どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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あろえさんの謹賀新年アロエちゃんを見た時から、時間が空けば書きたかったお話。
というわけで、ちょっぴり続きっぽいシリーズモノ。
タイトルは『女騎士さん、ジャスコ行こうよ』より。


アロエさん、日本行事しようよ。

 謹賀新年。

 謹んで新年をお祝い申し上げることを意味する。

 まあ新年がどうとか言ったところで、この世界でそんなものが通用するのかって言ったら甚だ疑問ではあるのだが。

 

「こっちの世界に、日本で言う正月元旦って概念はあるんだろうか」

『あろえ?』

 

 日本の電波から離れて久しい今日この頃。

 スマホの充電が切れても久しい日々からしばらく、簡易カレンダーを作っては日を数えてきたわけだが、つい先日、バニルの、もといウィズ魔法道具店にとあるアーティファクトが入荷した。

 その名もソーラーパネル充電器───って日本製じゃねぇか!

 入荷っていうか拾いものだろこれ!

 というのも、佐藤らが紅魔族の里に行った際、長く封印されていたとある部屋へと入ったそうなのだが、そこでゲームガールなどの携帯ゲームを発見。

 それらをどうするかを里で話し合い、使い道が無いものは売ってしまおうってことになったらしく、その一部をめぐみんの親父さんがウィズに売りに出したらしいのだ。

 で、ウィズはそれを爛々とした目で購入。帰宅後、バニルの殺人光線にて黒コゲになっていた。

 ともかくこんな使用方法もわからんものでは売り物にならんと、バニルは俺や佐藤を呼んで、価値あるものなら買ってはくれまいかと相談してきたわけで。

 

「久々にスマホに電源が入ったと思えば、予想以上に日にちが経ってたな」

『そうなのですか?』

「ああ」

 

 家の窓の傍。

 日光浴をするアロエの横で寝転がりながら、話し相手になってもらっている俺。

 今日も平和である。ゴロゴロ最高。もっと言うなら日光浴最高。

 

「まあ、いくら一日経過するたびに印をつけていったって、いちいち何月が何日まである~とか覚えてないよな」

 

 なので、何日かズレがあったわけで。

 一応雪ノ下の誕生日も盛大に祝ったのだが、地味にズレていた。

 むしろあけましておめでとうとかろくに言えなかったよ。だってその時、ある依頼を受けててそれどころじゃなかったし。

 ていうか未だに帰る目処が立ってないんだけど、どうすんのほんと。

 小町とかめっちゃ心配してないかな。あと戸塚とか戸塚とか。

 え? 親? いや、むしろ気づいてないとか有り得そうなんですけど。え? 八幡? うちにそんなの居たっけとか親父がこぼしてそう。で、お袋と小町にめっちゃ怒られるのな。

 ……やめよう、虚しくなってきた。

 

『比企谷さん比企谷さん』

「ん? どしたーアロエ」

『元旦を迎えたならあれをしなきゃですよ! こう、お着物を着て、きっちりと正座して三つ指をついて!』

「いや、お前足は根になってるって」

『……正座は諦めるのです』

 

 口に出して早々に諦めることが出来てしまったらしい。

 しかしどうやらこのアロエ、改めてきちんと新年のご挨拶をしたいらしい。

 人間より植物(?)の方が行事に積極的って……いい世の中になりましたね奥さん。ファンタジーだけど。あと誰だよ奥さん。……結衣か。

 

「着物ったって、どうすんの。お前のサイズに合う着物なんてないだろ」

『はぐぅっ!?』

 

 あ。やってしまった。完璧なまでのクリティカル。

 少し考えればわかることを、わざわざ相手に訊ねるように自覚させるとかぼっちの風上にも置けない所業。

 こんな小さな植物(?)にショックを与え、目をうるうるさせてしまうなんて、俺、ヒキガヤ・オブ・ボッチの未来はどうなってしまうのだろう。

 などと冥界三姉妹の長女をやってないで。しないから。肘なんて確定しないから。

 

