どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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第四話 知らない故郷と彼女の日々

 結局のところ、俺は……とっても不思議でどうしてこうなった、なんて言葉が特に似合いそうな現状の中、由比ヶ浜と同棲することになった。

 それとな~く誘導するように、“ほ、ほりゃっ、おみゃっ、お前も俺みたいなやつと、どっ……同棲とか嫌だりょっ!?”と、とても冷静な言葉運びで会話を進められた。

 しかし由比ヶ浜はそれを一刀両断。あっさり頷かれてしまい、小町や宅の両親を味方につけたく相談してみたところ、「なんで結衣さんの発見をおまけみたいに話すの!」と小町に怒られた挙句、しっかりと同棲許可を得てしまった。

 ちゃうねん。そこで顔を赤くしないでガハマさん。俺、不許可を貰いたくて電話したのよ?

 そうして俺は、俺の主張に“まったくだ!”と頷いてくれる人を探せば探すほど、由比ヶ浜の味方を作ってしまい……気づけば八方どころか十方を塞がれていた。なんなら360°オールレンジで塞がれているまである。

 そうなればいい加減諦めもついて、同棲くらいなら、相手が嫌がってないなら、まあ、いいんじゃねぇの……? くらいにまで落ち着いてくるってもんで。

 

「いいか? つまりこの考察が占める位置ってのは───」

「うん、うん」

 

 しかし当然、中退状態のままで良しってわけにもいかないので、暇な時間を見つけては由比ヶ浜に勉強を教える。

 何かに取り憑かれたように、勉強と研究の日々だったあの頃はきちんと役に立ったようで、いつの間にやらかつて苦手だったものが平然と解けるし説ける。

 由比ヶ浜も、なんでか俺が教えるとすいすい飲み込むように覚えていって、気づけば“ああなるほど”なんて、こいつが総武に受かった事実も納得出来ていた。

 ようするに不器用なのだろう。欲しいものが幾つかあっても、それら全部を器用に拾うことが出来ないくらい。

 高校に入るまで必死で勉強して、得られるものがあって、けれど次は高校生活での自分の居場所を確保しなければいけなくて、そのための努力と……つまり自分の望む高校生活と、どうやっても気にしてしまう“罪悪感”とに意識を割いてばかりで、勉強が追いつかなかったのだろう。

 そうしていつの間にか一年が過ぎていて、罪悪感は消えないまま、人間関係も微妙なままで、勉強も追いつかなくなっていて。

 それで…………それで。

 

(俺達が居ない高校生活か)

 

 そりゃ、輝かんわ。

 奉仕部での日々が当然に変わっていく頃、こいつはきっと自分で踏み出した一歩から広がる世界を心から楽しんでいた。

 なのにあんなことがあって、未来で急に浦島太郎状態になってしまい、過去に戻っても知人に会ってしまえば失敗に繋がり、繰り返すだけ、なんてことになれば、輝きも薄れるだろう。

 消えてしまった空白よりも、俺達が居る今。

 自分が居たい場所はここだと選んでくれたのは嬉しいが───……どうしても、罪悪感は消えてくれない。

 あの時、あの時代の俺が、二人をあのまま帰させなければ。

 そんな小骨は誰に許されても残ったままで……いつかの、出会うきっかけになったであろう俺が骨折した事故のことで、由比ヶ浜も雪ノ下も……いつかはこんな気分だったのかな、なんて……ただ静かに、考えていた。

 罪悪感って消えないよ、か。そりゃそうだ、こんなの消えてくれるわけがない。

 

「ねぇねぇヒッキー」

「ん? どした?」

「ほら……その。あたし最近ずぅっとこの部屋に閉じこもりっぱなしでしょ? そろそろあのー……そ、外に出ても、いいかなぁ、とか」

「………」

「やっ! やめてよお! その“なに言ってんだ頭大丈夫かこいつ”って顔やめてよお!」

「あのな、由比ヶ浜サン。お兄さんいつか言いましたね? お前今世界的にやばい人になってるって。フィクションじゃなく、マジモンのタイムトラベラーなんて、それ関連の研究者からしたら月に飛ぶより身近な宝石類だろうが」

「で、でも! あたしべつにそんな特別なこととか話せないよ? だってトラックが来て助けられて、気づけばここに居ましたしか言えないのに、研究なんて言われてもわかんないよ!」

「相手はそう受け取っちゃくれないんだよ。現に今だって、ミノーリ・モンティスさんが研究者さんと話し合ってるし」

「……? う、うん? みの……うん?」

 

