どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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そして唐突に終わる。続きません。


まあ、そんな物語

 俺は比企谷八幡。高二だ。

 本日、珍しくも朝の占いを見て、少々善行というものに目覚めてしまった、そう、いうなればエンジェル八幡。

 ラッキーアイテムは落し物。

 それを持ち主に届けると、いいことが起こるとか。

 

「いやぁああああああああああっ!!」

「あ、にょっ……あにょ、あのっ! おとしっ、落し物っ……ちょ、聞いて……!」

 

 今朝もはよから通学。学生ってほんと無意識に従順な部分があると思うね。

 そんな感じで己の歩む道を妙に悟った気持ちで歩いていると、目の前で落し物をするおねーさんを見つけた。

 さらに珍しくも、一緒に歩いていた隼人よりも先に気づき、拾ってしまったことも手伝って、持ち主に声をかけたんだが……「落としましたよ(オトシュマシュタョ)⇒「え? なにキャアアアアア!?」といった感じで、振り向いて目を見られた途端に、おねーさんが逃げ出したわけで。

 見失ったら交番行きで、落としたことにさえ気づかなければいつしか破棄されるであろう、この落し物を思えば……朝から走ることくらいどうってことなと思えたのだ。

 そしたらアレですよ、悲鳴あげて逃げ出し始めるし。

 おかしい……人懐こい笑みを浮かべつつ、声をかけた筈なんだが。

 てかこの人足速くね!? 俺これでも結構自信あったのに、子供抱えながらこの速度って!

 

  で。

 

 なんとか止まってもらって、事情を説明したら……なんとか理解してもらえて、お礼を言われた。隼人が。

 ちなみに逃げ出した理由は、“振り向いてみたら、恐ろしい顔で口角を持ち上げるゾンビが居たように見えて……!”だそうだ。

 ゾンビは落としましたよなんて声かけたりしないと思うんですが。

 

「なんか、森のくまさんって童謡思い出した」

「ああ、あったな、そんなの。花咲く森の道で出会った熊が、なんでかお逃げなさいってフリーザ様調に言ったのに、逃げた途端に追ってくるあれな」

「フリーザ様調かは知らないけど、そう、それ」

「あれは……イヤリング落としたのが先なんかな。落としたから追っ手きたんかな」

「花咲く森の道を歩いてたら出くわしたんだから、追ってきたっていうのは違うと思うよ」

「……おお、そりゃそうか。んじゃ、すたこらした時にイヤリング落としたのか」

「お嬢さんはお礼に歌うわけだけど……、……ぷっふ……! 歌っていうか、悲鳴だったな……くっふふふふ……!」

「まあ、イヤリング落としっぱなしにするよりはいーだろ」

「……お前って、そういうヤツだよな」

「自分ってものがよく見えてるだけだっての。どんだけ比喩表現ひでぇんだって言われようが、俺だって振り向いてみたら目の前にゾンビ、なんて、悲鳴あげて逃げると思う」

「やられてみて、ムカついたりしないのか? こうして笑えるようにはなったけど、これでも俺、最初は結構むかついたけど」

「そうなのか?」

「仕方ないだろ、お前が平然として気にしてないんだから。俺が怒ったってしょうがない。もう慣れたし、そういうもんだってわかれば、気安くていいくらいだ」

「そうか。けどまあ、むかつくないかって言われりゃあ……まあ、最初のうちはなー……」

「やっぱり気にした?」

「そりゃな。けど、一生をともにする自分の特徴を生涯嫌い続けても疲れるだけだし、これも自分だって認めたほうが楽しく生きられるだろ」

「………」

「隼人?」

「いや。……お前のそういうところ、わかる前に離れるヤツはもったいないことしてるなって」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 超自然的に、そうなるしかなかったってだけな気もするが。

 それも、隼人に言わせれば“ひねくれていろんなものを拒絶することだって出来ただろ”ってことらしい。なるほど。

 

……。

 

 体育祭が迫っている。

 誰がどの競技に出るのかを決める中、俺は特に率先して動くわけでもなかったため、面倒そうなのを押し付けられるカタチで決定した。

 そういう場合、得てして同じく率先して動かなかった者がパートナーになるわけだが……。

 

「………」

 