「まあ、なんとかするか。こっちに来てからしばらく、日本の行事を忘れっぱなしってのもアレがアレだし」

『あっ……は、はいですよっ! アレがアレなんだから仕方ないのです!』

 

 で、ノって見れば、ぱあっと花咲くアロエスマイル。りゅうおうの弟子にも匹敵する笑顔である。尊い。

 さて、とは言ったものの、いくらぼっちで広く浅くを得意とするみんなの八幡さんでも、いきなりミニチュアオヴ着物を作れと言われても無理である。そもそもそんな道具も持っていない。

 ていうかソーイングセットがあればどうにでもできるとか、そういう次元の話じゃない気もするし。

 じゃあどうするか? ……ここは嫁を得ることで広まった交友関係を駆使してみましょーか。

 たとえばめぐみん。実家は相当な貧乏だと佐藤から聞いたことがあるので、案外裁縫とかが得意かもしれない。半端に金持ってると、破けても買えばいいとかそういう方向で解決しちゃうからね、まったくこれだから最近の若者は。え? 俺? 買いますが? 最近の若者だもの。

 で、めぐみんに頼む方向の話……だが、着物を作ってくれとか言ったって通じる筈も無い。そこは説明すればいけなくもないかもだが、絶対にアレンジする。中二病入る。それはダメだろう。

 ではダクネス。お嬢様であり、地味にいろいろ出来たりする彼女だ。頼めばやってくれるだろうが……どうしてだろう、なんでかいい予感がしない。見返りなんて求められないとは思うんだが、ここぞという時にSとかM的な意味合いで何かを要求されてしまいそうな気がする。

 ではアクアは却下。考えるまでもなかった。まさに流れるように却下の方向。無駄な才能があるにはあるが、なにせあのアクアだ。……あの、アクアだ。あの女神様に頼みごととか借りを作るとか、あってはならない。

 ならば着物、というものにも多少の知識はあるであろう佐藤は?

 ……どうしてだろうな、エロスに走って肝心な完成には至らない気がするのは。

 じゃあ…………じゃあ?

 …………全滅じゃねぇかよ。おいどうなってるのちょっと、交友関係が残念すぎて泣きたくなるんですけど。

 あ、いや、バニルとかはどうだろう。

 確かバニルさん人形とか作ってたよな? ……って、あれ原材料は土くれだよ。

 それとも土くれで着物を作ってくれって頼んでみるか? ……無駄な出費になりそうだな、やめとこう。

 

「んー……」

『比企谷さん?』

 

 誰か居ないもんか、誰か。

 こう、無駄に多才で手先が器用で頼まれたら喜んでやっちゃうような、どこか損をするタイプなのに居てくれてありがとうっていう───と、考えているところでノック。

 

「は、ハチマンっ、お昼できたから降りてきてって!」

 

 次いで、扉の向こうから聞こえてくるのはゆんゆんの声。

 っと、もうそんな時間か。なんだかんだでアロエと話し込んでいたようだ。

 それじゃあ───……ん?

 

「───」

「わひゃっ……!? あ、えと、お昼……」

 

 ……ふむ。

 扉を開けて、まじまじとゆんゆんを見る。

 無駄に多才で手先が器用で頼まれたら喜んでやっちゃう…………ああっ!

