どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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クゥ~リスゥマァスがぁ今年もラン! ラン! ルー!!
……というわけで、クリスマスにpixivにUPしたお話です。


特別なんてものは

 クリスマス。

 多くの場合は恋人達がラヴラヴする日として知られている。

 聖誕祭だの降臨祭だの言われているくせに実は誕生日じゃないとか、アホな事実が隠されていたりもするのだが、まあアレね、日本人はきっかけさえあれば楽しめる者たちだから。

 日本に由来する偉人の聖誕祭だってんならわかるけど、なんでこうも大々的に祝おうって話になったのかね。

 実は誕生日じゃないのにそれを祝うために散ってゆく様々なものには素直に感謝を。チキン、今年も予約しました。

 さてクリスマス。

 前日の夜と言わず、一ヶ月も前から庭の木に装飾つけたり電飾つけたりで気の早い人も居る今日この頃だが───言っちゃえば宅の妹様もうきうき気分で飾りをつけたりしていたわけだが……。

 珍しいこと、今年は一応、俺にもきちんとした予定があったりする。

 いやバイトじゃないよ? ちゃんとアレだから。人との付き合いでの予定だから。

 ……自分で言ってて胡散臭いとか、どんだけぼっちこじらせてんだかね、俺。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 日曜という休日にクリスマスイヴが来る、というのは学校でこそそわそわしている男子高校生達にしてみると随分と勇気の絞り甲斐もないことだろう。

 勇気ある青少年青少女が気になる異性を誘って、寒い外で待ち合わせてデート。……なんつーか、ものすげぇ無駄なことをしている気がしないでもないんだが。

 べつに寒空の下じゃなくてもどっか落ち着いた場所で待ち合わせとかでよくない? 噴水前広場で待ち合わせねー、とか言うやつ、その時の気温とか考えなさいってね。

 傍の書店とかじゃだめなのん? え? わかりやすいのがいい? べつにこんだけ人が居れば、寒い外も暖かい店内も大差ねーでしょ。

 

「ま、定番だからって言えばそこまでか」

 

 口に出してみると、それが白い息となって消えていく。

 あーまったく寒い。

 しかしその寒さのお陰で、妙なことを考えなくて済んでいたりするんだから、まあ今はその寒さに感謝。

 

「………」

 

 人ごみを見て溜め息。

 どこもかしこもカップルだらけだ。

 雪も降ってるってのにおーおーお熱いことだ。

 しかしそんな男女に向けて特に言うことなどなかったりする。

 爆発しろとか爆ぜ散れとか、そんなことを口にしたところで自分が祝福されるわけでもない。

 なのでまあ、たまにはいいんじゃないの? ほら、祝福してあげるのも。

 

「……おめでとさん」

 

 祝った。……キリストを。だってそういう日だし。誕生日ではないらしいけど。

 

「………」

 

 ───ほっといてもやかましかった高校生活を終え、俺達は自分たちの道を歩んだ。

 仲良く見えたグループなんてものは、一度離れりゃ嫌でも離れた先でグループを構築、またはぼっちとなる。

 合格した大学で、例外なく孤立してみせた俺は、今もこうして一人で寒空の下で待ちぼうけをくらっている。

 親父からの猛プッシュもあって家を出て一人暮らしをする大学生活は、まあ余計なものがないのと、仕送り以外は自給自足という、まさに家に帰ってもぼっちで生活しなければならなくなったことで、俺もまた大人に近づいたといえるのだろう。

 親のツテで紹介してもらった部屋で、まあ不満はない。

 壁も厚いし風呂もある。昼には日当たりもいいし、まあちと狭いなとは思うが、そんなものは慣れだ。

 こうなればあとは大学と部屋とを行き来する日々に埋没するだけ。

 高校でそれなりの関係を築いた連中とは、既にろくに連絡も取れていない。

 連絡を取り合ってはなんとか再会していたいつかも、随分と遠くなった気がする。

 ただ、例外があるとするなら───

 

「八幡っ!」

 

 ……待ち人兼同居人が居る、ということくらいだろうか。

 いや、家事とかほんとぼっち級だったのよ? 八幡嘘つかない。

 自分でやらなきゃいけないことばっかりだったのよ? だってこの同居人、家事全般が壊滅的に下手だったんだもの。

 

「ご、ごめんね、バイトちょっと長引いちゃって……!」

 

 高校生活が終わってからも関係が続いている例外。

 お団子のままの髪を微妙にそのままに、息を弾ませるその存在のことを由比ヶ浜結衣といった。

 すこーしずつ伸びてきた髪は、肩より少し下まである。

 日に日に垢抜けて行くこいつを見ていると、時々自分だけが進めていないんじゃないか、なんて不安がよぎるが……困ったことに、こいつはどんだけ垢抜けてもその先で立ち止まって、わざわざ人の手を引っ張りに戻ってくるようなヤツなのだ。

