どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
“みんな”はいつだって自由ですってお話。
まあその。一部に実体験あり。ほんとうんざりします。
夏祭りから少しした、ある日。
サキショキとハサミが鳴る。
目を閉じながら聞くそれに、恐怖は感じない。
「へぇ~~~ンえ? それで、感謝を口にしようとしたら? 自然に笑えずにキモいって言われたって?」
「……っす」
「あんらぁ~、そりゃ周りがひどいわよ~、そういう雰囲気は周囲が察してあげなきゃねぇ~? あ、ところでダーリン? アータ笑う時はどんな感じで笑うの?」
夏休み中盤の祭りが過ぎて、夏休みも残すところ僅かなとある日。結衣が家族に呼ばれたために、オネエのところへ俺だけで遠出をした日に、相談をした。
俺の笑顔は、自分で言うのもなんだがキモい。特別棟の窓ガラスに映る自分で確認したから間違いない。キモい。
ニヒルだとかクールだとかそんな風に思っていた自分の笑みへの自身など、とうに粉々だ。
だからこそ、かつては目を腐らせていたらしいオネエに相談した。
こんなことを相談するにあたって、隣に結衣が居なかったのは丁度よかったのかもしれない。いやほら、恥ずかしいし。
「どうって……ほら、アレですよ。本とか読んでたら、フッと笑うじゃないっすか。アレが俺の場合、ニチャァみたいな気持ち悪さがあるみたいで」
「あんらぁ~……そりゃアレね。無意識に冷静な自分を作ろうとしていて、その上で笑うから気持ち悪い笑みになるのよ。心のどっかで引っかかるものとか、なぁい? 自分はクールだーとか思って無表情貫いたりとか」
「うぐぉっ…………あ、あるっす」
的確に当てられた。いや、だって、ぼっちって大体そんなもんでしょ? え? 違うの?
「それだわぁ~……それしかないわぁ~……。いーい? ダーリン。経験者から言わせてもらうなら、そういう時に冷静な自分を作っちゃだめよ。いい? 笑いたい時は笑っていいって、しっかり自覚なさい。笑えるって思った時に、少しでもいいから冷静な自分を殺す努力をするの。あちしはそうやって、それを治せたわ」
「冷静な自分を殺す……んん、《ニヤリ》……《ニタァ》……《ニヘラ》……むずいっすね」
目の前にある大きな鏡で、自分の笑顔を確認。……キモかった。
「仕方ないわよ。そういう時はね、日頃の感謝を届けたい人を頭に思い浮かべて、その上で冷静な自分とかニヒルな自分を殺すのよ。きちんと、心で、しっかりと感謝してみなさいな。きっと出来るわ」
「うす」
「あらいいお返事。はい終わったわよ、今日もいい男ね、ダーリン」
椅子から降りるとパムスと背中を叩かれる。痛くもない、丁度いいボディタッチ、というか。
なんていうか、他人のこと解ってんのな、とか思ってしまう。
「っす。あ、それで今日は」
「解ってるわよ、嬢ちゃんの分もダーリンが買ってくんでしょ? けど残念だったわねぇ……せっかく遠出するって名目でデート出来る日だったのに、嬢ちゃんが家の用事だなんて」
そう。今日は結衣が隣に居ない。居ないので一人でオネエのところへ来た。どんな用事かは知らんけど、家族に呼ばれたらしい。
大方親父さんが“会いたいよォオオ! HEEEYY!”とか泣いたんだろう。
「まあ用事が済み次第、会う予定っすけどね」
「あらそう、いいわねぇ~……あ、それじゃ、これいつものね。……けどダーリン、最近ほんとヤバくなってきたわね。もう乙女心がキュンキュンしちゃう。髪とか染めたら、そっち系が好きなコなんてイチコロなんじゃないの?」
「ハゲたくないんで髪に負荷はかけませんよ」
「ええあちしも髪を傷める行為はオススメしないけど。父親がハゲてるとか?」
「いえ、父親の遺伝子とか信用してないんで、これは俺の問題っす」
「……ま、文句言えるのも孝行できるのも、生きてる内だから。思い残しはないようにしとくのよ、ダーリン」
「そういうのも全然ないほど興味ないんで、大丈夫っすよ」
「あら。清々しいほど嘘の無い顔。アータ親父さんになにされればそんな顔出来るのよ」
「勝手に信じて勝手に裏切られただけですよ。……じゃ、これ代金です」
「そう。まあ、割り切れてるならいいわ。あちしもいろいろあったしね。んじゃ、嬢ちゃんによろしくね」
