どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

191 / 214
 異世界もので“異次元騎士カズマ”というものがあるらしい。
 まるで佐藤和真の冒険譚を記した伝記のようにも見えるが、そもそもカズマさんは冒険者であって騎士ではない。
 なお聖戦記KAZUMAというものもあるが、そもそも聖戦なんて繰り広げていないので関係はない。

 異世界モノ……思い出すのはNG騎士ラムネ&40。
 アニメで放送した当時、名前の由来とかまるっきりわからんかった。正直今でもよくわかってませんです。
 守護騎士の数とか破壊戦士の数とか四天王の数とかいろいろ足すとアラ不思議って話もありますが、当時はそんなこと気にせず視てました。
 俺は今っ! 猛烈にぃっ! 熱血してるゥー!!
 このお話は、そんな熱血とは程遠い残念な物語である。

 なおタイトルの由来はエルフを狩るモノたち。
 オオカミ(チョーさん)の回とガリーライスの名前は多分きっと忘れない。
 サブタイトルは大体、異世界転移や異世界から転移系の作品のタイトルをもじったものになります。
 このすば原作と似たようなアレです。


カエルを狩るモノたち

     3

 

 早速と言うべき状況。

 めぐみんのオススメで、3日以内にジャイアントトード5匹を討伐、というものを受けて、街の外へ。

 

「ねぇねぇゆきのん、トードってなんだっけ」

「カエルを英訳したものよ」

「? あれ? カエルってフロッグじゃなかったっけ?」

「フロッグは小型のもの、トードは中型から大型のものを指すの。ジャイアントトード、ということは、よほど大きいカエルということでしょうけれど……想像がつかないわね」

 

 ファンタジー。ジャイアント……巨大なカエルときた。ジャイアントフロッグじゃないことから、恐らくはハンパじゃない大きさだ。

 なにせギルドの受付の説明で、家畜を丸飲みするとか教わったし。何それ怖い。

 けどまあ初心者が最初に受けるものだとか聞いたし、受付の確認も取れた。めぐみんが初っ端から難題をけしかけたって線もない。

 だったら名前の割には楽に討伐出来るものなんだろう。

 セオリーだのテンプレだのの薬草採りは、街の周囲が平和だから問題なく採取できるために必要じゃないそうな。出来ることなら薬草採取で、大金持ちになるまでちまちまやっていきたかったわー……。

 

「………」

 

 で、街の外に出てきたわけだが。

 

「うわーはー……! すっごい眺めだねー……! なんかさなんかさっ、ピクニックとかしたくなるよねっ!」

「……Windows」

「ぷふっ!」

 

 由比ヶ浜が起伏のある平原を眺めて言う中、俺がぽしょりと呟いた言葉が雪ノ下の笑いのツボを刺激したらしい。まあね、キミノーパソとかよく見てるし。

 たまには画像とか変えてみるのもいいかもよ? ていうか起伏があるのに平原とはこれ如何に。高原? それも違うしなぁ。

 

「ではみなさんっ! ここからは既に戦場……! 一瞬の油断が命取りになる場所であると覚悟を決めてください!」

 

 下段ガードを固めていれば隙が無さそうだな。しかし、油断って言ってもな。モンスターらしきものもべつに見えな───

 

「………」

 

 ……ん? あ、うん? あれ? 目、目ぇ腐ったかな。あ、それ元からだ。目ぇ疲れてるのかな。

 なんか起伏の一部だと思ってた場所が蠢いて、なにやら跳ねてこっちに来るんだが。

 え? ちょ、ちょっと? いやちょ……冗談でしょ? 冗談だよな? じょっ……、……マジか。

 

「ねぇねぇゆきのんっ、ヒッキー! 今度おべんととか作ってさ、ここに───」

「───、……っ……」

 

 にっこにこ笑顔で景色をべた褒めしつつ、雪ノ下にピクニックについてを語る由比ヶ浜。

 その視線の先の雪ノ下は、息を飲み、息を詰まらせ、驚愕を顔に貼りつけていた。や、それはたぶん俺もだ。

 

