どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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 フハハハハ! ただそこに居座って使いっ走りのように働く悪魔さん!
 敷金礼金一切無しともっぱらの噂! 報酬ゼロで地獄の公爵が雇えるポンコツ店主は実に幸運と言えるであろう!
 まあ余計なものを仕入れた際にはバニル式殺人光線が放たれるわけだが。

 ところで給料どころか店の家賃さえ危ない状況下で働くことを、果たしてバイトと呼ぶのだろうか。いや、店を潰さないためにも我輩が他所の店でバイトをしなくてはならない状態はバイトとは呼べぬであろう。
 約束があるとはいえ、我輩がバイトとして働く先には夢がある。
 その素晴らしき果てにてスカを喰らわせ、幸福から絶望に叩き落とされる瞬間にこそ……我輩は滅びたい。

 ああ、ちなみに今回、我輩は大して活躍はせん。
 原作6~7巻の流れが地味に混ざるので、知らぬ者は流れで読むか、または書店へ急ぐが吉である! 見通す悪魔、バニルさんがお報せしよう。電子書籍等ならば時に安値で売られる場合がある故、そういった時にこそまとめ買いをして楽しむのだ! フハハハハ、安いぞ!
 電子書籍には時におまけの話も混ざる故、そんな機会があったなら是非! ……といった風に話を混ぜてみるのが、あからさまマーケティングというものである。

 そんな小話。


ゼロの使い悪魔

     4

 

 ある日のこと。

 そういやアクセルの街のことを詳しく知らんかったという理由で、三人揃って街の散策をしていた時。三人揃ってっつっても、一人はとっくに爆裂魔法ブッパなした後だから、俺の背中でぐったりなのだが。

 

「おっとそこな目が腐った少年よ。暇であるなら是非冷やかしていくがよい。つまりはいらっしゃいである」

「初対面でなんて言い草だ」

 

 とある魔道具店の前で掃き掃除をしていた仮面の男に、店を見ていけと誘われた。

 仮面なのに表情に応じて目尻が釣り上がったり下がったりと……なんなん? あれも魔法具の一種なん?

 

「察しの通り、まあ似たようなものである。さあさまずはずずいと中へ入るがよい、己の家事スキルでは似たようなものなのに、専業主夫とヒモは違うと言い切りたい少年よ」

「ちょっと待てなんでそんなこと知ってんだ」

「フハハ、人生とはそういうものだからである。楽して生きたいと願い、苦を背負い生きたいと願う者と寄り添えればいとめでたし。そこより産まれる新たな命も、また環境故に良い悪感情を抱くことであろう」

「………」

 

 胡散臭い。この街には胡散臭い存在しか居ないんだろうか。

 そう考えるとギルドの受付の人とかめっちゃ親切ね。初対面なのに「目が腐ってますね」とか普通に言うけど。

 アロエの影響で元に戻ってたはずなのに、なんでかこの世界に来ると同時に戻ってたんだからしゃーない。

 

「ね、ねぇねぇヒッキー、糸目がどうとか言ってるけど、なんのこと?」

「勉強頑張れだと」

「へー……って、なんであたし初対面の人に応援されてるの!?」

「いと・めでたし、よ。由比ヶ浜さん。話の中で、利害が一致している人同士が連れ添えてよかった、ということを例えているのよ」

「へー……! って違うじゃんヒッキー!」

「あーはいはいすんませんねー」

「ヒッキー!」

 

 だから勉強がんばんなさいって言ってんだよ。

 ともあれだ。べつにスルーしてもいいんだが、こういうところにこそ掘り出し物があるのがファンタジーの常。

 ガンコ一徹な親父鍛冶師は良いものを打ってくれたり、家宝的な武器を持っていたり。あれってなんで主人公が扱う武器ばっかりか、訪れたキャラ専用武器ばっかりなんだろな。たまにはお連れの魔術師とかヒーラーが使う武器とかを置いてなさいよ。

 

