どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
次回で終わりで候。
関係ないけど、えべそいべそいって名前、語呂がよくていいと思うの。
ほ、ほらっ! なんかめだかボックスの
9
やがて式が始まった。
佐藤らの手伝いを影ながらする中───いや、影ながらってのは、表立って仲良くしているところをアルなんとかに知られたらまずいからだが、ともかくそんな中、俺の仲間ということで準備を手伝っていた雪ノ下も由比ヶ浜もゆんゆんも、今はスタッフとして祭壇の傍らで待機している。主な参加理由は“参列者が騒ぎ出した時用に”と、手伝いの許可はきっちりもらってあるのだ。アークプリーストの仲間なら、と信頼を得てはいる。もしアクシズ教徒だったら一にも二にも却下されていたらしい。何それ怖い。
で、俺はといえば……実力で勝るアークプリーストであるアクアの傍で補佐役として立ち、式の流れを見守っていた。こいつの場合、アクシズ教徒ではなくアクシズっつーかアクアその人だから、アクシズ教徒ではないときっぱり言ったし。
「ララティーナ……ララティーナ……!」
で。俺達の前では、あとは新婦の到着を待つだけの肥えたおっさんが、実際にこうして待っているんだが……いろいろやばい。
ふぶるしゅー、ぶふるしゅーって息も荒いし目も血走ってるし、いい歳したおっさんがどんだけララティーナに恋してたの。
ああほら見てみなさいよ、雪ノ下も由比ヶ浜もゆんゆんも、軽くどころか思いっきりどん引いてるじゃないの。
その三人もそれぞれ持ち場は違うけど、式を見守りながら、すぐ動けるようには準備してある。表向きは参列者が暴れ出したりした時用だが、その実はアルなんとかの部下を制圧するために入ってもらった。
式用の、体形に合わせたカッチリした服装だから、動くのにも申し分ない。ただその分、由比ヶ浜とゆんゆんのお胸がげっふごふ!
……あ、由比ヶ浜と目が合った。胸の前で小さく手を振られた。やめなさい、怒られちゃうから。ゆんゆんも、必死に友達伝達アピールとかいいから! それぼっちとしてはとっても恥ずかしいから! 友達できたから嬉しいのわかるけど、あとで思い出して恥ずかしくなるタイプの行動だからそれ! やめて! 友達出来たらいつかやろうとか思ってた過去を抉るのやめて!
と、俺が場の空気を紛らわすためにいろいろと考えていると急に、参列した人達が歓声をあげた。
釣られて視線が集まる場所へと目を向ければ……なるほど、これは確かに目を惹く。
ウェディングドレスに身を包んだダクネスが、アルなんとかを通せんぼした執事さんに連れられ、ゆっくりと歩いてくるのだ。
その姿の綺麗なこと。
雪ノ下も由比ヶ浜もゆんゆんも頬を染めてそれを見つめる。……が、急にその顔が曇った。
だよな……これで、ダクネスが幸せそうに笑ってりゃあ邪魔なんてせずに見送ったのかもしれんけど。
あぁ、うん、やっぱねーわ。
(女性の憧れの場で、あんな顔を女にさせちゃダメだろ)
やがてダクネスが誓いの祭壇の前に立つと、アクアが咳払いしてから……面倒くさそうに語り始める。
「汝ー、ダスティネス・フォード・ララティーナはー。この熊と豚を足したみたいなおじさんと結婚してー、神である私の定めじゃないものに従ってー、流されるままに夫婦になろうとしていますねー」
「えっ……?」
新婦が、聖職者様の声に驚き俯かせていた顔を上げる。
誓いの祭壇であるそこでは、彼女が見知っているであろう女神様が、つまらなそうな顔で言葉を連ねていた。
なにをしているんだ、とでも叫びそうなクルセイダーさん……ああもうダクネスでいいか。偽名だっていうし。ダクネスを、アクアは軽く手を挙げて黙らせ、続ける。
