どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
そうして始まった文実の追い込みは───忙しいのに、実に楽しい。
「っべー、べーわー! ちょ、こっち誰か手伝ってくんなーい?」
「おう、どうすりゃいい」
「お? おーおー、きみ噂のヒキタニくん? っべーわー、近くで見るとマジイケメンだわー!」
「いやおい、そういうのいいからどうすりゃいいのかをだな」
「あっととそうだったわぁ。発注ミスしちゃったみたいで材料が足りないみたいなんだわ~……参るわぁ、これマジ参るわー……これここらへんには無いらしくとか言われちゃってさぁ、そりゃ困るってもんだべ?」
「……ちょっと待っててくれ。《たしたしたし……prrrブッ》───雪乃か? 今すぐ用意してもらいたいものがあるんだが」
「ちょ、なんか手際がドラマとかみたいじゃね!? ヒキタニくん、もしかして敏腕マネージャーかんなかだったりするん!? っべーわー!」
「マネージャーっつか、……いや、おう。まあ似たようなもんか。んで、今すぐ学年ごとに余ったものがあるか確認取るらしいから、あー《ヴィー》おう。……おう、おう。そか。よし、2-Fで余りがあるらしいから、そこ行って文実の名前出して受け取ってくれ。……比企谷だって言えば通じる筈だ」
「おー! すんげー手際よくね!? っべーわー、さっすがヒキタニくんだわマジ冴えてるわぁ!」
「いやおい……比企谷だっつの……」
忙しさのあまり、結衣と一緒の時間を作れないあまり、焦っていた頃とは見方が変わった。
「はちまーん! そっちはどう!?」
「おう戸塚! 黒幕が足りてないそうだから使ってない学年に借りに行くところだ!」
「あ、じゃあ僕も手伝うよ! あはは、なんか楽しいよね! 青春って感じで!」
「中学ん時はめんどくせぇだけだったのにな」
「え? そうなの? それだけ八幡が高校に入ってから変わったってことかな」
「う……まあ、よ。そこにゃあ、こうして話しかけてくれる戸塚も居なかったし……な。あー……そ、の……ありがとな、戸塚」
「えっ…………は、八幡……《かぁあ……》」
「忙しいの終わったら……あ~……ぜ、全員で……打ち上げでも、する、か?」
「うんっ! きっとみんな喜ぶと思うよ!」
「そ、そか。だといいな……」
「もう、八幡はそういうところで自信がなさすぎだよ。青春するのに誰かの許可なんて必要ないって、平塚先生も言ってたじゃない。遠慮することなんてないんだよ、八幡」
「……だな。そうだな。じゃ、じゃあ戸塚。俺と───」
「はっちまぁああーーーん!! 文実としての貴様に頼みがあるぅう!!」
「あ、すんません。文化祭実行委員会会則に材木座の願いは聞かないというのがありまして」
「八幡!? そんな限定的な会則があるわけないであろう!? は、八幡!? はちまーーーん!!」
「あははっ……あはははははっ!」
(あ……笑顔。あー……なんてーの? ……アレだな。守りたい、この笑顔)
忙しくて散り散りになり始めていたグループに積極的に会いに行き、文実だからと手伝ったりもして、案外それが楽しみながらやれている。
「ちょ、緊急! 誰か裁縫得意な人居ない!? 衣装の数にミスがあったみたいで!」
「………《ぴくっ》」
「お、おねがーい! これ間に合わないとほんとヤバくて!」
「…………《そわ、そわそわ》」
「川崎さんっ、裁縫とか得意だったりするっ!?」
「うえっ!? え……ゆ、由比ヶ浜、だっけ? え、なに、いきなり」
「あ、やー……裁縫の話が出てから、なんかそわそわしてたから、もしかしたら~って」
「へ? そ、そわそわって……あんたよくそんなの気づけたね……」
「うん。そういうのに敏感じゃないと、心配することも出来ない人と一緒だったからねー。えへへぇ」
