どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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 タイトル元はこの素晴らしい世界に祝福を! 言うまでもありませんねウフフ。
 最後が“祝福を!”じゃなくて“祝福を。”なところに無駄なクロス要素を配合。
 ではではこれにて閉幕。

 しかしグルメ系漫画って増えましたよね。
 異世界系グルメもなかなか。
 異世界食堂も結構好きなので、アニメ化ウレシイヤッター!!
 でもクッキー・アソートの回は、なんというか使い回しと停止画が多かったような……。
 うーん、そういうの気にしないように見ようと思ってるのに、どうしてもきになってしまう。
 ともあれ次回も楽しみさー! 楽しみすぎる俺さー!
 のぶのアニメ化もとても楽しみです。
 タイショー! トリアエズナマ! あとワカドリノカラアゲ!

 異世界関係ないけど、ヤムチャ転生最終話よかった。
 相手があの二人じゃあねぇ……仕方ないね。


この素晴らしい世界に祝福を。

 白。薄い透明の布。しかも高価そうとくれば、なんとなく予想はつきそうなものだが、まず“何故?”が出てくるので、焦るよりも妙に冷静になった。……由比ヶ浜はそうはならなかったらしいが。

 

「え? わひゃ!? ななななにこれ! ヒ、ヒッキー!?」

「なんでそこで真っ先に俺を疑うんだよ……ただ負ぶった俺が、どうやってお前の格好変えられんの。……てか、お前も普通気づかない? 自分の服装が変わったとか」

「それはあなたにも言えることでしょう。ヴェールを頭からかぶっているような状態で、よくも気にせず歩けたものね」

「いろいろあって疲れてんだよ……些細なことだって思えば、いろいろなことを無視できるくらいにはな……」

 

 とりあえず由比ヶ浜に軽くドレインタッチをしてもらい、立てるくらいに回復したら降りてもらった。

 そうして改めて向き直ってみれば……ダクネスが着ていたウェディングドレスに勝るとも劣らぬ作りの、白いウェディングドレスに身を包んだ由比ヶ浜が。

 向き直って、見つめてみて気づいたが、髪の色も黒に戻っており、お団子ではない髪がヴェールの下にあって、じぃっと見つめられていることに気づいた由比ヶ浜はしかし、特になにかを言うでもなく恥ずかしそうに顔を逸らした。

 顔が赤くなる音ってほんとすんのな。歌の中だけかと思った。つまり顔がめっちゃ熱い。つーか、雪ノ下に指摘されて気づいた。俺も白のタキシード着てるよ。何事?

 

「……すまん、正直状況についていけない。なんだよこれ」

「あ、あたしに訊かれても、わわわわかんないよ……」

 

 だよな、と呟いて、せめてこの混乱した思考を少しでも落ち着かせようと、今となってはただの紙切れとなったアルダープとダクネスの婚姻届けを見た。

 すると……なんということでしょう、そこにある筈のアルダープとダクネスの名前が、この世界の文字で俺と由比ヶ浜のフルネームになっていたのです。

 ……はい、せぇの。

 なぁにこれぇ。

 

「? ヒッキー? ……え? ヒ、ヒッキー……? これって……」

「……比企谷くん。あなた……」

「師しょっ……ハ、ハチマンッ、これってもしかして!」

「い、いやっ! これはっ……」

「フハハハハハハ! シュパっと飛び出てどーんと落着! それについては我輩が説明しよう!」

「おぉあっ!?」

「うひゃあああっ!?」

 

 由比ヶ浜にどこか潤んだ目で見つめられ、いや待て、べつに俺がいじくったわけじゃ……とか言おうとしたら、突如として頭上で紙吹雪が炸裂。スタッと降りてきたバニルが、弧に曲がった仮面の目元と同じくらい明るい声を出した。

 ……佐藤の方の騒ぎといい、こちらといい、なんとも落ち着きのない式場である。

 こんな状況じゃなければ、ただひたすらに幸せを誓う祭壇だった筈なのに。

 

「おっと、まずは礼を言うぞ腐眼の男よ。貴様のお蔭で無事に領主の契約は剥がれ、我が友が受け取るべき最高の対価も支払われた。我輩も、領主から受け取れるものはたんまり受け取ったが故、それを手伝ってくれた貴様や、あちらで女どもにもみくちゃにされているお得意さんには、悪魔としての最大限の礼節を持ち、感謝する」