「今この店の商品を買えば、昼に蠢き夜に囁くバニルさん人形を漏れなくプレゼント! まあ商品はちと値が張るが、一見の価値はあると思うぞ?」

「ねぇゆきのん、これってあれだよね? 新聞の勧誘とかのさ、特典つけるから契約しろって。や、やめとこ? べつのところに───」

「おっと待つのだ、そこな受付に知性の欠片もないと断言された恋する巨乳少女。なにも我輩は買えと言っているのではなく、中に入って見ていけと───」

「わー! わー! わー!! ななななに言ってんの恋するとかなに言ってんの信じらんない! ───てかなんで知ってるの!?」

「落ち着きなさい由比ヶ浜さん。その態度は今まさに恋をしていると言っているようなものよ」

「はきゅっ!? ……~……」

 

 うわー、顔真っ赤。自分の肩越しに真っ赤な女子を見るとか、どんな経験なのこれ。つか、やめて? 俺なにも言ってないでしょ? なんで涙溜めながら頬膨らませて、俺のこと睨んでくんの。

 あと雪ノ下、そこはせめて知性のこともフォローしたげて? この睨み、地味にそこも影響してるっぽいから。

 

「家計のために勧誘を警戒するその在り方は実に見事。良きお嫁さんとやらになるであろう。なんならこの全てを見通すバニルさんが、その将来を見てやっても良いが───まあいいからまずは商品を見るのだ。気に入り、もし買うというのであれば、少女よ。……攻略法をそっと囁くことも出来るのだが?」

「えっ……こ、攻略? それって、あの、えとー…………恋の?」

「ふふん、然り」

「───! は、入ろっ!? 入ろゆきのんっ! ほらヒッキーも!」

「お前なに囁かれたの」

「なんもささやかれてないってば! う、うん、だいじょぶ。ちょっぴり聞いてみたいだけで、そういうその、攻略は、自分でやんなきゃだし」

「?」

 

 首を傾げつつも、まあ中には入るつもりだったから歩く。

 中に入ってみれば、少々狭いかなと思うそこに、びっしりと商品が並んでいた。

 カウンターには色白すぎる女性。学生単位で年齢を喩えるなら大学生くらいか? 若いなおい、お手伝いなのか?

 

「い、いらっしゃいませっ、どうぞ見ていってくださいっ」

 

 お手伝いさん確定。どうも手伝ってます感が滲み出ている。

 仮に店主だとしても、普段からよっぽど客が来てないんじゃないかって思える態度だ。

 ……うむ。そして由比ヶ浜や雪ノ下さんに勝るあの双丘。見事である。

 男でごめんなさい。

 ごめんなさいだけど、心なし、由比ヶ浜の密着度が増した気がした。

 

「………」

 

 そんな事実から目を逸らしつつ、しかし意識は背中に集中させつつ……いや、げふん。ともあれ商品を見ていく。

 説明書きがきちんとあるが、衝撃で爆発するポーションとか空気に触れると爆発するポーションとか胃液と混ざると爆発するポーショ……爆発系しかねぇのかよここのポーション。

 ちょっとやめて? ポーションって俺の中じゃ回復とかそっちの意味合いの方が多いんだから。これ以上破壊力側に傾かせないで? 自分の中のファンタジーの常識が朽ち果てちゃう。

 

「あっ、そのポーションはおすすめですよっ? 投げて容器が割れると爆発するポーションでして」

 

 しかもオススメされちゃったよ。

 自信ありげに微笑まれてるよ。胸の前で合掌された手が傾けられて、なんか笑顔と相まって可愛いよちくしょう。そういう問題じゃないな。すまんかった。

 

「い、いや、もっとこう、効果が長持ちするとか、永続するようなものは……」

「そんな都合のいいものがあるわけがないでしょう。比企谷くん、自分の都合を押し付けて、お店の人を困らせるのは───」

「あ、でしたらこれなんてどうでしょう。飲むと胸が大きく───」

「───!! あのっ!」

「ひゃあっ!? え、え? あの……これに興味がおありですか? ですけど───」

「……、くっ……その。あ、あのっ───いえっ、その。興味があるわけではなく、けれどその……詳しく」

「えっ? え、えっ……えぇえ……っ?」

 

 ちょっと? おいちょっとー? 雪ノ下? 雪ノ下ー?

