どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
タタンタタン、と一定のリズムで鳴る音を聞いて連想するのはなんだろうか。
ものによってはガタンゴトン、だったりもするが、現在の俺の場合は電車である。
最近あまりいい噂を聞かない電車だが、事件や事故はなににだって存在するのだから、うだうだ言ったところで瞬間移動が出来るわけでもなければ、そもそも気を探知できるわけでもない。だから移動手段があるならば使うのが人間である。
ほんとヤードラット星人ステキな。サイヤ人でもスカウター頼りだったのに、彼らって気の探知が出来たってことだろ?
それ言ったらあの世とこの世の境なんぞ無視して界王様の気を探れる悟空さもどうかしてるんだが。
……話を戻そう。
溺れるくらいに愛し合った翌日、日曜。
本日は大変珍しいことに、俺からの提案で外へ出かけていた。
「でもほんと珍しいよね、ヒッキーが出掛けようって誘ってくるなんて。あ、あたしは……その。デートに誘ってもらえて、嬉しいけど」
「あー……その。なに? ちょっとしたほら、アレだ……意識改革ってやつ? あとデー……じゃねぇよ」
「いしきかいかく?」
金も下ろした。心の準備も万端。
で、なにをするかというと、自分を変える第一歩……ってやつ?
「結衣。ひとつ頼まれてくれ」
「え……なに? ほんと珍しいよね、ヒッキーがそんなこと言うなんて。どしたの……? 具合悪かったりする……?」
「生憎身体は疲労と筋肉痛以外健康そのものだよ。すんませんね、具合悪くなくて」
「べ、べつに悪くなれなんて言ってないし!」
やさしさには慣れたつもりではあっても、人の言葉の裏を読もうとする癖はどうにも消えない。
つい言ってしまった皮肉も、たぶん相手が結衣じゃなければ、ぐだぐだとした愚痴争いのきっかけにしかならんのだろうなぁなどとは考えていた。
人間、いつまでも捻くれたままではいられない。なんとかしなければと思い立ったからこそこうして出かけたわけだし、捻くれた自分の所為で、俺はともかく結衣やママさんや……小町にも、迷惑がかかるのはごめんだ。
「はぁ、ほんとヒッキーってヒッキーだよね。切っ掛けがあれば変わるかなとか、ちょっとは思ってたのに」
「俺が俺らしくあって何が悪い」
「悪いとは言わな───あ……うーん……」
え? ちょっと結衣さん? そこで考えるの? 考えちゃうの?
いえべつにもうお前になら変えてもらいたいとか思っちゃったから、なんつーかまっすぐ認めるのは癪ではありますが、それでも言葉の途中で考え始められると大分ショックといいますか。
「……変わったからデートに誘ってくれたのかな」
「デデッデデデートじゃにぇえし!」
「ヒッキーキモい……」
「お前ほんとやめろ」
ベッドの上では解り合えていたような俺達も、少し不思議が加わると一気にいつも通りだ。
やはり人間の思考なんて、どんだけ近しい相手でも解らんものなのだろう。解った気になって、解ったつもりで、調子に乗って砕け散る。実に人間だ。
しかしながら、それが実に人間然としているのであれば、こんなに読み易いものはないと、俺は考える。
人間なんて常に優れたなにかに嫉妬して、自分がそうであればと願う者ばかりだろう。
たとえば入れ替わり、なんて事態が本当に有り得たとする。
みなさまはまずどんな存在と入れ替わることを想像するだろうか。女子からモテモテのイケメンリア充? 運動大好き青春ダッシュ野郎? それとも金持ちでキザなあんちくしょうだろうか。どんな人物だろうと誰かに対する憧れはあるのだろう。