 自分から行く、とはよく言ったものだ。

 

「んや、俺も大して───」

「……待った、よね? 手、冷たいよ?」

「冷え症なんだよ。もしくはあのー……なに? 低体温症?」

「頭のニット、雪積もってる」

「これこういう装飾なだけだから」

「それ、あたしが八幡にプレゼントしたのだよ?」

「………」

「………ばか」

「見栄っ張りなんだよ、男ってのは総じて」

 

 言いながらコートのポケットに手を突っ込むと、そうすることで出来た腕の隙間に結衣が腕を絡めてくる。

 親公認で同棲を始めてから大分。

 俺と結衣の関係は……まあその、不通? もとい普通だと思う。

 想像する限りのリア充的な関係ではあるんじゃないの? 基準とか全然知らんけど。

 “せっかく一緒に居るんだから”と細かいことを分担せず、なんでも一緒にやろうと言ってきたときは驚いた。

 普通こういう場合ってテキパキ分担決めるもんじゃないのん? とか考えたが、考えてみれば俺達は同棲以前にいろいろと足りていないのだ。

 補い合う以前の問題で、二人で一人前か否かって程度。

 だがそれで困ったことはなかったりする。

 なんでも一緒に一歩ずつやるってだけで、こいつがひどく近くに感じられるし、こいつはこいつで俺に甘えるのが好きなようで、一緒に居る時間のほぼは俺の横にべったりだ。

 しかし多くの場合、そういう時ってのは男の方こそ女にべったりと甘えているものだという。

 俺はどうだろうか。

 

「………」

 

 左手が、コートのポケットの中で結衣の手に包まれ、もみもみされる。

 ……あったかい。

 ちらりと見ると、ん、といった感じで視線に気づき、見上げるように「えへー」と微笑まれた。

 かわいいなちくしょう、キスするぞこんにゃろ。

 

(……はぁ)

 

 付き合っている女性に強く“女”を感じる時、男ってやつはひどく弱くなる。

 強くなるヤツも居るが、俺はどうやら前者であり、ドが付くほどに過保護に近くなったと思う。

 が、同時に独占欲、所有欲にも似たものが芽生え、そうなるといらん見栄を張ったりして大失敗をやらかす。それが男ってものである。

 しかしまあ、家事は苦手ではあったものの、同棲生活の中でお互い笑いながら積み重ねた結果、家事も少しずつやっていけてるし、料理も食えるようにはなってきた。

 

  今日はクリスマス。

 

 結衣と一緒にこの日には、と決めて、デート計画を積み重ねた。

 豪華な食事も爆笑できるようなアトラクションもいらない。

 ただ自分たちが自分達で満足し合えるデートをしようと、二人で決めたこと。……だったのだが。

 前日からハイボルテージ状態で、クリスマスイヴがクリスマスになるのを待っていた彼女に、彼女のバイト先から一本の電話。

 病欠が出たので暇だったら出てほしいという催促であり、空気が読める彼女がそれを断れるわけもなく。

 ていうか店長からそういう電話が来て、デートだからで断れる人って中々居ないでしょ。わかっててやってんじゃないのその店長。

 そんなわけでただいま絶賛クリスマス。

 頭のニットに雪を積もらせたぼっちが、バイトを終えた彼女とこうして歩き出したわけだ。

 

「んで、どうするか。帰る? それとも帰る?」

「んー……うん、帰るのもいいかも。帰ってさ、家でさ、二人っきりで向かい合いながらクリスマスするの」

「───」

 

 俺の捻くれなんぞあっさり飲み込む包容力と、今さらそんな性格に腹を立てることなく包み込む度量。

 俺はとっくに骨抜きにされており、いい加減完全に俺の行動パターンなんぞ理解された現在、あーだこーだ言いつつもこいつの様々にベタ惚れな俺です。

 だってしょうがないじゃない! 俺の面倒臭い性格全部受け止めきって、それでも好きって言う人間なんて後にも先にも結衣だけだし、そもそも俺がこいつに惚れすぎてるから、“俺なんかよりいいヤツが”なんて口が裂けても言いたくないわ!