 抑えて、そこは抑えてー? 自分の都合の押し付けすぎて、お店の人がたじたじになってるから、抑えたげてー?

 

「あの、女性の方にはあまりおすすめしませんよ? 胸が大きく隆起して、力が向上するポーションですから」

「由比ヶ浜さん、爆裂魔法の準備を」

「やめてください!?」

 

 教訓。人の話は最後まで聞きましょう。

 

……。

 

 爆裂騒動の中、いや、ブッパしたわけじゃなく、抱き着かれてまで止めに入られた由比ヶ浜が驚いて、ぎゃあぎゃあ騒いだのちのこと。

 ぽろりと聞き捨てならない言葉が……結局店主だったらしいこのリッチーさんからこぼれたわけで。そう、リッチー。なんかモンスターだったらしいのよね、この店主さん。しかも元人間ときたもんだ。

 

「そう……。その若さで大変でしたね」

「えっ?」

「うん……でも大丈夫だと思います! 生きてるんだからいいことありますっ!」

「えっ」

「そうね。目が腐っていて、日陰に潜むように蠢き、将来の夢が専業主夫な、精神からしてゾンビのような人間でも生きているのだから」

「あ……」

 

 おい。なんでそこだけ“えっ”じゃないの。なんで俺の方を見て“ああ……”って納得顔しちゃってんの。

 納得しちゃったの? 俺の部分だけ納得しちゃったのちょっと?

 

「由比ヶ浜、爆裂魔法の準備を」

「だからやめてくださいぃ!! さっきも言いましたけど、私はリッチーですが別に悪いことをしているわけではっ!」

「黒より黒き、闇より深き漆黒に───」

「なんで素直に詠唱始めてるんですか!? ややややめてくださいぃいいい!!」

「わきゃあっ!? つめたっ! やっ、ちょっ! だだだ抱き着かないでー!! ヒ、ヒッキー! ヒッキー!!」

「おわっ……人の背中で暴れるなっ、ちょっ、重っ!」

「なっ!? おぉおお重くないし! ヒッキー女の子に重いとかほんっとでりかしーない!」

「デリカシー以前にお前に縋りついてる店主さんなんとかしろいえしてくださいマジきついから!」

「……はぁ」

 

 騒動をクッションに、どうせMP足りないから撃てもしないのに詠唱した由比ヶ浜が背から下りて、店主さんが用意してくれた椅子と丸テーブルにちょこんと座る。

 用意された紅茶をスズ……と飲んでは、由比ヶ浜が「あ、おいしっ……!」と表情を明るくし、雪ノ下は「淹れ方が違うのかしら……それとも茶葉自体が……?」と考察に忙しそうだ。

 あ? 俺? ……椅子、二つしかなかったんだよ。察してくれ。

 

「一応分類としてはアンデット側、つまりモンスター側な存在が店主って。つまり外のあのおかしな仮面の男も?」

「はい。私はリッチー……アンデッドの王と呼ばれるリッチーで、外のバニルさんは地獄の公爵さんです。大悪魔さんですよ?」

「…………マジすか……。え……? まっ……マジですか……?」

「比企谷くん……モンスターでさえ仕事をしているというのに、あなたという人間は……」

「やめて? お願いやめて雪ノ下。同じこと考えてたから将来設計が涙なしで語れない」

「むつかしい顔するくらいなら、働けばいいじゃん」

「ぐっ……」

 