「…………あ、ええっと。まあ、いいよ。裁縫、得意ってほどでもないけど誰も居ないよりはマシでしょ」
「そっか! おーい! ねぇねぇー! 川崎さんが手伝ってくれるってー!」
「おー! そりゃありがたい! じゃあ軽く自己紹介してからすぐに作業に! 足立でっす!」
「あー……川崎沙希」
「サキサキだね!」
「その呼び方やめて」
グループ、ということになっているメンバーも楽しんでいられているようで、疲れていてもマンションに寄っていき、疲れ果てた時は泊まっていくことが多くなった。
そうなると衣類などの持ち込みも増えてくるが、それが修学旅行みたいで面白いかも、というのは戸塚の意見だ。守りたい、この笑顔。
「比企谷くーん、今日の書類」
「そこに纏めてあります」
「ドレス───」
「相手が好きな色のを用意してあります」
「昼の───」
「それは移動しながら。朝食は雪乃が作った軽食があるんで、それを車で食べながらになりますから」
「……なんかいきなり化けられてつまんなーい。もっと疲れたり慌てたりした比企谷くんが見たかったのにー」
「生憎ぼっちにゃなにもなくとも時間があるんで。それから今日の相手は以前に会ったことのある人で、陽乃さんの腰周りとかじろじろ見てたんで、そこにアクセントをつけましょう」
「はぁ……気持ち悪いなぁ。早くこういうのをしなくてもいいところまで行きたいや。みぃんな比企谷くんみたいだったら、こっちも楽なのになー」
「……晩は雪乃の部屋で食事です。予定詰めてるんで急ぎますよ」
「え? それ私も参加していいの?」
「雪乃の希望です」
「……そっか。……そっかぁ。んへへへぇ、雪乃ちゃんってば甘えんぼさんだなぁ~」
「とっくに自分を追ってない可愛い妹なんだから、もっとスキンシップしたらどうっすか」
「まだもうちょっと。大体、それ言ったら比企谷くんもでしょ。妹さん泣いてるんじゃない?」
「………」
「ま、なんでもかんでもきっかけを作るか作らないかだし。いつ来るか解らない余所からくる偶然のきっかけなんて、待つだけ無駄だよ?」
「……まあ。機会があったら」
「相変わらず素直じゃないね、比企谷くんは。ガハマちゃんの時は自分から作ってでも行くくせに」
「やかましいです。……そういうのとは、ちょっと変わってきてんですから待ってください」
一日ってのは短いようで、意識してみりゃ結構長い。
そりゃ、集中していれば過ぎるのはあっという間ってのもあるわけだが、ただ考え事をしているだけなら案外長いもんだ。
そんな中で考えることは、まあ結構ある。最近じゃ特にだ。
「ヒッキー!」
「っと、おう、どうした?」
「ちょっと相談があって……ゆきのん、居る?」
「雪乃はJ組の方いってるだろ。ここにゃ居ないぞ」
「そっか……えっとね、衣装作りが結構ヤバげで、ここでやってたんじゃ間に合わないんだって。場所提供してあげたいんだけど……ヒッキーの部屋、平気?」
「ちょっと待て。なんで俺の部屋で決定してんの。衣装作りって、担当は女子か? だったらお前の部屋のほうがいーだろ」
「あ、えと、だってほら。ヒッキーの部屋、余計な私物とかないからやりやすいかなーって……」
「あー……そうな。お前の部屋、散らかってるわけじゃないのにいろいろ小物があるからな……」
「……だめ、かな」
「相手の特徴は? きゃぴきゃぴしたやかましいヤツなら断固拒否する」
「え? えーーーっと……物静かでー……」
「おう(ふむ)」
「裁縫が得意でー……」
「おう(ふむふむ)」
「可愛いってより綺麗な感じでー……」
「ほーん……?(図書室が似合う感じ……か?)」
「無駄なこととか言わないで、テキカクなシジとか出せる感じ?」
「……なるほど。んー……まあ、よし。ガッコ終わったら好きに使ってくれ。物の位置とか無駄に変わってなけりゃ気になりもしねぇから」