「うす」
そうして、途中で結衣とグループへの土産を買いつつ帰路へ。
帰りの電車に乗りながら、窓に映る自分の顔を見つつ、笑顔の練習をしたりしたのはまちがっていない。
眼鏡は……取っておこう。じゃないと自分の笑顔じゃない気もする。
「笑顔……笑顔ね。感謝の心を忘れずに、か。忘れられるわけねっすよ、オネエ……。……よし、こう……《ニ、ニヤッ?》うおキモッ! ……自分で引いちまったよ……《ずぅうう……ん……》」
「……ほらー、……あの人……」
「やだー……クスクス」
「…………《どよ……》」
……人は、相変わらず嫌いだ。
どんなにやさしい人達に囲まれていても、どれだけ人に慣れたかもと思っても……どれほどスムーズに人と話せるようになったかなと思っても。
知りたい、知って安心したい。そうでなければ構わないでほしい。そんな両極端しか存在せず、信じれば裏切られるという心の中の沼は、ずうっと濁ったままにそこにある。
親にさえ裏切られたという過去は、本当に……本当に、自分にとっての酷すぎるダメージをくれたのだろう。
じゃあどうしてあいつらを信じよう、なんて思ったのか。
今度裏切られれば、きっと立ち直れない。そう思えるほど、大事な人達に出会えた。
たった数ヶ月だとしても、そう思える人と出会えた。
「でもさー……ほらー……」
「えー? だってさー……クスクス」
人の笑い声が嬉しいと言う人が居る。周囲が笑顔だと嬉しいそうだ。幸せ者だな。
ずっと前から俺の耳には、笑い声の全てが嘲笑にしか聞こえなかった。
少し離れた位置でこちらを見てはクスクス笑う女性の声も、世界から色を奪う結果にしか繋がらない。
……なぁ。俺は……俺達は、あなたたちに何をしたのだろうか。
小学中学と、自分なりに普通に生きて、それでも起こるイジメが、どれほど人の心を抉るのか、知っているのだろうか。
“人によっては一生を壊しかねないこと”をされる覚えも謂れもなかった筈だ。自分なりに普通に生きてきて、どうしてそれでそんなことが起きてしまったのか。
どれだけひどいことをしても相手の土下座で覆されて、一層にひどい目に遭って、自分の味方であると勝手に思い込んでいた親には無理矢理頭を下げさせられて。
……ああ、俺の一生は変わったよ。あんたらが変えた。なぁ、人を見て笑って、楽しいか? 楽しいよな、楽しくなけりゃ笑うはずがない。
そうやって人を指差して笑って、そいつが追い込まれすぎて自殺したら、周りにやさしい子だったのにとか言うお前らだ。いつか成長して、町中での偶然の出会いや奇跡的に行くことになった同窓会があったとして、大人になってからようやく、初めて自分のやったことの重大さに気づいても、さらりと謝ることで流そうとするだろう。
いや、謝ることさえしないんだろうな。話しかけてやるだけで十分だ、みたいな軽い気持ちで、“あの時いろいろあったよな”程度で人の青春を切り捨てるのだ。お前らにとっての他人の青春の価値なんてそんなもんだ。
そんなやつらが人を好きになって、相手に向けて“一生大事にする”とか誓うんだそうだ。他人の人生を簡単に踏みにじれる人間がだ。
ああ。実に。世の中は腐ってやがる。
「………」
望んでなった部分はあった。
それでもその前からイジメはあったし、自分なら耐えられると自ら進んだ道でもあった。
そこで世界の汚さを知った。
弱者がそこに居るならば、遠慮も躊躇もなく人を潰しにかかるのが“みんな”だと知った。
親であろうとそんなものは変わらない。家族よりも他人を信じて頭を掴んで謝らせる。それが親だと認識している。そして、そんな親は親だった。過去形であり、ただの小町の味方だ。
もっと早くに気づくべきだったんだ。親だって人間だ。人間であるならばいくらでも汚くなれる。
そして、小町が産まれた時点で俺にはやさしくなどなかったのだから───……裏切られる前に、気づくべきだったんだ。
「……ひでぇ顔」
改めて笑ってみる。
……口元を引き攣らせた、顔だけは整っている腐った目をした馬鹿が、そこに居た。
結衣に会いたいな。ああでも、最近の俺、べったりしすぎだしな……少し耐えてみよう。
「………」
その日は久しぶりに誰とも会わず、時間を潰した。
