どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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 甲竜伝説ヴィルガスト。クソゲーとして過去にプレイした記憶あり。
 でも一応、異世界転移ものなのよこれ……。漫画だか小説だかどれだかは忘れましたが。
 どこらへんに甲竜の伝説があったのかがまるで謎。
 淡々と進む内容、敵の攻撃力とこちらの回復力が割に合わない伝説なら残しているかと思います。
 元々はガシャポン作品だったらしいです。記憶に全然残ってない……。
 “ガシャポン”って登録商標だったんですね……僕が子供の頃はガチャガチャって言ってましたよ。ちなみに“ガチャ”はタカラトミーが登録しているそうです。

 記憶にある鎧のヒーローっぽいなにかって言ったら、個人的にはエスパークスですね。文房具店の顔みたいなものでした。

 あ、別にタイトルはヒュドラがストを起こす的なものじゃないのでご安心ください。語呂合わせです。最初のコノスバードと似たようなものです。
 考えてみればこのすば原作小説も、パロったサブタイトルなんですよね。
 こっちは転移もの、召喚もの、転生ものでタイトル揃えたいナーとか思ってやってましたけど、これ案外難しいですね。
 じゃあもう『ヒュドラさん働かない』でいいかな……。
 ではでは、お気楽に読んでやってくだせぇ、詳しい攻防などは原作小説をオススメするのデス。
 安いよっ! ……いえ、通常価格ですが。


交流討伐ヒュドラスト

 盛大に騒ぎながら、俺達はヒュドラが棲むという湖までやってきた。

 大きな、それはもう大きな湖を前に、斧でも投げ捨てたら精霊とか出てこないかしら、なんてメルヘンを考える。ファンタジーで泉や湖っていったら、とりあえず妖精か精霊かエルフが居そうな気がするのはラノベ脳? いや、ラノベに限った事じゃないでしょ。

 さて、問題のヒュドラ討伐作戦だが。なんでも湖の水を浄化していけば、それを嫌がったヒュドラが水底から出てくるので、そこを爆裂魔法で討伐! といった流れらしい。

 ヒュドラは目覚める周期が決まっていて、そろそろ目覚めて暴れるから、その前にこちらから出向いてボコっちゃいましょう作戦。ひどい名前だ。

 自然に目を覚ますより、奇襲をかけたほうがいいだろうって話なんだろうが……いきなり叩き起こされたら誰だって機嫌が悪くなるもんだって、どうして誰もツッコまなかったのか。

 

  青い女神様が湖に触れて、浄化を開始してしばらく。

 

 おんどりゃなにしくさっとんのじゃとばかりに水を吹き飛ばして現れたヒュドラは……それはもう見るからに機嫌が悪そうだった。

 だが機嫌がどうこうよりもまず、することがあった。あったのだ。

 

「でっ……で、かっ……!?」

 

 絶叫したかった。が、本能がそれを止めた。やかましく叫べば、真っ先に狙われそうって俺の本能が叫んだっぽい。でも絶叫したい。でっけぇええええって叫びたい。心が叫びたがってるんだ! ……叫ばなくていいから黙っててください。ていうかこのサイズが納まる湖の深さってなんなの?

 ───ちなみに。

 千葉県は印旛沼(いんばぬま)は、浅くて有名な湖沼(こしょう)の一つとして知られ、その水深は2m弱と云われている。まあ湖沼といっても沼側なので浅さは仕方ない。あ、湖側では世界一深い所ともなると、水深が1700m以上とも云われており、それ湖でいいの? とかツッコミたくなる深さだそうな。

 ……さすがにこの湖もそこまで深くはないだろ。ないよな? ……ないって方向でひとつ。

 よ、よし、とりあえず確認な、確認。

 俺達はあいつに爆裂魔法と上級魔法をブッパなして、ダメだったら逃走。

 なんかいけそうなら戦闘継続。継続しても駄目そうだったら逃げる。敵の行動パターンとかを出来る限り調べて、次に活かすつもりで。

 

「ばひゅっ……爆裂魔法撃ってへぇっ! だだだダメだったら逃げる作戦だったよにゃ!?」

「おおっぉおおおおう! ひけっ……いけそうならいく方向で! ってわけで頼むぜ二人とみょほぉっ!」

 

 悲鳴にも似た声で噛みまくりながら確認をすると、佐藤も悲鳴みたいな声で返事をして、めぐみんと由比ヶ浜を頼った。お、おい? おいちょっと!? お前魔王軍幹部キラーじゃなかったの!? なにその恐怖に彩られた声! もしかしてこのヒュドラって魔王軍幹部よりやばい感じなの!? なにそれ聞いてない!

