どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
「結衣、待たせ───おい」
階段を上がり、部屋のドアを開けてみると、俺の布団でくーすーと寝ている婚約者を発見。どんな包まり方をしたのか、布団から出ている太腿がなんというか…………ああ、うん。なんというか。
「布団に潜るなら靴下くらい脱げ、あほ」
ツッコむところそこかよと自分で思いながら鞄を置いて、ベッドにきしりと腰を下ろす。
手には文庫本。
読み途中だったそれをぺらりと開き、のんびりとやさしい時間に身を委ねた。
え? 起こさないのかって? 家デートって約束で、一緒に居るんだから文句ないっしょ。
無論、手は出さん。いくらいろいろ知ったからって、いくらその、本番を望まれているからって、そんな……
「ん、んぅ……ひっきぃ……ムニャ……」
そんな……くっ、目が、目が勝手にふとももに! だから無防備だって言ってんでしょなにやってんの幼馴染!
これ俺じゃなかったら絶対襲ってるか、ケータイ片手にスカートめくって写真とか……よし表に出ろ。盗撮を目論むその頭蓋、一片たりとも残しはせん!
「………」
…………。
「…………《チ、チラッ?》」
盗撮じゃなければいいのん?《ぽろり》
───待てやめろ、なにぽろりと心の奥底に眠る危ないナニカをこぼしてんだ俺。
いいかい、清い僕。今からこの手を伸ばし、毛布を手に取り、足を隠してあげるんだ。
それで、目は文庫に戻せる。簡単だ。
間違ってもつまみ上げるものを間違えて、彼女のスカートとか持ち上げたらいけないよ?
だ、だいじょぶですよ? 俺べつにパパパパンツとかに興味ないし? ああああんなのただの布だし?
「…………だから。無防備だって言ってるだろ」
「……ヒッキーだからだよ」
「《びくっ》……おきっ……こほん、起きてたのか」
「なんか視線感じたなーって思って……んん、ごめんね、ヒッキーの布団借りちゃった」
「それはいいから靴下脱げ。制服だって、目には見えないけど花粉とかついてるもんなんだぞ?」
「ふえっ!? え、え? ひひひひっきぃ……? それって、服も脱げってこ───」
「ことじゃねぇよ落ち着けばか」
「《ぺしり》ひゃうっ」
軽く額を叩き、溜め息。
つーかもじもじしながらなんで服脱ごうとしたんだよ、怖いよ。
「洗濯物、他にあるか? 風呂あとで入るなら、部屋着には着替えとけよ」
「あ、うん……ってヒッキーすごい主夫っぽい……」
「アホか、主夫ってのはもっとどっしり構えてるもんだろが。俺のは面倒を先にやっちまおうって、それだけの行動だ」
「え? …………え? ちょっと待ってヒッキー、靴下受け取ってるけど、え? ヒッキーが洗うの?」
「? そら洗うだろ」
「!? ぃいいいい!! いいっ! 返して! あたしが洗うし!」
「数回しか履いてない靴下が雑巾になるからやめろ」
「洗濯機回すだけでそんなんならないし!」
「なにぶつくさ言ってのか知らんが、布ごときで恥ずかしいもなにもあるかよ。落ち着けって何回言わせんだ」
「じゃあヒッキーはあたしがヒッキーのパンツとか洗っても平気なの!?」
「ん……お前ならいいな。将来的にはそうなったり───も………………ぐ、ああ……!《かぁああ……!!》」
「あ、あうううう……!! ひっきぃ、最近隙だらけすぎ……!!」
「う、うっせ! 知らん! ……つかなにやってんの俺、まさか今から新婚気取りですかまだちょっと無理ですごめんなさい……!」
「だからっ! ……ぜんぶ声に出てるってばぁ……!《かぁああ……!》」
「え? いやいやなに言って…………え? マジ?」
「………《こくり》」
「………」
なんかもう俺、なんか……もう…………死んでいいんじゃないかな。
恥ずかしさで人が死ねたなら、最近だけで何回死んでるか解ったもんじゃない。
「……でも、えへへ。ヒッキー、ちゃんと将来のこととか考えてくれてるんだ……」
「なに言ってんだ当たり前だろ。結婚前提じゃなきゃ女と付き合えるかよ。貴重な青春時代を俺なんかに使うってんなら、俺の全てを以って相手を幸せにするまである」
「責任だから?」
「? 好きだからじゃないのか? 好きじゃなきゃそもそも付き合わないだろ」
「ふえっ───!?」
「あ? …………あ……」
アーーーーッ!!