 むしろそんなヤツが現れようものなら、どんな努力の先だろうと絶対にそいつよりいい男になってやるまである。

 好きでもなけりゃこんな寒空の下で待ってられっかっつの。

 あ? どっかの店で待ってりゃいい? こいつがちょっとでも俺を探して戸惑うとかそんなことさせるわけないでしょ、むしろ俺が探して迎えるまである。

 ……と、まあ、このように。

 実家から離れて一人暮らしを始め、そこに結衣が同棲する、といった生活に落ち着いてからというもの……つまりは小町から離れてからというもの、俺の甘やかし対象が結衣に変わり、可愛がり対象が結衣に変わり、優先順位の頂点が結衣に変わって以降、気づけばこいつに激甘でベタ惚れな俺が完成していた。

 小町が妹じゃなかったらなとか考えたことがあったが、実際にこんな風になんだかんだ言いながら人を甘やかし、だけど注意するところはきっちり指摘し、独りでやらせずに寄り添って努力する在り方を教えられりゃあ、惚れもする。

 もうだめ、俺こいつ居ないとだめ。俺の恋人超可愛い。

 

「……~」

 

 えへー、と微笑む顔にさっきから胸がやばい。どっこんどっこん鳴ってて、未だに慣れやしない。

 いや慣れんでいいです、ウヴなままのハートであってくれ。

 

「チキンは予約入れてあったんだっけ」

「おう。受け取る前に電話かけりゃあ、揚げたてをお渡ししますだそうだ」

「揚げたてかー……」

「……受け取ったらその場で一本食うか」

「わっ……なんでわかったの? 思ってたこと」

「俺も揚げたて食いたいって思ってたからな」

 

 人って出来立てとかそういうのに弱いもんです。もちろん俺も例外なく。

 新しいものには目がいく。もちろん古いが故にいいものもたくさんあるが。

 

「あ、じゃあケーキどうしよ」

「帰り道のコンビニでいいだろ。二千なんぼのケーキでも買って、二人でつつこう」

「んー……にせんえん……。ねぇ八幡」

「こういう時はちゃんと祝うって約束だろ。ショートケーキでいい、は無しだ」

 

 言ってなでくりすると、目を細めながら腕にすりすりされた。

 なんつーか、先読みされるのが好きらしい。

 所詮自分のことは自分がー、なんて思ってるヤツほど、理解者が居ると嬉しいもんだ。

 ……まあ、ただし自分にとっても相手が気心知れている場合に限るが。

 嫌いなヤツにいろいろ知られてたらキモい。ぼっちでなくともそうだろう。

 

「人、すごいね」

「そだなー。世のリア充どもは、こうしてデートするにも、ツレが居ないから仕事をするしかない者たちの覚悟の上で、こうしてデートをしてられてるってことをもっと強く知るべきだと思うね」

「ん、いつもありがとだ」

「おう、ありがとだな」

 

 誰にともなくぺこりと頭を下げて、歩いていく。

 その足で適当にコンビニに寄って、チキンとケーキ、あと適当なアルコールを買って帰る。

 そうして二人の帰るべき部屋へ戻ると、そこで小さな宴をした。

 派手さも賑やかさもない、けど……大切な人が傍に居る、ささやかでも顔はニヤケるクリスマス。

 向かい合ってーとか言っていたくせに、結衣は俺の胡坐にぽすんと納まっては、体を預けきった状態で“構えー”とばかりにじゃれついてくる。

 そんな彼女にチキンやケーキをあーんで食べさせ、俺ももぐもぐ。

 話題を振って振られてを続けるうち、ふと寂しくなったのか、結衣が小さくこぼした。

 

「ゆきのんとかサキとか……今頃なにやってるだろね……」

 

 友達だ、親友だと思っていた人が、ある切っ掛けを最後に離れていくことなんざよくあることだ。

 俺とこいつはこうして寄り添って歩く道を選んだが、雪ノ下は違った。

 やりたいことをやっていくために努力し、馴れ合いと呼べるものをやめ、俺達の傍から離れていった。

 お互い嫌いになったわけじゃない。

 ただ、お互いがしたいことのために、一緒に居てもお互いのためにはならないと理解した上での行動だった。

 そして、一度でも離れてしまえば、連絡の手段も機会も減っていき、やがて話すことさえなくなる。

 

「……知らんけど、頑張ってるんじゃねぇの?」

「……そっか」

「おう。……俺なんかよりもよっぽど上手く立ち回れてるだろ」

 

 俺の足の間にすっぽりと納まり、胸に後頭部を預けて脱力する恋人。

 そんな彼女を後ろから抱き締め、頭をやさしく撫で続ける。

 結衣はそんな俺の手に手を重ねてきて、指を絡め、握ってくる。

 絶対に連絡するから、いつまでも友達で、なんて続けられるわけがないのだ。

 そういうやつらに限って、同窓会とかでソワソワして目も合わせなかったり、ただ明るく振る舞うだけでお互いが誤魔化し続けるのだろう。

 