「お、おう。受け取る。で、早速なんだがこの状況、なんなの?」

「なんなの、とは。これが貴様の支払うべき対価ということだろう? 貴様がアルダープに押し付けた制約破壊と対価の羊皮紙には、貴様の血も染み込んでいた。その時点で我輩との契約も切れているわけだが、まあこれは事故であるとわかっているため続行。ここまではいいな?」

「あー……まあ、今の状況になる要因の中で、考えなかったわけじゃないからいいけど」

 

 やっぱりあの血判状の所為だったか。

 血が出てた時点で嫌な予感はしてたんだ。

 けど、俺が支払うべき対価ってなに?

 

「そしてこの見通す悪魔のバニルさんが貴様の過去を覗き見るに……くほっ! な、なんという甘美なる悪感情の祭典……!! 我輩、貴様の過去を覗き見ただけで、もうここで滅ぼされてもよいと満足してしまうほどの悪感情に満たされている……!」

「やめて? 今すぐやめてください」

 

 真顔で、真っ直ぐに、直接的な言葉でお願いした。

 しかし却下された。

 もうやめて! 一瞬なのに俺のライフはマイナス点よ!

 雪ノ下とか由比ヶ浜が物凄く声を掛けづらい顔してるからマジやめて!?

 ……あとゆんゆん、その好奇心旺盛のきらっきら笑顔で俺見るの、やめて?

 

「ふぅむふむふむ! なるほど、わかったぞ、自分の責任からは逃げぬ腐眼の男よ。貴様がそこな巨乳少女に支払うべき対価は確かに存在している」

「え……まじか。つか、それって由比ヶ浜がウェディングドレスを着ることにまで関係あんの?」

「あるな。貴様が犬を助け、代わりに轢かれ、ぼっちで過ごし、再会がしらにビッチと呼び、しかし手伝い、助け、なんだかんだと願いを叶え、和を繋いだこと。そしてなにより、薄々気づきながらも踏み込まずもやもやさせ、かと思えば“愛してるぜ”などと恋する少女に」

「わーっ! わぁああーっ!! だだだだからなに言ってんの!? しっししし信じらんない! ヒッキーのばか! キモい!」

「いや、俺関係ねぇだろ……あ、いや」

 

 関係あったわ。

 言われてみれば突き刺さる言葉が幾つもある。

 言われた通り、薄々と気づいていたものがあって、それはこの世界で余計に膨れ上がって、なのに自分からは踏み込まず、過去を思ってはどうせ勘違いだと距離を取っていた。

 その距離感を由比ヶ浜も受け入れて、線には踏み込まないようにしてくれていたんだろうに、俺の愛してる発言だ。

 思えばそれから由比ヶ浜は変わったって感じて、ドレインタッチが出来るのに俺に負ぶってと言い、爆裂魔法を撃つ時には俺をちらちら見たり。

 

「ストレートに訊いてしまえば、貴様の内なる心はわかり切っているが故にどうしたものかと我輩も思案。正直普段ならばここぞとばかりにつつきまくるバニルさんであるが、貴様の過去だけで満足してしまった。しばらくは、この満たされる悪感情の後味を穢されたくはないゆえに、つつくのはよそう。そこで少年よ」

「お、おう……なんだ?」

 

 仮面の目元にへにょりと綺麗な弧を描かせた悪魔が、顔を近づけて耳元で囁く。

 

「そこな巨乳少女は生涯貴様を愛し続けると、この見通す悪魔、地獄の公爵のバニルさんが断言し、約束しよう。どんな誘惑にも耐え、むしろ興味が向かず、貴様に関する誘惑にのみとても弱く、尽くすお嫁さんというやつだな。そして貴様もまた浮気などしないし出来ぬ男であるとも。というわけで、貴様の幸福から下りる羞恥の感情などをデザートに頂きたいのだが?」

「……。それってどういう───」

「フハハハハ……! 今さらとぼけようとも通じぬ通じぬ無駄である……! 爆裂魔法に付き合ったり負ぶったりと、貴様が巨乳少女を意識しまくりなのは既知の事実である……!」

「おまっ……!?」

 