立ち読みをしたり本を探したり。そうしていると自然と心が落ち着いていくのに、ふと笑い声が聞こえると、自分が笑われているような錯覚を覚え、喉が鳴った。
……人は、嫌いだ。ありもしない事実を糧に、人を陥れて一生を台無しにする。
しかも相手は笑っているのだ。なんだそれはと言いたい。
望んでなった部分はいい、自業自得だ。その点で自分に降りかかる火の粉くらい、諦められる。
だがそんな、反応をしなくなった相手を前に、弄くる理由を作ってまで潰しにかかるのはあまりにも勝手だ。
してもいない告白をしたことにされ、フラレたことにされ、学校中に言い触らされる。呆然とした幼馴染の顔を今でも思い出せる。
違うと言ったら笑ってくれたあの頃を覚えている。それでも涙を流させてしまった後悔を……今でも許せず食い縛っている。
(……お、新刊)
……落ち着こう。今は過ぎたことなんてどうでもいい。
あの頃があっての俺だとはいえ、それを糧に強い自分を構築できたならそれでいい。
ほら、落ち着いて小説の内容でも思い浮かべてみなさいよ。心が洗われるようじゃないの。
───
「あれ? ひょっとして比企谷?」
だから。声を掛けられて、一瞬にして色を無くしたこの世界を、俺はどう呼べばいいのか。
「うわ、やっぱ比企谷だっ、相変わらず特徴的な目してるから一発だった、ウケる」
折本かおり。
俺が告白したことにされた相手であり、面白かったから、ウケるからという理由で訊かれようが否定しなかった中学時代の同級生。
あとになって広まりすぎて、慌てて否定したところで全ては遅く。
すべては誤解のまま広まり、俺はしてもいない告白をしてフラれたことを無理矢理事実にされ……結衣は泣いたのだ。
「え? なんでこんなとこ居んの? もしかして家が近くとか? それとも高校が近く? てゆーか随分印象変わったねー、目は相変わらず腐ってるけど、ぷふふっ」
「……───」
話すことなどなにもない。
一切の反応を殺して、俺は静かにその場を離れた。
「あ、え? ちょ、無視とかちょっとひどくなーい? ウケないんですけどー?」
だったら、人を指差して笑うことがひどくないのか。随分とめでたい頭だ。
集団で囲んで笑いものにすることはひどくないのか。随分と自分にやさしい思想だ。
「おーいー? 比企谷ー? 比企谷くーん? …………《とたたっ》ちょっとさ。話あるから付き合ってよ」
「《ぐい》っ! 触るなっ!!」
「ひっ!?《びくっ!》」
服を引っ張られた瞬間、敵対心がカンストした。
腕を振り払って振り向き、灰色の世界で目の前に立つ、ドス黒くて仕方の無い人影を睨む。
「……どのツラ下げて声かけてきてんだよ……話? あ? 話だ? お前と───“みんな”どもと話すことなんざこっちにはねぇんだよ」
「え、えぇ? ちょっと、えぇ? な、なにいきなりキレてんの? ワケわか───」
「解らないか? ああそうだろうな、解らないんだろうな。人の中学時代を散々笑いものにして壊しておいて、それでも平然と声をかけるわ話があるだの言ってくるわ。……なぁ折本。お前に子供が出来たらさ、俺が中学でされたことと同じことして笑っていいか? そしたらウケるよな? ウケるだろ? ウケなきゃおかしいよな? そうじゃなけりゃここで平然と声なんかかけられねぇだろ」
「……な…………なに、言って……」
「理解する努力も、人の痛みをわかろうともしないで笑ってりゃそれで満足だろ。理解がおいつかなきゃワケわかんないんだけどって指差して笑ってりゃいいんだろ? ……なぁ折本? 俺さ、高校でもぼっちだったよ。人が信用出来なくなった。お前はそんな俺をまだ“ウケる”って言って笑えるんだろ? 聞かせてくれよ。なぁ。……俺、人生を壊されかねないほどのことをされるほど、お前ら“みんな”になにかしたか? たとえば俺が本当にお前に告白して、それをお前がフったってんなら自業自得だ。見る目がなかった。そんでお前が言い触らすにしたって、それこそ人を見る目がなかったんだろうよ」
「比企谷……ちょっと、やめてよ」
「ああそうかいじゃあ話は終わりだ。よかったなー、言えばやめてくれる奴が相手で。んで? 俺が中学の時、俺は何度同じこと言って、笑われながら無視されたっけか」
「………」