「……なぁ……グスッ……俺……今日はもう喋るの……グスッ……やめていいかな……」
「あ、ううんっ、ヒ、ヒッキーほら、今日お友達出来て浮かれちゃったし! それの所為だって絶対! だから喋ってほしいなっ! てか泣くほどなの!?」
「ばっかおまっ……ばっ…………ごめん馬鹿は俺だ……!」
「謝って泣き崩れた!? ヒッキー!? ヒッキー!!」
なにこれもう信じられない、アホみたい、やだもう。
「だ、大丈夫だからっ、ねっ? あたしはどんなヒッキーでも大好きだよ!?」
「やめろぉおお……! 落ち込んだ男を軽々しく慰めるなよぅ……惚れちゃうだろうが勘違いしちゃうだろうがぁ~……!」
「いいから! 惚れていいよ! いっぱい惚れてよ! でも勘違いしちゃやだ! あたしヒッキーのこと、本当に好きだからね!?」
突然腕を頭の後ろに回され、抱きしめられた。え? 目の前? ……こう、二つの……丘? 山? 男の理性をてっとり早く破壊する、一色言うところのニブツが、俺を包んで離さない。
「……好きだから、将来のこと考えてくれてるんだよね? 嬉しい……あたし、本当に嬉しいよ。嬉しい以上の言葉がないのがむず痒いくらい……えへへ」
「俺は恥ずかしくて死にそうですが」
「ヒッキーが死んだらあたしも死ぬよ?」
「重ぇえよ」
「あはは、うん、うそ。たぶん頑張っても死ねないよ。怖いもん。でも、生きることのほうが怖くなったら……きっと、そんなことも簡単に出来るようになっちゃうんだよね」
「…………」
さら、さらりと頭が撫でられる。
俺を抱き締めたまま、やさしく、やさしく。
「ありがと、ヒッキー。……頑張ってくれて、ほんとにありがと。お陰であたし、無傷だよ? “ひどいいじめ”に遭わなかったし、傷もつけられなかった」
「べつに、俺は」
「でも、守られてばっかって……あはは、前に話したよね、王子様の話。白馬じゃなくてもいいし、守ってくれたら嬉しいなって思ったこともあったけど……やられてみると、ちょっと違うんだ。寂しいんだ。ほ、ほら、あたし……ヒッキーに自分で傷ついちゃやだって言ったよね? ……それと同じでさ? んと……傷つくのも乗り越えるのも、一緒がいいな。それが出来ないことだっていっぱいあるって解ってるけどさ。それでも……あたしも、ヒッキーのためになにかしたいな、って……」
「……惚れた女は守るもんだ。忘れたフリをしても、自分がどんだけ傷ついてもそうしたいって思うような“惚れ方”だったってこったろ。気にすんな。見返りがほしくてやったわけじゃねぇけど、もうとんでもない見返り……もらってるからよ」
「? それって?」
「いや……そこは普通、流れ的に察しろよ……もしくは流せよ……」
「?」
「え、えー……? まじ? ほんと解んないの……?」
「だってあたし、ヒッキーになにも返せてないし……」
マジかー……恋する乙女のくせしてこんなところで鈍感なのかよ。
え、だって俺ほんとに初恋で、手を繋いだのも腕を組んだのもハグもキスも一緒に風呂入ったのも一緒に寝たのもおはよー言い合ったのもこいつが初めてですよ? 親とか抜かせば。
なんなら好きになって告白して受け入れられたのも結衣が初めて。言わされたって部分もあったけど、言いなおしたからノーカンな。……いや、こうなると脅されて告白したのもこいつが最初ってことになるのか。
最初だらけじゃねーか、まじかよやべぇな。
ファーストキスどころかファースト貰いすぎだしあげすぎだ。これでもらってないとか、嘘になるだろ?
