どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
それは食事のためであったり便意に襲われたり、目的のためならば働きたくないでござる星人も動けるのだ。
ではこの世界で彼らが動ける理由はなんだろう。
……自分で稼がないと食っていけないからですねわかってました。
あと別にぼっちの全てが働きたくないでござる星人なのではなく、ただ人と関わり合いたくないぼっちが大半で、関わり合いたちぼっちも大体面倒な性格であると自覚、自負していたりする。
なので一緒に働くと迷惑なんじゃと思いがち。
ゆんゆんはそこで一歩引いてしまうタイプで、ヒッキーは状況に応じて動くタイプ。でも基本関わり合いたくないし働きたくないでござる。
……ダメ人間じゃないか。
タイトルの元ネタはこれはゾンビですか?
転移、召喚モノっていっぱいありますよねほんと。
異世界から転移してきたものも合わせれば、それはもう。
……結論から言おう。
「比企谷八幡さん……。ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」
どうしてこうなった。
むしろやっぱりこうなった。
「あぁ、その……えぇと……」
とりあえずアレだな、こんな神殿っぽい場所で女性と二人きりとか、ぼっちにしてみりゃ生き地獄。死んでるけど。
無駄に意識しちゃうし、意識しちゃう自分が恥ずかしいから気を逸らしたいのに意識しちゃうし、こういう人ってこっちが黙ってても気を使って話しかけてくるから安心できないっつーか。
ようするに“やさしい女の子”なわけだ。
勘弁してくれ、やさしさは毒だ。
俺は相手がどれだけ綺麗だろうが可愛かろうが、苦手意識があれば距離を保てるぼっちの鑑。
心を凍てつかせて、調子に乗れば後で待つのは虚しさだけだと戒めれば、どんな女性の慈しみに満ちた笑みだろうがスルー出来る。
女神様がいろいろ話しかけてくるのを華麗にスルーする中、俺はといえば……死ぬきっかけになったあの瞬間のことを思い返していた。
7
レベルも安定して上がり、金策も上手く回って金が入っていったある日のこと。
「おーい比企谷ー!」
なんでか佐藤が馬小屋まで来て、俺を名指しで呼んだのだ。
藁に寝転がり、毛布だけ被っていた俺のもとへ来たそいつが言うには、仲間のクルセイダーの提案でヒュドラを倒しに行くからそれに付き合ってくれないか、とのお誘いなのだそうな。
いや、来る場所間違えてない? 確かに最近、超がつくほど順調にレベルアップしてるけどさ、ボスっぽい相手とはまだ早いんじゃない? 強大な敵との実戦経験が少ないのに、いきなりレイドボスとか勘弁だ。
そりゃな、雪ノ下が上級魔法を覚えてからは、苦労ってものが晴れ渡るくらいに討伐が楽になって、クエスト完了率も上がって、資金も潤った。そして俺の活躍がソワソワするほど消えた。ギルドに行くたびに、役立たずのヒモ野郎とか思われてるんじゃ、って見られてるわけじゃないのに視線が気になるっつーか。
まあその、それさえ気にしなけりゃ安定ってこういうことを言うのんなー……とか、のんのんとした平和を味わってる気分になれるよ? なれる。……なるよ。
ていうか上級魔法とかってもっと必要なポイント高いかと思ってた。レベル20あたりであっさり覚えられるとは。
……と、思ったのも束の間、ギルドのお姉さんに“上級魔法!?”と驚かれたので、ああまあその、なんだ。たぶんっつーか絶対にこれ、チート込みの状態だと気づいたのだ。
(……パーティー内のスキル習得必要ポイント半分、とかね、誰にも言えないでしょこんなの)
通常、爆裂魔法なら50、上級魔法なら30必要なんだそうな。
他の魔法にしたってそうだ。そもそも8程度で様々を覚えられること自体がおかしかった。
ギルドのお姉さんにスキルの必要ポイントを雪ノ下経由で訊ねてみれば、やっぱり必要ポイントが半分になっているっぽかった。雪ノ下も驚いていたが、口にはしなかったから助かった。驚きながら口を滑らせそうだった由比ヶ浜は、予想がついてたから俺が抑えてたし。やめて? そういう悪目立ちって些細なところからくるんだから。
しかしそういう状況を予測し、未然に防ぎ、回避することこそぼっちスキルの真価。
けどだ。そもそも俺達のそのー……転移特典? ってHPMPブーストじゃねぇの? と先日バニルを訊ねてみれば、あんにゃろ律儀に俺の特典スキルしか覗いてねぇでやんの。
安くない報酬を払って見通してもらってみれば、いろいろとわかったことがあった。
まず最初に、転移特典は冒険者カードには記載されないのと、神だの女神だのに近しい者ならば、特典スキルを覗くことが出来る。佐藤のところの女神様は、わざわざそんな面倒なことはしないから安心だ。が、バニルは違ったわけで。
