どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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ぬるま湯に到るまで①

 ハロウィン。

 お菓子ちょーだい、じゃなきゃいたずらしちゃうぞ☆と、仮装した子供が家を訪ねる、元々は秋の収穫を祝い悪霊を追い出すための祭りだったらしい。

 古くは古代ケルト(略)真面目に語ると長いから、まあともかくカボチャの中身を刳り貫いた被り物などを使っての祭りだ。

 さて、なんでそんな話が出たかというと、一色が学校で仮装パーティーイベントとかどうですかねー、なんて言い出したからだ。

 俺はもちろん「やだよ」と返したが聞きやしない。

 結衣が「楽しそう!」とあっさり乗り、まあそうは言っても雪ノ下は説得出来まいと思ってたらゆるゆりの前にあっさり落ちやがったよちくしょう。ちょっと雪ノ下さん? あなたほんと由比ヶ浜さんに甘すぎでしょ。

 

「……猫の仮装……」

 

 あ、うん。私情も随分混ざってたね。それも多分に。

 そうだね、イベントなら堂々と仮装出来るもんね。でも心の中でくらい言わせてくれ。しっかりしろ部長。

 

「で、問題はですよ先輩。衣装などをどう用意するかなんですけど───」

「あーはいはい、どうせ川なんとかさんだろ、金はそっちで都合つけろ、俺は知らん。つかやらない」

「そうね。あなたはノーメイクで既にゾンビだもの、仮装の必要はないわね」

「千葉村で十分堪能しただろうがお前は……お前もうあの時と同じで雪女でいいよ」

「うーん……あの時の衣装はもうやだな、あたし」

「…………《ぽっ》」

「あ、先輩? 赤くなってますよ? なんですか? 結衣先輩のコスプレってそんなきわどいのだったんですか?」

「ばっ! なっ……!」

「え? あっ……ひ、ひっきーのえっち……」

 

 《ぐさっ》アウッ。

 反射的にだろうが、結衣の口からこぼれた言葉が胸に刺さった。

 勘弁してくれ……他の誰からでも受け流せる罵倒文句も、結衣からだとダメージがデカすぎる……。

 

「お前の所為で謂れのない罵倒くらったじゃねぇかよ……。べつにきわどいとかそういうのじゃねぇから」

「じゃあどんなのだったか言ってみてください」

「………」

 

 どんなって。ほら、アレだよアレ。小悪魔衣装。

 黒くてー、短くてー、胸元が開いててー。

 ……おい、言えるわけねぇだろうがよこんなの。

 

「せんぱい?」

「………」

「せーんーぱーいー? もしかしてやっぱり?」

 

 じとりと睨まれる。ちくしょう、ここで言わなきゃ本当の意味で疑われるだけじゃねぇか。恨むぞエロス教師。

 

「う……そ、その。あー……黒くて」

「はいはい」

「短くて」

「はいはい」

「あー……む、胸元が……その、開いてて」

「《たしたしたし……prrrr》」

「だから110番はやめろ! お前は雪ノ下かよ!」

「いえまあ冗談ですけど。やっぱりきわどいのだったんじゃないですかー」

「……あんなの小学生の林間学校イベントのために持ってくるほうがどうかしてんだよ……なんだよあれ……」

「~~~……《かぁあああ……!!》」

「ちなみに先輩? 雪ノ下先輩の衣装はどうだったんですか?」

「あ? あー、そりゃ……白かった?」

「いえほら、もっとなにかありますよね? 結衣先輩の時みたいに」

「いや、つってもな」

 

 白かったな。

 で───……いや待て。白装束……とは違うけど、白い着物だった、としか言えないんだが。

 と悩んでると、一色がひどく冷めた目でこちらを見ていた。

 

「……先輩、どんだけ結衣先輩のことガン見してたんですか」

「ひ、ひっきぃ!?《がたたっ》」

「ちょ、待て、誤解だっ! 体庇って立ち上がるとかやめてくれ、すげぇ傷つく……!」

「あ……ご、ごめん……」

「あ、いや……」

「………」

「………」

 