 

「ゆんゆん……お前を友達と見込んで頼みがある」

「ともっ……───な、なんでも言って!? 大丈夫よ任せといて! 絶対に後悔なんてさせないから!」

 

 言った途端、目から残像の残る紅き輝きを放ちながら、声高らかに詰め寄る紅魔族がおった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 それから、雪ノ下とゆんゆんとでアロエの着物作りが始まった。

 

「なるほど、それで。ええいいわよ、時折にでもそういうことをしないと、日本のことを忘れてしまいそうだもの。あなたにしてはいい考えなのではないかしら」

 

 ほっときなさい、いちいち一言余計だっての。

 “皮肉を混ぜずに作業なんてできません村”の住民ですかあなたは。

 

「でもそっかー……ゆきのんの誕生日、しっかり祝えたと思えたのにズレちゃってたんだ……ごめんねゆきのん」

「いいのよ、由比ヶ浜さん。祝おうとした、という意志と、実際に祝われたという事実こそが嬉しいのだもの」

 

 日本で言うダイニング的な場所に集まって、四人と……いや五人でわいわい。

 五人というのは言うまでもなく、俺、結衣、雪ノ下、ゆんゆん、アロエである。

 雪ノ下がアロエの採寸を測り、デザインを描き、パターンを引き、そこからはゆんゆんとの共同作業でボディへ宛がっての仮縫いやらのアレコレが───って速いなこの二人。

 そりゃ人間サイズじゃないから、作業自体はそこまで大掛かりじゃないだろうけど、だからってそんなテキパキ出来るもんなの? もしかしてぬいぐるみとか作る趣味がおありで? それを話題に誰かときっかけが作れれば、とか練習しまくったとか……ああ、うん。雪ノ下はどうか知らんけど、ゆんゆんあたりは妙に納得できてしまった。

 ……え? 結衣? ……少し手伝ったら椅子に座らせられて、「比企谷くんと話していてちょうだい」って別の仕事を頼まれてたよ。……仕事なのかよそれ。

 

「できたー!」

「早っ!?」

「すっごーい! すごいすごい! ゆきのんもゆんゆんもすごいよ! ってか服ってこんな簡単に出来ちゃうんだ! すごい!」

 

 いやよく見て見なさいよ二人の顔。相当疲れたって顔してるよ。とっても集中してたってことだろ。

 ……ちなみに。裁縫に関する道具も、紅魔の里の提供でお送りします。

 さ、そんなわけでいよいよアロエに着つけて───

 

「………」

「………」

「……ヒッキー?」

「へ? ……あ、お、おう」

 

 そうでした、俺が居たんじゃアロエが着替えられない。

 ていうかアロエが俯きがちにちらちらとこちらを見てくるからなにかと思ったら、そういうことか。真っ赤な顔してどしたの、とか言いそうになってたよ。言ったら恥以外得られなかったよ。あるとしたら侮蔑の眼差しだけだったよ。主に雪ノ下からの。

 

……。

 

 ダイニングっぽい部屋を出て、少し一息。

 この家には佐藤の屋敷のような大きな暖炉はなく、生活の知恵で暖を取る。

 主に雪ノ下とゆんゆんの魔力で、だが。

 その方法というのが、白熱暖房という、今適当につけた暖の取り方だ。

 白熱電球が案外熱いことは皆様ご存知かと思う。

 まあ難しい理屈は特に無く、フィラメントを用意して真空状態にして~とかそういうのでもない。

 熱に強い丸い容器を用意して、中に燃え続ける炎魔法を固定する。それだけ。

 魔法効果が持続する魔法球ですよっ、とウィズにオススメされた。

 “これさえあれば魔法効果がとても長く持続するんですよ!”と熱を込めて、それはもう。……でも、魔法が持続するのってこの球体の中だけなのよね。つまり熱くするか寒くするか、灯りを点す以外の役割なんてほぼない。攻撃に使えるわけでもないし、爆裂魔法を封入するなんて不可能だ。てかめぐみんがやってみたら、魔法球が当然のごとく堪えられずに破裂&爆裂。溶けたガラス片を火山の噴火が如く周囲に撒き散らし、大惨事となった。