 普通なら高らかに笑いそうな部分まで小声でひそひそと笑う悪魔さん。おお鬱陶しい。

 しかし図星すぎて、否定すら出来ない自分が居た。

 いや、だってさ、そりゃそうなるだろ。

 こいつ、俺のことが好きなんじゃね? とか薄々思ってても、どうせ勘違いだろで止めてきていた感情。

 しかし日に日に俺を見る時間が増えて、最近じゃあ真っ赤になって慌てるでもなく、うっすら桜色に頬を染めたまま、俺を見ていたこいつだ。

 気心だって知れているし、俺だって嫌いなわけではなく、むしろ───アロエの話が切っ掛けで近くなっていた距離が、この世界に来て一気に縮まった気分だったのだ。

 散々泣かせたし嫌な気分もさせちまった。もし犬を庇ったあの頃から始まった感情ってものがあって、それらが再会の頃からずっと今まで続いているってんなら、俺は俺自身、自ら、こいつに対して払いたい責任が山ほどある。

 夏祭りの日から逸らし続けてきた目も、修学旅行で作ってしまった溝も、小町が菓子を食うだけ食って忘れちまったためにきっかけを消された所為で、直接謝る機会もなく一年も罪悪感を抱いていただろうこいつだ。

 意識するなって方が無理で無茶ってもんだろう。

 最近では雪ノ下もそれに気づいてか、少し楽し気に距離を置くことだってあったくらいだ。

 

「悪魔との契約もつい先ほど破棄され、しかし確かに我輩に対する対価も支払われた。十分すぎる悪感情、大感謝である。なので代金の方は割引にさせてもらおう。その金を以って今この場で、このバニルさんが貴様らに祝福を与えようではないか! ……ちなみに言っておくが、あそこでお得意さんと騒いでいる女神なんぞの祝福よりも、最大級に幸福になれることも約束するが?」

「………」

「ひ、ひっきぃ……?」

「いや、ちょっと待て。喉につっかえたもん、全部出さなきゃ対価にゃならんっぽい」

「む? ……ほう、フハハハハ! 律儀であるなぁ少年! いやいやなるほど、こんなデザートもたまには甘露!」

 

 好き勝手に言われる中、頭を掻きつつ由比ヶ浜を見る。

 格安のレンタル品とは次元の違う、綺麗な純白のウェディングドレスに身を包み、頭にはヴェール、顔には薄化粧の、実に見事な“純白の女の子”の想像図がそこにある。

 俺はそんな由比ヶ浜を真っ直ぐに見て高鳴る鼓動と、あふれ出てくる今までの意識し出した日々や、それ以前の何気ない日々に呼吸が弾み、恥ずかしさから即座に目を逸らし、しかしその先で雪ノ下とゆんゆんに睨まれ、視線を戻した。

 ……その度、バニルが「ほう! ほう!」とか言って美味しそうに悶えるもんだから、あぁあもう……! 対価以上にいろいろ支払ってる気がするから、そのほうほう言うのをやめなさい!

 わかってるよ、とっくにこっちだって意識しまくりだった。

 勘違いじゃないことなんて、たぶんわかってたから本能的に守ろうだなんて行動が出来たんじゃないか? いいよ、そういうことにしとけ、じゃないと、この期に及んでひねくれたことを言い出しそうだ。

 だから───……だから。

 

「……由比ヶ浜結衣さん」

「ひゃ……う、うん、はい……」

「~……、……す、好きです。俺とその、あ、あー……その……! つっ……付き合って、ください……!」

「───、あ……」

 

 そう。

 結婚がどうのとか、生涯がどうのとか。

 そんなものはまだ先のことだ。

 それよりも、今はまずしなくちゃいけないことがあった。

 こいつがずっと好きでいてくれたなら、まずは恋を成就させなきゃ対価じゃない。

 頭の中にするべきことが浮かぶ度、喉になにかが詰まったような錯覚を覚えるのを、俺は少しずつ受け入れてった。

 告白をした。次に、手を握り、引き寄せ、大変恥ずかしいがそれを飲み込み、ヴェールを上げてプロポーズをして。

 涙をこぼす目の前の女の子にのみ、周囲に聞こえないように確認をしてから、さらに溢れる涙を拭うこともせず頷いてくれたことに、心から安堵と歓喜を振り絞り。

 そうして……誓いの祭壇で生涯を誓い、深いキスをして、結婚。

 終始うざったい悪魔に向かって誓いを口にしながら、しかしまあ……どうしてなんだろうか。納まるところに納まった、なんて思ってしまい、苦笑してから普通に笑った。

 気づけばアルダープとダクネスのために集まっていた参列者たちも祝福してくれて、それに気づいた佐藤たちまで祝いの言葉を投げてくれた。

 

