どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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前を向いたあの日から④

 時間の流れはどこまでも普通だ。

 時が流れれば嫌でも変わっていくものを見送るように、三年になって18になった途端に由比ヶ浜マにマンションへ招待され、絶対に幸せにすることを条件に、婚約を許可……というかしなさいと笑顔で言われ、もちろんですと婚約。両親同士で話し合い、家を追い出されて同棲をすることになり、共同生活開始。お金の管理が得意なこともあり、同じ大学に行くために一緒に勉強を続けたおかげか、計算に強くなった結衣は節約・貯蓄に関してはまさに無敵状態に。二人してバイトして金も貯めて、なんとも不思議な共同生活を送った。

 高校を卒業して、同じ大学に通って同じバイトをして、誘われれば飲み会なんかにも結衣と一緒に出席して、そのくせ俺は絶対に酒は飲まず、俺を酔わせて結衣に手ぇ出そうとするヤツが居やしないかと睨みを利かせたりして。

 そんなことをしても、むしろ結衣が俺から離れないもんだから、俺らは二人して馬鹿と過保護とカップルを合わせた馬鹿保護ップルとか呼ばれたりした。いいだろべつに。ほっとけ。

 大学でも奉仕部は続け、もちろんやれることには限りがあるから迂闊な依頼は受けないで(特に恋愛ごと)、無難ながらも楽しい日々を過ごした。

 

 日々の出費は極力抑えて、貯められるお金はとことん貯めて、そうして出来た金で、旅行に出掛けたりもした。

 結衣と雪ノ下と俺、その三人で、あっちへふらふらこっちへふらふら。

 食べ歩きもすれば、綺麗な景色にほわーと感激したり、……いや、ほわーとか言ってたのは結衣だけだったが、俺ももう感情を隠したりはしなかったから、ほら、その、あれだ。結構燥いだっつーか。

 一度来たことのある場所だったが、それでもこの三人で回るのは新鮮だった。

 観光名所を歩いては写真を撮ったり食べたり笑ったり。

 時に憎まれ口も叩いたり、当時の自分たちはああだったーとか言って互いの恥を掘り返して赤面したり。

 そうして、いつかの日には出来なかった時間をゆっくりと堪能して───旅行最終日。

 朝を迎えると、集合場所に現れたのは結衣だけで、そんな彼女は俺宛に置手紙があったと言って、それを渡してくれた。

 手紙にはこう───

 

  あなたらしくないやり方を心から望みます。泣かせたら泣かすから、覚悟しなさいヘタレ谷くん。

 

 ───とだけ。

 怖いよ。あと怖い。

 けど、まあ。逃げるつもりも傷つけるつもりもないから、その手紙をポケットにねじ込み、手を繋いで歩いた。

 

  その日もやることは変わらない。

 

 最終日ってことでいろいろなところを回り、見て、食べて、楽しみ、笑う。

 だが、もちろんこの旅行自体の最終目的はきちんとあって───やってきた夜。

 

「………」

「………」

 

 俺と結衣。

 二人並んで、いつかの大きな後悔を残した場所……並んだ灯籠がぼんやりと灯る竹林に立っていた。

 ぎゅう、と。組まれている腕に力が込められると、腕に走る圧迫よりも……胸が苦しくて仕方がなかった。

 ごくり、とどちらかの喉が鳴ったのを合図にするように、結衣がぽしょりと「綺麗だね」と言う。

 「ああ、本当に」と返す俺は、つくづくこいつに救われてばかりだ。

 けど、ここで俺はこいつに救われちゃいけない。

 俺から言って、そして……そして。

 

「あの時は……本当に、悪かった。今さらだろうけど……謝らせてくれ」

「……うん。ほんと、今さらだ。あたし、いっぱい泣いたよ? 悔しくて悲しくて。解ってくれないのが辛くて。どうしてなのかって、悩んでも考えても、わかんなかったんだ、ヒッキーの気持ちとか考えとか」

「ん……」

「でもさ……ほんと、今さらなんだ。今なら思えることが、あの頃には出来なくて……あの時ああしていればって……ああしなければって……そうだったらどうなってたのかなって。そんなことばっかりで」

「………」

「結局さ、あたしたち……なにも出来なかったんだよね。相談されても提案しても、どっちか一方の気持ちが最初から決まっちゃってたら……はしゃいじゃった分だけその人は傷ついてさ。頷いちゃったから……傷つかなくていい人まで傷つけちゃって」

「………」

「その時に出来ることを精一杯やったつもりでもさ、それが関係を壊すこともあって……。あたしは、それが……」

「結衣」

「っ……た、たまにね、夢を見るんだ。あの日、とべっちが依頼に来なくてさ、班決めするんだけどどうしてかあたしとヒッキーが余っちゃってさ、ゆきのんも余っちゃって……それで、三人で……さ、笑って、楽しんで、ヒッキーがまたくだらない例え話とか言って……さ。それで…………目が覚めたら、泣いて、て……さ」