「………」

「あたしはね、よかったよ? 欲しいものはここにあるから」

「まだ何も言ってないんですが?」

「だって八幡、毎年訊いてくるし」

 

 お前はよかったのか、なんて……初めて訊いた時は喉とかカラッカラになるくらい緊張していたもんだ。

 高校二年の終盤に好き合って、お互いの傍を歩くようになり、やがて手を繋ぎ、腕を組んで。

 お互いの両親に了承を得て同棲を始めて、いろんなことに失敗しながら二人三脚してきた。

 そうなると格好付けている余裕なんかもなくなって、俺達はお互いを曝け出して、お互い同士を一層好きになって、今を生きている。

 寒い季節には必ず巻く、マフラーとネクタイ。

 あなたに首ったけ、を交換し合った俺達の冬は、無駄にぽかぽかしている。

 

「バイトもやって勉強もして、やりたいことも決まって、って……時々な、不安になるんだよ、やっぱ」

「大丈夫。なんとかなるよ、八幡」

「いや、そんな楽観的な話じゃなくてだな」

「楽観的でいいじゃん。明るくしたい未来のために頑張るのに、不安ばっかじゃしょうがないよ」

「………」

 

 挫けそうになると励まされる。

 理想論でしかないんだとしても、それは心のどこかで言ってもらいたかった言葉に違いなくて。

 ……体重を預けきって、力を抜ききった無防備すぎる恋人の頭をやさしく撫でる。

 撫でて、それから両腕できゅうっと抱き締めた。

 これからのために頑張ることを増やしてみても、不安になることなんて山ほどある。

 “これからどうなるんだろう”はいつだって自分の奥底にあって、ふとした時に自分の力の無さを噛み締めては、俺じゃないほうがよかったんじゃないか、が浮かんでくる。

 なのにその度にこいつはこうして手を握ってくれて、あたしは“ここ”がよかったんだ、と言ってくれるのだ。

 大きすぎる幸せなんていらない。

 約束された、ぶらさげられた幸福の未来なんてどうでもいい。

 ただ自分は、自分が力を抜いて自分を預けきれる……そんな場所が欲しかったんだと、笑ってくれる。

 そんな距離が……いつかは近い近いと避けていた距離が、今じゃこんなにも安心する。

 

「大学出たらどうしよっか」

「社会人やって、お互いの距離と価値観を測って、大丈夫そうなら……」

「そうなら?」

「……その。ほら、あれ、な?」

「んー? なにー?」

 

 くすくす笑いながら、人の腕と足の中でゆらゆら船を漕ぐように揺れるお団子さん。

 いや、だから。わかってて言ってるでしょお前。

 

……。

 

 ヘタレて、もごもごと伝えられないまま、いい時間になれば風呂に入って。

 大きいとは言えない湯船に二人で入って、体勢なんかはそのままに、ゆっくりと息を吐いた。

 

「………」

 

 結衣は相変わらず俺の足の間にすっぽりと納まり、軽く抱き締めるように回している俺の腕に手を添えては、どこか機嫌良さそうに鼻歌なんぞを歌っている。

 考えることはいろいろある。

 俺自身は、結衣自身はどれだけお互いを好きでも、社会人になって現実を知ってしまえば、呆れるくらいあっさりとお互いから興味を無くすんじゃないか。

 あれだけ眩しく輝いていた筈の、願いも希望も青春も、苦労してやっと見つけて手に入れた何かも、酷いくらい簡単に捨てられてしまうのではないか。

 不安はいつだって目の前にある。遠くじゃない。我がままが通じる少年時代なんて、もうとっくに自分の手から零れ落ちてしまっていた。

 

「八幡はさ、やっぱり不安?」

「……おう」

 

 今のままじゃお互いに後悔するだけで、いらない称号を名前の脇に刻むだけなんじゃないか。

 結婚してすぐに別れた、なんて、いい目で見られないに決まっている。

 しかもその別れる理由の大半が自分の所為でと考えてしまうあたり、ほんとぼっちてやつは。

 

「うん……今のままじゃ、そうなっても……きっと別れちゃうかもだよね」

「───」

 

 ぐさりと来た。

 あ、やばい、泣きそう。

 そういう未来を想像したりはしてたけど、いざ実際に相手から言われると……!

