どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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足早に、日々というものは過ぎてゆく③

 そうして、高い位置の端っこからに俺、結衣、雪乃の順に部屋を頂き、住むようになってしばらく。

 たとえばユキと俺によるお料理教室風景。

 

「由比ヶ浜さん、そうではないと何度言ったら……!」

「結衣、そこで桃はいらない。むしろ桃使う場面一切ない。ほんと無い。マジ無いから」

「で、でもなんかほら、桃入れるとおいしそうっていうか……」

「頼むからやめてくれ……! キッチン掃除したばっかなんだよ……!」

「なんで? ヒッキーこの前掃除してたじゃん」

「油に水ぶちまけて地獄絵図作ったの、もう忘れたのか……ていうかなんで俺の部屋でやるんだよ毎回……」

「当たり前でしょう、汚されたらたまらないもの」

「やーほら、結局ヒッキーに食べてもらうしー……ねぇ?」

「………」

「てゆーか桃入れたくらいで掃除することになんてなんないって! ヒッキーってば心配しすぎ!」

「由比ヶ浜さん? そもそもオムレツに桃は入れないのよ」

 

 昔、女の子の手料理に憧れてたことがあった。昔な、うーんと昔。

 なのに現実は非情である。俺に彼女が出来ること自体が奇跡ではあるのだが、世界よ。どうしてこんなオチを齎した。

 

 たとえば、慣れてきた新聞配達風景。

 

「はふーいっ! 今日も新聞配達おわったねー! 走るのも随分楽になっちゃったなー、えへへー♪」

「ていうかだ。お前いっつも元気なのになんで運動ダメだったんだよ」

「体力と運動しんけーって必ずしもいこーるしないと思うんだ、あたし!《どーーーん!》」

「ようするに筋肉がなかったということでしょう? けれど、そうね。私も体力がなかっただけで、運動神経はよかったもの。必ずしもイコールしているわけではないでしょう?」

「ユキの場合は最近になってようやくだけどな。ほれ、いつもの。飲んどけ」

「ありがとう、ハチ」

「うーん……やっぱいーなぁ、そのユキとハチ~って。あたしもはーくん以外でなにかあればよかったのに」

「こだわらずにあなたもハチと呼べばいいのよ。恥ずかしいことではないわ」

「そ、そうかな。えとー……ハ、ハチ…………くん」

「ママさんじゃねぇか」

「うー、だっていざとなると恥ずかしいっていうか……あ、じゃあ思い切って八幡って! ………………~~~~……《かぁあああ……!!》ななななしなし! 今のなし!」

「見事な自爆ね。べつにいつかは呼ぶことになるのだから、慣れてしまえばいいじゃない」

「い、いつかはって! ゆきのんなに言い出してるの!?」

「……由比ヶ浜さん。あなたまさか、結婚してもハチのことをその、ひ、ひっきー、と呼ぶつもりなのかしら。あなたが嫁ぐのか彼が婿入りするのかは知らないけれど、どちらにしろ家族との関係性から言って、ヒッキー呼ばわりはいい顔をされないと思うわ」

「あぅ……う、うーん、それはあたしも解ってるんだけどー……あ、あのね? 思いのほか、ヒッキーがしっくりきちゃったってゆーか……」

「まあ、そうね。いかにもヒッキーって顔をしたヒッキーだものね、ハチは」

「なんなのお前ら。いちいち人のことdisらなきゃ会話も出来ないの? 俺最近になって何回やめろって言ったと思ってんの。あとなんで人のあだ名が孤独を愛するグルメなゴロちゃんみたいな喩えで語られてんだよ、なんか無理矢理にでも食事に関連付けされそうだからやめろ」

「あ、そういえばお腹空いたかも! 今日は誰が当番だっけ!」

「いやお前だろ」

「由比ヶ浜さんね」

「うぇぅ……? え、えと……ひっきーのりょうり、たべたいカナ……なんて」

「いや存分に作れ。ほれ作れ。お残しは許さないがな」

「はぁ。随分と単純な方法で改善に向かったものよね、調理問題も。そうよね、味見をしていなかったのなら、共同生活の中で食べざるをえない状況を作ればよかったのよ。というわけで由比ヶ浜さん? 諦めて作りなさい。今日の当番はあなたなのだから」

