どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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はい! ミ・マドモワゼル!
喫茶ぬるま湯アフターの外国のオカマオネエはこやつが原型。うるさくてうるさい。


つくづく、人と人との縁は不思議である①

 ───俺への視線の集中砲火なんぞ安いもんだ。そう言ったな? あれは嘘だ。

 

「失敗した……」

「お客様?」

「えひゃいっ!? えなぁあなななんでしゅか!?」

「ぷふっ……! いえあの、お困りでしたら、彼女さんを待っている間はこちらへ……」

「~~~……」

 

 笑われた上に気を使われてしまった。もうやだ死にたい。

 さて男性諸君。我らが友よ。あなたは恋人と服を買いに行く時、何処に行く? 当然服屋だろうが、彼女に足りないものはなんだっただろうか。

 ……ああそうだよ、今俺はランジェリーショップに居るよ。

 服屋、という名前に見切りと勇気を貼り付けてやってきたはいいが、服屋に着くなり結衣が「ヒ、ヒッキー……そっちじゃないし……」って袖を引っ張った。

 え? 服屋だろ? え? と首を傾げる俺を引っ張って、やってきたのが……このピンク色が眩しいソロ男子禁制の女の園である。あー眩しい、ピンクってこんなに眩しかったっけ。

 いや解ってるよ? こんなのただの布だって。素材になにが使われていようが布は布だよ。

 俺が装着中のトランクス王子だって似たような素材で出来てるよきっと。嘘です! 全て嘘です! いやほんとだって。

 

「ぃゃ……つ、ツレがここで待っててって言ったんで……」

「そうですか。なにかお困りになりましたら気軽にどうぞ」

「へゃ、ひゃい」

 

 最後の返事でまた笑われてしまい、もう恥ずかしいやら死にたいやら。店員さんは笑顔……ええ、エイギョウ=スマイルではない本当の、彼女自身の笑顔で去っていったよ。不思議だね、こう喩えると笑顔を知らないあの娘に笑顔を取り戻させた、みたいに聞こえるのに、笑われたの俺なんだよ……。

 しかしほんとね、ハッキリ言うよ。ラノベのラッキースケベとかアホだろって思う。なにあれ。更衣室で恋人とキャッキャウフフとかあれ無理だからね? いや恥ずかしいとかじゃなくて、店員さん、結構更衣室とか凝視してるからね? 入る人の確認、きっちりしてるからね? 結論を言おう、あんなスケベは起こらない。するつもりもないが。

 恥ずかしさを紛らわすためにフィクションに無駄なツッコミを入れる自分が余計に恥ずかしい死にたい。そもそも俺はフィクションくらい自由であるべきだと思っている。じゃないと救いがないだろ。

 マッカンを愛する者よ、やさしく、甘くあれ。想像の世界はやさしく静かで、時に熱く残酷で、そして甘く自由でなければならない。

 想像まで固定されたらぼっちは日々の癒しになにを選べばいいのか。

 

「ヒ、ヒッキー、ちゃんとそこに居るよね?」

「居るぞー」

「うん……よかった」

 

 なにが、とは言わない。お前は夜トイレに行けなくて、トイレの中でオトモの確認をするレディーですか? とも言わない。

 正直俺だって同じことするよ。だってここまで下着無しだったんですよ? それで置いていかれることとか想像したらどうですか。試着は出来ても、買うまでは履いたままではいられないんだ、その状況でオトモの存在は神にも等しい。つまり近くに居ないと泣いちゃう。

 

「で、決まったか?」

「決まったけど……試着してから、また元に戻るのって……すっごくスースーして……うぅうう……」

 

 だよな。下着、大事だよな。

 夜の風呂上り、下着は着けずにパジャマだけの方が睡眠には向いているっていうからやってみたが、アレの心細さってすごいからな……。

 まあ実際、初めての夜の結衣がそうだったわけだが。

 ……事故の時のパジャマを初体験の時に装着させるとか、ママさんなに考えてんですか。

 お陰で多少ひっかかってた小骨程度のとっかかりも全部砕けちゃいましたよ……。

 