 けどここでそれは違うってムキになるのはまた別で。

 

「八幡とあたしとじゃ、結婚に対しての考えとか、たぶん違うんだ。あたしはただ漠然と憧れてて、八幡は先のことを考えすぎてて」

「……おう」

「あたしもさ、それがわかってるからここで“絶対大丈夫だから”とか“騙されたと思って”とかなんて言わない。そりゃさ、いつかは、えとー……平塚先生みたく結婚結婚~、ってなっちゃうかもだけど」

「お、おう」

「不安とかさ、いっぱい話し合おう? 黙ってちゃわかんないし、きっと全然通じ合えないから。そんなこともできないまま、八幡との先のことを諦めるのは、あたし……やだ。諦めて、ばいばいって言う日が来ちゃうんだとしても……」

 

 そこまで言うと、結衣はふるりと震えて、ばしゃばしゃと湯船のお湯で顔を洗った。

 

「あたしはさ、全部やってから諦めたい。中途半端なんてヤだから。……ね、八幡。あたしたちさ、出会った頃は……もっとそういうの、嫌いだったはずだよ?」

「結衣……」

 

 軽く回していた腕に力を込めて、彼女を抱き締める。

 抱き締めて、抱き締めて、頭を撫でて、やっぱり抱き締めて。

 

「……出てくる話題がな、愚痴ばっかになってる自分に気づいて、嫌になった時があった」

「うん」

「お前の笑顔に救われてるのに、気づけば苦笑ばっかさせてるって気づいた時、そんな話題しか振れない自分が嫌になった」

「うん」

「たまにどっかから話が飛んできて、ガキの頃に一緒のクラスだったヤツが成功してるのを知って、なにやってんだ俺、って……。だから頑張ってみるのに、そんな時に限って失敗ばっかやってさ」

「うん」

「俺は……」

「うん」

 

 どれだけ首ったけでも、お前を幸せに出来てないんじゃないか。

 苦労させてないか? つまらなくないか? お前の大切な時間を食っちまってないか。

 抱き締めたまま、震える声でそれらをこぼした。

 高校時代に広く浅くを身に付け、ぼっちとしてそれらを器用に扱っていた比企谷八幡って存在は、既に過去。

 高校時代に広く浅くが出来たからなんだってくらい、世の中にはもっと上が居て、そういうものを見せられては現実を知り、後に残るのは劣等感と後悔ばかり。

 

「俺は……」

「八幡?」

 

 じゃあ、と努力してみせるのに、いざ努力の前に立ってみると、自分が“なにが得意だったのか”さえ見失ってしまう。

 当然だ、そこに辿り着く前に適当に生きてきた“広く浅く”が、急に“広く深く”なんてものを吸収できるわけがない。

 自分が走って、泥を被ることで解決出来る物事なんて、所詮は狭い世界の中でだけだったのだと思い知らされた。

 だからこそ、社会を知れば……バイトなんて世界よりも一層に、今よりも重い世界を知るだけなんじゃ、と。

 どっかの漫画のように、物語のように、フィクションのように、俺が幸せにしてやる、なんて勢いよく言うだけ、なんてことが出来ないくらいには中途半端に現実ってものを知ってしまった所為で、何処にも踏み出せないでいた。

 そんな俺に、いつかこいつが言ったことがある。

 

  んっと……ねぇ八幡。幸せってさ、大きくなくちゃだめなの?

 

 俺はそれに、そりゃそうだろ、と答えた。

 幸せにしたい相手が居て、俺がそうしたいって思って、なのに小さな幸せしかあげられないなんて男としてちっちゃすぎる。

 そう言った俺に、結衣は少し寂しそうにして、笑った。

 

「………」

 

 俺はどうだろう。

 幸せは大きい方がいいか?

 俺の望み描く幸せは、───あ。

 

「なぁ、えと……ゆ、結衣」

「んー……? なぁに、ひっきー……」

 

 結衣は、黙ってしまった俺の腕の中で鼻歌を再開させて、体重を預けきったままで俺の腕をぱしゃぱしゃと撫でていた。

 頭を撫でれば「えへー」と笑って、ぎゅうっと抱き締めれば「どしたの? 八幡」なんてくすくすと笑う。

 そうしてみて、馬鹿馬鹿しいんだけど……高校時代に妹に言われたことを思い出した。

 俺なんぞが深く考えたところで無駄で、どんだけ考えて捻り出してみても届かない現実なんていつだって目の前にある。

 だから……そういう時は単純に、馬鹿馬鹿しく。

 

  そういう時は愛してるでいいんだよ。

 

 結衣は……今が不幸だなんていつ言ったんだろう。

 部屋に戻れば愚痴ばっかり言うようになった俺。

 疲れていれば大して取り合わずに寝てしまう時もあった。

 仕事の疲れってよりはバイト先での人間関係で精神的に疲れたって部分が大半で、前までの俺なら結衣と一緒に居りゃ癒されたのに、精神的な疲れってのは人と話すこと自体を嫌にさせるもんだからって決め付けて、話すこともせずに、俺は……。

