どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
誕生日。
それは誰かが誰かを祝う日……ではなく、誰かが誕生した日におめでとうを届ける日である。
本日、8月8日、火曜日。
俺の誕生日であるが、特に気にした様子の人、誰も無し。
朝、ちょっぴりソワリとしながら小町あたりに祝われるかな~とか思っていたのだが、普通にスルー。
朝食を作ってくれて、俺はそれを食べて、そのままガッコへ。
自転車で送り届ける、なんてことは既に法律がアレでああなって更新されたので無理だ。
ようするに中学まで一緒に歩いて送っただけ。ボデーガードってやつだな。
「………」
そうして現在は、連絡網じゃ届けきれないお報せがあったとかで学校から連絡があり、急遽登校日と称した学校の集まりが儲けられ……総武高校の自分のクラスにて、こう、ほら、ととと戸塚あたりがおめでとうとか言ってくれるんじゃないかなーとか期待しつつ、やっぱりソワソワしていた。
だがしかし、戸塚はおろか本日に限っては由比ヶ浜までもが俺を見ない。
まるで俺だけがこの世界から削り取られたかのような、奇妙な孤独を感じながら……戸塚さえ祝ってくれないこの日、もしやサプライズ的なアレでも用意しているんじゃないか、なんて愚かな思考に辿り着く。
放課後と言えるのか、いくつかの書類が配られたのと、連絡事項を耳にした程度で終わる本日の登校ののち、部室の引き戸を開けた途端にクラッカーが鳴る~、とか。
……いや、べつにニヤケてなんかないですよ? だだだ大体? ほんとにサプライズがあるかもわからんのにニヤケたりとか、こういうパターンでは期待は裏切られるってわかってることじゃねぇの。
「………」
やめたいのに勝手にドキドキする胸に溜め息を吐きながら、それでも訪れたのは───帰宅部だった俺が入った、もとい入れさせられた部活、奉仕部の部室だ。
平静を保ちつつ、中に入ればいつも通りの反応。
それに「ん」とか「おう」とか返しながら、定位置とも言える長机の端に座り、一応の放課後という部活の時間を過ごした。きちんと“この時間までやりましょう”と決めて。
……。
……過ごしちゃったよ。
部活時間終わっちゃったよ。サプライズとかなかったよ。
やだもう恥ずかしい! いい年こいて、祝ってくれるとか勘違いしちゃったよ俺!
だだだ大丈夫だ俺、問題ないぞ俺。悟られないように、ワル目立ちしないように、いつもより存在感薄目で過ごしたじゃないか。
雪ノ下も由比ヶ浜も二人で楽し気に会話してたし、お茶も出なければ一度も会話を振られなかったからって、むしろかつての自分に戻るきっかけが訪れたのだと胸を張れ。
「………」
でも、戸塚にさえスルーされたのは、八幡久しぶりに大打撃。
明日から、明日から強くなるから、今日は少しだけ泣いていいですか?
とほーと溜め息を吐きつつ、とうとう別れの挨拶さえないままに雪ノ下と由比ヶ浜と別れ、帰路を歩む。
途中でコンビニに寄って、珍しく置いてあったお祝いミルクレープミニドームとやらを奮発して購入、ほっそいけどロウソクもついていたそれに、一人寂しくニコリと笑って、ご近所の公園に寄ってブランコに座りつつ、小さく揺れながらたそがれた。
店員に「だ、誰かのお誕生日、ですか?」と目を逸らされながら訊ねられて、余計に傷を抉られるおまけつきだったこのミルクレープ。
中心にほっそいローソクを立ててみたんだが、考えてみればライターなんぞ持っているはずもなく、持っていたとしたら真っ先にポリスに通報されそうだった。
苦笑交じりにロウソクを取って、プラスチックフォークで小さく切り分けながら食べた。
……うんうまい。
ミルクレープって、なんというかあまったるすぎるけど、それでこそって感じが味わえるから嫌いじゃない。
「………」
ある程度咀嚼すると、一緒に買ったソウルドリンク・マッカンで流し込む。
甘ったるさが練乳混じりの薄い苦みとともに喉を通る感覚が、俺の心を癒してくれる。