「? ゆきのん? ヒッキー?」

「空気読めとは言わんから……むしろ今はその明るさに救われてるとこ、あるからな……由比ヶ浜。その……な? ちょっと……後ろ、見てみれ? な?」

 

 驚愕と恐怖、現実逃避したい心に前を向かせるのに必死で、言葉がヘンになるのは仕方がない。

 そのくせ、由比ヶ浜にそう促しつつ、俺は静かに耳を塞いだ。

 

「後ろ? 後ろ───って…………、……───ひ、くっ」

 

 息を飲んだ。直後、爆発。

 絶叫、泣き声、悲鳴、なんかいろいろ混ざってそうな、言葉に出来ない声が放たれ、次いで雪ノ下に抱き着いてそれはもう喚くガハマさん。

 ……あ、なんか冷静になれた。自分より動揺する人が居ると落ち着けるってほんとなのね。

 謝謝! 謝謝ガハマ先生!

 

「あー……で、だ。めぐみん。俺達はあのー……あぁ、なんだ。うん。あれ、倒さなきゃならんのだよな?」

「そうです」

「5匹?」

「そうです」

「……3日で?」

「そうです」

「一ヶ月にまからない?」

「だめです」

 

 締め切りの先延ばしを願う作家でも、そうは伸ばさんだろうことを言ってみた。当然無駄である。

 

「ち、ちなみに弱点、または耐性のあるものとかはあるか?」

「魔法全般に弱いですね。鎧など、消化できないものを着込んでいれば襲ってこないと言われています。物理……打撃攻撃はほぼ無効化するので、打撃は無駄です。切断ならばいけると思いますが」

 

 俺氏、早くも戦力外通告。

 いや、俺も雪ノ下も、気のいいプリーストさんやアークウィザードさんに補助、支援魔法、回復魔法、中級魔法とかを教わったりはしたよ? 中級魔法を教えてくれた女の子がかなりどもりまくって、なんでかめぐみんにからかわれまくってたけど、ともかく教えてもらった。

 冒険者なら余計にかかるコストも、アークプリーストだと8でも大体覚えられたよ。

 でもさ、剣もないのに打撃無効って、《筋力増強(パワード)》使った拳くらいじゃどうにもならんわ。

 仕方も無しに、パニック中な由比ヶ浜の名前を呼んで落ち着かせ……落ち着……おち……落ち着けっての!

 騒ぐでもないが慌てまくってはいた由比ヶ浜の両肩を掴んで、俺の方への向き直らせる。

 バッ、と振り向く顔が正面に。勢いとともに溜まっていた涙が散って、潤んだ瞳が俺を見つめた。

 

「………」

「……ひっきぃ……?」

 

 で、なんて言えばいいんでしょうか。

 いや、俺この場で一番の雑魚じゃないですか。そんな奴が“お前が頼りだ、喚いてないで戦え!”とか言えと? やだちょっと俺そこまでクズになりたくないんですけど?

 俺はこう見えても専業主夫志望だ。たとえば、この島、この部族の戦闘をいくら妻の仕事と喩え挙げたとしても、自分が何も出来ない時点で、全てを任せてなにもしないとかは断じて有り得ない。ヒモではない、専業主夫を望む俺なのだから。

 なので………………言える言葉が見つからない……っ……!