「結衣っ……」

「どうしてだろうね……。あんなことがあって、結果だけ見れば……あたしたち、お互いのこともっといっぱい知ることができたのに……あれが最善だったなんて、今でも思えない。あたしが依頼を受けなかったらとか、相談なんかせずにとべっちが勇気を出してたらとか、隼人くんが〝なんとか”してくれてたら、とかさ……夢の中で泣いてるあたしが居てさ」

「結衣!」

「《ぎゅうっ!》っ……! あ……ご、ごめんねヒッキー……あたし……ごめん……ごめんね……」

「………」

 

 ぽろぽろと涙する結衣を、抱き締められている左腕を解いて抱き寄せた。

 この〝ごめん”は後悔だ。

 あんなことがあって、葉山と海老名さんの日常は守られて、でも……失ったものは確かにあって。

 俺だって、考えたもしもを数えればきりがない。こいつと一緒になってからは余計だ。

 けど、今日は……後悔しに来たわけじゃないから。

 それを上書きするために来たのだから。

 いっぱい悲しんで気持ちの整理をして、謝るだけが目的なわけじゃないから、俺は───

 

「ッ」

 

 ぐっと腹に力を込めて、あんないつかの自分を思い出し、世界を濁らせ腐らせてゆく。

 その上で、すがりつくようにして泣く結衣の肩を掴み、ぐいっと押し戻して───腐った目でその目を強く見つめてから、心だけは腐らせず、届けた。

 

「……ずっと前から好きでした! 俺と───っ……俺と、結婚してください!」

「───、……」

 

 ぴくんっ、と一度だけ震えた結衣は、俺の目を見たまま、静かに震えだした。

 あの日と同じ場所、あの日と同じ腐った目。けれど……あの日とは違う言葉と、言われるべき人。

 今、結衣の頭の中でどんな感情が渦巻いているのかは解らない。

 けれど、結衣は震えながらぼろぼろと涙をこぼし、体と同じく震える手をゆっくりと持ち上げ、涙が伝う頬に当て、泣いたのだ。声を上げて。

 子供のように泣く彼女は、ごめんなさいを何度も吐き出し、俺はそんな彼女を抱き締め、いつかの自分を殴ってやりたいのに出来なくて、無力を噛み締め、気づけば同じように泣いていて。

 ごめんなさいを伝え合い、抱き締め合って泣き合って、やがて……

 

「………」

「………」

 

 その涙が終わる頃、ありがとうを伝え合った。

 

「……ひっきぃ」

「……おう」

「なんか……えへへ、なんか……恥ずかしいね。恥ずかしいのに……なんかね、嫌じゃないんだ」

「そだな……黒歴史レベルな筈なのに……悪くねぇって思う」

「うん……」

「おう……」

 

 背を抱き寄せて頭を抱き寄せて、これ以上は密着できないのに、さらに近寄りたくてキスをする。

 ぷは、と離れると、互いに顔を見つめて……照れくさくて笑った。

 

「ゆきのんには見せらんないよね、こんなの……」

「それ、あれだろ……。高校の時の空中廊下のアレに、俺が混ざって泣くようなもんだろ……」

「うわはっ、想像してみたらすごいっ……」

「でも……そだな。雪ノ下とも、ちゃんと……」

「……抱き着いたりしちゃ、やだよ?」

「それ、俺が雪ノ下に殺されるパターンだからね? しないから、そんなこと」

 

 いつものように言葉遊びをして、また見つめあって、キスをした。

 唇が離れると、結衣は一度自分に何かを言い聞かせるようにこくりと頷いて、一歩離れて……姿勢を正し、真っ直ぐに俺を見つめ、口を開いた。

 

「……はい。由比ヶ浜結衣は、比企谷八幡さんを信じて、ずっとあなたの隣に居たいです。明日も、その次の日も、ずっとずっと。だから……不束者ですが、よろしくお願いします」

「あ───…………結衣……」

「幸せになろうね。幸せにしてくんなきゃ、泣いちゃうから」

「うぐっ……泣かれるのは、その……困るな。解った、絶対に、な」

「うんっ」

 

 笑顔の彼女がぽすんと胸に抱き着いてくる。

 それを受け止めて、じわじわとやってくる現実にようやく喜びが追いつくと───俺は結衣を抱き締め、その状態のまま「うおぉおおおっ!! よっしゃぁああああっ!!」なんて叫び、結衣を振り回すようにぐるぐる回転した。

 

「ひゃわぁあわわわっ!? わっ……はっ……あははははっ! ひっきぃ~~~っ!!」

 

