どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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えー、何度も申しますが、いえほんと言い訳でいいのですが、慣れるために書いたものですゆえ、いきなり状況だの心境だのの変化や雑なところは、見逃したり目を瞑ったり隠したり急に誰かにソッと後ろから“だ~れだ?”をされたりサミングされたり太陽拳されたりフェイスフラッシュされたり毒霧噴かれたりアイマスクをつけられて両手を後ろで縛られて麩菓子を食べさせられたりとかあの爆発の中で平気なところと壁抜けするところと天井に大穴空ける馬鹿力と空飛ぶところに納得しかける寛大な心でお進みください。



なるべくして、その部屋に紅茶の香りが漂い始める③

 で。

 散々騒いでおいて、まーだ奉仕部に居座っている俺達なのだが。

 

「それで結局、由比ヶ浜さんはなにがほしいのかしら」

「えっ……欲しいって……?」

「比企谷くんの言葉だけでは安心が得られないのでしょう? 私から友達をやめるのは私が彼を裏切ることになるから、もう二度と彼に負けるつもりのない私にとって、それは死にも等しいこと。絶対に譲らないわ」

「う……うん。それは……解ってるんだけど」

「そんなに心配ならば心も体も繋がってしまえばいいのではないかしら」

「ほぇ……? ……? ……!? うぇええっふぇ!? ななななに言い出すのかな雪ノ下さん!」

「初々しいわね。やっぱりヴァージ───」

「わーわーわー! ちょ、なに言ってんの雪ノ下さん! そゆこと口にしちゃだめ! だだだ大体、あたしはヒッキーが! ひ、ひっきぃが……《ちらり》」

 

 おい、そこで不安げに俺を見るな。やめて? なんか雪ノ下がヘンな目で俺を見てるから。

 

「……そう。可哀想に。その歳でED───」

「おいほんとやめろ」

「なにをかしら、エド谷くん」

「コナンくんの苗字みたいに言われてもそれ、EDだって丸解りだからね? 俺は比企谷だ、ヒキガヤ。EDでもエドガヤでもねぇよ」

 

 あとあんま嬉しそうにすんな。好き勝手言い合える関係って最高だってのは、ぼっち界の友人同士じゃ当然レベルだけど、今はあんまニヤつくと結衣が拗ねる。

 ……てかね、実は俺、そういう知識……無いんだ。とは言えない。

 いや、だってどうせぼっちだと思ってたし、結婚なんてしないと思ってたし、性知識なんてあったって無駄じゃん? 中学の保健体育とか一切気にしてなかったわ……。そりゃな、藤巻十三とかの知識はほんの少しあるよ? ほんと、ほんの少し。でもそれだけじゃな……。

 女体の神秘に興味がないわけじゃない。むしろ今じゃ結衣のこととかめっちゃ気になるし。けど、それが性的興奮なのかはいまいち解らん。

 ……だからええと、こういう時は……漫画とかで得た知識と言い回しを盾に、切り抜けよう。

 

「あ、あー……“べつにそういうことをしたくないわけじゃねぇよ……お、俺だって健全な男子高校生ですし?” ……つかなに言わせてんの誘導尋問上手いなお前!」

「べつになにもしていないわ。今のはただの自爆でしょう?」

「ヒッキー……あ、あたし、ヒッキーがいいなら、いいよ……?」

 

 それはもう聞いた。聞いたからやめて? 八幡、そゆことは二人きりの時がいいナ。

 つかほんとなにこの四面楚歌! 自分以外に二人しか居ないのに逃げ道が塞がれてる! 壁が! 見えない壁が二人分を担っているよぅ! ぼっちテニス時に友達だった壁が、まさか僕を裏切るなんてっ……! いや冗談だ、いつもありがとう、壁。愛してる。

 

「せ……っ……責任、取れる年齢になるまではっ……や、やらない」

「ヘタれ谷くんと呼んでいいかしら」

「むしろ立派と褒めろよ学年1位。人がどんだけ日々を我慢して過ごして───あ」

「……え?」

「語るに落ちたわね。いえ、ごめんなさい? 最初から地に足をついたあなただったわね」

「底辺って聞こえるからやめろ」

「…………《じー…………》」

「うぁ……」

 

 あとお前も。こんな至近距離でじーっと見てくるんじゃありません。

 な、なんでそんな期待を込めたっつーか嬉しそうな目、してんだよ。

 お前今あれだよ? 欲情した目で見られてたって言われたようなもんだよ?