「やたっ! ありがとヒッキー!」
「……(可愛い)」
ぴょんぴょん跳ねる結衣を抱き締めて、めっちゃ頭撫でた。
ここ最近足りなかった結衣分もチャージしたことだし、ガッコ終わってからも頑張りますかね……。今日は雪乃も手伝うことになってるし、陽乃さんも落ち着くだろ。
───……。
……。
……そうして。日々は怒涛のごとく過ぎてゆき───
「っべー!」
「言ってないで手ぇ動かせ。あと何語だよそれ」
「さ、最近戸部くんとヒキタニくんがやたらと急接近してて……ももももしかしてこれはめくるめくとべはちの……キキキッキキキマしたわーーーッ!《ぶしゅうっ!》」
「ちょ、あんたなにしてんのっ、急に鼻血なんか出したりしてっ……ほらこれ、さっさと拭けし」
「もあ? あ、あー、ありあとー……ふがふが」
「っし、あとの仕上げは家でだな。運ぶものとか平気か?」
「うん、そこはちゃんと決まってるし許可ももらってるからっ」
「よしっ」
それに伴って起こることもまああったりしたが、それもまあ準備期間の楽しみってものだと苦笑し。
「ひゃっはろーっ♪ ってうわっ、なんかいっぱい居るっ」
「あ、えと、やっはろーです……」
「陽乃さん? 今日は休みでしょ、なにしに来たんですか」
「あ、比企谷くんひゃっはろー。って、一応私管理人みたいなもんなんだから、そんな邪険にしないでよー」
「どうせまたろくでもないこと持ち込みにきたのでしょう? 今は本当に手が離せないから、邪魔だけはしないで姉さん」
「雪乃ちゃんまで! お姉ちゃん寂しくて泣いちゃ───あれ? あっちの子、見ない子だね。誰?」
「泣くのはもういいんですか……ああ、川、川……なんつったか」
「八幡、川崎さんだよ」
「そ、そうか。つーわけで戸塚が言うように川崎です。どこからどう見ても図書室の似合う清楚な女性じゃありません。本当にありがとうございました」
「ふーん、川崎さん、ね。比企谷くんがグループ以外を入れるなんて珍しいね。友達百人計画でも始めたの?」
「あるわけねーでしょなに言ってんですか」
「先輩は、川崎先輩と二人きりにして、結衣先輩になにかあったら~とか思って監視してるだけですよねー?」
「ばっ! おまっ!」
「へー……?《ニヤニヤ》」
「一色。お前の今日の晩飯、結衣の手料理な」
「ひぃっ!? ごごごごめんなさいせんぱいそれだけは許してください無理ですごめんなさい無理なんですっ!!」
「いろはちゃんひどい!?」
そこに、なんだかぼっちな雰囲気を持つ女子が転がってきたりして、話は少しずつ……複雑ではなく、単純な方向へと向かっていった。
「丁度あと一人欲しかったんだよねー、このグループに。ねぇ比企谷くん、あの川なんとかさん、引き込めない?」
「あ? いやですよ。自分でなんとかしてください」
「そんなこと言わないで~♪ ちょっと調べたんだけど、成績もいいし家庭的だし家族思い、ただし家はちょっとお金に困ってるって子みたいだしさ~」
「妙に生々しい話を耳元でしないでくださいよ……あと近い、近い近い近いっ」
「あの子入れてくれたら、結構役割分担が完成するんだよねー。めぐりが入ってくれれば楽なんだけど、いろはちゃんはともかく、急に上級生とか入れたくないでしょ?」
「そりゃ、まあそうですね」
「だから同級生。一応全員知ってるみたいだし……ああ、いろはちゃんは知らないっぽいけど」
「はぽん? いや、我も知らんのだが……」
「材木座……………………居たのか」
「ひどくないっ!?」
「どの道、俺からは動きませんよ。金に困ってんならこっちこいとか、貧乏ぼっちだったら絶対にやられたくない誘われ方ですよ」
「え? 合理的なのに」
「だとしてもですよ。言ったでしょ、同情だのなんだのからのやさしさなら、そんなもんはいりません」
「自分はお金で頷いたくせに~? うりうり」