「その……悪ぃな。恋人らしいこととかすっ飛ばして、いきなり結婚とか……」

「ぐすっ……う、ううん、それたぶん、あたしの所為だから。あたしがさ、えと……こんなところで結婚式できたらな、とか考えちゃってたからだと思うから……」

「う……そ、そか。その……考えてた相手って……」

「……気になる?」

「ここで焦らしとか、ねぇだろおい……」

「えへへ……えへへへへ……♪ えへー……♪」

 

 由比ヶ浜は幸せそうに微笑んで、俺の腕に自分の腕を絡めてくる。

 抱き着いてくるわけでもなく、ただ静かに寄り添って。

 ……そだな。恋人らしいことをしてこなかったんなら、今からやっていけばいいのだ。

 そうして少しずつ、こいつが望んだ青臭い春を喜びで埋めていこう。

 あー……俺恥ずかしいこと言ってる。ものすんげー恥ずかしいこと。

 でも、……そだな。悪い気分じゃない。

 中二病をこじらせ積み重ねた恥ずかしさなんて笑い飛ばせるくらい……今はその恥ずかしさが心地よかった。

 

「ねぇねぇカズマさん。こうなったらもう、カズマさんもここで挙式しちゃったらどうかしら。……私だったら! そこの! ヘンテコ仮面よりも! 素晴らしい祝福を与えられるわよ……? だって私! 女神だし!」

「ほほう? 言ってくれるではないかなんちゃって女神よ。見るがいい、そこな幸福に溢れた夫婦を。我輩の取り仕切った悪魔式婚儀だからこそ、こうも上手くいったのだと断言しよう! ……でなければそもそも、この腐り目の君が踏み出さなかった故な」

「おいちょっと? それ今言わなくてよかったよね? ねぇちょっと? 言わなくてよかったよね?」

「フハハハハ! というわけでだ名前だけ女神よ! 所詮貴様では祝福は出来ても懐を温めることなど出来まい! 次第に心も体も凍てつき涙し、破局するのが目に見えておるわ!」

「なぁんですってぇ!? ちょっとカズマ! ダクネス! やるわよ結婚式! 大丈夫よ任せなさい! 悪いようにはしないから!」

「お前がそう言って悪くなかったためしがあるかぁっ! おいマジやめろよ!? 駄女神の祝福とか、今後一生貧乏で暮らすことになりそうじゃねぇか!」

「い、いやっ……私はむしろ、それでも……!」

「ももももも悶えてんじゃねぇ変態クルセイダー! めぐみんっ、魔力分けるからなんか言ってやってくれ! このままじゃ───」

「ふっ……生憎ですね、ダぁクネぇス……! 私とて貧乏生活には慣れた存在……! 今さらその程度で、同じ部屋、同じ布団で寝たこの我を差し置くことなど───」

「ちょぉおっ!? お前はなにを言ってんだー! いや間違ってないけど。これ以上話をややこしくするんじゃねぇーっ!!」

 

 佐藤から魔力を分けられ、立ち上がるや独特の構えを取り、宣戦布告のめぐみん。

 ああうん、こういうラノベチックな状況って、マジであるのな。

 溜め息ひとつ、俺の腕に腕を添えるようにしながら、やさしい顔で笑っている隣を見る。

 

「……帰るか」

「うん。……あ、えと。……どっちに?」

「花嫁を馬小屋に連れ込む趣味はねぇよ……宿に決まってんでしょ」

「あ、あはは……そだよね。でもさ、えっと。これってどうしたら戻るんだろ」

「案外脱ごうとしたら元に戻るとか、そんなんじゃねぇの?」

「あ、そか。脱ぐ───、……ひゃぅうっ……!?」

「い、いやっ……脱ぐってのはそういう意味じゃなくてだなっ……!」

「はぁ……由比ヶ浜さん、比企谷くん。いいから一度戻るわよ。それと、夫婦の会話は二人きりの時だけにしてちょうだい」

「えぇっ!? も、戻っちゃうの!? ハチマン、ゆいゆいっ、あの、伝説の“ブーケン・トゥース”は!? “らいすめてお”ー! とかも……!」

「……とりあえず、佐藤が言ってたことが事実だったってのはよーくわかった」

 

