どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
バイトも普通に終わり、さすがにそう何度もこない一色に安堵しつつ、家デート。
の前にママさんに相談した。もちろん結衣には俺の部屋に行ってもらって。
すると、「依存だろうとなんだろうと愛は愛よ~?」とにっこり笑われてしまった。
そうなんだが。それはそうなんだが。
お互いの覚悟が決まっているなら、あとは意志の問題なわけだし。
「大体、依存で困ること、ある?」
「成長出来ませんよ、たぶん。現状維持ばっかになると思います」
「だったらそこは、結衣をきちんと信じて話し合うべきなんじゃない? これは依存だから距離を置こう、じゃ女の子は傷ついちゃうわよー?」
「……な、なるほど」
「い~い? ハチくん。結衣は本当にあなたの味方よ? ママみたいに中途半端じゃない、あなたの。だからね? 離れようだなんて思っちゃダメ。離してお互い成長しようなんて、少なくとも結衣には絶対にムリだから」
「いや、そんなことないでしょ。結衣はあれで結構───」
「う~ん、残念だけど、うちの結衣は“ハチくんのため”が前提にないと頑張れないのよ。それこそ距離を取りなさいなんて言ったら、泣いちゃってそれどころじゃないわよー?」
「………」
想像してみた。……ものすごい鮮明度だった。
それだけリアリティがあった。ああこりゃだめだ。
「けど、じゃあどうしたら」
「うふふっ……ご褒美をぶらさげるのよ。高校入試の時も、高校の入学式あたりなら、気分も晴れやかでハチくんと仲直りできるかもって言ったら、結衣ったら本当に頑張ってね~」
「…………」
感動。言葉にあらわせないほど、心が“ありがとう”で震えた。
本当に、俺と仲直りしたい一心で頑張ったんだ。
う……やばい、寝る間も惜しんで勉強とかしてる結衣を想像したら、涙が……。
「でもあの娘、勉強始めるとすぐ寝ちゃってね」
おい。そこは惜しみなさいよ。微塵も惜しんでねぇよ寝る間。感動返せよちくしょう。
「でもねぇ、起きたあとの集中力はすごかったのよー? ずうっと助けてもらってたんだから、なんて言って、今まで見向きもしなかったこと、頑張って覚えて」
「……それについてなんですけど。結衣には俺のこと、話したりは」
「ハチくんとの約束は破らないわよ? あの娘、自分で全部調べたみたい。ハチくんがずうっと結衣のこと守っててくれたことも、辛い思いをしたことも。でも、たぶんだけど、ハチくん自身から聞いてないから我慢出来ているだけよ? それが事実だったって本当に知っちゃったら、あの娘泣いちゃうと思うわ」
「…………すんません。今日、もう泣かせました」
「───……そう。じゃあ、もう全部話したの?」
「いえ全部は。ただ……昔っからどんだけ俺のこと見ててくれたのかは……解ったつもりっす」
「そうねー。ずっと小さい頃、ハチくんが結衣を庇って足折っちゃって以来、あの娘ったらず~~っとハチくんのこと追っかけてたから。もうすごいのよ? 毎日の話の中で、ハチくんが出なかったことなんてなかったくらい」
「や、そりゃ言いすぎですって」
「ふふっ……それがね、そうでもないのよ」
「……まじすか」
なにやってんのちょっと。やめて? 毎日俺の痴態を親に報告とかやめて?
