どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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日々の中、彼ら彼女らの絆は深まってゆく

 夏休みである。

 俺達は特に申し合わせたわけでもなく俺の部屋へ集うようになり、互い互いに出来ることを提示、出来そうなことを覚えていき、身につけることに勤しんだ。

 なぜこんなに部屋に集まることが出来るのか。それは、集めた者の大半が、特定の友達が居ないことに理由がある。やっぱぼっちは最高だ。自分のために存分に時間を使える。

 

「なんだか楽しいね、こうしてみんなで走るのって。その上テニスにまで付き合ってもらっちゃって、ごめんね八幡」

「気にするな戸塚。俺が好きでやってることだ《キリリィッ》」

「フハハッ! ハァーーーハッハッハッハ!! 見よ八幡ンンッ!! 我はもう! この距離を走りっぱなしでも、息は荒れても疲れなくなったぞぉおおおっ!!」

「あーそりゃよかったなー。てかお前の体どうなってんの? なんでそんなヌルヌルの汗がゴポゴポ出てくんの? おかしなものとか食ってない?」

「でも実際、体力ついたって感じがしますよねー。走って歩いての繰り返しだから、そこまで疲れるって感じもしませんし」

「好きなものを腹一杯、っていうのができないのがツライとこだな。朝は起きて一時間以内に軽く食事、晩飯も5時前までに済ませて、昼飯はしっかり。朝は軽くだから腹は減るくせに体力だけはつく。なんなんだろうな人間って。ほんと不思議だ」

「追い詰められなければ本領を発揮できない、ということでしょう? 不思議ではあるけれど……体力がつく、というのはこれで案外、世界が変わって見えるものね……こんなことも知らないで世界を人ごと変えるなんて、私も馬鹿なことを言っていたものだわ」

「自分の知らないものをやりまくってりゃ、自分が見る世界なんてその内変わるもんだろ。ほれ、ポッカリ飲んどけ。結衣~、あんま飛ばしすぎるな~」

「あ、ヒッキー、あたしもあたしも!」

「生憎とよくシェイクされたスポルトップしかないんだが……他のドリンクはこいつが飲み尽くした」

「ゴッ……ゴラムゴラムッ! やはり出した分の水分は補給せねば! ポッカリとアクアリエスのちゃんぽんが胃の中で元気に吸収され、汗となって───溢れでよるわ!!」

「ほら結衣、そこで買ってきたから」

「あ、うん。お金出すよ」

「あれ? 我またも無視?」

 

 普通にやかましい材木座をスルーして、結衣にひたすら愛情を向ける。

 ああやばい、最近の俺ほんとアレ。寝ても冷めてもこいつのことばっか。やばい。

 

「ああ、その、気にすんな。それよか部屋戻ってストレッチだ。体が温まってる内がいい」

「え、でも」

「……こんくらいおごらせろ、ばか」

「《なでなで》あ…………うん、えへへ」

「我すっげぇ空気……そして我も彼女が欲しくなってきた……ええなぁ八幡……ええなぁ」

「八幡、よく笑うようになったよね」

「うむ! それは我も思っていたところだ。苦労の先に幸福があるのだとするならば、確かに爆発しろとは言いにくくなってきた。つまりあれであるな。幸福に包まれながら老衰で死ねと」

「あはは、“死ね”は余計かな……あ、材木座くん、ストレッチ手伝ってもらってもいいかな」

「我に任せておけぇい! なにせ我は! ストレッチの達人!」

「なに言ってんですか剣豪さん、いっつもはぽんへぽん言いながら苦しそうにやってるのに」

「ぶひっ!? ……い、いや、ああいうのは積み重ねが大事であるからして……《もじもじ》」

「なんで先輩のほう向きながら喋ってるんですか……戸塚せんぱーい、わたしとやりませんかー?」

「やめて!? 我の最後の良心を取り上げないで!?」

「喧嘩はだめだよ。仲良く。ね?《ニコッ》」

『───天使だ……』

「えっ!? み、みんななに言ってるの!? やめてよ、僕は天使なんかじゃ……!」

 

 俺が結衣に集中してる中、戸塚たちは戸塚たちでいろいろあったようで、随分と賑やかだ。

 ていうかなんでか材木座が俺を見ながら喋ってばかり。やめて、なんかちょっと怖い。

 

「先輩やばいですよなんなんですかほんと先輩どうやってこんな人と出会えたんですか想像できないですよごめんなさい」

「え? なんで俺会話のついででごめんなさいされてんの? いやべつにいいけど……いやまあ、アレな。戸塚から声かけてくれた。むしろ戸塚が踏み込んでくれなきゃ、今でもぼっちだったんじゃねぇの? つまり戸塚は天使だ」