そもそもの誤解として、俺達全員の特典がHPMPブーストだったわけではなく、俺の転移特典スキルがPTのHPMPをブーストというものであり、雪ノ下が“スキル習得ポイント半分”、由比ヶ浜が“所有ポイント寄贈”というものだった。なるほど、確かに状況的には頷ける。由比ヶ浜のだけ個人スキルだったのが悔やまれるが。ちなみに寄贈といっても由比ヶ浜から誰かに渡せるわけではなく、“キミには最初っからポイントを贈っておくよ?”という、まあ神だか誰だかから既に贈られたもの、という意味での寄贈だ。
「はぁ……」
で、問題のアロエなんだが。
アロエはなー……いや、俺達のところのアロエは普通だったよ? 問題なのがもっさりさんの方でさ。
転移特典が“強制転移”的なものだったんだよね。
それを知らずにいたアロエをバニルが発見、これは珍しい生き物だとばかりに見通してみれば、とんでもない異能力持ち。
勝手に覗いたお詫びと、未来への楽しみへのささやかな礼として佐藤の今後についてを軽く見通したことをアロエに伝え、俺達はそんなアロエに召喚されたようなものってわけで。
───ようするにだ。
今回の騒動のそもそもの発端は……平行世界の俺達に会いたいと願った、アロエが引き起こしたものだったということなんだよ!
ΩΩ Ω<ナ、ナンダッテー!?
───などと脳内でアホなことやってないで、本題に入ろう。
ともかく俺達もレベルが上がった。金も順調に稼げている。
だのに何故俺が馬小屋なのかといえば……誰にも邪魔されず自由な空間だからだ、としか言えない。
宿でも同じだろう、と言う人も居るだろうが、この世界の宿って壁薄いんだよ。誰かが騒げば聞こえるし、子供が泣けばやかましいわけだ。
その点、馬小屋はそこに住まう者たちが暗黙の了解で静かに寝る。最高じゃないの。手元に小説がないのが難点ではあるが、それでも十分だ。
なので、大衆浴場で汗を流した俺が向かう先は、馬小屋なのだ。もちろん雪ノ下や由比ヶ浜を宿に届けてからだが。
佐藤の提案で俺もバニルに商品の案を売って、金ももらったから、ほんと金は十分にあるんだけどね。
その手があったかって佐藤が唸る商品の権利を売ったわけだが、こればっかりはぼっちだからこそ売れるもの、という方向だから、お前じゃ気づけん。
さて、そんな、未だにぼっちであることを受け入れ、むしろ誇っていた俺なのだが……先日、仲間が出来た。
「……で、なにやってんのお前」
説明を終えて、息を吐いていた佐藤が、半眼でこちらを見つつ言った。
何故って、だるそうに起きて、毛布をめくった俺の隣には、一人の女の子が眠っていたからだ。
「眠ってて、起きたところだな」
「そうじゃなくて。ゆんゆんとなにやってたのお前」
「……誤解がないように正直に答えるが、たまたまギルドで商品の案についてを考え込んでたんだけどな、じ~っと見てくる気配があって、目を向けてみたらこいつが居た。で、噛みまくりの緊張しまくりのまま名乗られたかと思ったら、パーティーに誘われてな。あんまり噛むもんだから、もしやぼっちではと思ってカマかけしたらぼっちだった。で、ぼっちについて語り明かしたら……」
「明かしたら? なんだよ」
「……師匠って呼ばれて懐かれた」
「っ……」
「おいやめろよ……泣くなよ……おい、泣くなよマジで。やめろ……やめろよ!」
ともあれだ。仲間募集してるんだったらパーティー入るか? って言ったらそれはもう大層驚いておった。
なので今日、宿に向かって二人に話を通すつもりだったわけだ。
一緒に寝てたことに意味はない。ぼっち談義に夢中になって、それに付き合ってたら眠くなったから寝ただけだ。ほんと、それだけ。俺が女に手をだすとか、あるわけないでしょ。男は狼だとか、リスクってもんを正しく理解しているぼっちがそこに踏み込むわけがない。
で、ゆんゆん。紅魔族で、またしてもウィザード系なわけだが、選り好み出来るパーティーじゃないから仕方ない。
ようはアレだ。近づかれる前に魔法で倒せば済むことだ。魔法使いの射程距離なめんなってことで、後衛しか居ないパーティーが改めて組まれたのだった。あ、いや、あいつらがなんて言うかは知らんけど。
由比ヶ浜あたりがどう出るかだよな、結局。自分以外の女が雪ノ下と仲良くすると嫉妬するあいつだから、めぐみんが雪ノ下をゆきのんって呼ぶと頬を膨らませるし、今回も……ああ、そういや雪ノ下に中級魔法教えてくれたのってゆんゆんだったか。なんか見覚えがあると思った。
-_-/ざっとした回想
あれはそう。俺がプリーストさんから補助魔法やらを教わり、雪ノ下が誰かから中級魔法を教わった時のこと。まあようするに、ジャイアントトード討伐に行く前のギルド内の出来事だな。