 俺と結衣の間に沈黙が訪れる。

 ……まあその。由比ヶ浜マに丸め込まれるように、学生結婚……ではなく婚約をしてから既に二ヶ月。いろいろと決めてきた覚悟はあっても、お互いいつまで経っても初々しいままである。とは小町の言葉。

 婚約と言っているからにはただの約束ではある。法律上の縛りなんて当然無いのだが、婚姻届など既に由比ヶ浜マ……ママさんの手にある。

 既に俺の方でも覚悟は決まり、いつでも提出してくださいって状況だった……んだが、ママさんに伝えられたことは“同棲してお互いを知りなさい”だったりした。そのことで我が比企谷家と由比ヶ浜家で家族会議があり、我が両親、一発で結衣を気に入り、こんな息子で良かったらとあっさりと俺を差し出した。

 しかしお袋はともかく親父の“遠慮するな出て行け”って態度に結衣とママさんがブチリ。お袋も小町もその態度はないと怒り、親父、言葉の袋叩き状態。

 両親の前で結衣が俺への想いを語りまくり、負けじと俺も愛を語り、お互いの両親に止められるまでそれは続いた。

 あ? その後? そりゃ…………親の前で愛を囁きまくったんだぞ? 二人してその場から逃げて、自室の布団に潜って“あ゙ぁあああああっ!!”って叫んだわ。……同じ布団だったのはアレだ。気にすんな。

 そんなこんなで同棲は既に始まっている。

 親父もお袋も、結衣とママさんが俺のことを気に入りまくっていることに驚いていたものの、それを知ってからは“しっかりな”と送り出してくれた。言われるまでもない。

 こちとらそっちが仕事尽くしで息子の顔をてんで見なくなってから、数少ない理解者達のために未来を目指そうって頑張ってきたんだ。コーヒーショップのバイトも始めたし、経営についての勉強も結衣と一緒にしている。しているが、こういう状況には未だ慣れない。

 ほっといてくれ、アレだよ、ウヴなんだよ。じゃなくてピュアなんだよ。

 

「《こんこんこんっ》あーのー? 今話してるの、わたしなんですけどー? 二人の世界とか作らないでくださいよー」

「一色さん、部の備品を殴らないでくれるかしら」

「はひゃいごめんなさいっ!? ……え、えー……? ちょっと机をこんこんしただけじゃないですかー……」

「とにかく。イベントと銘打つにはいろいろと穴がありすぎるわ。衣装をどう用意するか、作るとして、全校生徒にさせるのであればどれだけ時間がかかるか、そしてそれをどう纏めるか。実行に移すのならまずは地盤からきっちりと固めるべきね」

「……ゆきのん、実は楽しみ?」

「やりたくないのならやめてもらっても構わないわよ? “比企谷”さん?《にっこり》」

「えわやややややるっ! やるからっ! てかなんでそんな怒ってるの!? 怖いよゆきのんっ!」

「んじゃ、俺は不参加っつーことで───」

「小町さんにはもう連絡を入れたわ。比企谷くん、逃げ道などないと知りなさい」

「……お前鬼かよ」

 

 家で結衣とのんびりしていたかったのに。

 小町に知られたんじゃ、ひっきりなしに電話とかメールとか来まくるじゃねぇか。勘弁してくれよ……。

 

(小町ね……)

 

 比企谷小町。川……大志とともに無事に総武に入学出来てからは早速奉仕部に入部。

 なんでか大志まで入部してきて、おのれ……なんて思っていたが、これがまた意外なことに、小町に積極的に言い寄ったりなどはせず、なんでか“先輩せんぱーい!”とか言って俺に懐いてきている。いやなんなの? もしかして海老名さんが鼻血出す系のご趣味が? なんて思ったら、しばらく川なんとかさんの眼光が怖かったので自重した。ほんとなんなのこの学校。人の心読む人多くて怖い。なに? もしかしてサトリなの? ミノルは俺んだーとか叫ぶの?

