どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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その部屋に、スリッパの音は綺麗に高鳴る

 そして自宅……マンションに帰ってきた。

 鍵は……わあ、かかってない。

 玄関にある靴を確認して、中へと歩いて一声。

 

「陽乃さん、不法侵入は勘弁してくださいって言ってるでしょう……」

「いやー、だって別荘みたいなもんだし。比企谷くんも年上美人さんが迎えてくれて嬉しいでしょ?」

「生憎と二ヶ月上のお姉さんが居るんで間に合ってます」

「そっか。ざんねん」

 

 ちっとも残念そうじゃない顔でニコーと笑う年上美人さん。

 さて、いったい何しに来たというのだろうか。

 

「それで用件はなんです? 遊びに来たなら雪乃の部屋へどうぞ」

「雪乃ちゃん構ってくれないから。だからこっちに来たの」

「はぁ……そうですか。別にヘンに絡んでこないならそこらへんでのんびりしててください」

「んー……それもいいんだけどね。今日はちょっとビジネス的なお話も持ってきたんだよね。……ねぇ比企谷くん。お金、足りてる?」

「足りませんね。なにかいいバイトでも紹介してくれるんですか?」

「うん。とーってもお金になるバイト。そのための下準備として、勉強をいっぱいしてもらうけど……どう?」

「土日が潰れない程度なら」

「それは比企谷くんの頭次第かな~? で、どう?」

 

 にこりと怪しい笑顔を見せる陽乃さん。

 ……どうしたものか。金は……できるだけ欲しい。今のバイトじゃ、正直足りないと思っている。

 やるにしても結衣に相談したいところだけど……この人、地味に結論を急ぎたがるからなぁ。好き勝手に疑問投げておいて答え合わせしたがるし。もうなんなの? クイズの女王様かなんかなのん?

 で、結局どうするかというと。

 

「───やります」

「───ヨシッ」

「へ? いやあの、陽乃さん? 今なんか小さくガッツポーズとりませんでした? あとなんかヨシとか」

「したよ? うんした。じゃあ早速いい? 勉強始めよう。ほらほら座って」

 

 え? いやあの、え? なに? なになになに近い近い近い!!

 

「あ、あの? 勉強っていったいなにを。あと近いです離れてください」

「事業に必要なアレコレ。あー大丈夫大丈夫、漫画の話だけどどこぞのニセモノのコイのために奮闘する一条くんも全然出来たことだし」

「リアルとフィクションを混ぜないでくださいよ……」

「じゃあやめる?」

「……金になるならやります」

「うん♪ 素直なコは好きだよ?」

「あなたとは付き合えません結衣が居るんで絶対に無理ですごめんなさい」

「告白したわけじゃないのにフラれた!? い、いい度胸してるねぇ比企谷くん……! この私を振るなんて……!」

「そんなことより仕事の話、しましょうよ。あと顔が盛大にニヤケてますよ」

「あ、バレた?」

 

 言葉遊びもそこそこに、仕事の話が始まった。

 いや、始まったもなにも、随分とまああっさりと終わったんだが。

 ようするに勉強して私の秘書になってほしい、的な話だった。

 そんなわけで勉強開始。え? 今日から? と問われたが、ぼっちは基本暇なのだから当然受ける。

 

「けど、雪ノ下建設って縮小するんですよね? これは陽乃さん自身の仕事の話ですか?」

「うん。縮小っていったって、規模自体は変わらないよ? しなきゃいけないことを信用出来る人に任せるってだけで。まあその先で任された人が失敗しようが、こっちには関係ないって状況はもう作ってあるんだけどね」

「怖いよ。あと怖い」

「まあ、今さらだけど家族っていうのを堪能させてもらってるよ。今さら素直に甘えられないんだけどね。あーあ、もっと早くに比企谷くんがウチの呪いを破壊してくれてたらなぁ」

「ガキになに望んでんですか。どうせ出しゃばったって潰されるのがオチですよ」

「あの母さんを少しでも変えてみせただけでも凄いことなんだってば。……あ、じゃあこれ読んでね」

「へいへい」

「あ、あともひとつ言ってなかったことがあった」

 

 言ってなかったこと? またなにかいやなことだろうか。

 出来ればご遠慮したい。むしろ今すぐ逃げ出したいまである───

 