 しかし俺の恐怖や疑問はさておき、「「『エクスプロージョン』!!」」───二人が放った爆裂魔法が、クーロンズヒュドラの数ある頭部に直撃。

 轟音と爆風を巻き起こしながらキノコ雲を作るその威力に、どうしてか“日本が核を持たない理由”という言葉が浮かんだ。

 SUMOUとかNINJAがこの場に居たなら、TORIKUMIだけで圧倒出来たり、「イヤーッ!」「グワーッ!」だけで終わったりしたんだろうか。

 しかし現実は甘くないわけで。こう油断していると、大体が再度襲ってくる。なので極力フラグになるような言葉は───

 

「やったわねカズマ! あっさり倒せすぎちゃって拍子抜けもいいとこよねっ!」

「だからなんだってお前はそう、人の安堵をフラグでぶち壊すのが好きなんだ!!」

 

 ダメだった。女神がそう言った途端、身体のみを残し、煙を立ち昇らせて動かなくなっていたヒュドラの体から、消し飛んだはずの首が再生。

 ピッコロさんの腕のように「ずあっ!」って感じで生えてきて、それはもう……キモかった。

 ……なんで俺、キモいって言葉でヒュドラと共感を得てんでしょうね。由比ヶ浜の所為だ。

 しかしその再生だってそこまで速いわけじゃなく、一本一本メキメキゴボゴボと再生していた。

 ここで連続して爆裂魔法が撃てれば違ったんだろうが……あ、これ力が一歩及ばずで無限ループにハマるタイプの敵?

 今じゃ、パワーをメテオに、とか言ってMPでも捧げられたらよかったんだが、掻き集めているうちに再生も終わってしまう。

 

「「『ライト・オブ・セイバー』!!」」

 

 首を再生して、暴れ始めたヒュドラの首を、雪ノ下とゆんゆんが殺いでゆく。

 ヒュドラが脆いのか魔法が強すぎるのか、二人の上級魔法ならヒュドラの首も飛ばせるようだった。

 が、それも何度も連発出来るわけじゃない。

 そう、ようするに……決め手が足りなかった。

 

「ン《狙撃(ソゲキ)》ッ───くそっ、狙撃くらいじゃどうにもなんねぇ! おいアクア! やっぱりお前の魔力を───」

「嫌よ! 私の神聖な魔力を分け与えるのはあれっきりって言ったでしょ!? 嫌! 絶対嫌! 私の魔力は今、ゼル帝を立派なドラゴンの王にするためだけにあるんだから!」

「ぉおおおお前はぁっ! この非常時に我が儘言うなよ! ……あああまた再生しちまった! おいこれほんとどう倒せばいいんだよ!」

「……普通だったら王国の騎士らと共闘して倒すんだったか? なんだって王国のやつらは来れないって話になったんだよ」

 

 又聞きした、のではなく道中の会話が耳に入っただけの情報を、自分で確認するように言う。

 と、丁度隣で剣を構えていたクルセイダーのお姉さんが、その言葉を拾ってくれる。

 独り言を拾われたみたいで恥ずかしい。や、普通に独り言だったか。

 

「いや、もちろん準備は万全に整えようとは思ったのだがっ……」

「……イヤ、実ハ王国ニ、大変実力ノアル盗賊ガ出タトカデ、実力アル騎士達ハ、ミィンナソノ対処ニ……」

 

 クルセイダーのお姉さんにじとりとねめつけられた途端、汗を噴き出し、カタカタと顔を逸らしながら言う佐藤。

 ……こいつ、王都でなにかやらかしたんじゃないだろうな。

 そういや詳しいこと聞いていなかったが、仲間からの迷惑で苦労がどうとか心労がどうとか以前に、お前だって結構やらかしてるんじゃないの? ねぇ? ちょっと?