「あのな。俺、初恋実ってるの」
「? うん」
「初恋どころか結婚相手もな。言っちまえば手を繋いだ女もお前が一番だし、腕組んだのも一緒に寝たのもお前が一番最初。……ファーストキスどころじゃねぇだろ。責任なんてもん無視したとしても、ここまで貰っといて、相手を幸せにしようともしない男ってあれだろ、クズだろ」
「んー……ひどいな、とは思うけどさ。ほら、女の子から勝手にやっちゃった場合とかも考えたら、それでクズはちょっと違うんじゃないかなーって思う、かな」
「………」
……ほんとこいつ天使な。
こんなん言われたら、もう大抵のヤツがコロリと骨抜きにされるだろ。
思わず結衣の背中に腕を回して、抱き返してしまった。
「ゃんっ!? ヒ、ヒッキー……? 急にはちょっとびっくりするから……その」
「わ、悪い……」
え? なに? え? ゃん? 女の子ってほんとに“やんっ”とか言うの? 都市伝説かと思ってた! もしくは天使のみが出せる、アレか。アンヘルヴォイスとかか。いや八幡へんなこと言った。中二じゃないよ? ほんとだよ? 辛さを紛らわすために自分作りに励んだとかそんなことないから。
どっちかっていうと俺、CMの豆しばの豆の豆知識に“ほほう……”と頷いてたタイプだから。
ねぇ知ってる? 幼い頃にぼっちを味わうと、自然と自分の中に冷静な自分が生まれちゃって、“みんな”が燥いでる場所でもタガを外して燥げないんだよ? ノリが悪いとか言う“みんな”たちはそいつのことをなんにも知らない。知ったかぶるなよほんと。泣くぞ。
「………」
「………《ずりっ、……ぎゅー》」
結衣が抱き締める位置を頭から胸に変えて、俺の胸に幸せ笑顔ですりすりしてきた。甘えたくなったってことで……いいんだろうか。
なので思い切り甘やかすって約束もあったから、じっくりと甘やかした。
抱き合って、すりすりと互いの匂いを交換するようにくっつき、やがて心が安心に満ちてくると、見つめ合ってキスをする。
最初はつつくように。次第に密着する時間と箇所を増やして、次に舌だけでつつき合い、唇と舌を密着させる。
結衣は俺の胸元をぎゅっと握って、ふるふると震えている。俺はそんな結衣の後頭部にそっと手を回して、ただひたすらに、壊さないように丁寧に“好き”を降らしてゆく。
この間、結衣は硬直したように緊張して、震えたままだが……頭を撫で、背中を撫で、額に額をこつんと当てると、「…………ふぁああっ……」……と力が抜ける。いや、たまたまこうなっただけだから、実際はただ普通に込めすぎてた力を抜いただけなんだろーが。
そして今度は結衣が攻勢、まあようするに甘えてくる。頭を抱えるようにキスをしてきて、ベッドに倒れ込み、犬モード。その流れだと思った。
……のだが、今日はいつもと違った。
「ん……ぷあっ…………ね、ひっきぃ……」
「ん……どした……?」
「えっと……さ。ひっきぃは、さ」
「おう……?」
「…………」
「…………」
顔を真っ赤にしたまま俺の顔の横に手をついて、真っ直ぐに見下ろしてくる。
なにかを必死で伝えようと、引き結んだ唇が震える。反射的に手を伸ばしたくなる……が、それは今はやってはいけない気がした。やってしまったら、戻れなくなってしまうような───
「ヒ、ヒッキーはさっ……!」
「結衣、ちょっと待」
「責任問題にならなきゃ、いいんだよねっ!?」
「…………ホエ?」
責任問題? ならなきゃいいって……え? なにが?
「そ、その、18になればちゃんと責任取るってことだから、そういうことは18までしないんだよね!?」
「え、あ、お、おう……? そ、そう、だな? ……そうだな。さすがにこの歳で子供とかはな。いくら親が認めたって周囲が黙ってないだろ」
「あたしはべつに……ヒッキーが今まで我慢してきてくれた時間を考えれば、周りが離れていくくらい、平気だよ?」
「やめろ、恋愛感情だけを武器にそんな橋を渡るんじゃねぇよ。お前は集団の怖さをてんで解ってない。今が良ければ後悔はないなんて、絶対にないからやめろ」
「……、……うん、解った。それは解ったよ」
「………」
それは、か。まだなにかあるのか?
結衣も隠す気はないのか、「それで?」と促すと、一度息を飲んだあとに……言った。
「……本番、しなきゃいいんだよね?」
と。
一瞬、じゃない。秒針が幾度も音を刻むほど、呼吸を忘れた。
目の前には決意と覚悟を目に宿した、愛しい人。
目を逸らそうにも頭の横は両方とも、結衣に塞がれていた。
「ばっ、そういう意味じゃっ……! 18禁って意味をもっとまともにだなっ!」
「……じゃあどういう意味? 18になったらすぐにでもってこと?」
「っぐ……───ったく、いいか、18禁ってのはな、バイトと同じで18になっても初めの4月を過ぎるまではダメなんだよ。つまり18でも高校生じゃダメってことだ」
つまりエロゲとかは全て大学物語ってことだな。たぶん!