 バニルがさすがに役に立たないからと安値で売ってくれるくらい、他に使い道がなかった。あのバニルさんがだよ? 相当だよこれ。

 え? ウィズ? 例に漏れず殺人光線だったよ。懲りるって言葉を知らんのかしら、あの人。なんて俺が言ったら、小町に“お兄ちゃんがそれ言うの?”とか言われそう。

 と、振り返りはこのくらいにしておいてと。

 

「日本が恋しくなった時の、ありがとう電子書籍」

 

 外に出るのさえ面倒になった時、本を手にするのもめんどくなった時、あなたの傍にはスマホがあります。まあ漫画とか読む時は正直、タブレットのほうがいい。あれはいいものだ。

 

「読み途中だった漫画、あったんだよな」

 

 DLさえしてあればいつでもどこでも。

 直前で更新通知とか来てなくてよかったわ。こっちじゃどう足掻いても更新できないし。

 さて、じゃあ続きを───…………来てたよ、更新。

 しかも微妙に更新されてて、読み込めなくて読めないパターンだよ。

 

「まじか……残酷すぎでしょ、電子書籍システム……」

 

 SDカード内にどれだけ無事な漫画たちがあるのやら。

 待ってる間に調べてみようか。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 …………。

 

「…………」

「ヒッキー?」

「ぇぁああぉわぅ!?」

 

 夢中になって読んでたら、結衣に声をかけられた。

 そしたら喉が超自然的“驚きの声”をあげた。

 人間、ほんとに驚くとわけのわからん高い声、出るよね。

 言わせてもらうならこういうのは本能であるからして、べべべつに俺が特殊だとか、ひと際ヘンな声だとか、キッパリ言っちゃうとキモいとかそんなことは……いいよもう、キモいよ、自分で思い返しても驚き過ぎてて恥ずかしいよ。

 いいじゃないですか、素直な自分で行きましょうよ。なんの恥ずかしいこともありません。ほらワテクシ聖職者ですし、誰かさんの結婚式も取り持った程の司祭モドキさんですし、なにかこう……自分に説いてみせてもいいんじゃないでしょうか。

 ならば、さあハチマン、聞きなさい。そして受け入れるのです。

 そうですよ、なにも難しいことはありません。

 かつては己のルールで全てを軽くこなしてきたプロボッチャーの八幡さんが、今さらこんな事態程度で迷う必要があるわけがないじゃないですか。

 つまりはそう、こう考えればいいのです。

 

  八幡、あなたは愛する妻に情けない声を聞かれただけ。

 

  そう、可愛い嫁さんに声を掛けられただけで悲鳴をあげただけなのです。

 

 ほら、こうして考えを変えるだけで…………やだ死にたい。死にたくなってきた。

 恥ずかしいとかそういうのではなく、なんかこう……死にたい。

 

「………」

 

 けど恥を掻くことなんて割りと慣れていたから気にしない方向で行く。

 大丈夫、熟練のぼっちは傷つけられるのには慣れっこです。

 首を傾げる結衣を促して、いざダイニングもどき……もうダイニングでいいか。へ歩を進める。

 さりげなく動画記録機能も立ち上げて、と。

 

「あ、ハチマン! 見て見てっ!」

 

 ダイニングに入ると、まずはゆんゆんが興奮気味に軽く身を弾ませながら声をかけてくる。赤いお目々が爛々に輝き、大きなお胸はたゆんたゆんと弾んでいる。やめて、目に毒っていうか目のやり場に困るから。

 だが促されたなら見ないわけにも……いや弾むおっぱいではなくてですね? 指差された先の話で。……やめて雪ノ下、そんな目で見ないで。

 

「ぉ……」

 

 ───と。

 ごっちゃりとした思考が、テーブルの上にちょこんと存在する植木鉢を見ることで吹き飛んだ。

 そこには綺麗な着物とお飾りをその身につけた、アロエの姿。

 言っていた通り、三つ指ではないが指を植木鉢の縁に置き、ぱっと見れば姿勢が綺麗な正座をするような格好で、俺を見つめながら軽く頭を下げる。

 そして言うのだ。

 

『あけまして、おめでとうございます、ですよ』

 

 と。

 ……………………やだ可愛い。

 あ、やばい、ずっと昔、無邪気だった八重歯の可愛い妹が親に着物を着せられ、こんな風にして挨拶をしていた光景を思い出した。

 ていうかそれよりも着物がゴージャス。何枚重ねてるのちょっと! これ振袖どころか五衣唐衣裳じゃないの! どんだけ懲りたかったの二人とも!