 口を開けて笑える日々が、すぐ傍にある日常が嬉しくてたまらない。

 そんな毎日を簡単にくれる人に感謝を。

 悩んでもがき苦しんで、それでも答えを真っ直ぐに見つめ続けるのは難しい。

 苦労して手に入れても、それが自分にとっての本物かどうかなんて解りはしないのに。

 でも……そうだよな。

 進んでみて擦れ違ってしまっても、案外……許せないんじゃなくて許さないだけの話なのかもしれない。

 話し合ってぶつけあって、そうして何かが欠けてしまっても、欠けたからこそくっつくものもあるのだから。

 ああくそ、眩しいなぁ。

 世界が楽しくて仕方がない。

 ぼっちで歩んだなら、きっと見ていられなかった世界がそこにあった。

 そして……そんな世界に立てることが、今はこんなにも幸福に感じる。

 傷つけられて得た経験が、人を傷つけないわけがない。

 自分だけが傷つけば他の人は傷つかないなんてまちがいだと知った。

 そんなひとつの答えを得てもまだ、経験したものがまちがっているとは言いたくない。

 ぼっちだから知ったものだ。

 傷つけた人には謝る言葉ばかりが浮かんでも、自分が孤独だったことを謝るのは……おかしいだろ?

 

  だから、まあ。

 

 見つめる視界に人が増えた世界のまま、過去の傷を撫でながら生きていこう。

 過去の傷に塩を塗るような日々に、さよならをして。

 

 

───……。

 

 

 旅行から帰ってからの日々は、なんというかそのー……さらに甘くなったっつーか。雪ノ下につつかれまくりである。俺より結衣が。真っ赤にならない日がないくらいつつかれまくってる。

 「うわーん! ゆきのんがいじめるー!」が口癖みたいに思われるくらい、なんつーかつつかれまくってる。

 そのくせ、結衣に抱き着かれると相変わらず「ち、近いわ」とか言ってドギマギ状態のゆきのんさん。……おう。大学入ってもゆるゆりやってるよ、この人たち。

 そんな日々の中、同棲生活もひたすら甘いまま順調に続け、大学を卒業すると同時に俺と結衣は結婚。

 雪ノ下は雪ノ下さんとの約束があり、雪ノ下さんが待つ外国へ。

 そこでいろいろと今後のために勉強するのだ、というのが雪ノ下さんの話なんだが……影でこっそり聞いた話じゃ、“家のこととかめんどくさいから雪乃ちゃんと家出るね? 外国でほとぼり冷めるまで楽しんでくるからっ、じゃーねーっ♪”ってことらしい。

 勉強のためにって名目を最大限に使い、目の届かない場所で自由に生きる。

 それこそなんとも自由なことだ。

 

 雪ノ下は雪ノ下で、もう自分で自分の道を開き、その上で家との縁を切る覚悟で自由にやるつもりらしい。元々全部を一人でやるつもりだったのに、そこに雪ノ下さんが乗っかった感じだ。乗っかろうとした雪ノ下さんは、最初は物凄い速度で却下されたらしいんだが。むしろ却下されまくって突き放されまくって、今まで通り挑発してみても逆に返され、一時期なんて「雪乃ちゃんがグレたー!」なんて泣きついてきたくらいなんだが。

 いや、グレたって。成長を願ってたのはあなたじゃないですか。

 まあ、そういう一面も人は持ってるってことだろう。突き詰めたり追い詰められたり、“そういう場面”になってみなけりゃ、人の本質なんて見えないもんだ。

 姉のようになりたいと願っていたからといって、強くなどなかったからといって、成長しながら強くなれないわけじゃないのだ。

 だからきっと……そうだな。もう、雪ノ下雪乃は弱くはない。いや、弱いだけじゃない、になれたんだ。

 籠から出た鳥は、どんな世界をはばたけるのか。

 「雪乃ちゃんを選ばなかったことを後悔させてあげるんだから」と雪ノ下さんは言っていたが、雪ノ下はきっぱりと言った。「その男に対して恋愛感情はないわよ」と。

 自分に持っていないものを持っていたことが羨ましかったと。

 自分に出来ないことを出来る姿に、多少だけれど憧れたと。

 それでも、あなたのあのやり方だけはどうしても好きにはなれないから、精々由比ヶ浜さんを泣かせないようにしなさいと。

 言いたいことだけ言い残して、雪ノ下は旅立った。

 家に戻ってみれば、ポストに一通の手紙。

 やたらと長い理屈がズラーっと並んでいて、いっそ小説でも読んでいる気分になったが……最後に、彼女の願望がひとつだけ。

 

  よろしければですが、私と友達になってください。

 

 それが、はばたいた鳥がまず一番に望んでおきながら、戻ってくるまで結果を知ろうとしないなんていう、めんどうくさいお願いだったりした。

 平塚先生じゃあるまいし、かたっ苦しいっての。

 その手紙は、今も机の奥にしっかりと仕舞ってある。

 返事は……いつかあいつが戻ってきた時に、するつもりだ。中々戻ってこなかったら……あー、まあ、外国まで突撃仕掛けるのもいいんじゃねぇの?