「だいじょぶかー……?」

「うん……買って、トイレでつければいいし……。そ、それに服、ヒッキーの匂いが……えへへ」

「おいやめろ、匂い嗅ぐな。お前こんなことのために一度俺に着させたのか。警察呼んで俺が捕まるぞ」

「警察!? やめっ───捕まるのヒッキーなんだ!?」

 

 いや普通そうだろ。ランジェリーショップで男が通報して、来てみれば試着室から出てこない女性と、その試着室の前に居る眼鏡で目の腐りを誤魔化したゾンビさん。捕まるだろ。捕まるよな? ……捕まるのかよ。

 どよどよと世界から色を消しながらぶつぶつ言ってると、結衣がカシャアと試着室のカーテンを開けて出てきた。で、出てくるなりに俺の顔を手で挟み、じーっと目を覗き込んでくる。……あら、世界に色が戻ってきた。

 

「ぅゎは~……! 解ってるけど、なんかこれ恥ずい……!」

「結衣?」

「あ、ううんっ、なんでもないなんでもっ……!」

 

 ……うむ。なんか知らんが俺、結衣見てるだけで世界に色を取り戻せるっぽいな。むしろ結衣以外に目を向けると腐り続けるまである。

 あれ? 俺本気で結衣が居ないとダメじゃね? 依存してんの俺だけじゃね? っべー、まじっべーわー………………べー。

 精々、捨てられないように愛していこう。それでダメならきっとダメだ。俺はたぶん、これ以上の愛なんて人には向けられない。それを結衣に拒絶されたなら、その時は素直に諦めよう。

 だから、いい加減……喉まで出掛かった言葉を飲み込む癖は、やめにしようや。……な、俺。

 

「……結衣」

「わひゃっ!? あ、ううううんっ!? なななにかな、ヒッキー……!」

 

 声を掛けて、頬に当てられた手を取って、自分から腕を絡めて手を絡める。

 ふえ……? なんて声が漏れたが、それを相手の頭を優しく撫でることで誤魔化して、一言を。

 

「改めて、俺とデートしてくれ」

「───……? ………………? ……? ───!? ~~~~!?」

 

 結論から言おう。怒られた。場所くらい考えようね、俺。ああピンクって眩しいなちくしょう。店員さん爆笑じゃねぇかよ。

 

   ×   ×   ×

 

 で、道具欄の下着に竜の冒険よろしくEをつけ、ついでに服屋で新しい服をEした結衣を連れ、いよいよ俺の服選び。

 ……実際に道具欄なんてないし、Eなんてつけようがないから気にすんな。そういやあのEってなんなんだろうな。EQUIPのE? だろうな。意味は“装備”だし。

 

「ひっきぃ……よかったの……? ほ、ほんとによかったのかな、服とか買ってもらっちゃって……」

「おう気にすんな。節制出来る底辺の男子ってのは、無駄遣いなんざしないもんなんだよ。ガキの頃からの貯金男子の貯蓄、甘く見んな」

 

 お陰で服だってパッとしねぇけど。いいじゃんユニクロ先生。無地のシャツとか大好きです。

 でも千葉愛に溢れるシャツはもっと好きです。

 どこのどなたか存じませんが、マッカンを千葉にありがとう。

 

「で、メンズショップに来たわけだが……よし解らん。結衣、任せた」

「うぇえ!? いきなり丸投げだ!? ヒッキー、自分のことなんだからちょっとは考えようよー……」

「あほか、俺が今さらお前以外の視線なんざ気にするか。あ、羞恥心的なあれは別勘定で。男にランジェリーショップとか無理だわ。なにか大切なものがゴリゴリ削られていったわ」

「まだ言ってるし……えと、じゃあとりあえず上から見ていこっか」

「おう」

 

 そして始まるファッションショウ。

 結衣は「これいーかも!」と思ったものを片っ端から掻き集めて、俺を更衣室に突っ込むや「はやくはやくー♪」と急かしてくる。うるさいやめろ、こんなアホみたいな値段の服なんざ着るどころか触るのも初めてなんだよ。うっかりしたら破けちゃうだろうが!