 紅魔族ってほんと、妙に日本知識にかぶれたところがあるとか聞いたけど、マジなのな。ところどころツッコミどころ満載だけど。なにブーケン・トゥースって。ブーケトス? あとは……ライスシャワー、だよな? 米のメテオとか怖いわ。

 まあ紅魔族って、そもそもが日本人転生者が原因で誕生した種族らしいからなぁ。

 ほんと、生きてる内に出会えたなら、一発くらい殴ってやりたかったわ。デストロイヤー製作者。

 

「さてと。宿には一旦戻るとして、ダクネスの親父さんもなんとかしてやらんとな」

「え……なんとか出来るの?」

「俺でダメならアクアだろ。女神ならそのくらい───」

「うー……ねぇヒッ……は、八幡。えっとさ、その……結婚したんだからさ、あたしのことも……」

「……、お前ね、人がせっかく世間話から入って、さりげなーく呼ぼうとしてたのに、そこで催促する?」

「ふえっ!? あ───、……あぅうう……!」

「~……その、よ。呼び方。そのまま八幡でいいからな。……ゆ、結衣」

「……、……ぅん」

 

 ぽしょりと恥ずかしげに返事をして、由比ヶ浜……もとい、結衣が、抱き着いていた腕に顔を埋めてきた。

 俺はそんな彼女の頭をわしわしと撫で───ることはせず、妙に温かくなった心とともに、やさしくやさしく撫でていった。

 今まで面倒とか苦労とか迷惑とかをかけた詫びも込めるつもりで。

 

 

 

     10

 

 新婚生活が始まった。

 婚姻の書物は無事に届けられ、俺と由比ヶ浜……っとと、結衣は夫婦になり、ダスティネス家から謝礼として贈られたお金で正式に家を買い、そこに住んでいる。その金ってのがアルダープに支払った金であり、そもそも契約破棄の羊皮紙のお蔭で汚職だのなんだのの汚いところが明るみになったため、アルダープの財産は全て差し押さえられ、辿り着くべき場所に辿り着いたわけで。

 で、この家だが、雪ノ下もゆんゆんも一緒に住んでおり、食事などは一緒で、穏やかな団欒の日々を続けている。

 ……のだが。

 最近、アロエの様子がおかしい。

 

「アロエ~? 水は───」

『いらないのです』

「散歩とか……」

『いいのです』

 

 なんだかそっけない。

 そっけなくされると構いたくなる人のサガか、気になってしょうがない。

 しかし踏み込もうとすると、

 

『もっと奥さんのことを気にするのですよ!』

 

 と叱られる始末。

 世界初! アロエに叱られる男!

 ……あ、訂正された。世界初は篠山さんらしいです。なんか……お疲れ様です、篠山さん。

 しかし一度話し始めると、様々なうんちくやら知識を話し始め、聞いているだけで時間が飛ぶ飛ぶ。

 なのに、ここしばらくは外にも出なければクエストもしない。

 少しずつ痩せてきている気さえするのに、頑なに食事も水も拒否し続けた。

 

「……、もしかすると」

「ゆきのん? なにか知ってるの?」

「ま、まさか寂しさのあまり、食べ物が喉を通らないとか!?」

「いいえ、その……ゆんゆんさん? それはないから安心してちょうだい。恐らくだけれど……」

「だけれど……?」

「……、ふふっ、いいえ。悪い事にはならない筈だから、見守ってあげてちょうだい。きっと彼女なりの、お祝いのつもりなのでしょうから」

「「「……?」」」

 

 雪ノ下の言葉に、首を傾げるしかなかった俺達。

 しかしそんな日々が長いこと続き、そろそろ本気でヤバいんじゃって時。

 アロエから雪ノ下の部屋に行かせてほしいと願われ、しばらく経ったある日のこと。

 雪ノ下に呼ばれ、結衣と一緒に雪ノ下の部屋へ訪れると、遅ればせながら……と、アロエに祝福の言葉を贈られた。

 