「……ふう。誕生日ごときでなにをソワソワしてたんだろうな」
祝われないことなんていつも通りじゃないか。
そりゃ、小町はささやかではあるけど祝ってくれていたのに、今回に限っては朝からスルーとかひどい状況だったが。
そこはホレ、小町だってどんだけラヴリーエンジェルシスターといえど人間だ。嫌なこととかあれば、誰かを祝う余裕もなくなるってもの。
きっと昨日あたりになにかあったんだろう。
……なんか、やっぱ恥ずかしいな。いい年した男が今さら祝われなかったからって拗ねるみたいに。
おしっ、俺の誕生日なんてこの際どうでもいい。
でも、小町の誕生日はしっかり祝うめんどっちぃ兄ちゃんであろう。
うざいと思われたって、真心こめて、祝い続けるんだ。
そんで、いつかあいつに仕方ないなぁって感じの兄ですけど、自慢の兄です、とか紹介されて……誰ともしらん馬の骨に小町を託すのだ。
「……ぐすっ」
立派におなり、小町。兄ちゃんはな、いつだってお前の味方だから。
その時、俺の味方がたった一人すら居なくても、俺は───
「ほむん? そこに居るのは我が魂の盟友、八幡ではないか?」
「んお? ……材木座?」
「フムフハハハハハ! いかにも! 我こそが剣豪将軍、材木座義輝である! で、なに? 八幡ったらこんなところでなにをしているのだ?」
ヴィスィーとポーズまでキメといて、急にソワソワしつつ歩み寄ってくる材木座。
なに、って……ほんと、なにしてんだろうなぁ。
「貴様のことだから、部活仲間かその関連連中とともに、誕生日でも祝われているものだとばかり思っていたが」
「毎度毎度そんなことやってたら、金がいくらあっても足りねぇよ」
「ふむ然り。他人の祝日を飲み食いのきっかけにする連中どもだから、きっと今回もと思っていた我の予想は外れておったか」
言いつつ、隣のブランコに材木座が座る。
座って、ぎぃ、きぃ、と軽く揺れながら、どこか懐かしむように笑みをこぼした。
「……好んでブランコに座らなくなったのはいつからだっただろうかなぁ」
「……知らね。忘れた」
「で、あるか」
会話らしい会話はない。
だが、わざわざそうして気まずくなる必要も無ければ、面倒を起こす理由もない。
やがて俺がゆっくりとミルクレープを食い終わり、立ち上がるまで……そんな奇妙な時間は続いた。
「もう行くのか?」
「あんま遅いと小町がうるさそうだからな」
「ふむ、そうか。ならばこれは我からの餞別だ。気が向いた時にでも飲むがいい」
言って、材木座は背負っていた鞄からマッカンのミニペットボトルサイズを一本取り出し、俺に渡してきた。
「同志たる貴様へ、我からの贈り物とでも思い、受け取───八幡? なんで受け取った瞬間に振り被ってるの? 我今贈り物っていったよね!? やめて!?」
お約束のおふざけもその程度にして、感謝は届けて受け取った。
鞄の中に氷でも仕込んでいるのか、ひんやりとよく冷えていた。
なるほど、この暑いのにバテテないわけだ。
……。
材木座と別れ、少々遅くなってしまったが帰宅。
ただいま、と短く小さく口にして、ミニペットを冷蔵庫に……入れずに、頬をひと掻き、そのまま二階へ上がっていった。
まあその、なんだ。一応贈り物なわけだし、今日中に飲まないとだよな、なんて気まぐれを起こしたからだ。
そんなわけで自室に戻ると、少し違和感を感じつつも鞄を置いて、…………?
「……なんだこれ」
自室に居るっていうのに違和感がすごい。少しどころか、かなりソワソワする。
なにやら落ち着かないままにあちこちを見渡してみるんだが、おかしなところなどない。
小首を傾げつつ、しかしやっぱり落ち着かないので部屋の中をごそごそと調べてみれば……開けた押し入れの先で、なんでか由比ヶ浜が汗まみれでぐったりしていた。
───やだなにこれ。
いろいろな言葉やら感情やらが渦巻くが、まずは何より小町ちゃん!
何故って、汗流しすぎて由比ヶ浜の服がヤバい!
肌に張り付いて白の上からでも肌色が見えるとか、下着が見えるとか……ととととにかくやばい!
