どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

186 / 214
こうして彼は、それをかけがえのないものと認識する

 夏休みも終わり、始業式が終わって、一週間ほどかけて学校がある生活に慣れてゆく。

 とはいってもやることは基本変わらず、結衣と運動して結衣と勉強して結衣と登校して結衣と結衣と結衣と───

 

「……俺、結衣が居ないとダメかもしれん……」

「椅子に座るなり頭を抱え込まないでほしいのだけれど、惚れ谷くん」

 

 奉仕部部室。その、長机の端と端を定位置とした俺とユキの距離は結構ある。

 椅子に座るなり机に突っ伏し頭を抱える姿に、当然の遠距離ツッコミが入った。

 

「ちょっと? それほんとやめて? 結衣の知り合い? 友達? にやたらと人の男性交友関係を訊いてくるヤツが居るんだよ。なんか掘れ谷とか聞こえるからやめてくれ」

「……? 男性交友があるからといって、何故惚れ谷がいけないのかしら……」

「よし雪乃。お前はそのままピュアに育ってくれ」

 

 自分に穢れを感じる瞬間って、ちょっと悲しいよな……。

 

「そういえば比企谷くん。文化祭実行委員の話がそろそろ出る頃だと思うのだけれど、そちらのクラスはどうだったのかしら」

「ああ、そういやそんなの出てたなー……。興味ないから話半分だったわ」

「そういうものは寝ているか話を聞いていない人が指名されるものよ。フリだけだろうと、シャキッとしておきなさい」

「それはめんどいな。よし、断固として指名されんように気をつけるわ……結局今日だけじゃ決まらなかったしなー……あーあ、面倒くさい」

「《がらぁっ!》やっはろー! あ、ヒッキー居た!」

「結衣っ……!《ぱああっ……!》」

「変わり身が早いわね……あなた、どれだけ由比ヶ浜さんのことが好きなのよ」

 

 どれほどって……世界のなによりも?

 いや、言ったりはしないけど。

 

「まあ、それはいいだろ。それより結衣、どうした? 俺を探したりしてたのか?」

「あ、うん。聞いてよヒッキー、あたし文実押し付けられちゃって」

「そうか実は俺もだ《どーーーん!》」

「落ち着きなさいハチ」

「お、おう」

「え? ヒッキーも? え……わぁっ……!《ぱああっ……》そうなんだっ!」

「アア……笑顔マブシイ……」

「はぁ……あなた、時々致命的に馬鹿ね」

「うるせーやい……」

「仕方ないわね、私も出るわ。あなたたち二人をほうっておいたら、文化祭がピンク色に染まりそうだもの」

「そーかい。そりゃ助かるよ。んじゃ俺も、いろいろ根回しするか……担任に言えばどうせ一発だろ。むしろ別の誰かがそのポジに入ったら、結衣に馴れ馴れしく───……すまん、雪乃、俺、やらなきゃいけないことが出来た《キリッ》」

「そう。あまり興奮しすぎて、担任の先生に引かれないようにしなさい」

「どんだけキモいんだよ俺は……んじゃ行ってくる」

「また後でね、ゆきのん」

「ええ───ちょっと待ちなさい由比ヶ浜さん。あなたまで何処に行こうというの」

「え? ヒッキーが出るんだからあたしも出るよ?」

「………」

「?」

 

 婚約者の依存度がハンパじゃねぇですママさん。どうしましょ。

 でも困ったことに、一緒に居ると勉強速度とか半端じゃないんだよな……なんなのこの娘。天使か。

 

「はぁ……あなた、本当にハチのことが好きなのね」

「えへへぇ、うん、大好き」

「うぐぉおお……!《かぁああ……!》」

「……こういうときは…………ああ。───ハチ、あなたの婚約者でしょう、はやくなんとかしなさい」

「なんとかって……どうしろってんだ。え? 愛でていいのか? 俺もうかつて溜め息を吐きながら眺めたことのあるバカップルになりつつある自分が、辛くて悲しいくせに眩しいものに見え始めてきてるんだが……」

「やめなさい、そこは行ってはいけない場所よ」

「だ、だよな。おう、バカップルのアレはな、ないよな…………うん……」

 

 人目を憚らずどこでだろうとイチャイチャ。結衣と、そんな関係。

 それをバカップルと呼ぶのなら…………あれ? 最高じゃね?