『ふふふ……! この世界には液体肥料がなかったので苦労しましたが……見てください比企谷さん! 由比ヶ浜さん!』

 

 陽の当たる窓の傍に置かれた植木鉢に立つ少女。

 アロエの髪であるアロエ部分から、綺麗な花が咲いていた。

 

『正直ちょっと目眩がしますけど、急な結婚にお祝いの品も渡せないアロエではいけないと思いまして……。受け取ってください、健康と万能、そして信頼の花言葉のアロエの花です』

 

 ぴしっ、と両手を肩と同じ高さの横へと広げ、そう言うアロエ。

 そういえば様子がおかしかったのは結婚式の後からであり、あー……つまり、その。

 

「由比ヶ浜さん。アロエという植物は、花を咲かせるまでに長い断水期間が必要になるの。切れた多肉植物が水を断つと根を伸ばして水を求めるように、根を下ろした状態で健康を保ち、且つ必要な温度、必要な環境を経て、花を咲かせる。言うほど楽ではないけれど、その過程があってこそのこの花なのよ」

「ゆきのん……あ、だからあの時、見守ってって」

「ええ。その後にアロエと相談して、私の部屋に来てもらったのよ。贈りたい相手に開花の過程を眺められるのは恥ずかしいでしょうから」

「アロエ……お前」

『いえべつに、ただ気まぐれ心が働いただけといいますか。比企谷さんは命の恩人ですから、せめて出来ることくらいはやらないと、アロエとしても立つ瀬がないといいますか……』

 

 植物にツンデレされるって世界初じゃないかしら。

 しかし気持ちは嬉しかったから、こちらこそとばかりにお礼の言葉と、あと水をあげた。

 ちなみに花を咲かせるのに最適な温度作りは、主に雪ノ下の初級魔法が生きたらしい。

 便利だな、初級魔法。

 

「わああ……! こんな花、見たことない……! アロエさんってすごいのね!」

『むふふー、アロエですからっ』

 

 胸を張りつつ、ゆんゆんから少し逃れるように体を逸らすアロエさん。

 ……いい加減ゆんゆんにも慣れてやんなさい。

 さて、ありがたく花を愛でさせてもらい、お返しにとばかりに水をあげると、こくこくと飲むアロエ。

 げっそりしていた体にハリが出て、不純物でも取り除いたかのように瑞々しくなった。

 

『あ、ところで比企谷さん。元の世界……もとい、国のことなんですけど、どうします? 結婚して、家まで買っちゃったわけですけど』

「それなんだよなぁ……」

「うん。ママとかサブレのことも気になるし、帰りたいとは思うんだけど……」

 

 言いつつ、チラチラと俺を見る結衣。

 いや、その。別に心配せんでも、元の世界に戻ったからって、他人の目ぇ気にして今さら他人のフリしてくれとか頼まんから安心してほしいんだが。

 

「つか、今こっちから向こうに帰ったら、時間とかどうなってるんかね。経過してない、とかだったらありがたいんだが」

「帰る時間を指定出来たら、とてもありがたいのだけれどね……」

「それな。ほんとそれ」

 

 とほー、と溜め息を吐いていると、ゆんゆんがおそるおそる訊いてくる。

 

「あの……みんな、帰っちゃうの?」

「あー……いやー……まあな、正直3日以内にカエルを倒すだけで、10万単位を稼げるなんて夢みたいな場所だけどな。俺達にもほら、あのー……あれだ。帰る国ってのがあるんだよ」

 

 家出したとか思われて、帰る国はあっても帰る家がなかったら泣ける。

 大丈夫だよな? ちょっと考えてみただけだけど、もう帰ってこなくていい的な締め出され方とかしてないよな?