 

「………なんだこれ。え? どうやって前止めんの? ボタンは? え?」

「ヒッキー、一番上のやつ、腕通すだけのやつだかんね?」

「まじか。……なにこの頼りなさ。うわたっか! そのくせこの値段かよ……! なにこれ、服屋やれば億万長者じゃね……?」

 

 八幡服飾目指す! うそです。

 

「着た?」

「着たっつーか、腕は通したな」

「見せて見せて! 開けていい!?」

「いや俺べつに見世物じゃねぇし。マネキンに着せたほうがまだ見栄えするだろ。というわけで断る《カシャアッ!》キャーーーッ! なにするばい!」

「ヒッキーキモい」

「勝手に開けといてひどくない? ねぇ、ひどくない?」

 

 しかししっかりと俺に正面を向くように立たせて、少し離れて「むふーん!」とドヤ顔で品定めみたいなことをする結衣は、なんつーか……じゃんけん外道奥義であるピストルの形にした手を顎に当て、とても嬉しそうだ。

 

「ヒッキーヒッキー! 次これ! これ着てっ!」

「え、いやおい、俺」

「ほらこれ脱いで! ほらほら!」

「なんかテンションおかしくなってない? ねぇ、ちょっと?」

 

 着ていた服を脱がされ、また突っ込まれる。

 仕方ないのでパパッと着ると、カシャアと開けて無駄に迫力をつけたファッションポーズを取る。まあなんだ。いわゆるJOJO立ちである。

 

「《ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!》」

「ヒッキーキモい」

「」

 

 言葉もない。泣いていいよね俺。

 ともあれそれからもファンションショウは続き、げんなりする俺を余所に結衣はどんどんとツヤツヤになっていき、結衣が特に気に入った服を何着か買って終了。

 

「んー……次、どっか行くか? 正直なにがどうファッションになるのかとかさっぱりだ」

 

 早速トイレで着替えてきた俺に、結衣は緩みっぱなしの顔のまま、えへへぇえへへぇと俺の腕を抱きながら歩いてる。

 

「あ、そだね。あとは……髪型とかかな。ヒッキーあんま気にしてないけど、ちゃんと整えないとちょっと不潔に見えるよ?」

「まじでか」

 

 ヒッキー知らなかったよ。まさか不潔とまで言われるなんて。

 

「んじゃあ……なに? 床屋?」

「美容室」

「お、おう……そうなのか。……ん? 理容室じゃないのか?」

「理容室はカット専門みたいなとこかな。今じゃそうでもないけど。美容室は容姿を整えるとこって感じ」

「理容が男で美容が女ってイメージだったな……知らんかった」

「えへへー、こっちではあたしの方が知ってるね。あ、でも予約無しだとキツいかなぁ」

「予約制なのかよ……すげぇな美容室」

「そりゃそうだよ。この街だけでも女の子が何人居て、美容室が何件しかないと思ってんの」

「なるほど、すげぇ説得力だ……」

 

 そして早速行きたくない。なにそれつまり女性の戦場じゃないですかやだー。

 

「ん、待て。散髪とか美容ってことは、なんだ? もしかして眼鏡取るのか」

「あ、そだね、うん」

「……キモがられて入店禁止とかにならない?」

「さ、さすがに大丈夫だと思うけど……」

 

 だって俺だぞ? 未だどよどよしてると幼馴染で恋人で婚約者の人にキモいとか言われるんだぞ?

 そんな愛に餓えたゾンビを受け入れる美容室なんて───

 

「トレビア~~~ン!」

「………」

「………」

 

 なんだろう。なんか聞こえた。でもなんでだろう。振り向きたくない。

 

「なにやらお困りのご様子! おめめのことで心配ごと?」

 

 無視したい。したいけど、サッと視線だけで周りを見ても、俺ら以外はとっくに居ない。いや最初から居なかったんだが。

 

「だったらあちしにお任せ! 心配ゴムヨー、あちしは怪しい者じゃ~あ~りません! ───あちし、後光寺浩二。ごこうじオネエでもこうじオネエでも好きに呼んでくれていいわよ」

 

 ぎぎぎ、と振り向いてみると、そこにすらりとした細身……っぽく見える、細マッチョなオネエが居た。

 顔、めっちゃ美形。髪、ショート。体、細いけどしっかりしてる。足、内股。なんかブルー将軍の髪がちょっと長くなったバージョンな人がボンジュールボンジュール言いながらクネクネ動いてる。