 

……。

 

 文実にはあっさりなれた。担任に話を通したら一発だったよ。

 文化祭実行委員長等を決める会議もあったんだが、それは二年がやることになっているらしく、今回は先輩である城廻めぐりという人が請け負った。

 なんつーか、ものすごい独特なパーソナルスペースをお持ちのお方だったよ。ありゃ癒される。“みんな”は。俺は無理だ。

 それからとんとん拍子で話は進んで、早くも9月中旬。

 

「ねぇヒッキー、今日からだっけ。正式に陽乃さんが仕事を用意するのって」

「ああ。ものによっては土日も潰れるらしいから、しっかりやらねぇとな……」

「え…………ひっきぃ?《うるり》」

「はいはい落ち着け。仕事だろうと一緒にやりゃ問題ねぇよ。そりゃ、アレは出来ないだろうけどな」

「…………」

「《ツイッ……》……」

 

 その、寂しそうに服の袖掴んでくるのやめてください、俺それに弱いんです。

 あと上目遣いもやめてくれ。つか俺の弱点ほんと結衣すぎて困るまである。

 

「結衣。頑張ってなんとかなるなら頑張りゃいい。そもそもそれが仕事で金を貰うなら、頑張らないのは嘘だ。対価を貰うならな」

「…………うん」

「……おし」

「あたし、がんばるからね?」

「俺だって頑張るわ」

「文実も仕事もがんばって、ヒッキーとの時間作るんだっ……!」

「……意欲の元はアレだけど、まあ……」

 

 やる気になってるのに水を差す必要なんかないわな。

 ……さて。俺も頑張りますか。動機はやっぱり不純かもだけどな。

 しゃーないだろ、他人に邪魔された所為で一緒に居られませんとか腹立つじゃねぇか。

 

 

───……。

 

……。

 

 文化祭の準備は呆れるほどスムーズにいった。

 陽乃さんが有志として参加してくれて、粗の目立つところはポヤポヤしていてもそこはしっかり先輩さん。城廻先輩がきっちりと管理、監視して、全体の遅れのチェックも完璧に進んだ。

 なによりサボろうとした上級生たちの目から見て、自分たちの時間を作るためにひたすらに仕事をする俺達が居る手前、体裁の悪さを考えてサボらんかったってのが大きい気もする。

 そうして超が付くほど順調に進み、準備もあっさり終了。

 仕事もなくなったので実行委員のほぼが自分のクラスに戻り、クラスの準備を手伝う方向に。

 俺達はといえば……クラスの出し物云々もそうだが、暇さえあれば勉強勉強勉強。

 覚えるだけでいいものとは違い、状況判断がものを言うものの場合、カーボン記憶なんざ充てにならん。事件は記憶の中で起こるんじゃないんだから、記憶だけよくたって現実には届かない。

 それでもやることは筆記なわけだが。

 

「陽乃さんの秘書って、いったいなにすりゃいいんだか……」

「そういえばヒッキー、どうして陽乃さんのこと陽乃さんって呼ぶの? 雪ノ下さんでもいいと思うのに」

「言わなきゃ家賃払えってんだからしゃーないだろ。俺の認識ひとつで家賃がどうにかなるなら、安いもんだ」

 

 とりあえずどこぞの一条さん家のらっくんのような仕事が出来りゃいいわけだ。

 記憶に関しては、まあ書類系統なら問題はない。書類に不備がなけりゃな。うん。

 

……。

 

 結論を言おう。土日、潰れた。

 もちろん週に一度の愛し合う時間も潰れたため、結衣の寂しがり方がハンパじゃない。

 週に一度の楽しみどころか、最近じゃ満足にゆったりと愛し合うキスさえ出来ない状態が続いている。

 正直俺も結構キテる。

 別に肉体で結ばれたいわけじゃないのだが、幸福の絶頂さえやってない所為で幸福度が足りない。世界から色がどよどよと落ちていっている。

 