「……これっきりにしてくれ。もう二度と声なんかかけるな。視界に入られるのでさえ虫唾が走る。ああそれと。人をいじめた過去に後悔する日が奇跡的に来たとして、絶対に謝罪なんか受け取らないから近づかないでくれな。あんだけウケてたんだ、さぞかし幸せな中学時代だったんだろうからな」
「だ、だからぁ、話ってのはさ……ほら、こっち海浜高校じゃん? 上がってから仲良かったやつがイジメに遭って、不登校になっちゃって……だから、さ、その子が、比企谷のこと後悔してて、もし会えたら連絡頂戴って───」
「………」
「ひ、比企谷?」
すぅ、と心が凍てつくのを感じた。
ああ、これはあれか。こいつらがただ楽になりたいだけの謝罪なわけか。
知ってるぞ。ああ知ってるとも。あの土下座が、あの大きな手が頭を無理矢理下げさせる感触が、今でも忘れずに残っている。
「俺はさ。どんだけひどいことをされようが皆勤賞を取ったよ。休んだのは足を骨折した時だけだった。それがなんだ? ちょっとイジメられりゃ不登校? ふざけろ、そんなやつの話を聞く理由がどこにあるんだよ」
「……なにそれ。人が苦しんでるのにそんな言い方───」
「目が腐ってて俺だって解ってウケたんだったな、折本。どうだった? まだヒキガエルみたいか? 死んだ魚みたいな目だよな。言われて傷ついてないとでも思ってたのか? 苦しくもなんともなかったって? で? なに? 誰がどう苦しんでるって?」
「ぅ……」
「……お前らはいいよな。どんだけ酷いことをしようが、謝れば全部チャラに出来るんだろ? にっこり笑ってごめーんって言って、無理矢理相手に頷かせれば心が晴れるわけだ。そんで? なに。お前らさ、謝られる側の立場に立って考えたことあんの? 土下座されて呆然として、周囲から許せ許せ強要されて泣きながら許して、そんなもんが謝罪だとでも本気で思ってんのか?」
「ちょ、待ってよ。そんな全部私だけでやったわけじゃ」
「お前らは、いいよな。そうやって集団でやったことを盾に出来る。……なぁ、折本さ。言いたいことも言えたし、もういいか? ようやく本気で、お前らから完全に興味を無くせそうだ。いいよ、許すよ、もうどうでもよくなった。これでいいか? ……いいよな。……ほれ、笑顔でそのお友達とやらに比企谷許すってよーって伝えてやれよ。興味も名前もなんもかんも、全部忘れるから。会ってもさ、もう……知人であることすら忘れてくれ」
「……だ、だから待ってっての! 直接言わなきゃ、あの子の謝罪になんないじゃ───」
「あー……知らん。興味がない。つか、えー……? なんで俺が行かなきゃなんねーの……いいだろもう、許した。俺許したよー? 超許した。ほら、俺これからアレがアレだから」
「っ……な、なにそれ……え? わけわかんないんだけど……え? な、なんでそんな急に、そこまで態度変えられんの……? さっきまで怒ってたのに……」
「いや、だから。興味ないって」
怒りだって興味の内だ。けど、興味がなくなればそんなものだってどうでもよくなる。
なのでもういいだろとばかりに歩き出す。
「待ってって言ってんでしょ!」
しかし回り込まれた。
「なんだよ……俺帰ってからアレがアレだから忙しいんだよ……」
「とにかく! 会ってもらうから!」
「えー……? 会ってなにするってんだよ……」
「だから! 謝罪!」
「ごめんなさい。じゃあな《ぐいぃっ!》うわっ」
「比企谷がじゃなくて!」
「あー……よし許す。じゃあな《ぐいぃっ!》だから触るなって!」
「うっさい! とにかく行くよ!」
「…………」
───
「と、まあ。こんな感じの内容の小説である」
イジメられぼっちの青春小説だ。その新刊が、今この手に。
……あ? 俺の話じゃなかったのかって? あーそうな、告白捏造もされたし結衣も泣いたよ。
だが、ここに折本は居ないし、なんなら中学のやつらには怒りもなければ興味もない。どうでもいいんだよ、既に。
というわけで。
買った小説をサイゼで読んでいると、荒々しかった心も随分と落ち着いた。
ミラドリ最強。ドリンクバーのいかにもなジャンク風味が心を落ち着かせてくれる。
でも僕にはやっぱりMAXコーヒー。ちくしょう、なんでここら、マッカンがある自販機がねぇんだよ。何個も探しちゃったじゃねぇか。結局なかったけど。
「あれ? ひょっとして比企谷?」
おーい、比企谷くーん、呼ばれてるよー?