 興味ないらしい。そりゃそうだ。

 自分の噂を推測で勝手に盛り上げられて、その所為で好きに動けないんじゃ興味も滅ぶ。

 

「でもさ、ずーっと部屋でごろごろしてさ? ヒッキーが居ないとすることないんだもん」

「いや宿題毎度出してんでしょーが。空白の分を埋めるんだろ?」

「あたしの高校生活、勉強だけじゃないよ!? も、もっとさ、ほら、あるじゃん! 友達と遊んだりさ? 依頼を受けて解決したりとか、す、すす、すー……好きな人と、でーと……したり、とか」

「生徒の異性交遊のために学校作ったんじゃないって、設立者が泣いちゃうからやめなさい」

「そればっかじゃないってば!」

 

 しょーがないでしょーが、もう高校生活終わっちゃってるんだから。

 そりゃな、俺達との学校生活、そんなに大事に思ってくれてたなんてって、八幡的にすごーくポイント高いよ? うん高い。

 けどな、現実問題……そう、マジでの現実問題、これからのことは楽観視など出来ない。

 外側はタイムトラベルとかすげー! で済ませるだろうが、張本人は学生時代を奪われた上に、知人は皆、自分の知らない時間を過ごしてきたのだ。“そこに自分が居ない時間”を。

 当然、自分の居場所はひどく狭い。

 例えるならそう……唯一の友達だったヤツが、学年上がるとともにクラスが変わり、気づけば相手は友達いっぱい、こっちはぼっち、なんて……ぼっちあるあるな世界に似ている。

 かつては友達だったやつらも、今では独自のコミュを構築しているし、かつての葉山グループはとっくにこの町には居ない。

 俺達だけなんだ、ようするに。

 確かにここに住んでいたのに、こいつにとっての“身近”って言葉ははもう俺達と両親くらいで、“俺達”に含まれる雪ノ下だって、同じ大学には通っていない。

 言葉を盾にするのなら、“この時代で生きていくって言ったのはお前だろ”なんてものを使えたりもするが、この比企谷八幡、自分がやられて嫌なことは、嫌な相手と駆け引きが必要な時以外はしません。

 

「………」

「………」

 

 だから、って……わけでもなかったんだろうが。

 ふと、しゅん……と、寂しそうにして俯くこいつを見て───情でも湧いたのか、どうなのか。

 はたまた、妹にそうするように、心が勝手にそっちを向いたのかもわからない。

 だが確実に少しずつ、知人を認識するのとは別の感情が動き始めていた。

 

……。

 

 だから提案をしたのだ。

 なにかを始めてみないか、と。やったことのないものに挑戦してみて、趣味の幅を増やすのだ。

 で、ガハマさんといえば。

 

「……ねぇヒッキー。それで真っ先に料理ってさ、あたしすごーく複雑なんだけど」

「じゃあ運動か? 勉強か? なんでもいいぞ」

「やっ……やー……そのあのえとえと……や、やったことのないものー……で、考えよ? ね?」

 

 苦手なもの、で考えるのはやめてほしいらしい。まあ、そりゃそうか。

 克服ってのは素晴らしいかもしれんけど、無理してやるほどかって言ったらそうでもないだろうし。

 じゃあどうするか? 料理だろう。どうせもうメシの時間だし。

 

「料理……なに作るの?」

「おう。まずはこの粉を使う」

「粉?」

 

 いっつも使う粉を取り出す。特になにも書いていない、プリントもされていない、別の袋からこちらに移した粉だ。

 

「うんうん、それで?」

「よし、んじゃあ粉を計量カップで……そう、それだ。それで擦り切り一杯、こっちのボウルに入れる」

「ボウルってこれだよね。擦り切りって……どうしよっか」

「そこにある箸使え。カップの口に平行に寝かせた箸で、余分な粉は袋に落とす」

「ふんふん……ん、出来たよヒッキー」

「おし。あとはこっちの水分と少しずつ混ぜてくれ」

「うん」

 

 言われた通り、テキパキとやってくれる。

 やり方さえわかれば間違えることはないのだろう。由比ヶ浜はぶちぶち言っていた割りに、楽しそうに料理の準備を続けている。

 

「? なんかすごい甘い匂い……。ね、ヒッキー。この、さっき混ぜた水分ってなに? コーヒーみたいな色してるね」

「? MAXコーヒーだが?」

「コーヒー入れたの!? え、えー……? 大丈夫なの? それって」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 言いつつ頷いてやると、少しは戸惑っていたものの、「ん、わかった」と頷くと、鼻歌交じりに作業に戻った。