「ゆきのんは中級魔法を覚えたのですか。どうせなら辛抱強く溜めて、爆裂魔法を憶えればよかったのに」
「めぐみんまだそんなこと言ってるの!? 他の人まで巻き込んだらだめでしょ!?」
「フッ……巻き込むなど人聞きの悪い。見るのですゆんゆん! 一切疑うことなく、爆裂道を歩んでくれた同士が既に私には居るのです!」
「えぇええええっ!? ば、ばかぁっ! なんてことしてるのよめぐみん! 人の人生をぶち壊しにして楽しいの!?」
「ぶちっ……!? ぶち壊しとは言ってくれますね! あなたには爆裂魔法の素晴らしさというものが───」
「おーい、なんか騒いでるとこ悪いんだが、初心者にオススメのクエストってなにがいいんだー?」
「おおハチマン! 丁度いいところに!」
「そういう出だしって大体ろくなことがないから、とりあえず質問に答えてくれな」
「むうっ……そうですね。一般的にはジャイアントトードが初心者向けと言われています。一般的には」
「……なにその強調された一般的。なにか裏でもあるのかよちょっと」
「む……いえ、問題ないでしょう。ゆきのんが中級魔法を覚えましたし、問題もなく楽に討伐出来ると思いますよ」
「ほーん……? そか。けどまあ気になるから一応ついてきてくれな」
「……。えっ……?」
「手伝ってくれるんだろ? あーほら、さっき……“なんならこの私が手伝いを───”って言ってたし」
「い、いえその。我が爆裂魔法はあの頃より成長を果たし、もはやジャイアントトードごときに放つものでは───」
「初心者に向かって、なんならこの私が手伝いを、って言ったよな? 初心者が受ける依頼を手伝う気でいたんだよな? どうなのちょっと、ベテランさん」
「……い、いいですよやりますよやってやろうじゃないですか! その目に焼き付けるがいいのです! 我が最大最強の魔法の素晴らしさというものを!」
「い、いいの!? めぐみん! そんな安請け合いしていいの!? だってめぐみん、再会した時だって食べられ───」
「ゆんゆんは黙っていてください! 大体なんですか喋るたびにたゆんたゆんと視界の横で揺らして! あれですか! 当てつけですか鬱陶しい!」
「痛い! ちょっとやめて! 胸叩かないで!」
……俺はその時、おっぱいに往復ビンタをする人を初めて見た。
-_-/現在
(で、なんだかんだパーティーにぼっちが追加されたわけだが)
あっさりだった。
で、連携の確認も出来ない内から、いきなりヒュドラ退治ときたもんだ。
奉仕部とアロエにゆんゆんを加えたパーティーと、佐藤率いる魔王軍幹部キラー隊にもっさりさんを足した俺達が道をゆく。
……佐藤は随分とこっちを羨ましいだのと言うが、そっちだって随分とまあ美人さん揃いなことで。
改めて見ると、人のことをどうこう言えたもんじゃねぇだろこれ。
「改めて、挨拶をさせてくれ。私はダクネス。クルセイダーを生業としているエリス教徒だ」
「うん、よろしくね、ららてぃん」
「らっ!? らっ……ららてぃん、とは……わ、私のことか!?」
「? うん。本名は佐藤くんから聞いてるから。だからららてぃん」
「~……!!」
「どわっ! ちょ、やめろ! なんで急に首絞めてきてるんだよお前は! いーだろべつに、今さらお前の本名知らないやつなんて、アクセルには───あ、でも佐藤くんって懐かしい響き……! って、やめろってこら! やめっ……やめてください!」
とりあえず会話の一つ一つで騒ぎを起こさんと気が済まんのかね、あっちのパーティーは。
佐藤の首を絞めにいってる……あぁえっと、クルセイダーの、ダクネスとかいったっけ? 本名があるらしいが、ららてぃんって由比ヶ浜のネーミングから想像出来る名前の候補がない。……あ? 佐藤が話してる時に俺は聞かなかったのかって? 好んで大勢に混ざる趣味はないのよ、ぼっちには。囁き声には敏感だけど、丁度その時は聞こえなかったんだ、しょうがない。“年上のクルセイダーが居るけど、親し気にララ○○○○って呼んでやってくれ”って言ってたのを聞いたくらいだ。
名前の部分がしっかり聞き取れなかった。
……ララ、ララね。そのままララってことはないだろうから、ララなんとかさんなんだろうが……と考えている少し横で、ヴァサァとマントが大きく揺れた。ああ、めぐみんが自己紹介始めたのか。うん知ってた。
「そして私がめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者!!」
『我が名はアロエ! ツルボラン亜科随一の多肉植物にして、爆裂道を学びし者!』
めぐみんに続き、アロエが名乗る。
信じられるか……? こんなちっさな動植物が、俺達を召喚したんだぞ……?