「あなたの場合、どうのこうの言いながらも由比ヶ浜さんに押し切られていた気がするのだけれど」

「あ、あはは……それはないかなー。あの頃のヒッキー、ほんとひどかったし……」

「……由比ヶ浜さんがそう言えるほどだったというの……?」

「あー……雪ノ下先輩、いっつも結衣先輩に押し切られるままだから、そういう固定した印象、あるかもですよね。そういうわたしも、なんだか驚きですし」

「そうだね。僕も声をかけた時、罰ゲームと間違えられちゃったし」

「なん……だと……!? 戸塚氏相手でもブレんとは……見上げたぼっち力だ八幡! 我など戸塚氏の前では一撃だったのに……」

「あの……やめて? 人の過去を会話のタネにするの、ほんとやめて? それよりさっさとストレッチしない? 体冷えると、この時期でも風邪引くぞ」

 

 ああほら、結衣の体も少し冷えてきた。

 だ、抱き締めて温め───いや落ち着け、まじ落ち着け。

 あれ? ほんと俺ヤバくない? 考え方がほんとやばくない?

 

「そうね。それは遠慮したいわ。……それに、この調子で続けていれば、体力で姉さんに……」

「体力ついてきたら筋トレも混ぜていくから、ジョギングで使い果たさないように上手く配分してくれな」

「誰にものを言っているのだ八幡よ! 我は今からでも一向に構わんッッ!」

「ほーそーかー。……他のみんなはどうだ?」

「あたしもいけるよ?」

「僕も平気だよ。疲れよりも楽しいんだ。いいよね、こういうの。僕、今までそういう友達が居なかったから……」

「そうですねー、戸塚先輩の場合、なんていうか女の子よりも女の子っぽいですから、声をかけるのも難しいかもです。男子は嫌でも意識しちゃうでしょうし、女子はやっぱり男子ではあるから意識しちゃうでしょうし」

「うん……だから八幡が一緒に居てくれるようになって、毎日が楽しいんだっ《ぱああ……!》」

『……天使……!』

 

 満場一致でとつかわいい。

 結衣から意識を外そうと努力した先に天使が居ました。

 

「だっ……だから違うったら……! もう、やめてよみんな……! 僕だって怒るんだよ……!?」

「わ、悪い悪い……んじゃ、とりあえず部屋に戻ってから考えるか。一色はどうだ? 体力のほう」

「わたしも全然やれます。それに走り終わってからのストレッチはよくやってるんですから、筋トレもその延長ってことで」

「そか。雪乃はどうだ?」

「え、と……私は……少し休憩を───」

「あ、ところでヒッキー、その筋トレすると、なにがどうなるの?」

「ん……そうだな。男とかは体の形がよくなるし、女は……ほらその、あれだよ。体の形がよくなるのは当然だけど、えほんっ! ごほんっ! あー……その。バ、バスト? や、ヒップ? とかの土台作りとか……」

「すぐに始めましょう《シャキーン!》」

「ゆきのん!?」

「いえべつに(略)そういうことを言って(略)つまり私はべつに胸(略)つまり私は(略)そう言うのならまずはその定義(略)」

「長いよゆきんのん!」

 

 ……ともあれ、意識改革は続いている。

 勉強を楽しいものと認識させるところから始めて、夏休みをフルに使うつもりで全力で楽しみ高める日々。

 集まって運動して勉強して料理を教えて息抜きして勉強して出掛けたり遊んだり。

 つくづく他にこれといった友達が居ないからか、ほぼ全ての日に俺の部屋に集う者達は、当然のことながら付き合いがよかった。

 人脈はないがその分深いというか。

 

 ……そんな人たちと行く花火大会も、随分と盛り上がった。

 邪魔があったりもしたが。

 

「フフフハハハハハ! たぁーーーまやぁーーーーーっ!! ヴォルカニックシャインバァアアアストォオオゥッ!!」

「珍しいですよねー、先輩が祭りとかに誘うなんて」

「いや……俺、結衣だけを誘った筈なんだがな……」

「私は姉さんからあなたが誘っていると聞いたのだけれど」

「八幡の行くところ我はあり! 安心するんじゃハチナレフ……おぬしは一人ではない!」

「いえこの場合剣豪さんが独りですよね」

「《ざくぅ!》げぶおぉう!?」

「あ、僕も陽乃さんから連絡が来たよ? 八幡も行くっていうから来たんだけど……デートだったんだよね、ごめんね」

「いやそれは陽乃さんが悪い戸塚は悪くない諸悪の根源は陽乃さんであると断言できるまである」

「いつもながら姉さんがごめんなさい……」

「気にすんな。結衣もなんだかんだで喜んでるし」

「……あなたも。由比ヶ浜さんを優先するあまり、自分の意見を殺さないようにしなさいね」

「……おう」

 