「言いたいことはいろいろあるけど───ねぇダクネス? ダスティネス・フォード・ララティーナ。今だけ。今だけは……女神エリスの名に誓って口を開きなさい。……あなたはこの結婚を祝福されたいのですか?」
「っ……そ、れは……」
「女神の傍だとね、見通す悪魔も先がぼやけて見えにくいらしいわよ? だったら他の悪魔の能力もそうなるのかなって。で、どう? 私の傍で、自分の好きなように言葉を出せそう?」
「ぇ……、ぁ……」
事情を詳しく話してあるわけじゃない。どの道借金がどうので、彼女は嫁がなければいけないっていう脅迫観念に襲われていた。いや、襲われるっつーか、自然とそう思わされていたっつーか。
しかしバニルの言う女神の傍では見通す力が云々ってのは事実らしい。なので、こんな作戦を考えたのだ。本人が嫁ぎたくないって言ってくれた方が、俺も佐藤も、他の連中も動きやすいからだ。
……なんでその作戦を、立案者ほったらかしでそこの女神様がドヤ顔で説明してんのかは知らんが。
「だ、誰だ貴様は! おい! 私はこんな女を呼んだ覚えはないぞ! つまみだせ!」
つまらなそうな顔から一転、友人にでも語り掛けるような気安さで言葉を連ねるアクアだが、近くに居れば気づく者も居る。
アルダープはダクネスの隣で誓いの言葉がさっさと終わるのを待っていたが、予定にない問答が増えるや鼻息荒く、アクアに向けて罵声を浴びせる。
「……! アクア! だめだ、今すぐ逃げ───」
「いいから答えて! 私が後輩の名前に誓ってまで言えって言ってるんだから、早く答えて!」
「し、しかし、こうしなくては父が……!」
あちゃー、やっぱそう来たかー。来るとは思ってたけど、そう来たかー。
ダスティネス家の家長さんが倒れたーってのは佐藤から聞いてたけど、それもやっぱり悪魔的な力なんじゃないのん?
ここに来るよりまず、そっちの方なんとかしときゃよかったか。だって悪魔の力でしょ? 性格はともかく、この女神なら絶対に治せるだろうし。
……それを踏まえた上で、それを交渉材料に使わせてもらおう。
「……横から口を出して悪ぃけど。お前さ、父親に自分の力不足を嘆かせながら嫁にいきたいの? 今回のことで一番泣くの、誰だと思ってんの」
「!? お前は、ヒキガヤ……!? っ……お前まで、なぜこんな……!」
「あー……打算とついで? 悪ぃね、やさしい理由じゃなくて」
一応アルなんとかに気づかれないように小声で話したのに、ダクネスの反応で俺も関係者だってバレたっぽい。なんてことしてくれてんのちょっと、静かに暮らしたい俺の計画が丸つぶれじゃないですかー。
ああほれ見てみなさいよ、あんな顔を真っ赤にしてるよ?
顔面全体で“怒ってます”って顔をして、「貧乏人風情がぁあ!」って叫んでるよ。
……あとは佐藤に任せるか。俺が関係者だってバレたなら、もうしゃーない。
早速、俺の後ろの祭壇にスキルで潜伏していた佐藤が、アルなんとかへの挑発を開始した。なにせあの言葉を言わさなきゃならん。
言わせたら金を払って、あとは佐藤とダクネスが逃げ切るまでをなんとかすりゃあいい。けど問題なのがやっぱりそれなのな、言わせることなのよ。
この、祝われるべき場で、大衆の面前で、金を持ってくれば、と言わさなきゃ───
「このっ! 関係ない貴様はすっこんでろ! お前の大好きなララティーナはな! このワシに、貴様のような貧乏人が一生掛かっても払いきれない、膨大な負債があるのだ! そんなにこの女が欲しいなら、まずはこの女を買う代金を用意してこい貧乏人がっ! お前にそれが出来るのならなっ!」
……言っちゃったよ。
おい。佐藤もアクアも、あまりの展開の早さにポカンとしてるだろうが。
お前今まで悪事を働いて、尻尾も掴ませなかったのになんなの? マジで悪魔が居ないとなんにも出来ないやつだったの?