 

「ヒッキー……我慢してたの?」

「う……や、そりゃ……だってお前、無防備に抱き付いてくるし、人懐っこいし……お前ほんとやめろよ? あんなの、俺じゃなかったら勘違いして襲い掛かってるぞ」

「……あたし、ヒッキーにしかやらないよ?」

「…………」

 

 解ってる。八幡ちょっと意地悪言った。

 

「ヒッキー以外なんて嫌だし、ケー番だって男子のなんてヒッキー以外入れてないし、名前だって……どんだけ頼まれても、苗字で呼んでもらってるし……」

「比企谷くんあなた、恋人にここまでされても意識しないなんて、本当に平気なのかしら」

「マジトーンで心配するな。泣けてくる。あと俺はEDじゃねぇ」

「けれどその、男子というのは……その。毎夜毎夜ひとりで慰めると、クラスの子が話していたのを聞いたわ。あ、あなたも───」

「ばばばっか! ばっかじゃねーの!? んなのやったこともな───あ」

「………」

「………」

「…………《かぁああ……》……いや、その……あの……頼む、忘れて……今のほんと忘れて……」

 

 女性がヴァージン発言ぶちかました時の恥かしさってこんな感じなのでしょうか。

 当方、知識としては知っていても、そんなものをやっている余裕なぞ無かったので孤独な慰めさえ未経験であったりします。

 だ、だってさ? ほら、やっちゃうと他への意欲が無くなるとかどっかで聞いた気がしてさ? 集中力もなくなるとか聞いたこともあったしさ? だから……その。

 それに胸の大きな子の写真とか見ると思い出しちゃうし、なんかそれを汚すようで嫌だったっつーか……乙女かよ。……しまった無駄にヒロイン力高かったの思い出した。もう忘れたかったのに。

 

「…………《ぽー……》」

 

 そして待て。待ちなさいそこのガハマ。

 なんでお前は人の未経験発言聞いて、ときめいた表情してやがんの。

 

「な、なんだろ……うう、ちょっとあたしキモいかも……。ヒッキーの未経験発言聞いたら、なんか……その、初めての女の子にヘンな願望持ってる男子の気持ち、ちょっと解っちゃったっていうか……」

「ユッイーキモい! まじキモい!」

「ユッイー言うなし! き、キモくないし! だってヒッキーにだけだもん! しょーがないじゃん! なんか嬉しかったんだもん! ……だ、誰にも見向きもしなかったんだな、とか思ったら……その…………なんか、胸がきゅううって……だから……~~~……」

「…………《きゅん》」

 

 やだ可愛い。天使か? 天使だった。

 

「由比ヶ浜さん、安心していいわ。客観的に見たあなたたちの関係を遠慮なく口に出すのなら、間違いようも無く世間一般で言うバカップルよ。それも、部活中の部室に入ってきていちゃつくほどのね。というか向かい合って抱き合って座るとか、見ていてむず痒いからやめてほしいのだけれど」

「あぅう……!《かぁああ……!》」

 

 ア、ハイ。そこらへんはほんとすんません。部室に突撃して急に人生語って友達になっていちゃついてって、ここに来てからどんだけ密度の濃い青春送ってんですかって話しだ。

 ……でもね、この娘がね、上からどいてくれないの。格好こそだいしゅきホールドとは違って、あーその、なに? 今や不可能な自転車二人乗りの時に一部の女子がする……こう、横座り? みたいな感じで座ってるけどさ。ああ、もちろん俺も胡坐やめたよ。やめさせられたよ。