むしろこの状態で俺が呼んで、小町が来ても俺がヤヴァイがうだうだ言ってられないのでとにかく来てもらった。
「やっほーお兄ちゃーん♪ 結衣さ~ん、サプライズ、上手くいったー?」
「やっほーどころか気絶したやっはろーが発掘されたわ! 小町! 細かい問答はいいから熱中症対策だ! 即行動!」
「え、あ、うん!」
言えば即座に動いてくれる、賢い妹が僕の自慢です。
テキパキ動き、それほどひどい症状でもなかったのか、少しもしない内に目を覚ました由比ヶ浜に、俺も小町も一安心。
しかしやっぱり汗がすごいので、その場は小町に頼んで俺は退散した。
クーラーガンガンにかけたりだとか、水枕抱かせたりだとかそういう方向での処置だったが、持ち直してくれたようでなによりだ。脱水症状にはなっていなかったようだが、これ以上発汗が続くようだったらヤバかったかもしれん。現在は材木座がくれたマッカンをくぴくぴ飲んでるらしい。
てか頑張りすぎでしょ、サプライズ狙ってたんだろうけど、押し入れの中でどんだけ頑張ってたの、もう。
……。
しばらくして小町が呼びに来て、第一声がごめんなさいだった。
前日から話し合い、サプライズの方向は古典的だけど、放置からのおめでとうパーティー! な方向でいく筈だったんだが、予想以上に俺のダメージが大きく、さらにはみんなに用事が出来てしまい、唯一用事がなかった由比ヶ浜がせめてと俺の帰りを待っていたらしいんだが、俺は材木座と公園でたそがれていたわけで。
今日はずっと無視してしまったから謝りたい気持ちを胸に、耐えて耐えて、とうとう熱に敗北した、と。
ここでクーラーくらいつけときゃいいのに、と言うのは簡単だ。むしろ以前の俺なら平気で言ったところだが、しょんぼりする女子の前でそれを堂々と言えるんだったら、そりゃすごいわ。
つか、小町? 小町ちゃん? なんで由比ヶ浜ったら俺のシャツを着てんの?
下も俺の寝間着じゃないですかあれ。……つか。おい、ちょっと? おい? めっちゃ嫌な予感がするんだが、下着とかどうなった? 汗まみれ……だったよな? まさか同じものを着たまま、なんてわけもないし……え?
「………」
ふぅ。HAHA、焦るんじゃあないぜ八幡。危機的状況にこそクレバーだ。利口に生きようぜ?
だってほら、小町にアイコンタクトしてみたら、“小町のじゃサイズ合わないんだからしょうがないでしょ”って睨まれたし。ごめんなさい小町ちゃん、兄ちゃんちっともクレバーじゃなかった。
「……ヒッキー。今日……ごめんね」
「いーから。とりあえず熱取る努力、しとけ」
「ん……うん……」
そんな由比ヶ浜なんだが、現在は俺のベッドで女の子座りをしつつ、上は俺のシャツ、下は俺の寝間着(のみ)を着用した上で、枕をぎうーと抱いて真っ赤になっている。
何故抱くのか? ……下着をつけていないからでしょう。私は枕になりたい。
部屋の中はすっかり冷却状態だ。
熱に浮かされたように、は、は、と呼吸を乱していた由比ヶ浜も、今は安定した呼吸をしている。
「しっかし誕生日にスルーからのお祝いとか、また懐かしいこと考えたな」
「ん……優美子に軽く相談してみたんだけど、ヒキオならこんくらいでいんじゃね? とか言って……。あたしはさ? ヒッキーはたぶん、こういうやり方は喜ばないんじゃないかなって思ったりはしたんだけど……」
「まあ、そうな。正解だ。ぼっちに対して“スルーからの”、とかはスルーの時点で失敗だ。ぼっちってのはとにかく周囲に気を遣うから、周囲が自分を無視し始めたと感じた時点で自分から距離を置くもんだ。それから祝われたところで、もう距離を取っちまってるから喜ばないし嬉しくもない」
「ん……ごめんね」
「いや……」
材木座がクッションにならなけりゃ、俺もそうやって距離取ってたかもだった。
思えば由比ヶ浜や雪ノ下とも随分と奇妙な距離感を築いてきている。
今さらそれを、こんなつまらないことで壊すのは……とも思っていたんだが、どうしようもなくぼっちっていうのはそういうものに敏感なのだ。距離を取られりゃ、自分から可能な限り距離を取ろうとする。
けどまあ、こいつはそんな俺の性格も想定した上で、引き延ばしにすればよくないことになる、と思ったから、小町に無理を言って待たせてもらったんだとか。
「あ、そ、そだ。ヒッキーにさ、小さいけどケーキ買ってきたんだ。プレゼントも、あんま豪華なのとか無理だったけど……」
「なんか……悪いな。気ぃ使わせたみたいで」
「や、やー、あの、ほら、気とかそんなんじゃ全然ないし、迷惑とか全然そんなんじゃないからっ! むしろさ、せっかくの誕生日なのにみんな呼べなくて……」
「いや、そここそまじグッジョブ。こんな状況で祝ってくれそうなやつらが居たら、それこそ全員熱中症状態だわ」
押し入れん中がスプラッタ状態とか勘弁してください。
というわけで由比ヶ浜に促されるまま、リュックを開け───るわけにもいかないだろおい。
小町、今こそお前が───あれ居ねぇ!?