一人この場でおろおろしているダクネスさんが、ほんと気の毒でならない。ごめんなさい、なんかもうほんとごめんなさい。
しかしながらだ。言ったからには訂正は効かないし聞かない。あんなバカデカい声で言い切ったんだ、既に観衆の皆さまの耳にも届いている。見栄のために呼んだのか、身なりの良さそうなお方まで来てるじゃないですか。
そんな状況を確認したからには、俺達も全員でニィッと笑ってしまうってもんだ。
騒ぎを聞いて、ダクネスを届けてから下がっていた執事……ハーゲンさんも、慌てて駆け付けてきた……ところに、素早く話を通す。余計な前置きはせず、きちんとした聞き取りやすい声でだ。ど、どもるなよ? ここでどもるとややこしいからな? 俺。
で、そうしてみれば……彼はフッと笑った。
話の通し方? ……“お宅のお嬢様、二十億で買わせていただきます”だ。しっかりと佐藤を指さして、あちらの方がと言って。
そしたらね、おう、笑ったのよこの執事さん。ダクネスを迎えに行った時に、どんなことをしたのか知らんけどね、結構佐藤のことを気に入ってるっぽい。
じゃ、準備完了だ。合図を送れば佐藤が袋を持ちだし、それを豚……やっぱ豚に失礼か。領主様の前に突きだした。
「んじゃ、二十億エリスだ。買わせてもらうぜ豚野郎!!」
佐藤は二十億エリス入りの頑丈な袋を、領主様に向けて投げた。
最初、佐藤は“あいつの足元にでもバラ撒いてやる”と言っていたが、それじゃあいろいろ理由をつけて無効にしてくるかもしれない。
だから、パスをする。アルダープに向けて、ほれ、と言った感じで投げるのだ。
受け取ったら商談成立。そしてアルダープは……受け取った。二十億エリスと言われれば、落とす馬鹿なんて滅多に居ないだろう。
受け取った衝撃で口紐が緩めば、その中には輝くエリス魔銀貨。一枚百万エリスの、普通に冒険者やってたんじゃ、滅多にお目にかかれない代物だ。そんなものが、ぎっしり。
そして受け取ったからには佐藤はダクネスの手を引き、走り出す。
「なっ……エリス魔銀貨!? にじゅっ……馬鹿な、二十億!? 一枚百万のっ……こんなっ……! い、いや、ララティーナが……ワシのララっ……に、二十億っ……!」
受け取り、それが手の中に納まってしまえば欲は抑えきれない。
涎が垂れているのにも気づかず、しかしダクネスへの執念がそれを中断させるが、やはり視線は銀貨へ落ちる。
……こんにゃろ、いいから諦めろっつーのに。
「おお、それは良い。では領主アルダープ殿。誓いの祭壇にてあなたが先ほど仰った言葉です。よもやこの場で婚儀をしようとした貴方が、自らが言い出した言葉を撤回などしますまい? きっちり二十億エリス。商談、成立ですな」
なので、これですよ。焦る男に、自分が用意した誓いの場での罵倒文句を拾い、来場している者達にも届いた言葉を言質に問う。
脅迫じゃないよ? 言い出したのこいつだし。
そうと判断されないためにも、あくまで平静を装って司祭を演じるのだ。
口調は荒げるな。私情のようなものは悟らせず、相手のみを潰せ。今必要なのは、そういう酷薄な自分を最後まで演じ切る自分のみだ。
「あ、あ……? に、二十……ああっ、いやっ、待てっ! ララティーナを! ワシのララティーナを!」
「ではここに誓いの血判を。この日のためにこちらで用意した誓いの書です。これに己の血を捧げれば、貴方の願いは神の前で果たされましょう。同時に、貴方もまた誓いの一部となるのです」
「ええいうるさい! どちらもだ! 金も! ララティーナも! 全てワシの───!」
「ではこの婚儀はなかったことに。ここに、エリス様の名の下、あなたが出した入籍の書類も預からせていただいております。これは燃やしてしまっても?」
「なっ!? ふざけるなよ貴様! ワシの決定だぞ! 領主であるワシに逆らえばどうなるか───!」
「ほう。神の名の下に祝福をと言うから足労したというのに。自分で言い出したことも守らずあれも欲しいこれも欲しい。あー、参列頂いた皆さま、申し訳ありませんがこの婚儀は破棄扱いというかたちで───」
「く、お……! 貴様、貴様貴様貴様ぁっ! なんの権限があってこのワシに……!!」
衆人の前で自分の卑しさを露呈された悔しさからか、アルダープが掴みかかってきた。
が、その手にブスリと刺さる小さな矢。
「ぐぉがぁあああっ!? な、なんだ!? 手が! ワシの手がぁああっ!!」
撃ったのは当然、離れた位置でこちらを見守るアロエである。……である、んだろうけど……え? ちょっと待って? てかどっから撃ったの? え? マジでわからない。え? 何処!?