 と、言葉に困りつつ、由比ヶ浜が何かを期待するような目で俺を見上げてきている状況の中。

 

「『ブレード・オブ・ウィンド』!」

 

 雪ノ下が、発動させた中級魔法を操って、こちらへ向かってきていた一匹を仕留めてみせた。

 

「うおっ……なにあれ、すっげ……! 言葉として、状況としては受け入れてたつもりでも、本物を見るとやっぱ違うもんだな……!」

 

 魔法、スゴイ。

 風の刃がカエルを斬り裂く光景を見て、素直に拳を握り、見蕩れた。

 するとどうしてだか由比ヶ浜が俺と雪ノ下とを交互に見ると、雪ノ下の隣に立って、スカートのポケットから一枚の紙を取り出した。

 ……そうだ、倒せることがわかれば、それだけでも心強い。

 ならば次はあたしだとばかりに、由比ヶ浜は紙に書かれた文字を読み始めた。

 

「んと、えとー……黒より黒く、闇より深きしっこくにー……!」

 

 ちなみに、あれはカンペである。詠唱を教えられても覚えられなかったんだから仕方ない。

 由比ヶ浜がちらちらと手元の紙を見るたびに、めぐみんが「もっと自信を持って! 自分の中に渦巻くものを解放するような気持ちで!」とアドヴァイスを送っていたりする。

 

「ばんしょーひとしくかいじんにきし、しんえんよりきたれ!! ───ひゃっ!? えっ、わっ、な、なんか体の中がヘンだよ!? 熱いのが爆発するみたいなっ……! ヒ、ヒッキー!」

「いやちょっ、こっち見んな! 暴発したらどうすんだよ! あっちだあっち! ちゃんと敵を指さして、相手にぶつける気持ちで───なんだったらアレだ! めぐみんが言ってたみたく、自分の中のなかなか表に出せないモンを叫ぶみたいに解放しちまえ!」

「表に出せない───……っ……!? ば、ばかっ! ヒッキーのばかっ! しんじらんない! もっと状況とかムードとか考えてよ!!」

「えー……? なんでここで俺が怒られてんの? つか、なんでムード?」

「うー……! でも……うんっ、よしっ! それじゃあ───『エクスプロージョン』!!」

 

 なにかを心に決めたらしい由比ヶ浜がジャイアントトードを指さし、魔法名を叫ぶ。

 すると由比ヶ浜の周りに集まっていた赤い輝きが空中に集ってゆき、やがて何段もの大小様々な魔法陣を作ると───その真下に光線を落とし、それが地面に激突するや“ちゅごどがぁああん!!”と巨大な爆発をうぉおおおあぁあああっ!?

 

「お見事ですゆいゆい! この、身を焦がすような熱と振動、そして破壊力……! 懐かしいものです、きっと最初の頃の私を見る周囲の目も、こんな感じだったに違いありません。肥えてしまった私の目では、この爆裂では高得点はあげられませんが……それでも! ナイス爆裂!」

 

 一歩前へ出て、その突風、その熱を身に浴びていためぐみんだったが、なにやら解説をしてから振り向きざまにサムズアップ。

 え? いいの? そう言っときゃいいの?

 しかしなるほど、こりゃあオススメするわけだ、破壊力抜群すぎる。

 これがあればよっぽどの敵でもそうそう負けたりは───

 

「……きゅう」

 

 ───しないだろうと思った矢先に、由比ヶ浜が倒れた。

 瞬間、あー、これあれだわー、と理解した。

 どうせあれだろ? 一日一発が限度ですとか、消費MPが高すぎて、ヘタすると生命力とかも削ってる~とか。

 

「いえ、放っても平気な人物を少なくとも二人は知っています。ゆいゆいはまだまだ魔力量が足りないということでしょう。……ついでに私も。───つまり爆裂道とは生易しいものではなく、しかし登り甲斐のある険しい山と言えるのです!」

「おい、今なんつった? 途中、小声で、しかも早口でなんか言ったよな? なんつったの? ねぇ」

「いえ別に。というわけでいよいよ真打登場です! 先に立つ者として、ここは最強最大のお手本というものをお見せしなければ! さあ、見るのですゆいゆい! これが、これこそが我らが歩む爆裂の、まだまだその過程でしかない究極です!」

 

 よっぽど魅せたかったのか、話の途中からめぐみんの目から赤い光が───夜のバイクのテールランプのように漏れ、いっそモンハンのナルガクルガさんが怒った時のように光の残像を残しつつ輝くと、めぐみんは既に詠唱を終えていたそれをいざ、マジックワンドを突きだした状態で───! ……あ。