 さて。そうして溶き終えてトロトロになった粉を焼いていくわけだが……

 

「よっ、と……おお、綺麗な焼け目」

「わー! ……ってヒッキー! これ料理っていうかホットケーキじゃん!!」

「……? そりゃホットケーキ作るつもりだったんだから当たり前だろ?」

「ホットケーキってお菓子だよ! お菓子作りは料理とは言わないって、いろはちゃんとか言ってたよ!?」

「由比ヶ浜。お前にいい言葉を教えてやろう」

「えっ……う、うん」

「男の調理はみんな料理でみんな主食だ。そこにデザートは存在しない」

 

 なお、そこに男のパティシエ等が作るマジモンデザートなどは含まれません。

 男の料理と言って思い浮かべるもの全てが、男にとっては料理であり主食なのだ。

 

「大体な、これ食ってデザートが欲しいって思うか? これ一食で足りるなら、これは正しく料理で主食だ」

「んー……あたしもいろはちゃんからそう聞いただけだから、どっちが正しいかなんてわかんないけど」

「ならデザート作るか? これ食ってまだデザートが欲しいってんなら作るが」

「え? ってなんでこんな焼いてんの!?」

「そりゃお前、主食だからだろ。んじゃ食うか。食い終わって、デザートが欲しくなればこれはデザート扱いってことで」

「…………いろはちゃん、あたし頑張るね」

 

 そう……これは。

 小さなガッツポーズとともに、いざとホットケーキの山に立ち向かった、男の料理だろうとデザートはデザートだと唱えし、少女の戦いであ「うぷっ……も、もう無理……!」……戦いにならんかった。

 

……。

 

 同棲するからには、いろいろと決めることはやはりあって、意見が分かれてはギャースカ騒いだものだが、間を取ってみれば案外落ち着くもので。

 どちらにせよ時間の解決を望むものばかりなのは、いつだって同じである。

 そんな、小さな語り合いを開催したそれほどの大きさでもない透明テーブルを挟んで、俺と由比ヶ浜は対面して座っているわけだが。

 

「つまりさ、結局のところ、どういう条件でお前は消えたんだろうな」

「ふえ? ん、んー……そういえばそうだね」

 

 実際のところ、材木座の提案が無ければいつ辿り着けたかもわからない現在に、こうして立っているわけだが……俺が攫ったからあの頃の由比ヶ浜が消えた、という事実があっても、まず最初に“なぜ由比ヶ浜は消えたのか”は解消・解決には至らない。

 おそらくそれこそ、深いところまでを探っていない俺には理解の届かないものなのかもしれんし、方向性自体が違うのかもしれない。

 俺はタイムマシンを思い浮かべて、別の平行世界では別の作品をイメージ、タイムマシンの製造にとりかかったのかもしれない。

 もちろんその製作と、由比ヶ浜が消えた原因に関係はないのかもしれない。

 その場で起きた様々なことが、ただ偶然に由比ヶ浜をどこかへ飛ばしただけ、としか言えない。

 余計に首を突っ込んで、消える条件が明確化された所為で“今が消える”なんてことも有り得るから、詳しく知ろうだなんて思わないが。

 怖いわー、ほんと怖いわー、この世界。

 

「あたしはヒッキーに連れられてこの時代に来て……じゃあ、ただただ消えちゃったあたしは何処に行ったんだ、って話だよね?」

「ああ。けど、詳しく考察して、ヘタに答えなんか出すと、お前また消えるかもだからほどほどにな」

「怖いよ!? え、えー……!? あたし、これについて考えただけで消えるかもしれないの……!?」

「原因がわからんと、正直そうだとしか言いようがない」

「う、うー……原因がわかんないのに、知ろうとしたら消えるって、なんかおかしくない?」

「消える筈だった人を、こうして連れてこれた時点ですげぇけどな。思えば過去に俺達に、“大丈夫だ、由比ヶ浜は俺達が保護したから”なんて伝えたら、その時点で由比ヶ浜が消えた理由に矛盾が出るんだよな」

「? そうなの?」

「説明すると長いかもだからざっくり言うと、ほれ。最初、お前はそのー……なに? 雪ノ下をトラックから助けるために、突き飛ばしたわけだが……」

「? 違うよ? ヒッキーが急に現れて、あたしとゆきのんを助けてくれたんだよ?」

「………」

「………」

 

 あ、これやべぇ、と素直に自覚。

 話は続けないほうがいい、絶対にだ。

 由比ヶ浜も珍しくすぐその答えに到ったのか、対面して座っていた体を弾かせるようにして立つと、テーブルを回り込んでまで俺の服をちょんと……どころか、俺を腕に抱きついてきた。