「うえぇえええん! 美味しいごはんが食べたいよー!!」

 

 ある日、とうとう結衣が自分の料理と向き合った。まあ、不味いな。

 料理の才能があるかも! がものの見事に崩れ去ってからの彼女は、それはもう俺かユキの食事を欲した。が、俺達は無情にも突き放した。だってそうしないと改善しないし。

 しかしその甲斐もあって、料理も少しずつ改善されていった。本当に、本当によかった。

 

 たとえば、勉強風景。

 

「よし、じゃあ次な。前回の応用問題だ。一度立ち向かってみてくれ」

「う、うん。よゆーだしっ!」

「相変わらず由比ヶ浜さんには甘いわね。順序を変えただけの、昨日と全く同じ問題じゃない」

「一歩ずつだって言ったろーが。結衣は投げ出しやすくはあるが、見てるヤツが居ればきちんと最後までやれるヤツでもある。ほらなに、あれだ。期待に応えたいやつなんだよ。頼ることが多いけど、本当は頼られたいんだ。だから、“どうせ出来ないだろう”って目には絶対に応えられない。だから、信じるのは俺達からだ」

「言われるまでもないわよ。同じ解はとっくに出しているもの」

「あ、解った! これこーでしょ! どう!? どうヒッキー!」

「あー……残念だが……」

「え!? 違った!? うそっ!」

「───褒めなきゃならんな」

「ふえ? ……? ………………───、! ヒ、ヒッキー! もうヒッキー! 合ってるならちゃんと最初から褒めてよ! ばか! ほんとキモい!」

「ええ気持ち悪いわね。人の笑顔に水を差すのがそんなに好きなのかしら、S谷くん」

「谷しか合ってねぇよ。ただの教訓だから気にすんな。人間、浮かれてる時が一番挫けやすいからなー……言うまでもなくソースは俺」

「その心配なら要らないでしょう? 期待に応えようとする由比ヶ浜さんの集中力は相当なものよ。それを正しく誘導してあげれば間違えることなんてないもの。それとも導く側がまちがえるつもりでもあるのかしら? 手引き谷くん?」

「やめろ、べつに手ぇ引っ張ったりなんかしねぇよ俺は。……“持ってる”やつはなんでも“持ってる”もんだ。それを正しく引き出せてるってだけだろ」

「ええ、あなたを含めてね」

「…………そりゃどーも」

「努力も無しに得られるものなんて、少しも眩しくなどないものよ。あなたはそんなものを求めて目を腐らせたとでも?」

「隣が暗けりゃその隣はさぞ眩しいことだろうよ。そーゆーこった。ほれ結衣、次だ」

「その前にヒッキー……ご褒美」

「………」

「私のことは気にせずどうぞ? もはや見飽きるほど見ているのだから」

「飽きるの早ぇえよ。んーなんだから体力つく前にスポーツやめるハメになるんだろうが」

「っぐ……! そ、それとこれとは別の話───」

「ヒッキー、ねぇ、ねぇ」

「あーはいはい、今独りのお嬢を言い負かせたんだからちょっとは余韻にひたらせなさい……」

「《なでなで》んふふー……♪ ひっきぃいい~~……♪」

 

 勉強もそこそこ。ママさんの言う通り、ご褒美を餌にされた結衣の集中力は凄まじく、しかもそれが楽しいこととして認識されると、覚えるのが異様に速い。

 疑ってはいたが、なるほど。総武高校に受かるわけだ。

 ただし集中が切れて、別のことに夢中になると、どこからか綻びていったりする。綻びが過ぎるとほどけ、砕け、忘れられてゆき、やがてアホの子爆誕。それだけは阻止するため、雪乃と確認を取り、定期的に勉強会は開こうってことになった。