 ほっとけ。なりたい自分になりなさいと、過去の超大作な物語における先人は散々語ってきたんだよ。で、俺は専業主夫になりたい。隙の無い人生プランな筈だったんだよ。

 こうして、死してなお、アンデッドに堕ちてなおお店を構えて働く人が居るとか知らなければ。

 なんなのちょっと、アンデッドとはいえ王様がきちんと働いてて、悪魔とはいえ公爵様が掃き掃除なんてものをやりながら集客熱心とか。

 ……やだ死にたい。軽く死にたい。

 しかも今、戦闘においても俺、ほぼヒモだよ。支援魔法を使ってはいるけど、べつになくてもやれることでもあるし。

 俺も雪ノ下もなんでかMP……魔力量はいっぱいあるから随分と撃てるけど、由比ヶ浜は……、……ん? そういやそもそも、爆裂魔法の消費MPっていくつくらいなんだ? レベル1で撃てるほど安くはないよな?

 ……あ。なんか少し見えてきた。俺達に異世界転移の特典があったとしたなら、それは多分……。

 じゃあそのー……あれか? 全員魔道士系でよかったといえばよかったのか? ……いいってことにしとこう。じゃなきゃ悲しすぎる。一人冒険者だけど。

 つか、由比ヶ浜の場合はあのポイントだけでも十分だろ。俺もあれくらい欲しかったわ。

 

「それでその、私がリッチーだということは……」

「あー……いや、好んで面倒事に首を突っ込む趣味は持ってないっすし、勝手に上がり込んで、枯れ尾花通報とか後味悪いにもほどがあるでしょ」

「かれおばなつーほー?」

「化け物の正体見たり枯れ尾花、と言いたいのよ。幽霊の、で広く知られている言葉だけれど、正しくはこちらね。ようするにたまたま寄った場所で必死に働く女性が居て、たまたまその人の正体が化け物だったからといって、人に教えて手柄にするつもりはない、と彼は言っているのよ」

「ほえー……そ、そっか。うん、そっか」

 

 やーだー、またわかってないわよあの子ったらー。

 わかってないのにとりあえず頷いとくのはやめときなさいって、普段から雪ノ下にあれだけ言われてんのにー。

 つか、ユキペディアさんパネェっす。人の考えてることにまで対応してるんですかそれ。

 

「代わりと言ってはなんですが、商品をお安く……は、勝手にするとバニルさんに怒られちゃいますので……ええっと……あ、そうだ。もしあなた方の中に冒険者の方がいらっしゃるなら、リッチースキルなんて覚えてみませんか?」

「リッチースキル?」

 

 返しつつ、冒険者である由比ヶ浜を見る。

 ……きょとんとしてる。めっちゃきょとんとしてる。

 

「はい。ドレインタッチやゾンビ化とか……あ、アンデッド支配というものも───」

 

 おい待て。あんた何か。その選択肢の中でドレインタッチ以外覚えさせる気あんのか。

 思わずツッコみそうになったが大丈夫、ぼっちは前に出過ぎない。

 考えてみればアンデッド支配もいいかもしれんし。ほら、支配下に置いておいて、無抵抗のまま倒して経験値に……ん?

 

「あ? なに、どったの」

「ふえっ!? あ、や、やー……なんでも?」

「ええ。アンデッド支配では、腐り切って死んだ目をした人物も支配下に置けるのかとか、そんな失礼なことは考えていないわ」

「ゆゆゆゆきのんっ! しーっ! しーっ!」

 

 目だけでアンデッド認定とか、生者に対して失礼以外のなにものでもねぇよ。

 いっぺんカエルの前で置き去りにして食わせたろか。

 ……あ、その場合、真っ先に食われるのは戦闘能力のない俺でした。

 

「ドレインタッチってのはあれっすか。体力を奪うとか」

「それもそうですが、魔力を吸い取ったり渡したりもできます」

「ほーん……あれ? じゃあそれ覚えれば、由比ヶ浜が爆裂魔法撃っても問題ないわけか」

「え? な、なんで?」

「撃ったあと、歩ける程度まで魔力吸い取りゃ問題ねーだろ。俺でも雪ノ下からでもいいし、なんだったら適当な魔物捕まえといて使うってのもありだろ」

「………」

「……はぁ」

 