 まあふざけるのはまた今度にして。

 小町は今日、お袋たちの帰りが早いから、晩飯の材料を買うために早々と帰宅した。

 女の一人歩きは危険だってんで、仕方なく大志をつけたが……大丈夫だろうなあの野郎。小町を襲ったらただではおかねぇし、小町を守れなかったらただではおかねぇ。

 買い物付き合ってくれたお礼とか言われて晩飯ご一緒したらただではおかねぇし、遅くなったからとか言ってお袋に引き止められてお泊りなんぞしようものなら……!

 

「………」

 

 落ち着け。シスコンは卒業するって決めたろうが。いい加減本気でキモいって小町に言われちゃったし。

 妹思いなのはいいけど、それで行動が制限されるのは嬉しくないって言われちゃったしな。仕方ないよな。

 ほら、いつも通りだ。俺がもし弟で、上にキョーダイが居たとして、それが雪ノ下さんだったとしよう。ほら、もしブラコンでいじくり回されたらどうよ。……OK冷めたし目ぇ覚めた。ないわ。キモいわ。

 いやー相変わらず雪ノ下さんはすごいな。俺の乱れた心を落ち着かせてくれる。そこに痺れぬ憧れぬ。

 

(さて)

 

 小町は大志と帰ったのではなくほらあれだよあれ。たい、たい……タイキックを会得して帰ったんだ。

 だから痴漢とか現れてもタイキックでKOなんだ。すげぇなタイキック。八幡安心、超安心。大志? 知らない子ですね。あれタイキックだから。小町の中の黄金長方形が具現化したスタンドエネルギーっぽいなにかだから。なんか知らないけど。

 

「解ったよ……けど、歌のイベントみたいな生き地獄になるようなのは勘弁してくれよ……?」

「あれはただの先輩の自爆じゃないですか。犬がきっかけで出会った男女の夢とか、ほんとどんだけ結衣先輩のこと好きなんですか」

「おいやめろ、ほんともうその歌のことはやめろ」

「じゃあいつか録音した“ざらす”の替え歌を」

「やめろもう思い出したくもない」

 

 と言っている俺の目の前で、スマホを出してたしたしと操作する一色。

 ……おい、まさかその中に入ってるとかじゃ───

 

『外出たくな~いずっと~専業主夫~♪ 愛する妻に養われて~♪』

 

 入ってたよ! なんでわざわざそんなの入れるんだよ八幡もうわけわかんない!

 

「やめろって言ってるだろうが……つかもう消せよそれ……。ほら見ろ、部長様が顔逸らして肩震わせてるじゃねぇか」

「そうだよいろはちゃん。ヒッキーはもう専業主夫なんて目指してないし、一緒に買い物もしてくれるし、デートもしてくれるし、家で二人きりの時は甘えさせてくれて……えへー……♪」

「ちょっ!? おまっ!!」

 

 なに二人の恥ずかしいひと時をべらべらと喋ってくれちゃってるのこの娘ったら!

 

「いろいろ聞き捨てなら無い言葉が出てきたわね。説明を求めてもいいかしら、比企谷くん」

「もういいから笑っとけよお前は……はぁ、悪いな、プライベートだ。言い訳とかじゃなく説明する理由が無い。むしろ断る」

「くっ……都合のいい逃げ道を見つけたものね……」

「いや悔しがるなよ……むしろ聞けると思ってたことにドン引くわ。あと結衣も。あんまり喋るなよ、言わなきゃ聞きたくなる、なんてことにはならないんだから」

「あ、うん。ごめんねヒッキー」

「ん……いや、ちょっと言い方に棘があったかもだな……悪い」

「えへへ、だいじょぶだよヒッキー、ちゃんと解ってるから」

「結衣……」

「ヒッキー……」

「《こんこんこんっ》でーすーかーらー!」

 

 また机を小突きつつ頬を膨らませる一色。

 なに? もうほっといてくれません? イベントとかそんな無理してやらんでもいいだろ。俺もう前回の歌のやつで懲りてるんだから。

 

「はぁ。んじゃあとりあえず、適当に案出して、それから纏めるか」

「ブレストはやめてくださいね……」

「安心しろ、玉縄の時もそうだったが、雪ノ下が居る限り俺が出した案なんて全部却下だ」

「た、たまなわ? の時って?」

「あーそれはですねぇ結衣先輩。ほら、玉縄先輩って覚えてません? あのー……話す時に轆轤回すみたいに手をくねくねさせる───」

「あー……なんか居たね、なに言ってるのか解らない人」

「はい、その人です。その人が先輩に言ったんですよ。はい先輩」

 

 はい先輩ってなに。俺が言うの?