 

「あ、あぃ……し───」

「……?」

「~……ゅぃい……~……!」

 

 彼女の首にマフラーを巻いた日からのことを思い出して、涙がこぼれた。

 嗚咽が漏れて、情けない泣き声のようなか細い声で彼女の名前を呼んで、ぎゅうっと抱き締めて。

 驚く彼女に、好きだを、愛してるを何度も何度も届けて、驚いた顔で振り向く彼女に泣き顔を見られて。

 そんな彼女に伝えた。

 

「俺も……大げさな幸せなんていらない……。俺……ただ、お前と……」

「ぁ……───うん、八幡」

 

 小さな幸せでよかったんだ。

 相手のささやかな喜びの範囲さえ知らないで、なにが彼女の幸せかも知らないで、ただ幸せにするなんて口にするのはまちがっている。

 高校時代、知る努力さえ無駄なことと人から距離を取って、それでもそんな青春時代に出会えるなにかがあったから今があって。

 

「好きだ……」

「うん、あたしもだ」

「好きだ……」

「うん」

「結衣……」

「うん……」

 

 恋人になってばかりの頃、アホみたいに相手の気持ちが気になった。

 そのくせ自分から自分の気持ちを言うのは格好悪い、みたいな意地があって、喧嘩したことがある。

 その日もクリスマスで、約束も出来ずになあなあで一緒に居ることになったその日、俺はこいつを泣かせた。

 仲直りは出来たけど、その次のクリスマスでもやらかして、その頃には結衣はしょうがないなぁって顔で、やらかした俺を包み込んでくれて。

 

「……せっかくのクリスマスに、毎年馬鹿ばっかやって……ごめん」

「わ……えへへ、ううん、あたし、こういうのがいいな。好きな人とね、すっごく近くで笑ってさ? 安心して……でね? 好きって言ってもらえるんだ。これってさ、簡単に見えて結構難しいんだよ?」

「~……好きだ」

「うん。あたしもね、八幡のこと大好きだよ」

「───、……っ……俺は……っ……! ごめん……ごめんな、結衣……!」

「でも、ごめんはやだ。八幡、本気で謝る時はすまんじゃなくてごめんって言うけど、そういうのは今はなし」

「結衣……」

「ね、八幡。小さくていいんだよ? あたしはさ、そんなのがいいんだ。小さくてもずっと続いてくようなさ、なんでもないものが……あたしにはすっごく嬉しいんだ」

「うん……」

「いつかはさ、そんな考えも変わっちゃうのかもしれないけど……そうなったら絶対に伝えるから。あたしはこんなのが今は一番幸せなんだって伝えるから。……だからね、八幡」

「うん……」

 

 やわやわと俺の腕を揉むようにして、時にその腕をマフラーに見立て、顔半分をうずめるようにして、それから……真っ赤な顔で振り向いて、彼女は言った。

 

 

───……。

 

……。

 

 大学卒業と同時に、俺と結衣は結婚した。

 式は挙げていない。

 書類だけの簡単なものだけど、結衣は幸せそうに笑っていた。

 

「で、なに? 久しぶりに来たと思ったら、そんなことを小町に報告しに来たってこと?」

「おう」

「あのねぇお兄ちゃん……小町だって今いろいろ忙しいんだけど?」

 

 かつての自宅にて、カマクラをいじくり倒す俺。

 いや、していた報告は結婚についてじゃなく、まあそのー……なに? ほれ、アレな。

 

「なーんでこの兄は実の妹に、誰かと一緒に居られて幸せだー、なんてことを報告しに来るかなぁ」

「いやほら、アレだよアレ。誰かに知ってもらいたいけど、俺にそんな相手が居ない」

「結衣さんに対してのろければいいでしょ。その選択肢に小町必要ないから」

「小町ちゃん冷たい……高校時代は頼んでもねぇのに人の恋愛事情に首突っ込んできたのに」

「そりゃそうでしょ、お互い好き合って、ああこれお互いに一緒に居るだけで幸せなパターンだーって見ればわかるのに、いちいちそれつついてられますかっての」

「………」

 

 周囲からしてみりゃバレバレだったらしい、俺の幸せ。

 カマクラをいじくり倒すのをやめて、珍しく家に居たらしい親父とお袋に挨拶をしていた結衣を手招き。

 一言言ってこちらに来た結衣を、言葉も無しに引き寄せ、足の間に座らせ、ぎゅーっと抱き締めた。

 

「はぁ……なんてーのかなもう。お兄ちゃん、ほんと変わったよね」

「おう」

「いやおうじゃなくて。妹の前で幸せいっぱいオーラとか見せ付けないでいいから」

 