 結論から言うと、由比ヶ浜はドレインタッチを修得した。

 ……が、なんか知らんけどむすっとして、拗ね始めた。

 雪ノ下には溜め息を吐かれたが……え? いい案だったろ。なんで溜め息吐かれてんの俺。

 

……。

 

 結局なにも買わず、スキルだけを教えてもらった俺達。

 外に出ると、大悪魔様が箒を左手に、握った右手の人差し指第二間接と親指の腹を顎に当てるという、いかにもな姿勢で俺達を迎えてくれた。気取ったイケメン連中の思考にフケるポーズってのは、なんだってこのポーズが定番かしているのか。

 

「ふむ。冷やかしていけとは確かに言ったが実際に冷やかしをされるとは。いや、金を持っていないのかと言っているわけではないがな。ないがな? だが、ポンコツ店主と知り合い、スキルを教えてもらうという形で絆を深めたのであれば、足を運ぶ機会も増えるであろう。その時は貴様らの好むものでも仕入れておいてやろう。目の前で売り切れになるよう匠に列整理をしてな。フハハハハハ!」

「地味な嫌がらせはやめろ」

「時に恋する乳女よ」

「そ、その呼び方やめて!?」

「物は買わなかったようだが、関係を繋ぐ役割を果たしてくれたことにこのバニル、感謝を届けよう。なのでそれに見合ったお返しはするべきと判断し、貴様に攻略法をそっと囁こうと思うのだが」

「ふえっ!? あ、えと、やー……でもですね、その……こういうのって自分でやんなきゃ、だと思うし……」

「実は聞きたくて仕方がないのにもごもごと時間を稼ぎ、我輩が自主的に言い出すのを待っている乳女よ。貴様の意見は聞いていないので我輩はこのまま喋るとしよう。いやなに、聴くも聞かぬも貴様次第である、勝手にするがよい。否定する(てい)を見せつつ結局は聞く恋する女よ」

「───……!」

 

 ……その後。

 由比ヶ浜はバニルに“(こい)の獲り方”を教えてもらい、なんかポカンとしていた。

 え? 鯉の攻略方法なんて聞いてなにしたかったのお前。

 この世界って秋刀魚(サンマ)が畑で獲れて、バナナが川で採れるんだから、あんま無茶な生き物を攻略しようなんて───いや、ちょ、待っ! なんで怒ってんだよ! 俺もうお前より筋力低いんだから暴力とかやめろ! やめっ……やめてください! マジで惨めになるからやめて!

 

「淡い恋への戸惑いと期待からの困惑と落胆……やり場のないこの悪感情、大変に美味である」

 

 

……。

 

 

 そんなこんなあって、俺達は今日も今日とて駆け出しの街アクセルを中心に、せっせとクエストを受注して戦っている。

 

「~……やっぱり恥ずかしいよぅ……! な、なんでこれ、こんな短いの……?」

 

 そんな中にあって、圧倒的破壊力を持つ由比ヶ浜の存在は、ここぞという時に非常にありがたいものであって……無傷で倒すことを基本の作戦とした俺達の中で、回復職な俺はとことん役に立てていなかったりする。

 緊急用魔力ポットとでも呼んでくれ。爆裂魔法を放った由比ヶ浜を負ぶって逃走or魔力を吸われることくらいでしか、今のところ役に立ててねぇし。

 いや、そりゃな、《筋力増加(パワード)》を使ったり《幸運値上昇(ブレッシング)》を使ったり、敵を集めるために《敵対心集中(フォルスファイア)》を使ったりで、せこせことはやっているが……と、まあそれはいい。

 

「いーから。そっちの方が魔法威力上がるんだからしゃーないだろ。餞別ってもんはきちんと使わないと、そのー……ほれ、あれだ。もったいないしな」

 