 

「お、おい、由比ヶ浜……?」

「き、え……っ……消え、ないよね……!? あたし、消えちゃわないよね……!? それでいいからっ……嘘でもいいから、また知らない場所になんて、やだよ……!」

「………」

 

 わかっていたつもりでも、つもりはつもりだ。

 あの日まで“やさしい”と感じていた少女と、あの日まで“強い”と感じていた少女は、やさしくもなければ強くもなかったと知った日。

 こいつはやさしさなんかで助けたわけじゃなくて、あいつは強くなんかなかったからこそ記憶を失った。

 単身、急に未来で生活、なんて気楽に受け入れられるわけがないのだ。

 外に出たいと言ったのにだって、きっといろんな意味が込められていた。

 そう考えると、俺があの日に遡り、こいつをこの時代に連れて来たのは正しかったのか、そうでないのか。

 わかるはずもないが、無駄ではなかったことくらい、容易く頷ける。

 由比ヶ浜が自宅に電話して、なんでもない感じで様々が解決に向かった時、由比ヶ浜マは病院への入退院を繰り返していたところだった。

 出たのは丁度退院していたママさんで、その時の泣き方といったら、由比ヶ浜が「すぐ戻んなきゃ! ママが泣いてる! すっごい泣いてるの!」って、自分も泣きだすんじゃないかってくらい、混乱に近いほどの叫びだった。

 それでもその日、雪ノ下が車を出して、会いにいった先で、由比ヶ浜はママさんに抱き締められ、散々っぱら頭をなでられまくった。

 もちろん由比ヶ浜にしてみれば、そんな長い時間離れたわけでもなかったわけだが……やつれが見た目に現れたママさんを見れば、由比ヶ浜の心に浮かんだのは言いようのない罪悪感だった。

 自分がどうしたかったわけでもないのに消えて、その所為で親に心配をかけてしまって。

 泣かせてしまったからってなにが出来るわけでもない。だって、本当にただ急に消えてしまっただけなのだ。急に消えてごめんなさい、なんて本人にしてみれば“なんで”と言いたくなるようなことだ。

 けど、由比ヶ浜にとっては親を泣かせた、というのは思いのほかダメージがデカかったらしく、やがては由比ヶ浜も泣いてしまい、親娘そろってわんわん状態。

 俺はその直後にパパさんに捕まって、事情を吐かされた。

 

(…………はぁ)

 

 あの日を思うと、心配は当然だけど理不尽だーとは思わずにはいられない。

 過去に戻すと大変なことになるかもしれない、ということはもちろん説明して、頷いてはもらったんだが。

 まだなにか言いたそうだったパパさんの言葉はしかし、次の瞬間には沈黙へ向かわされた。

 なぜって、由比ヶ浜とママさんを見て軽くもらい泣きをしていた雪ノ下が、突如としてママさんに抱き締められ、言われたからだ。

 

  「……ゆきのんちゃん。娘を……結衣を思い出してくれて、ありがとう」

 

 と。

 直後に号泣、忘れてしまってごめんなさいと何度も謝る雪ノ下と、それだけ大事に思ってくれていたってことなんだからと、泣いている雪ノ下の背をやさしく撫でるママさん。

 パパさんは自分の妻のそんな姿を見て、ぶわっと涙。

 俺との会話どころではなくなってしまい、俺と由比ヶ浜とで顔を合わせて、「想われるってさ、ヒッキー。……こんな、幸せなんだね」という由比ヶ浜にの表情にドキリとさせられ、「お、おぉお、おう……」なんてヘンテコな返事をしていた。

 

「……大丈夫だ。消えたら、また俺がどこかに連れ出すよ。今の俺じゃなく、未来の俺かもしれんけど」

「あ…………う、うん」

 

 安心出来るように。子供の頃に小町にそうしたように、頭をなでた。

 で、撫でてから心が“やべェェェェ!!”と絶叫。

 この年頃の男子女子など、気安く他人に頭を触れられるのを嫌うものだ。

 お兄ちゃんスキルなんてこの瞬間にはいらなかったのに、ハワワワワなんてことを……!