 

「お、お呼びだぞ、結衣」

「うぇええっふぇぇっ!? いぃいいいやいやいや今確実にヒッキーに言ってたよね!?」

「結衣、愛してる」

「なんであえて今言うの!? 怖いよ!?」

 

 などとわたわたしていると、くねくねが近寄ってきた。あ、やばい、これ“ワカラナイホウガイイ”とか言っておかしくなるパターンだ。

 

「ンマーーーアアステキ! なんて綺麗な腐った目!」

「おい。腐ってんのか綺麗なのかどっちだよ……」

「綺麗に腐ってんのよぅ! ここまで育てるの苦労したでしょ~っ!? かく言うあちしも昔は……ね《ヴァチーム》」

「いえウィンクとかノーサンキューですし僕アレがアレなのでそろそろ失礼を」

「美容室探してるんでしょん? だったらあちしのところに来なさいな。これでも腕に自信があるのよん」

「いえ結構ですなんか尻がむずむずするんで」

「なによ! あちしのことが怖いっていうの!? オネエなめんじゃないわよ!」

 

 なめてないしなめたくもねぇです。つかなんでオネエって“なによ!”って叫ぶんだろうか。

 

「いいから来なさいな、ほらそこのお嬢ちゃんも。べつに取って食ったりゃしないわよ。あちし、嫁さんも子供も居るし」

『えぇええええええっ!!? ウッソォオオオオオッ!!?』

「なによ! 失礼なガキどもね!!」

 

 二人して本日最大級に驚いた。とんだクロマティ高校である。

 

……。

 

 連れ攫われた場所は、ずいぶんとまあ綺麗で大きな美容室だった。どうやら休みの日だったらしく、随分と静かだ。

 それよかこの店を見てから結衣があわあわしだしたんだが……なに? やばい店なのん? ヤクゥザ的な? はたまた尻を守らなきゃいけない的な……? え? まじで?

 

「はい、ようこそあちしの店へ───ってアータ露骨に尻ガードしてんじゃないわよ! 確かに好みだしその目とか見てたらゾクゾクしちゃうけど、べつに襲ったりとかしねぇわよ!」

「う、うす」

「あ、あの、あのあのあの、ここ、ここって……」

「あら。そっちのお嬢ちゃんはウチのこと知ってるみたいね。嬉しいワ。そう、こここそがあちしの店! その名も───!」

 

 細マッチョオネエがなんか叫んでる内に。俺は結衣にここがどんな場所なのかを聞いた。

 聞いて、たまげた。なんでもここらじゃ超有名、予約も随分先まで埋まっているというとんでもない美容室なんだとか。

 

「ちょっと聞きなさいよアータぁ! あちしが説明してんのに恋人に訊くとかどういうこと!?」

「いや、やかましかったもんで」

「あら。その隠さない態度、嫌いじゃないわ。それで、今日はそっちのダーリンを美しくすればいいのよね?」

「俺のハニーは結衣だけなんでダーリンとかやめてください」

「ひっきぃ……!《ほわぁあ……!》」

「なによ! 人の店ん中でいちゃついて! けどいいわ、アータら実にバカップルよ。最近の男女なんて別れること前提の遊びみたいなのばっかで、心に来ないのよね。だからあちしは実際に会って、気に入った子の予約じゃないと受けないの。適当に散歩してて、出会った瞬間ビビっときたのなんてアータ、久しぶりで滅多にないことなのよ?」

「……《ソッ》」

「だから尻ガードすんじゃないわよ!!」

 

 それから、オネエさんの美容授業が始まった。

 正直道具とかの説明とか手順とかなにからなにまで素人な俺は、曖昧に頷くことしか出来ず、必死にメモを取る結衣に任せっきり状態だった。

 

「へぇえ……意識改革ねぇん……? ということはアータ、この嬢ちゃんのために変わろうって思ったのねん?」

「……俺は変わろうとしても変われなかったから、結衣になら変えられてもいいって思えたから……それだけっすよ」

「ヒッキー……」

「いいわね、愛ね! こんな真っ直ぐな愛ってば久しぶり! 捗るワ! ちょっと嬢ちゃん、手順とか必要なものちゃんと全部メモっときなさいよ? あちしが技術見せるなんて普通はありえないんだから」