「比企谷く~ん♪ そろそろ出る時間だけど、忘れ物とかない?」

「陽乃さん恨みますよ……あんな状態の結衣を置いていくなんて、心配で心配で……」

「たまにはいいでしょ。依存しすぎちゃ成長の妨げになるし」

「俺と結衣の場合は逆なんですけどね……はぁ。まあいいっす、さっさと終わらせましょ……」

「うん。じゃあスケジュールの確認からお願い」

「へいへい……えー…………細かっ!? スケジュールびっしりじゃないっすか!」

「そりゃそうだよ、やりたいことやろうってんならこれくらいわねー。さ、ほら、どうするの? 次次」

「ぐっ……車で移動! すぐにです!」

「はいよろしい。都築、よろしくね」

「かしこまりました、お嬢様」

 

 運転手さんがぺこりとお辞儀。俺は例に倣って車のドアを開けると、陽乃さんが中に入るのを確認したあと、自分も中へ入った。いや、普通は違うんだけど陽乃さんがこうしろってうるさいんだ。

 俺、普通なら都築さんの隣に座るんだけどなぁ……。

 

……。

 

 ガガッ、ゴリゴリゴリガガーッ! サラサラサラ……ッタァーーーンッ!!

 

「はい次! 次早く!」

 

 文化祭の準備も大詰め。その頃になると、さすがにやることも再び到来し、雑務関連がごっちゃりな昨今は俺も大忙しだ。

 いや、べつに二年の実行委員に委ねりゃいいんだろうが、この人なにをどうすりゃいいかも未だ解ってないんだ。ただ目立ちたかっただけなんだろうな、この人。

 なので書類を受け取るとパパッと処理。それが済むと結衣の仕事も手伝って、終了すれば手を繋いで逃走した。

 日頃鍛えた足腰で廊下を駆け階段を駆け上り、屋上に出ると───誰の視線もないことを確認してから抱き合った。

 もうだめ! もう限界!

 抱き合い、擦り付け合い、互いの匂いを分かち合ったあとには浅いキスから深いキス。

 仕事仕事で全然時間無し! 眠気よりも結衣であると二人で会おうものなら魔王がどこからか現れ、“そんな元気があるなら勉強続けよっかー♪”とか言い出して……おのれ雇い主っ……! 雇い主だから強く出れねぇ……!

 なのでこうして陽乃さんが来ない日には、二人で互いの存在を確かめ合って、夢中になってキスをした。

 そうすることで彩りを取り戻す俺の世界が、心にやさしい。

 それはいい。いや、あんまよくないけど、それはいい。

 問題はこちらだ。ガハマさん。日に日に……やつれてはいないんだが、元気がなくなっていっている。

 朝も会うし、文実でも奉仕部でも会うんだが、元気がない。

 いやまあ、文実も奉仕部も、時間なんて有って無いようなもんだが。

 だって最近、奉仕部に居られる時間なんて3分くらいだもの。

 陽乃さんとこの取引先の女性が俺をいたく気に入ったとかで、秘書なら俺を連れてこいとかほざいているらしい。勘弁してくれ。

 

「ひっきぃ……ひっきぃい……!」

 

 寂しいらしい結衣は、胸にぐりぐりと顔をこすりつけて、腕は背中にぎううと回し、離れる気配は全然ない。

 ……え? 俺? もちろんこちらもぎううと抱き締めてますが? だって寂しいし。口には出さないけど。

 

「結衣……結衣……!」

「ひっきぃ……!」

 

 キスをする。深く、深く。

 幸福を分け合いたくて、何度も何度も。

 けれど思うようにいかない日々のためか、互いの幸福もそう多くは無く。

 分け与え、高めるにも時間が足らず。

 やがて雪乃からのタイムアップのメールが届き、スマホが音楽を奏でた。

 