 はっきり言おう。世の中には、不思議な巡り会わせってものがあるものだが、気づかなければそのまま気づけないものもある。

 

「いや……俺、お前がクラスメイトだったなんて初耳なんだけど」

「ええ、そうでしょうね。極力気配は殺していたし、落ち合う場合もわざわざ人気のないところを選んでのメール通達だったわけだし」

 

 ステルス性高けーなオイ。

 黒板に“雪ノ下”の苗字が書かれた時、なにかの見間違いかと思ったのに。

 普通に同じクラスだって認識していたガハマさんでさえ、「雪ノ下さん!? え、えー……!?」と驚いていたほどだ。

 

「意外だ。お前、国際教養科とかそっちの方に居そうなイメージなのに」

「何故わざわざ目立つような場所に行く必要があるのかしら。学力というものは、自分の中に蓄えて、必要な時に引き出せればそれでいいのよ。場所は問題ではないわ」

「………」

「………」

「で、リレーなんだが」

「お腹が痛いから永久欠番で結構よ」

「お前どんだけ働きたくないでござる症候群なの……。お前に体力がないのはわかってるから、とにかく体力増強から始めるぞ」

「意外ね。あなた、そんな熱血漢だったかしら」

「……お前の姉さんに、同じ習い事で並んで立つ俺が……から始まる様々な大変ありがたいお言葉がメールで届いてるが、読むか?」

「ごめんなさい……心からごめんなさい、家の姉が……」

 

 俺と姉が知り合いでライバルだ、ということは、ゆきのん宅に泊まりにいった姉さんからは聞いているそうだ。

 姉さんと日々を同じ場所で過ごすとは、なかなか大変そうだが……まあ、本気を出せば掃除洗濯炊事に育児、なんでも出来そうだから問題はないか。やる気が出れば、だが。

 

「んじゃ、放課後グラウンドで練習な」

「だめよ。午後10時からオンで待ち合わせがあるの。付き合えないわ」

「今日は休め。てか午後10時で待ち合わせなのに、断るなよ……。あと何時間あると思ってんだ」

「準備というものがあるでしょう?」

「それこそ準備に何時間かけるつもりだ。ほれ、とにかく行くぞ。体力作りからだ」

 

 促すと、心底面倒そうな顔ではぁあああ……と溜め息を吐かれた。

 やだもうこの娘ったら背筋ピーンで顎も引いてて、姿勢がとってもステキなのになんでこんなにやる気が滅んでるの?

 疑問を素直にぶつけてみると、彼女はふふっ……と小さく笑って言った。

 

「ふふっ……種明かしをしましょう。……体力がないからよ」

 

 もったいぶっといてえらい普通だった。

 

……。

 

 結論から言うと、雪ノ下雪乃の足は速かった。

 あんなに面倒臭そうにしていたというのに、いざやると決めたら速いのなんの。

 思わず心からスゴイと賞賛を送りたくなり、声をかけようとした途端、彼女はぽてりと倒れ、動かなくなった。

 ゆっ……ゆきのーーーん!?

 

「ふふっ……だから言ったでしょう? 体力がない、と」

「いやそれお前よく嘲笑混じりの顔で言えるな」

 

  現在、グラウンドの木陰の下。

  ぜひぜひとゾナハ病のような呼吸を繰り返す雪ノ下を、珍しくもクラスメイトにお願いされ、こうして看病もとい介抱しているのだが……

 

「というわけだから、今からでも代理の人を───」

「あほ。もうみんな自分の行動の始末に追われてるだろ」

「由比ヶ浜さんなら喜んでやると思うのだけれど」

「別種目で固めてた筈だから無理だな」

「………」

「………」

 

 吐かれた溜め息は長かった。

 

  そうして、特訓の日々が始まった。

 

 足は速い。ぶっちゃけ、瞬間的な加速ならそこいらのヤツらよりもよっぽどだ。

 しかし悲しいかな、体力が絶望的だ。

 放課後のグラウンドにて、走ってもらっているのだが、これはひどい。

 

「俺も姉さんと張り合わなけりゃこうはなってなかっただろうけど、それでもいろいろとアレだなお前……」

「そういった認識で結構よ、比企谷くん。というわけでこれから私はアレがアレだから帰らせてもらうわ」

「木陰でぐったり倒れながら、ドヤ顔で言う言葉じゃねぇだろそれ……」

 

 ちょっと走ってもらっただけなのにこの有様……いったいどうしたら……!