しかしその血はありがたい。こうなったら手ぇ引っ掴んででも押させて……!
「ぐっ……いいか! こんな交渉は決裂だ! 二十億ではない、そもそもの総額は二十三億だ! 払えるか!? 貴様らに払えるのか!」
「ふむ? それは既にサトウカズマ殿のパーティーが返済したと聞きましたが?」
「これだから冒険者風情の聖職者は……! 利子という言葉を知らんのか!? 返済まで待っていてやったのは誰だと思っている! 二十三億だ! 出してみろ! 今この場で!」
「ではプラスで三億」
ごねる太っちょの前に、エリス魔銀貨を追加でゴチャリ。
「へ?」
「ではこれにて商談を成立致します。証人はご来場頂いている全ての参列者方です。エリス様の御名の下、アルダープ殿とダスティネス・フォード・ララティーナ殿の結婚は破棄と致します」
「「「「ウォオオオオオオオオオォォォォーッ!!」」」」
宣言とともに、面白半分で参列したらしい冒険者らが歓喜の声を上げ、恐らくはアルダープが呼んだであろう身なりの良い貴族っぽい連中は、フンと鼻を鳴らしてニタニタと笑っていた。
……まあ、気に食わん存在なのは誰もが認めるところだ、呼ばれたって、どうせ来たくもなかった体裁を気にする連中だけだろう。
で、このアルダープだが。……目の前で起きた現実に、驚き放心するお前の顔はお笑いだったぜ、とパラガスをしてやりたいところだが───おいちょっとなにやってんの佐藤、さっさと逃げろ! もう逃げていいんだってば!
なんでそこでそんなにもたついて……は!? お、おい? ちょっと待て!? ここでめぐみん登場とか聞いてないんだけど!? やだ困る! しかもなんであいつ爆裂魔法準備してんの!?
おいちょっと待て冗談抜きで待ってくれ! 貴族連中が居る中で脅迫とかはマズいんだ! んーなことしなくても、もうちょい押せばちゃんと契約がだな───!
「おい雪ノ下! ゆんゆん! 佐藤のところに行って伝言頼む! 今あれをここに撃たれたら、また別の借金で結局同じことを繰り返す! 俺達が言うより佐藤からめぐみんに言わせてくれ!」
「~……つくづく簡単には終わらせてくれないのね……!」
「な、なにやってるのよめぐみん! 私に考えがありますって、そういうことだったの!? 絶対に阻止してみせるからってあれだけ言ったのに! 言ったのに! ばかー!」
こちらへ危害が及ぶようなら、と構えていた雪ノ下とゆんゆんへ救援要請。
すぐに駆けてくれたことに感謝し、あとは───
「由比ヶ浜! 会場に落とされる前に相殺は出来そうか!?」
「や、やってみる! でも威力じゃ絶対に負けちゃう───」
「それでもいい! その……あー……、~……頼りに、させてくれ」
「ぁ……~───うんっ! 任せて、ヒッキー!!」
由比ヶ浜がカッチリとした服装のままに、護身用として持っていた杖を構えて詠唱を開始する。
次いで事情を受け取った佐藤が叫んだ。……何故かダクネスをお姫様抱っこした状態で。おいなにやってんのちょっと。なんでお姫様抱っこ? 問題でも起きたん? ……あ、この期に及んでダクネスがごねたとか?