 

「お、おいめぐみん! 後ろ! 後ろ見ろ後ろ!」

「ハチマン! いいところで邪魔をしないでください! 私は今! ここで! 爆裂道の先輩として、最大限に格好良くキメなければきゃぷぅっ!?」

「うおぉぁあああああああっ!?」

 

 先ほどの由比ヶ浜の爆裂魔法の音に驚いたのだろう。

 地中からもりもりと出てきたジャイアントトードが、マントをはためかせながらやかましく口上を披露していためぐみんにロックオン。

 いざ、と構えた彼女を後ろから、さらには頭から、一気にがぼりと膝あたりまで喰らった。

 

「ちょっ、ばっ……おぉおおお前が食われてどうすんだ!? おいちょっとマジどうすんだよ!」

 

 かつてない衝撃。そりゃそうだ。人が喰われる瞬間なんて見たことがない。

 進撃の巨人がどうとか以前に、漫画でもなんでもなく実際に目の前で人が喰われる瞬間とか、ほんと冗談じゃない。

 だから思わず女子に助けを求めようとしてしまう自分は、この場合仕方ないよな? だって俺、アークプリーストで、有効な攻撃系能力が対アンデッド系しかないんだもの。

 ……そこ。マジお姫様とか言わない。

 

「ゆ、ゆきっ雪ノ下っ、魔法でうおぉおおおおおいぃ!?」

 

 サブタイ:振り向けばそこに。

 MPを使い果たした由比ヶ浜を助け起こそうとしたのか、おぶろうとしたのか。由比ヶ浜を背に乗せたまま、自分まで倒れてぐったりしている雪ノ下が居た。ご丁寧にぜえぜえ言ってる。力を使い果たしたらしい。なんか静かだと思ったらなにやってんの!? ねぇちょっとほんともうなにやってんの!? 俺が言えた義理じゃないけど! 現時点で自分が姫様すぎて、なんの役にも立てない未来が描けて仕方ない俺だけど!

 

「……、……」

 

 ごくりと喉が鳴る。状況は最悪……しかしだ。やれることがないわけじゃない。

 まずは───

 

「《筋力増強(パワード)》! こ、のっ……ぉおおおっ! っ……うおぉおおおっ!」

 

 自分に筋力増強支援魔法をかけて、めぐみんが飲み込まれる前に足を掴み、引きずり出すと、そのまま逃走。

 途中で雪ノ下も由比ヶ浜も回収すると、雑だだのどうのと文句を言われようが逃げ出した。

 跳ねつつ追ってくるカエルから、泣き叫ぶのを必死で我慢しながら逃げ出した。泣き叫びません。だって男の子だもの! ……でも逃げるくらいは許してくれ。男だって人間なんです。涙だって笑って見逃してくれ、男だって泣きたい時に泣きたいもんなんだよ。

 途中で魔法効果が切れて、ぜえぜえ言いながらアクセルの門へと戻ってきた俺達。街に入れば大丈夫と、どこぞのRPGのような感覚で逃げ帰ったわけだが……これ、モンスターを引き連れてきただけの迷惑野郎じゃないだろうか。ヘタしたら街の人に恨まれない?

 

「はっはっは、随分と手古摺っているようだな。だが、死なずに戻ってきたのは満点だ。生きていればどうにかなる。また挑戦しなさい。───ふっ!!」

 

 ぞざんっ、と。そんな俺の考えなんて軽くぶち壊し、追ってきたジャイアントトードを斬り裂き、倒してくれた衛兵さん……マジ格好いいっす。パネェっす。どこぞの紅魔族さんとは大違いっす。もう一生ついていくっす。嘘っす。働きたくないっす。

 

……。

 