 興味を無くしたカマクラがのっしのっしと離れていく中、いつかのあの日の風呂の中、結衣に言われた通り……俺はこいつの傍に居た。

 小さな幸せをずっとこいつに与えるために。

 俺もまた、幸せのために頑張れるように。

 それでよかった。

 それが、よかった。

 

  あたしね、ずっとずうっと……八幡の傍に居たいな。

 

 いつかの日に言われた言葉なんてそんなもの。

 それでよかったから、今俺達は傍に居て、小さな幸せを噛み締めている。

 笑っちまうくらいに自分の幸せに素直になれた捻くれ者はそうして、ぼっちってものから卒業したんだと思う。

 

「……結衣さん。今さらですし、またかって思うかもですけど、兄のことをよろしくお願いします。こんな兄ですけど、大切だと思うものに対しては、鬱陶しいほど過保護で、愛情を注ぐタイプですから」

「えへへー、うん。わかってるよ小町ちゃん。えっとね、……これでも加減されてるくらいだから」

「え゙……あの、マジですか?」

「うん」

 

 いやあのちょっと? なに人の愛で様を妹に暴露しちゃってるの?

 しなくてよかったでしょ今の。いや好きだけど。セーブしてるけど。愛してるけど。

 

「あのー……参考までに、どういった感じで……?」

「え? え、えとー……えへー……♪ き、キスだけで気絶させられちゃうくらい、幸せいっぱいにさせてもらってる……かな」

「……お兄ちゃんちょっとここ座りなさい」

「もう座ってるって」

「きききききキスだけで気絶って、いったいどんなことしてんのこの兄はー! 結婚してちょっとは変わったかと思ったら相も変わらず八幡なんだからまったくもー!!」

「いやおい、だから八幡は罵倒文句じゃねぇって何度言わせんの小町ちゃん」

「結衣さん! 大丈夫なんですか!? その、夜の営みとかおかしなことされてません!?」

「ふえぇっ!? あ、え、っと……そのー……」

「義理の姉が目を潤ませて真っ赤になって震えながら目を逸らす、なんて場面を目の前で見てしまった! ~……お兄ぃいいいいちゃん!!」

「待て待て待てっ、普通だ! 基準なんて知らんけど普通以上の何物でもねぇよ!!」

 

 だ、だって夜の営みだろ? 俺と結衣との体の相性が呆れるくらい良かったってこと以外、なんらおかしなことも不思議なこともない筈だぞ?

 キスだけで幸せ噛み締めて、ずっと続けてたら幸せが溢れて頂きに到達してしまって、それでも続けたら失神してしまった、とかそういうことが何度もあって、以降はHの度に結衣を頂に到達させまくるのが日課ゲフンゲフン! ……俺の中でのジャスティスになってしまった、とかそんなところだ。

 ……好きな相手なら気持ちよくなってほしいよな? 自分の手で到達させたいよな? 自分との行為で到ってほしいよな?

 ほら普通だ。普通だろ? 普通じゃないの。

 

「まあその、この兄の性格ですから、ベッドヤクザみたいなことにはなってないとは思いますが……ていうかむしろ、満足させられてるか不安っていいますか」

「は、はい、大丈夫です……」

「そうですか───あのちょっと待ってください結衣さん。え? あの、なんで今敬語に? …………おにーちゃーん? ちょぉっと詳しく聞かせてもらおーかー♪」

「妹に性生活を語る兄が居てたまるもんですか」

「だとしてもおかしーでしょちょっと! ままままさかお兄ちゃんに限って暴力なんか……!」

「アホ、嫌いになったってするかよ」

 

 ただまあそのー……絶頂させまくって、もうやめてと言われても果てさせまくった結果、何故かHの時にはひどく従順になってしまうことがございまして、はい。

 ……心の何処かに独占されたいとか、征服されたいとかそんな願望があったのかしら。

 俺自身も、結衣との行為中はなんでかちっとも治まらなくて、本能の赴くままに行為をしてるとほぼ間違い無く結衣が気絶する、という状況が完成してしまうようになってしまって……うーん。

 極めつけとして、結衣以外じゃ一切反応しないマイサン。その代わりに結衣相手だと治まらない。

 気絶しても行為を続けてたら、失神しながら絶頂するというものを目の当たりにして、なんというか……うん。余計に独占欲みたいなのを刺激されました。

 

「まあそりゃねー……結衣さん見てれば大事にされてるんだなーってのはなんとなーくわかるよ? 会うたび会うたび綺麗になってくんだもん、小町ちょっと羨ましいです。でもねー、まさかねー、自身のぼっち度以外に胸を張れることがなかったあの兄が……」