 で、正面向き合ってからはそらもうすりすり地獄ですわ。ほんとマーキング。これ絶対マーキング。

 だって必死になって体ごしごし擦り付けてくるんですもん。ぼっちとしての経験がなければ、既に人前だというのに八幡の八幡が大変なことになっているところだった。

 え? それだけですごい? ……プロボッチャーである八幡さんが、こんなところで醜態をさらすわけがないじゃないですか。

 ……ソロプレイ未経験発言で、既に曝してましたごめんなさい。

 

「けれど由比ヶ浜さん、責任云々については、むしろ立派と認めるべきよ。昨今の同年代なんて、やれこの歳でヴァージンは恥ずかしいだのなんだのと。捨てたいからとゆきずりの男に体を許すことこそ恥ずかしいと、何故理解できないのかしら」

「あ、あぅう……あの、雪ノ下さん……結構恥ずかしいこと言ってない……?」

「言うべきを控えることなんかしないわ。私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐かないの《ドヤァ》」

「べつに俺相手なら吐いてもいいんじゃないか? 堅苦しいだろ、そんなの」

「───……それもそうね」

「ドヤ顔台無しだ!? え、えー? いいの? なんかその、ぽりしー? とかあったんじゃないの?」

「あら。べつに発言を取り消したわけではないわ。虚言は吐かなくても自身の理論を論破されることはあると理解できたのだから、私は変わらず自分で居続けるのだし、ポリシーを曲げることはしないわ。そうするのは友達相手の時だけと考えれば……そうね、ずいぶんと気が楽になるものね、知らなかったわ」

「……ヒッキーはあげないからね?」

「いらないわ。由比ヶ浜さん? 私だって怒るのよ? 私はあくまで彼に友達としていてほしいだけよ。それを愛だの恋だので汚されるのはたまらなく不愉快よ」

「あ、う、うん………………ね、ヒッキー。なんかすごいね、雪ノ下さん」

「ん? なにが」

 

 雪ノ下にぎろりと睨まれて、ちょっと怯む結衣だったが、どうしてかその目には好ましいものを見る光があった。

 

「うん。なんか……ヒッキーに似てるのかなって。ほら、ちゃんと言いたいことは言ってくれるし、間違いは間違いだって言ってくれる。……だからヒッキーも、友達になりたいって思ったのかな」

「あー……まあ、なに? 雪ノ下の歯に布着せぬ在り方は嫌いじゃないな。隠し事や秘密のことばっかでひそひそとしか喋れないやつらより、すんげぇありがてぇわ」

「あなた、マゾなのかしら。結構ひどいことを言っている気がするのだけれど」

「そんなのはお互い様だ。俺もお前の夢には随分と勝手を言わせてもらったしな。大体、だからこそ遠慮無用で言い合える相手になれるって思ったんじゃねぇか」

「……そうね。相応の心の強さがなければ、そもそも孤独者同士が解り合うなど不可能だもの」

「え? そうなの? ヒッキーって話してくれるようになるまでマジヒッキーだったけど、ぼっち同士なら平気とかじゃないの?」

「だから喩えでヒッキー言うのやめろ」

「でもほんと話さなかったじゃん。中学の時なんて、近づくだけで睨んだし……。…………それも、あたしのため、だったんだよね?」

「ち、ちげーし《ぷいっ》」

「………~」

 

 あの、にやにやしないでくれます? 人の膝の上でにやにやって、ほんとやめて? 恥ずかしいから。

 一緒に帰って噂されると恥ずかしいってレベルじゃないからね? なんならこんな特別棟の隅っこで、女膝の上に乗っけて女と話してるとかって、そりゃもう相手が相手なら学級裁判もので───それは違うよ! 八幡、なにもやってないもん!