 そんなわけでギルドのテーブルに座って一息つき、早速反省会めいたものを始めたわけだが。

 あ? 由比ヶ浜? ちゃんと隣に座らせてるよ。負ぶりながら座れるわけないでしょ。可能かもしれんけど俺にそれを試す勇気はない。

 

「おい、ベテラン魔術師……。あれいったいどうなってんの……」

「ちょっとした油断です。まったく、口上途中の者を攻撃するなど、存在として不出来もいいところですよ」

「詠唱終わってたんだったらすぐ撃てたよな? なんでわざわざべらべらくっちゃべってたんだよ。そこんとこきちんと説明してもらうぞベテラン」

「ふっ……なにをわかりきったことを。……格! 好! いい! から! ですっ!!」

 

 よし行くか。

 立ち上がり、ヌベチャアとカエルの汁で濡れたマントを翻し、片手を胸に当てて元気よく叫ぶめぐみんをほったらかして歩きだす。

 特に感情らしいものも乗せない表情のまま、状態を持ち直した雪ノ下とともに、再び俺が由比ヶ浜をおぶるかたちでその場をあとに───しようとして捕まった。

 

「あぁああ待ってください! 今、カズマが居なくてすることもなく、暇なのです! カズマが国の姫様とやらに連れられて以降、アクアは豪遊するしダクネスは難しい顔をして出ていくし! わ、私だけでなにをしていろというのですか! どうしろというのですか!」

「知らん。どっかその辺でレッツ爆裂しててくださいむしろ服引っ張らないでください通報しますよごめんなさい」

 

 あと誰。カズマって誰。

 わからんけど、こいつの仲間ってことはきっと苦労してんだろうなぁって予想はつけられた。

 ちょっ……いいから手、離しません? 制服がカエル汁で汚れるからやめろ。なんで先に風呂行けって言ったのに行かないの! 行ってくれたら俺達もさっさと逃げられたのに! ……あ、それがわかってるからか。自分ってものがわかってんのねこの幼女。……わかってんなら改善してくれ、いやマジで。あ、それ俺もだわ。人のこと言えた義理じゃないわ。

 

「何を言うのですか。私とて爆裂魔法を放てば倒れてしまうのです。そうなったらいったい誰が私を街まで連れ帰るというのですか!」

「───」

 

 口を一文字に引き結び、振り向いてめぐみんの腕をきゅっと掴む。こう、由比ヶ浜の足を肘部分で抱え込むようにして伸ばして。密着度が増したけど気にしないでください。息遣いがうなじに当たったりとか弾力やばいとかいやいやそんなことは。

 で、腕の……こう、ここな。握力に関係する部位をきゅっと圧迫して、制服を掴んでいた手が緩むや逃走。

 しかし今度はおぶっている由比ヶ浜のリュックを掴んでくる始末で……ええい離せっ! 今さらだがもっと早くに気づくべきだった! こんな始まりの地点で気安く声をかけてくる相手なんて、面倒ごとを持ってくるやつって決まっていたはずだったのに……!

 

「はぁ……その。めぐみんさんと言ったかしら」

「はい、めぐみんですが」

 

 リュックから制服、制服から由比ヶ浜の体、と掴む場所を近づけてきためぐみんへと、振り向きながら頭を押さえつけることで近づけなくするんだが……ちょっとやだなにこの娘、無駄に力が強いんですけど?

 

「魔法を教えてくれてありがとう。私は別の人に教えてもらったけれど、あなたにはスキル習得は慎重に、という言葉を強く強く学ばせてもらったわ」

「いえいえ礼には及びませんよ。同志が増えてくれたのです。この出会いは私にとってもとても素晴らしい邂逅であったと言えます」

 

 皮肉たっぷりの雪ノ下の言葉を華麗にスルー。

 むしろ爆裂魔法という素晴らしい魔法を覚えられて、感謝されるということ=最高の賛辞と受け取っているっぽいこのちびっこはしかし、話す姿勢はとったものの、由比ヶ浜から離れない。