「ハチくん。あの娘のこと、お願いね。べつに絶対結婚しろだなんて言わないけど、出来ればママもハチくんがいいわ。あの娘の夢だし、ママはハチくんのことは本当の子供みたいに思ってるから~」
「…………っす。その。俺も、ママさんのことは母親以上に母親って思ってるっす」
「…………べつにね、あのコ───ハチくんのお母さんも、ハチくんが嫌いなわけじゃ───」
「好きでもないでしょう?《にこり》」
「……ね、ハチくん。ハチくんはね、一度お母さんとも小町ちゃんとも話し合うべきだと思うわ。ああ、あの腐れ男親はいいのよー? ハチくん泣かせる馬鹿どもなんて無視してれば」
「…………べつに、おれは」
「ハチくん、知ってる? 前にハチくんが入院して、うちの旦那とハチくんのお父さん、お見舞いに行ったでしょう?」
「お前はなにがしたいんだって言われましたよ。関わらないでくれって突っぱねました」
「うん、聞いたわ。二人して真っ青な顔で帰ってきてね? それでママたちに言うのよ? あ、たまに四人で集まって家族会議とかするんだけどね? その時に、“何年かぶりに八幡の目を見て、怯えてしまった”とか言うのよもう。それ聞いてね、ハチくんのお母さん、キレちゃったみたいで。あの男親にビンタかましてたわ」
……。べつに、だからどうだと。
今さらビンタがどうとかで母親にありがとうでも言えと? 冗談じゃない。
「ハチくんにしてみればなにを今さらかもしれないけど、少なくともお母さんはハチくんと向き合おうって頑張ってるのよ?」
「興味ありません。働いて、養ってもらった分を稼いで返して、それで縁切りだって本気で目指してます」
「……ハチくん……どうしても、許せない?」
「……ママさん。……許すだとかそういう話じゃなくて、興味がない、と言ったんです。養ってくれた他人としか見れません。感謝はあっても、家族の情なんて微塵もないんです。むしろ追い出してくれたって恨みごとのひとつも吐きません。“当然だ”って言って笑えます」
ただ、妹だけは……決めていたことがあるから、それさえあればって。
実際、あの頃の俺が取っていた行動や態度は褒められたものじゃなかった。
いろいろな辛さが重なっていたとはいえ、もっと取れた態度があったんじゃないかって。
……っつっても、これも結衣とこういう仲になれたから、受け入れられるようになったんだろうが。
「謝る、って言ってもかしら」
「……たとえば。周囲に相談して計画された“上からの謝罪”や、逃げ道を塞いでから頷かせる謝罪に意味と価値はありますか? 俺はそれを、クラス中の前でする土下座ほど価値のないものだと思ってます。大人が作る謝罪の場なんて、勝手に謝られて、こっちが逃げ出せばこっちが悪者だ。頷かなければこっちが悪者。受け入れるしかないなら、そんな限定された謝罪の場になんて意味はありません」
「…………そう」
ママさんはそう言って、俺の頭をさらりと撫で、寂しそうに笑った。
「ママ、今日も振られちゃったわ……。いつか、夫たちを抜いた家族で話し合えればいいんだけど」
「話せばいいじゃないですか。きっと楽しいですよ」
「《ズキン》…………もう、自分は家族に入ってないって、自然に言えるほど、なのね」
「え? あ……そうですね。気づきませんでした。でも実際そうですし。今さら戻ったって、“ごっこ”以上にはならないって理解できてますから」
そうだ。そんな欺瞞は要らない。
だから、これでいい。家族なんて呼び名で繋げてるだけの、家族って名前の他人。俺はそんな存在たちからも、いつかはてんで気に掛けてもらえもしない存在を目指そう。
そいつらは結衣だけを知っていればいい。俺のことなど忘れて、幸せに埋没すればいい。俺を意識しても、どうせ次第に悪口しか言わなくなる。そのほうが楽だからだ。気に掛けて、過去に悔やむよりも、そいつの悪いところを無理矢理つくって悪し様に扱うほうが楽だから。
人間なんてそんなもんだ。
そう理解したことなんてずっと昔なのに……それでももがいた手をそっと握ってくれた人が居た。
……俺は、これほど腐っても、目の前で悲しそうにしている人と、その娘だけは……きっと、嫌いになりきれない。
「じゃ……行きます。あ、それと……、……」
「なぁに? ハチくん」
「結衣にも言いました。言って、怒られましたけど。……もし、俺が結衣に相応しくないとか、もっといい相手が居るって思ったら……切り離してください。俺もあいつも、盲目的になってるところ、あると思います。客観的に見れなくなったら、たぶんなんでもかんでも許し合ってダメになっていくだけです。きっと終わります。だから───」
「大丈夫よ、ハチくんなら」
「っ、い、や……っ、こればっかりは聞いてくださいっ、俺は───!」
「大丈夫。……結衣のことを思って、そこまで言ってくれてるんだもの。そりゃ、甘やかしてばっかりだとダメになりそうだけどね、ママの子だし。でもね、ハチくんなら大丈夫。……好きな子のために傷ついて、涙だって流せるハチくんだから、任せられるの」
