っててやったなら相当策士だぞお前……」
「? べつに歌とか作ってないよ?」
「…………やっぱアホ」
「アホってなんだし!」
「あーはいはいやっはろー、これでいいだろはい終わり」
ぷんすか怒る結衣を適当になだめ、隙を見て言ってみる。
「あぁああ待ってずるいずるいー! ちゃんと言ってよヒッキー!」
「《ずるずる》だ、だから歩いてんのに抱き付いて引きとめんのやめろっての……!」
「うー! うー! ひ、ひっきー? えと……やっはろー!」
「おはようさん」
「ヒッキー!!」
「挨拶って大事なー。ほれ、ぽぽぽぽ~ん」
「ハイタッチしたいわけじゃないってばぁ! …………ぽーん」
言いつつも、両手でハイタッチしてくる天使可愛い。
「魔法の言葉にやっはろーなんて入ってたら、こんにちワンが混乱するだろうが。べつにそんな合言葉みたいなのなんてなくても、その、なんだ」
「……ひっきぃ……?」
「いややめて、涙目で上目遣いやめて、わかった、やるよやるから」
「う、うん! じゃあっ……やっはろー!」
「お、猫だ。かーいーなー」
「ヒッキー!!」
「い、いや、わざとじゃねぇよ? ほんとほんと」
「次はぜったいだかんね!? じゃないと怒るよ!? ……こほん、じゃあ、」
「やっはろー」
「ヒッキー!!」
「なんで怒んだよ!」
本日快晴。
いい風も吹いている。
で、こんなアホなことをしていたら見事に遅刻した。
× × ×
ヴィー
「おん?」
昼。
今日も今日とてベストプレイスにて食事中。
結衣は友達と食べるらしく、既に渡してある弁当を元気につついている頃だろう。
俺も自分の弁当をつついていたわけだが、そんな結衣からメールが届いた。
FROM ☆★ゆい★☆ 12:10
TITLE やっはろー!
ヒッキーおべんとありがとね! いただきまーす!.+:。(´ω`*)゚.+:。
「………《カチカチカチカチ》」
返信のためにケータイをいじくる。うーむ、やっぱりそろそろスマホ買おうかしらん?
でも基本料金とか高いっつーしな……どうしよ。
FROM 八幡 12:12
TITLE JOHHALLO
落ち着いて食べるんだぞ。
FROM ☆★ゆい★☆ 12:14
TITLE だいじょぶ
ヒッキーの愛があれば何でも美味しいよ
「……、───はぁ」
FROM 八幡 12:15
TITLE おい
誰か知らんが友達ならさっさとケータイ返してやれ
FROM ☆★ゆい★☆ 12:16
TITLE すごっ!?
なんで解ったの!? あ、私ゆいゆいの友達で足立でっす。
「…………返信はいらんだろ」
ケータイを返せと言った。しかし返してない。
よろしい、ならば返信はなしだ。
おお、今日も玉子焼きが甘い。いい味出してる。
FROM ☆★ゆい★☆ 12:18
TITLE ヒッキー!ヾ(*`Д´*)ノ
玉子焼きがじんちを越えた甘さだよ!? なにこれ!ヾ(*`Д´*)ノ
FROM 八幡 12:20
TITLE おかえり
あと人知な
これでよし。
さて、のんびりと昼食を堪能しよう。
今日も戸塚がテニスをしている。いい景色。
FROM ☆★ゆい★☆ 12:24
TITLE あ、ヒッキー
今日ちょっと寄りたいとこあるんだ。一緒に来てもらっていいかな(;人;) オ・ネ・ガ・イ
む。寄りたいところ? バイト前にってことだよな。サイゼか? ……い、いや、まだ行く勇気はないな。違うだろう。
まあいい、別に用事はないし………………つかそもそも、あいつに頼まれたら断れる気がしねぇ。
FROM 八幡 12:25
TITLE あいよ、りょーかい
ちなみに何処だ? まさかサイゼじゃないよな。
FROM ☆★ゆい★☆ 12:27
TITLE まだムリ!(*>ω<*)
サイゼはぜったいだめ! まだムリだし!
じゃなくて、えと、ほーしぶ? ってのが学校のどっかにあるんだって。(“▽”*)
なんかオネガイ叶えてくれるんだって! すごいよね! だからちょっと行ってみたいなって。いい?(´ω`*)
FROM 八幡 12:28
TITLE おう
べつにいーぞ。ほーしぶってのは奉仕部のことか? それなら平塚先生に一度聞かされたことがあるわ。
願いを叶えるんじゃなくて、どうすればいいかを教えてくれるっつーか。あれだ、腹を空かせたヤツに魚を与えるんじゃなくて、魚の釣り方を教える的なアレだ。
FROM ☆★ゆい★☆ 12:29
TITLE (´・ω・`)?
おなか空いてるなら魚あげたほうが早くない?