 そんな由比ヶ浜だが、現在はめぐみんが紅魔の里とやらで友人に貰ったらしい服を装備している。

 里帰りをした際に貰ったらしいのだが、なんの意地悪なのか数着ある服の中、明らかに自分のサイズに合わない服があったんだとか。

 それを同志のよしみでもらった由比ヶ浜。

 鑑定してみれば、どの部位の装備も魔力向上、魔法威力向上と、素晴らしい付加効果があったのだ。

 これは着なければもったいない……と、なったのだが。

 言ったとおり、現在の由比ヶ浜はめぐみん装備に身を包んでいる。

 黒マントに黒いローブ、黒いブーツに杖を持ち、トンガリ帽子まで被った、典型的な魔法使い……ではなく。

 黒マントに赤いローブ、黒いブーツに杖を持ち、トンガリ帽子まで被った、典型的な魔法使いの由比ヶ浜だった。

 腰には大きなアクセサリ型のベルトをひっかけ、首にはちっこいベルトのようなチョーカー。

 手は指貫きグローブに包まれており、それだけで材木座あたりが心トキメキそうな格好だ。

 ……い、いや。俺別にトキメいてないし? これただの不整脈だから。……そっちのがやべぇよ。

 

「うぅ……」

 

 で、そんな服なんだが。

 うん、短い。下着が見えるほどではないのだが、こう……うん。短い。

 事細かに説明させんな、短いんだよとにかく。

 総武高校のスカートもなかなかのもんだったが、それよりちょいと短いってだけで、年頃のお嬢さんというものは恥ずかしいらしい。

 まあ、わかる。一定のラインってのがあるよな、そういうの。

 ここまでなら平気だけど、それ以上だと落ち着かないとか。

 真っ赤な顔の由比ヶ浜は、しかし深呼吸を繰り返すと、きちんと立ってマントを翻した。

 ファンタジーにマント。冒険の世界に来たのなら、たとえそんなセオリーを知らずとも装備したいものの一つだろう。

 めぐみんのお下がりの杖を軽く振り回して、格好よくヴィスィーとポーズをキメている。

 ……まあ、爆裂魔法しか撃てんのだが。

 そんな由比ヶ浜はスカート部分……ローブでもスカートっていうのかね、こういうの。ともかくスカートの部分をお尻側にちょいと引っ張ると、恥ずかしそうな、困ったような顔をしたのちに深呼吸。んっ、と一人でガッツポーズを取り、雪ノ下へと突貫した。

 もう恥ずかしさはそこまで気にしないことにしたらしい。

 

「ゆきのんゆきのんっ、敵っ! 敵と戦おっ!?」

「落ち着きなさい由比ヶ浜さん。最初からあなたが張り切っていたら、あなたが真っ先に動けなくなるでしょう」

「だいじょぶ! ドレインタッチ覚えたから!」

 

 ちなみにだが、雪ノ下は落ち着いた魔導士っぽい格好をしている。男の魔法使いが身に着けていそうな、黒を基準としたズボン型の服だ。

 中級魔法程度が使えて、知力も高ければ案外戦えるってもんで、ジャイアントトードの依頼だけでも結構金が溜まるのだ。

 なので溜めた金で装備品を購入、俺と雪ノ下はこの世界の装備にきちんと身を包んだ上で、この場に立っている。

 この場───ジャイアントトードがぴょんこぴょんこと跳ねる、アクセルの傍の平原である。

 え? 俺? 俺は白と青を基準にしたヒーラーローブだよ。どうせ似合ってない。自覚出来るほど浮いている。

 でもしょうがないでしょプリーストなんだもの。それもアーク。

 男としてはさ? 前衛じゃなくてもどうしても戦士の服に手が伸びそうになるのは仕方ないよな?

