どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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第六話 心配の在り処

 予想はついていたが、まあ予想通りだった。

 

「ほらほらっ、ゆきのんゆきのーん!」

「ちょっ……待ってちょうだい由比ヶ浜さんっ……!」

 

 由比ヶ浜に手を引かれてぱたぱたと走っていく雪ノ下を、隣に立つ小町と見送る。

 一方の小町はといえば、「いいの?」なんて言って俺を見上げてくるわけだが。

 

「いーよ。ってーかあんま遠慮すんな。無理に二人きりにされてもほれ、こっちが戸惑う」

「とかなんとか言って、意識しだしたら二人きりだと間が持たないんでしょ。まったくほんとにお兄ちゃんってばお兄ちゃんなんだから」

「だからお兄ちゃんと八幡をダメな意識でひとくくりにするのやめなさい」

 

 思えば小町にも雪ノ下にも迷惑をかけた。

 雪ノ下は、あなたが必死だった理由もきちんと理解できないでいた分、むしろこちらが謝らせてほしいくらいだわ、なんて言っていたが、んなもん記憶がないんじゃどうしようもないでしょーよ。

 

「はー……でもほんと、見つかって……じゃないか。……連れてこれて、よかったね。あ、でも一応確認ね、お兄ちゃん。結衣さんって実際、お兄ちゃんが連れ攫ったから消えた、とかじゃないよね?」

「おう、それはない。なんたって実際見てきたからな。助けようとして何度も失敗して、どういった原因で消えるのかを調べたくて、なにもしないで見てた時がある」

「…………ごめん、お兄ちゃん」

「謝んなよ。俺だって飛び出したい気持ち殺しまくりながら、確認したことなんだ」

 

 由比ヶ浜が雪ノ下を突き飛ばして、その景色の中で由比ヶ浜は消えた。

 なにが原因だ、ってのはどうしてもわからなかったが、少なくとも俺が連れ攫ったから、という事実は一切なかった。

 そういったことをきちんと説明してやると、小町は「はー……なんか、お疲れさま、お兄ちゃん」と労ってくれた。

 

「でもこれから急に大変になるね。結衣さんの話じゃ、もうプロポーズしちゃったんでしょ? 恋人すっ飛ばして愛してるなんて、お兄ちゃんってばやる時はやるね~?」

 

 はっはっはっはっは、おいおい由比ヶ浜さ~ん? なぁんでもう宅の妹ちゃんがそんなこと知っちゃってるのかな~?

 デッドアイをギラリと開き、にこりと笑ってみせると、丁度こちらを見ていた由比ヶ浜がぴうと逃げ出した。……雪ノ下を引っ張ったまま。

 あ、なんか訴えてるけど無視されてる。あ、めっちゃ肩で息してる! やめたげて由比ヶ浜! その元部長さん死んじゃう!

 

「でも実際どうするの? バイトだけじゃ足りないでしょ、これからのこと」

「ああ、実はアテはあったりする。時間の旅の提供者に情報提供の許可は得てるから、タイムマシンの情報の一端を売ろうかと」

「……ねぇお兄ちゃん。それほんと大丈夫? 過去とか未来とか大変なことになったりしない?」

「基本的に過去も未来も変えられないんだとさ。変えたとして、それは俺達が居るこの時間とは一切関係がない。“過去を変えてやったんだから……!”って喜び勇んでこの時間に戻ってきても、前と変わらん今があるだけだ」

「じゃあたとえば、過去に戻った誰かがえっと……欲望のままに女の人を襲っちゃったーとかは?」

「過去に影響を与えすぎることをするとな、そいつ自身が異物と認識されて消される。居なかったことになる。つまりな、その相手に対してトラウマになるであおる可能性を予測された時点で、そいつは消える」

「…………お兄ちゃん、たしか雪乃さんに頭突きしたって……」

「どの道モノが飛んできて頭にぶつかるわけだからな、対して変わらんみたいだ」

「かなりグレーでしょそれ! 危ないことはやめてってばまったくこの兄はほんとにもー……!」

 

 まあ、ほんと危なかったのは確かだ。

 あの時は助けたい一心で、他のこととか考えてる余裕がなかったからなぁ……。

 一歩間違えれば俺も消えてたかもしれないとか、怖いわー……。

 

「あれ? じゃあ結果が似てるものだったら、それを別の誰かがなぞることが出来るってこと? ……じゃあ教われるのが確定してる人を、別の人が襲う、なんてことになったら」

「あのね小町ちゃん? お兄ちゃんそういう話はあまり深くツッコむべきじゃないと思うの。つーかな、情報提供はする。タイムマシンを譲るわけじゃない。OK?」

「あ…………うーわー、お兄ちゃんワルだねぇ」

「信じないヤツは無理矢理過去に連れてって、満足してもらうわ。なんだったら過去の犯罪やら事故やらの調査に役立てるのもいいかもしれんし」

「あ、それはほんといいかもね。ただそういう事件って一個や二個じゃないだろうし、家に帰る時間もなくなるかもだよ?」

「ここまでって時間は決めとくよ。仕事にかまけて恋人ほったらかしとか勘弁だ」

「へー……? へー、へー、へー? お兄ちゃんってそんな素直に自分の気持ち、口にする方じゃなかったのに」

「うっさいよほっときなさいもう。お兄ちゃんだって成長するんです」

 

 言いながらも見て回る。

 見ることの出来る動物はいつかとまるで変わらない。

 俺だって久しぶりに来るそこは、“必死”になっていたためにもう何年も来てなかった場所なのに……つい昨日のことのように、来ていた日々を思い出させてくれた。

 