 言われてるし。だ、だよなー……最近俺ほんと結衣のこと優先しすぎてて……。

 お互いを高めていかなきゃいけないのに、いや、確かに俺も結衣のためを意識するといろいろ捗ってヤバいんだけど。

 

「それで、その由比ヶ浜さんは?」

「買い食いに走ったぞ? 祭りの日にまで制限はしないって言ったら走ってった」

「そう。あなたは一緒に行かなくてもいいの?」

「いや、べつにいいんじゃないか? そんな、子供じゃないんだし───」

「この人の群れの中、今の由比ヶ浜さんの傍に居ないのはとても危険だと思うのだけれど。その、ナンパ、というのかしら」

「用事思い出したちょっとトイレ行ってくる《ギャオッ!!》」

 

 子供じゃない以前の問題だった。

 あんまりにもべったりな自分をなんとかしようって思うばかりの日々に、少し目的の食い違いを見た。これはいけない。

 

「……物凄い速さで走っていきましたねー……この人ごみの中を」

「フフンム! ぼっち度が極限まで高まれば、人の動きなど手に取るように解るもの! 我とてもっと痩せれば、あの動きに達することが……!」

「そうだよね。人と上手く付き合えないと、相手がどう動くかーとか気になっちゃったりするんだよね……」

「戸塚くんにも解るのね、その……そういうものが」

「うん。僕も八幡と会うまでは、えっと、なんていうのかな。腫れ物に触れるみたいな接し方をされてたから」

「……どこに居ようと、誰であろうとなってしまう者はなってしまうのね、孤独者というものは」

「まあ、目が濁るほどに世界を諦めてはいませんけどねー」

「そうね。その分だけ理解もあるということを、比企谷くんも知ってくれればいいのだけれど」

「先輩の性格だと難しいでしょうねー……」

「でしょうね」

「もはははは! 然り然り実に然り!」

「解ってもらえないなら何度だって届けるよ。八幡は友達だから」

「うわー……雪ノ下先輩、戸塚先輩が眩しいです。なんですかこの人、天使ですか、天使なんですか」

「だ、だから違うってば!」

「天使云々は置いておいて、そろそろ行きましょう。集団で居るからといって、安全というわけでもないのだから」

 

 しかしまあアレだ。日々ってやつは実に平凡。ただし、そこに余計なものが混ざらなければの話。

 ぼっちにとっての平凡とは孤独であることと、解り合ったぼっち同士が傍に居る時くらいだろう。

 だからつまり、賑やかなところに現れる名物が出てこなければ、その日はきっと笑顔だけで埋めていられたのではないかと……そう思うのだ。いや、暗く言ってみたけど、べつになにかあったわけじゃないからね? ちょっと材木座とか俺自身、自分の立ち位置ってものを再確認させられたっつーか。まあ、大半はあとで聞いた話になるんだが。

 

「おっほ! かわいこちゃんみーーーっけ! ねぇねぇ、俺らと一緒に歩かなぁい? あ、俺らってのは他にツレが居てさー、用事が済めば来ると思うからっ、ねっ!?」

「…………はぁ」

「なんて絵に描いたようなナンパ男……あの、雪ノ下先輩、これってスルー可能ですか?」

「無理でしょうね」

「ねーねー、ぼそぼそ話してないでさぁ~、俺達と、なぁ~?」

「絶対に嫌よ」

「死んでもごめんです」

「ごめんなさい、僕ひとりで来てるわけじゃないから」

「けぷこんけぷこん! どうしてもというならゲームバトルくらいならば付き合ってやらんでもない!」

「あ? うっせーよデブ、お前とは話してねぇ」

「あらそう。彼は私たちのグループの一人なの。一緒に行動すること前提で動いているのに一人を除外させようというのなら、話に付き合う理由もないわね」

「えっ、ちょっ……だっていらねっしょー! 君たちみたいなかわいこちゃんが、な~んだってデブ一人と一緒に歩いてんのさ~! きっとほら、なんかの罰ゲームかなんかなんだろ? もしくは幼馴染とかっ? あっはっはぁ、だとしても付き合う相手は選んだ方が───」

