どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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喫茶“ぬるま湯”の騒がしい年末年始②

 噂をすれば影が差すとはいうが、べつに影は差さなかった。

 来たには来たが雪ノ下ではなく結衣だったし。

 ……うん、いつまで経っても若奥様でいらっしゃる。ほんとどうなってんの、由比ヶ浜家の血って。

 

「はー、やっと終わったー……あ、ヒッキー、計算終わったよー」

「おう、ありがとな」

「それでそれで? バスター頼んだ人居るんだよね? どうなったの?」

 

 カウンター越しに客席を見渡す

 が、カウンターに突っ伏している葉山には気づかない。

 

「あれ? ……えっ? もしかして怒って帰っちゃったとか!?」

「いえいえママ、ホシならここに」

 

 さっと絆が促すと、カウンターでぐったりの葉山。

 ……なんかこう喩えると、葉山がクロスカウンターとか喰らってダウンしてるみたいに聞こえるな。

 

「葉山くんだったんだ!? えと、だいじょぶ? うんうん唸ってるけど……」

「一番いいのを頼むっ《くわっ》」

「そういう意味で言ったんじゃねぇよ。どこに突撃する気だお前は」

「……パパ、今日パパのベッドで寝ていい?」

「ダメに決まってるだろ……妙なところに突撃願望抱くなよ。なに? 俺に何処で寝ろっての」

「わたしのベッド」

「ダメだな、断る」

「えー? なんでですかー、いいじゃないですかー、せんぱーいー」

「一色の真似はやめなさい、つか服引っ張るな伸びる伸びる」

「わたし、パパのベッドだと快眠できるんですよねー。だから是非わたしの素晴らしい明日の朝のために、今すぐベッドを献上しなさい比企谷くん」

「きーずーなー?」

「はひゃいごめんなさいママ! う、うー……いいじゃんちょっとくらいー、ママのけちー」

「ダメ。パパはママのなんだから、絆は自分の“素敵な人”を見つけなさい」

「素敵って?」

「え? んー……ほら、あれとか。なんかでっかいことが起きて、ピンチな時に雑草と現れて助けてくれるの」

「どこの野生児ですかそれー!」

「え? やせい?」

「……結衣。それ言うなら颯爽と現れて、な」

「え? え、ぁっ……し、知ってるし! ちょっと間違えただけじゃん! ヒッキーキモい!」

「……絆。パパフラれちゃった……今日は一緒に寝るか」

「はい約束です嘘ついたら許しません絶対ですからねありがとうございます!」

「わわわちょっ、待ってヒッキー待って! 今の違う! まちがい! きもくないから待ってぇっ!」

 

 まあその、日々こんなやりとりばかりをしている。

 絆にとっての結衣は、なんというか愉快で包容力のある、実に“お母さん”な人らしい。部分的な母性の戦闘力も凄まじいし、とやけに真顔で言っていた。

 

「そういえばさ、ママはいつまでパパのことヒッキーって呼ぶの? ママもヒッキーなのに」

「気にすんな。もうこれは死ぬまででもいいんだよ。俺がもう慣れちまったし」

「う、うん。あなた、とか八幡、でもあたしは好きだけど……やっぱりヒッキーが一番しっくりくるんだよね」

「もう比企谷くんでいいんじゃないかな」

「それもう他人行儀だから! もう、なんてこと言うの、この娘は」

「んー……ねぇママ? 親子の縁切ったら親だった人と結婚できる?」

「きーずーなー……!?」

「ごごごごめんなさいでもわりとマジですシリアスです!」

「だからパパはママのだってば! 絆はちゃんと、ママみたいにすっごい出会い方とかして“好きになるところ”から始めればいーでしょー!?」

「むー……! そんなの、もう経験してるもん」

「え?」

「へ?」

 

 経験……してる?

 え? なに? それってつまり……初恋を?