「めぐみぃいいーん!! 壊したらまた借金で難癖つけられる! 撃つなら別の場所だー!!」
「!? そ、そんなことを今さら言われましても! もう留めておくのも限界で───!」
「ていうか佐藤ォーッ!! お前、仲間に説明とかしてなかったのかよぉおーっ!! 人にはいろいろ───」
「手伝ってもらったらどうなるか想像してみりゃ言えるわけねぇだろうがー!!」
「言っ……ぁ、ぉ……おう」
うぅわぁーすっげぇ説得力! 一発で理解しちゃったよ俺! こんなわかりやすい答え、八幡初めて!
だよなー、いろいろ頼むくらいなら、いっそ屋敷でじっとしといてくださいって言いたくもなるよな! 現にやってきたと思ったらエクスプロージョンだし!
「おい。言わなかった事実に私が関係しているのなら、どういった意味なのか今ここで説明してもら───あ」
「あ、ってなんだおい! ていうかどういう意図があって、入るなり詠唱が終了してる状態で溜め込んでるんだよ! 確かにお前に計画を話さなかった俺も悪いけど! あっ、ばっ……諦めんなよ! 諦めんなそこで! だめだめだめ! だめ───アァアアーッ!!」
結局発射された。
しかもこの式場で。
あ、だめ、これヘタしたら俺達も───!
「『エクスプロージョン』ッ!!」
───と、吹き飛ぶ覚悟をしていると、耳に届く声。
振り向けば由比ヶ浜が杖を構えており、下に落ちる爆裂魔法ではなく、落ちてくる前のめぐみんの爆裂魔法を狙って放たれたそれは、空中で大爆発を起こした。
さすがにめぐみんの魔力には負けたのか、結構な衝撃波が式場を揺るがしたものの、式場が吹き飛ぶなんてことはなく……その場には、ぼてりと倒れるめぐみんと由比ヶ浜の姿があった。
「ちょっ───くっそ!」
咄嗟に走り、飛び散る
咄嗟の行動に文句を言えるのは庇われた誰かと、庇っちまった人間だけだ。その場合、庇った相手が犬ならば文句は聞きたくないでござる。思えばこいつと知り合うきっかけも……体が勝手に動いて、こいつの飼い犬であるサブレを助けたことからだっけか。
(思えば随分と長い付き合いになる)
……あ? 短い? いやいやなに言ってんの、知り合いが少ない俺にしてみりゃ十分長いよ? 相手から接触してくるだけで十分濃いから濃厚だから。……あーあー、庇われといてそんな顔すんなっつの。庇い甲斐がないじゃないの。べつに迷惑だなんて思ってねぇから。勝手に体が動いたんだから、本能的ななにかだったってことでしょ。
……本能的に守りたかったんかね。わからん。わからんけど、倒れながら“ごめんなさい”を表情で表したような顔で見上げられると、なんか俺が悪いことしてるみたい。やっぱ同じ相手に二度庇われるとかって苦しいもんなん? ほら、ダンまちのベルくんも嫌がってたし。……顔はごめんなさいなのに、色は赤いんだからどうしろと、って感じではあるが。
気恥ずかしくなってそっぽを向くと、そこに丁度居る豚……って、だから豚に失礼だ。あー……例えが見つからん。もうモット伯でいいかな。金で女を買おうだなんて、もうほんとジュール・ド・モットって感じだし……んん? ───そこでハタと気づき、爆風が治まるや羊皮紙を手にアルダープのもとへと走る。
そして手を引っ掴む───ことはせず、たらりとその手を伝う、アロエがつけてくれた傷から出る血に押し付けた。
「なっ!? 貴様、なにをっ!」
「ほい、これで誓いは果たされます。きっちり二十三億。お納めください。そしてこれを以って、神・エリスの名の下に、ダスティネス・フォード・ララティーナとあなたは無関係となります」
「な、なにを馬鹿な……、ば……馬鹿な馬鹿な馬鹿な! そんな馬鹿な! なにが誓いだ! ララティーナはワシのものだ!」
「いいえ、ララティーナ嬢は佐藤氏に買われました。既にあなたのものではありません。支払うべきを支払ったのなら、あなたが彼にどうこう言う権利も、何かをしていい権利もありません。それをすれば、今度こそあなたは罪人となるでしょう。もちろん、あなたが望んでいなかったのなら勝手に押し付けた私も罪人です。しかしあなたは二十三億エリスを手放さないし、私が責任を詰められる結果にも至っていない。つまり───」
「ふんっ、なにが罪人だ! そんなものはすぐにでも覆して───!」
……おっさんが喋れたのはそこまでだった。
おっさんが立ってた場のすぐ後ろに闇の渦が現れて、おっさんを吸い込んでしまったからだ。
こんなことが起こるとは思っていなかった俺だって、口を開いたまま硬直してしまっていた。
こんなことが出来るのは……!