だが待て若人よ。踏みとどまることをオススメする。気づけないわけではないだろう。どんな人物に入れ替わるとしても、入れ替わったところでものの考え方自体が違うのだから、いずれ評価までもが入れ替わることを。
つまり自分を愛せない者にその後の立場を受け入れられる準備など出来ているはずもなく、入れ替わった先でもまた世界を恨むことになるのだ。
故に。うら若き者どもよ。ぼっちになろう。
人々が平等にぼっちであれば争いなんぞは……起こるな。ぼっちにも当然種類がある。豊富だなぼっち。人としては独りで完結してるくせに。
一匹狼の不良も、世間一般ではぼっちと言えばぼっちなのだろう。
だが一匹狼を気取りながらも、人にちょっかいを出さずにはいられないなど。ハッ、不良ではあってもぼっちには程遠い。
人の来ない場所を好むのはいい。近寄るなオーラを出すのも実にいい。だが目が合ったから、ひそひそ話をされたから程度で我慢が決壊して人のもとへと歩み寄るその姿……実に人恋しいお犬さま。一匹狼には程遠い、孤高(笑)の存在だ。
結論を言おう。
孤高など───
「ね、ヒッキー」
「…………」
「ちょ、なんで声かけただけで嫌そうな顔すんの!?」
「いや……今頭の中がいいとこだったんだよ」
「? なにそれ……いいからさ、ヒッキー。何処向かってるのかそろそろ教えてよ」
「……おう」
結論。孤高よ、正しく孤高たれ。自分から他人に近づくなど、ぼっちの風下行きがお似合いである。……長々と語ってこれで完結ってどうなの?
「いやほら、あれな。俺は変わらない自分ってのを常に自分の中に固定しているつもりではあるだろ? 変わろうとはしているが、なかなか上手くはいかんし」
「つもりなんだ……」
「うるさい黙れそこには触れてやるな何気にショックだからやめて」
「ヒッキーってやっぱ結構解りやすいよね。すぐ目、逸らすし。知ってる? ヒッキーって本当に言いたい時の場合は、絶対に目、逸らさないんだよ?」
「生憎だが俺はきちんと相手を選んでそうしている。誰が相手だろうが嘘はつくし視線も逸らす。そうしたほうが扱いやすいヤツとかマジでそれな」
「そだねー、えへへぇ」
「なんでうれしそうなのきみ……」
逸らしていた目を結衣に戻して軽く咳払い。
それよりも、そろそろ目的の駅へ着く頃だ。
目的も話さずに、誘われるがままについてきてくれた結衣には感謝だが、そろそろ言っておかないとだ。
「あ、あー……さっきも言ったが……その。頼まれてほしいことがあるんだよ。誘ってここまで来ておいて、目的も話さなかったのはちと卑怯だったが」
「外……教えなかった……電車で移動……?」
「考えてもろくなことにならなそうだから、その連想ゲームみたいなのやめて?」
「ヒ、ヒッキーあたしになにする気!?」
「ほれみろやっぱりソッチ側に傾くじゃねぇか。なにもしねぇよ、するわけねぇだろ、むしろ隣を歩いてるのに変質者扱いされるまである」
「そんなことないってば、もう……じゃ、じゃあさ、ほら、えとー……う、腕組んでればさ、ほら。そんなことも思われないんじゃん?」
「じゃんって言われても知らん。つか、家を出る前から今まで、腕を組むどころか手も絡めて肩にまで頭預けっぱなしでどうしろっての。それといかがわしいこととかするつもりはないから安心しろ。お前が想定している不安や絶望とかそういったもの全部の可能性はゼロだと思え」