「え……あ」
ママさんがにっこり笑って、俺の頬に触れる。
と、湿った感触。
そこで、ママさんは頬に触れたのではなく、涙を拭ってくれたのだと理解した。
「別れたくなんてないんでしょ?」
「………《こくり》」
「自分が幸せにしたいんでしょ?」
「………《こくり》」
「だったら、ハチくんは迷わないわよ。ママも心配してないわ。……ああ、パパのことならママがなんとかするから。反対したら離婚してでも結衣の幸せを優先するし」
「それは悪いです」
女ってこわい。
でも、なんだか笑えた。
「独りのために、家族を崩壊させんでください。あいつに、親が離婚しちゃったなんて、苦笑いさせたらいくらママさんだって許しません。……あ、相手のことが本当に嫌いになったなら、むしろ応援しますが」
「あらー、そしたらハチくんがもらってくれる?」
「結衣以外とは嫌です。むしろ結衣にも“俺が親になるなんて嫌だ”って言われてるんで」
「…………ぷふっ、くふっ……ぷふふふふっ……そ、そう、そうなの~……!」
「大体、趣味悪いですよ。ママさんだったら、たとえ別れてももっといい相手が見つけられます」
「そうねー……ハチくんとか」
「だから趣味悪いですって」
「んふふ~? そぉんなこと言っていいの? ハチくんは結衣の趣味が悪いっていうのー?」
「……初恋をあんな形でしてなけりゃ、見向きもされてませんよ。俺のはたぶん、運がよかっただけです」
それを自覚している。だから、こんな巡り合いなんて、もしも以外はありえない。
自覚。自分を覚えると書くそれを正しく理解していれば、わざわざ苛められてばかりのぼっちを好きになるヤツなんざ居やしない。
「……そうかしら。それでもきっと、たとえこうやって家が隣同士じゃなくても、結衣はハチくんと出会って、好きになったと思うわよ?」
「……たとえばどんな出会いですか。目が腐ってて印象に残ったから、ついキモいとか口に出て認識するくらいですか」
「入学式にサブレを助けて、とか」
「俺が突き放して終わりですね。つか、結衣なら中学時代に彼氏出来てるでしょ。見向きもしませんよ」
「たまたま部活でばったり! とか」
「こんな俺を入れる部活なんてあるなら、俺こそ聞いてみたいです」
悪いが三日経たずに部長御自らやめてくれと言われる自信がある。そもそも入部すら出来ないまである。あと結局それ、中学時代に彼氏出来てるパターンっす。
「じゃあ、中学時代に通学路の曲がり角で衝突してとか」
「キモがられて終わりですね。ファブリーズかけられますよきっと」
「委員会かなにかで一緒になって、知り合って好きになる~とか」
「手渡したプリントを指先でつまんで嫌がる姿がありありと浮かんできますね」
「た、体育のあとに二人で片づけをしてる時に───」
「定番で閉じ込められたら泣き出してキモがりますね」
「日直───」
「泣きますね」
「隣の席───」
「泣きますね」
「…………ママ、ハチくんの今までのクラスメイトちゃんの住所、知りたくなったんだけど。アルバムとか持ってる?」
「燃やしました」
「え……でも、たしか結衣が無理矢理書いた寄せ書きが───」
「ぐっ……《かぁあ……!》……き、切り取って保存してあります……!」
「あらあら~~~~……!!」
うわっ、めっちゃ嬉しそう! くっそなんでいきなりこんな……! こんなのぜったいおかしいよ! 俺の黒歴史の話をしてたんじゃないの!? 違った、俺と結衣のIFな出会いの話をしてたんじゃないの!?
あと住所知ってどうする気だったのん? ……いや、知ったらよくないことが起きそうだから───
>そっとしておこう。
「もう、ハチくんの良いところを知れば、きっと誰だって好きになってくれるわよー。知る機会があって、理解できれば、きぃっとハチくんは好かれるわよ。……あ、でも男子には嫌われそうかもしれないわね、嫉妬とかで」
「いや、それこそありえないでしょ」
俺に嫉妬とか底辺すぎて泣けるレベルだ。
……まあ、戸塚と知り合ってて結衣が婚約者って時点で、確かに嫉妬できるレベルではあるが。
どっちも天使。ただし一人は彼女で婚約者。これが幸せじゃないならそう言った相手の目に伯方の塩を握り締めた拳で浄化パンチをしてやるところだ。お払いとか受けた塩でと言ってやりたいが、用意するの面倒そうだからパス。幸せの解らんヤツ相手に俺がそこまでするなんて働き者すぎて怖いわ。まあ働き者だが。
「んもう、ハチくんは自分のこと知らなすぎよ? ハチくんは本当に魅力的なんだから」
「いやいや、ないでしょ。なにを根拠にそんな」
「結衣が毎日幸せそうだからよ?」
文句ある? とまでは言わないまでも、その言葉に諸手を上げて降参しかけた。
「ママがあと15歳若かったら、絶対ほうっておかないんだから」
「……ですね。俺も、そうであったら、もう告白して振られてますよ」
てかあなた今何歳ですか。15歳と言わず、今だって結衣の姉だって紹介しても通用しますよ絶対。
