どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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食品売り場で黙礼する彼の事情①

 ……朝が来た、と認識した時、自室の扉が開いた。

 静かに開かれるそれに、ああ……と小さく納得すると、入ってきた人物を薄目で見る。

 

「……おはよー、八幡……」

 

 小さく囁くと、彼女は嬉しそうに笑った。

 加えて言うなら、「八幡、はちまん……えへへぇ……ふふっ、えへー……♪」と、人の名前を呼んではテレテレと照れている。

 そんな彼女が俺のベッドの横に立つと、きしりと手をベッドについて、俺の顔を覗いてくる。

 両手をついているから、もちろん彼女の立派なたわわがゆさりと揺れるわけだが……おわわ大迫力……! 朝からこれは刺激が……いやしかし見ないのは逆に失礼なのでは……いやいやそれでも。

 

「うんうん言ってる……魘されてるのかな」

 

 いいえ素で悶えてましたごめんなさい。

 

「八幡、朝だよー……? はちまーん……? ……ふふふ、えへへへ……えへー……♪」

 

 間近で俺の名前を呼ぶのがそんなに嬉しいのか楽しいのか、それとも両方なのか。

 もう目を開けてるとバレるので閉じてはいるが、明らかに幸せですって声が聞こえるたび、心がきゅんきゅんする。やだ俺ってば今誰よりも乙女チック。

 

「はちまん? はちまん、はちまーん……八幡。……八幡? はーちーまーんー……うわ、うわわー……! 顔が勝手にニヤケちゃうよぅ……! だめだめ、こんな顔ヒッキ……は、八幡には見せらんないから、うん」

 

 いえ、是非とも見たいのですが。

 けどここで薄目でも開けようものならバレて、こんな警戒心一切無しのテレテレガハマさんが見れなくなってしまう。

 

「ん、っと……はちまん、朝だよ? 起こしに来たよー? 八幡、はちまーん? はち……、…………」

 

 あ。なんか頭触られてる。

 さらり、さらりと撫でられて……うわ、いい匂い。

 女子ってなんでこんないい匂い……匂い? あれ? 近い? きしり、きし……ってベッドが軋む音がして───

 

「だだだめ、だめあたし! 相手がファーストキスを覚えてないなんてやだ!」

 

 ───キスとな。

 いえあの、ヴェヴェヴェツニイインジャナイデセウカ?

 ホラ、俺トカ意識アルシ。

 あ、でもその気持ちに返すことが出来ないのは確かに嫌かもだ。

 あとこんな至近距離で騒いだらだめでしょ。

 

「ん、ん……由比ヶ浜……?」

「うひゃあっ!? え、わっ、あ、あぅう……!」

 

 声が大きかったので、それを理由に起きたフリをすると、相当に残念そうにする由比ヶ浜。

 けれども挨拶には挨拶を返して、元気に笑ってくれた。

 挨拶? そんなもんやっはろーに決まってんでしょ。

 てか朝の挨拶にそれって合ってるの?

 

「今日も起こしにきてくれたのか……その、あんがとな」

「ううん、全然。あたしがやりたくてやってることだから。はい八幡」

 

 ベッドから降りると、はい、とタオルが渡される。

 制服やシャツなどは既に由比ヶ浜の腕の中にあり、ほら、行コ行コ早くっ、と促される。玄関の前で散歩を待つ犬のようである。

 てか胸に抱かれてる制服が羨ましい。私は制服になりたい。

 促されるまま部屋を出て階下へ降りると、ニィイマァアアと鬱陶しい笑顔の小町に見つかる。

 おはようの挨拶をするも、「まだ時間あるから、ゆっくりしっぽりしててもよかったのにー」なんて言われる。

 やめなさいよちょっと、小町ちゃん? そういうのだよ? そういうのが恋人たちを無駄に傷つけるんだよ?