「不安……絶望ぜろ……? ……、……《ポッ》」
おい。……おい。そこでなんで左手軽く持ち上げて、揃えた指から薬指だけ軽く孤立させるみたいにするの? 薬指さん小指と中指に嫌われてるのん? ………………他人の薬指に親近感覚えるとか大丈夫か俺。
「ぐだぐだになる前に言っとくわ……。結衣」
「《びくぅ!》はひゃいっ!」
「………」
「…………《かぁああ……!!》」
自分の反応に驚いたのか、少し停止……のちに発熱開始。赤い。可愛い。赤くて可愛い。
「その。……服、選んでくれ」
「え?」
……まあとりあえず。
俺はその時の、“それって普通、女の子が言うことじゃ……”って顔は、忘れない。
成長ってものは、それが嫉妬の域まで至らない限り、様々な人が祝福してくれるものだと理解している。
底辺である俺にしてみれば、たとえほんの僅かな成功だろうと嫉妬され、“あいつなにチョーシこいてんの?”とか影で言われるわけだが……それでも成長とは本来喜び祝福されるべきものである。ものであるのだが。
……俺、なに自分のヒロイン力、上げにいってんですかね……。ああそうだな、女の子が男の子に言う言葉だよな……もうそれでいいよ……。どうせ俺、ヒロイン力とかめっちゃ高いし……。
……。
辿り着いた駅から歩き、来たこともない大型デパートへ入る。
わざわざこんなところに来たことにも当然理由はある。
だって……知ってる人に本気の服買ってるところとか見られたら、“あいつ最近チョーシん乗ってンよねー”とか勘違いされるし。あ、俺のこと知ってるやつがそもそも居ないか。しまった金の無駄した。わざわざ遠出なんてするんじゃなかった。
あ、いや、しかし結衣は別か。俺のことを知らなくても結衣のことは知っているだろう。天使だし。結衣の傍をうろつくゾンビとか、そういうくらいの知名度ならあるかもしれないしな、俺。
「ほらヒッキーはやくはやくっ♪」
「だわっととっ、おい、引っ張るなよっ、っと……! べつに服屋は逃げたりしねーだろ……」
「へへー、残念でしたー。時間が来れば閉まっちゃうのは、女の子にとっては逃げられるのと同じなんですー」
「まじかよ」
いや、しかしタイムセールに出遅れた時も、あと一歩のところで……って時は“取り逃した……!”って思いはするな。なるほど、確かに逃げられている。知らんかった、世界はこんなにも逃亡者で溢れていたのか。
「しっかしなんだろね、新聞配達ン時は調子に乗ってへとへとだったお前が、デ……出掛けるって聞いたらこれですよ」
「だっ!? …………だ、だって。ずっと誘われたかったし……。ただ一緒に出掛けて、一緒に帰るのとは違うし……」
「え? 同じだろ。え? 同じじゃないの?」
俺の言葉に、俺の手を引いてぱたぱたと駆けていた足が止まり、振り向き、不安げな顔で真っ直ぐ見つめてくる。
「お、おい……?」
「ヒッ……ヒッキー……これ、デートだよね? デートって……ちゃんと受け止めていいんだよね? 勘違いじゃやだよ……? 誘ってもらえて、浮かれちゃったのあたしだけとか……そんなこと、ないよね……?」
「っぐ……」
誘った。確かに誘った。
“変わらない自分”を変えてもらいたくて、結衣の隣に居ても迷惑にならない程度の自分ではありたいと思って、溜めてきた金を切り崩してもいいと自分を許す理由を得て、こうして誘った。
デートじゃないと何度も言うのは簡単だ。一緒に出掛けたことなんて、まあまあある方だろう。……数えられる程度だが。
「べ、べつにこの間も出掛けただろ……」