 

「まじか、相手誰だ? つか、衝撃的な出会いを経験してるってんなら、どんな出会いだったんだ?」

「う、うん。えとね……えへー……♪ 階段から落ちた時にね? こう……自分が怪我することも考えないで飛び出して、わたしを抱きかかえて助けてくれて……一緒に落ちちゃったんだけど全然痛くなくて、怖くて瞑ってた目を開けて見るとね? その人が自分が下になるように庇ってくれて……」

「………」

「………」

「…………ヒッキー」

「ハイ」

「ヒッキーのことじゃんこれ!」

「い、いやちょっと待て、もしかしたら学校であったことかもしれないだろ」

「その時から、パパを見るときゅんってなっちゃうようになったんだー」

「ヒッキーじゃん!!」

「待て待て待てっ、危険だと思って咄嗟に娘を助けたのに、なんで怒られてるんだよ俺! 親の鑑だろどう考えたって!」

「パパにぎゅーってされると頭があったかくて、ぽーってしちゃうんだよねー♪」

「あ、それ解る。ヒッキーにぎゅうって抱き締められるとなんか頭とか体が痺れちゃって、なにされてもいいやーってなっちゃって」

「そうそれ! ほんとそれ! まじそれ! それ超ある! それしかないまであるよママ!」

 

 ……喧嘩でもするのかと思えば、今度はキャッキャウフフ。

 もうほんとこの二人はなにをしたいのか。

 

「………」

 

 葉山、どうしよ。

 ……放置でいいか。雪ノ下さんの土産の件は、葉山が起きるか雪ノ下が自然とこっち来るかしたらでいいだろ。

 仕事しよう。

 

「というわけで今日パパと寝るのはわたしなので」

「だからだめだってば! ヒッキーはあたしと、おはようからおやすみまでずっと一緒なの! そういう約束なの!」

「なんですかいいじゃないですかママばっかりずるいですたまにはわたしにもご一緒させてください───」

「ヒッキーと寝て?」

「───ごめんなさい! ……ハッ!?」

「あちゃー、ヒッキーフラれちゃったかー、じゃあヒッキーはあたしと寝て、絆はいつも通り一人で眠ってね?」

「ひどいですずるいですなんてことするんですか娘の言葉の先を取るなんて! ママはいっつもお風呂も就寝も一緒なんですからたまには甘えさせてよー!」

「だめ! ね、ヒッキー! ヒッキーはあたしとがいいよね!? ねっヒッキー!? ねっ!?」

「ママよりわたしだよね!? ねっ!?」

「《ぎゅうっ!》いや……おま《ぎゅぎゅっ!》……お前らさ」

 

 ……仕事しようと離れたら、突如として腕に抱き付いてきた結衣と絆によってその行動を阻止された。ああもうなんなのこの二人。可愛いったらない。

 そしてこんな状況の時に限って、なかなか来なかった雪ノ下が来訪。

 俺の片腕ずつにしがみつく妻と娘を見て、絶対零度の視線を投げてきなすった。

 

「あら。両手に花とは随分なご身分なことね、侍らせ谷くん」

「お前さ……呼んでも来なかったくせになんでこういうタイミングでばっか現れるの……? なに? いっつもどっかでタイミングとか図ってたりするの?」

「そんなわけがないでしょう、付き合いも長いのだからいい加減に理解しなさい」

「いや、まあ結衣と絆に抱き付かれたあたりで“来るんだろうな”とは思ってた」

「……なんということかしら。想像通りに動いてしまった自分が歯がゆいわ」

「お前だっていい加減慣れろよ……っと、それはそれとして雪ノ下、葉山が来てるんだが」

「そう。出口はそこよ、回れ右して帰りなさい《にこり》」

「俺に言ったってしょうがない上になんでそんな示し合わせたみたいにピッタリなのお前ら」

「………《じとり》」

「てへり♪」

 

 雪ノ下に睨まれた絆だったが、一色式てへぺろをやったら余計に睨まれて俺の背中に隠れた。

 一色も結衣も絆も、なんで雪ノ下相手だとすぐに俺を盾にするの。ちょ、こらやめなさいっ、押すんじゃありませんっ!