 と、そうこうしている内に定期テスト開始、終了。そして結果発表。それぞれ順位を部室で報せ合うことになる。

 

「……定期テスト、学年二位か。まあぼちぼちだな」

「よくもまあそんなことが言えるわね。何故残りの点を取りにいかなかったのかしら」

「え? 目立ちたくないし。だが男として結衣の彼氏として、男での一位には一度くらいなっておかなきゃだろ」

「あなた、本当に由比ヶ浜さんにはだだ甘ね」

「お前に言われたかねーよ」

「私がいつ由比ヶ浜さんに甘くしたと?」

「抱き締められても拒絶しねーだろ」

「ふひゅっ!? あ、あれはっ………………~……あ、あれ、は………………その………………認めるわ」

「おう、そうしとけ」

「《ガラァッ!》やっはろー! ヒッキー! ゆきのん! ほら見て見て! あたしの順位真ん中あたりまで上がったよ!」

「むしろ私とハチが教えて真ん中辺りとはどういうことなの……」

「結衣はいっぺんにってのは無理なんだよ。地道に一歩一歩だ」

「それよりヒッキー! ひっきーひっきぃ! ご褒美!」

「《だきっ》……おう。なんで俺の方があすなろ抱きされてんでしょうね……普通逆じゃね? 相変わらずヒロイン力高けーな俺……」

「由比ヶ浜さん、ご褒美、というのは?」

「えへへぇ、ヒッキーがひとつお願いを聞いてくれるんだって!」

「勉強苦手なヤツに勉強させるにはエサをチラつかせるのが一番だからな。無理な願いは無理と言う方向で。んでなんだ? 勉強か? 学習か? それとも宿題か?」

「勉強はもういいったら! え、えとー……えとね? 前みたいに膝に乗っかりながらー……えへへぇ、き、キスがしたいなー……なんて」

「───由比ヶ浜さん。奉仕部の部室はそういうことをするためにあるのではないのだけれど」

「ハチ。今すぐその声真似をやめなさい」

「なんか無駄に似てるからやめてよ! そ、その……メラミンほー?」

「水だけで汚れが落ちそうな名前だな。メラニーな」

「……仕返しに低い声で真似を出来ないかしら……ん、んんっ! こほっ、…………あ、あー、あー。……アレ、アレな。アレ。アレしかないまである……ん、んんっ」

「あはははははは!! あははははは! うんうん似てる! ヒッキーっぽい! ぽいまである!」

「おいやめろ。人の数少ない個性を笑うんじゃねぇよ」

「あなたがやり始めたんでしょう」

「ほらヒッキーそこ座って。ほら、ほらほら」

「や、やめろ近い近いっ、ただでさえお前最近可愛すぎるってのにっ……!」

「《トゥンク》ふえ……? えっ……へ? あ、えと、ば、ばかっ! ひっきーのばか! 急にななななに言ってんの!? ヒッキーだってなんか慣れてきちゃって自然になってきて、緊張とか取れた所為で自然体でかっこよくてえーとえーと……!」

「ばばばっかおまえ! 俺がそんな、かっこいいとかあるわけねぇだろ! 今はお前が可愛いって話をだなっ!」

「ばかはヒッキーでしょ!? あれから結構経って、どんだけヒッキーが女子に見られてるか知ってんの!?」

「フッ 女子に見られるとか言ってる時点で結衣の言葉は証言にならないことが証明されたな 俺が女子に見られることなんてあるわけがないからな あったとしてそれは侮蔑の視線だろうな 俺ステルスして影薄くとか平気でできるから」