 ニンマリ笑顔の小町をスルーして洗面所へ行くと、由比ヶ浜が着替えを置いて脱衣洗面所から出ていく。

 

「………」

 

 恋人同士、というものになってからというもの、由比ヶ浜はとても積極的である。

 “一歩”を大事に、日に日に近くなっていく距離に、俺はといえばもちろんたじろぐばかり。

 かつては夢見ては砕け散りまくった恋への渇望、羨望が日に日に叶えられていくと、さすがのプロボッチャーである八幡さんも───

 

「……だらしねぇ顔」

 

 うへぇ、とうんざりしそうになるのに、鏡に映る顔はてんでうんざりしない。

 ようするに嬉しいのだろう。嬉しくてたまらないのだ。

 まあその、そういうのも受け入れようって決めちゃったし、ニュー八幡となったからにはそうそう挫けるつもりもない。

 俺に恋人とか、今後一生無理そうだし、なにより俺自身も……日に日に近づく由比ヶ浜との距離に戸惑いながらも、やっぱり嬉しいのだ。

 強く意識するようになってからは特にやばい。

 あいつの行動、あいつのやさしさ、あいつの可愛らしさにどんどんと心がやられ、気づけば俺から近づきたいって思うようになったりして、どんなきっかけでもいいから一日一回くらいは話したいなって思うようになってしまい、時にじれったく、時にもどかしく。

 そんな風になってから思ったのだ。

 ああ、“自分から行く”って、こういうことなのかもなぁって。

 もちろん“待っててもしょうがない人”に由比ヶ浜が該当する、なんてことはない。むしろぐいぐい来る。

 そんな中、俺からも向かえば距離なんてあっという間に縮まるってなもんで。

 

「……っし、と」

 

 洗った顔と、着替えた服装を確認して頷く。

 そうして洗面所から出ると、出てすぐの壁に背を預けて待っていた由比ヶ浜がぴょいと壁から離れ、爛々とした目で俺を見つめてくるわけで。

 お犬様が“散歩!? 散歩!?”と尻尾を振るかのような反応……やばい、俺の恋人超可愛い。

 

「………」

 

 なんとなく、だった。

 どう反応するだろうって好奇心の方が勝った。そうした希望があったわけじゃない。

 ただなんとなく、おそる……と手を───気づくか気づかれないか程度、由比ヶ浜に向けて動かした。

 すると、ぱあっと明るくなる表情。

 きゅむと握られ、繋がった手に、ガハマさんたらお顔が“えへー……♪”と、おとろけあそばれている。

 

「……よくわかったな、今ので」

「うん。いっつも見てたから」

「しょほっ……そ、そか」

「うん、そだ」

 

 なんでもないように言ってくるけど、由比ヶ浜の顔は真っ赤だ。

 それでも離したくはないようで、真っ赤なままの顔でぎゅうっと目を閉じて、口を波線になるくらいきゅ~っと閉じて、なにかに耐えるようにして……やがてぱっと目を開けると、「う、うん、行こうっ」と俺を軽く引っ張りだした。

 

……。

 

 朝食が済んで準備も済めば、あとは登校。

 由比ヶ浜が来るようになってからは生活リズムも随分変わった。

 小町と一緒に本来禁止な二人乗りをすることが無くなったし、早い時間ってこともあって、小町は一緒には登校せず、“もうちょいゆっくりしていくからー”と言って俺達を送り出した。現在はきっとテレビでも見ていることだろう。

 

「やー、最近いい天気が続くよね」

「だな。入梅(つゆいり)はしたらしいのに、珍しいもんだ」

「八幡の誕生日の頃にはもう、こんな少しの涼しさまで懐かしくなるんだろうねー」

「もうちょい適温の時期を伸ばしてくれると助かるんだけどな。もう何年も、四季が春と秋を忘れた、なんて言われてるくらいには、丁度いい温度って時期が無くなった気がするしな」

「あー、それわかるなぁ。涼しくなったと思ったらもう寒いんだもん。あったかくなったー、と思ったら暑いしねー」

「ほんとそれな」

 

 なんでもないことを話しながらの登校は、なんだか懐かしい。

 まだ周囲が離れる前くらいには、ほんのちょっぴりでもこんな関係があった気がする。

 もちろん恋人関係ではなく、やすっぽくても友達、と呼びたいような相手らと。

 

「………」

「………」

 

