どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
俺は比企谷八幡。高二だ。
今日も今日とて飽きもせず学校へと通い、日々の研鑽に努める若き学生である。
……言い回しに深い意味などないが、たまにあるだろ、難しい言葉を言ってみると、少しだけほっこりした気分になること。
大人の語彙力って本を買って、語彙を増やそうとした結果、“あれ? これ相手が受け入れられなきゃただの理解力を読者に求めまくってる面倒臭ぇ小説じゃね?”と気づいてしまった時とか……関係ないか。
難しい本読んでるわけでもないんだから、ラノベに小難しい言葉並べたってしょうがないだろう、と誰かさんが言ってた。人よ、ライトに行こう。軽くていいじゃない、重い話はインド人のように右に置く感じで。あれはハンドルか。
「ひ、ひきがやくんっ!」
「んお?」
今日も勉学に勤しみ、真面目な態度で昼までの授業を終えた俺は、レコーディング、つまり
その途中で声をかけられ、振り返れば……見知った顔。
「由比ヶ浜さんか。えと、なんか用?」
小町や隼人や姉さん以外の女! 喉よ、引き攣ってくれるな! と力が篭もる喉を必死にリラックスさせつつ、なんでもない風に訊いてみた。
肩までの黒髪を横で小さく結わっている彼女は、なにやら弁当箱が包まれているであろう中身ありのハンケチーフと、その他に大きめの紙袋を持っていた。
昼。弁当箱。謎の紙袋。俺に声をかける。俺と仲良くしたい=隼人と仲良くしたい。───イコール?
(目当ては隼人か。任せておけ……!)
やさしい笑顔でサムズアップ(心の中の自分で)をして、人を誘うなどハードル高ぇ……! と内心ドッコンドッコン怯えつつも、由比ヶ浜さんを誘ってみた。
すると彼女はとても嬉しい顔をして───「あ、もちろん隼人も連れて行くから、なんの問題も───」───……次の瞬間には、“あ、あはは、そうだよねー……”って言葉が似合いそうな苦笑を漏らし、軽く俯いた。
大丈夫だ青春を望みし少女よ。少なくともここ一年で由比ヶ浜さんが悪い人じゃないってことは、よーくわかっているつもりだ。
加えて隼人もいい娘だと言ったほどの相手……!
……目を逸らすことなく、腐り目の俺へとありがとうを届けてくれた彼女に、想うところがないわけじゃないが……ていうかむしろこうして対面しているだけで、鼓動がやかましかったりするが、そんなものは無視しよう。
あいつが俺の幸せを願ってくれているように、俺もあいつの幸せを───お、おう? メール? 誰だ、こんな昼間っから俺にメールなんぞ……
◆少し話したいのだけれど、お時間平気かしら
……差出人がブチのんもとい姉さんの妹さんだった。
話か……ハッ!? これは、俺が妹さんを、隼人が由比ヶ浜さんを、というカタチで超自然的に2ペアが作れるのでは……?
待っていろ隼人……! 今俺が、未来のために出来ることを───!!
……。
そして気づけば俺一人と女子二人だった。この人数で静かに話せる場所、を探していたら、テニスコートがよく見える位置に、良い風が服場所が。
そんなわけで俺と由比ヶ浜さんと雪ノ下さん(妹)とともに、そこに座っているわけだが……しょうがないよな、隼人にも用事ってものがあるし。
ていうか由比ヶ浜さんの名前が出た途端に、隼人がキッパリ“いや、俺は遠慮しておく”っていわれた気がするんだが。
え? なに? なにか気まずい出来事でもあったりしたの?
「えっと……」
「お、おう」
「その……」
「お、おう」
「………」
「………」
「………」
(((きっ……気まずい……!!)))
かたや、リードが原因で事故を起こしてしまった人。
かたや、ただ車に乗っていただけなのに、法律的には悪いことになっている人。
かたや、車に撥ねられた人。
こんな三人でどうやって話を進めろと……!?
もし俺達三人の違う世界線があるとするなら、知らないフリから始まる武活劇がいいナ……これ始まる前からいろいろと難度高いです。
「その……わ、悪い、な? 隼人のヤツ、用事で来られないみたいで……」
「えっ? あ、ううんっ? それは問題ないんだけど……」
え? そうなの? 隼人目的じゃないの? それとも別に、間接的な目的でも……?