「え、は、はいっ」

「い~い? このコはアータに変えて欲しいって願ってるの。アータに、自分の容姿の全部を委ねたいって、本気で思ってるのよ? その思いをきちんと受け止めて、アータが磨いていくの。それからアータ」

「う、うす」

「アータはこの嬢ちゃんを磨いていきなさい。この娘、原石もいいところよ。こんな真っ直ぐ相手を見る子なんて、ほんと滅多に居ないんだから。ったく最近の若いやつらは技術で綺麗になることばっかで、乙女心で綺麗になることを知らねぇ……! その点、この娘は満点! アータ、随分前から想われてるわネ! あ、それは嬢ちゃんもネ! でなきゃこんな、自分を犠牲にし続けたみたいな腐った目になる筈ないもの!」

「う、うす……《かああああ……!》」

「ひっきぃ……《かぁああ……!》」

「やべぇなにこの二人ほんッとステキ……! ああんもう嬢ちゃんもこっち座んなさい! いーから! メモなんてあちしがあとで書くから!」

「え、え!? ひゃあっ!?」

「んんん~~~~んんん!! いい手触りネ! 痛んでない髪なんて久しぶり! 普段からよっぽど気にかけてなきゃこうはいかないワ! 好かれたくて努力した証拠! ヘタに脱色するとかアホよアホ! 頑張ったわネ、アータ!」

「え、あ、あぅ、あぅう……!!《チラチラ……かぁあああああ……!!》」

 

 結衣が俺を何度もチラ見して、顔を益々赤くさせる。やめて、自分のために結衣が頑張ってたとか考えると俺も赤くなるから、やめて。

 

「アータも近頃のズボラな男みたく、ヘアシャンプーぎっとりつけて洗ってるわけじゃないみたいね。薄めて使ってるわね?」

「あ、うす」

 

 貧乏性なもんで。自分の分は自分でって考えればそりゃそうなる。

 

「頭皮は洗いすぎると皮脂を過剰分泌させちゃって、髪も毛根も弱ってっちゃうからね。そうなると毛がほそーくなっていって、ちゃんとそこに毛があるのにハゲに見えてくるの。いい? シャンプーは多少薄いくらいか、一日・二日くらいシャンプー使わず、熱すぎないお湯で丹念にもみ洗いするくらいで丁度いいのよ」

「まじすか」

「あとシャンプーのつけすぎは……ハゲるわよ」

「心から気をつけるっす」

 

 なんでだろう。このオネエに勝てる気がしないのは当然として、言われたことがすとんと胸に落ちてくる。何故? まずは疑ってかかるのが常のぼっちマイスターな俺が。

 ……あ、そっか。この人、自分も腐った目がとか言ってた。受け取りやすいんだ、なんか波長を合わせてくれてるっつーか。

 まあだからってなんでも鵜呑みはしないが。

 

「前の方、ちょっと切るわよ」

「結衣、好み頼む」

「ふえっ!? あたしっ!?」

「あらそうだったわね。嬢ちゃん? 髪型はどんなんがいい? あちしに任せんだったらそりゃもう大胆に行っちゃわよ?」

「……あんまり変わり過ぎないのがいいです」

「あら。あらあらあら。嬉しいこと言ってくれるじゃないのぉ。よっしゃ任せときんさい、あまり変えすぎず、けれど眼鏡も持ち味も活かせるダーリンにしてあげるワ!」

「助けてくれハニー、この人鼻息荒い」

「なによ! 気にしてんだから言うんじゃないわよ!!」

 

 そんなわけでシャキショキパッツンワシャワシャファゴーリ。

 髪を整える程度に切られて、顔にいろんなものぺたぺた塗られて、今までやったこともやられたこともないことも散々とされ───結構な時間が経った頃。

 

「はいいいわよー? 椅子から降りて、自分の目で見てみて?」

 

 途中からずうっと目を閉じているように言われ、今ようやく終わったらしいそれののち、椅子から降りて目を開ける。───と、目の前にサワヤカな眼鏡男子が居た。突然の出現に体がびくりと跳ね上がり、拍子に眼鏡がずれたんだが……相手も同じ眼鏡をしている。

 おいおいお前誰の許可得てその眼鏡つけてんの? それ俺の大切な人が買ってくれた俺の至宝よ?