 ……まあ、もう結構経ってるから、そろそろ突撃するのもありかとは思ってるんだが。

 

「ヒッキー、葉山くんからみんなで集まって飲み会しないかーってメールきてるよ?」

「俺達がアルコール飲まなくていいなら行くって返しといてくれ」

「うん、そういうと思って返しといた」

「……つか、いつまでヒッキー続けんの? もうお前、比企谷だろ」

「……二人きりの時は、ヒッキーがいい……かな。だめ?」

「…………甘やかさないでね、とか言っておいて、甘え上手すぎんだろお前……」

「《なでなで》えへへぇ……ヒッキーがやさしすぎるだけだと思うな、あたしは。……じゃあ、えと。お酒は、帰ってから?」

「だな。いつも通り、二人で飲もう」

「うんっ」

 

 それぞれ見知った顔とも大学でバラけ、卒業してからはたまに連絡を取り合って会うくらい。

 とはいえ、今までが今までだった俺にしてみれば、よく親交が続いているもんだ。

 戸塚とか戸塚とか。時々材木座とかな。

 ああちなみに、戸塚は男性看護師になって、男女どちらの患者からも大人気らしい。

 俺も病気になろうかしら、なんて思わない。こいつ、絶対に必要以上に心配するし。

 材木座は……今でも顔を合わせていたりする。主に小説の感想とか添削とか推敲とかな。

 なもんだから、小説の単行本が出ると頼んでもないのに送ってくる。今ではそこそこ人気のラノベ作家だ。

 

「葉山か。あいつも無茶したよな」

「だよね……あたし、葉山くんがあんな思い切ったことするなんて思わなかった」

「それ言ったら雪ノ下もだけどな。敷かれたレールを進むのは嫌だっつっても、親だってレールを敷くのは大変だろうに」

「ん……でもさ、ヒッキーだったらどうする?」

「レールを歩きつつ搾り取れるものは搾り取って、理屈をこねつつ自分のやりたいことを目指すな」

「なんかいろいろ最低だ!?」

「……ま。前の俺だったらだけどな。とりあえずあれだ。今の状況も用意されてるって言えば用意されてるし、悪いことばっかじゃねぇだろ」

「え……それって」

「お義母さんにいろいろ仕組まれただろ、俺ら。同棲の時もそうだったし、大学の時も婚約の時も結婚の時も」

「あ、あー……うん。あれは驚いたよねー……。でも……」

「“でも”、が付くだろ? 悪いことばっかじゃねぇよ、やっぱ」

「……うん。だね。えへへ」

「で、葉山はどこ集合だって?」

「食べ放題のとこ。ほら、あの」

「あー、あそこか。無駄に高い場所だったら行くつもりはなかったけど、あそこなら」

「葉山くんも切り詰めて頑張ってるんだって。今度節約のポイントとか注意点を教えてくれってメールがきてたよ」

「…………《むすっ》」

「~♪ だからね、優美子に訊くといいよって返しといた」

「…………《ぱああ……!》」

「~~~……ヒッキー、ねっ、ヒッキーっ」

「お、おお? なんだ?」

「えへへぇ~~……顔、にやけてるよ? 嬉しいことでもあった?」

「おまっ…………~~……こんにゃろ、解ってて……!」

「《がばっ!》ひゃんっ!?《わしゃしゃしゃしゃ!》ひゃああぷぷぷぷ! ごめっ、あははははごめんてばひっきぃ! 髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃうよー!」

 

 人との付き合いは……あのお金の出来事以降、随分と頑張ってきた。

 いや、今でも頑張っている。

 こう見えてご近所さんとは仲がいいし、仕事仲間や後輩にも仕事の件で相談をされるくらい、面倒見がいいやつだとか言われているまである。

 まあ、仕事仲間に飲み会とかに誘われても行かないけどな。

 断り文句? 正直に言ってるよ。妻が待ってるって。

 たまにはいいじゃないかとか言われたら、これもハッキリ言ってる。俺が、妻に会いたいんだよと。

 翌日からツマデレ野郎とか呼ばれるようになったが、事実なのでまるで痛くもない。むしろ最高の称号じゃねぇの。

 そんなこんなで二人三脚の生活は続いている。

 節約の日々ってのはやってみると案外面白く、今ではゲーム感覚で今月はどれだけ貯められるか! なんてやって楽しんでいる。

 大きな贅沢が欲しいなんて思わなかったし、半日断食ってやつとかもやってみれば案外楽で、一緒に軽い運動なんかも始めると、一人じゃすぐにやめてしまうものも随分と続けていられた。

 

  そんな、質素でも楽しい日々が随分と続いたいつか。

 

 家の前に大きな車が停まり、何処かで見た誰かさんが俺を訪ねてきた。

 

「おう、久しぶりだなボゥズ。って、もうそんな歳じゃねぇか」

「……ええと。正直、なんて言って迎えたらいいか」

 