やだ小町ちゃんたらいつの間に木葉隠れとか微塵隠れのジツを!? ただ全部を俺に押し付けて逃げただけだな。ジツとかじゃないよこれ。本人は気を利かせたつもりでドヤ顔ってんだろうけど、恋仲でもないヤツに気を利かせてやったつもりになってるヤツって基本、心底うざがられるから気をつけようね、小町ちゃん。
……それはそれとして、ここで由比ヶ浜に“お前が開けてくれ”とか言うのは相当気まずい。空気を読まないフリにも限度ってものがある。
むしろ由比ヶ浜、大分熱は取れたっぽいけど、まだちょっと頭がふらふら揺れている。そこにきていろいろと任せるのは、いくら俺でも気が重い。
なので……ナムサン。許可を出したのだけはきっちり覚えていてくれ。
念のためもう一度許可を得て、由比ヶ浜のリュックを開ける。
すると確かにプレゼント包みが入っており、口を縛られた綺麗な包みには、その結び目自体がカード付属のゴムになっているようで、そのー……なに? 綺麗なメッセージカードっつーのかね。それが、袋を持ち上げると揺れていた。
律儀なやっちゃ。
こういうイベント事には積極的なヤツだ、きっと直筆でお誕生日おめでとー、とか元気そうな文字で───
『あなたが好きです。他の誰が知らなくても、あなたにだけは知っていてほしいです』
…………。
うん。
おかしいなぁ、見た覚えのある字で、そんなことが書かれてる。
これを見たのは何処だったかなぁ。
ああそうだ、こいつがにゅうぶとどけ(はぁと)を書いた時のものだ。
奉仕部が書けて、なんで入部届けが書けなかったんだろうなーとか思いつつ、じぃっと見た記憶があるから…………えっ?
「や、やー……最初はさ? 手作りしようと思ったんだけどさ、やっぱり上手くいかなくて。だからね? 気持ちだけは込めようって、カードに気持ちを込めてさ? ……あ、あははっ? お、おかしいかなっ、“これからも一緒に頑張ろうね”とかさっ! こ、これでも結構書き直したりしてさ? 書き直しすぎてぐっちゃぐちゃになっちゃたカードとかもあってさ。一番最初に書いたのが一番気持ち込められたんだけど、あはは、ちょっと恥ずかしくて。結局時間なかったから最後に書いた綺麗なのを慌ててくっつけて持ってきたんだけど……ヘンじゃないかな。気持ち、ちゃんと伝わったかな」
「───」
ああ、これアレね。恐らく一番最初に書いたのと、最後に書いたのを間違えたってヤツだ。
恐らく、一番最初に書いたってのが……一番気持ちを込められたってのがこれで、最後のってのが一緒に頑張ろうってやつ、ってことで…………えっ?
「……由比ヶ浜。ちなみに一番最初に書いたのってのは?」
「わ、わわわ、だめだめっ、あれは見せらんないからっ! その、えと、うんほら、ストレートに書きすぎたっていうか! 包み隠さな過ぎたっていうか!」
「ほーん……? キモいとかキモいとかか」
「ヒッキーの中のあたしってどんだけキモい言ってるの!?」
「言葉で例えると……ああほれ、こんな感じ? “うわキモい ヒッキーキモい マジキモい”」
「川柳出来ちゃった!? って、ヒッキー、なんか顔赤いよ? だいじょぶ?」
「い、いや……まあ、暑いから……な?」
「あ、うん、だよねー……」
やばい、やばいやばいやばいやばい、これマジだ。こいつの気持ちドストレート。
え? こいつキモいキモい言いながら、こんなこと思ってたの?