いやー、やけに高校行事が多いから騙されやすいけど、みぃんな大学物語だから気をつけようなー? だって法律で18でも高校生はダメって決まってるんだもの。つまり俺達は卒業するまでダメ。たぶん!
とか熱心に話していると、なにやらこの場に合わない愉快な音楽。どうやら結衣のケータイの着メロらしい。慌ててケータイを開いて確認する結衣だが、その表情が恥ずかしさから呆然に変わったあと、フォバッと赤く染まり、次いで俺とケータイとを交互に何度も見て……なんでかじわりと涙を浮かべた。
「ねぇヒッキー! …………あ、えと。えとー…………あぁっ! ……《ムスッ》18禁のてーぎは? どこまでか言ってみてよ、ヒッキー」
「それ男に訊くのかよ……! しかも彼氏、いや婚約者に……! てかなに? 今無理矢理ムスっとしなかった? なんかあったん?」
「なななんでもにゃいよっ!? とにかく答えてったら! …………そりゃさ、バイトはさ、お金もらうし、法律は大切だけどさ……。15になった初めての4月から、っていうのも、決まってるなら仕方ないよ? じゃあヒッキー、あたしたちのその先のことも、そう決まってるからダメってこと?」
「当たり前だろ……俺はそんな、無責任なことはしたくない」
「決まってるから? 責任は取らなくていいって言われたら?」
「怒るぞおい。お前とのことで責任取らずになんてするわけねぇだろ」
「あ………………う、うん……ありがと、ひっきぃ」
「いやおい、なんで説教して感謝されてんだよ俺」
「うん。それはさ、やっぱさ。……ヒッキーはちゃんと、捻くれてるけどまっすぐだから」
なんだそりゃ。捻くれてるけど真っ直ぐ……え? 捻くれてるのに? 螺旋でも描いてるの? 俺の根性。
「間違ったことは違うって言ってくれるなって。ただ否定したいからする人とは違うなぁって」
「ばっかお前、俺ほどのぼっちともなれば、自分の発言には超気を使うっての。ほら、なに? 俺の発言の所為で場の空気が白けるんじゃないかとか思えば、どんだけその場に相応しい正論があろうが息を潜めて身を殺して気配まで消してそっと離れるまである」
「ところでさ、ヒッキー」
「いや聞けよ」
スルーですか、そうですか…………んむ?
ところで、って言って結衣が手に持ったままのなにか……っつーかケータイ。え? ケータイがどうしたの?
「ヒッキーはさ、否定したいからする人とは違うよね?」
「当たり前だ。結衣には特にだな」
「発言には超気を使うんだよね?」
「プロぼっちとしては初期も初期のスキルと言える」
「じゃあこれ、よーく読んでね?」
「あん?」
…………。男女が性行為をする年齢に関して?
Q:男女の性行為は何歳から可能ですか?
A1:13~18からとし、18歳以上は全く問題無し。
……まあそりゃそうだよな、なんてったって18禁だも───の?
あれ? なんか不穏な文字が。13~18? ……13!? 中学ですが!? いや下手すりゃ小学校高学年なんてことも……!? ああいや、以前見た速見表じゃ、13は中学だった。……やっぱ中学かよ。
A2:相手が16であり高校生の場合、保護者から認められているor婚姻関係にあるのならば問題なし。
16もOK!? 婚姻関係って……あ、や、だだ大丈夫だ、問題ない。だって僕たち口で言ってるだけで、まだ届けも出してな───
A3:13~では、男女が互いに愛し合い、保護者の許可が出ているのであれば…………問題無し!?
「」
ハハ…………エ?
「」
イヤアノ…………エッ!!?
「…………これ、まじ?」
「ま~じっ♪《ほわぁっ……》」
婚約者、今日の中でとても綺麗な笑顔で答えるの巻。
あらやだトキメキドキュン。でも心内は捕喰される側のような冷たい感覚。
え? ……え!? じゃあなに!? 18禁ってなんなの!? 八幡解んない!