 なんて眼鏡を少しずらして、腐った目で睨みつけると、相手も同じポーズ。

 

「………」

 

 はは。いやいや。…………え?

 まさかそんなアッハッハ。…………え?

 

「は~い嬢ちゃんもいいわよ~? うぅん、さっすがあちし! まだまだ腕は死んじゃいないわネ! 最近はイ~イカップルが居ないから心が弾まなかったけれど、いい刺激になったわァ」

「んんっ……んあ~~っ……!」

 

 隣の椅子で、ぐうっと伸びをする天使が居た。

 あ、やばい。伸びをする仕草めっちゃ可愛い。いや、綺麗。可愛くて綺麗。なにこれ、ハイブリッドすぎる。

 

「ゆ、結衣?」

「え? ヒッキ───……ゎぁあああ~~~~っ……!!」

 

 呼んでみれば振り向き、俺を見て……きゃらぁんと目を輝かせた。正直に言えば髪型の名前とか知らんから、これがなにカットなのかも知らん俺だが、どうやら好評らしい。

 

「すごいすごい! ヒッキー別人過ぎ! でもちゃんと解るっ! あははっ、ヒッキーだ!」

「おいやめろ、なんか物凄ぇ勢いで引き篭もりって言われてるみたいだから」

「ぇゃあやや違う違うよ!? そんなつもりじゃないし! …………えへへぇ~~~♪」

「……その。結衣。えっとだな。思ったこと、そのまま言うな。可愛くて綺麗だ。すまん、見蕩れてた」

「う、うんっ! うんっ! ヒッキーも格好いいよ! すっごい格好いい!」

「ンでしょぉお~~~ゥン? なにせあちしが本気を出したんだから、当然よネ。ああそれと嬢ちゃん? これ、手順と必要なものネ。安くてそこそこイイの書いておいたから、切らさないように頑張んのよ。アータがしっかり磨いてやんなさい」

「は、はいっ!」

 

 コサッ、と取り出したメモを、細マッチョ氏が結衣に手渡そうとする───のを、割って入って受け取った。失礼だろうがごめんなさい、やっぱ無理。

 

「や、ちょ、ヒッキー!? し、失礼だし───」

「だっははははは! いいわぁ! いいわよダーリン! 男はそのくらい嫉妬深くなきゃいけないわ! ただし理解の無い嫉妬は見苦しいだけだから気をつけるのヨ?」

「……っす」

「おう、素直なコは好きよ? それじゃあお値段なんだけど。ンー……こんなんかかるけど、払える?」

「えっとー……? ───!? すっご!? え!? ヒ、ヒッキー……!?」

「あー、俺が纏めて払うんで」

「マアアア男らしい! 女々しい野郎なんてここでお前も出せよとか言い出すのに……“粋ネ”! “粋”ッッ!! じゃあちょっと。ダーリンに嬢ちゃん? メアドとケー番教えなさい。そしたら割引したげる」

「……《ソッ》」

「……《ソソッ》」

「二人してダーリンの尻ガードしてんじゃないわよ!! そーじゃなくて、プライベートでもお友達になりましょっつってんのよ! 最近ほんとつまらない男女ばっかでもううんざり! ってとこだったのよ。なんか面白い話があったらメールでもなんでもくれればいいから、それで割引。悪い話じゃないでしょん? あ、なんならファンデとかいろいろ、安く提供してあげてもいいわよ?」

「あの……嬉しいんですけど、なんでそこまで……?」

「芸術家にとって、やる気が起きないことほど死活問題ってのはないのよ。そしてあちしは美容の真髄を求めているっていうよりは芸術を求めてるの。だから大体の仕事は弟子にやらせてるし、あちしは考え事してば~~っかり。そんな日々に飽きてたところにアータたちよ! あちしもう幸せだったんだから!」

 

 くねくねを前に、結衣がおろおろと怯える。

 突然年上に友達になろう、なんて不安を抱くには十分な条件だ。

 それは俺も───…………あれ? ちょっと待て? ……うん?


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