 

「あ、あー……べつに葉山個人の用事じゃなくてだな。雪ノ下さんからのお届け物があるそうだぞ」

「姉さんから? ……どうせろくでもないものでしょう?」

「そろそろ今年も終わりですし、それっぽいなにかかもだよ雪乃ママ!」

「……はぁ。何度もやめなさいと言っているのに……。私はあなたの母ではないわよ」

「《なでなで》……う、うん、それはそのー……解っておりますといいますか」

(言う割りにいい笑顔で撫でてるな……極々自然に)

(……ゆきのーん……撫でてる、すっごく自然に頭撫でてるよー……)

「それで? 結局なんなんだ?」

「……そうね。開けてみれば解ることだけれど……」

 

 先を促せば、絆から離れてカウンターへと回り込み、葉山の傍に置いてあった紙袋……いかにも高級ですよって感じの紙袋を手に取ると、その中身を調べる。

 他に荷物がないからいいかもだが、これで実はその紙袋じゃないとか言ったらどうなるんだろうな。

 ……何故か俺がいろいろ言われる未来しか浮かばなかった。

 男ってほんと立場ないよな。

 

「これは……猿のぬいぐるみ? あ、いえ……これは───!」

「猿の着ぐるみ被ったパンさんか。なんかもうパンさんいろんな衣装着て自由だなおい」

「わー、可愛いね、ゆきのんっ」

「え、と……そ、そうかしら。いい加減、私の年齢というものも……かかか考えてほしい、と、思うのだ、けれ……ど……」

「ゆきのん、顔が緩んでるよ?」

「うっ…………~~……」

「年齢を考えろってんなら、お前こそいい加減素直に受け取る姿勢とか取ったらどうなんだ? ほれ、一緒に手紙入ってた」

「手紙……?《コサッ、ペラッ……》……“ちょっと早いけど、3日に戻れそうにないから先に……”」

「誕生日おめでとう、か。雪ノ下さんらしいな。学生時代からは考えられないっちゃ考えられないが」

「……これ、海外にしかないモデルなのよ。以前、欲しいと口にしてしまったことがあったのだけれど…………そう。覚えていたのね、姉さん……」

 

 雪ノ下からしてみれば、もう子供ではないのだからってとこなんだろうが、好きなものを好きって言えないのが大人になるってことだって言い張るなら、そんな行為こそが子供だろう。

 戸惑っていた雪ノ下はやがてフッと笑みをこぼすと、きゅっと猿パンさんを抱きしめた。

 そんな横顔を見ると、初めて奉仕部に入った日のことを思い出し、苦笑を漏らした。

 あんな、人を近寄らせない空気を纏った少女が、随分と重い荷物を下ろしたものだ、と。

 

「……今日はもう客も来ないだろうし、店閉めるか」

「ふえっ!? もうっ!? あ、わわわ……! まだ心の準備が……! パパパッパパパパパ!? 食事にします!? お風呂にします!? それともっ……そそそそれともーーーっ!」

「結衣で」

「パパひどい! 今日はわたしと寝る約束なのにー!」

「《ぴくり》……どういうことかしら比企谷くん。今、聞き捨てならない言葉が聞こえたのだけれど」

「べつにそのままの意味だよ、深い意味はねーから。つか、できることなら説得してくれ、俺は結衣と寝たい」

「……はぁ。大体状況は拾えたわね。構わないわ絆さん。二人と川の字にでもなって眠りなさい」

「さすが雪乃ママ! 話が解ります!」

「お前、結衣にもそうだけど絆にも甘すぎだろ……」

「黙りなさい不覚谷くん。どうせあなたがこぼした言葉を拾われた所為でこんなことになっているのでしょう? 吐いた言葉の責任くらいは取りなさい。それはね、比企谷くん。私が甘いのではなく、あなたの自業自得と言うのよ」

「…………解ったよ……。じゃ、結衣が真ん中な」

「普通ここは娘を真ん中にしない!? あ、じゃあパパが真ん中! これは譲れません!」

「わかったわかった……」

 

 なにかがきっかけで強く人を想う……その在り方は結衣譲りなんだろうか。

 まあそれがきっかけで一緒になれた俺だ。それを否定してやることだけは出来ないが……まあ、そうな。親離れとかするまではせいぜい甘やかしたほうがいいのかもしれない。

 俺が親にしてもらったものの回数を考えると、放置ってのは嬉しくないからな。

 いや、そりゃあぼっちでしたもの、適度に放置されるのはとてもありがたくはありましたが。

 でも親父のはやりすぎに入ると思うのだ。だから適度に甘やかす。

 

「じゃ、次の客が入る前に看板落としてこい。結衣は俺と一緒に片付けで」

「うん、ヒッキー」

「《とててててっ》看板終わったよパパ! おっふろっ♪ おっふろぉっ♪」

「いや早いよ……じゃあ一色にも連絡頼む。こっちは───」

「《かちっ》いろはママー? 今日もうお客さん来ないから早上がりだってーっ! …………~♪《むふんっ》」

 

 いや。そこで“どんなもんだっ”てドヤ顔で胸張られてもな。

 この娘ったらほんと、どんだけ俺のこと好きなの。

 あとお菓子の注文以外でそれ使うと一色がうるさいからやめて?