「……悪かった。迷惑かけた」

「ん……どったのお兄ちゃん、そんな急に」

「言いたくなった。見てられなかったよな、実際周りには変人とか言われてたし」

「いいよそんなの。お兄ちゃんがヘンなのは昔からだし」

「あれ? ちょっと小町ちゃん? お兄ちゃん今とっても傷つくことを言われた気がしたんだけど」

「それでもそんな変人呼ばわりを、成果に変えることをこれからするんでしょ? じゃあいいじゃん。お兄ちゃんはちゃんと、やらなきゃいけないことをやってみせて、少なくとも小町や雪乃さんや、なにより結衣さんの両親を笑顔に出来たんだから」

「小町……」

「ほんと、相変わらずやり方はアレだけど、結果だけはちゃんと出しちゃうんだからなぁ、うちのお兄ちゃんは」

「おい。そのアレってなにちょっと。詳しく聞かせて小町ちゃん」

「んー? 自己犠牲の部分が大きいってこと」

「…………犠牲だなんて思ってないんだから、しゃーないだろ」

 

 その気持ちはいつだって変わらない。

 人が笑顔になるくらいの出来事を、犠牲の一言で片付けられてたまるか。

 出来ることがあったからやっただけだ。

 その出来ることをやらない人が多いだけだ。

 踏み込めば出来ることだったのに、踏み込まずに無難を選ぶ人ばかりだったってだけだろう。

 

「ほんとに? 誰だって過去に行けた? タイムマシンを作って?」

「───あ、無理だわ」

「でしょ」

 

 いや、そうじゃないのよ小町ちゃん。

 たぶん相手が骨な時点で、俺じゃなきゃ交渉は無理だったと思うの。

 てかあの次元まで繋ぐことなんて無理だっただろう。

 つまりは……はぁ、その、なんだ。…………俺じゃなきゃだめだったかも。

 けどこれだけは信じてほしい。そっちの方向を向くことくらいは、必死に研究することくらいは出来たと思うのだ。

 それをせずに“消えてしまって残念でしたね”なんて言って、やがて忘れてしまうのは……そんな関係はごめんだって思ったのだ。

 

「ほーれほれほれ」

『ひゃふ』

 

 犬スペースで犬を愛でながら、苦笑をもらす。

 隣で小町も別の犬と遊びながら、八重歯を見せつつけらけらと笑っていた。

 

「小町はさ」

「ん? なに、どったのお兄ちゃん」

「小町は……あるか? 後悔した場面とか、見てみたいあんな状況そんな状況とか」

「んー……ある、かな」

「ほーん……? たとえば?」

「お兄ちゃんがサブレちゃんを助けるところ」

「そか。俺はお前が由比ヶ浜からお詫びと一緒に貰った菓子を食ってるところを見たいわ。お前ね、あの時お前がきちんと俺に“あの時の女の人が謝罪に来て、菓子折り置いてったよ~”とかきちんと伝えてくれてりゃ、俺達の関係ってあそこまで複雑になってなかったんじゃねぇの?」

「うわー……今さらそれを出しますかお兄ちゃん。確かにあれは忘れていいことじゃなかったけど」

「それで“助けてもらって謝罪に行かなかったー”とか噂されたら、もう人とか信じられなくなるじゃないの。お前ほんとそういうところだよ? モノ食ってお前は満腹満足かもしれんけど」

「うん、美味しかった」

「………」

「……ごめん、さすがに冗談」

 

 でも美味しかったのね。

 

「けどさ、今お兄ちゃんって結衣さん結衣さんばっかだけど、雪乃さんのことは? 本人に真っ直ぐに“俺が居る”とか言ったんでしょ?」

「………」

 

 おーぃいい……だからなんで小町が知ってるの。

 ちょっと雪ノ下? 雪ノ下ー?

 

「実は病室の前で聞いてました。お見舞いに来たらお兄ちゃんも居るんだもん」

「一緒に来ればよかっただろ」

「二人きりで話したかったしね。で? 大丈夫だ、俺が居る、は? 今どうなってるの?」

「なんも変わらんだろ。あの頃は医者にも支えになってやってくれって言われてたし、雪ノ下さんからもだった。雪ノ下が由比ヶ浜のことを忘れてたって、あの人にはなんの不都合もないだろうに、俺に言ってきたんだ。それで無視するほど薄情じゃねぇよ、お前の兄ちゃんは」

「陽乃さんが? 意外……でもないのかな?」

「知らん。てかわんにゃんショー堪能しに来たのに、なんで話すことがこんなんばっかなの。もっと堪能するぞ堪能」

「ま、そーだよね。じゃ、お兄ちゃんは犬スペースの制覇よろしく! 小町は猫を制覇してくるから!」

「え? これ制覇とかそういう問題なの? 俺猫スペース行っちゃだめってこと? 小町ちゃん? おい小町ー!?」

 

 ……行ってしまった。

 まじか、猫スペース結構楽しみにしてたのに。

 

「…………だからヘンに気ぃ回すなって言ってんのに」

 

 頭を掻きつつ、雪ノ下とは分かれたのか一人で犬と戯れる恋人を発見。

 まずはどう切り出したもんかと話題を探しつつ、なんだか妙に緩む頬を隠すようにして、恋人のもとへと歩くのだった。

 過去も未来も見たことない場所のことなんてわからないこの世界。

 でも……まあ。わからんでも、知ろうとする努力は出来るわけで。

 ならその過程を楽しんで、やばいことにはそわそわして、そうしていろんなことの所為で躓いちまった青春を、今からでも取り戻せていけたなら……いつか、きちんと清算できるものも出てくるのだろう。

 それは、なくしてしまった時間って意味でも、逸らしっぱなしにしていた目や気持ちって意味でも。


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