「……空気が甘ったるいわ……。苦い紅茶でも用意した方がいいかしら」

「Max紅茶って出来ないか? 練乳とかどっぷり入った紅茶」

「出来るわけがないでしょう。大体今は苦い紅茶の話をしているのだけれど? とうとう神経から伝って耳まで腐ったのかしらこの伊達メ谷君は」

「おい伊達眼鏡は罵倒文句じゃねぇだろ」

「それよりさー! いい点取れたしさー! ぱーっと打ち上げみたいなのしない!?」

「しないから」

「しないわよ」

「───…………」

「………」

「…………」

「…………ほっ…………ほんとにしないのっ!?」

「だからしないって。やっても被害者の会みたいな空気になるだけだし」

「あなたの場合、いつもそうよね。張り切りはするのだけれどいつもおかしな方向に曲がって…………も、木炭が……!」

「今回はもう作ったりしないからぁっ! ていうか普通にひどいよゆきのん! 帰りになんか買って帰ればいいじゃん!」

「近くにコンビニとかないから、帰りにっつーかもう買い出しなんだよな、そうなると」

「それだけが不便よね、あのマンション」

「購買でなんか買って帰るとかっ!」

「結衣。八幡いっつも言ってるでしょ。無駄遣いは敵です。ただでさえ定期的にオネエのとこ行って、結構金使ってんだから」

「定期的っていっても一ヶ月に一回も行ってないじゃん……。て、てすたー? として報告するくらいで、行ってもやってもらうわけでもないし」

「大体卒業後に就職が決まってるっつったって。それまでは俺達で遣り繰りしなきゃなんねーだろ。給料がいくらかも解らん以上、どの道贅沢は敵だ。故に菓子は自宅で作る」

「そうね。いい加減、余った粉などを消化してしまいたかったところだし」

「え? ……はれ? …………───結局打ち上げするんじゃん! それなら最初からそう言ってよぉっ!」

「い、いえ違うのよこれは。私は普通に、ただ小麦粉などを処分してしまいたくて」

「お好み焼きの粉があった筈だからそれも焼くか。具とか適当に考えておいてくれ。あ、桃はいらん」

「じゃあ桃缶っ───なんで!?」

 

 これも青春。

 関係は良好と言えるだろう。

 その関係の良好さ、というのか……あー、なんて言えばいいのか。

 どうにも不思議なグループが出来そうな感じではある。

 そんな空気を、どう受け取っていいやら、戸惑うばかりだ。

 

「おーぅい八幡よぉーーーぅぃ! 久方ぶりにともに帰路を歩もうぞ! そして我とともにこの世の真理についてを語り合おうではないかっ!」

「帰るまででいいのか? ならいいぞ」

「えっ……八幡がデレた? ……と、戸塚氏! 戸塚氏ーーーっ!! 八幡が! 八幡がーーーっ!!」

「うるせぇよ。戸塚はテニス部だろ」

「おおそうであったな。では八幡よ、今朝の───」

「おう、じゃあな材木座」

「うむ! ではなはちまはちまーーーん!!? ななななにを言っているのだ!? 帰るまで我と熱い談義を───!」

「ああ、だからほれ。ここ」

「…………」

「…………」

「マジで?」

「おうマジで」

「……わ、我、ちょっと寄っていって……いい?《もじもじ……》」

「え? やだよ。誤解されたくないしキモいしキモい」

「なにが誤解だというのだはちまーーーん! 我と貴様はともに教師が下した地獄を歩んだ仲ではないかぁーーーっ!!」

「身に覚えがない上にこれから勉強会だから無理だ。悪ぃな」

「で、では奉仕部に依頼しよう! 我の小説を読んでくれ! 魚を寄越せとは言わぬ……感想を! 入賞までの釣り方、もとい頑張る力を我にくれ!」

「ッチィくそ……無駄に方針を理解してやがる……。わぁったよ、ただし部長様が頷けばだ。小説は? 今手元にあるのか?」

「もちろんだ! この剣豪将軍材木座義輝! 己にあるべきものを手放すことなどなぁああい!!」

「うるさいあとうるさい。……茶くらい出すから、上がってけよ」

「あらやだほんとデレた? 八幡がデレた?」

「うっせ」

 

 ある日、材木座に捕まった。

 まあ、たまにはいいだろって話ながら帰る。が、まあ目と鼻の先だ。

 寄っていくとか言う材木座を案内し、俺の部屋の前へ。

 