 

「……んで、まあ。あれだよ。ぼっちってのは自分の世界を大事にするもんだ。パーソナルスペースっての? 他人が近づいていい距離ってのを正しく理解している。時に、そうと決めてある距離を詰められようと、瞬時にそのスペースを自分の内側まで引っ込めて、頑なに相手を拒絶するまである。ぼっちは逃げない。だが、それは心を開くことにイコールしねぇんだ。んで、ぼっちにはそれぞれ、ぼっちになった理由が存在する。その理由ごとに、パーソナルスペースの形も違うんだよ。だから、ぼっちだからぼっちと解り合えるなんて、んなことは滅多にない。多少は解ったつもりでも、単純な部分で違うから解り合うなんて無理だ」

「ええ。下心満載で近寄る男だろうと話を聞くだけ聞くわ。返事は当然拒絶だけれど。彼らは他人の世界を知ろうとしないのだから、拒絶なんて当然だということに何故気づかないのかしら」

「だな。素人ぼっちは人が近づくだけでそそくさ逃げるけどな」

「他人に対して無関心にもなれないなんて、心が他人に甘えている証拠よ」

「そうそう。知ってる話題が出た時にそわそわするとか」

「パンさ───ど、動物の話題が出た時にちらちらと見てしまうとか」

「あー、あったな。孤独なくせにまだ他人に希望を抱いていた頃とかな……」

「ええそうね……共通の話題があれば、まだ輪に加われると思っていた頃があったわね……」

「…………」

「………」

『…………《どんより……》』

「なんで急に空気どんよりしてんの!? さっきまでニヤニヤしてたじゃん!」

「おま……そういうことぼっちに言うなよ……」

「由比ヶ浜さん……あなたなかなか人の奥底に刃を突き立てるのが上手ね……」

「うぇえ!? なんかあたしが悪いみたいになってる!? え、えー……? なんで……?」

 

 言ってしまえば誰も悪くない。社会と“みんな”が悪いんだ。

 いつだって俺達ぼっちは居もしない“みんな”の所為で、地面ばかりを見てきた。

 だからこんな時くらい“みんな”には恨み言を言わないと割りに合わんだろ。

 いやほんと、誰だよみんなって。

 

「つーわけだよ、結衣。ぼっちにもいろいろあるんだ。リア充にしてみりゃぼっちなんてみんな同じに映るんだろうが、それぞれ理由があんの。だからあらゆる可能性を凝縮してプロぼっちとして立った俺くらいじゃなけりゃ、様々なぼっちを見て分析するとかなかなか難しい《ドヤァ》」

「あなたのは特殊すぎるだけよ。目を腐らせるほど人に絶望して、なお婚約者が居るだなんて、異常とは思わないの?」

「おう。だから俺は全力で結衣を幸せにするって決めてるんだよ。それだけは譲れん。譲ろうとしたら泣かれたからな、ありゃもう無理だ」

「あなた最低ね。ここまで好かれていて、譲ろうとしただなんて」

「言うな、あれはもう黒歴史だ。何度黒歴史作れば気が済むんだって何度も何度も自問自答して、それでも身の程ってもんを知った上で幸せになってほしいって思ったら、言っちまってたんだよ」

 

 言ってからどんだけ後悔したと思ってんの。泣かれた以上に俺も辛かったわ。

 

「……そういうことらしいわ、由比ヶ浜さん。あなたの心配がどうあれ、彼はあなたを幸せにする気しかないそうよ」

「…………ひっきぃ……」

「むしろ比企谷くん? 訊いておきたいのだけれど……目を腐らせるほど人に絶望したというのに、何故人に手を伸ばそうと思えたのかしら。あなたは由比ヶ浜さんのお陰と言うけれど、それだけではないのでしょう?」

 

 ぼっち的過大評価を受けている気がするが、それはほんとにそれだけだぞ。

 だって、そうでもなけりゃ戸塚と材木座との関係も、あのままずるずると腐っていくだけだったろうし。

 意識から外したつもりでも、ずっと信じてくれる人が居るってのは嬉しいもんだ。

 つまり、俺はこいつの根気に負けたのだ。負けることでは俺が一番とは言っても、当然負けちゃいけないものだってある。一生に関わることとかな。

 でも俺は負けて、こうして婚約者も得たのだ。ほら、最高の敗北じゃねーの。負けてよかった」

 