「………」

「ざ、材木座くん……」

「いや、戸塚氏……なにも言ってくれるな、構わぬ。正論を上げてみれば、確かにその通りではある。八幡という繋がりがなければ、我は今も一人で行動をしていたのだろう。そうでなくとも八幡以外と通じる話の少ない我だ。この中で浮いてしまっているのは、自覚している」

「お? んだよ立場っての弁えて───」

「だがだ。何故自覚しているからといって、貴様の言葉に従わねばならぬ。生憎だが我には我の信じ方というものがある。どれだけキモいと言われようと、どれだけうるさいと言われようと、我はそれをこのグループから“否定されたこと”など一度たりともないわ! ならば自分らしくを貫くことの何が悪か!!」

 

 聞こえたのはそんな声。

 思わず笑ってしまうような、そりゃそうだって頷けて、最終的には笑顔がニヤッとしたものに変わってしまう勢いが、その言葉にはあった。

 

「うっわキメェ! なにこいついきなり必死になっちゃってんのー!? キんメェキメェ! キ《ポム》あん? んだよ」

「あーすんませーん、ここに粘着性チャラ男が居るって通報されたんですけど、誰のことか知りませんかね」

「あぁ!? 知るかよンなこと! こっちは忙し───」

「あーそーすかー、忙しいんならいいんすよ。んじゃお前らー行くぞー」

「そうね。忙しいなら仕方ないわ。私たちも用などないことだし。というか戻るのが遅いわよ遅刻谷くん。お陰で移動しようにも出来なかったじゃない」

「ゆきのん大丈夫だった!?」

「《抱きー!》……たった今大丈夫ではなくなったわね。離れてちょうだい」

「もー、せんぱーい、おっそーいぃですよぉ~!!」

「結衣がナンパされ───ト、トイレが混んでたんだよ。悪かったな」

「八幡、ナンパの方は大丈夫だったの?」

「い、いや戸塚、トイレが……」

「八幡?」

「…………だ、大丈夫だ、問題ない。殴られたりして眼鏡が壊れたら嫌だから、眼鏡取ったらその途端に悲鳴上げて逃げてった」

 

 多少は色をつけても、やっぱり世界って灰色寄りだわ。とほほ。

 

「おっ……おい待てよ! なに勝手にどっか行こうとしてんだよ!」

 

 しかしまあ、アレだ。こうして話しながら去ろうとしたところで、ナンパ師が逃がすわけがないわけで。

 ナンパが目的なら、ナンパが失敗した時点で去ってくれたらいいのに。

 釣りをする人は針とエサは垂らしても、しつこく粘着したりはしないんだぞーぅ?

 

「あぁ、こいつら俺のツレなんで、どう動こうが勝手なのは当然だし、あんたにいきなり制限される覚えこそ無いな」

「ツレだぁ? んじゃあ話は早ぇえ、カワイコちゃんたちとは俺が相手してやっから、男はとっとと消え失せな」

「……ええと。なにお前ら、ナンパOKでもしたの? 俺今物凄くどん引きなんですけど……え? なに? 付き合うの? 付き合っちゃうの?」

「するわけがないでしょう、どん引き谷くん。そこの男が勝手に言い出して騒いでいるだけよ」

「さいてーですよねー。目的がナンパなら、断られた時点でどうして引き下がれないんですかね」

「あの……構わないでください。僕たちは僕たちで楽しんでるから。それに材木座くんに言ったこと、ちゃんと謝ってください」

「いや、戸塚……氏。俺……げほんっ! いや、我は───」

「あー、そりゃしょうがないだろ材木座。きっとこのお方、アレですよ。ナンパにしか必死になれないナンパの貴公子かなんかなんですよ。俺達とは住む次元が違うお方なんだな、きっと」

「あぁっ!? ンだテメェ!」

「うわー、きめー、なにこいついきなり必死になって叫んじゃってんのー? きめーきめー」

「んがっ!? てっ……んめぇええええっ!!」

 

 男、真っ赤になるの巻。

 いやほんと、失敗したらそのまま別のところに行ってほしいわ……。

 っつーかこういう祭りに来るのなんて大体が彼氏彼女持ちだろうに、なにに期待を込めてナンパをするんだろう。

 解らん。

 