 などと頭の中は賑やかだが、現実の俺は目の前の光景に声も出せずに停止中。

 小さな犬の編みぐるみがあるので戌年なのかと思い出したり、松ぼっくりを見てゆるキャンを思い出したりと、それはもう忙しいのに……声が出ない。

 たぶん今、絶賛感動中。

 寄り添い育てた娘が綺麗になった瞬間を見届けた親の気持ちって、きっとこんなん。

 あの、ちょっとやめて? 人の顔見てくすくす笑わないで雪ノ下。してやったりって顔はなんかずるい。今この瞬間だととってもずるい。

 ゆんゆんも胸張らないで? 頑張ったんだからっ、と言いたい気持ちもわかるから。いや可愛いよほんと、アロエ自身も綺麗に可愛くなっちゃって、え? 化粧とかどうやってるの?

 

「ほら、ヒッキー」

「え、あ、ああ……」

 

 頭の中が大混乱の中、やさしい表情で結衣が袖を引いてくれる。

 たぶん、俺の頭の中とか見透かされてる。その上でのこの表情。ちくしょうサンクス。

何語だ。

 

「あけっ……あ、あけましておめでとう、アロエ。今年もよろしくな」

「ぷふっ……!」

 

 はいそこ笑わない。噛んで悪かったよ。

 

『はいなのですよぅ!』

 

 しかし、そんなぐったりさんな心も、軽くガッツポーズを取って、いかにも今年も頑張りますって表情をされると、捻くれで有名だった八幡さんも心動かされずにはいられない。

 

「いやしっかし……これどうやったん? 蹴鞠を彷彿とさせる髪飾りとか、おみくじを思い出す飾りとか、虎の尾を思い出させる葉とか幸福のナンテンみたいな飾りとか……え? これ全部自作?」

「ふふふっ……別にそう難しいものではないわ。工夫することはもちろんだけれど、ゆんゆんさんがいろいろと手伝ってくれたから」

「と、友達に頼まれたならこれくらい当然だもの! 上手くできたよね……? ちゃ、ちゃんと出来てるわよねっ、うんっ」

 

 いやほんと、手先が器用で羨ましいこと。

 で、そんな中で役に立てなかった嫁さんひとり。

 

「や、やー、えと……うう……! だ、だってゆきのんが手伝わせてくれなくてっ!」

「あなたはもう少し……いえ、もっと、いえ……とてもとても練習してからでないと……その」

「う、うわーん! ゆきのんひどいー!!」

「だ、大丈夫よゆいゆい! 私がつきっきりで教えるから! ままま任せてっ、友達だもの!!」

「ゆんゆん……う、うんっ! あたし頑張るからっ! ねっ、ヒッキー! ねっ!」

「いや……なんでそこで俺に同意求めんの」

「だ、だいじょぶ! ほらっ、子供が産まれた時とか、その頃にはばっちり作れちゃったりしてると思うから!」

「───」

 

 思考、停止。

 嫁さんに子供の話とかされると、こんなにも心弾むというか、嬉しいものなんですね。

 ……え? ど、どしたのアロエ、こっそり服引っ張られると驚くっつーか……。

 

『……ふぁいとっ、ですよっ、比企谷さんっ』

「………」

 

 うん、ヒッキー頑張る。なにって、いろいろ。

 ああもうなんかもうだめ、この子可愛い。

 他人に怯えてるのに俺にだけは懐いてるとことか余計に甘やかしたくなる。

 そんなアロエが、『今度は書初めをしましょう!』などと言い出して───

 