特典って怖いわ……マジ怖い。
「で、私がアクア。そう、アクシズ教徒が崇めるご神体、あの女神アクアよ! さあ、私を崇めなさいかわいい我が信徒たちよ!」
「あ、うち仏教なんで」
「仏教なんて今時流行らないわ、悪いことは言わないからアクシズ教に入信しなさい」
「流行り廃りで選ぶワケないでしょ……あー、ども。一応アークプリーストやってる比企谷八幡っす」
「雪ノ下雪乃です。その、アークウィザードをしています」
女神様の紹介を軽く流し、軽いまま自己紹介。
続いて雪ノ下が軽く会釈しながら名乗り、ひとりめぐみんと同じ服装の由比ヶ浜が、マントの端をぎゅうっと握りしめながら久しぶりに顔を真っ赤にしておろおろしていた。
「え、えと、えと……!」
「ゆいゆい! さあゆいゆい!」
「う、うー、うー……!!」
……これ、もしかしなくてもあれだわ。わかっちゃったわ俺。
紅魔族式挨拶をするかしないかの葛藤だわ。
その横で、ゆんゆんがめっちゃそわそわしながら由比ヶ浜をチラチラ見てるし、間違いないわ。由比ヶ浜がやってくれるなら、って感じで待ってるアレなアレだわアレ絶対。
一応ゆんゆんが、紅魔族式挨拶を恥ずかしがっていることは本人から聞いているので、由比ヶ浜が勇気を示してくれたなら、って期待してるんだろーな。
「どうしたのですゆいゆい! 気を! 気を惹けなくてよいのですか!?」
「───! わ、わわわ我が名はゆいゆい!! 奉仕部随一の空気の読み手にして、冒険者でありながら爆裂道を歩みし者!!」
とうとう覚悟を決めたのか、ヴィスィーとポーズをキメて叫ぶ由比ヶ……ゆいゆい。
そのキメポーズが、いつかのやんちゃな自分が好きだったポーズに似ていたため、古の咎が俺の心をゲイボルク。
軽く……もとい、どん引いた。
「ゆ、由比ヶ浜……?」
「由比ヶ浜……さん……? あなた……急になにを……」
「あれぇ!? すっごいどん引きだ!? めぐみん!? ねぇめぐみん!? 話が違うよ!? はなっ……こ、こんな恥ずかしい思いしたのに……!」
「───! こ、こんな……紅魔族じゃないのに、こんなふうに名乗ってくれる人がいるパーティーなら、私の名前のこともおかしいって思わないんじゃ……! わ、我が名はゆんゆん! 紅魔族族長の娘にして、いずれ族長の座を継ぎし者! あ、あのっ、ゆいゆいさんっ! わ、私と───! あ、あの……あの? あれぇ!? 聞こえてない!?」
ゆいゆいがめぐみんに詰め寄り、めぐみんが堂々と「そこで恥ずかしがるからいけないのです! もっと堂々と!」と言ってそそのかしたり、ゆんゆんがゆいゆいに期待を込めた眼差しで近寄ったり。
律儀にもう一度、今度は心から格好いいポーズ(俺の過去の咎)を取った由比ヶ浜を前に、俺が超どん引いたり。
そんな中、名乗る者が居なくなったこの二つのパーティーの中、ハッとなって狼狽えるアロエが一人……ん? 一人? って、それはもういい。
『あわわわわわ、わたっ、わがっ、え、えっと……!』
「……知ってるだろうけど、こいつはアロエな。そっちの普通に歩けるアロエと違って、根を下ろしてるから歩けないけど、気にしないでやってくれ」
と、自己紹介を終えたのだが。
なんでか由比ヶ浜が「わあああああー!」って叫びつつ、めぐみんの頬を引っ張り始めた。え? なに? なにかの気を引きたかったの? なんかそれっぽいこと言ってたけど。
いや、ちゃんと引いたよ? どん引いたじゃないの。え? 引く意味が違う?