 いつかお礼と言ってカードを渡してきたおっさんは、随分とまあ白髪も増えたようだが、それでもいつかと変わらないがっしりとした体格のままそう言った。

 正直、金にかかわることで過去に見知った人が訪ねてくる、という状況は、人にいい予感を抱かせないものだろう。

 今回の俺も、当然ながら嫌な予感しか抱かなかった。

 警戒を抱くのは当然だ。

 返せというのなら今すぐにでも返してやりたいくらいだ。

 

「……ヒッキー、知ってる人……なの?」

「ああ。何年も前に、落とし物を届けた相手だ」

「結婚したそうじゃねぇか、随分と遅くなったがおめでとさん。新築もローン組んで建てて、ほんとまさしくこれからって状況だな」

「……あの。なんの用っすか」

「おう悪ぃ悪ぃ、儂みてぇな厳ついおっさ……いや、じっさんの方がハクがあるか? おう、じっさんが急に来たら、嫁さんビビっちまわぁな。要件さっさと言って、退散するとするわ」

「……っす」

 

 頷いた。相手からは視線を逸らさず、結衣は背に庇ったまま。

 そんな俺を見て、おっさんは「何もしねぇってのに……いや、男らしくて実にいいがよ」と笑う。

 

「用ってのは他でもねぇ、あの時の金なんだがな」

「金……お金? え? え? ヒッキー?」

「安心しろ結衣、やましいことなんて何一つしてねぇから。つか、むしろいいことしかしてねぇよ」

「おう、その通りだ嬢ちゃん。むしろ儂は、ボゥズを褒めに来たのよ」

「へ?」

「? ……褒め?」

 

 褒める? いったい何をだ?

 

「あの時は騙すようなことして悪かったな。実はあのカードで引き出せる金額ってのはデマカセだ」

「え? ……デマカセって」

「もちろん金は引き出せる。暗証番号だって教えたし、学生がその時に望む程度の金額くらいは引き出せるな。ATMなら100万くらいが限度か。だが、5%程度引き出しゃ使えなくなるようにする予定だったんだ。ま、よく言う一割程度の感謝ってやつだな」

「……で? 俺は一切引き出さなかったわけっすけど」

「おう。絶対ぇ引き出すと思ったのに、何ヶ月待っても、何年待っても引き出さねぇ。一応、一年引き出さなかったらちょいといろいろやってやろうかと思ってたことがあったんだが……結局それも面白いくらいに続いてな」

「あの。なにが言いたいんすか。正直胡散臭いので結論言ってくださいよ」

「っと悪いなぁ、もったいぶるのはこういう世界での悪い癖だ。結論だな? おう。……ほれ、カードの中身の通帳だ。いろいろ手回しして、全部お前さん名義になってる」

 

 すっと出された少々大きい程度の半透明のケース。

 その中には、通帳らしきものがごちゃっと詰まっていた。

 

「……いやちょっと待った胡散臭さ倍増したんで帰ってもらっていいっすかごめんなさい」

 

 警戒度MAX、差し出してきた通帳を怪しいものを見る目で睨み、距離を取った。

 

「だっはっはっはっは! そう言うと思ったからお前さんらの親とも相談済みよ。いやぁ苦労したぜぇ? 世の中にゃあ贈与税ってのが……ああいや、受贈税っつぅべきか? いやべつに財産分けるとか大げさなもんじゃ……ああめんどくせぇどっちでもいい。ともかく大金動かすにゃあ税金がかかるわけだ。んで、それがかからねぇ金額ってのが年間110万。それをこつこつと一年ずつ積み重ねていくわけだ」

「積み重ねてって……っつか、親父たちが納得済み……?」

「そうだ。金を遊ばせてる馬鹿な金持ちの遊びみてぇなもんだよ。……金拾ってもらって、助かったのは紛れもねぇ事実であって、その金額だってべつに間違いじゃねぇ。あのケースにゃ現金っつぅかカードの山が入ってたんだからな。軽ぅく億はいくぜ?」

「……それで一割のくせに一億なんて表示が……」

「ふえ? ……ええっ!? いちおく!?」

「ま、そういうこった。しかし贈るにしたって一億ポンと渡そうとしても五千万あたりが税で消える。癪だろそんなの。だからちっとばかし小細工したわけよ。渡したカードは偽物ではねぇし、表示される金額もべつにそう間違いってわけじゃねぇ。ただしカードだけじゃ引き出せる金額は限られてるし、一定量引き出されりゃ通帳を凍結してそれ以上は無理にしちまえばいいってな」

「詐欺で捕まりますよあんた……」

「まあいろいろ簡単じゃあねぇわな。だが、法律は守ってるぜ? けどま、100万だろうが学生にとっちゃ夢の金額だろ。サインしてもらった同意書にだって、引き出せる金額を贈与するって書いてあったろ?」

「まあ、そんなこったろうとは思ってましたよ」

「通帳渡してねぇ時点で怪しさ爆発だもんなぁ、だっはっはっは!」

 