「さすがに半紙と墨汁がないわね」

「え? そこ真面目に返すとこなの?」

 

 真面目に考える雪ノ下に軽いツッコミを入れつつ、比企谷家の日常は今日も───

 

「ゆいゆい! ゆいゆいは居ますかぁーっ!!」

 

 ……また騒がしくなりそうです。

 また来たよあの爆裂娘。あの日からほぼ毎日じゃないのちょっと。

 と、かるーくスルーしつつ、なんでかスマホに搭載されていた“習字アプリ”を起動して、アロエに渡す甘やかし親父の鑑っぽい八幡さん。

 ほっときなさい、今俺とってもアロエを甘やかしたい気分なの。

 ほら見てみなさいよ、自分の体ほどにも、とまではいかないが、大きな画面に一生懸命手を伸ばして文字を書くアロエを。心が顕れるようじゃないの。

 

『完成です!』

 

 そうしてゆんゆんがめぐみんを迎えている隙に書かれた文字は『おかし』であった。

 ……弛まぬ努力をどうぞ。あとなんか……頑張ってください篠山さん。

 

「まったくなんなのですかまるで足止めをするように! あれですか、通せんぼをしつつ左右に動き、その邪魔な実りを揺らしたかったのですか見せ付けたかったのですか!」

「いたっ! 痛い! やめてよ胸叩かないで!」

 

 そして、書き終えた辺りでとうとうここに辿り着くめぐみん。

 おお、さんきゅなゆんゆん。足止めしてくれなきゃ、書初めどころじゃ「ふわぁああああっ!?」……なかったもんなぁ。

 

「どどどどうしたというのです何事ですかアロエがアロエがふわぁああああ!! ななな撫でてもいいですかいいですよね構いませんよね!」

『ぴぁああああああ……!!』

 

 ダイニングに辿り着いためぐみんが色鮮やかな着物に身を包んだアロエを発見した途端、ゆんゆんの胸を叩くのもそこそこに物凄い速度でテーブルまで接近。

 バイクのテールランプが如く残像を残す瞳の輝きが、その興奮度を物語っていた。

 アロエ、もちろん対人恐怖症を発症。俺に両手を掲げるようにしてヘルプミー状態であった。綺麗に着飾った娘に涙ながらに助けてってゼスチャーされて助けないなんて有り得ません。よって救助。

 

「あっ! なにをするのですハチマン! もっと、もっと近くで見せてください!」

「嫌がってるからだめ。つーかお邪魔しますくらいないの? お前」

「お邪魔しますさあ見せてください!」

「め、めぐみんちゃん、ほら、えとー……ば、爆裂魔法の話、しよ? アロエちゃん怯えちゃってるから」

「うぐぅっ!? あのっ……ゆ、ゆいゆいから誘ってくれるのは大変嬉しいのですが……魅力的な提案なのですが……! あ、ああっ……あぁあ……!」

 

 結衣に腕を引かれ、ずるずると離れていくめぐみん。

 そんな彼女は子から引き離される親のようにアロエに向けて手を伸ばし、しかしその手がゆんゆんに握られ、さらに引っ張られていった。

 

「ショック療法は向かないとわかり切っているのだから、こちらは任せなさい比企谷くん」

「お、おう」

 

 それに追従するように歩いていく雪ノ下は、ぽしょりと「どう止めたものかしら」と溜め息をこぼしていた。まあ……興味の向くものには猪並みの猪突を見せるのが紅魔族っぽいからなぁ。

 

「まあ、とにかくあれだ。今日はお前が主役ってことで、元旦やら正月らしいことでも重ねるか」

『でも奥さんをないがしろにしたらダメですよ?』

「そら当然」

 