 いや、話を戻そう。

 そもそもこのクーロンズヒュドラは、王都でも実力を認められた者達が対応し、倒すような、ゲームではレイドボスと言っていい巨大モンスターだった。

 それをなんでかこの、鎧に身を包んだクルセイダーさんがやたらと倒したがったらしい。それに付き合うかたちで俺達はここに居る。

 

「……、あ、あの、ゆいゆいさん、ゆいゆいさんっ」

「へっ!? あ、えとー……ゆんゆんちゃん? あの、あたしね? ゆいゆいじゃ───」

「あのヒュドラ、もしかして……あのっ、もしかしてですけどっ! なにいきなり意見とか出してんのとか思わないでほしいんですけどっ、」

「言わないし思わないよ!? どどどどうしてそんなことになるの!?」

 

 のちに彼女は言った。この時の彼女は、出会った頃の俺よりも卑屈だったと。

 ……それ、本人の前では言ってやるなよ? てか、なんでそれを俺に言う必要があったんだ。

 

「あの……あのヒュドラ、首の再生中は動けないんじゃないかと思うんですけど……」

「え? …………あ、ほんとだ」

「魔力吸収に集中してたから気づかなかったけど、確かに動いてない……よな? よし、じゃあ───」

「逃げるのよね!? 逃げるのよねカズマさん! じゃあ全力で逃げるわよ! 私にはゼル帝っていう、私の帰りを待つドラゴンの卵が───」

「逃げんな! 動けないならあいつから魔力を奪えばいいんだよ! ダクネス! 念のためデコイ頼む!」

「ああ、任せておけ! ───《デコイ》!!」

 

 デコイ……敵対心を自分に集中させ、囮になるそのままの名前のスキル。

 防御力が高くなければ大した意味もないだろうが、あのクルセイダーさんは問題ない。

 なんでもあのバニルが作った人形爆弾の爆発を、こう……直撃でくらっても、平然としていたそうだから。

 ……バニルって元魔王軍幹部って佐藤に聞いたんだけど。そんな存在のお手製の爆弾で無傷とか、もう普通じゃない。

 

「『ライト・オブ・セイバー』! っ……キリがないわね……!」

 

 上級魔法で首は斬れる。数ある首の一本ずつだが、斬れないことはないのだ。

 なので雪ノ下にもゆんゆんにも頑張ってもらい、俺は応援。

 アロエが狙撃、もっさりさんがダンスマカブヘアーもびっくりの髪の毛であるアロエの葉部分を固めた拳で戦う中、応援。

 しかも口に出しての応援は苦手なので、実質なにも言わずにそわそわするだけの俺。

 しょうがないでしょ、支援魔法でいたずらに魔力消費するわけにはいかないんだから。

 せめてめぐみんと由比ヶ浜の二人が、自力で動けるくらいまで吸っても平気な量くらいはキープしておかないと、いざという時に逃げられないんだよ!

 

「ねぇねぇハチマン。あなたはなにもしないの?」

「魔力温存してんだよ……ほっといてくれ。つか、お前もなにもしないのかよ」

「ふふん、私はし~っかりとパワードもブレッシングも使ってるもの! ま、私が居れば負けはないわね。あなたたちとは魔力量の絶対値がそもそも違うんだから。ほらほら、感謝してくれていいのよ? むしろ崇めて……ううん、アクシズ教に入信したらどうかしら!」

「お前からドレインタッチするのがOKなら考えんでもない」

「え? ほんと? って、それ絶対に入信しない言い回しじゃない! なんてことなの……!? 女神様のやさしさにつけこんで、私の神聖な魔力だけを盗ろうだなんて……! 鬼! 悪魔! その腐った目は伊達じゃないってことなのね!?」

 

 なんでだろう。こいつにだけは言われたくない。

 しかしこう……アロエも狙撃で、もっさりさんもダクネスと一緒に囮として活躍する中、俺は由比ヶ浜を背負ってヒュドラに近づき、ドレインタッチの手伝いをするくらいしか出来ないわけで。

 総攻撃の最中はまだいいんだ。みんなの意識がヒュドラに向いてるもの。

 でも再生が始まった途端に意識がバラけて、俺をちらりと見る視線が増えてきたりして……。

 あのね? 俺だってね? 好きでなにもやらないわけじゃないのよ? むしろ今めっちゃ働きたいわ。誰か助けて。

 

「うぅ……ごめんねヒッキー……」

「お前っ……ひと段落ついたら絶対っ……運動とかして体鍛えろっ……!」

 