「《ぐりぐり》……自分で経験してるから言ってんでしょーが。材木座ー、とりあえずこの人に抱き付いて、その滲み出る汗を存分にくっつけてくれないか」
「お主は我の汗をなんだと……こ、これでも結構痩せたんだからねっ!?」
「ひゃっ!? 退くっ、どくからっ!」
「えー……それはそれで傷つく我……だがめげない我カッコイイ」
川崎、といえば、小町の友人にもそういう苗字の男子が居るらしい。
そうかーとしか返してなかったが、まさかそれが“やってくる機会”になるとは思ってもみなかった。
───……。
……。
「……比企谷さん、ちょっと相談にのってもらいたいことがあるんだけど、いいかな」
「え……あ、あー……川崎くん」
「ほら、前にお兄さんのことでいろいろ言ってたから、なにかのきっかけになればって」
「お兄ちゃん……うん。最近会ってないんだよね……家を出てっちゃったっていうか」
「比企谷さん家も!? お、俺の姉ちゃんもなんか最近帰ってこなくて……電話来ても心配するなって、そればっかで……」
「……どこの家もそうなのかもね」
「文化祭の準備だって言っても、なんか周りがうるさくないっていうか。準備してるなら、周りはもっとガヤガヤしてるもんじゃないのかなってさ。電話に出ても静かなんだ。いや、人の声は聞こえるんだけどさ。なんかこう……ひっきー、とかなんとか」
「───!」
「なんか手がかりがあったら───」
「居る場所解った! ちょっと待ってて!」
「え? ちょ、比企谷さん?」
「えーなに? 小町ちょっと忙しいんだけど───あ、結衣お姉ちゃん!? 今どこ!? 小町もう我慢の限界! 文化祭の賑やかさと一緒にとか言われても、小町的にこんなぶちぶちしてるの我慢出来ないです! お兄ちゃん居ますよね!? あとついでに川崎くんのお姉ちゃんも! はい! はい! そのサキサキです!」
「え、さ、さきさき? ……あー……姉ちゃんか。川崎沙希だから。なるほど」
「待てません。え? ですから待てません。…………ま・て・ま・せ・ん!! お兄ちゃんと代わってください。大体結衣お姉ちゃんばっかずるいじゃないですか、小町だってお兄ちゃんに昔みたいに存分に甘えたりですね……!」
「……ブラコン?」
「はいそこうっさい。川崎くんだってどうせシスコンでしょーが。大体ですね、言った言葉はそりゃたしかにごめんなさいでしたよ。いろいろ鬱憤溜まってて、ごみぃちゃん言っちゃってものすごーく後悔した小町ですよ。でも実際あの時のお兄ちゃんは結衣お姉ちゃんに当り散らしてるようなところもありましたし、それに悪態ついちゃうくらいいいじゃないですか。タイミングの問題? 知りませんよそんなん読めません。小町もごめんなさいでしたけど、あの頃のお兄ちゃんには小町たちにもごめんなさいしてほしいくらいです。……でしょー!? そうですよねー! え? あ、え? お兄ちゃん来た? え、あ、ままま待ってください心の準備が───」
「………」
「おにっ……おに、ちゃ……あのっ……あの……」
「………」
「…………うん。…………うん、うん……」
「………」
「…………やだ。直接会って言いたい」
「………」
「そ、それはお兄ちゃんが謝ることじゃっ…………だって、小町もお父さんとかお母さんのこと、聞いたし……」
「………」
「…………わかった。じゃあ……」
「……お兄さん、なんだって?」
「……会ってくれるって。川崎くんも連れてこいって」
「あ……やっぱり一緒に居るのか」
「あーあとね、なんか“はっぽんはっぽん”言ってる人が、身代金として雪見大福を所望するって」
「地味だけど無駄に高い!?」
……。
───……。
やはり。きっかけ、なんてものはどこに転がっているのか、なにが引き金になるのかなんて、解らないものである。
よく晴れた休日に、そいつらはやってきた。