「………」

「…………ひっきぃ……」

 

 人が増えれば守りたいものも増える。

 それに合わせて、きっと場所も増えていくのだろう。

 だが、あえて言おうか。

 だからどうした。

 

「結衣」

「え……な、なに? ヒッキー」

「全力で慣れるぞ。自分の時間は、自分で作る。もしくは───……、……グループのやつらに助けてもらう」

「でもヒッキー、それってますたーまいんど? とは関係ないんじゃないかな」

「……なぁ結衣。俺はな、あいつらとの関係が……ただのマスターマインドってだけのものに成り下がってんなら……そんなものはいらないって思う」

「……ヒッキー……?」

「陽乃さんの仕事の手伝いは、そりゃ金にはなるが……それが理由でこっちの関係が壊れるのは違うだろ」

 

 歩きながら言う。

 屋上をあとにして、階段を降りて、教室へ向かって。

 

「大人になって、そういう場所に居なきゃいけなくなるんだとしても、今居るここはまだガキだ。んじゃあなにが出来るんだって話になると、正直俺もよく解らん」

「うん……」

「ただまあ、その、あれだ。……成長出来る機会がこれだってんなら、お前と一緒に出来るだけ成長はしたいって思う。なにも別々にとは言わない。まだまだいろんな物事が怖くて幸福にすがりついてるって自覚もあるしな」

「………」

 

 服を掴んでくる結衣の手を握り、感謝を思い浮かべながら……なんとか笑う。

 綺麗に笑えたか不安だ。

 

「ようするに、もっと高校生らしくてもいいんじゃねぇの? ってこった。あいつらとの関係も、仕事のことも、中途半端にはしたくない。だから、幼いうちに覚えられるものは覚えようって、そういうこと。仕事のことも、人間関係のことに関しても、だ。……いや、まだよく解らんな。じゃあこうしよう。成長出来たら互いに褒美を出す」

「え? 褒美?」

 

 ……相変わらずご褒美って言葉に弱いのな。いや気持ち解るけど。

 例外として俺は結衣とこういう関係になるまでは、褒美の有り難味とは無関係だった。だから結衣にはいろいろな面で感謝してる。

 けどまあそろそろまずい。躍起にはなれるがヤケクソになるのとは違う。

 成長して、得るものは得とかないと、時間を潰すだけで俺の青春も結衣の青春も終わってしまう。

 大変驚いたことに、結衣は本当に俺に関わることだと成長が早い。ママさんたら娘のことよく見てる。

 だったら、だからこそそれらを上手く利用して成長できれば、と。俺は結衣を、結衣は俺を利用して、だ。

 

「……と。褒美ってのはそういうことで」

「ヒッキー……うん。……はーーーー…………すぅーーー…………うん。ヒッキーがそう言ってくれるなら」

「このままじゃ覚えられたものの数だけ願いを叶えるって約束も果たせないからな」

「あ、そうだよヒッキー! 言っとくけど忙しいは理由にならないんだからね!?」

「おう、それはいつか男が我が子に言う言葉だろうから、今の内に慣れとくわ。んじゃ───」

「うん、じゃあ」

 

 ニッと笑って頷いた。

 さあ、成長の時間だ。体が若い内に、精々無茶な青春をしよう。

 文実集会の部屋の戸を開け、中へと入る。

 “傍に居なきゃダメ”ではなくて、“傍に居てくれると強くなれる”ように成長しよう

 かけがえのない存在ってのは無くした時が怖いだろう。

 それでもそんな人と高みを目指して、それらが自分を強くしてくれるなら、“みんな”なんぞにゃ負けない自分を作りたい。

 今のままじゃダメになる。忙しさを理由に、作ったばかりのグループが崩壊して、逆にグループだったって言葉が重荷になるような未来、誰も望んでいない。

 それに気づけたのが今でよかったって心底思う。

 実際に忙しいのは確かだ。けど、会えないわけじゃなかったのだから、時間はまだまだ作れる。

 あとは───個人次第だ。楽しくいこう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。