 豪快に笑うおっさんは、通帳入りケースをほれ、と投げ渡してきた。

 焦ることなく片手でそれを受け止めると、正直どうしたもんかと悩むわけだが。

 

「あとは簡単だ。おめぇさんらの両親と妹さんにきっちり説明して、納得出来ねぇならって警察やら弁護士やら用意出来る野郎どもも混ざってもらって、きっちり誓約書も書いて、金持ちの遊びの始まりだ。ボゥズがカードで金を下ろさなかったら、一年ごとにお前さんら家族に作ってもらった口座に110万ずつ金を振り込む。使った時点でボゥズが引き出した5%以外の金全部を返してもらうってな」

 

 え? なにそれ。ほんとゲームじゃねぇかよ。

 親父たちが裏でそんなことやってたなんて……ていうか小町ちゃん!? キミまでなにやってんの!?

 

「で、110万受け取ったご家族の皆さんにゃあその通帳に110万ずつ入れてもらう……ってやろうとしたんだが、生憎贈与税ってのは“貰う人”で決めててな。ご家族全員から110万ずつなんてもらったら、その半分が税で飛ぶ。だから通帳を大事に持っといてもらって、ゲームが終わったらそっちで毎年ボゥズと嫁さん、子供が出来りゃあその子の口座も作って、そっちに振り込んでくれって頼んだのさ。毎年ずつやらにゃあ意味がねぇから面倒くさいが……ま、ゲームってなぁそういうもんだ。合計が一億になるまでって約束でやってたんだが、なんかもうお前さんカードのことなんざ忘れてそうだったからなぁ。で、こうしてネタばらしに来たってわけだ」

「……ヒッキー、ママに確認とったら、笑いながら“あらー、ばらしちゃったのー”って……」

「まじか……」

「ていうかよぉボゥズ。儂の顔とか見覚えあったりしねぇのか? これでもTVとかに出てたこともあったんだが」

「いえ知りませんむしろ一億の大金時間をかけて人に渡すとか普通に信じられねぇです出直してきてくださいごめんなさい」

「ヒッキー! ちょっといろはちゃんっぽくなってるよ!? 落ち着いて!?」

「だははははは! ぶふっ! だっははははは! お、おう! 儂もちっとばかし顔が知られてるからって調子こいてたみてぇだ! そりゃそうだ、知らねぇやつぁ知らねぇわなぁ! まあほら、あれだよ。株で大成功して無駄に金を余らせてる、消費義務みたいなもんに付き合わされてる金持ちだ。その通帳の中にある金のことなら心配いらねぇよ、面倒ごとは処理したし、なんなら銀行だのなんだのに確認取ってもらったって構わねぇさ。それはぜーんぶお前のもんだ。むしろ儂がどうこうしようとしたら、もう儂が捕まる側になってる。使うか使わないかは好きにしろ」

「……金持ちの考えることって解んねぇ」

「金持ちってのは人の汚いところばっか見ちまうもんなんだよ。だから、たまに人ってものを信じてみたくなる。金を拾って、交番に届けちまうお人善しとかは、特にな」

「………」

「んじゃ、長い時間をかけた信頼ゲームに付き合ってくれてありがとよ。儂もちったぁ金を使わない信頼関係ってのを探してみるわ」

「へ? あ、ちょ」

 

 呼び止めようとしたが、おっさんはさっさと行ってしまった。

 で、取り残される俺と結衣と……通帳ケース。

 開いてみると、一年ごとにごっちゃり増えている金額と……最後のページに存在する、0の数がおかしい数字。

 

「え、と……ヒッキー?」

「……まあその、なんだ。やっぱ怖いから、やばいくらいに必要になるまで……」

「うん……あたしも怖い、かな。あ、てかさ、ヒッキー。その時のこと……訊いていい?」

「……だな。んじゃ、いつも通りまったりしながら話すか」

「わー……あはは、緊張感とか全然ないね」

「しゃーないだろ、本当に、物拾って気まぐれに交番に届けただけの話なんだから。……ああいや、変わるきっかけにはなったし、そのお陰で……」

「ヒッキー?」

「……いや。やっぱ、こんなもんはただの“儲かった話”だな。きっかけなんて、気づかないだけで何処にでも転がってるんだろうしな」

「?」

「安心してくれ。心配するようなことは本当になんにもやってねぇから。つか、むしろそれがきっかけで、金額にふさわしい男になろう、なんてトチ狂って、真面目になったほどだ」

「あ。……もしかして、急にハニトーとかシーに誘ってくれたのって」

「う……」

 

 こういうのって、べつに悪いことをしたわけでもないのに、なんでか申し訳ない気分になるよな……。

 いやほんと、悪いことはしてない筈なのに。むしろいいことだった気がするんだが。

 

「あ、あー……まあその。ほれ、きっかけっつーか」

「むー…………うん。でも、そうだよね。そんなきっかけでもないと、ヒッキーってばなかなか動いてくれなかっただろうし」

「ゴメンナサイ」

「ううん、それでも……ヒッキーは、時間がかかっても答えてくれたと思うから。それが早いか遅いかの問題だったんだろうし……どっちにしろさ? あたしはきっと待ってたよ」