 後のことも考えて、筋力増強の支援魔法は使わずに走る。

 しかしそんなことを続けていれば疲れるってもので、首切って吸い取って~を続けていればいい加減バテる。

 それはもちろん相手も同じで、パターンってものを学べば取る行動も変わってくるのだ。

 再生中だってのに体だけで暴れ出したり、尾撃で弾いてきたり。

 尾撃はクルセイダーのお姉さんが尻尾を受け止めてくれたお陰て助かったが、次の瞬間にはろくに形も整っていない首が一本生えてきて、それが巨大な鞭のように振り下ろされた。

 

「由比ヶ浜っ!」

「え? きゃっ───」

 

 あとは黄金パターン。黄金とか言いたくねぇけど、鉄板だとなんか寂しいじゃないの。

 危機から女を逃がして自分は逃げられない。よくお話の中である状況だ。

 咄嗟とはいえよく動いたなぁ俺───とか考えてる暇があったら避ける!! 当たるまで暢気に立ったままとかアホか!

 

「うぉおあぁっ!? ほあゎあっ!?」

 

 ジョリィと頭を掠り、形がまともじゃない首の一つは地面に叩きつけられ、砕け、飛び散った。

 あんなのまともに喰らったらこっちも潰れる……! 背筋が凍りつきそうなのを根性で耐えて、先に逃がした尻もちをついている由比ヶ浜を横抱きに抱え直し、息を切らしてさらに走る。

 

「ヒ、ヒッキー! ヒッキー!? 大丈夫!? ね、大丈夫!? あ、頭から血がっ……!」

「だいっ、だいじょうぶだからっ……! 掠っただけだから腕の中で動くなっ……! くっはっ……! はぁっ……!」

 

 もういいんじゃないかな。パワードくらいいいんじゃないかな。

 ダメだったら逃げるって話だったんだし、もう俺、頑張ったよね?

 大丈夫、ゴールをしたいんじゃないんだ。そんなことは言わないから、ちょっと休憩にしません? だめですか、ですよね。

 いや、でもここで動けなくなったんじゃ話にならない。なのでパワードだけは使った。

 

「~っ……はぁっ……! よしっ……由比ヶ浜、爆裂魔法はっ……はぁ、まだ撃てそうにないか……!?」

「んと、あと少し……だけど、ヒッキー……」

「うっし、少しならそれでいい。俺から吸っとけ。……っはぁっ……! 雪ノ下! もう一発いくから、魔法で牽制───をおぉおおおおっ!?」

 

 サブタイ:振り向けばそこに。

 どうやら自ら潰れ、飛び散ったヒュドラの肉片が身体にベチャアとくっついたらしく、雪ノ下、気絶。ヒュドラの血と肉と骨の欠片を体にひっつけた状態で真っ青になって仰向けで気絶しており、女神様につんつんと頬をつつかれて───やめなさいちょっと! 宅の部長様は遊び道具じゃありませんことよ!?

 いちいちシリアスが長引かないような世界の流れに、いい加減いろいろとツッコミたくなったが、だったら今はゆんゆんに頑張ってもらうしかない。

 問題は気絶した雪ノ下だが、只今現在俺の両手は由比ヶ浜で埋まっている。運ぼうにも無理ってもんだ。ジャイアントトードの時には由比ヶ浜と雪ノ下とめぐみんを抱えて走ったが、あんなもんは火事場の馬鹿力以外の何物でもない。慌てつつも冷静に考えられる今じゃ、どうやったって持ち上げるとか無理だ。

 ならば……佐藤曰く。かつて、冒険者登録の際には様々な職業になれると受付に言わしめたらしい女神様の筋力を以って、雪ノ下を背負ってもらって走る走る走る!

 

「なんで女神たる私が誰かを背負って走らなきゃなんないのよーっ!!」

「仕方ないでしょ人手が足りてねぇんだから……! あのまま寝かせてたら確実に殺される……!」

 

 由比ヶ浜には詠唱を続けてもらい、どうやらあちらも溜まったらしいめぐみんや佐藤と頷き合い、アロエが《ツイスターアロー》で尻尾の先端を攻撃、怯んだところにゆんゆんが『インフェルノ』を放ち、ヒュドラの首の切断面を焼いて塞ぐ。

 ドレインタッチしながら詠唱とか、器用になりましたね由比ヶ浜さん。お兄さん嬉しい。あ、俺の方が産まれたの後だった。

 じゃあアレか。もうちょいしっかりしてくれませんかね姉上。おう、こんなところだろ。

 