 あいつ純粋にお菓子作るの好きだから、内線入ると張り切るクセがあって、気合を込めたかと思えばただの連絡だったって時の落胆っぷりがなぁ……。

 気持ちが空回りして落胆するのはまぁ解る。けどなんでその鬱憤を俺に向けるのか。

 とか思ってたら《ブツッ》と内線が繋がる音。そして「ちょっとせんぱーい!? 何度も言ってるじゃないですかー!」と文句が。

 予想が出来てたから軽く絆を睨むと、絆は「きゃー!」とか言って走っていってしまった。

 自由だなちくしょう。

 

「まあいつものことだな。片付けが終わったら年越し蕎麦でも仕込むか」

「ん、そだね。……あなた」

「……ん。おう、おまえ」

「………」

「………」

「…………えへへー……♪」

「…………《かぁあ……こりこり》」

「はーあー。相変わらずラブラブですよねー、お二人。べつにそれをするなとは言いませんから、娘さんの行動くらいきちんと見張ってくださいよー」

 

 あなた、おまえ呼びにテレテレしつつ、頭をコリコリ掻いていたら後輩が怒りに来たでござる。

 その横には“つ、捕まっちゃったー、えへー”って顔で苦笑する娘。

 生徒会長に推薦されるくらいなくせに、どうしてこいつはこう、俺達の前では燥ぐのか。

 いや、こいつの友人に聞いた話じゃ、学校で猫かぶってるわけでもないらしいのだが、喫茶店に居る時と学校とでは元気度が明らかに違うらしい。

 俺達の傍と喫茶店で完結してるって、そういうこと?

 将来、干物妹的な存在にならないかパパ心配。

 

「あ、雪ノ下先輩、そろそろパンさんパン焼けますよ」

「ハッ! ……あ、いえ、べべべつに姉さんの贈り物に夢中になっていた、とかそういうことでは───」

「いーから。そーいうのいーから早く行ってやれ。パンさんが待ってるぞー」

「くっ……あなたの前で隙を見せるとは、私も随分と───」

「え? やー、ゆきのん高校生の頃から結構隙だらけだった気がするけど」

「えっ……!?《がーーーん!》」

 

 おいちょっと? 自覚なかったのあなた。

 猫とかパンさんとか地味に弱点ありすぎだったでしょーが。

 

「それで先輩? 早く上がるのはいいんですけど、これからどうするんですかー?」

「蕎麦を仕込む」

「え? おそばなんて買ってきてましたっけ」

「おう。粉でな」

「えええええ!? 今から作るんですか!?」

「冗談だ。練って寝かせたのがあるから、あとは伸ばして切るだけだ。まあ、ちょっとうどん粉も混ざってるから邪道といえば邪道かもだが、代わりに茹でた時にあまり千切れない」

「先輩、コーヒーの知識を溜め始めてからいろいろ覚えるの、好きになりましたよね」

「元の夢が専業主夫だったからな。必要とあらばって気持ちで始めたが、これがまた結構楽しかったりする」

 

 言われたことや書かれたことの通りにやってみても、上手くいかないものは結構ある。

 環境にもよるんだろうが、そうなってくるとあとは自分の目分量でどうなっていくかを開発するのが案外楽しかったりした。

 コーヒーの淹れ方にしても、結構人の腕とか関係してくるし。

 

「さて」

 

 ぱたぱたと小走りしてゆく雪ノ下が「走っちゃだめですよー!」と絆にツッコまれるのを見送りつつ、俺は俺で行動開始。

 日々は順調。

 楽しいことだらけで、けど苦労もあって、その甲斐もあって元気に育ってくれている娘も居る。

 いつかと比べれば随分とくすぐったい毎日だ。

 ……それが、眩しくてたまらない。

 