 

「大体体育祭で優勝を得られたとしても、だからどうしたということにしかならないでしょう。あと一歩が足りなかったときたら、クラス全員で失敗した子を見るのが現実。最初から決まっていることがあるのなら、頑張りどころを決めることなんて本人次第でいいと思うのだけれど」

「…………雪ノ下?」

「言っておくけれど、いじめなんてなかったわ。ただ、努力を努力と認められず、かといって周囲に不満を口にする勇気がなかった。それだけのことよ」

「そか。んじゃあ始めるか。休憩終わりだ」

「…………え?」

 

 文句を口にすることが出来なかったのは、周囲が大会社を恐れてのことだろう。

 じゃあ努力が努力と認められない、ってのは?

 ……周囲がそいつをきちんと見ていなかったからだ。

 そういうのはダメだろう。どっちの認識も間違ってるかもしれないが、出来ることもあった筈だ。

 

「はぁ……。何を言っても無駄なようね」

「俺にしてみりゃ、お前の家がどうでも、姉がどうでも関係ねーからな。いろいろ考えすぎなんじゃねーの? 周囲も、お前自身も」

「……? どういう意味かしら」

「だってお前、ようするに家が金持ちで姉がミス・パーフェクトなだけで、お前自身は体力のないぼっちだろ」

「───言ってくれるわね。いいでしょう、安い挑発に乗ってあげるわ。あなたはまだまだ知らないだけよ。私という人間を───!」

「───!!」

 

 ゆきのんの腐りそうで腐らない、ちょっぴりひねくれてそうな目が、クワッと見開かれる。

 今、正に彼女が本気に───!

 

  こ~~~ん…………

 

 オチがついた時、アニメなどの効果音としてありそうな音が、脳内で響いていた。

 ああうん、まだまだ知らなかったわ。と、荒く息を吐き、動けなくなっているゆきのんを見下ろした。

 こいつマジで体力やばい。

 

「じゃあやっぱりまず体力作りからな」

「……み、見てっ……いなかった、の、かし、ら……! わわ、わたっわた、しは……は、はー、はー……!」

「見てた。走ってる姿から、嫌ってほど“こんな筈じゃなかったのに”って後悔が飛んで来る走りだな」

「……、……」

「認められなくても努力はしたってことたろ? 自分が知ってんならいーじゃねぇの。見返す相手なんて作らんでいいし時間の無駄だ。んーなことする暇あったら自分作りに励みなさい」

「自分、作り……?」

「来年にでも全員ごぼう抜きするくらい、体力とか何かをいろいろとそのー……つけりゃあいいんじゃないですかね。相手も納得自分も納得万々歳。なんだったら自分の分の距離を走れる分だけ確保出来りゃあ上出来だろ」

「………」

 

 思うに、こいつは結構負けず嫌いだと思う。

 言ったからには努力だってしたんだろう。それが努力と認められなかっただけで。

 ようするに見てもらえなかったのだ。気づいてもらえなかったのだ。

 たとえばよくあるイジメグループの族長(オサ)の親が、雪ノ下建設で働いているとしましょう。

 で、自分の娘が社長の娘と同じクラスであることを知ってて、我が子に“あの娘、パパが働いている会社の社長の娘だから、気をつけてな……! 失礼なことしたら、家族崩壊するかもだから……!”とか言ってたとしよう。

 当然イジメなんぞ起こらんだろうし、起こったとしても蹴散らしそうだし……いや。遠目で見られるだけなんだろうな。

 社長令嬢になんかなったことないからわかる筈もないが、たまに……夢に見る。隼人が幼馴染じゃない、友人でもない俺の生き方を。

 そんな夢の中で鏡を見るたび、目が腐ってないだけ、こいつはそんな俺よりもマシな生き方をしてこれたのかもしれないし、逆にどんなことが起こっても、世界をきちんとそのままの目で見る覚悟があったのかもしれない。

 いつも何かに怯えているくせに、それを表に出そうとしないために必死だった、夢の中の俺とは大違いだ。

 

  だがまあそれはそれとして特訓だ。

 

 走り方、腕の振り方、着地のし方からなにからみっちり教えこんでいく。

 休憩が入るたびに「無理よ」「無駄よ」「わからないのかしら、このたわけが」とか……おいちょっと待て今師範混ざらなかった? え? 結構ゲームとか詳しかったりするのん?