「いきますよゆいゆい!」

「うん! いこうめぐみん!」

「「『エクスプロージョン』ッ!!」」

 

 爆裂魔法を同時に放って、接触する爆発とその異なる熱量で相手を焼き千切るという、恐ろしい発想。

 最初の一発目は首を狙えば、ってばらけて撃ったためにそうでもなかったが、これは本当に殺す気でいっていた。

 首と言わずに体を灼熱の光が貫き、そこから溢れるように爆発する、大地を抉り焦がす熱の半球。

 それが二つ同時に、異なる方向に渦巻くように相手を捻じって焼き千切り、さらに巨大な爆発を起こし、その熱を爆風とともに空へと届けた。

 

「………」

 

 俺も佐藤もあんぐり。

 口を開けっぱなしで閉じられないってやつで、改めてその破壊力の高さを知った。

 興奮し、思わず「すげぇなっ!」と腕の中の由比ヶ浜を見下ろしてみれば、よっぽど気合いを入れて撃ったのか、由比ヶ浜は……いや、めぐみんも完全に気絶してしまったらしい。

 

「………」

「………」

「いや、もうさすがにフラグとかないだろうから、比企谷、勝鬨(かちどき)頼む」

「いやいや、こういうのは日陰のぼっちに頼むもんじゃねぇだろ……いけ、やれ佐藤。いーから。幸運値が高いお前なら絶対に討伐で終われるから」

「いやいやいやここは比企谷が───」

「え? なになにっ? 言っていいの? 言っちゃうわよ? それなら私が言っちゃうわよ? よっ、勝利の花鳥風───」

「「お前はやめろ!! マジやめろ! やめてお願い! やめてください!!」」

「なんでよー!!」

 

 土が焦げて爆風や熱とともに空へと持ちあがり、散ってゆく様を眺める。

 あんなのはアニメとかの世界のものだと思ってたのに、実際に見ると……こう、下半身のあそことかがひゅって引く。

 しかしまあ、佐藤の言う通りだろう。

 あんなもんに挟まれて焼き焦がされて、生きてたら怖いわ。

 なので俺もようやく緊張を解いて、長い長い溜め息を吐いた。

 

「ねぇねぇカズマさんカズマさんっ、賞金いくらくらいかしらねっ! 帰ったらパーっとやりましょ!? ぱーっと!」

「だからお前はそういうこと言うなって言ってるのに!!」

「え? か、勝ったとか終わったとかべつに言ってないじゃない! こんなのノーカンよノーカ」

 

 言葉の途中だった。

 爆炎の中で何かが蠢き、朽ち果てるさなか、なにかがひゅんと……しなった。

 それがなんなのかを考えるより先に、俺は背中の由比ヶ浜をダクネスが居る方へ、現時点でのステータスが許される全力で放り投げて───潰れた。

 最後に、焼き焦げた蛇の頭骨のようなものを見た気がする。

 最後っぺならイタチだけにしてほしいわ……。蛇とかないわ……ないわー……。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 

 ……で、こうなったと。

 なんというか……締まらない最後だったな。

 

「落ち着……い、ていますね……。普通ならみなさん、取り乱したりするのですが……」

 

 銀髪の女神……エリスっつったか……が、語り掛けてくる。

 声だけで心が落ち着くようだ。すげぇ、女神すげぇ。でも八幡アイで眺める戸塚の輝きほどじゃない。

 八幡アイは凄いんだぞ、俺の依怙贔屓(えこひいき)だけでいくらでも輝いていくから。

 

「いえまあ、不測の事態には慣れてるつもりなんで。死んだならそれまでだって、案外思ってたっすからね」

「そ、そうですか……」

 

 潰された時に、特に痛みを感じる暇も無かったのが救いかね。

 

「あー……その。俺が死んでからどうなったかとか、わかります?」

「はい。ヒュドラはあれが正真正銘最後の攻撃だったようで、力尽きました。湖周辺の修復作業が必要ではありますが、あとは……お連れのお二人が気絶していて、アロエさんが動転しているという状況でして……」

「……二人の気絶は俺の所為じゃないっす」

「気にするところ、そこなんですか!?」

 