「さ、きーちゃん。ソッコーで片付けて年越しを楽しみますよー!《むんっ》」

「はいいろはママ! 一等兵にお任せあれです!《むんっ》」

 

 一色と絆が、いつかの俺と一色のようにムンと腕まくりをして歩き出す。

 それを見送って、ぽつんと残される俺と結衣は、視線を交わしてくすりと笑った。

 え? 葉山? 知らない子ですね───というわけにもいかないか。

 適当な時間に起こすか。今じゃもう、うんうん唸ってるけど眠ってるだけみたいだし。

 

「じゃ、結衣。手伝ってくれるか?」

「うん、任せてよヒッキー」

 

 もうすっかり慣れた調子で、二人手を繋ぎ、歩いてゆく。

 奉仕部という名のミーティングルームの備え付けキッチンで、寝かせておいた蕎麦を伸ばし、打ち粉をまぶし、切り、大きな鍋で沸騰させたお湯に泳がし、少し硬めで上げる。

 冷水で洗ってどんぶりに分けると、別に沸騰させておいた二つの鍋のお湯で麺と丼を温め、湯きりをしたら盛り、俺が蕎麦を完成させる間に結衣が作っておいてくれた具入りのつゆをかけてハイ完成。

 お好みで天ぷらもどうぞってものだが、油って案外一度使うとまた使うってことないんだよな。なので今回は買ってきた海老天一本。……などと言ったら雪ノ下にいろいろ言われるのでしっかり用意済みだ。

 ハイ、丁度いい具合に上がった海老天がこちらです。

 残った油は明日にでも再利用だ。揚げ餅とかな。

 揚げ餅って結構美味いのよ? 外はカリカリ中はもっちりを見事に味わわせてくれる。醤油をかけて一口一口味わうのが極上です。カロリーすげぇけど。

 

「よし、蕎麦OK」

「うん。じゃあ運ぼっか」

「おう。……明日、餅はなにがいい? 雑煮だけじゃ満足しないだろ、毎年」

「うーん……買ってきたきな粉と砂糖を混ぜて作るあべかわも美味しいし、磯部巻きもいいよね」

「こし網使ってふるったきな粉は美味いよなー……あ、砂糖醤油は外せないな」

「だよねっ」

「残った蕎麦で力そばってのも……いや、重いか」

「お餅ってついいろいろやっちゃうよねー……食欲って強いや」

 

 他愛ないことを話しながら、慣れた手付きで運び、配置が終われば全員を呼ぶ。葉山も起こしてみたが、別口で用があるとかで帰ってしまった。大丈夫かおい、ふらついてたが、

 なんにせよ、奉仕部に全員が揃えば、“頂きますと今年もお疲れ様でした”的な言葉を言い合い、蕎麦をすする。毎年の流れだな。実に普通だ。

 

「《スズズ……》ふわっ……また美味しくなってます……! 結衣先輩どんどん料理の腕上がってますね……!」

「えへへー♪ ヒッキーがどんどんアドバンスくれるから」

 

 え? あのゲームボーイの? 俺いつ結衣にそんな昔のゲームあげたの? 覚えが全然無いんだが。

 

「それを言うならアドバイスよ、まち谷さん」

「マチガヤってなに!? ヒッキー用の文句をあたしに使うのやめてよぅゆきのん!」

 

 間違いと比企谷を合わせたのな……ここに集まるとほんと、こいつらってあの頃のままな。俺もだけど。

 けど確かにとっくに“比企谷”な結衣に言っても、間違いではないわけで。

 ……あとそこ? ちょっと? 雪ノ下の仕草を眺めつつ、ふんふん頷くのとかやめて? 真似るための勉強とかこんな時にまでしなくていいから。

 ほら、雪ノ下もなんだか“しまった”みたいな顔してるじゃない。

 

「はー……ですけど、わたしたちの付き合いも随分と長いですよねー……」

「あはは、そうだよねー」

「そうね……《ちらり》腐れ縁、というものかしら」

「ちょっと? “腐り”って部分でわざわざこっち見るのやめてくれない? いいだろべつに。もう腐ってねぇんだろ?」

「ちなみにママ、パパって嫌いなもの結構多かったってさいねーちゃんに聞いたけど、ほんとにそうなの?」

「あ、うん。ヒッキー、前はほんと凄かったよ?」

「ですねー……」

「はい、そう聞きました。でもパパが嫌いなものを残す姿を見たことがないから、ちょっとへんだなーって」

「簡単よ、絆さん。この男が由比ヶ浜さんに自分の好き嫌いとリクエスト、アドバイスをして、由比ヶ浜さんがそれを受け取る代償として“嫌いなものも食べること”を要求されたのよ」