「うん……出掛けた……。眼鏡見たし、サイゼで一緒にご飯食べてさ。でも……違うよね。違うんだ。さがみんを見返すとかそういう理由じゃなくてさ。ただ、ただあたしとさ、ヒッキーがさ……楽しみたいから出掛けたならさ……。……勘違いじゃ、ない……よね?」
「………」
デート。認めるのはとっても簡単。俺の捻くれた部分をゴキャリと折って頷かせりゃいい。
だがそんなもんじゃ俺は、頷きはしても認めてはいない。それじゃダメなのだ。
結衣もそれを知っているからこそ、俺の答えを求めている。
うーわー、俺ものっそい面倒臭い男。俺が女だったら絶対キモい言って近寄らんわ。…………あれ? 俺結構結衣にキモいって……おい結衣。おい。
「べべべべつにそんなん確認しなくたって」
「……ヒッキーはさ。服、選んでくれるなら誰でもよかった、のかな」
「それはない絶対にない殺されかけたってそれはないと言えるまである」
「じゃあ……服を選べれば、あたしとの関係ってどうでもよかったのかな……」
「それこそないマジありえないユッイーキモいまである」
「それはなくていいよ!? ……ん……じゃあ、じゃあさ、恋人と出掛けるならさ、それってデートじゃないの?」
「ぐっ……か、買い物───」
「腕組んでも?」
「か、関節技キメられてる男かもしれないだろ……ほら、ジョイントフェチ的な」
「………」
「………」
「……ヒッキーのば───」
「待て」
「───……《むすっ》」
頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
ヒッキーのばか、という言葉を途中で遮ったことには意味はあるにはある。きっと言われると思ったからだし、それを言ったら完全に心が諦めに向かうだろう。
そう、ぼっちに限らず、諦めてしまえば“それ”への興味は一気に下がる。
ならば俺がするべきことは、結衣にこれはデートだと言ってやること……なんだが、この喉が、長年屁理屈を口走りまくっていたこの声帯が、デートなんぞリア充のするものだとばかりに認めようとさせてくれない。惚れ直したとかは言えるくせに、とんだヘタレである。
どうする、時間はない。むすっと拗ねてしまった結衣をどうにかして気持ちよく買い物に向かわせるには───
「───」
まじか。やらなきゃだめ? ほんとだめ? 恋人繋ぎよりもレベル高いんですけど。腕組まれるより砂吐きそうなんですけど。
否。泣かせるくらいなら、こんな顔をさせるくらいなら俺は喜んで敗北を選ぼう。
そう、これは敗北だ。ぼっちとして恥じることのない立派な敗北。
なにもリア充っぽいから勝者なんて定理はないのだ。“でゅぶふふふww 自由時間を女の子に奪われて可哀想でござるなぁww その点我は今からアニメ見て特撮見て有意義な時間を過ごすでござるww リア充乙ww コポォ”とか皮肉たっぷりの言葉を想像してみなさいよ、なんかもうべつに怖くなくなってきただろ。
「…………《するっ》」
「え───ぁ……ぅ《じわぁ》」
無言で、繋がっていた手を振り払う。
すると、結衣が驚きと絶望を混ぜたような顔のあと、みるみる涙を溜めて───ぽろり、とこぼす前に、隣へ歩き、その肩を抱いて引き寄せた。
「ひゃあっ!? え、あ、え……?」
密着する体。グイ、と引き寄せた勢いで、俺の胸にとすんと身を預けた結衣は……相変わらず、小さく感じる。
ほれ、小ささを確認したならいけ。勢いでいろいろ言っちまえ。泣かすのはNGな。だからいけっ!