「面と向かって妹にそっちの心配をされる兄の身にもなってくれませんかね」

「ところでお兄ちゃん」

「小町ちゃん相変わらず俺の話スルーするの好きね」

「はいはいそんなんどーでもいいから。それよりもだよお兄ちゃん。……子供はまだなの?」

「式も挙げない内から子供の心配かよ」

「ほら、最近言うでしょ? 夜の相性の問題とか仕事の問題、時間が合わなくてわかれる夫婦ーとか。子供が出来れば、もう我が兄ながら逃げに走らないかなーって」

「お前の中でどんだけ外道なの俺……。心配せんでも順調だよ」

「いやでもお兄───」

「……結衣は俺がずっと幸せにする。他の誰にも譲らねぇ」

「ぃ、ちゃ…………」

 

 きっぱり言って、ホウケてる小町の額にズベシとデコピン。

 人の心配より自分の心配してなさいバカモン。

 もう大志がどうだの言わないから、いい人見つけて親父を絶叫させなさい。

 そんなことを考えながらも腕の中の結衣をぎゅー。

 肩越しから覗くように顔を見てみれば、くすぐったそうに、でも幸せそうに笑うお嫁さん。

 そんな笑顔を見るたびに、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。

 たぶん、それが幸せってもので……そんなささやかなものが続くだけで、俺はただただ嬉しくて、楽しくて……安心を得られた。

 

「はぁ……目の前で随分といちゃついてくれちゃって……。あ、でも今日どうするのお兄ちゃん、結衣さん。泊まってく? 一応部屋はそのままだけど」

「んにゃ、帰る」

「ちょっと来てちょっと帰るって距離じゃないでしょ、アパート」

「だとしてもだよ。……もう、あそこが俺達の家だから」

「おおう……その感覚はまだ小町にはわかんないかなー……。いずれ建てるつもりなの?」

「おー……ささやかでも幸せなら何処でもいいかもだな」

「うん。むしろ広い場所に住んだら、離れる理由ばっか出来ちゃいそうだし、無理して広いとこじゃなくていいかなーって」

「似た者夫婦。もう引き止めたりしないからさっさと帰っちゃいなさい、まったくもう」

 

 言われた言葉に二人して笑って、準備をしてから家をあとにした。

 外に出れば、季節の寒さと夜の寒さがダブルで身に沁みる。

 

「うわーはー……! 雪は降らないって言ってたけど、降ってもおかしくないくらい寒いねー……!」

「だな……あぁほらこっち来いこっち」

「うんっ。えへー……♪」

 

 寒さに震えながらも手招きすると、ぴょいと近づき腕を組んでくる結衣。

 そのまま歩いて、駅を───ああいや。

 

「結衣、どうする? お義母さんのとこ行くか?」

「ううん、やっぱり合わせられなかったみたいだから、今行っても居ないみたい。今日はこのまま帰ろ? ……あ、それとも」

「それとも?」

「えと……前のあたしの部屋にさ、泊まってく?」

「……本番的な行為は一週間に一度で、今日が一週間目だったよな」

「はきゅっ!? ゃ、ぁ、ぇとー……はい」

「その、な。俺も相当溜まってるから、加減とか出来ないと思うんだが」

「……~……!」

「いや……なんでそこで嬉しそうなの……」

「だ、だって……“好き”をいっぱいぶつけてくれるから……」

「………」

 

 俺に対しての嫁の幸せのハードルが、随分と低い件について。

 じゃあ俺に他になにがあげられるんだーって言ったら、案外ひどくちっぽけな事実もまた然り。

 他の誰かが聞けば、安上がりって思うだろうか。

 ……とんでもない。お互い、自分らにしか出せない唯一で相手を幸せに出来てるなら、それはきっと安上がりでもなんでもなく、いつかはきっと出会ったであろう“大切なもの”に、たまたま早く、いい具合に出会うこが出来たってだけだ。

 

「なぁ、結衣」

「うん、なに? 八幡」

「そのー……毎年で悪い。今───」

 

 クリスマスが来るたびにいろいろある俺達。

 そんな二人の影は、背中側から街灯に照らされていても重なっていて。

 温かさがスッと口から離れると、言われるまでもなく幸せですって笑顔がそこにあったから。

 俺も負けじとキスを返してから、幸せで悪いかって感じで笑顔を返した。

 

  ……幸せは続いていく。

 

  それはとてもささやかだけど、きっとずっと続いていく。

 

  そんな幸せに対して、なにか届けられる言葉を探すなら……

 

  まあその、なんだ。

 

  メリークリスマス。


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