 会話が途切れても、手は繋がったまま。

 嫌な空気が流れるでもなく、むしろ歩きながらその手の温かさ、やわらかさに頬が緩みそうになる。

 誤魔化すように、指で由比ヶ浜の手の甲を撫でると、逆に撫で撫でされ返された。

 負けるものかとじゃれ合っていると、散歩のおばさまに目撃され、「あぁんら若いっていいわンねぇ~!」と振り絞るような声で言われた。

 頬が緩みそうになる程度の恥ずかしさレベルじゃなかった。

 緩むくらいの方がまだマシだった……けど、きちんとカップルに見られたことが、どうやら俺はとても嬉しかったらしい。

 ちらりと横を見れば、そこにも照れてる人発見。

 繋がれた手に軽く力が入って、ヘンな声を出しそうになるのをこらえて、こちらからも軽く力を込めて握る。

 関係ないけどおば様方が声を振り絞る時って、どうして“わねー!”が“わンねぇ~!”になるんだろうな。ほんと謎。

 

「…………」

「……、……」

 

 一歩一歩を踏み締めて、一歩一歩を大事にする。

 そう決めた二人で想いを育みながら、ひねくれるでもなく日々をともに。

 幸せな気持ちはあれからも続いていて、新しい一歩を前にしては、思い出すのだ。

 いつかの誕生日のこ───

 

「は、八幡。あの……あのさっ? あの、あわわあのあの」

「お、おう、どした?」

 

 ちょっと? 今“あ、もうこれ回想入りそう”って雰囲気だったでしょ? あんまりそういうことすると、

 

「一歩……いいかな。も、もっと踏み込んじゃって、いいかな」

「───」

 

 一歩。

 今の距離を考えると、それはもう手を繋ぐという行為よりもワンランク上。

 それはつまり、いやでも、待て待て……!?

 

「そひょっ……それは、しょの……! えふんっ! ごほんっ! ……その。きょ、距離の事、か? それとも繋ぎ方の問題、とか……か?」

「え? つなぎ……───ぁ」

 

 あ。これ距離の話だったらしい。

 そう気づいた時には、ようやく落ち着いてきていた彼女の顔はかああと赤くなってしまい、しかし俯きながらでも指は俺の手の甲をさすり……まあ、その。

 大変恥ずかしかったし本気でどうしようかと迷ったりもしたのだが、彼氏として男として、そしてアレを制覇した修羅として、やりもせずにあっさり引くことなど許せるはずもなく。

 喉を一度鳴らしたのち、未だ俺の手の甲を撫でる由比ヶ浜の指に、自分の指を絡めるようにして動かした。途端に驚いた表情で顔を持ち上げる彼女に、こちらから一歩踏み込んだ。

 が、ここまでが限界。

 伝説の恋人つなぎまでこれを昇華させるには、まだまだいろいろと経験が───

 

「………」

「………」

 

 目を逸らして手を離したくなるくらいの恥ずかしさが、心の中でやさしく燃え続けている幸せな気持ちを押し潰しそうになる。

 それは困ると抗おうとしたところで、由比ヶ浜の方からも動きがあって、それなら……とお互いがお互いを勇気付けるように……やがて、手は、指は、一本一本を絡めるようにして繋がれた。

 

「~……!!」

「……、~……!!」

 

 当然悶絶。

 恥ずかしいくせに幸せで、嬉しいくせに離したくなってしまうというこの状況に耐え切れず、俺達はしばらく恥ずかしさと壮絶なバトルを繰り広げた。

 恋人って凄まじい。

 こ、これからさらに上があるって、人としてどんだけレベルアップすりゃ気が済むのか。

 リア充の先人達……正直すまんかった。

 爆発しろとか言われるまでもなく、一歩一歩が大変だ。

 踏み込み方が問題で、間違えれば嫌われちまうし、かといってじれったければ機嫌を損ねてしまう。

 楽しいことばっかじゃあないのだとわかった───というのに、俺の顔はきっと緩んでいるのだろう。

 羞恥に押し潰されそうだった幸せな気持ちは、火の勢いを増したかのように元気だ。

 それがたまらなく幸せで、調子に乗ってしまうとペースを乱し、踏み込みすぎてしまう。……ので、なんとかブレーキをかける。

 ま、まだぞ。まだ腕を絡めるには尚早といふものぞ……!