「比企谷くんと雪乃ちゃんとガハマちゃん、奉仕部の三人にスマホ用意したから、今度からはそれ使ってね。あ、料金とかはこっち持ちだから気にしないでねー?」

「……なんなんすかその至れり尽くせり」

「比企谷くんが今回の件を了承してくれたら渡そうかなって。……正直言うとね、散々家のためにって苦労して、躾られて、今さら自由を手に入れて、なんてことしてくれたんだーって思うところもあるんだよね。人間の感情ってさ、ほら、思うほど素直じゃないから」

「仕事をやろうとしたら明日から来なくていいって言われたみたいな状況ですね」

「あははっ、いい喩えかも。……うん。だからね? 秘書にして散々扱き使ってやろうかなーって。雪乃ちゃんも、ガハマちゃんも。よかったね、一緒の仕事が出来るよ?」

「金がもらえるならやりますよ。まぁ、まずは努力からですけど」

 

 渡された教本のようなものをじっくり読んでは最初に戻り、じっくり読んでは最初に戻り。

 それを繰り返して、頭の中でちゃんぽん。記憶しやすいように纏めてから次へ移る。

 そうして一つ一つ潰していってみれば、気づけば結構な時間。用事が終わったら会う予定の結衣は、まだ来ない。そわそわする。会いたい。

 しかしそうこうしていても腹は減るもので、そろそろ晩御飯の用意でも~……と思ったところでピンポーンとチャイムが鳴って、出てみればガハマさん。

 

「えへへ、来ちゃった♪」

 

 第一声を聞いて、ああ、言ってみたかっただけだろうなぁと思いつつ、可愛いので抱き締めた。

 抱き締めてから、そんな自分に驚いた。いきなり抱きつきとかレベル高い。

 

「わわわっ……ヒッキー? どうしたの?」

「いや……まあうん。ちょっと嫌なことがあっただけだ」

 

 会いたかった。べったりすぎだからちょっと我慢しようとか思ったけど、ああダメだ。抱き締めずにはいられない。

 待ち焦がれたものが自分からやってきました。しかも照れ笑いしながら“来ちゃった”とか言ってくれます。あなたならどうしますか?

 

  A:ハグするキスする愛してる

 

 バッバッと右見て左見て、誰も居ないことを確認。よろしい、ならばキスだ。

 

「比企谷くん? 誰だったの?」

「…………ウゲェ」

 

 後ろに魔王が居た。ちょっと、邪魔しないでくださいよ。

 

「え? 陽乃さん? ……なんでヒッキーの部屋に」

「あー……その。それについて結衣に話があるんだが。あぁ、雪乃にも関係あることなんだが……」

「え───えと、そのー……。そ、それってさ、ヒッキー。泣いちゃうようなことじゃ……ない、よね?」

「え? ………………あ、待て、待て待て、俺が好きで結衣を泣かせるわけないだろっ! 仕事の話だ仕事のっ! 断じて雪乃に恋したとか陽乃さんに恋したとか無いから! ……つか、俺が結衣以外に好きになってもらえるわけねぇだろ……自分で言っててあれだけど。むしろ俺の場合結衣に愛想尽かされる以外、別れる選択肢なんてないまである」

「あ、愛想尽かしたりなんかしないよ!? ヒッキーはあたしが幸せにして、あたしはヒッキーに……その、幸せにしてもらうんだから……」

「結衣……」

「ヒッキー……」

 

 見つめ合う。

 やがて自然と惹かれ合って引かれ合って、唇を……

 

「おーい、お姉さん置いてけぼりにして玄関先でキスとか、やめてねー?」

「───……」

「………」

 

 知らなかったか? 魔王からは逃げられない。

 じゃあ戦おう。

 コマンドどうする?

 

1:たたかう(キス)

 

2:じゅもん(愛を囁く)

 

3:ぼうぎょ(結衣を胸に抱く)

 

4:どうぐ(空気を読まずにお土産を渡す)

 

5:にげる(扉を閉めて結衣と外へ出掛ける)

 

 結論:1

 

「《ちゅっ》んむっ!?」

「えっ? え? えと……えっ!? えーーーっ!? やめてって言ったのにしちゃうの!? しちゃうんだ!」

「ぷあっ……ひ、ひっき、やめっ……《ちゅるっ》んぅっ……は、はるのさんがみてるっ……はずかしっ……《ちゅっ》んんっ……《れじゅっ……》ん、あむっ……」

 