「……いや、誰だよ」
途方に暮れた。や、強制転移魔法が使える相手とか知らんし。アロエ……じゃないだろうし? じゃあ誰? ……だから知らんし。
まあそのー……ほら、あれだ。今までのいろいろなことを支払わなきゃならなくなったんじゃねえの? だからそいつの前に転移させられたとか、それともバニルがそうしたとか。
……え? じゃあ……これで終わり?
「いっつ! ……? おおう」
緊張がほどけたからか、体に痛みが走る。
見てみれば、体のあちこちに切り傷がある上に、もらった司祭服も結構傷がついてしまった。
こ、こういうのはこっちの世界でもいろいろな手当とか出たりするんだろうか。ほら、お金的な意味で。こ、これはほら、爆裂魔法から式場を守るために仕方なく……とか言ったって、もう佐藤らのパーティーとはいろいろと通じ合ってることもバレてるだろうから、下手すれば共犯者扱いじゃないのこれ。
うわぁどうしよう。俺もさっき追加した金で、もうかなり金が少ないんだが。
いや……まあいい今は傷だ……あぁほれ、ヒールヒール。
「っし、と……あとは───おーい由比ヶ浜ー? だいじょぶかー」
「あ、あたしよりヒッキーでしょ!? だいじょぶ!? 怪我とかしてない!?」
「………」
ほんと、自分より誰かを優先できるとかすごいわ。
やさしさってのは一種の才能なのかね。や、俺が庇ったのはやさしさとかそういう方向のじゃねぇから。本能的に動いたんなら、そこに打算的な何かとか、余計な思考は一切ねぇよ。
だから、俺の行動はやさしさとかでは喩えられたもんじゃない。
やさしいってのは人をきちんと気遣えるやつに言うべき言葉で……。
(……はぁ、いや)
溜め息一つ、思考を打ち切って指に残った血を適当に司祭服で拭う。
由比ヶ浜には「癒したから気にすんな」と返して、いつものように由比ヶ浜を負ぶろうとした時、それは耳に届いた。
「ガタガタガタガタ、いい加減にしろよコラッ! もうお前に拒否権はねーんだよ! これ以上口答えするんじゃねー! もう領主のおっさんからお前を買ったんだよ!」
それは、佐藤の咆哮だった。相手を威嚇するための声。
言葉としては成り立っているのに、とりあえず相手に言うことを聞いてもらうための行為でしかなかった。
内容はといえば……もうお前は俺の所有物だとか、散々酷使してやるとか、俺がはたいた金の分を身体で払ってもらうとか。
ひっどい内容なのに、最後に変態だとか、わかったら返事をしろとか叫ばれると……ダクネスは真っ赤で、とろけきった顔で「ふぁ、ふぁいっ!」と元気よく返事をした。
……あんだけぶつぶつごねてたのに。
やだもうドMの本懐みたいなのを見せられちゃった気分……!
俺、こんな綺麗な、“おとぎばなしみたい……!”じゃない、正真正銘ファンタジー結婚式場では、いくら相手が醜い豚でも綺麗な世界が待ってるって、きっと何処かで期待していた。……のに。
ドMを見てしまった……! 見ちゃったよドM……! もうほんとやだこの世界……!