「あ、あのっ! あの、あのぉっ! ……あ、わ、私、ゆんゆんっていいます! ゆいゆいって名前……めぐみんのお母さんと同じなんて、もしかして紅魔族だったり……!?」
「ふえっ!? ややや違う違う! あたしはその、ゆきのんやヒッキーとおんなじ日本人だから、そのー……こーまぞく? っていうのとは違うよ!?」
言いながら、めぐみんの頬から手を離し、胸の前でぱたぱたと手を振る由比ヶ浜。
解放されためぐみんは、頬を両手でさすりながらも雪ノ下へと微笑みかけた。
「ゆきのん……思えばあなたも素晴らしい名前でしたね。ハチマンといいゆいゆいといい、他のアクセルの冒険者にはない良い名です。紅魔族ではないとのことでしたが、あなた方とは良い関係を築いていけそうです」
「あの……めぐみんさん? 私の名前は───」
「いえいいのです! ……裏の名、というものでしょう? わかっていますよフフフ」
「待ちなさい、わかっていないわ。訂正っ……訂正をっ……!」
「……ハッ!? まさかゆきのんという名さえ真名を隠す偽名だというのですか!? いえ、ですが私がそれを聞くわけにはいきません。ゆきのん、どうか口を噤んでください」
「誤解だと言っているのよっ! ~……こほん。話を聞いてちょうだい、めぐみんさん」
……おい。なんでそこでこっち見んのめぐみん。
べつに俺に“聞いてあげるべきなのですか?”とか視線送らなくていいから。べつにリーダーとかそんなんじゃないし。
雪ノ下も、なんでか俺をじいっと見てくるし。なんかもうこれヒュドラ倒しに行くって空気じゃないでしょ。
しかしどうにも、同じ目で雪ノ下に見つめられた経験がある俺としては、俺なんぞに助けを求めるような、この目をさせたままっていうのは納得できるものではなく。
「……こいつの真名は“ゆきゆき”だ。耳に通したら忘れてやってくれ」
「比企谷くん!?」
しっかり者の母親とはぐれた子供が、ダメ親父に状況的とはいえ頼ってしまうような状況のさなか、敢えてその手を振りほどいてゆくスタイル。
知りなさい、我こそがぼっち。頼られたなら、自分の良し悪しでしか状況の解消なんぞ出来ません。
「───……、……ぉ……ぉおお……! なんということでしょう、裏に隠し、偽名に隠した真名を教えてくれるとは……! ええ、呼びません、呼びませんとも! そう、私たちは忘れたのです! そうですね、ゆんゆんっ!」
「う、うんっ! 絶対に口外しないし、そもそも忘れたわ! そっか……そっか! 裏の名前って方法があったんだわ……! わ、私もそうやって、本名を隠して……!」
「なにを言っているのですかゆんゆん! 紅魔族たる者が己の魂の名を隠すなど! ───そういうわけですから安心してくださいゆきのん! 思えばあなたは出会った頃から振る舞いが上品でした……おそらくやんごとなき場所のご令嬢。いえ、今の言葉もなかったことに。ええ、私はあなたの真名など忘れたのでぇすからっ!」
胸に手を当て、大げさな振る舞いでズヴァっと言葉を連ねるめぐみん。
その勢いに呑まれたかのようになにも言えない雪ノ下は、しばらくおろおろわたわたと胸の前で手を彷徨わせ……やがて、溜め息とともにその両手と頭をがくりと下げた。
「い、いやあの……めぐみん? 私もだな、その……やんごとなきー……その……」
「? なにそわそわしてるのダクネス。お風呂上りのダクネスがやってくるのを待ってるカズマみたいで気持ち悪いわよ?」
「なぁっ!?」
「ばばバッカなに言ってんだお前! し、してねぇし!? そわそわなんてしてねぇし!!」
「ところで師匠! それって安楽少女じゃないんですか? あ、あの、触らせてもらっても……!」
『ぴう!? あ、あぁあああああろ、あろろ、あろろろろろろ……!!』
「……怯えてるから、そっとな。あとその興奮しすぎて光り輝く瞳、なんとかしてやんなさい。お前そんな目ぇばっかしてるから、近づくと逃げられてたんじゃねぇの?」
「……ハッ!?」
周囲がとってもやかましかった。
なぁ、その……俺達これからヒュドラと戦うんだよな? くーろんずひゅどら、とか言ったっけ? ……危機感なさすぎじゃない? 大丈夫なのかこれ。