 と、緊張しつつ、ゴギギギギと硬直してしまった腕を無理矢理離すと、べべべ別の話題をさりげなーく出して、今のを誤魔化そうと───

 

「ねぇ、ヒッキー」

「ひゃいっ!? お、おう、どした……? この冷静沈着で有名な八幡さんになんの用だ?」

「慌てまくりだよ!? れーせーちんちゃくって感じじゃ全然ないよ!?」

「いやお前これアレだから、アレがアレしてアレなだけだから」

 

 時間の経過とともに落ち着いた、と想っていたのは自分だけだったらしい、なんてよくあることですね。

 ただいま俺もそれを実感しているところです。世界が辛い、マッカン飲みたい。

 

「……しばらく聞いてて思ったんだけどさ。ヒッキーってもう、対人とか全然平気?」

「ん……まあ、そうな。周囲に変人呼ばわりされて、いい加減度胸はついたと思う。っつっても、誰に対しても取る態度が変わらないからって部分も相当手伝ってるとは思うが」

「そっか。前の……えと。高校の時に比べると、結構自分から話しかけてるなって」

「……その。やっぱり、高校生活とか普通に過ごしたかったか? あ、いや……そりゃそうだよな、悪い」

「ヒッキー、なっちゃったものは仕方ないんだよ。悲しむことしか出来ないならさ、めいっぱい悲しんで、それから楽しいことをいっぱい探すんだ。あたしもさ? 状況がわかんないなりに考えたよ? たくさんたくさん考えた。解決方法がどうとか、これをすればいいとか、そんなの全然浮かんでこなくってもさ……結局はね、飲み込むしかないんだ。飲み込んで、自分に訊いてみるの。“じゃあさ、ここではあたしに何が出来るの? あの頃だったら何が出来たの?”って」

「由比ヶ浜……それは」

「あはは……あのね? 変わんないんだ、なんにも。こっちに居てもあっちに居ても。それならって思った。あたしはゆきのんやヒッキーが居るほうがいいって。そりゃ……もう同い年じゃなくなっちゃったんだけどさ。でも大丈夫だよ、まだ大学生と高校生だもん。追いつく───ことは出来なくても、居るってわかってるのに会いに行っちゃだめな世界より、あたしはこっちがいいって……ね? だからだいじょぶだよヒッキー。あたしはさ、きちんと自分で選んだんだ。……ヒッキーの所為じゃない。だから、自分があたしを連れて来たから、なんて思っちゃやだよ」

「───……」

 

 “人を見る目”って言葉がある。

 俺は当時、斜に構えたものの見方をして、俺にはそれが備わっていると思い込んでいた。

 とんでもない。

 本当に人を見る目を語るなら、口に出してもいないのに俺のそんなことがわかっちまう、こいつにこそ言える言葉だろう。

 それとも───こいつは、“俺だから”そうやってわかることが出来たのか。

 ……一緒に住むようになって、いや……前から、気づかないフリをしていただけだ。

 自惚れじゃなければ、きっと───

 

「だからさ、ヒッキー」

「おう」

 

 次に来る言葉がどんなものでも、受け入れてみるのもいい……そんなことを静かに思った。

 心が隅々まで穏やかだ……こんなことは随分と久しぶりで、それこそ……ガキの頃、周囲から浮く前の世界はこんな気持ちで歩けていた筈なのにと、そう……思い出すことが出来て───

 

「あたしね? ここでまず、えと……いしょくじゅー? を固めてみたいって思うんだ! 料理とかお裁縫とか、掃除とか……あ、えとえと、せ、洗濯っ……も、頑張るし、ね? ~……そういうさ、その……生活に必要なこと、ちゃんと、しっかり、覚えてみようって……思うんだ」

「───」

 

 穏やかなる俺の日常は、ある圧倒的な存在によって激変した。

 隣に芝があるのなら、きっと気分の悪さから真っ青に違いない。

 幸せっぽい青い鳥? 気絶してるんじゃないかしら。もしくは、あくまで“っぽい”だけで、幸せなんかじゃないのよきっと。

 いや、提案はしたよ? したけどさ。

 ホットケーキ以降のこいつの活躍を思い出すと、俺の中の腹の虫が怒ってるわけでもないのに治まらない。いやほんと、怒ってるとかじゃなくてこう……シニタクナーイ! って。

 

「………」

「ヒッキー?」

 

 こてりと首を傾げ、どうしたの? と訊ねてくる彼女に、俺は……ただ精一杯の笑顔で、「頑張れ、手伝うから」と伝えることしか出来なかった。

 決意の表情で「ううんっ、あたしだけで頑張ってみるよ!」と言う彼女に、「いやマジで、手伝うから」「いやほんとお願いします手伝わせてください」「やめて!」と何度も悲鳴をあげる腹の虫に、俺はただ遠い目をして、彼女の背を押すことしか出来なかった。

 ……平塚先生マジごめん。

 無茶なことをする人の背を押してやるの、本当につらいわ……。

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