これ勘違える要素がねぇよ、ド直球すぎるよ。
しかもここで黙ってたとしても、こいつが家に帰ればそこに残ってる“一緒に頑張ろうカード”で自分の失敗に絶対に気づくわけで。
そこで俺がとぼけてみろ、こいつにいらんストレスを与えることになる。
じゃあ? ……じゃあ。
「ところで、なんだが」
「? うん」
「これから話すことに、嘘をつくだとか誤魔化すだとか、そういうの、なしな」
「珍しいね、ヒッキーがそういうこと言うのって」
「まあ、そうな。けど、大事なことだから、頼む」
「そっか……ん、わかった。あ、でもほんとだいじょぶだよ? みんなほんとに用事があって来られなかっただけだから」
あ、そっち側で解釈したから頷いたわけね。
だがすまん、そうじゃない。
そして言質はいただいた。
「その、だな。卑怯な言い回しで悪い。……ここに書いてあるの、本気の本気か?」
「え?」
包みの結び目をほどき、メッセージカードをほれと渡す。
由比ヶ浜は不思議そうな顔でそれを受け取って、「ふえっ……?」と情けない声ののちに泣きそうな声で小さな悲鳴をあげ、しかし……羞恥で真っ赤になり、目に涙を溜めてもなお、俺の目を真っ直ぐに見つめて、言ってくれた。
「は、はい。あたしは……由比ヶ浜結衣は、ヒッキー……比企谷八幡くんのことが、ずっとずうっと好きでした。ううん、今も……前よりも、もっと……好き。大好き」
「……、俺は」
「ヒ、ヒッキー、嘘も誤魔化しも無し、なんだよね? いいん、だよね……それで。……~……へ、返事……もらっても、いい、かな」
「───」
条件を逆に利用された。
そうだ、由比ヶ浜だけが一方的に真実を口にするわけじゃない。
俺から言い出したなら、俺も聞くだけでは終われない。
むしろ、日陰者として影が薄かろうが、きちんと両の目で俺って存在を見てくれて、真っ直ぐに告白してくれている相手に誤魔化しだのは……使いたくなかった。それをやったら日陰者以前に男じゃない。
「俺は───」
「っ……」
声を出すと、由比ヶ浜の肩がびくんと跳ねた。
期待だけじゃない、きっと恐れだってあるのだろう。
それは俺が、勘違いをして女子に告白して、返事を待った瞬間よりも恐ろしいものの筈だ。
なにせ俺は調子に乗ってしまっただけであり、由比ヶ浜は……一番にカードに描き、間違わずに気持ちを込められるほど、あのカードの言葉が本気だったのだろうから。
そんな気持ちを無駄にしたくないって思った。叶えてやりたいって思った。同時に、じゃあ俺はこいつのことをどう思っているのかと考えて───
「すまん」
「───!!」
続く言葉に、由比ヶ浜の目が静かに見開いてゆき、涙がツゥ、とこぼれた。
それがあまりにも自然で、作られたものではなさすぎて、一瞬見蕩れてしまったが───すぐに首を振り、付け足した。
「俺の方は、正直まだはっきりしてないんだ。気持ちはどうなんだって訊かれりゃ、その……ダントツで気になっている女子、ってのは間違い無いわな。おう」
「……ぐすっ……う、うん」
早とちりと知ってか、安堵の息と一緒に指で涙を拭って、けれどよほどに悲しみの量が大きかったのか、涙は止まらずぽろぽろとこぼれてゆく。
「~……ご、ごめんね、すぐ泣き止っ……ひぐっ、うぅう……!」
「………」
泣く子を鬱陶しがる人は居る。
俺も実際、外食の際は静かに食いたいって思ってても、寄った店に限って子供が泣きだす、とかよくある。
そんな状況が、泣く人間が鬱陶しいと感じることは確かにあったが……どうしてなんだろうな。その涙が、本当の感情が、眩しいって思えた。
俺にしてみりゃ本当の感情なんてものは、怒りと蔑み以外に見たことがなかった気がするから。
面倒くさがり、子供が泣こうが放置して話に夢中な奥様を見たことがある。
子供は懸命に親の気を引こうとして、けれどそれが逆効果で、でも子供はそれを知らないから、それしか出来ないからそれをする。
聞き分けいい子が良い子なら、良い子ほど放任されやすい寂しがり屋は居ない。だって、構う必要がないから。
「………」
由比ヶ浜は……構って欲しがりだけど、我慢するタイプだろう。
気を引こうとして、けれどそれをすれば相手がどんな反応をするのかを想像して、空気を読んでそれを止めては笑っている。
ハッキリ言って損をするタイプだ。
それを考えれば、雪ノ下に抱き着いたりちょっと踏み込んだ無茶を言い出したりするのも……恐らくは、自分がどこまで許されるのかを知ってみたい好奇心と、それを許してくれる誰かを探しているって証拠でもあるんだろう。
兄弟が居ないヤツは、そういったものを行き当たりばったりの経験で塞いでいくしかない。
でも嫌われたくはないから、慎重にならざるをえなくて、踏み込み過ぎて、傷ついて、涙する。
空気を読もうとするヤツの環境って、案外似てるもんだな。なんとなくわかるよ、由比ヶ浜。くだらない理解、わかったつもりでしかないんだとしても、それでも───知ろうとしてくれる誰かが居るだけで、嬉しいものなんだって。