 気質がぼっちで、しかも女連れとくれば、そこは気にかけとかなきゃなんです。

 でも……そか。死んだか。

 佐藤の話じゃ、あの女神様が蘇生魔法を使えるらしいが……別PTの誰かにそれを願うのは自分勝手が過ぎるってものだろう。

 由比ヶ浜や雪ノ下が無事でよかった……とはいえ、帰してやれなかったことが罪悪感として胸に残る。

 こんなことになって、異世界事情には少しは詳しいって意味じゃ、多少でも頼りに出来る相手が居たほうがよかっただろうに。

 すまん、わるい、ごめんなさい。

 特に由比ヶ浜には悪いことをしちまった。

 こんなことなら……もっと真っ直ぐに、話とか聞いてやるんだったな……。

 聞こえないフリも気づかないフリもない、いっそ自分で自惚れを笑い飛ばせるくらいに向き合ってみたら……あいつはもっと、泣かずに済んだんじゃ───……いや、それこそ今さらか。

 “俺”はこれで終わるわけだけど、もし生まれ変われるなら……今度は、捻くれることのない、真っ直ぐに生きられるような……そんな自分に。

 …………いや。あんまり黙って、目の前の女神様を困らせるのも悪いよな。

 死んで消えてしまえば、どうせこの記憶も残らないんだろう。

 あとは目の前の女神様に任せて、俺は……

 

「あの、ところで比企谷八幡さん。あなたは佐藤和真さん一行とはどういったご関係で───」

 

 ふと。おそるおそる、その目の前の女神様が訊ねてきた。

 どういったご関係? どういったって……知り合い?

 なんてことを首を傾げつつ考えていると、ふとどこからかこの神殿めいた場所に響く声。

 

《ちょっとハチマンー? 聞こえてるー? ねぇ、ねーえー? こんなところであっさり殺されたら、同じアークプリーストとして私が恥ずかしいんですけどー? ほらほら、『リザレクション』かけたげたから、私に盛大に感謝しながら蘇りなさい? ……あ、エリス? エリスー? どうせ聞いてるんでしょ? さっさと門を開きなさいよー》

 

 ……え? ……いや、え? マジで?

 し、知り合いの命を文字通り救ってくれるとか、マジ女神じゃないですかやだー! いややだじゃねぇよありがとう! 居たんだ……女神様は居たんだ! ありがとうマジありがとう! これでまた───戸塚に会える! あ、うそです、照れ隠ししたいだけです。

 あ、あれー? 俺さっきまでなに考えてたっけー? もし生まれ変われるならとか……ぐぉおあああ! はっ……恥ずかしいぃいいいいィィィーッ!! 死にたい死にたい死にたいよぉおお! あ、嘘です生きたいです!

 

「はぁ……やっぱりこうなっちゃうんだ……。まったく、アクア先輩は本当にもう……あ、こほん」

 

 あら。今のって素の口調なん? やだかわいい。真っ赤になって咳払いとか、和む。

 

「アクア先輩が居る時点でこうなるんじゃないか、とは思いましたけど……おめでとうございます、比企谷八幡さん。あなたはまだまだ、生きて今を楽しめますよ」

「あ、……っす」

 

 気恥ずかしくなって、こくこくと頷く。

 女神エリスは穏やかに笑って、けれど、と付け足した。

 口に人差し指を持っていって、注意をするかのように。

 

「一度死んでしまったからこそ……どうか、悔いのない人生を謳歌してください。出来れば傷ついて倒れて、なんて死に方じゃなくて……世界は素晴らしいものだったと微笑みながら、その生の全てを使い切った上で……また会えればと思います」

「……、───」

 

 あ、やばい。なんかグッときた。

 俺、他人にここまで言われたことないよ。

 初めてこんなことを言ってくれる人が異世界の、しかも女神様ってどういうことなの……。俺の人生っつか、周囲の人々、全然やさしくない。

 

「リザレクションで蘇れるのは、天界規定で一度きりと定められています。アクア先輩が居るから、佐藤和真さんという前例があるからと、死んでもいいだなんて……絶対に思わないでくださいね。死は……それだけで悲しいのですから」

「……はい」

 

 それは、知っている。猫……カマクラの前には犬を飼っていたのだ、知っている。

 恥ずかしさのあまりに死にたいよとどれだけ叫ぼうが、本当に死んでやるわけにはいかないのだ。

 それに……一度自分の生を振り返って、後悔ってものがぶわっと浮かび上がってきたからこそ、それと向き合って解消……いや、解決するまでは、死んでやるわけにはいかなくなった。

 