「だっ……! だ、だかっ……だからっ…………ヒッキーってもう、ほんと……うー!」

「あ? なに急に変な声出してんのお前」

「おかしな声を出したのはあなたよ、比企谷くん。突然もごもごし出したと思えば、急に敗北宣言? 戸塚、さん? くん? と、ざい、ざい……なんとかという人との関係がなんなのかは知らないけれど、いくら孤独者のエリートになりかけた経験があるからといって、独りで惚気るのはいい趣味とは言えないわね」

「───」

 

 また口に出ちゃってたみたいです。やだもう死にたい。

 

「……あ、そ、そろそろバイトだな、結衣、もう出るぞ」

「ふえっ? あ、そ、そっか、バイトだったね、うん。…………あ、そのあとデートだかんね?」

「へいへい……」

「もっと嬉しそうにしてよ! な、なんでそんなめんどくさそうなの!?」

「ばっかお前、今の俺の心の中をそのまま表に出したら、お前絶対キモいって言うだろーが」

「あら。遠慮することはないわ比企谷くん。存分にその痴態をさらして楽しませて頂戴」

「お前容赦ねぇな……あー、まああれだ。呼び方は任せるよ。俺はなんて呼べばいいのかも任せる」

「苗字はあまり好きではないわ。出来れば名前でお願い」

「あいよ。んじゃあ……雪乃かユキでいくわ。……その」

「───…………ええ、比企谷くん。……ええと」

「………」

「………」

『…………ま、また明日』

 

 ───……言ってから、むず痒くなって笑う。

 ああ、友達だ。思い描いていた友達だ。

 そんななんでもないことが、孤独だった頃の自分の記憶にくすぐったい。

 

「ヒッキー! ニヤケすぎだから!」

「わーった、悪かったって。家帰ったら存分に甘やかすからそんな拗ねんな」

「っっす!? すねっ、拗ねてなんかないしっ! ないしっ!! なんかヒッキー、扱いが手馴れた感じでまじむかつく! きもい!」

「キモさは関係ねーだろが……」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら戸を開け、廊下へ。

 散々騒いで引っ掻き回して、ハタと息を吐いた時、そこが元々随分と静かだったことを思い出した。

 

「…………」

「………」

「……静か、だね」

「……おう」

 

 言って、結衣はちらりと戸を見る。

 奉仕部、ともなんとも書かれていない教室からは、もうなんの音も聞こえない。

 騒いでいたのは俺達であり、雪ノ下はこのまま、部活とやらが終わるまでここで静かに待っているのだろう。

 

「………んじゃ、いくか」

「あ、ちょっと待ってヒッキー。…………うん、よし」

 

 歩きだそうとした俺に待ったをかけ、ケータイを取り出した結衣が真面目な顔で頷き、再び戸を開け中へと入ってゆく。

 俺は……“また明日”を言ったこともあってちょいと気まずいので、離れた位置まで歩くことにした。

 

……。

 

 で。

 結衣が奉仕部から出てきて、俺を探してキョロキョロり。

 見つけるや、ちょっと頬を膨らませてとたたっと走ってきた。

 

「なんで先に行くし」

「行ってねぇよ、待ってたろうが」

「むぅ……まあいいや、行コ?」

「おう」

 

 ぎゅっと腕に抱き付いてきた結衣とともに歩き出す。

 相変わらず手は恋人繋ぎ、腕は絡め……───あの、ガハマ=サン? なして腕、胸の谷間に埋めっとや?