「由比ヶ浜」
「……、ひっきぃ……」
だから、まあ。
傷つくことには慣れっこの、男子高校生という立場と───今まで積んできたぼっちという日陰者を合わせ、さらに小町のお兄さんという、酸いも甘いも経験してきた俺が、そんな無茶を飲み込んでやろう。
どこまで許されるのかじゃない。全部許してやる。
いっそ全部吐き出してしまえばいい。
その先でどうなるのかはこいつ自身が決めることで、案外───そんな吐き出す先への感情を、好き嫌いと勘違いしているだけなのかもしれんのだから。
……。
───自分の誕生日っていう、まあべつに特別視する必要もない日に、俺と由比ヶ浜はお互いを知る努力から始める仲になった。
告白は俺から。ってことになっているが、あのカードを見せられた時点で由比ヶ浜からなんじゃないの? そんなことをつついてみれば、由比ヶ浜は赤くなりながら否定し、ぽかぽかと俺を叩いた。痛くない。むしろくすぐったい。
まあともかく、知る努力も許す努力もしてみてるんだが、おそるおそる甘えてくるのを受け入れてみたらもうすごい。腕に抱き着いて離れないし、たまに無性になんともいえない気分になるのか、「~……きぃいゅぅうう……!!」と声にならないような高い声を振り絞りながら、ぐりぐり~っと腕に顔をこすりつけてくる。
なにこの可愛い生物。
頭撫でたら「えへー」って笑うし、軽い買い物の用事でコンビニにって時もついてくるし、クラスの女子がコンビニに居たりして、急にびくりと震えて俺とクラスメイトを見比べて、「……いーぞべつに。好きにしなさい」と言ったら嬉しそうに抱き着いてきて。
いやあの、俺どっちかっつーと女子の方に行きたがってるんじゃ、と思って言ったんだけど。まさか、クラスメイトの前で抱き着いていいかの確認だったとは。
そりゃね、教室では話しかけんなオーラ出してた俺だよ? その確認は実に素晴らしい。しかし今さらそれを確認されるとは思わなかったんだよ。
許可出しちゃったから、もうなにもかもが遅いけど。
……。
そんなわけで、俺は夏休み中、毎日遊びに来る由比ヶ───結衣を甘やかし続けた。
するとなにが満足に繋がったのか、結衣は落ち着きを見せるようになり、いや甘えることはめっちゃするが、そこに燥ぎまくりな要素が無くなって、慌てたりすることが減った。
人は勉強の前にうんと運動をすると勉強に集中できるというが、結衣の場合は命短し恋せよ乙女。なにか逸るものがあったのかもしれない。
それが満たされたからこそ、他のことへと少しずつ取り組むようになり───
「なんつーか、成績伸びたよな、お前」
「お前、じゃなくて結衣だってば。もう」
───髪も黒に戻した。
髪型はサイドテールで、言ってしまえば入学式当日に俺が見た、髪を染める前の結衣の姿だった。パジャマだったら完璧ね。
「うん。なんかね、八幡にいろんなことを許してもらって、あたしはそれでいいんだって認めてもらったらさ。段々そのままのあたしじゃ嫌になってきて。あたしね、もっともっといろんな自分を八幡に見てほしいんだ。もしかしたら、許してもらえるのが好きなだけなのかも、とか思っちゃう時もあるんだけどさ。……で、でもね? ……ヒッキー」
「ん? あ、お───」
おい、と言おうとした時には、もう俺の唇に結衣の唇が触れていた。
ちゅ、ちゅっちゅっと二度三度と啄ばまれ、最後に唇を舐められて、桜色に染まる顔を離して……照れと恥ずかしさをどうすることも出来ないような顔で、言うのだ。頬を掻きながら。
「ヒッキー以外とは、キスしたいなんて思わないし……想像してみても、こんなに幸せな気持ちになれるの、ヒッキーだけなんだ。他の人となんて嫌だし、想像したら気持ち悪くて……あたしは───」
隣を歩く時は八幡と呼び、背伸びするみたく背筋を伸ばして真面目ぶって。
そのくせ、キスだとか恋人っぽい行為をするときはヒッキーに戻って、背筋も頬もくにゃくにゃの、弛み放題緩み放題だ。
登校日にて、結衣が変わったことに一番驚いたのは三浦で、次が雪ノ下だった。
黒髪に戻ったのもそうだし、なにより勉強にも恋にも真っ直ぐな在り方に、羨ましい……とか三浦がこぼしていたのを八幡イヤーが拾ったのは記憶に新しい。
雪ノ下は雪ノ下で、結衣に抱き着かれる回数が減ったのがたまーに気になるのか、ちらちらと結衣を見ていることがあり……マア、百合ノ下さんたら麗しい。
「いい意味で慣れてきたってやつなのかね」
「? なにが? あ、誤魔化すのはだめだよ?」
「お前のこと。お前どうすんのこれ。本格的に夏休みが終わって、普通に学校始まったら」
口調も変わって、落ち着いて、髪も黒いし着崩さないし、なのに無理をしてるって感じじゃないし。
結衣がアホじゃなかったらどうたらとか言ってた戸部の行動が怖いわ。