「もははははは! キモイな! 確かにキモイわ! お陰でせっかくの祭り気分が台無しであるわ!」

「あのー、綿菓子あげるんで去ってくれない? ナンパなら別のとこでどーぞっつーことで」

「ちょ、ヒッキー! それあたしの!」

「チッ、おい、調子に乗ってんじゃねぇぞてめぇ! なんならてめぇをこうして黙らせてからっ───!」

「汚い手で触れようとしないでもらえるかしら」

「へ?」

 

 ナンパ男が俺へ手を伸ばした……と思えば、そこへ雪乃が割って入り、手に軽く手を添えたと思えば、

 

「《ブォアッ!!》うぇあっ!?《ズドォッシャア!!》げがぁっ!?」

 

 男は回転、ドグシャアと地面に叩きつけられ、動かなくなった。

 

「うわー……こんなところで男投げるか普通……つーかお前なに? 合気道? ヤワラ? とかでも習ってんの?」

「まあそこそこに。それに仕方がないでしょう? 先に拳を振り上げたのはこの男なのだから」

「たまたま間に割って入って?」

「ええそうね。あのままにしていたら、私の友達が殴られることになると思ったから。ええ、もちろんざ、ざ……なんとかくんの言う通り、それ以前に祭りの気分を台無しにされたという苛立ちはあったわ」

「……あの雪乃サン? ナンパ師サン、動かなくなったんですけど」

「静かになっていいことじゃない」

「……それもそーだな。んじゃ行くかー」

「あ、先輩っ、綿菓子ちょっとくださいっ」

「いろはちゃん! それあたしの!」

「《もしゅもしゅ》ん……久しぶりに食べると、美味しいものね」

「ゆきのん!? あたしのだってばそれ!」

「女子たちのメンタルが強すぎて怖い」

「ナンパの恐怖より食い気でござる……おおこわい」

「ん……おう」

「ぬ? ……うむ」

 

 人と人の絆が壊れる瞬間ってのは、独りの弱さに原因がある。誰かがそう言った。

 それは外部からの突然の悪意であったり、内部から漏れた本心であったり、きっかけは様々だ。

 信じていた人物が陰口を叩いていた事実を自分の耳で知ってしまい、人に絶望して輪から離れる。よくある話だ。

 で、信じられていた人物は周りがそうしていて、言わされただけだった、なんて。だがあとでそんなことを聞かされても、きっとそいつはもう信じていた相手を信じられない。“初めてだからこそ輝けるものがある”。一度手放してしまったものにはそんな輝きはないのだから。

 なにがいけなかったのだろうと考えれば、周囲に合わせて信頼を裏切った、信じられていたそいつが悪いのだろう。陰口を催促する周囲よりも、信じてくれている独りを信じるべきだった。

 結局、そいつは親友になれたであろうそいつを失うのだろう。馬鹿な話だ。

 裏切られるまで裏切らない。一見信頼に満ち溢れた言葉だが、そこに安心などない。言葉通り、裏切られたら裏切るのだ。その事実は、覆らない。

 

「……見事な啖呵だったな。おつかれさん」

「……うむ。まあなんだ。お主らが本当はどう思っていようと、我は───」

「いや、べつにいーんじゃねぇか? 俺だって実際はどう思われてるかなんて解らんし。だったら自分はこう思われてるって決めて、自分が思うように動いたほうが重くないだろ」

「そうだよ材木座くん。気にすることないよ。僕達、友達でしょ?」

「───《きゅん》……戸塚氏……」

「───《きゅん》……戸塚ぁ……」

「なぁ八幡よ。……我は───俺は迷惑ではないだろうか。今まで自分の信念を、好きなものを偽らず貫いてきたつもりだ。それを恥じ入ることなど絶対にない。だが……困ったことに、俺はこの連中に、自分の信念と同等の価値を抱き始めてしまっている。受け入れてもらえないのであれば、大事にしていた信念でさえも手放していいとさえ───」

「やめろ馬鹿。んなことしたらお前がお前じゃなくなるだろが」

「八幡……」

「それが正しいか、合ってるかなんて解んねーけどよ。……俺達だから、受け入れて貰えてるんじゃねぇの? だってのにその自分を捨てちまったら、夢も繋がりも全部自分で捨てちまうことになるだろが。そうでなくても、せめて自分だけは貫こうぜ。……俺はたぶん、それで崩れたならきちんと諦められると思うから」

「…………うむ。そうだな。そうであるな。己を貫いた先で、この温かさが消えるのであれば……それは、己に誇りを持てたことに相違ない。それで消えてしまう程度のものならば、それこそその程度だったのだろう。……だが、俺は諦めたりはしないぞ」