 あ、あー……こほん。

 

「───そうじゃないよ。ブレインストーミングは相手の意見を否定しないんだ。すぐに結論を出しちゃいけないんだ。“だから君の意見はダメだよ”《くねくね》」

「……否定してるじゃん! あと動きキモい!」

「おう。俺も思わずツッコんだわ。心の中で。……あとキモいのは動きであって俺じゃないよな? な?」

「あの、せんぱい、雪ノ下先輩が顔を逸らして震えてるんですけど」

「そっとしといてやれ。たまによく解らんことで笑うんだ」

 

 妙に腹の立つうすら笑いと身振り手振りを混ぜた言葉の前に、雪ノ下は無力だった。

 てか、こんなんで笑わんでください、なんかちょっと嬉しくなっちゃうだろうが。

 

「ああ、まあその、なに? あの時も似たような、どちらかといえばハロウィンっぽかったんだし、それらを躊躇無く着た誰かさんに訊けば、案外衣装もあっさり見つかるんじゃねぇの?」

「? 前の衣装って小学校の先生が用意したんだよね?」

「あー、そだなー。女子高生のコスプレ姿が見たくてあのタイミングであの衣装だったんだろうなー」

「うわっ、なんですかそれありえないですそんな人が小学校の先生とかほんとキモいですごめんなさい」

「おい待て、この流れでなんで俺がフラれてんだよ。ほらもういいだろ、纏める気無いんだったら帰るぞ俺」

「あ、ま、待ってください待ってください、ちゃんと考えますから手伝ってくださいよー!」

 

 立ち上がり、結衣を促して帰ろうとすると、一色が小走りに近寄り、制服を抓みにくる。それをさっと躱して、結衣の隣に立つ。

 

「悪いな一色。この制服、結衣専用なんだ」

「なんですかそれ!?」

 

 あ、素でツッコまれた。

 そんなこと思ってたら、結衣の手が制服の端を抓んだ。

 ……俺もほんと、こいつに随分とまあ気を許したもんだ。

 人を好きになるってすごいのな、ほんと。

 今じゃ馬鹿っぽさも阿呆っぽさも可愛く見える要素でしかないってんだから、俺の頭は随分と温まってしまったようだ。

 

 

───……。

 

 

……。

 

 後日。

 とりあえず奉仕部内でやってみて、楽しめるかどうかの実験。

 衣装の提供は海老名さんと材木座でお送りします。

 

「んふっ、んふふっ、ぐ腐腐腐腐……! この時を待っていた……! 私たちが輝ける腐情ある景色! 我らはそれをこの場に持ってきた!」

 

 ちょ、来て早々にやめて? 今なんか“風情”が腐って聞こえたから。

 

「ふむふははははは……! 我に声をかけるとは解っておるのぅ八幡よ。あ、でも我、女性用とか持ってないからそっちでは力になれないぞ? 衣装についての助言とかはしたが」

「急に素に戻るなよ」

「本来ならば衣装に着られる半端者の姿などは見たくないが、エビ嬢が目を輝かせる楽園がそこにあるというのならこの剣豪将軍、黙っているわけにはいくまいぃいっ!」

「つーか、なんか戸塚も一緒じゃなかったか?」

「あ、うん。さっき捕まえた。今日はテニス無いそうだから」

「捕まえたって……」

 

 やだ、海老名さん怖い。

 さっきから呼吸がぐ腐ぐ腐だし。

 