 ずびしと指を差してまでの注意、痛み入る。

 というわけで、元旦といえば───「比企谷ぁっ! かくまってくれぇっ!」……考えさせなさいよちょっと。

 人ン家の窓を勝手に開けて侵入してきた佐藤は、息も荒くテーブルの下に隠れようとして───……アロエを見て、ほろりと涙した。

 

「そっ……そうだよ、俺はこんなささやかな、けれど日本を思い出すような光景が欲しかっただけなのに……!」

 

 なにがあったんだよ。来て早々泣くほど、なにが起こったのよ。

 

「いやアクアがそういえば新年の挨拶とか元旦名物とか全然やってなかったわねーとか言い出して何を思ったのか餅つきを用意してとか言ってどこぞの職人にそれっぽいもの作らせてその金が俺のポケットマネーでツケにするとか言ってたみたいで丁度そんな金がなかった俺が追われることになってそんなことをまだ知らなかった俺は久しぶりの日本行事に目を輝かせながら餅をつこうとしたらもち米なんぞないことに気づいて気がついたら使い道のない臼と要らんツケと金を求めて俺を追うイカツイおっさんどもにキャッキャウフフと波打ち際を駆けるバカップルを再現したかのような涙が止まらない状況に」

 

 長いよ。あと長い。一息でどんだけ喋るの。

 あとハイライト。人ン家に勝手に侵入しといて死んだ目すんのやめてくれない?

 そんな俺と佐藤の悲しみをよそに、俺の手に植木鉢ごと治まっているアロエが、佐藤に向けて縁に手をつき、綺麗なお辞儀と挨拶をした。

 

『佐藤さん、あけましておめでとうございますですよ。今年もよろしくお願いしますです』

「ぁ…………~……おめでっ……おめでとう……! 挨拶が……邪気のない何気ない行事がこんなにやさしいものだったなんて……! 帰りたい……あの頃に帰りたい……!」

 

 あの……どうすんのこれ。泣いちゃったんですけど。割とマジ泣きなんですけど。

 そしてやっぱり今年もこいつは仲間の所為で苦労するんだろうな。

 

「あ、ところでその着物、どうしたんだ? あの機織り職人の人に作ってもらったのか?」

「『あっ』」

 

 縫い物に強い人、そういえば居たわ。ポチョムキン四世さんだっけか。

 ああいや、もう完成しちゃってるんだから今さらか。それよりも借金の額をだな。

 

「この服は雪ノ下とゆんゆんが作ってくれたもんだよ。で、佐藤。借金っていくらなんだ?」

「作ったってこれをかよ……ああえっと、10万エリス」

「高ぇよ」

 

 なにそれ高い! どんな高級素材で臼作って貰えばそんな値段するんだよ! 相場なんか知らんけど!

 いくら以前に二十三億エリスなんていう大金を動かしたとしても、この世界で暮らしてみりゃあそれが普通に高いことくらいわかるわ!

 

「比企谷……同郷のよしみで───」

「俺、既にお前のところの駄女神に5万貸してるんだが」

「あんのクソ女神ぃいいいいっ!!」

 

 叫ぶ佐藤も見慣れたもんだ。ほんと、この世界ってやさしくない。てか、女神がクズである。

 

「ぐっ……それでも、無茶を承知で頼む……! 俺もう、誰かに追われながら生活するとか嫌だよ……!」

「この前、女風呂覗いたとかで追われてなかったか?」

「───」

 

 だからその口一文字やめろって。

 

「ていうかな、幸せに平凡に暮らす夫婦から金借りるとか、良心が痛んだりしないのお前」

「うるせー!! 良心なんかどんだけ持ってたところで、あのパーティーで足しになるもんかよ!!」

 

 ものすげぇ説得力だった。そうだよなー、“神”がついてる存在がアレなんだもんなー。

 神が率先してツケや借金するとか、ほんともうどうなってんのこいつのパーティー。

 俺だってなー! 俺だってなー! って泣きながら叫ぶ佐藤を見てると、逆にこっちが辛いくらいだ。

 