「あ、そっか。対価を要求されたら、のまないわけにはいかないもんね。パパだし」

 

 ……しゃーないだろ。

 自分は“こうしてくれ”って求めておいて、結衣が“そうして”って言ってきたらダメ、ってのはよろしくなさすぎだ。

 だからその条件で受け入れた。

 受け入れたら……結衣がめっちゃ張り切った。

 そもそも俺に喜んでもらいたくて料理の腕を磨いた結衣だ。嫌いなものも“自分のために食べて、美味しくなるようにアドバイスもくれる”って状況になったらすごかった。そりゃもうすごかった。

 ……え? さいねーちゃんって誰だって?

 ……戸塚だよ。

 我が娘、戸塚のことを女だって信じて疑わないんだよ。

 つかどうなってんのほんと、この歳になってもヒゲの一本も生えてこない戸塚って。年々女性らしくなっていくし、そりゃ間違い無く男なのだろうが、いつまで経っても、むしろ成長する毎に女っぽくなってる気がする。

 編集社で同僚に告白されたって話、実はマジだったりするのだろうか。

 仕方ないか、戸塚だし。

 

……。

 

 食事を終え、年が明ければあけましてやっはろー。

 娘に早速お年玉ちょーだいとねだられ、騒いだ後は普通に就寝。

 ……いや、寝る前に結衣と静かにゆっくりねっとりと姫を始めたりしたが、きちんと就寝。

 絆には悪いが毎年決めていることなので、ご遠慮いただいた。

 互いの誕生日には産まれてきてくれてありがとうを唱え、愛し合い、年の始まりには今年もよろしくと愛し合う。

 いつからかそうなった。といっても、同棲始めたあたりからだったが。

 

  そうして愛し合う日が過ぎれば、やがて1月3日。

 

 ほぼ一日中愛し合い、2日に思い切り休み、3日に盛大に祝う。

 これもまた毎年恒例。

 毎度雪ノ下と一色が顔を赤くしてなかなか目を合わせてくれないけど、まあ恒例。

 

「ゆきのんっ、お誕生日おめでとーーーっ!」

「雪ノ下先輩っ、おめでとうございますっ!」

「雪乃ママおめでとーーーっ!」

「おめでとさん」

「あ、ありがとう……はぁ、いつまで経っても慣れないわね」

 

 雪ノ下は相変わらず、自分のことで祝われたりするのは苦手らしい。

 もじもじしながら視線をうろちょろさせている。

 

「ふふっ……まるで自分の誕生日の時の比企谷くんのようね」

「やめなさい絆。雪ノ下が睨んでるから。めっちゃ睨んでるから。ていうかあの? 俺関係なくない? なんで俺が睨まれてるの? ねぇ」

 

 そんなに俺と似ている認定されたのが嫌かよ……いいだろもう、目とか腐ってないんだから。

 たまに来る戸部に「目ぇ腐ってねぇ比企谷くんとかさぁ、もうただのイケメンじゃねぇかよー!」って言われてるんだから。

 ……おう、あんま変わらないよあいつも。さすがにもうヒキタニくんとは呼んでこないけどな。

 

「………」

 

 さて、俺のことはまあいい。

 本日の主役である雪ノ下雪乃のことについてだが。

 ……現在、ヒキタニくんという名の猫を胸に抱き、うっとりしてらっしゃる。

 さっきまでの鋭い眼光はどこに行ったってくらいにうっとり。

 用意したのは絆であり、“ああ、だから睨まれるようなことも平気で出来たのか”と多少呆れた。

 ちなみにこの呆れは“よくやるなぁ”ってものではなく、どちらかというと“愚かな……”って感じのだ。

 話題を逸らした程度で雪ノ下雪乃は諦めない。存分にモフり終わったら、絶対に仕返しされるぞ絆のやつ。

 ヒキタニくんもモフられることが大好きなため、雪ノ下にモフられ続けている。抵抗は全く無し。どころか、撫でる手をハッシと掴み、指先をペロペロ舐めたり、かぷりと甘噛みしたりしている。