「うーん……べつにどうもしないかな。なんだかね、心がさ、“あ、ここでいいんだ”って思った時からすっごく落ち着いてるんだ。無理して話題を集めなくても、無理してそうだよねって笑わなくても、無理して合わせなくてもいい。“あたし”が許される場所なんて初めてで……あたしは、それが嬉しくて。なんだかね? えへへ……」
けど、まあ。いろんなものが変わって……いや、たぶん“戻った”って言ったほうがいいんだろうけど、それでもさ、ほれ。
この笑顔と、えへへって照れ方はちぃとも変わらんこいつだからこそ、俺と居た時ってのは案外相当に、素に近いこいつだったのかもなー、とか……そう思うのだ。
「不純異性交遊がどうとか言われたらどうする? 言い訳とかできねぇだろこれ」
「えと。……ねぇヒッキー。……不純、なのかな」
「違うけど、教師どもが言いたい不純ってそういう意味じゃないんだと思うぞ」
「言い訳じゃなかったらいいのかな」
「なに。実は親が決めた結婚相手なんですとか言うの?」
「……!」
「はいはい、そこで“それだ!”って顔しない」
しかしまあ、どれだけ変わろうが戻ろうが、結衣は結衣なわけで。
たまに見せるこいつのこいつらしさには、やっぱり妙に安心する。
あたしらしさってなんだろうね、なんて言い出した時には、そういう時に真剣に悩めるところだ、なんて言ってみれば、抱き着かれてキスされた。
……奉仕部で。
もちろん雪ノ下、顔真っ赤。その後散々と文句も言われたが、最後には溜め息ひとつ、「比企谷くん。きちんと責任を果たしなさい。でなければ彼女の友達として許さないわ」と言われてしまう始末で。
「はぁ……」
「八幡、どうしたの?」
「いやなぁ……ちっと思うことがあって」
「えへへー……言って?」
「隣歩いて顔を覗き込むの、やめなさい。……ほれ、あの日のことだよ」
「あの日って?」
「俺の誕生日。結局俺、誕生日に結衣をもらったようなもんだよな、これ……」
「……あぅ」
中身は実はあの日に俺が買ったミルクレープと同じものと、サブレ型犬のキーホルダーだったんだが。
それよりも大きなものを、メッセージカードと一緒にいただいてしまったわけで。
「あんがとな。一生モンのプレゼント貰ったわ」
「……その。て、手放したり……とか……しないよね?」
「生憎ぼっちはものを大事にするんでな。家族内でもぼっちだと、使い潰すまでノートもびっしり、消しゴムだって滅びるまで使用する。……つまり、あー……その、なんだ。……自分から無くならないものを、俺から手放すとかあるわけないってことで」
「あの。あの、ヒッキー? えと……はっきり言ってほしい……よ?」
「お前ほんと、あの日以来誤魔化しとか嫌いになったよな……」
「え、えへへ……えへー……♪ 真っ直ぐに言って貰える嬉しさ、ヒッキーが教えてくれたから……」
テレテレと照れる恋人さんのサイドテールをワシャアアアと照れ隠しに揉みまくると、きゃーきゃー言いながらも笑う恋人さん。
そんな彼女に、俺もまた笑って届ける。
からかうように、「相手の言葉を待ってばっかなヤツは待ってやらん。自分から行くんだ」、と。
そしたら結衣はぽかんとしたのちに、じわぁっと花開くような柔らかな笑みで笑って、胸に抱き着いてきてヒッキーヒッキーって連呼してきて……ちょ、やめなさいその連呼は。聞いた人が“やだあの人引きこもりなんですってよ?”とか思っちゃうでしょ。
「じゃあ、あたしからも行けば、すっごく近いねっ!」
こうして、俺達のゆるい日々は続く。
時折的外れでアホなことを言い出すこいつに深い安心を得るのはどうしてなのだろうか。
そんな時、そういう発言を雪ノ下が聞くと、安心した顔で結衣の頭を撫でたりするんだが……まあ、わかる。安心するよなー、その安心がどっからくるのかわからんけど。
「しっかし、来年のお前の誕生日に、俺はなにを贈ればいいんだよ」
「え、と……チョ、チョーカー……とか?」
雪ノ下さん曰く。女の子の中には、好きな人に束縛、独占されたい人も居るらしい。
自分はむしろ束縛したいんだけどねー、なんてケラケラ笑ってらっしゃった。ええそうでしょうよ。
「でさ、でさヒッキー。ヒッキーは次の誕生日、何が欲しい?」
「んー……お前もらっちゃったし、次、となると……」
「ふえっ? ……、あ……」
「お、おいっ、そこで赤くなるなよ!」
「うひゃあごごごごめんねっ!? てかこれあたしが謝るのなんか違くないっ!?」
赤くなってお腹のちょっと下あたりに触れた恋人に、俺も恋人さんも、それはもう顔を赤くした。
そしてやっぱり再確認。落ち着こうと慌てようと、やっぱりこいつはこいつである。
両手をぐっと握って、「ダイエット……!」とか言ってる恋人さんは、果たして次の誕生日になにをくれるつもりなのか。
あなた十分痩せてるじゃないの。これ以上痩せてどうすんの。
誰か見せたい人か、見せても許せる人でも……、あ……。
あ、あー……ダイエット、って、あー、そういう……うぐぉぁあああ……!!