『佐藤さん、だったら働いて稼ぐのですよぅ! なにかというと借りるという癖をつけてしまっては、本当の意味で立ち直ることなど出来ないのです!』

 

 と、そこへズビシと佐藤を指差しながら言うアロエ。……俺にひっしとしがみつきながら、差す指はぷるぷる震えている。

 

「借り癖か……。確かによくないよなー……じゃああれだ、なにかを売って金にするとか」

『そ、そうですよ、きっとなにか掘り出し物が───』

「魔力無限大の喋るアロエとかバニルに高値で売れるんじゃないかな」

『比企谷さんこの人クズです人間のクズですよぅ!!』

「まあ、町を歩けばクズマの噂はよく聞くしな」

「ちょっと待てその話詳しく」

「いーからお前は働いてこいって。とりあえずアクアに貸した分にプラスして5万、これで10万ってことで。それを待っててもらう契約金みたいなものにして、あと5万は働いて返せばいいだろ」

「おっ……おぉおおおっ! 恩に着るよ比企谷~! なんだかんだで助けてくれるからお前って嫌いになれないんだよなー!」

「よしアロエ、次助けてとか言ってきたら無視するぞ」

『合点ですよぅ!』

「あ、ごめん今の無しすいません口が滑っただけなんです誤解です勘弁してください」

 

 結局そうして、今日もまた騒がしい日々。

 この後とりあえずの借金をダクネスが肩代わりしたとかで、ますます働かなきゃいけなくなった佐藤は、諸悪の根源・女神アクアを引きずり、ギルドへ。危険な敵相手でも知ったことかと突撃し、ダクネスを盾にしつつも爆裂魔法で粉砕、アクアに回復させるという方法でさっくりと稼いできた。

 

「くっ……肩代わりをした相手を盾に、容赦なく爆裂魔法とは……! はぁ、はぁ……! た、たまら───ごほん! ひどいやつだ……!」

 

 おいちょっと? 今この人たまらんとか言おうとしてたよ? つか今さら誤魔化しても本性知ってるから。意味ないからそれ。

 

「まったくなんで私が……。あのねぇカズマ? 私にも用事ってものがあるんですけど?」

「今の俺達に金稼ぐ以外の用事があるかよ! つかなんで当事者であるお前が一番関係ないって顔してんだよふざけんな!」

「だから仕事のことで用事があったんだってば! ふふん、言っておくけどすっごい仕事なんだから。まさに私にしか出来ないってくらいのねっ! ……なんか薬の実験に付き合うだけでお金いっぱい貰えるっていうの」

「怪しさマックスすぎるわぁ!!」

「ふふん、馬鹿ねぇカズマったら。私が誰かを忘れたの? 女神よ? 私、女神なんだから。人間が作った薬なんかで影響が出るわけないじゃない」

「毎夜人様が作った酒を飲んでは道端で吐いてるゲロ女神がなに言ってんだ」

「わぁああああ!! 今カズマ本気で言った! 真顔で! 真顔で言ったー!!」

 

 いや……いいからさ。いちいち人ン家に集まって報告するの、やめない?

 あとそこの女神、御託はいいから金返しなさい。

 

「とりあえずアレな。……餅つきも羽根突きも、楽しめる程度で代用していくか。もち米はなくとも、代用品くらいあるだろ」

『ではまず餅つきから始めるのですよぅ!』

「ていうかその体で羽根突きとか普通に出来るの?」

『……! ~……!』

「いやすまんマジすまん泣くな泣かないでごめんなさい!」

 

 新年明けましておめでとうございます。

 そんな一言でおごそかに終わってくれるほど、今の俺の周囲は静ではなかった。そりゃそうだ、こいつらうるさいもの。

 そんな納得が場を支配した、とある新年のお話。


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