 

「お、そうだ。家に使ってないサプリとかあったから、明日はそれ持ってくるな。ちょっと前に話題になったミドリムシのアレだ」

「………」

 

 「無駄だ、と……わからないのかしら」と。そう、静かに言われた。

 まあ、そうな。やってみりゃわかる。見せてやりゃあいい。

 努力ってやつを、こうしてぐったりになるまでどんだけ走ったのか、この人目につくグラウンドで……!

 

「…………」

 

 呼吸の安定を待ってから、ゆきのんの特訓は再開された。

 しかし本人既にやる気がないのかどうなのか、走り方はバラバラで、明らかにやる気が「あんまりにも遅いって判断したらザッハルテルトな」すまん見間違えだ、やる気ものすごかったわ。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 そうして、走って走って……体育祭の日はやってきた。

 むしろもう終わった。

 全員が頑張って、全員がしっかりと全力は出せた。

 瞬間的な加速が凄まじいこいつは、しっかりと全力を出したし……ていうか呆れる速度で俺のところまで走り抜けて、俺にバトン渡した途端に体力が尽きたし。

 走りながら、話したこともないやつらに介抱されて、笑顔のままに褒められているっぽい雪ノ下は、ぐったりしながらでもどこか嬉しそう……でもないな。結構鬱陶しそうだ。ブレないな、ぼっち。

 順位を言ってしまえば、優勝なんて出来なかったわけだが、頑張った結果だ、何も言うまいだ。てかまあ、俺も順位とかどうでもいいし。姉さんがうだうだ言わん程度が取れれば。

 

「………」

「で、これからも体力作りは───」

「続けないわ」

「ですよねー」

 

 やはり彼女はブレなかった。

 なんでもやりたいことがあるので、それどころではないらしい。体育祭ということで協力はしたが、それ以外では時間を潰す理由はないと。

 

「そういやオンでやりたいことがあるとか……なにお前、ゲームでもやってんの? ゲームっていえば、俺も隼人もモンハンワールドやってて、ハヤハチっていえば結構有名かもってくらいには……」

「…………」

 

 絶句してた。

 ……てか、フレンドでした。アイルーにベタ惚れプレイヤーで有名な、ユキという名の。

 ほんとヤになるなにこれ狭い世界狭い。

 姉さんに引き続き、どうしてこう雪ノ下の名に連なる者とは奇妙な縁があるのか。

 ……べつに雪ノ下に限ったことじゃございませんでした。

 そんなことを、アイルーについてをもはや“誰ですかあなた”と言えるレベルで熱く語る体力の無い知人を前に、遠い目をしながら考えていた。

 




 西城さん、告白してフラレる、というところを考えるといろはすが浮かんだものの、体力云々とか考えたり、学年考えてみたら、ゆきのんでも……? と。
 なにより姉を真似ないゆきのんが国際教養科にはいかないルートと勝手に考えた結果です。
 そして誰ともくっついてないルートなので、この後に様々な日々を過ごしたのちに一気に修羅場に……なるのだろうか。

 はい、というわけで軽い気持ちで書いてみた俺物ガイル、これにて終了。
 俺ガイルで俺物語をしたらどうなるか、という題材だったのに、役割がないとキャラブレまくりで大変なことになる、というのがよーくわかりました。

 いや、でも久しぶりに見ても俺物語はいい物語だ……。
 主人公が男らしいって、それだけで様々に期待してしまいます。
 告白されて、迷うでもなく謝って、“彼女が居るから”ではなく「そうじゃないんだ! ……大和が好きなんだ……!」ってあの言葉を最初に聞いた時、なんというか……じぃんと……こう、しびれるっていうんですかね。告白少女がフラレてるってのに感動してんじゃないよとか、自分でもツッコみたいんですけどね、そんな感じになってしまいまして。
 みんないいキャラすぎて辛い。全員幸せになってほしい。そんな物語。
 おすすめです。

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