と考えていたら、由比ヶ浜さんが紙袋を膝に乗せ、中からなにかを取り出した。
「ヘぁああああのあの、あのっ……! ばばバスで助けてもらったお礼とかしたくて、あのっ……迷惑かもだけど、お菓子を作ってきたので、たべてくりゃっ……くだ、さいっ!」
どもったり噛んだりを繰り返し、時間をかけて語ってくれた由比ヶ浜さん。
しかし今、なんと? 悪質ナンパから救ったお礼、ときたか。
なるほど、それは確かに隼人は今回関係なかったかもだ。
しかしそのお礼に俺へとなにかを持ってきてくれるとは……なるほど、いい娘だな、隼人。
「………」
「………」
そして、人も寄り付かなさそうなこの位置の、石段に並んで腰掛ける俺たちの中。
よかったらと、少し離れた位置に座っていた雪ノ下(妹)さんにまで、お菓子らしいものを渡す彼女。
「えっ……え、ええ……」と、少々ビクリと肩を弾かせていた雪ノ下(妹)も、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で返し、お菓子を受け取る。
いやー……雪ノ下(妹)さん? もうちょっとメールでのやり取りのようにキパキパといろいろ言ってくれてもいいんだぞ?
「えと……一応頑張って作ってみました。ざ、ざー……ザッハルテルト、です」
───何気なく渡されたお菓子が手作りだったらしい。
心が“マジで!?”と叫びたがっているのを必死で押さえて、けれど視線はお菓子に釘付けである。
ザッハルテルト……! 聞いたこともないお菓子だが、もしや世に言う普通ならば存在すらしない、オリジナル創作お菓子とやらなのか……!?
などと割と本気でドキドキしていると、横から「ザッハトルテ、ではないのかしら」と冷静なツッコミ。
由比ヶ浜さんは「うひゃあごめんなさい! ざざザざっはとルテ、だった!」と大忙しだ。
そしてなんか名前の言い方がとても不安になる。
あの……大丈夫なの? さっきまであんなにも輝いていた女子の手焼きザッハルテルトが、謎の暗黒物質に書き換えられたのだが……。
……いや、最初から疑ってかかるのは俺の悪い癖だ。
よく見れば、由比ヶ浜さんの手には絆創膏がいくつか貼られている。きっと苦労して作ってきてくれたのだ、食べなければ罰が当たるってもんだろう。お菓子作りでどうすりゃ絆創膏が必要な傷がつくのか知らんけど。
どこか誇らしいっぽい気分を抱いたまま、ザッハトルテが入った小さなラップ包装のソレを開いてみた。
すると…………
「………」
「………」
すると………………あの。なんすかこれ。
「……これが……ザッハルテルト……!」
おい。……おい、由比ヶ浜さん? ちょっと由比ヶ浜さん?
さっき注意してくれたばっかの雪ノ下(妹)さんが、あまりの黒さに“新種のお菓子:ザッハルテルト”で受け入れちゃったんですけど?
え? ザッハトルテ、なんだよね? 俺ザッハトルテがどういうものなのか、詳しくは知らんけど。
「……黒いな」
「えっ……ええ、黒いわね」
「ちなみにザッハトルテってどんなお菓子なんだ?」
「おしゅっ……こほん。……オーストリアのザッハーというホテルで売られている
「………」
「………」
目を合わせず、どうにも噛んだりどもったりするこの姿勢。
これ、ぼっち症候群じゃなかろうか。
ていうか訊きたいのはそういうことじゃなくて。
「いや……外見的な話で頼む。これはその、ザッハトルテなのか、ザッハルテルトというまったく新しいお菓子なのか」
「ざざざざっはとるて! ザッハトルテで合ってるから比企谷くんっ!」
改めて訊ねてみると、なんと由比ヶ浜さんがきちんと答えてくれた。
菓子についての無知を笑うでもない……こういう時、男子ってのは弱いな。もっと知識を深めて、きちんと受け止めてやれるくらいにならんと。
……うん。で、なんでそこで由比ヶ浜さんを見て、信じたくない事実に直面した、みたいな絶望顔をしてらっしゃるの雪ノ下(妹)さん。長いからゆきゆき、もしくはゆきのんでいいか。心の中で。
「そ、……~……そう……。ザッハトルテ……ザッハトルテなのね……」
ギザギザの包装紙に包まれた、小さなまぁるい、黒いお菓子。