FROM 八幡 12:30
TITLE あほ
そしたらそれ以降もそいつは魚の釣り方がわからないだろうが。
ずっと魚を貰い続ける気か。お前に喩えると、料理の仕方が解らず腹を空かせてるのと同じだ。
木炭でも練成して食う気かお前は。
FROM ☆★ゆい★☆ 12:30
TITLE notitle
(:_;)
FROM 八幡 12:31
TITLE すまん泣くな悪かった
奉仕部でもデートでもなんでも付き合うから泣くな。
FROM ☆★ゆい★☆ 12:33
TITLE よし言質取った
ふはははは! 残念だったなヒッキーくん! 私だ! 足立だ! きみの発言は結衣のデータに完全に記憶されている!
存分にゆっちを楽しませてもらおう! なんかこの娘いざって時に奥手っぽいし。
「…………《イラッ》」
FROM 八幡 12:34
TITLE notitle
そ こ う ご く な
「ふぅ《パタン》」
ケータイを閉じて昼食続行。
これで相手はその場に俺が現れると緊張し、メールどころではない筈だ。
あ? 行かないのかって? やだよめんどい。なんで結衣以外のことでそんな、労力使わにゃならん。
「ん、今日も美味かった。さすが俺。俺にごっそさん」
カシュリとプルタブを開けてマッカンを飲む。この時こそ至福……ではないな。
至福だったらたぶん、結衣と一緒に痺れたあの感覚が襲ってくるんだろうし。
「………」
なんなんだろうな、あれ。ちと気になったので、それっぽいことを検索ワードにかけて調べてみた。
「…………ほーん?」
よく解らん。解らんが、解らんなりに解ったっつーか。
「集中力による自己、または他方催眠」
ようするにあれだ。なにかしらに集中しすぎることで自身に暗示をかけて、それを当然のこととして受け取った際、自意識では到底辿り着けないなにかに至る、と。
催眠実験とかでよくあるよな。実際どうか知らんけど、相手のことを好きになる~って催眠かけたら初対面相手に目を潤ませて動揺しまくってた女、とか。
つまり俺と結衣は互いに幸せだと感じ、互いに集中し、それが頂点に達したためにああなった、と? なるほど、そりゃ性的絶頂では断じてない。催眠で“あなたは幸福の絶頂に到ります”と命じられたようなものだ。
だからといって鵜呑みにすることはないけど。
俺は結衣だけ居ればいいし、結衣は俺に幸せにしてもらいたい。相手を思いすぎているからこそ辿り着けるなにかはあるわけで……うーむ。
「いきすぎると依存になるか」
幼馴染になに言ってらっしゃるって感じだが、べつに隣同士だから必ず会わなきゃいけないわけでもない。
幼馴染だからって仲が良いわけでもなければ、以前のように突き放すことだっていくらでも出来るわけだ。だが言おう。依存のなにが悪い。すべての依存が悪いっつーなら日々の癒しを趣味に向けている人なんて悪の塊になっちまう。
人間関係にのみ依存の言葉を口にするなら、青春時代の友人関係なんざ全部依存だ。
そして生憎俺にはそんなことが出来る相手が結衣以外居なかった。……居なかった。ここ大事。それも、つい最近になって戸塚や材木座にいろいろ気づかされるまで、認識しようとも近づこうともしなかった。
いいじゃねぇの、初めての交友関係。依存でなにが悪い。むしろ男子高校生が恋人に夢中になるとかひっじょーに一般的じゃねぇか。
俺には友達も恋人も居なかった。その分、そんな憧れやらなにやらが、今ようやく目覚めてるところなんだろう。
ぼっち故に散々とこじらせた感情だ、思う存分ぶつけるつもりではあるし、それ以上に幸せにしたいと思う。そんなきっかけが自己催眠的なものでも、与えているのが俺って存在なら俺は嬉しい。
だってそれ、好きな相手に好きって言われて喜ぶのと、なにが違うんだよ。それが大きくなっただけの話だろ。
催眠、なんて言葉がつくから不安になる。怪しんでしまう。妙なことは調べるべきじゃないな。
結論を出そう。それがたとえ依存であっても、俺は互いを成長させることの出来る依存を選ぶ。依存は現状維持しか出来ないと誰かが断言するのなら、そんなものは間違いだって言ってやる。
「ふぅ」
マッカンを飲み終え、弁当を片付けてから歩く。空き缶は缶専用ゴミ箱へ。
そんで教室に帰る途中、ヴィーとケータイが鳴ったので開いてみれば、
FROM ☆★ゆい★☆ 12:48
TITLE まだ動いちゃだめ?(´・ω・`)
もうお昼終わるから、友達の席返さないといけないんだけど(´・ω・`)
あとデートいきたい! どこがいーかな!(*>ω<*)
「………」
今日も、宅の婚約者様はアホである。アホなのに可愛い。
FROM 八幡 12:49
TITLE 存分に動いてくれ。
二択。
1:時間かけて外に出て視線を気にしながらデート
2:時間も視線も気にせず存分に家デート
FROM ☆★ゆい★☆ 12:49
TITLE 2!(*>ω<*)
バイト終わったらすぐだかんね! いっぱいくっついてもいいんだよね!? でも今度は外にも行こうね!(“▽”*)
結局両方じゃねぇかよおい……。
あと結衣さん? あなたいっつも必要以上にくっついてますからね?
腕組む時も絡めたあとに恋人繋ぎまでしてくるし。
……え? あれ以上があるの? え?