「……そりゃな、俺もだ。おかしなもんだよなぁ、つい数ヶ月前までエリートぼっちになる筈だったってのに」

「───ゴラムゴラムッ! だがそれでも、我と貴様だけは必ず出会っていたであろうよ! ……なにせあぶれて組んでの邂逅であったのだからな……うん……」

「おいやめろ……ほんとやめろ」

「あはは……いろいろあったよね。でも僕もきっと、八幡に声をかけたよ。テニスだけがきっかけじゃない。僕は八幡が八幡だから気になって、声をかけようと思ったんだから」

「戸塚……」

「それでね、八幡との繋がりで材木座くんとも友達になるんだ。そしてこうやって三人で歩いてさ。きっと、どんなことがあっても、そうだったんだって思うんだ」

「…………ああ、そうだな。そうだと……いいな」

「もう、そうなんだってば、八幡っ」

「こんな場面でも素直になれんとは……我が相棒は実に捻くれた存在だな」

「うるさいよお前は。……ほれ、結衣たちが呼んでる。さっさといこーぜ」

「うん!」

「うむ!」

 

 小さな青春を撒き散らして、男三人、歩を進める。

 あ、男二人と性別戸塚一人だった。

 その先に待つ人に心を奪われっぱなしの俺だが。

 そんな人や、自分の周りに集まってくれた人たちだが……正直、もったいないって思うことばっかだ。

 ありがたい。

 

「せんぱーい、おそいです、遅いですよー!」

「へいへい。べつに急がんでも雪ノ下母と陽乃さんが有料スペース取ってあるんだろ?」

「父も居るわよ」

「なぁ雪乃。俺帰っていい?」

「ふふっ……だめよ。どんなことがあろうと、あなただけは連れてくるようにと言われているの。ええ、代わりに私は逃げてもいいそうよ?」

「友人を生贄にする気かお前は。俺のライフポイントがゴリゴリ削られるだけだろそれ。なにお前、デビルズサンクチュアリかなんかなの?」

「せんぱい、それ結局先輩のライフを生贄にして先輩が召喚されてるだけです」

「おい。人をデビルズトークン扱いするのやめろ。大体なんだって俺なんかに会いたがってんだ」

「母を泣かせた相手を一目見たいそうよ? それと“雪ノ下”の経営方針を曲げてみせた男として興味があるとか」

「下手を打たなくても死にません? それ」

「逃げた時点で死ねるわね」

「ヒ、ヒッキー! 一緒に逃げよ!?」

「待て待てっ、それ二人とも死ぬからね? 俺、お前を置いて死ぬくらいならどんだけ辛かろうが生きる道を選ぶからね?」

「へうっ!? あ、ぅぇぅ……!? な、なななに言ってんのヒッキー……ヒッ…………ひっきぃ」

 

 丸くなったもんだなって思う。

 いや、丸くされたんだろうな、丹念にキュキュッと。

 こいつの傍は心地いいから、自分がひどく安心してばかりなことを思い出す。

 

「はいはい、祭りの中でいちゃいちゃしないでくださいよー」

「……お前が居てくれると脱線しなくて助かるわ」

「なんですかそれ口説いてるんですか祭りの中の雰囲気がいいからってナンパのあとでとかやめてくださいどん引きですよやっぱり無理ですごめんなさい」

「……お前さ、なんでそんな流れるみたいに人のこと振れんの?」

「そ、そうだよいろはちゃん! それにヒッキー、べつに告白なんてしてないし!」

「否。今の言葉───聞き方によっては脱線しないためにもずっと傍に居て欲しいとも聞こえるのではあるまいか!」

「え? でもそれって、ずうっとあたしたちの関係が続いてるってことだよね?」

「はぽん?」

「あ、そうだねっ! だって、脱線するってことは、僕たちが傍に居るってことだもん!」

「偉いわ由比ヶ浜さん。よくそこに気づいたわ。ええほんと……よく……」

「えへへー……ってゆきのん!? なんかちょっとひどいこと言ってない!?」

 

 今こうしている全員も、いつかは離れていくのだろう。

 そんないつかを思えば寂しさを抱いてしまう。

 弱くなったもんだ。ぼっちとしての自分なら、まずこんなことは思ったりはしなかった。

 このグループの誰であろうと、なにかしらの人質に取られれば、俺は動けなくなるだろう。

 強いヒーローが必ず痛手を負う瞬間。それはやはり、大切なものを守っている時ばかりなのだから。

 だから集団は人を弱くする。

 集団で居れば数の暴力で勝てはするが、じゃあ個人の力はどうだ? 数があれば強いって思い続けて、結局は“数”に依存する。

 そんなものは強さじゃない。

 解ってはいるが、じゃあ、結衣以外が人質にされたとして、俺はどこまで動けるのか。

 それを考えて、悲しくなった。

 