ほぼ一口、多くて三口で確実に食べ切れるであろうそれを、おもむろに口に放り込んでみる。
そして、ほぼ同時に同じ行為をしていたゆきのんとともに、ゴキィと噛んで───はいちょっと待っておかしい効果音おかしい。
なにこの、幼い日にテレビで見た“ニセ小判の見分け方”を真似て、500円硬貨を噛んでみた時に感じたのと酷似した感触。
「…………これが……ザッハルテルト……!」
ほらー、ゆきのんたらまた認識改めちゃったじゃない。
むしろ俺も、これやっぱりザッハルテルトじゃね? とか疑っちゃってるし。
「………」
おもむろにスマホを取り出し、ザッハトルテで検索検索。
すると、カタチはまぁ似ているが、光沢がなんかおかしいお菓子が画像として表示された。
チョコレートケーキっぽいものなのか、ザッハトルテ。
で、手元にあるこのザッハルテルトをご覧ください。
まるでリバーシで黒面を担えそうなくらいの真っ黒な輝きがここにあります。
「……あの、由比ヶ浜さん、だったかしら」
「ふえっ、あ、はいっ!」
「その。味見はっ……味見は、その……した、のかしら」
「え、う、うん。あまり上手にできなかったから、中でも一番よさそうなのを持ってきたんだけど……」
「……その上手さの基準は、なにで決めたのかしら」
「かたっ……かたち、かな……」
「………」
「………」
ゆきのん、紙袋に残っているザッハルテルトを由比ヶ浜さんに渡すの巻。
既に察しがついているのか、申し訳なさそうな、泣きそうな顔で包装紙を剥がし───彼女は、世界で三番目くらいにザッハルテルトを口に放り込んだ。
ゴキィってすげぇ音が鳴った。
…………この後泣きながら、めちゃくちゃ謝られた。
……。
その日から、と言っていいのやら違うのやら。
暇な時間を、暇な日を見つけては、俺とゆきのんとガハマさんは人気のない場所に集まっては、お菓子の品評会を開催したりしていた。
女子に“上手くなりたいんです”と頼まれては、断れないでしょ。
そうして上達した腕で隼人を幸せにしてやってくれ。
「由比ヶ浜さん」
「ひゃ、ひゃいっ」
「あなたに伝えることは一にも二にもまず一つよ。……レシピ通りに作ってくださいお願いします」
「お願いされちゃった!? え、えぇっ!? そんなにひどいですか!?」
「由比ヶ浜さん、口を開けなさい。その言葉は人に、カタチがいいからというだけでザッハルテルトを齧らせたあなたが言っていい言葉ではないわ」
「ザッハルテルトのことはもう忘れてくださいってばー!」
不思議な関係ではあるものの、お互いそこまで人と接するのが得意ではないため、敬語が抜けない。時折抜ける場合もあるものの、拍子を置くと元に戻ったり。
しかし、お菓子を通じて少しずつ距離は縮まり、なんならとたまにお料理教室を開いたりしてみれば、
「これはこう、何度もこねて…………こね、て……こ、こ……は、はー! はー!」
「え、え? 雪ノ下さん!? ど、どうしよう比企谷くん! 雪ノ下さんの呼吸が、聞いたことがないくらい荒いよ!?」
「えー……生地こねるだけで死にそうになるくらい疲れるってなんなの……?」
まあ、ちゃんと手伝ったが。
お菓子製作会場には調理室を借りたため、あまり汚すわけにもいかない。
女子なのに女子力がないとか、もうどうしろと。
「ん、ぐ、ぅう……! かたちは普通なのに、喉が……! 口の水分が、吸い取られて……!」
「うう、どうして……? ちゃんとレシピ通りに作ったのに……」
「そういう場合、材料間違えてる場合が多いから、見直してみるといいぞ」
「え、あ、そ、そうなんだ。そっかそっか……ありがと、ひき…………比企谷くん」
「おう」
返事をしつつ、一応作られたものは一通り口には放る。
ほぼまずい。美味しいものは一切なかった。これはひどい。
これは本当に喉が渇く。ので。
「なにか飲み物買ってくるけど、なにがいい?」
「MAXコーヒーをお願いするわ」
「ふえっ!? あ、えとー……ひ、比企谷くんの、おすすめで」
「りょーかい」
MAXコーヒーに、俺任せ。
MAXコーヒーに、俺任せ。
MAXコーヒーに……エッ?