 あ、歩きづらいっしょ? 歩きにくいっしょー? っべー、べーわー、これあれだわー、恋仲の上級者がやるアレだわー。

 以前たまたま擦れ違った、頭にカチューシャっぽいのつけた金髪っぽい男子の口調を真似て、努めて冷静になろうとしたが無理だった。流れるように結果が出た。そう、ダメだった。

 

「ゆ、ゆぐっ……ゆ、結衣……? おまっ、なにっ……」

「……あたし、安心なんか出来てないからね? 他のことでならいくらでも空気読んだり、譲ったり我慢したりするよ? でも、ヒッキーのことなら……我慢なんてしない。その場の空気なんかより大事なもの、あたしは……譲ったりなんかしないんだ。だから……」

「《ぎゅうう……っ》おわわやらけっ……あ、いやっ、おいっ、ここ学校でっ……!」

「あ、あのね? 女子の中じゃねっ……? 高2にもなって処……モニョモニョ……なのは恥ずかしいんだ、って……? だから、だからね……? 高1のうちに…………ねぇ、ひっきぃ………………だめ、かな」

「だめ《どーーーん!!》」

「…………~~《じわぁああ……!!》」

「ななな泣くなっ、泣くな泣かないでくれっ、だだだだっておま、おまま、だって、そんな周りがそうだからなんて理由で、大事なお前をそんな、キズモノにするとかできるかよっ」

「じゃあ……あたしのお願いだったら、いい……の……?」

「だめ《どォーーーん!!》」

「…………~~~……嫌い……? あたしのこと……ヤなんだ……《ぽろぽろぽろぽろ……》」

「うわっ、やっ、だってお前っ、いくら本人同士がいいって思ったって、信じて預けてくれる親の問題とかもあるだろがっ……!」

「…………《ごそごそ》……はい」

 

 結衣がケータイを取り出し、いじくって、見せてきた。

 どうやらメールタイトルだけのやり取りらしく、本文にはとくになにも書かれていないようで、スクロールすれば話が大体解るといったものだった。

 

 TITLE 今日ヒッキーの部屋泊まるから晩ご飯いいやヾ(〃^∇^)ノ

 

  TITLE はいはい。じゃあお泊まりセット用意しておくわね

 

 TITLE うん。あとこれから本屋でバイトだから。そのあとヒッキーとデート!(ノ´▽`)ノ

 

  TITLE はいはい解ってるわよ。あ、それとだけど、結衣? あなたもう、今夜ヒッキーくんのこと襲っちゃいなさい

 

 TITLE なにいってんのママ!!Σ(゚д゚;)

 

  TITLE だってここ何日か泊まってるのに進展ないんでしょ? そろそろステップアップしないと、次が見えてこないわよ~?

 

 TITLE 15でなんてありえないから!∑ヾ( ̄0 ̄;

 

  TITLE そんなことないわよ? 最近じゃ初体験は中学の時に、なんてよく聞くし

 

 TITLE え、ほんと!?Σ(・ω・ノ)ノ!

 

  TITLE そうよ? だから結衣だって体験しちゃってもべつにいいのよ?

 

 TITLE でも、ヒッキーが18になってからだって(゚ー゚;)

 

  TITLE 我慢してるって教えてくれたんでしょ? もうひと押しよ♪ あ、でもゴムはつけちゃだめよ?

 

 TITLE うちの母親が最低だ!?Σ(゚д゚;) 娘にたいしてそれってありえなくない!? てかするし! 避妊しないとまずいじゃん!( ̄△ ̄;)

 

  TITLE あらいいの~? それだと、結衣の初体験の相手はヒッキーくん……ううん、ハチくんじゃなくてゴムってことになるけど~

 

 TITLE やだ! え? なんで? だってヒッキーがつけて、それでヾ(≧□≦*)ノ

 

  TITLE ハチくんに被せられたゴムで初体験するのよ、それはゴム棒で破られるのと変わらないわよ?

 

 TITLE 気持ち悪い! やだ! そんなのやだ!

 

  TITLE だからゴムなんて無粋なものはいらないの。身も心もハチくんのものになりたいなら、ね?

 

 TITLE うん! ぜったいしない!(≧□≦*)

 

  TITLE べつに子供が出来たって構わないから。むしろ早く孫……こほん。うふふ、じゃあいい報告を待ってるわー♪

 

 

 …………やべぇどうしよう。恐ろしいものを見せられてしまった。

 結衣はこれを俺に見せて、どうしたいのだろうか。

 

「ヒッキー……?」

「《びくぅっ!!》ひゃいっ!?」

「……解った? 泊まっていいって書いてあるでしょ?」

「お、おう……え?」

 

 どころか、とんでもないことまで書いてらっしゃいますが? え? そこはスルーなの?