「……綺麗なものが見たい……」
「ヒ、ヒッキー……」
だから、つい口からこぼれた言葉も仕方ない。由比ヶ浜だって、苦笑混じりだけど同意も混ざった声だったし。
しかし、俺と由比ヶ浜、直後に超赤面。
聞こえたのはアクアの声だったんだが、改めて佐藤が言った言葉にツッコミをしつつ、つついていた。で、改めて事実を確認させられると、確かにスゴイ状況なわけで。
聞いた話じゃそもそも、アクアが原因で津波は起きて城壁などが壊れ、総額二十三億エリスの借金を抱えることに。しかしさらにそのそもそもは、佐藤がアクアを軽んじて、駄女神だのさっさとしろだのと言い方を考えずに促した所為だ。その場に居たわけじゃないが、話を聞いただけでもわかるってもんだ。佐藤が悪い。明らかに。
出来た借金はすごいものだったが、アクアだけが悪いわけじゃねぇよそれ。しかも所有物ってお前。ついこの間、紅魔の里とやらでめぐみんと同じ部屋でいろいろ囁き合ったりして、手を出しそうになってたとか、ケダモノになりかけてたとか由比ヶ浜経由で聞いたんですが?
それってあれだろ、アクアの言う通り、めぐみんの耳に入ったら爆裂魔法叩き込まれるよマジで。
え? でも……え? あれ? ダクネスさん、恍惚とした表情してらっしゃるんですけど? これ逆にダクネスさんたらめぐみんの説得に走ったりしない?
アルダープ相手じゃあんな顔しなかったってのに。これっていろいろ決まってるんじゃないのかね。
「人って見かけに寄らねぇのな……いや、この場合は外見問題じゃないのか」
佐藤は、男の俺から見ても外見は整っている。
目が腐っているわけじゃない。ただ、内側がクズでカスでゲスなだけ。
しかしやる時はやる男だってんだから、なるほど、付き合いが長くなれば惚れるヤツの一人や二人は出てくるのだろう。……潜在的にMなお方なら、それはもう簡単にお落ちになられるのではないだろうか。
「見かけによらない人なら、あたしも知ってるよ?」
「あー……そうな。俺も何人か心当たりがあるわ」
物静かで綺麗な人だと思ったら、毒舌でキッツい奉仕部部長とか。
ギャルでビッチかと思ったら、周囲に合わせただけの結果であって、初心で恥ずかしがり屋なクラスメイトとか。
か弱く頼りにならなそうなのに、いざ物事を決めたらとっても強いテニス部の天使とかな。
……まあ、口には出さんけど。
特に、男性にとっても好かれそうなのに、未だに結婚出来ないとある先生のこととかは。ほんと、なんで結婚出来ないかね。
と。もはや当然のような流れで由比ヶ浜を負ぶり直す中で、いろいろ考えながらも移動を開始しようとしたんだが。
「「ほえ?」」
ばさり、と。負ぶさった由比ヶ浜から、なにかを被せられた。
なにやら白い、透明の布っぽいもの。
しかしどうやらしっかりとした作りらしく、柔らかく薄いのに、頑丈そうなソレ。
なんだこれと思いつつ、人に被せておいて、なんでお前まで“ほえ?”とか言ってんの? と疑問にも思ったがまあいい。ともかく雪ノ下やゆんゆん、アロエと合流を───と歩き出したら、消えた雇い主を思い、混乱しているアルダープの部下たちを説得して回り、引いてもらいながらも向こうからも駆けてきた雪ノ下と目が合い、その肩が急に跳ね上がったことに首を傾げた。
「ひっ……比企谷、くん? 由比ヶ浜さん……?」
「……? なんだよ」
「わあっ……すごい綺麗ねゆいゆいっ! も、もももしかして、二人もここで式を挙げる予定だったのっ!?」
「「え?」
言われて、違和感。
おそるおそる、自分の首の下に回された由比ヶ浜の腕を見ると、白。
かっちりとした部下スーツがあるはずのそこに、何故か白があった。
凄い為に漢は鳴く
検索すると作業妨害BGMと出会えます。
でもリズムがたまらなく好きなんです。