 どんだけ同志探してたんだこの娘。

 そんな幼女の顔面を右手で押し退け、引き剥がそうとしているわけだが……あ、だめ、なんか腕力で幼女に負けそう。なにそれ辛い。泣ける。

 しかしその手が不意に滑ったのか、その服が由比ヶ浜のリュックのチャックに引っかかり、一気にジャッと開けてしまう。

 あ、まずい。女子の鞄等を勝手に開けるとか、社会的に死ぬ。俺が。だから中身なんて絶対に見ない。見たら死ぬ。俺が。

 ゆ、ユキノシタ=サン? これ不可抗力だからね? 悪いのこの幼女だから。

 ……ん? しかし待て? そういえば俺達はそもそも、奉仕部に───

 

『……あろえ?』

 

 ───……後ろを見ず、リュックから全力で顔を背けてぎゅーっと目を瞑ってた俺の耳に、そんな声が届いたのは……そんな疑問を抱いた直後だった。

 そう、リュックにはアロエが入っていた。

 由比ヶ浜の、ではなく、俺が自室から連れてきたアロエである。

 小町のタイダルウェイブ事件から大分経つとはいえ、どうにも対人恐怖症(俺は除く)になりつつあったアロエの話題になり、平塚先生に一度奉仕部に連れてきてくれと頼まれたのだ。

 連れてきてくれと言った理由が……いや、平塚先生本人は必死に否定していたが、自分で育てていたアロエ達が出す話題が、婚約だの結婚だのに偏り過ぎていたからでは断じてない、らしいが。それ、答え言ってるようなもんだからね? 俺達がどんだけ気まずい空気を味わったと思ってんの。

 で、授業が終わり、奉仕部の活動が終われば帰るだけとなり、帰ろうとしたら───由比ヶ浜がアロエのことで話があると言い出し、雪ノ下もそれに頷き。まあようするに“アロエとの良好な関係の築き方に”ついてを教わりたかったらしく、「いろいろ教えてもらう代わりにあたしが連れてくよ!」とアロエをリュックに入れたのがそもそも。

 さて、思考を現在に戻すが、今の状況はそんなアロエを見ためぐみんの反応とは如何に、って状況だった。

 こんな世界だ、まさかモンスターだーとか言い出すんじゃ、と警戒したのだが、

 

「驚きです……他にも居たのですか」

 

 と、随分とあっさり受け入れていたようだった。

 ぎゅっと瞑っていた目を開き、振り向いてみれば、確かにアロエがいた。

 リュックが開けば目の前に他人さん。そんな状況に、アロエ自身は『ぴゃぁあああ……!』と悲鳴をあげてキョロキョロしだして、俺を見つけるやビワーと泣き出した。

 仕方ないので由比ヶ浜を下ろして雪ノ下に任せ……あれ? おいちょっと? 由比ヶ浜さん? 降りっ……ちょ、降りなさい! むしろ離せ! 普段キモイとか言ってんのに、体がダルい時だけ下ろすなとか調子いいこと言うつもりか! ……あ、俺も言ってみたいかも。

 言ったら言ったで小町あたりに蹴落とされそうだが。

 

「……、他にも、とは……めぐみんさん? まさかあなた、見覚えが……?」

「ええ、よく知っていますよ。屋敷の庭に居ますし。……ふわぁあ……! こちらも可愛いです……! な、撫でてもいいですか? いいですよね? 撫でますよ?」

「あー……それはアレか? 他人の空似的なアレじゃなく、水だの栄養だのをきちんといろいろ要求してくる系のアレか?」

「比企谷くん、アレかアレかとうるさいわ。解決したい疑問があるのなら、きちんとわかりやすい形で口にしなさい」

「この状況でどう冷静でいろってのお前……」

 

 異世界転移ってだけでも心のキャパにどっしり来てるんですけど? さらにはこの、女子を負ぶっているって状況。やっぱり息がうなじに当たる~とか、柔らかさがアレだとか弾力が───ん、ごほん。