 唇を合わせ、舌を伸ばし、唾液を分け合い、舌を吸う。

 絡ませた舌同士がぞるぞると擦れ合う度に頭の中が痺れて、ぞくぞくとした何かが身体に満ちてゆく。

 そうして軽く堪能したところでキスをやめて、ぽーっとした顔で俺を見つめる結衣の頭を撫でる。

 既に警戒なんて微塵もせず、心を許しきった子犬のような無邪気さで、こてりと首を傾げ、“どうしたの? どうしたの?”と目で訊ねてくるガハマさんが可愛い。

 堪えられず、いつかのように額に頬に瞼に鼻に、耳に顎に首に鎖骨にキスを降らし、好きすぎて、構ってほしくて、どうしようもなくなってくる。

 しかし頭が熱でいっぱいになってしまう前に、なんとか停止。

 どうしたの、どころじゃなく、ぽーっと見つめてくる結衣を見つめ───なんかそのまま見詰め合ってたらすぐにでもキスをしてきそうだったので、陽乃さんに向き直りつつ結衣を促し、部屋の中へ。

 その間も俺を見つめ、手は俺の服を握ったまま離さず、促さなくても靴を脱いだりはするものの、じーっと見つめられ続けて……なんというか実に子犬チック。犬語を訳す機械とかがあれば、“構って!”とか“構って!”とか“構って!”しか出なさそう。構って一択じゃねぇか。

 でもそんな結衣が好きです。あ、感謝と笑顔。今なら出来そうな気がする。えぇと、感謝感謝…………日々を感謝しすぎてて、具体的な感謝なんてねぇよ。どうすんだよこれ。

 ああ、じゃあニヒルな自分を殺せばいいのか。

 よし、気取るな、俺はニヒルなんかじゃない、ただの凡人。普通でいい。そして感謝を。結衣ありがとう、大好きだ、愛してる。キミに会えてよかった、死ぬまでハッピーで居たい。

 むしろ、今がハッピー超ハッピー……よし。

 

「ゆ、結衣」

「ひっきー……?」

 

 テーブルを挟んだ先に陽乃さんが座って、俺も座って結衣も座ったところで、結衣を見つめて声をかける。

 え、笑顔、笑顔ー……───いや、意識しすぎる必要はないか。

 自分が思っていることを心から、キザったらしさもニヒルさも混ぜず、ただ純粋に届けよう。

 感謝がいつも胸にあるのなら、邪魔な飾りを全部脱ぎ捨てて。

 目の前に映る人が結衣だけなら、この世界はいくらでも色をつけてくれるから。

 

「───……いつもありがとう。お前が好きだ。愛してる」

 

 ───……そして、顔は勝手に、けれど自然に動いてくれた。

 たぶん、笑顔で居られている。それを前に、結衣がどんな反応をするかでキモいかキモいかが決まるんだが……おい、キモいしかねぇじゃねぇか。

 

「………ふあ……」

 

 正面でそんな顔を見ている結衣は、ふるりと身体を震わせたあと、先ほどよりもよっぽど赤い顔と潤んだ目で俺を見つめていた。

 そんな彼女がひどく自然な動きで俺に近づいて、気づいた頃には唇を奪われていた。

 

「うぉっ……ちょ、結衣っ……!?《ちゅっ》んぷっ、ぷあっ、結《ちゅっ、ちゅっ》い、んむぁっ《ちゅるっ》ゆぷっ、ゆっ《れるっ》~~~~っ!」

 

 普段の結衣からは考えられないくらい、犬モードでもこうはいかないだろってくらい、深く深くキスをしてくる。犬モードの時のように離れたくないからとかそんな様子もなく、ただひたすらに愛しいから口づけをと。

 

「え、ちょっ……だからさ、二人とも……私も居るんだけど……」

 

 陽乃さん困惑。つか、むしろ助けてください。

 喋れないし動けない。なのに身体は結衣を受け入れたがっていて、受け止めたがっていて、背中は撫でるし頭も撫でる。

 やがて頭の中がどうしようもないくらいに痺れてきて、なんかもうこのままでもいいかなーって……結衣に全部委ねてしまってもいいかなーって……心がこう、この人になら奪われてもいいかなーって。