「……最近の女子の趣向はわからん」
MAXコーヒーを我先にと頼むほど好きな女性、なんて居るんだな……。
まあそれがいいと言っているのに他を買うのは時間と金と信頼の無駄だ。
なので注文通りに買って、と。
「マッカンOK、あとは……」
自販機の前で思考する。
ガハマさんたらなにが好きなんだろう。
お任せ、とくると中々悩む。ここで俺の、女子に対する思いやりというか、こう、その……なに? 貢献の期待値? みたいなのが試されるんじゃなかろうか。
と言っても俺、女子が好きそうなものとか知らんし。
あ、桃とかどう? とりあえず桃っぽい飲料とか好きそうなイメージない?
だったらこの、ピチクパーチク・モモーで……いや待て、よく思い出すんだ比企谷八幡。
彼女はほら、アレだぞ? 俺に任せると言ったんだぞ?
だったら女子目線じゃなくて俺目線で買っていかなきゃ失礼ってものじゃないか?
……となると……これ、だな。
ピッと押してゴシャー。
目的のものも買えたし、あとは自分の分を買って戻った。
「由比ヶ浜さん……いいから聞いてちょうだい。基本……基本なのよ。なによりもまず、レシピ通りに作ること……たったそれだけなのよ……! こうすれば美味しくなるかも、なんて言葉は向こう十年は忘れてちょうだい……!」
「雪ノ下さんひどい!?」
戻ってみると、悲しい現実がそこにあった。
どうやらやはり、材料を間違えていたようだ。
……まずは材料の名前から覚えたほうがいいのかしら。
長いなぁ、完成への道のり。
「お疲れさん。ほれ、飲み物」
「~……はぁあ……! ありがとう、比企谷くん。いただくわ」
「あ、あの……あたしは、どっちを……?」
俺が持っていたのはマッカンとヤシノミサイダーと、男のカフェオレ。
普通でいったらヤシノミサイダーを渡すんだろうが、俺は違う。
ほれ、と男のカフェオレを渡す。
“女の子に男のカフェオレってー!”とか、小さなぷんすかから始まるささやかなる笑いを……と思ってのことだったんだが、
「わあ……えへへ、比企谷くんがあたしに選んでくれた…………えへー……♪」
男のカフェオレを手に、嬉しそうに微笑む女の子を初めて見た。
そんで、真っ直ぐに、俺の目を見ながら、逸らしもせずに笑顔のまま、ありがとう、なんて言ってくるもんだから、モテるわけがないコーティングを施され、跳ねることなど滅多にないと勝手に思い込んでいた鼓動が、ひと際、大きく───
カシュッ、ガッ、グッ、グイッ、ゴッコッコッコ……カァン!!
「ぷはっ……!」
そんなトキメキ時空を余所に、男らしくマッカンを一気飲みする黒髪ロング美少女さん。
……鼓動は正常に戻っていた。
「いやお前……一気飲みって」
「世界には苦いことばかりなのだから、飲むものくらいは甘くあるべきよ。ええ、本当に……どこのどなたか存じませんが、マッカンをありがとう……!」
「………」
いや、うん。思いついたのが誰かは知らんけどさ。
キミ、なんでそんな、一歩間違えれば俺みたく死んだ目になりそうな道とか歩いてんのちょっと。
「あっ、そうだお金っ」
「ん、ああ、いいよ。試食っつったって、もう何度も菓子とかもらってるし」
「だめっ! あたしそういうの、なんかほら、気持ち悪いから、ちゃんと払わせてっ!」
「や、けど」
「えっと、えとー……はいっ!」
「お、おう」
金を押し付けられてしまった。
どうやら本気の本気で、男のカフェオレで納得したらしい。
同じく、当然とばかりにマッカン代を差し出すゆきのんの顔には、先ほどまでのぐったりした表情など一切なく、輝いていた。
おお、たくましい。
「で、でもさ? こういうふうにさ、三人で何度も集まって、同じことして、同じもの食べて、飲んだりしてるとさ、な、な、なんか……ととと、っとと……友達、みたいだよ……ね?」
「いえそれはないわね」
「え? 男女の友達でもこういうことってするもんなのか? すまんまるでわからん」
「みんな友達のてーぎがおかしいよぅ!」
言うとおり、みんななのだろう。
だって女友達なんて出来たことないし。
そもそもこれは試食と言う名の隼人への道なのでは?
まあ、こうして努力の過程を見てしまっている限りは、応援したくなるってもんだが。
(青春、かぁ)
どうなるのかね。報われてほしいもんだが。
隼人も彼女も。