 ともかくだ。

 由比ヶ浜の足を深く抱え直し、掌を上に向けた状態にして、雪ノ下に頼んでそこにアロエの植木鉢を置いてもらう。

 ……おう、重い。片手でアロエ在宅の植木鉢はさすがに重いわ。

 仕方ないので筋力増強魔法を静かに唱え、段落を。

 

「うし、そんじゃーな。まぁ、また会う事も……ないな。うんない。なさすぎてあきれ果てるまである」

「待ってください何をいきなり会話を終わらせに入ってるんですか」

「いや、終わっただろ。終わったよな? もう話すことなんてないだろ」

「アロエに関して話すことがあるでしょう! 何故あなた方がそれを持っているのかとか! ハッキリと言います。カズマはアロエと言っていましたが、私はこんな土から生える少女を見るのは初めてです。安楽少女というモンスターは知っていますが、それだけです。ここは一度、皆で考えるべきではありませんか? それが終わったらゆいゆいと爆裂魔法についてを昼夜問わずに語り明かそうと───」

 

 どう考えても後半だけが望みです本当にありがとうございました。

 うっすらと微笑みを浮かべ、愛想笑いをしつつ会釈をすることで静かにその場を去る準備をする。そしてそのまま静かに退場を───というところで雪ノ下に捕まった。

 

「待ちなさい比企谷くん。その……もしかしたらこの世界こそが、この子の故郷、ということは考えられないかしら」

「……はぁ。お前こそ冷静に考えましょうねぇ雪ノ下。そこの幼女が“他にも居たのですか”と言った。普通に考えて、一般的な存在じゃないのはわかり切ったことだろ。それ言い出したら、ららぽ前でアロエを売り出してたヤツが何者なのかが余計に気になるわ」

「彼女がたまたま知らなかっただけ、という可能性もあるでしょう」

「いえ。紅魔族は里である程度の勉強をしますが、学ぶモンスターの中にアロエのような存在はありませんでしたよ。別の存在としてなら知っていますが。というか彼女はモンスターという分類ではなくアロエです。カズマの魔物を感知するスキルにも一切ひっかかりませんし」

「魔物感知……そう。その───敵意がないから、という理由は有り得ないかしら」

「む。それを言われると断言はできませんね」

 

 そうして、やいのやいのと始まる問答。

 目の前に存在する現実としてでなく、知識として受け止めるや、それを判断材料として利用できる雪ノ下、マジパネェッすとか言いたい状況。

 

「うぅ……ひっきー……お水飲みたい……」

「いーからお前はまず下りない?」

「…………ゃだ」

 

 ぽしょられた。

 降りたくないらしい。まあその、別に俺はいいんだが。ほら、筋力増強してるから、視線以外はそれほど苦じゃないし。

 ただまあその、あー……いやげふんげふん。

 大変暴力的な弾力が背中にとか、そんなことは全然。女ってなんでこんな、いい匂いするんでしょうね。もう八幡わかんない。

 

「ともかくカズマが戻るまでは暇なので、私が冒険というものを教えてあげましょう。ええ、どうぞ大船に乗ったつもりで。こう見えても魔王軍の幹部連中と幾度も渡り合ってきたベテラン冒険者ですからっ!」

「「「───……」」」

「おい。そこで半眼になって黙る理由を聞かせてもらおうか」

 

 魔王軍幹部相手に立ち回れるくせに、カエルに食われるって何事だよ。初級冒険者が受ける依頼じゃなかったのかよ。レベル高すぎんだろあのクエスト。

 あー……はぁ、どちらにせよまずは地盤固めが必要だよな。

 依頼のこともあるし、レベルってものもあるらしいから初級脱却くらいはしておくべきだろう。

 

「ところで分類として知ってるアロエって、この世界じゃどんなのなんだ?」

「悪魔等が用いる、お尻からアロエが生える呪いですね」

「すまん訊くんじゃなかったわ」

 

 そんなわけで俺達は、めぐみんの案内のもと、この街での生き方というものを教わることになった。

 