「ぐっ……あ、あの……な。み、認めるのが難しいってだけで……俺だって、お前以外とか嫌だし……だな。つ、つつつつまり、その、アレだよアレ……。……いいんじゃねーの? そういうことで……」
「…………」
「あの。今こそ空気読んでくれると嬉しいっつーか……」
「……解んない……。解んないよ、そんなの……《ぐしっ》」
涙がこぼれる。それを咄嗟に常備しているハンカチで拭って、それを渡してやり、人に見られないように抱き締めてやる。
「…………ヒッキー」
「お、おう?」
「……なんかすごい手馴れた感じにされたけど、誰かにしたことあるの……?」
「あるわけねーだろなに言ってんのお前」
「こんな時なのに真顔で言われた!?」
「涙は人に弱みを見せるからな。だから涙は人に見せるな。……見せるなら俺に見せろ」
「ヒッキーが泣かせたんじゃん……」
「……悪かった。何度も言おうとはしてみたんだが……喉に詰まって出てきやしねぇ」
「……え? じゃあ……」
「だからよ……えと、なに? だだだ男女がこんなとこ来て、肩抱いて歩いてりゃ……よ。女はどうかは知んねぇけど、男は間違いなく、そいつのことが好きで、デ、デデ、デ……で、かけ、る、ことも……意識してんじゃねーの……?」
「……デート」
「いや、だから」
「デート。……ヒッキーから、ちゃんと言ってほしいな」
「デ……、デ……」
「うん」
あの、やめて? 涙拭いて? 潤むどころか涙目で、期待を込めて見上げられるってすげぇ破壊力だから。
つかママさん、あなたこれ狙ってました? 男物の服を着て、胸を窮屈そうにさせた恋人を胸に抱いて、そんな娘が人を期待を込めた目で見上げてくるって、なにこのシチュエーション。
……あえて言おう。ノーパンノーブラであると。
もちろん服を買いにきたのは、結衣のそれらを買う名目もあったわけだが。だってノーパンノーブラで、俺のYシャツだけ着せて過ごさせるとか俺死んじゃう。じゃあ俺だけで女性ものの下着とか買ってこいって? やめてください死んでしまいます。
「で、ええと」
「それ違う。もっかい。はっきり」
「お前鬼かなにか?」
「えへへぇ、ヒッキーのお嫁さん」
「───(結婚しよ)」
心がきゅんとした。くそ、反則だろこの天使。
キスとかしたくなるだろうがキスするぞよしキモいな落ち着け俺よし落ち着いた。この間わずか二秒。
「…………デート・ア・ライブ」
「アライブいらないよ!?」
「デ……デントラニー・シットパイカー」
「なにそれ!? え……なにそれ!? デッ……なにそれ!?」
すげぇなおい。なにそれ3回言われたぞ、シットパイカー。
「デ、デ……ザート」
「それも違うってば! あ、でも近くにハニトーが美味しいお店あるんだ。買い物のあと、いこっか」
「よし行こうすぐ行こう今すぐ行きたいまである」
「買い物の後ね? その前にデート」
「………」
「ヒッキー……だめ?」
おのれこの恋人、俺が袖を摘まれたり上目遣いされたり潤んだ目して頼めばなんでもやってやる男だとでも思ってんじゃないですかね。
一度しか言わないからよーく聞───あれちょっと待って? なんで言う方向に意識飛んでんのん?
「……結衣」
「《がしっ》ひゃっ……ヒッキー?」
しかし言うと決めたら腹をくくる。
さあ敗北しよう、敗北は得意だ。諦めることなら俺に任せろ、なにせぼっちは最強人類。
結衣の両肩を掴んでまっすぐに見つめ───あ、だめ。キスしたいとか思ってたら我慢出来なかった。
「《ちゅっ》……!? は、ふひゃっ!? ヒ、ヒッキー!?」
「ひゅいっ! ……げふんっ! ……ゆ……ゆゆ結衣、好きゅ、す、“好き”! ……だっ。俺も、お前と出掛ける全てをデッ……デデでぇっ……~~っ……“デート”!、って……意識したい」
噛みまくり、言い直しまくり、叫ぶように勢いをつけなきゃ言えもしない言葉だらけ。
それでも……結衣は真っ直ぐに俺を見ていてくれて、それだけでも勇気付けられた。