「では、比企谷八幡さん」

 

 指をパチンと鳴らして、門とやらを出現させる女神様。

 俺はそんな彼女に、気の済むまで頭を下げ、感謝してから立ち上がった。

 本当に、ありがたい。

 お蔭でやりたいこと、やり残したことを確認出来たし、目を腐らせるくらいくだらないと思っていた世界のことも、違った目線で見ながら歩いていけそうだった。

 だから俺は両手を軽く握って、手首同士をくっつけるポーズを取ったのちにエリス様にペコリとお辞儀をして、

 

「……お世話になりました」

「ここは刑務所じゃありません! ~……もうっ!」

 

 笑顔で送り出そうとしてくれた女神様に冗談を言ってみる。

 女神とはいえ、こんな静かな部屋に一人とか、ぼっちでもない限り辛いだろうから。

 元気にツッコんでくれた女神様は頬をぽりぽりと掻きながら、やっぱり笑顔で見送ってくれた。

 そうして俺は、その白い門を押し開けて……自分の体へと、戻ったのだった。

 

───……。

 

……。

 

 しんみりとした想いを胸に目覚めた俺が最初に見たものは、どう言い表したらいいのかがまるでわからない、言葉にすれば「この空気どうしよう……」にも似た、残念な状況だった。え? やだなにこの空気。ボス倒して万歳って状況じゃないの?

 てか女神エリス曰く、人が蘇るのが当然すぎるパーティーらしいので、俺が蘇ったところで誰も騒ぎはしない。

 ていうかこれアレだろ、蘇らせたとはいえ、自分たちが誘ったクエストで仲間を殺しちゃいました、てへっ☆って部分を、気絶してる二人が起きた時、どう説明したもんかで悩んでるんだろ。

 あー、いいから。話さなくていいから。ここだけの話ってことにしよう。いーだろ、それで。

 ……おい、そこで「いいのっ!? あなた話がわかるわね!」って明るい笑顔を振りまくなよ。隠蔽が成功した犯罪者を目の前にしてる気分でものすごーく居心地悪いから。

 

「……はぁ」

 

 ……素晴らしいな、この世界。入信してもいいってくらいに感謝した女神様が犯罪者の顔してるわ。マジ素晴らしい。世界はな、うん。

 いやー……雪ノ下も由比ヶ浜も気絶しててよかったわー、うん……よかったわー……。さすがに知り合い、同じ部の部員が目の前で潰れる様とか見たくないだろうし。

 カエルに食われる瞬間を見るだけでも、あのおぞましい寒気が浮かんでくるほどだ、トラウマになるわ。

 アロエだけが泣きついて心配してくれてたことに、ただただ感動した。

 俺、ほんとこの子のこと立派に育てるよ。もう、なにも怖くない。

 ていうかこいつら人の死に慣れ過ぎてて、あえて言うならそれが怖いよ! どんだけ死んでんの佐藤!

 

……。

 

 で。

 

「どうですか見ましたかあの破壊力を! 口ほどにもありませんよ! 聞いていたよりも巨大で驚きましたが、所詮我らの敵ではありませんでしたね!」

 

 ヒュドラの焦げた身体が崩れ落ち、いざ結果をって頃には、めぐみんが声高々に自慢をしていた。佐藤に負ぶさりながら。……ではなく、普通に立ちながら。

 あれだけ爆裂魔法を撃ったあとなのに、平然と立っている。

 それにはきちんとした理由があり───

 

「しっかし驚いたなぁ。こっちのアロエの魔力が無尽蔵に近いくらいあったなんて」

 

 そう。佐藤が言った通り、佐藤の屋敷に生えていたアロエは43階層の土壌で成長したことも手伝って、なんか知らんけど異様に魔力があった。

 俺が死んだ瞬間、やはり油断は命取りだと佐藤がもう一度、爆裂魔法用に魔力を掻き集め始めたんだが、アロエの魔力が吸っても吸ってもあまり減らない。

 首を傾げつつもドレインタッチを続けても、アロエは平然とするばかり。

 そうして結局めぐみんの魔力が満たされても、アロエは平然としていたらしく……ああ、うん。俺と佐藤は片手で顔を覆って俯き震えた。俺達の苦労ってなんだったんだろうな……もうやだこの世界。こんなんばっかじゃねぇか。

 

 事細かに説明すれば、佐藤は真っ先に女神に魔力を吸わせろと言ったそうな。

 しかし女神は頑なにこれを拒否。

 仕方ないので他の場所から……と、メンバーの片っ端から集めるように吸い出し始めたんだが、吸ってみればアラびっくり。アロエの魔力量が異常だったのだ。あ、もっさりの方な?