……俺じゃないよ? だって俺、住居から遠く離れた場所で人に呼ばれるほと有名じゃないし。
「やっぱ比企谷だ! 一人でサイゼとかウケる!」
「………」
あ、ドリンクなくなったな。
こういうとこ来ると、どうしてメロンソーダ飲みたくなるんだろ。
雪乃のお陰でもうこういうところの紅茶は受け付けなくなっちゃったしなぁ。
よし、今度は炭酸水のみでいってみよう。
「あれ? ちょっと? おーい比企谷ー?」
炭酸水を注いで戻ってくる。
見事に透明だ。
それをンゴッフンゴッフと一気飲みして、喉が炭酸に刺激されるのも構わず飲み干して、ゲエエッフとゲップをする。
おお気持ちいい。でも一気飲みするなら、注いだその場でもよかったかも。まあいい。
「ぶはっ! 女の前でなにそのゲップ……! ていうかさぁ、無視しないでよ」
んー……あと他になにか頼むか? 今日は部屋に誰も来ないだろうから食事は自由でOKだ。
たまにはこういう金の使い方もいいだろう。
「ねぇ……あの、比企谷、だよね?」
…………。むう、小説を読み終わってしまった。
悪くないラストだった。そして地味に最終巻だったらしい。
こんなことなら家でじっくり読めばよかったな。もったいない。
よし、することもなくなったし帰るか。
「ちょ、ちょっと! 人の話───!」
会計を済ませて外に出た。
オリモト=サンは立とうとしたが、すかさずやってきた店員さんに持て成されて停止。
その隙にさっさと歩いた。会計を済ませて歩いた。
いやー、やっぱ興味ないわ。話そうって気にもならないくらい興味ない。
どんだけ声かけられても本に集中出来るって、すごいね。
んじゃ帰ろうか。
「ちょっと待てっての!」
が、ダメ。肩を掴まれ、無理矢理振り向かされた。
おいおい……店員さん無視しちゃだめでしょ……。これなにも言わずに来たなら、接客態度の問題~とか言って店員さんが怒られるんだから。ソースは俺。
「……? あの、どなたですか?」
「はぁ!? え……あ、えと……ひ、比企谷、でしょ?」
「はぁ……たしかに俺は比企谷ですが」
「ほ、ほぉらぁやっぱり! なんで知らないフリとかすんのかなぁ~! あははっ! わけわかんないけどウケる!」
「……? あの、もう行っていいですか? あと……いきなり知人のフリとかして絡むの、やめてください。迷惑です」
「え……? な、なに言って───ほら私だって! 折本! 折本かおり! 中学で一緒だったでしょー!? ちょっと~、ここで知らない顔とかされたら、私ただの痛い子じゃん~!」
「……中学に知り合いなんて居ませんよ。俺、クラスどころか学年からイジメられてましたし。考えてもみてくださいよ、人間不信になるほど痛い目に遭わせておいて、そんな同級生に話しかけるような馬鹿が何処に居るんですか。正気を疑いますよ」
「…………」
「離してくださいよ。俺の知人に、イジメた相手に笑顔で話しかけるような人は居ないし要りませんから」
歩き出す。
手は、あっさり離れた。
……さて、帰りますか。
ああ、あの角曲がったら眼鏡つけるのも忘れないでおこう。