「さあそんなわけで第一弾! この人ならばこれしかない! 艦隊のアイドルぅっ! 那珂ちゃーーーん!」

「はぁーーいっ! 艦隊のアイドルっ、那珂ちゃんだよー! よっろしくぅ!」

 

 海老名さんの呼びかけに、引き戸を開けて入ってくる……ものすごいあざとさが輝くアイドルが居た。

 つか、一色だった。

 

「お前それ反則だろ……。あざとさといい言動といい、まんま一色じゃねぇか……」

「失礼ですねぇ先輩ー! わたしこんなに……あ、いえ。あ、あざとくなんかないですよー!」

「で、なにそれ。髪染めたの?」

「いえ、付け毛ですよ。ほら」

 

 被っていたカツラ……っていうと印象悪いから、つけ毛を取る一色。

 その状態で、「ほらほらどうですー? 先輩も提督さんなんですよね? 海老名先輩から聞きましたよー?」なんて訊いてくる。ああほら、あれな。林間学校の手伝いの時の、水着アピール小町チックに。

 

「あー、そだなー。世界一あざといよ」

「ばっさりですか!? なんですかぁそれー……いつもとなんにも変わらないじゃないですかー……」

「んふっ、んふふっ……じゃあ生徒会長ちゃん、こうなったら島風で───うひっ、うひひひひ……!」

「それは絶っっっっ~~~~~~~~~対にっ! 嫌です!!」

 

 ああ、まあ声……似てるな。うん似てる。

 つか那珂ちゃんとも同じ声だしな、仕方ないね。

 

「ちぇ~。じゃあ気を取り直して次! とりあえず声とお団子繋がりでこれを着せた! さあいざゆかん提督LOVE!」

「英国で産まれた、帰国子女の金剛デース! ヨッロシクオネガイシマース!」

 

 …………。引き戸の先から婚約者が出てきたでござる。

 声、まんま金剛。髪の毛の足りない分はウィッグかなんかなんだろうが、なんというかそのー……

 

「《じーーー……》」

「ひゃうっ!? あ、えと、ヒッ……じゃなかった、んっと、なんだっけ……て、てー……てーそく? あ、そうそう提督。……ヨシ。……ヘ、ヘーイ提督! そホッ……、そそそんなジロジロ見られると、恥ずかし……て、照れるデース」

「ノンノン違うでしょユイ。照れるよりももっとバーニングでラブでグッドなコミュニケーションをキャッチしていかないと《くねくね》」

「その手の動き流行ってるの!? うー……ヒッ……えと、てーとく!」

「……え? 提督って、俺?」

「ばぁーにんぐぅっ───!」

 

 ───! あ、これやばい。

 ぐっと力を込めた結衣を前に、慌てて椅子から立ち上がる。

 途端、結衣は床を蹴って走り、遠慮もなく俺へと飛び掛ってきた。

 

「らぁあーーーーぶっ!!」

「《がばしぃっ!》っ───ととっ……! お、おいっ……無茶すんなよっ……! …………? おい? おっ……おわっ!?」

「…………《ぼしゅぅうう~~~……》」

「うわ赤っ!?」

 

 飛びつきだいしゅきホールドをしてきた結衣は、それはもう真っ赤だった。

 うん、まあ、そりゃそうだよね、知人の前でこんなんすりゃ、誰だって赤くなる。俺だって赤くなる。

 

「うんうん、やっぱり金剛は提督LOVEの最前線を突っ走ってくれなきゃ」

「……海老名さん、あんまりこいつにヘンなこと教えないでくれな……」

「だったらもっと傍に居なきゃだよヒキタニくん。教える隙がないくらい、ヒキタニくんがもっと傍に居てやれば、ユイだって“どうすれば喜んでくれるかな”なんて訊いてこなかったんだし」

「うひゃあっ!? ちょっ!? 姫菜っ!? 言っちゃダメって言ったのに!」

「………」

 

 ぐっは……ダメ……。なんなのこの婚約者……。

 どこまで人をきゅんきゅんさせれば気が済むのか……。

 