「………」

「《ぎゅうっ》わひゃあっ!? や、ちょっ、わ、わっ、わっ……! …………ヒッキーてさ、たまにこうやって、急に抱き締めてくるよね。えと……怒ってないからさ、どういう時にこうしてくれるのかとか、教えてほしいかなって」

「うぐ……っ……その。どうしても……その、あれだよ。しゅきっ……げふん。好きって気持ちが……ほら、あれがあれで……抑えられなくなった時、とか……」

「…………」

「……黙ってて悪かった。余計な不安とか、持たせたくなかったんだ。俺が忘れたかったってのもあるけど……」

「……ん。そうだよね。お金って人のこと変えちゃうもん。しょうがないよ」

「悪い……」

「でもほんと、使わないようにしようね。あたし、これまで以上に頑張るから」

「いや、なんならいっそ仕事もなんもかもやめて、ずっと二人で───」

「ヒ~ッキぃ~……?《ぎろり》」

「八割くらいは冗談だ」

「二割は本気なんだ!? ……うぅう……もう、ばか。……使いたくなっちゃうじゃん……」

 

 言いながらも苦笑をこぼして、抱き合ったままゆっくりとリビングへと歩き日常に戻った。

 金は人を変える。

 とはいえ、それが俺にとっていい方向に転んだのか悪い方向に転んだのかは……考えても始まらない。

 きっかけがなければどうしても動けなかったのかと言われれば、どうしても否定したくなるのが人ってものだ。

 どちらにしろいい刺激にはなったのだろう。こう、人生の教訓とか経験的な? ほら、アレとかアレだよ。……なんだよアレって。

 

「でもそろそろ……子供もほしい、かな……」

「もうちょい安定してから、とは思うけど、な」

「うー……えっと、その……もっと……二人で居たい、ってのも……あるし……」

「…………~~」

「《ぎゅうう……!》あうっ……う、うん。じゃあ、あたしも」

「《ぎゅううっ……!》ぐっ……い、いや、今のは条件反射的なアレで……」

「ヒッキー……」

「……ああそうだよ大好きだよ何度も好きを上乗せするたび抱き締めてるよ悪いかこのやろう」

「えへ、えへへ……ううん、嬉しい……あたし、ヒッキーのことほんと大好きだ……」

「ぐっ……ぅうう……だから……ほんと、どうしてお前は……~~~……!!」

 

 そんな、人が嬉しくて仕方ないことを、ぽんぽんと天然で言えるのか。

 リビングのソファに座るなり、思い切り抱き締めて頭を撫でて背中を撫でて、キスして頬擦りして甘やかしまくって、膝枕したり抱き上げたり横抱きしたままキスしたりとしばらく暴走した。

 かつてはお兄ちゃんスキルであったそれらの全てが終わると、結衣は顔を真っ赤なゆでだこ状態にして、目をしてぐるぐる回してぐったりしていた。

 まあ、割といつものことである。

 いつまで経ってもラブラブなんだからとお義母さんに茶化されるくらい、夫婦としての俺達は安定しているらしい。

 自分じゃ解らないもんだが、それでも相性がよかったのよと言われて悪い気はしない。どころか、もっと構いたくなる。

 

「………」

 

 くたりと力を抜いた嫁さんを横抱きし直して、のんびりと寝室へ。

 いえまあ、こんな真昼間から? とか言われるかもしれませんが、親からラブラブと言われる通り、そういうお年頃なわけでして。

 

「んぅ……ひっきぃ……」

「結衣……いいか?」

「……うん。ゆっくり……ね?」

「おう。ゆっくり、な」

 

 愛し合い方はあの頃と変わらない。

 お互いを確かめ合うようなペースが、自分達には合っていた。

 その分めっちゃくちゃ時間がかかって濃密濃厚なんだが、それが、まあ。合っていた。

 

「子供が出来たら、なんて名前、つけよっか」

「とりあえずあれな。俺の名前から文字を取るとかは却下」

「えー……? なんでー……?」

「いやほらなんつーかあれだよ。イジメられそうだろ、むしろぼっちになりそうで嫌だ」

「そんなことないのに……縁起のいい名前だよ? 八幡って」

「神様ってのは縁起の良さを周囲に振る舞うから、本人はちっとも縁起よくねぇんだよ。だからだめ。つけるなら結衣の名前からな」

「もう……ヒッキーは……。えと、じゃあさ。あたしの名前から取ったとして、なにか……ある? 候補とか」

「結衣……結衣か。結ぶ衣……あー…………絆、とか? 結んで包む、みたいな意味で」

「……あたしが結びたい絆、ヒッキーとかゆきのんとのだけど……いい?」

「むしろ俺が一番にハブられると思ってた」

「そんなことないったら。ほら、じゃあさ、文字からは取らなくても、意味からならとれるじゃん。八万回結んで出来た衣、みたいに」

「《ボッ!》……ゃっ……い、や……八万回って、おまっ……」

「え? …………ふえぇっ!?《ボッ!》はっ、八万回って、そういう意味じゃないからね!? もう何考えてんのヒッキーのばかっ! きもい!」

「きもくねぇっての! その答えに辿り着くならお前だってきもいってことだろが!」

「きききききもくないし! だだだってヒッキーが! ヒッキーが……! ~~…………でも、さ。八万回、なんて言わなくても……ずっと、さ、好きで居られるあたしたちで……いたいよね」