「? 頭抱えてどうしたの?」
「いや……。楽しみにしとく、とだけ」
「わひゃっ……! …………う、うん。うん、ヒッキー」
誕生日プレゼントで関係が変わった俺達は、これからも一年ごとに変わっていくのだろう。
それがいい方向か悪い方向かは別としても、こんな笑顔を壊さない程度には、全力で努力していこうと思ってます。
なんで、って。
俺ゃ自分が引いた線の内側に招いた相手にゃ甘いからだ。
小町は当然として、戸塚とか戸塚とかな。いや、両親はべつに。相手がむしろ壁作ってる気がしないでもないし。
結衣もその理由がなんとなくわかるようで、俺が過保護っぷりを見せるたびに、鬱陶しがるでもなく頬を緩ませたりしている。
見透かされているようで悔しいのに、逆に構われまくって照れる自分がなんかもうキモい。
そのくせ、小町のように鬱陶しがられないだけで調子に乗っちゃう俺は、それこそ俺も誰かに許してもらいたかったのかね、なんてことをたまに思っては……なんだ、俺、もう許されてるじゃんと笑い、笑顔で手を差し伸べる恋人さんの手を───握らず、サイドテールをワッシャアアアといじくり倒すのだった。
もはははは! 八幡よ! すまぬ! 遅れた! 熟睡であったわ!
睡眠時間二時間が続き、鼻炎薬も飲み、仕事中に意識が飛ぶこと数回、自分の言動が謎なことを自覚すること数回、なんかもうなにやってんのかわからないこと数回。
上司に今日何日だ~と訊かれ、8日ですよ~と答えたのが昨日。
8月8日……なにかあったっけ。な~にか引っかかってるんだけどなぁ、と悩んだ仕事中。
夜、仕事が終わって家ろうとする頃、ようやく八幡の誕生日を思い出す。
ヤベェェェェ完璧に忘れてたァァァァ!!
家に帰ってPC起動、もちろん一文字たりとも書いてない。
そのことをメッセで報告、三時間もしない内に昨日が終わるって時に慌てて執筆開始。
途中まで書いて、ぬう、またぬるま湯でいくのもどうかなぁと書き直す。
やっぱり頭カラッポでプロットなしのお話。
いきあたりばったり、ざっくばらんに行こうぜェェェ!!
ごめんなさい、久しぶりに思いっきり眠れたもので、テンションおかしいです。
ええまあ、眠ったと言った通り、寝落ちしたんですけどね。飛ぶ意識には勝てなかったよ……。だって抗ってもぶちーんと飛ぶんですもの。
はい、というわけで。
ぬるま湯側は途中まで書いたけどUPは無しで、そのまま消します。
なんか謎テンションになりましたし。
どういった内容だったのかは……いつも通り娘二人が歌い始めたり、騒ぎ始めたり、八幡の誕生日だというのに結衣が熱を出してダウンとか、まあいろいろありました。
関係は微妙にありますけど、ヒロアカのOPはピースサインの方が好きでした。
「虚実をぉ切ぃり裂ぁいてー! 蒼天をーあーおいーでー! 飛び立ったー、とーこしーえー!」
「そーらーにーうーたーえばー……!」
「後悔もー! 否応なぁく! 必然! 必然! なるべくしてーなる未来だー、それゆーえー、あーがーけー♪」
「すぅっ───この物語は熱き血潮が宿る太陽の手を持つ少年東和馬が世界に誇れる日本人の日本人による日本人のためのパン、ジャパンを作ってゆく、一大抒情詩である……!」
「僕のヒーローアカデミア!」
「はいちょっと待て馬鹿娘ども。べつに東和馬はヒーロー目指してねぇだろ。つか朝っぱらからなにしとんのだお前らは」
「あ、パパ! モーニン!」
「ん。モーニン、パパ」
そんな、双子の騒ぎを冒頭に、いつも通りのぬるま湯なお話が始まるものでした。
……あのヒロアカのOPを聞くたび、ジャぱんとかの抒情詩台詞を思い出すのは僕だけではないはず……!
そして正直、俺ガイル小説を書き始めた頃に全力で書きすぎたために、もうネタ的なものが……!