「あの、あのね、ヒッキー……。歌のお礼、まだ出来てなかったから……。あたし、あれ本当に嬉しかったから……だから、なにかしてあげたくて……」

「お、おう……その、さんきゅ、な。うれっ……ごほん。……ほんと、嬉しい。こういう時、いっつも言葉に詰まっちまって、悪い……。真っ直ぐに言ってやれりゃいいんだけど、な……すまん」

「あ…………うん。だいじょぶだよ、ヒッキー。あたし、ちゃんと解ってるから……。伝わってるよ? 届いてるよ? だから……もっともっと、届けてほしい、かな……えへへ」

「いやいやユイ? そこはちゃんと金剛でいかなきゃ」

「台無しだ!? も、もう姫菜!? 真似するくらいならいいって言っちゃったあたしもあたしだけど、それはヒッキーが喜んでくれるって姫菜が言うからっ……!」

「じゃあ次! 雪ノ下さん!」

「姫菜!?」

 

 海老名さん、結衣のツッコミ完全無視。小町といい海老名さんといい、俺達相手に司会進行するなら、そりゃこれくらい図太くないとやってられないよな。

 まあ、気持ちはなんとなく解る。

 

「ほむん……? 八幡よ、雪ノ下嬢はどんな衣装でくるだろうか」

「声からして萩風じゃないか?」

「いや、ここは長い髪を活かしたグラーフ・ツェッペリンをだな」

「……萩風だ」

「はぽん? いやいや八幡よ、雪ノ下嬢のツインテールというのも───」

「萩風、なんだよ……材木座。萩風なんだ……」

「…………八幡よ。なにがお主をそんなにまで萩風にこだわらせる」

「……格差社会《ぽしょり》」

「はうあっ……」

 

 材木座は察したらしかった。

 そして目を片手で覆うと、「ごめんっ……こだわってたのは俺のほうだった……!」って素の声で謝ってきた。

 おいやめろ、あんま大きな声で言うと殺される。

 そうこうしている内に海老名さんの口上とともに引き戸は開かれ、そこから遂に雪ノ下が───!

 

『…………《むーーーん》』

「………」

 

 入ってきたのは、鉄仮面っぽいものを被ったなにかだった。

 鉄仮面の両側は、ほらその、あれだ。どこぞの“頂の座”のヘカテーさんの帽子みたいになんか横に伸びてて、その先端に装飾があって。

 で、そんな謎の鉄仮面の謎のアーマーな物体は言ったのだ。

 

『我が名はグラーフ……力の求道者』

『なんでだよ!!』

 

 俺と材木座の声が重なった。

 

『え? いえ……な、なにか違ったのかしら。おかしいわね……平塚先生に言われた通りに言ったのに』

「しかもちゃんと雪ノ下なのか!?」

『? なにがかしら《こてり》』

「おいやめろ、その鉄仮面でこてりと首傾げるんじゃねぇよ」

『……つまり、これはいろいろとまちがっている、ということでいいのね?』

「ああ。もうほんと、いろいろな意味でまちがっている」

「まったくもってその通ぉおーーーーりっ!! 我はっ! 我はツェッペリンのほうを期待していたというのに! いうのにーーーっ!!」

「ツェ……? 海老名さんにしきりにやめておいたほうがいいと言われたのだけれど、なんだというの?」

「気にするな」

「いえ、そう言われると気に───」

「気にするな」

「そういうわけにも───」

「気にするな」

「………」

「気にするな」

「え、ええ……解ったわ」

 

 なんとか説得できた……! 寿命が縮まる思いだったぞ、まったく……!

 あ。あと雪ノ下には是非にも萩風衣装か元の制服姿に戻っていただきたい。さすがにグラーフのままなのはどうか。つか、なに? 一色と結衣の姿を見て、なにかおかしいとか考えなかったのかしら、この娘ったら。

 そもそも猫の衣装とかが気になったから賛同したんじゃなかったのん? いやこれ、言ったら絶対に自爆するパターンだ、黙っておこう。

 


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