ああ、うん。もうほんとだめ。俺こいつのこと好きだわ。
「───…………《かぁあああっ!!》……ぁ、……ぅ……ぁぅ………………うん……うん、あたしも……!」
言ってしばらく、結衣の顔が一気に赤くなる……が、それで黙るのではなく、涙を浮かべながらも頷いてくれた。
なんか……最近俺ら、青春してばっかな。泣いてばっか。仕方ないっちゃ仕方ないのだが。
何故ってほれ、幸福を与え合える所為か、なんというか涙腺もろいのね、幸福側で。
嬉し泣きっての? あれがよく出るようになった。それこそ仕方ないでしょ嬉しいんだから。好きな相手にしてほしいことをしてもらえるって、どんだけ幸せか思い切り深く考えたことある? マジで幸せですからね? 少なくとも俺は。
「ひっきぃ……」
「結衣……」
そうして二人、少し顔を傾けキスをする。
ちゅ、ちゅ、と啄ばむようなキスから、やがて深く舌を絡ませたものへ───
「うわすっげ……! 俺マジもんの青春ラブコメ見ちゃったよ……!」
「ちょっとやめなさいよ……! はぁ、いーなーあの娘。私のカレシなんてこれだもんなー」
「写メるべョ! いンや~朝っぱらからいーもん見ちまったカンジ? あれちょ、スマホどこだっけ」
「やめなさいっつってんでしょ! 女の嬉し涙を彼氏以外が持ってていいと思ってんの!?」
「ちょ、こんなの遊び半分っしょ~!」
「うっさい黙れ」
「う、うす。…………っべーわ……」
───……発展したのち、すぐに顔を真っ赤にして離れた。
「ほらあんたの所為で! 死ねこのばか!」
「ちょ、悪かったって~! あ、カレシくんごめんね~!? 俺らに構わずラブっちゃうといいっしょー!」
「だからそういう軽いのやめてってんでしょ!? ……はぁ、ほんと別れよっかな……」
「ごめんなさい許してください」
離れたけど、手は離さない。結衣も……俺も。
大変悔しいことに、離れたくないって本気で思ってしまっている。
ぼっちだった俺が、随分とまあ人恋しくなったもんだなと……呆れはしても誇れもするのだから、人間、なにが転機になるかなんて解らないもんだ。
「……い、いぃい……いこ、っか……ひっきー……」
「お、おう……行く、か……。ゆい……」
人差し指と中指の先が、軽く絡んでいる程度のそれ。
それが、ちらり、ちらりと互いをチラ見して、むず痒いのが湧き上がる度に接触部分を増やし、絡んでゆく。
やがて手が完全に絡まる頃にはいつも通りに“えへへぇ”と笑う結衣が腕まで組んでいて、俺の肩に頭を預けながらとろけた顔で微笑んでいた。
そして俺の腕でむにゅりと潰れるノーブラの破壊力。ちょっと奥さん、バレないために二重に服を着させてもこの破壊力ですよ? なにこれすごい。女の子って存在だけで神秘だわ。
「まず服屋、行くぞ。お前優先な。拒否は認めない」
「う、うん……あ、でもヒッキー……」
「俺への視線の集中砲火なんぞ、お前が受ける羞恥に比べりゃ安いもんだ。それよりも今のお前が男どもに見られることが嫌で嫌で仕方ない。だから頼む」
「……~~~~……」
「《ぎゅううう!》お、おいどした?」
突然顔を真っ赤にした結衣が、声にならない高い声……声? をあげて、俺の腕を固定してぐりぐりぐり~~~っと顔をこすり付けてきた。
「なんで、ほんと、なんで……~~~……ずっこい、ほんとずっこいヒッキー……!」
「ずっこい? 何弁?」
「い、言ってみただけ……って、別にそんなの今ツッコまなくてもいーじゃん! ほんとヒッキーって、ほんと……! デートが言えないくせして、なんで……!」
「よく解らんが、とにかく行くぞ。民の視線が痛い」
「う、うん………………民?」
偉い人は人々を民草と言いました。つまり俺らは民。べつに俺が偉いわけではないが。
“顔で腕ぐりぐり”をやめない結衣をそのまま引きずるように、電光マップで服屋の位置を確認、エスカレーターで階上へ移動して、服屋を目指した。