「あ、待ってたよー比企谷くーん! ほら早く早くー!」

「……ウゲェ」

「比企谷く~ん? こんな美人なお姉さんに声かけられて、その顔はひどいんじゃないかな~?」

「あの、陽乃さん。なんでわざわざ途中から俺一人で来させたんですか。いや久しぶりにぼっちの世界を味わえて、大分高揚してますけど。黒い方に」

「妙にブレないよね、比企谷くん。一人で来させたのはもちろん、独りで両親に会ってもらうためかな。グループじゃなくて独りで」

「顔見せ終了したんで帰っていいですか?」

「だめだよ? ほらほら、両親なら向こうで待ってるから行った行った」

「いやです。きっとアレ両親に見える誰かですよ。だって俺には遥か昔にお亡くなりになった誰かが俺に手招きしているように見えますし。この有料スペースの区切りの線から先がサンズ・リバーなんじゃないですか?」

「それだと私死んでるよ? ほらほらさっさとこっち来て。じゃないと、比企谷くんだけマンションの家賃、採っちゃうよ、なんて脅しにかかるよ?」

「そっすか。じゃあ出ていきます。今までの家賃は出世払いでお願いしますね、絶対に、返しますんで」

「利子、高いよ?」

「んじゃ学校やめて働きに出ますね。血反吐吐くほど働きますよ。大丈夫です、我慢のレベルは今でもエリートぼっち級ですから」

「……はぁ、解った、お姉さんの負け。冗談なのに、そんな本気の目で言うことないでしょー?」

「はぁ。本気ですから本気の目なんじゃないすか……?」

「大体、うちの両親に顔見せする度胸と学校やめる度胸を天秤にかけて、学校やめる選択肢を選べるって普通じゃなさすぎるよ?」

「べつに俺にとってはこれが普通ですよ?」

「随分捻れた普通だね。それは比企谷くんが背負ってもべつに構わないことかもだけど、ガハマちゃんが割りを食うだけでしょ?」

「今すぐ会ってきます家賃の件は忘れてくださいくだらないこと考えて久しぶりにネガティブになってました」

「うん、そうそう。眼鏡越しでも解るくらいに澱んだ目してたら、誰だって気づくよ」

「……眼鏡外してったほうがいいっすかね」

「そうだね。お母さん、比企谷くんの目、好きみたいだし」

 

 雪乃の両親との邂逅。

 特にどんな重要な話をした、なんてこともなく、再び人として話し、男親の方に「キミは人が見えているのに、感情を見ようとしないんだな」と言われた。

 女親の方には「いつでも何かを諦める準備をしているのですね」と言われた。

 そんなものは当たり前だ。だから全てをカテゴリで割り切ろうとしている。

 人が見えているのに感情は見えない。当たり前だ。そういう人種としてしか区切っていないから、その人物の個々の感情なんて見えているわけがない。こういうタイプはこう動く、という観察眼で得た知識でしか人を見ていないからだ。

 何かを諦める準備が出来ているのは当たり前だ。その方が自分にとって楽だからだ。

 ぼっちなのだから、自分のためにどれだけ動いても友達の迷惑にも恋人の迷惑にもならない。

 じゃあ、今の自分は……どうなんだろうかな。

 そう考えてみて、俺は───

 

「……信じても、いいか?  ……ぃゃ……信じ、させて……ほしい」

 

 どーん、と。有料スペースの最も花火が見やすい場所に立ち、俺の視界の中に全員の後ろ姿が映る中で、そう呟いた。

 きっと誰にも届かない、ちっぽけな、ぼっちの勇気。

 手を伸ばすことを諦めたいつかよりも体ばっかりが成長した、後ろ向きな自分の勇気。

 こんな時にまでちっぽけで小声だから、誰に届くこともなく───

 

「………」

 

 きゅっ、と。左手が握られた。視線を動かせば結衣。

 何も言わずににっこりと笑い、それから促すように前を見る。

 釣られて視線を前に向ければ、

 