 そうとわかれば吸い過ぎない程度にと吸わせてもらい、めぐみんとゆんゆんの魔力を回復、ヒュドラの動きに警戒していたのだが……崩れ落ちて終わった。

 そんな騒動が、実際こうして終わったのだ。やるせない気持ちは、最初からアロエの魔力量を知っていれば……という、ただそれだけのものだ。

 終わったことは仕方ない。仕方ないんだけどね、うんほんと。やりきれないのが人間の感情ってやつなのよ。人間ってめんどい。

 

「けど、マジか……時間をかけて倒すレイドボスを、よもやの一日討伐とか」

 

 そうして状況を確認していると、一人ぶつぶつと呟きつつ停止していた女神がハッと肩を弾かせ、声を張り上げた。

 

「そうよねっ、やれちゃったのよね! やっぱり私たちってすごいじゃない! ヒュドラよヒュドラ! しかもあの大きさの! 私たちってばもう、王国騎士団なんてものともしないほど強いんじゃないかしら! あ、カズマさんカズマさん? 取り分とかどうなるの? 私、あんたが勝手に飲んだってアルカンレティアで暴露した、高級シュワシュワの代わりが欲しいんですけど。あ、シュワシュワとシャワシャワを合わせて飲んでみるって贅沢も出来るわよね! そうと決まれば早く帰りましょ! 寄り道なんてせずに早く帰りましょ!」

「金はちょっと事情があってな。比企谷とも話したんだけど、ひとまず貯金で考えさせてくれないか?」

「は? え……ちょっと待ってカズマさん。あなたなに言ってるの? ねぇなに言ってんの? 馬鹿なの? この辛く苦しい戦いの余韻に泥を塗るようなこと、なんで言うの!? ていうか私もう大金が入ると思ってお金借りちゃったんですけど! ただでさえゼル帝のために使ったお金が、今じゃ借金プラス状態なんですけど!? どうするの!? ねぇどうしてくれるの!?」

「知るかぁっ!! お前金使う時は今度から相談してくれって! あれだけ話してくれって言っといただろうが!!」

「なに言ってるのよ! お金は自分の好きな時に好きなだけ使うから自分のお金って言えるのよ!? 許可がなきゃ使えないお金になんの価値があるのよ! 馬鹿なの!? ねぇほんと馬鹿なの!?」

 

 ……ああ、うん。すまない佐藤くん。

 俺はどうやら君を誤解していたらしい。

 やさしく言ったところで受け取らない相手なんて、山ほど居るものなぁ……。

 だがな、言葉はやはり選ぶべきだと思うのだよ。

 だからどうか、女性に対して通用してしまう蔑称ではなく、個人へ向けられる言葉を選んでほしい。

 

「てんめぇこのクソ駄女神がぁあーっ!!」

 

 よし! 佐藤っ、それでいいっ! それがBEST(ベスト)

 譲歩と我慢は違うのだ。同じ条件で生きているのに、何故自分だけが我慢する必要があるのか。

 男女の差別など知らん。冒険者の世界にあるのは弱肉強食。それだけだ。

 おお、ショッギョムッジョ。

 

「ゆいゆい! ゆいゆい! 先ほどの爆裂魔法の二人掛けに名前をつけてみるのはどうでしょう! 同時に、同じ場所に放つあの高揚感、私とゆいゆいの爆裂魔法の陣が連なり、そこを閃光が奔り爆発する快感……! これはセリフも考えなければなりませんね! そうです、以前カズマが一人で魔法を使う真似ごとをしていたのですが、その中の詠唱になかなか良いものが」

「だからやめろよ! ていうかなんでそんなの知ってんだよ! 見てんなよ! スルーしろよそこは!」

「たしかこう……我らが呼び掛けに応えよ! 開け、異空の───」

 

 もうやめて! 聞いてる俺まで恥ずかしくなって、ライフがゴリゴリ削られていくから! 佐藤のライフなんてもう0よ!

 ……ちなみに、デュアル・ザ・サンと名付けられた合体爆裂魔法がその後使われたかどうかは……まあその、気にすんな。


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