 

 

 ───そう、それは快晴に恵まれたうららかな午後。

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 それは、簡単な依頼を終えたあとの、外の様子を見るため歩いた昼下がり。

 

「───ロージョン』ッ!!」

 

 それは、天気雨の降るある日の静かな平原。

 

「───ジョン』!!」

 

 それは、トレインした蟻っころから逃げ出したのちの朝。

 

「ン゙』ッ!!」

 

 そのどれもが敵をおびき寄せ、集めてからの一撃であり、なるほど、確かに効率はとても、とてぇもよかった。

 ……ああ、よかったな。由比ヶ浜にだけ。

 当然現実に、仲間だからパーティーだからって理由で、経験値が振り分けられるーなんてことがある筈もなく。冒険者って理由でものすげぇ速さでレベルアップを果たしていく由比ヶ浜をよそに、俺と雪ノ下の伸びはイマイチだった。

 

「『エクスプロージョン』……!?」

 

 てか、由比ヶ浜の……冒険者のレベルアップ、めっちゃ速い。20レベルなんてあっという間だったわ。今もなお上がってる。

 

「『エックスップローォジョォン』!!」

 

 つーかだよ? 俺達そもそも、めぐみんからエクスプロージョンしか教わってねぇよ。冒険というものを教えてあげますとか言っておいて、エクスプロージョンしかやってねぇ。

 そのめぐみんも途中から、王都に行くことになったとかで餞別置いて居なくなったし。が……まあ、俺達も案外上手くやれているほう……なんだろうか。よくわからん。

 

「『えくす……ぷろぉじょん……?』」

 

 宿は借りられてるから問題ないんじゃねぇの? いや、俺はアレだよ? 節約のために馬小屋だから。女子二人は宿だけどな。ほら、最近物騒だし。いや一般論の話であって、こっちの世界の一般論なんて知らんけど。

 ……つか由比ヶ浜、言い方で威力とか変わらんと思うから、毎回発音変えるのやめなさい。

 

「『えくすぷろーじょん』……」

 

 え? めぐみんがそれも重要だって言ってた? 込める想いも必要だから、それは自分で探してくださいって? ……普通でいいから切なげに爆裂魔法放つのやめなさい。

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 ん、それでいいから。……あ、一応カエル討伐はきちんと終わらせたから。近寄らせずに、地面に注意して魔法でかかれば案外楽勝ってことがわかった───矢先に食われて、自分が何かに食われるという恐怖を刻み込まれた。ああ、こりゃトラウマになるわ。




 書きたいものが多いのに時間がない……よくあることですよね。
 そんな時は設定だけがやたらと捗って、いざ書いてみると『思ってたのと違う……』ってなったりします。
 しかし書かないのもムズムズするのでとりあえず書いてみると、なんかやっぱり違うわけで。
 しかし重要なのは書き手がまず楽しむことらしいので、楽しんで書くことだけは忘れません。失敗することなんてよくあることですし。

 関係ないけど川柳少女、面白いです。
 ではここで1川柳。

  ポイ捨ては シンリンカムイが 許さない

 ヒロアカのコミックスを持ってる人ならまず知ってるアレですね。
 ところでヒロアカ二期を見てて、今さらフルカウルのアレでそういえばーと思い返すことがありました。
 常に全身にワン・フォー・オールを、って、つまり第一話でオールマイトが言ってたマッスルフォーム理論、プールで常に腹筋 力み続けてる人のアレだったんですね。
 妙に「そーゆーことかァアア!!」と納得出来ました。
 オールマイトも同じ道を辿ってたんだなぁって無駄にわかる一幕。
 単行本第一巻第一話を読み返してニヤニヤしてしまった……!
 グラントリノはトシノリは最初から出来たと言っていましたけど、要するにオールマイトにとってのフルカウルがマッスルフォームってことなのではと。そう思ったら無駄にワクワクしてしまって! ぼかぁ! ぼかーもう!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。