「あ、それとね、ママが別のURLも送ってくれたんだけどね? ヒッキーの言ってる18禁ってね、ほら、その、えっちな本とか映像? それを見るとか買うのに適した年齢のことで、えっと、こういう恋人同士のえっちとはね? 全っ然関係ないんだって」
「───OH……」
いや、うん。なんとなくね? なんとなく……違うじゃないかなぁって……思ってたよ……。
で、でもね、良い子のみんな! 18になっても高校卒業するまで……えっちなのはいけないと思いますっ!
え? 中卒で既に仕事してた場合? ……誕生日迎えたらもうウッハウハじゃね? 知らんけど。それより今は目の前の状況をなんとかしたい。
「ひっきぃ……♪」
「《さわっ……》ひゃうっ!? い、いやっ、やめろっ……なんつーかもうそういう雰囲気ぶち壊したろ……!? 今はなんつーかほらアレだよアレ……! ノリツッコミ空間っつーか……!《ヴィー》うぉおあっ!? ……メ、メールかよ……って、ほ、ほら! な!? 邪魔とかすぐ入るし今日はほらっ!」
取り繕うようにケータイを開いて内容を確認。
TITLE 乗って突っ込むなんて、ハチくんたら大胆ね~♪
どどどどどど何処だぁあああああっ!! ママさんあんた何処で見てるぅううううっ!!
焦ってあたふた部屋を見渡してみたら、フツーに結衣が電話してた。オイ。
「はい、ヒッキー」
「え? はいって……も、もしもし?」
『あら~、ハチくん? 元気そうでいいわね~♪』
「いきなりなんすか……ってかさっきのメールはいったい……」
メール飛ばしながら電話なんて出来るの? ……ああ、普通に家の電話とケータイ使ってるのか。……器用だなおい。むしろこんな状況を想定してわざわざ二つ使うママさんが怖い。
え? もしや他の目的があったりする? どんな?
『うんそうねー、結衣が保護者の許可が欲しいっていうから、今正式に許可を出したところなのよー』
「いやいやいやなに考えてんですかっ! あなたの大切な娘でしょーが! だっ、だいたいこんなのはっ……い、いや、こんな時だけ名前を使うのは卑怯だ……それはしたくないっ……!」
『……やっぱりハチくんは誠実ね。べつにパパの名前を出しても良かったのよ?』
「それはやりません。俺は結衣に対してだけは誠実でありたいんす。他でどんだけ汚れたって構わないけど、それだけは譲れない」
『……そう。じゃあ、合格♪』
……受話器の奥で、スパーンという音が聞こえた。と同時に、なんかも一つ隔てた先から聞こえる絶叫も。
『パパに条件を出したのよ。結衣とハチくんの関係を認める上で、ハチくんがパパの名前やお父さんの名前を盾に逃げようとするなら絶対に認めないって。でもハチくん、予想通りに誠実でいてくれたから』
「…………あの。それってつまり」
『ハチくん! ママのこと、ママって呼んでいいのよっ!? ていうか呼んでっ! ねっ!?』
「………」
そういうことらしかった。アホ……いや、アホ。なにやってんの結衣パパさん。なんでそんな条件で頷いちゃってんの。
もっと他に抵抗出来たでしょうが。それとも俺がそんな、人の名前を盾に逃げるようなヤツだとでも………思われてたんでしょうね。
『あ、ハチくん? たぶん誤解してるだろうから言うけどね~? パパはね、自分の名前を出してでも18まで結衣には手を出さないに違いないって思ってたから乗ったのよ~?』
「見事に期待を裏切ったわけですね」
『も~! なんでハチくんはそういう受け取り方するの~! ……い~い、ハチくん。こうやってちゃんと外堀も埋めて、絶対に祝福される結婚式にしてあげるから。……ハチくんも、ちゃんと幸せになるのよ?』
「…………っす」
『よろしい。それじゃあハチくん、一度結衣に戻ってくるように言ってくれる? その間、ハチくんはお風呂に入ること。結衣も準備させるから、結衣のことよろしくね? あ、あと明日と明後日、連休だったわよね~? 結衣、返さなくていいからたっぷりと愛を確かめ合うのよ~? ……むしろシないと家に入れません。ママ本気だから』
「ちょっ!? ママさん!? ママッ《ブツッ》あっ……ぁ~~~っ……! なんであの人はいつもこうっ……!」
ディスプレイが真っ暗になった結衣のケータイをてしんと額に当て、長い長い溜め息。
やられた、っつーか……ああもう、なにやってんのほんと、あの人は……!