 俺、信用問題の話してたよね? あれ?

 

「あ、お泊まりから先は見ちゃだめだかんね!? あ、やっ、べべべつに何が書いてあるってわけでもないんだけど! ないんだけど!」

(見てはいけないものだったぁああーーーーーーっ!!)

 

 やっちまった! 読んじゃいけなかったとですか!? 心の中がギャーと叫びたがっているんだ! 叫んでいいですか!?

 ばっちり読んでしまいましたが……え? 俺これどうすりゃいいの? つかなにやってんの!? こんな、ちょっとスクロールすりゃ見える位置にこんな重大なやり取り置いておくなよ!!

 どこんどこんと心臓がやっかましい状態のまま、ほれとケータイを返す。

 結衣はそれを受け取って、ページを戻そうとして画面を見て───びしり、と。固まった。

 

「………………《じわり》…………み…………見た…………?」

「…………すまん。不可抗力だが、見た」

 

 顔をそれはもう真っ赤にして、じわりと涙を浮かべながら俺を見上げる結衣。

 そんな姿に不誠実は行えない。正直に言ってみると、ぽろぽろ涙がこぼれて───いややめて泣かないで!? 俺ほんとお前の涙に弱いから! ななななんなら泣かないでいてくれるならなんでも言うことを聞くまである!

 

「先に言っとくが、嫌いにならないから安心しろ」

「ふえっ……!? な、なんで言うこと解ったの……?」

「知っての通り、ぼっちは“見ること知ること”に長けている。これまでの結衣の性格と、俺だったら言いそうなことを照合して出たのが今の結論だ。そして俺が結衣を嫌いになるなんて、よっぽどのことが無い限りは絶対にない」

「え……よ、よっぽどって……?」

「自分から望んで他の男に抱かれるとか……NTRとか滅びろよ、なんだよあれムナクソ悪ぃ……」

「あたしだってそんなのヤだよ! ヒッキーじゃなきゃヤだ!」

「お、おう……」

 

 そんな真正面から言われると、八幡どうしたらいいか解らなくなっちゃう。

 それってあれなの? つまりその、そういうことなの? いやいやありえないから。15でとかありえないから。

 でも昔はそんな歳でもう結婚してたりしたのんなー。昔の人すごいわぁ、まじすごいわぁ。

 ……俺達が昔の人だったら、今はもうしていたのかしら。

 いや、あ、うん……興味ないわけじゃねぇんだよ、ほんと。

 結果としてそうなったとしても、どんな苦労を背負おうが意地でも責任だって取るし、一緒に歩きたい。

 だから……こいつが、本当に嫌なんじゃなけりゃ…………って、落ち着け、うん。落ち着け。

 

「あー…………安心しろ、とか言っていいのか知らんけど、よ《ぽりぽり》」

「え、う、うん……」

「……俺も、その。そういうの、全部がお前が最初がいいっつーか。あ、いや、最初っつーか……そもそも相手がお前じゃなきゃ吐き気がするっつーか。…………そーゆーことだから」

「…………《きゅぅううん……!》……ひっきぃい……!!」

「あ、学校で抱きつくの無しな」

「《びたぁっ!》ぇぅっ……!? な、なんで……? だめ……?《うるるぅ》」

 

 だからやめなさい涙目で上目遣いとか卑怯だから。くっそ反則でしょ天使なくせにこんなコンボとか。

 しかし俺は今日で学んだ。結衣の依存っぷりの半端なさを。

 これ、ちょっとヤバいでしょ。このままじゃ結衣、俺が居ないと本気でダメになったりしない?

 ……それについて、ちょっとママさんに相談してみるか。

 溜め息ひとつ、結衣を促してバイトへ向かった。

 あ? 結衣をどうしたって? ……体に抱きつくのは我慢したけど、結局腕に抱きつきっぱなしでしたよ。バイトの時はさすがに離れてくれたが。

 


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