 ああ、ただし日本に戻ると能力等は全部なくなるらしい。あっちじゃ既に廃れた幻想だ、そりゃ仕方ない。

 

「あら比企谷くん。あなた、戦闘中は特になにも出来ないじゃない」

「筋力増加とかで支援してるだろーが」

「ていうかさ、えっと。ちゃんと帰れるのかな。アロエちゃんはどう? 元の世界の大勢のアロエと、通信、できたりする?」

『まだ反応がないのです。反応を捉えるまでは無理ですかね……』

「そか。んじゃ、それはまあどうしようもないことだって割り切って、反応を捉えられるまでは普通に暮らせばいいんじゃねぇの?」

「そう……ね。言う通り、どうしようもないもの。でも……そうね。二人の子供が産まれる前には、帰りたいものね」

「ばっ!?」

「ひゃうっ……!」

 

 俺と結衣、赤面。

 い、いや、一線は越えてないぞ? 確かに結婚はしたけど、まだ恋人気分を味わっているところなんだ。

 そういうことはだな、ほれ、あれだ。もっとお互いを知り合って、この人ならって思えた時にだな……。

 ……まあ、視線が合えばキスしたり、今まで言いたくても言えなかった言葉を言いまくって、今まで言われてみたかった言葉を言われまくって、互いに好きになりまくって、もうヤバいくらいだが。

 

「………」

 

 そしてまたちらちら見て、見られる。赤い顔で、潤んだ瞳で。

 期待してないわけじゃないぞ? お、おう、俺だって男ですし?

 けど、だからこそだ。大切だって思うからこそ段階ってものは必要なんだと思うのだ。

 その段階がいつ段飛ばしで踏破されるかなんざ、誰にもわからんわけだが。

 まだまだいろいろと問題点もある現在。

 俺達はしばらく、この世界で───

 

「おぉおおおーい! 比企谷ー! 面倒が起きた! 手伝ってくれー!!」

 

 ───……この世界で、周囲の困難を解消、もしくは解決しながら生きていくのだろう。

 いつになるかはわからんけど、いつか帰る日が来るまでは……まあ、なんだ。そうやって順応しながら生きていくしかなさそうだ。

 ああちなみに、ダクネスの親父さんはアクアの力であっさり治った。俺も提案、助力をしてくれたってことで感謝されて、なんとなくだけどダスティネス家と付き合いが続いている。主にお互いの苦労話とか、ダクネスと佐藤の関係とかを話す間柄ではあるのだが、なんか気に入られたっぽい。

 

 

 満開状態のアロエを持ち、全員で宿を出て、来ていた佐藤とともに屋敷へ向かった。

 そこで、一羽のヒヨコを巡って女神と地獄の公爵が喧嘩をしているのを止めるのが今回の依頼らしい。

 この場合、奉仕部でいう“魚の釣り方”ってどうなるんだろうな、雪ノ下よ。

 存在の時点で嫌悪し合う二人を前に、俺達は早くも出る溜め息を隠せなかった。

 しかし幸福ではあるわけで。

 俺は、この手の中の、にこっと笑いつつ胸を張っているアロエに感謝の言葉を囁くように口にした。

 

(開花をすると、周囲の人を幸せにする、ね……やさしい転移能力だこと)

 

 ちなみに幸福中だと獲得経験値や金運が上昇します。なんてことは野暮だ、言わないでおこう。

 そうして自身の内側から溢れる幸福と、アロエからもたらされる幸福を噛みしめながら、今日もまた面倒事へと歩を進める。

 

「やっと来たわねハチマン! ───祭りよ! エリスの祭りがあるなら、アクア祭りがないのはおかしいじゃない! というわけだから手伝って! この前の結婚式では花を持たせてあげたんだから、早く手伝って!」

「おい、それただ佐藤のヤツが誓いの祭壇から逃げたから解散になっただけの話じゃねぇか」

 

 ヒヨコのことはいいのか、と訊くより先に、地獄の公爵様に懐きまくっているヒヨコが目に映った。……あ、これ擦り込み完了してるアレだわ。取り返しつかないわ。

 見れば、アクアの目に涙が溜まってるし。あ、こぼれた。なるほど、現実逃避したいわけね。どんだけ言ってもヒヨコはバニルを親だと思ってて、アクアが手を伸ばせば威嚇とともにゾスゥとその手を啄ばまれている。そして再び泣く女神様。

 やべぇ不憫だ……! かつてないほど不憫だ……! あんだけ誕生を楽しみにしてたってのに……!