「しかしそうか、斯様な建物に貴様が住んでいたとはな……! やはりここから学園を監視し、来たる天の声を聞き逃すまいと待機していたのだな!」

「ちげーよ…………ほれ、ここだ《カチャカチャ……》……あん? 鍵、開いて……《ガチャッ》……散らかってはいねーけど、あまり荒したりは───」

「あ、ヒッキーおかえりー! え、えと。クッキーにします? クッキーにします? それとも……ク・ッ・キー?《にこーん♪》」

「とりあえず木炭貰うわ。ほれ材木座あーん」

「《がぼしっ!》はぽおんっ!? ……? ……!? …………!!!!《ガクガクガクガクガタタタタタばたーーーん!!》」

「おし。あとは茶でも口に突っ込んでおきゃ約束は果たされるだろ。んじゃあ小説はさっさと読んでと……」

「え? はれ? ヒッキーが人連れてきた!? えーと……あっ! ───だだだだ誰なのこの人! ちょっとあたしの知らない間にどういうこと!?《キラキラ……!》」

「あーそうな。それな。言ってみたい言葉ってあるよな。ほれもう一声」

「こ、この泥棒猫っ!《ドヤァアーーーーン! …………ぱあああっ!!》」

「うわーすげぇうれしそー……」

「で、で、ヒッキー、これなに?」

「あーほれ、いつかメールで送っただろ。材木座だ」

「? …………あー! あのシアター!」

「……一応人間だからな? つかお前、なに勝手に人の部屋に入ってんの。鍵は」

「え? 開いてたよ? ヒッキー鍵閉めなかったでしょ」

「んなわけねーでしょ、こう見えてもワテクシ、戸締りにはうるさくてよ? あと結衣、鍵が開いてる場合は不用意に入るな。強盗が鍵を開けて中に潜んでる場合もある」

「えっ……!?」

 

 驚愕は当然だが、本当に気をつけよう。

 俺、お前が強盗とかに襲われたらそいつのこと本気で八つ裂きにするよ?

 

「まあ鍵かけたのに勝手に開いてるって意味では予想はつくけど。陽乃さーん? かくれんぼ続ける気ならバルサン焚きますよー」

「《ニョキリ》それはひどいんじゃないかなぁお姉さんに対して」

「うひゃあああ!? ひえあっ!? わひゃっ!? はははは陽乃さん!? ほんとに居たの!?」

「ひゃっはろーガハマちゃん! 居たも居た居た、比企谷くんが出てってからすぐにずーっと居たまであるよー?」

「…………《マシュー! マシュッl! マシュー!》」

「……あの。比企谷くん? さ、流石に無言でファブリーズは……お姉ちゃん滅法傷ついちゃうかなーって……」

「知らない間に知らない女の香りが部屋からとかホラーじゃないですか」

「そんなこと言ってぇ! ほんとは嬉しかったりするんでしょー?」

「…………《マシュー!》」

「だから無言はやめてってば!」

 

 買っててよかったファブリーズ。

 一色と卵買った時に買ったものだが、まさか本当に別の女性の香り対策に使う日がくるとは。

 

「……うひゃぁあ……ここまで誘惑されないコ、初めてかも……! あはっ、でもま、それでこそよねー? あ、そうそう比企谷くん。今度母さんが比企谷くんを連れて来いって───」

「…………ウゲェエエ」

「きみってほんと正直だね……まあほら、悪いようにはしないから。私もさ、ほら、面倒なことから解放してくれた恩義くらいは感じてるしね、騙すことはしないよ? これほんと。なんならどんな質問でも今なら答えちゃうよ?」

「ほーん? じゃあひとつ。今やりたいことはなんですか?」

「今まで出来なかった分、思う存分遊ぶことかな。えへへ、えへへへへへ~~~っ♪ まずはさ、ほら、ディスティニーランドとか行ってみたり、やらなきゃいけなかった授業とかバックレちゃってみたり、えーとあとはそう、正反対のこととかやってみるのも面白いかもねー♪」