 

「……、」

「あ……」

 

 そんな真っ赤な顔同士が目を合わせると、羞恥はくすぐったさに変わって、互いにむずむずと緩むように笑い合う。

 擦れ違う人々に「微笑ましいわねぇ」とか「初々しいのう」とか言われても手を離さないくらいには、もうこの繋ぎ方に執着ってものを持っていた。

 

「あ……の、はちまん……」

「お、お……お、ぅ……」

「こっ……恋って……そのっ……すごい、ね……」

「しょっ……~……それな。お、おう、それな。まったく同じこと、考えてた……」

「……、そ、そっか、えへへ、そっかぁ…………えへー……♪」

 

 ……なお。こんな調子の二人を続けたのち。

 我らが部長様がなんでかブラックコーヒーに手を出すようになった。

 “ゆきのん、ブラックとか好きだっけ”という由比ヶ浜の質問に、彼女は薄く笑って言った。“好きにもなるわ。当然でしょう?”、と。

 紅茶の代わりに自作のマッカンが出るようになった時は、何事かと思った。

 しかも甘いのを飲むのは俺達だけで、部長さまは依然としてブラックだった。

 

「………」

「………」

 

 軽く俯きながらも歩き、歩く度に揺れる、繋がれた手がくすぐったく、それを誤魔化すように親指を動かしてみたりするのだが、反撃に手の甲を撫で返されて、やり返して、やり返して、なんてことをキャッキャウフフと続けた。

 早くに出た主な理由はこれで、恋人、というものを満喫しながら登校していると、何故だか時間がギリギリになるのだ。

 なのでこうして早くに出て、幸せを育んでいるというわけだ。

 一歩……一歩か。

 これからこうして、ただ繋ぐだけから恋人繋ぎにしたり、やがては腕とかを組んだりするのだろうか。

 腕を組んだその上で、さらに恋人繋ぎをしたりとか、その先とかさらに先とかプルスウルトラが止まらない。

 キッ……キキキキスとかは、まだ、な? 一歩一歩が大事ですから!?

 ……すいません見得張りました、正直なところしてみたいです。

 でも大事にするって決めたし、焦りすぎて醜態をさらすことを、ニュー八幡としては見過ごせない。

 だからいいのだ。これで……そう、これで。こうして今まで、相手が居なかったからこそ出来なかったことが出来る……それが勝利なんだ。

 まずは名前を呼ぶところから始めたいよな。

 次の一歩はそれからだ。この一歩は俺が進めたい。

 そのためにも、こんな日のために用意しておいた、そのー……デ、デデデデートの誘い文句、といふものを、だな……!

 こ、こう、超自然的に名前で呼んでから、誘う……そんなプランを立てた、のだが。

 

「あの……な、ゅぃ、がはま」

 

 ごめんなさいヘタレました。

 

「! ……、……ぅ、ぅん、うんっ、なに? 八幡」

 

 由比ヶ浜もそれがわかったのか、一瞬嬉しそうな顔をして、けどそこから少しやさしい笑みを浮かべる。

 仕方ないなぁ、なんて言うかのように。

 うう、すまん……! 今に言えるようになる……なるから……!

 

「そのー……よ。今度の休み、暇か? 暇ならデ」

「ひ、暇っ! うん暇っ! よよよ予定とかないから! ないからその……えと……~……い、いきたい、連れてって? 一緒に、行コ……?」

「…………おう」

 

 真っ赤になって、“嬉しい”をこうまで伝えてくれる。

 じんわりと心に広がる嬉しさが心地良くて、俺達はまたも、顔を緩ませながら、時に目が合うとてれてれと軽く視線を逸らし、見つめ、合わせ、微笑むと、ゆっくりと通学路を歩くのだった。

 

 え? あ、お、おう、こうなったきっかけな。

 おうきっかけ。

 あれはそう……6月18日。

 6月18日にまで遡るわけだが───

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