「は、八幡! いまのもう一回言ってもらっていいかな! あ、ううん言わなくてもいいよ! 信じてほしい! 僕も信じてるから!」

「なんですか急にデレちゃったりしたんですかいろいろ言いたいこともあるんですけどこの状況では無理ですのであとで言わせていただきますねお願いしますっ!」

「もはははは! 既に言っておいたであろう八幡よ! 我には我の信じ方があると! 既に貴様は我の相棒! 相棒を信じずして、なにが相棒か!」

「信じるもなにも。あなたとはそういう関係でしょう? それとも、あなたにとっては裏切らないだけの関係だったのかしら」

「いいねぇ比企谷くん! 今のはさすがのお姉さんも胸にきちゃったよ? 比企谷くんはアレだね、その内無意識に人を虜にする悪い男の子になるね!」

「なに言ってんですか頭大丈夫っすか近所の病院紹介しましょっか?」

「そこは普通“いい病院”を紹介しない?」

「あーそりゃすんません、そこしか知らないもんで……っつーかなんで聞こえてんだよ……。お前らもうちょい花火さんのこと気にかけてやれよ……ここだけの命なんだから……」

「八幡っ」

「う、と、戸塚? なんだ?」

「えっと……ね? その……彩加って……名前で呼んでくれない……かな」

「《きゅんっ》…………彩加」

「あ……《ぱああっ……!》うんっ、八幡っ!」

「さ、彩加」

「八幡っ」

「彩加……」

「八幡……」

「はちまーーーん! 我も! 我も義輝と呼ぶのだ! なに気にするな! 我と貴様の仲であろう!」

「さ、彩加……」

「はっ……八幡……」

「あれ? 八幡? ちょ、八幡? はちっ……はちまーーーん!?」

「あ、じゃあじゃあせんぱーい? わたしのことももちろん、いろはって呼んでくれますよねー?」

「いや……だっておい、女を名前呼びするのって結構大事なことだろ。恋人とか友達用に取っておけよ。ぼっち経験者からの助言は大事にしろ」

「いやですよ。先輩がいいです。はい、呼んでください。わたしにとっては先輩はきっちり特別な存在ですから。あ、好きとかそういうのじゃなくてですよ? ぼっち先輩として、結構気に入ってますから。というわけではい! どうぞ!」

「モテモテだねー、比企谷くん。あ、ちなみに私も陽乃でいいよ? さん付け無しで。ていうかそのガハマちゃん抱きながら話すの、やめない?」

「いえ下衆な視線が後方から飛んで来てたもんで」

「ガハマちゃんが嫉妬しないようにじゃなくて?」

「嫉妬されて嬉しい気持ちはありますが、嫉妬って疲れますからね。まあそういう意図とは別ものなんで、あまりそういうことは言わんでください。……それと《ちらっ、ちらちら》」

「うむ!」

「んふふー? なぁ~んですかー? せ~んぱいっ♪」

「……義輝」

「《きゅんっ》あふんっ……」

「……いろは」

「《どきっ》はう……!」

「あー……その、だな。アレ……げふんっ、アレ……くそ、アレじゃなくてだな。つまりその……なに? あー……しょう、じき……ああ、正直。……正直、ガラじゃないって思ってはいる。今でもそうだ。自分がグループに入ったりとか、今でも混乱してる部分はある。そういう場所でどう生きていけばいいのかも……やっぱり俺には解らねぇよ。解ろうともしなかった。だから……いろいろ訊いていいか? なんでそんなことをって思うこともたくさん訊くと思うし、鬱陶しい時もあると思う。それでも、いいか? 頼っても……いいか?」

「いいに決まってるよ、ヒッキー。今まで嫌な思いばっかしてきたんだもん。これからは、うーんと幸せにならなきゃ。あ、って、て、ていうかっ! あのえっと、その、やー、えと、あのねっ、だからっ……あ、あたしがっ! あたしが絶対に幸せにするからっ!」

「結衣先輩、なんか立場が逆に見えます。先輩ほんとヒロインですね。何回攻略されてんですか」

「おいやめろ。自覚してる部分とかあるんだから、周囲までそれを認めるんじゃねぇよ」

 

 ───視線の先には、広がる世界があった。

 ……なんだ、変えられるんじゃん、世界。

 こんだけ広いのに、もっとちっぽけなものかと思った。

 でもきっと、それでもここに居る人数分の視界程度でしかない世界。

 俺は、その世界を……愛せるだろうか。それとも、狎れ合いにしてしまい、潰してしまうのだろうか。

 それは、嫌だな。ああ、嫌だ。だから───俺は変わらない。変わらないまま、変えられていこう。自分がなりたくない自分にだけは、絶対にならないように。




楽しい時間は大体自分達とは別の原因で潰されるという典型。
ええなぁ、こんな青春送りたかった。
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