そんなママさんは、ぶーと唇を尖らせて「振ったりなんかしないわよー」なんて言っている。
相変わらずやさしい人だ。
「……まあ、確かに俺は……初恋は結衣でしたけど、憧れはママさんだったし」
「あら、嬉しいわ~♪ でもそういうのは全部、結衣に向けてあげてね?」
「っす」
言われるまでもないとばかりにドヤ顔で答えてみた。……ママさんは笑っている。
まあつまり、こうして躱されるわけだ。告白なんてしてみろ、トラウマが完成するだけだろ。
だってのに何故かママさんはそわそわし出して、我慢しきれないとばかり俺に提案をしてきた。
「ねぇハチくん? 一度でいいから、ママに告白してみない?」
「やです《きっぱり》」
「その方が、憧れもなにもかも、結衣に向けられると思うんだけどー……」
「やります《きっぱり》」
俺の中で、ママさんの言葉は結構重い。比重って意味でな。他の有象無象よりも優先させるべきものの重みがある。
だから、多少無茶なお願いでもこう……なに? 聞いてあげたくなっちゃうのだ。
トラウマ上等。相手がママさんなら振られたって誇れる。こんな人を好きになってよかったと。
……つか、なんであんな人と結婚したんだこの人。俺の主観しかないが、もっといい人居たでしょーに。
でもしゃーない。ほんと、結衣にはいい親父さんなんだろう。ファブリーズされてるけど。
「───」
すぅはぁと深呼吸。
そして、今までの過去の全てをここに掻き集める。
憧れだった。胸に抱いた“ありがとう”なんて、星の数に喩えるのもめんどいくらい。
感謝ならそれ以上。ごめんなさいもたくさん。
その思いや想い、感謝や謝罪、嬉しかった楽しかったを全部集めて、俺は───
「───由比ヶ浜さん。あなたが好きです。俺と付き合ってください」
───心を込めた、絶対に振られる告白を、口にした。
結果はもちろんNOだろう。NO……なんだろうが、それまでの過程がえらく長い。
しばらくコチーンと固まって、みるみる赤くなって、あたふたしだして、胸を押さえてちょっぴり涙目になったりして、すぅはぁと深呼吸を何度もして、ちらちらこちらを見ては視線を逸らして、なんだか悶えていたけれど。……そんなキモかったか、俺の告白。まあそりゃそうだ、夫が居るのに娘と同じ年齢の、目が腐った男に告白されりゃあキモいだろう。
これがイケメンリア充が告白でもしようものなら、あらあら~なんて頬を染めて穏やかに振るんだろうが、困ったことに俺、お断りの返事もらってない。つまり返事ももらえない級のキモさだったと受け取れる。と思ったらNOを頂いた。ものすごーく言いづらそうにして、ようやく振り絞ったような言葉だったのは、ママさんなりの配慮だったんだろう。
「これは……そりゃあ、毎日とろっとろの顔で帰ってくるわけね……ずるいわぁ、結衣ったら……」
「? ママさん?」
「ああううん、なんでもないわよ? それでどう? 憧れも、全部結衣に向けられそうかしらー」
「……っす」
「じゃあ、向けた分、ママのことはもう嫌い?」
「さすがの俺でもそれはありませんよ。もう線の内側だったら天使レベルです」
「あらあら、それならよかったわ、ハチくんに嫌われたらママ泣いちゃう」
「大げさですよ、それは」
泣くのは俺の方なんで安心してください。
内側ではなくても、もう十分に裏切られたら泣くほどに信頼しているのだから。あれ? それってもう内側じゃね?
「じゃ、今度こそ行きます」
「結衣のこと、幸せにしてあげてね?」
「どこに送り出されてんですか俺は」
ただ家に戻るだけなんですが?
由比ヶ浜家から出て外へ。んで、大して歩かず隣の我が家へ。
……なんかもうただいまって言葉にも違和感を覚えるあたり、ここってもう俺自身が我が家って思ってないんじゃね? まあいい。自然と出ないものを今さら口に出すのも憚られる。
昔は早く大人になりたいだなんて思ってた。金稼いで一人で暮らして、って。
遠くの高校を選んで独り暮らし、なんてのにも憧れたが、それでは今より親の脛を齧ることになる。そんなのは許されない。
だからここで、地力を高めることにした。
そうして始まった高校生活は……天使と出会ったり幼馴染が天使であったことに気づいたり、友達が出来たり…………え? 中二病? 知らない子ですね。
なんにせよ。中学よりは明らかに静かな世界になったと思う。
進学校ってこともあって、行動的なイジメなんかもないし、そもそも俺を知っている相手なんて結衣くらいだった。
他に俺を知っているやつが居れば、そいつからの情報でイジメられていた過去が広まり、中学の頃にこじらせた“愉快”を実行する馬鹿も居たんだろうが───大変ありがたいことに、そんな馬鹿は総武高校にはいなかった。
なにかのきっかけで誰かが知ることになって、そこからイジメに発展しても、そんなものはもう今さらだ。
幸福を求めると決めたなら、もう我慢はしない。全力で、そいつに反撃をしよう。……姑息な手で。