「いきなり自由になってやることが見つからないって正直に言っていんじゃないすかね」

「───……ねぇ比企谷くん。私、カンのいいガキは嫌いだよ?」

「そーですか。俺もせっかく自由になれたのに、仮面を剥がし切れない人とか超苦手ですね」

「………」

「………」

「じゃあ……その仮面の名残、比企谷くんが剥がしてくれる……?」

「…………《すっ》」

「ちょっと待って今ファブリーズ関係ないよねなんで構えるのかなやめて待ってちょっと《べしっ》はたっ!? ……え…………で、こ……ぴん……?」

「はい。仮面なんて簡単に剥がれるでしょう? ……まずは反抗期からでいいんじゃないすかね。いっぱい甘えていっぱい困らせてやればいいじゃないっすか。……俺には出来なかったことです。間に合うなら……是非」

「………そっか。でも比企谷くん、出来なかった~なんていうけど、今も元気ならいつでも───」

「間に合いませんよ。俺はもう、“諦めました”から」

「───…………そっか」

「ヒッキー……」

「それを引っ掻き回すのは余計なこと?」

「余計ではないんじゃないですかね。世間的には。ただ俺個人では……無駄ですかね。今あるカテゴリだけで十分だって思ってますんで」

「カテゴリね……割り切った生き方ってやつかぁ。ん、嫌いじゃないかな、そういうの。好きでもないけど」

「でしょーね」

 

 言って、溜め息を吐き合う。

 世の中腐ってるって解ってる顔だ。ほんと、お互いどうしようもない。

 

「なんならもういっそ、そういうグループとか作っちゃえばいいじゃない。隼人───こほん。そういう人を中心に置いたグループ、クラスにも一つや二つ、あるでしょ?」

「あ! それいいかも! そしたらヒッキーが中心で~、あたしとゆきのんとさいちゃんと~♪ ……ヒッキー、これなんだっけ」

「だから材木座だっての……あーもういいよシアターで」

「あぁうんシアターね。……うちのクラスにもさがみんのグループとかあるけど、誘われても嬉しくないんだ。聞こえた話も、周りのことを悪く言うだけみたいだったし」

「なにそれすっげぇ暗そう。元気に話してんのに笑いのタネが他人の不幸って、どんだけ世の中嫌ってんだよ。俺でもまだ普通の話するぞ。クラスに友達いねぇけど」

「さいちゃん居るじゃん!」

「いや戸塚は天使だしな。戸塚相手に世の黒い部分を吐き出すほど黒くねぇよ」

「グループねぇ……ふーん。ねぇ比企谷くん、やっぱりグループ作っちゃえば? 自分が傍に居て嫌だと感じない人だけで。あ、ただし優秀であること前提ね? なにかしらで支え合うことが出来なきゃ、ただの馴れ合いにしかならないし」

「……マスターマインドっすか」

「お、知ってるね? そうそう、どうしようもない連中を集めても仕方ないし、仲が良いってだけで集まったって無駄。不仲の原因は排除して目標のために走れる人を集めるの。いいと思わない?」

「俺が一番に切り捨てられそうじゃないっすか」

「それはないでしょ? だってここに居るの、みんな比企谷くんが中心だから集まった子でしょ? ガハマちゃんは言うに及ばず、最近顔が緩みっぱなしの雪乃ちゃんも、まあ私も。そこで痙攣してるオデブちゃんは知らないけど」

「あ、そういえばヒッキー、このシアターってなにしに来たの?」

「奉仕部に依頼だと」

 

 マスターマインドね。みかんに喩え、腐った果実は排除して瑞々しいものを傍に置き、ともに目標に向かって突き進む集まり。

 俺達は何を目指せばいいのやら、ってところに意識が向くが、まあそれは陽乃さんが決めるのだろう。

 一応雇われるってかたちになる俺達は、その雇い主の言葉に耳を傾けることを受け入れなければならない。

 どうのこうの言ったところで始まらないか、と心の向きをごきりと変えた。


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