 

「~っ……み、見つめる女二人を前に、逃げ出したヘタレヒキニートなんて知らないわよ! あそこできちんとどっちかと誓い合ってれば、こんな面倒なことになってなかったのにこのヘタレ! だから! もういいから祭り! 手伝って!」

「ヘヘヘヘタレじゃねぇし!? ってかああいう状況じゃあ一度冷静になる必要がだなぁ!」

「……なぁ、雪ノ下、ゆんゆん。俺、もうこいつらキャッチ&リリースしたいんだが。魚の釣り方を教える云々じゃなくて、釣ったことが間違いになるとかないわ……」

「よかったじゃない。ゾンビみたいな目という理由で、随分と女神様になつかれているようだし」

「そ、そうよハチマン! 相手から来てくれるなんて、とっても嬉しいことじゃない! あの、だからその、わ、私でよかったらいつでも手伝うから! 友達だもの!」

「そゆこと口に出して言わない」

 

 溜め息ひとつ、なにも言わずに横に立ってくれている妻を見る。

 目が合うと、えへーと微笑んでくれる。

 こちらの行動を疑いもしていないその笑顔に、俺もまた溜め息を吐いて、頷くのだ。

 

「へいへい……ご奉仕しますよ、今日も」

「頑張ろうね、八幡っ」

 

 おう頑張る。めっちゃ頑張る。妻に言われちゃ頑張らない理由はない。

 こじらせぼっちなんて、結局は自分を理解して愛してくれる相手が欲しいだけなのだ。

 そして俺には、もうそんな人が居る。

 ならどうする? 頑張るでしょう。

 もはやヒッキーと呼ばなくなった相手と自然と手を繋ぎ、佐藤と一緒になって話を煮詰め───おいちょっと、なに睨んでんの。お前だってあの時キッチリ選んでりゃ、結婚とか出来たでしょ。

 

「う、うるせー! こっちにだっていろいろと心の準備とか……!」

「人に向かって所有物とか言える鬼畜のカズマさんが、今さら心の準備とか」

「やめて!? 唯一の男の理解者にそれ言われるとダメージがすごいから!!」

 

 マツルギとやらじゃあ話にならないらしい。文字通り、話にならんのだとか。

 ていうかバニルは? 喧嘩してたんじゃないの? え? 脱皮して帰ってった? やだ、あそこにあるの、悪魔の皮なの? もう俺この世界に来てから様々な物の元の知識とかどうでもよく思えてきたわ。脱皮って。ははは、脱皮って。

 しみじみ言う俺に、佐藤が同意し───しかしそんな佐藤が、急に凛々しく、睫毛を長くした顔になる。

 あー……嫌な予感。やだなー、今すぐ帰りたい。

 

「……ところでお二人さん。新婚ということはその、しょしょしょ初夜などはどのように……?」

「結衣」

「ん」

「わかったごめん悪かったから屋敷内で爆裂魔法はやめてくれぇえ!!」

 

 ……同郷であり、俺の唯一の男性理解者はこんな感じである。

 不公平じゃないかこれ。

 しかし一応、この世界では先輩であるわけで。

 まあ、いい感じに馴染んでいくしかないんだろうな。

 困ったことに、幸福ではあるわけだから。

 恋人が出来て妻が出来て、友達も出来ました。

 その友達、今「パーティーを組めて、問題解決のために一緒に悩んで行動出来るなんて……! やったわねゆんゆんっ! 友達が増えたわっ!」とか喜びまくって───おいやめろ。

 

「……はぁ」

 

 いちいち行動にオチが付くような世界で、今日もまた奉仕部は誰かの役に立っている。

 主に、周りに巻き込まれる形で。

 そんな世界でも、厄介事が尽きない初心冒険者の集う街でも、今日もそこに笑顔が生まれる。

 ぼっちも笑えてる世界なら、そうそう悪くない場所なんだろうな。

 それじゃ、元の世界に帰るまでは……どうか、この素晴らしい世界に祝福を。

 

 

 

           /了




 これにて、やはりこの素晴らしい青春ラブコメ世界はまちがって祝福されている。は終わりで候。
 総合180話……随分とまあ話を書いたもので。
 文字にして約200万。
 読む人が大変そうな文字数ですな……。

 なんにせよ、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
 俺ガイル最新12巻は、9月20日発売!
 延期にならない限りはきっと大丈夫!

 ではでは、突発でまたガハマさんを書きたくなった時にまた会いましょう!
 チェリオ~♪

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