 買ったところで持ち腐れになるのはわかってたよ。買わなかったよ。買えるわけないだろ。結局アークプリーストなんだから。

 

「さて……アロエ、なにか見えるか?」

『はいですよ。こちらに気づいたジャイアントトードが、跳ねずにじりじり近づいてきてるです』

 

 ちなみに、アロエもきちんと登録出来た。

 しかもアーチャー。髪の毛っぽいソレであるアロエの尖ったところから、矢にも似た棘を採取できる。それはアロエの意思次第で治癒の矢にもなり攻撃の矢にもなり、かなり優秀だ。

 千里眼などのスキルも持っているし、弓の威力、命中率向上の集中や鷲の目(イーグルアイ)といった、狩人必須のスキルも取得済み。

 棘の矢も、刺さればHPを回復するわけではなく状態異常の回復が出来て、逆に敵さんに刺して麻痺毒等を蓄積させることも可能。

 健康と万能と迷信が花言葉なだけはある。やだ強い。俺より役に立ってるんじゃないのこれ。

 

『いくですよぉ……! 先手必勝……よーく狙って~……【狙撃】(シュートヒム)!』

 

 じりじりと近づいてきているカエルに向けて、アロエが右手をピストルの形にして構え、もっさりと動かした果肉と言う名の髪から一斉に棘を射出。

 肉眼ではろくに見えもしないのに、当たると大ダメージなそれがジャイアントトードの目を潰すと、それを合図にするように雪ノ下が魔法を発射。

 ジャイアントトードは、怯んだために防御なんて意識も持てないままに魔法で切り裂かれ、絶命。

 こんな戦い方をしているが、不思議なことにアロエの棘はあっさりとまた生えて、すぐに使えるようになる。

 この世界に順応したのだろうか……ほんと不思議。

 ただ雪ノ下の初級魔法、クリエイトアースで作った砂を植木鉢の土に混ぜて、クリエイトウォーターで作った水をあげてただけなのに。

 ……それもう“だけ”って言わねぇよ。順応っつーか適応するための材料にしかなっていない気がする。

 え? 初級魔法? ああ、雪ノ下が「無いと不便でしょう?」ってあっさり覚えたよ。便利だけどさ。確かに便利だけどさぁ。

 

(まあ、アレな。シュートヒムっていっても、あれって“彼を撃ちます”って意味だから、あのカエルが雄だったかどうかなんてわからんのだが)

 

 ねぇ知ってる? カエルって基本は体外受精だから、交尾はしないんだよ?

 重なるように抱き合ってるのって包接って行為なだけで、交尾じゃないんだって。

 

『もちろん知っているのですよ。アロエは知識を蓄えることを趣味としますです。我々アロエは時に他のアロエと交信して、様々な知識を得るのです。その中に、とてもためになるものがありました。今ではそれが我々アロエの基礎と呼べる行動のひとつであり、“おかし”と呼べる生き様です』

「おかし?」

 

 シュートヒムからカエルの性別までを語ってみせると、アロエはむふんと胸を張って説明を始める。

 交信なんて出来るのかよ。え? 出来るの? マジで?

 なにそれ、もしかしてアロエネットワークとかいうの? ひと房のアロエと他のアロエが電子ネットワーク的ななにかを共有してて、最後に生まれたアロエは「……と、アロエはアロエは思ってみたりするのですよぅ!」とか言い出すの?

 

『よいですか比企谷さん! 篠山さん家のアロエが、そこで生きることで得た準則! “お”しまぬ努力! “か”かさず制作! “し”っかり勉強! それこそが我々アロエの正しい歩み方と言えるのです!』

 

 いや誰。篠山さん誰。

 ていうかこいつも、俺相手なら元気に応対できるのになぁ。

 他の誰かとなると、どうしてああも怯えるのか。……言うまでもなく我が妹のタイダルウェイブ事件の所為ですねごめんなさい。

 あとその準則を考えるに、世界に散らばる全アロエに篠山さんのことが知れ渡ってることになるから、やめたげなさい。

 

「ちなみにこの世界に居るアロエと交信は出来るのか?」

『出来ますね。少し前にしてみたのですが、妙な壁のようなものを感じて、少々邪魔をされている気分です』

「………」

 

 その交信に巻き込まれでもしたんだろうか、俺達は。

 たとえばこっちに居たアロエが俺達のことを知っていて、こっちにこ~いとかそんな電波を───……毒されすぎだな。いくらファンタジーだからって出来ることと出来ないことがあるだろ。


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