 そうなると俺も遠慮はせず、また構って欲しい自分が出てきて、結衣にちゅ、ちゅっとキスを落とし、落とされてゆく。

 互いが互いに交互にいろいろなところに一回ずつキスをして、キスをするたびに近づいていくような錯覚に襲われて……やがて、頭も心も溶かされてゆく。

 結衣に、好きな人に溶かされ───っていやちょっと待て、なんで深いところまでヒロインやってんの俺。え? 俺、潜在意識までヒロインなの? そうは思ってみても既に抵抗する力が抜けてきていて、気力を振り絞って手を開き、結衣を押しのけようとしたんだが……その開いた手に指を絡められ、きゅっと握られてしまう。

 すると力が抜けてしまい、とうとうキスに押し切られるままに後方へと倒れて───

 

「ちょ、ちょおっと待ったぁああっ!!」

 

 ───陽乃さんからストップが入った。

 

……。

 

 こほん。

 まず聞こえたのはそんな咳払い。

 テーブルを挟んだ対面側の陽乃さんと、クッションの上で正座する俺と結衣。

 

「あのね。べつに恋人同士なんだから、そういうことするのがいけないとはお姉さん言わない。うん言わない。でもね、けどね、人前でやるのはどうかと思うの。私これでも仕事の話を持ってきたクライアントだよ? なのにあれはどうかなぁって。ていうか比企谷くん? なんで座るなり好きだ愛してるとか言い出したの?」

「えー……べつに言う必要性とかないでしょ……」

「仕事の話、なかったことにする?」

「おのれクライアント。…………あーほら……アレですよ。夏祭り、あったでしょう? あれの最後に上手く笑えなくてキモいって言われたのを地味に引きずってましてね……。で、今日相談した人に笑顔の秘訣を教えてもらったんで、実践したら押し倒されました」

「ヒ、ヒッキー! 押し倒っ……なんて……!」

 

 いや事実だろ。事実だよな? 抵抗できなかった俺もどうかと思うけど。

 べ、べつに“やさしくしてね?”なんて思ってなかったんだからねっ!? …………いやほんと……思ってなかったらよかったんだけどな……。思い出しただけで恥ずか死ぬ。

 

「ちなみに真っ先に気持ち悪い言ったのは陽乃さんです」

「うぐっ……」

「しかも爆笑しながら」

「うぅう……」

「まあそんなわけなんで、仕事の話に戻りましょーよ」

「お仕事? ヒッキー、なにかするの?」

「あー……まあなー……」

 

 気の無い返事をするも、頭の中は賑やかだ。お前との将来のためにーとか、とろける夢を描いている。落ち着け俺。落ち着いて。ほんと、いやマジで。

 どんだけ人恋しかったんだよってくらい、結衣に甘えてるよ俺。困った。自覚しちまってんだから余計に性質が悪い。大好き、結衣大好き、構って、構って、って子供の自分が自分の中ではしゃいでるみたい。

 

「じゃあガハマちゃんにもこれ渡しとくねー。……っと、このメンツで雪乃ちゃんも呼んであげないと、あとで拗ねちゃいそうだから……っと」

 

 陽乃さんがタタタッとスマホで何かを操作。するとピンポーンとなるチャイム。

 誰だよ……と思いつつ出てみれば、そこにおわすは雪乃さん。

 

「……お前、なにやってんの」

「………」

 

 無言でケータイを見せてきた。そこには───

 

 『ひゃっはろー♪ 今私はガハマちゃんと一緒に比企谷くんの部屋にいまーす♪ 呼ばれてなくてざまぁみろー♪

  お土産をもってこーい♪ 良いお土産を持ってこぉ~い♪ byはるのん』

 

「……耳掃除がない中途半端さに、逆に腹が立つな……ほれ上がれ、結衣も来てるから」

「ええ。存分に上がらせてもらうわ」

 

 存分ってなんだよ。

 そう思っている間に雪乃はテキパキと行動。

 上がって、靴を揃えて、ゴシャーと廊下の先へ行ってしまった。早い。あと何故かスリッパ持ってた。何事?

 ともあれ、これでようやく仕事の話が出来そうだ。っつっても、まずは勉強なんだが。

 

<《スパコーーーン!!!》イッタァアアーーーーーッ!!?

 

 ……ああ、お土産ってそういう。

 スリッパで叩かれたであろう陽乃さんの悲鳴を耳に、ナイスお土産と笑っておいた。

 

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