「…………そだな。ごめんな、茶化すみたいなことになって悪かった」

「うん、あたしも……えへへ、仲直りだね」

「そっか。よかった」

「……うん。よかった。……ヒッキー、大丈夫だからね? もう、全部ヒッキーが悪い、なんて……考えなくていいから」

「…………。おう。……その、ありがと……な。結衣」

「…………ん」

 

 ひょんなことから始まった、一億円の男を目指した日々。

 自分改革から始まって、なんつーか思い通りにはいかないことばかりで、けれど泣かせてばかり、傷つけてばかりだった女の子を笑顔に出来て、気づけば自分までもが救われて。

 なにがきっかけでとか、そんなものは辿り着いてから振り向いてみなけりゃ解らないことだらけな世界だが───そだな。

 きっかけを言ってしまえば、それこそサブレを助けた日まで遡るのだ。

 金がどうとか金額にふさわしい男だとかそれ以前に、出会わなければ、話し合わなければ、俺も雪ノ下も救われないまま孤独に生きたに違いないから。

 人を救うフリをして、変わらないやり方で解消して、やり方が嫌いと言われ、仲直りなんてしないままに気づけば壊れ、擦れ違い、なににも気が付かないまま日々は過ぎ、埋もれてゆく。

 孤独なままで生徒会長になった雪ノ下が、誰にも頼らず一人で仕事をして、体を壊し、信頼も壊し、居場所も笑顔も無くす未来を想像した。

 あるいは有り得たかもしれない世界で、自分はそんな世界を眺めながら、自分の無力さに歯噛みしたのだろう。

 

  人の縁は結んでみなければ解らない。

 

 とはいえ、自分がこんなにも人と関わることになり、濁らせた世界ともう一度向き合ってみようと思えるようになったのも、あの高校生活があったからだ。

 だから……そだな。

 今こそ、あの時に浮かんだくっだらない斜め下の考えに答えを当て嵌めようか。

 

  嘘であり悪であるこの道には、どんな名前が似合うのか。

 

 “感情”に答えはない。

 出した次の瞬間にはべつのものに変わっているし、誰かがこれだと叫んでみても、その叫びは他の誰かにとっては“似たようななにか”にまでしか到れない。

 だからこそ、みんながみんな、嘘であり悪であり、それでも大人になったいつかに、眩しいと思えるそれに名前をつけたがる。

 俺は、俺達はそれにどんな名前をつけよう。

 そんなことをちらりと考えてみても、それからどんだけ考えてみても、結局はこれしか浮かばない。

 甘酸っぱい果実を必死になって追い求める、そんな振り返ってみれば恥ずかしいのに、懐かしくて手を伸ばしてしまうそれを、俺は……よくあるあの名前で呼ぼうと思う。

 そんなもんでいいのだ。大げさな名前をつける必要なんてちっともない。

 帰りたいと思っても帰れず、やり直したくてもやり直せない、今の自分ならこう出来るのにという、理想ばかりが詰まったあの日々。

 それでも……まあ。結果がよければ黒歴史だって笑い話に清算出来る日も来るのだ。

 戻れなくても、懐かしむことや笑うこと、手を振ることや決着をつけることは出来るから。

 

「今度、旅行にでも行くか?」

「わっ……どうしたの急に。あ、行く、行く行く、もちろん行くけどっ」

「いや、いつまで経っても帰ってこない友人に、一度文句を言いに行きたいかなって」

「あ…………うん! 行く絶対に行く! あたしも言いたいこといっぱいあるし!」

「まあ、それももうちょい落ち着いてからだな」

「うん! 英語の挨拶とかちょっと勉強してみたいし。えっと、ぐ、ぐーてんもるげん?」

「……それ、“おはよう”でドイツ語な。……くっ……くふふふふ……っ!」

「あれ? ……えぇえっ!?」

「やっはろーが言えて、なんでまた……くふふははは……!!」

「ひっ……ヒッキー! ちょっと間違えただけなのに笑うとかひどいぃいっ!!」

 

 こんな日々を嬉しく思いながら、今は今の自分に出来ることを、こいつと一緒にゆっくりと続けていこう。

 ……今はもう懐かしい、“青春”って名前のそれを、嘘とも悪とも呼べない自分で。


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