 ああ、雪ノ下の顔がもうとろけすぎてすごい。「にゃー」とか言ってしまってるあたり、あれはもう周りが見えてないんだろうな……。

 プレゼントも用意してあるから、渡したいところなんだが……これはもうヒキタニくんを自由にさせること自体が最高のプレゼントとして見守るべきなのでは? なんて考えまで浮かんでくるまである。

 どうすんだよこのプレゼント。

 ほら、結衣も一色も仕方ないなぁって顔で見守ってるし。毎年のことだけど。

 

「雪乃ママ? 雪乃ママー?」

「……? ───!?《ハッ!?》こ、ほんっ……ええと、なにかしら」

「そろそろプレゼント、いいかなーって」

「あ、ああ……そうね。というか、そろそろ誕生日会というのも恥ずかしいのだけれど……そろそろというか、結構前から」

「えー? やろうよ、ゆきのん」

「そうですよー。ぶっちゃけ楽しむための口実ってことでもありますし」

「お前物凄いことぶっちゃけるな……」

「こうでも言わないと雪ノ下先輩って納得しないじゃないですかー。本心だったらプレゼントなんて用意しませんよ。純粋に祝いたいんですから、口実だろうと本心だろうと受け取ってもらいます。で、楽しみましょう。いいじゃないですか、それで」

「……。そうね。ごめんなさい、無粋なことを言ったわね」

「いいじゃん、あたしも一生懸命作った料理とか食べてもらえると嬉しいし。いつかゆきのんに美味しいって言ってもらうのが、密かな夢だったしね」

「そ、そう……ならもう叶っているのね」

「え?」

「昨日のお蕎麦、本当に美味しかったわ。今日の料理もそう。いつもありがとう、由比ヶ浜さん」

「あぅ……う、うー、うー……うん、ゆきのん……えへへ、なんだか恥ずかしいね」

「ところで雪乃ママ、蝋燭って何本立てる?《ブスブスブスブス》」

「お前は空気読もうな? あと訊きながらケーキに蝋燭刺しまくるんじゃありません」

「《グイィずるずる》あーうー、ちょっとした冗談だよぅー……そもそも五本しか立てるつもりなかったしー……」

 

 五本? ……ああ、ここに居る人数の分だけか。

 蝋燭が刺さってりゃ、切り分けた時、確かにバースデーケーキって感じはするかも。

 ……作ったの、一色だけど。

 ほんと一色の菓子作り能力すげぇ。

 形もさることながら、味もすげぇから困る。

 なに? お菓子職人ってお菓子だけじゃなくてケーキも学ぶもんなの?

 あ、いや、洋菓子って意味ではケーキも菓子類か。

 

「じゃあ蝋燭に火をつけてー……絆、明かり消して」

「グブブブブ……! ママ……ママよ……! 罪深き汝よ……! 明かりを消して欲しくばこの魔王たる絆にイチゴが乗った部分を献上するのだ……!」

「ケーキ、分けたげないよ?」

「暗闇大好き!!《とてててばちんっ!》」

「弱っ!?」

「弱いな魔王!」

「弱いです!」

「弱いわね」

 

 皆が呆れる中、真っ暗になった奉仕部に、ぼんやりとケーキに刺さった蝋燭の火が揺れる。

 そんな中、絆がペンライトで顎下から自分を照らし、「それはある夜の晩のナイトな頃にパラディンな聖騎士が、ナイト・キャップを煽りつつナイトキャップを被った彼女へととある花を用意した夜のお話……!」などと言い始めた。

 

「花の名前がナイトフロックスなんだな。よし雪ノ下、オチたから火消し頼む」

「パパひどい!?」

「ふふっ……そうね」

「雪乃ママまで! ……あ、でもさ、こんな時だから言うけどさ。心霊モノとか《ドス》けひゅう!?」

「はーいちょっとこっち来ような~罪深き汝」

「けっほけほこほっ!! ~~~……ぱぱっ!? 可愛い娘が喋り途中なのに地獄突きはどうかと思うんだよ!?《ずるずる》」

 

 騒ぐ娘を無理矢理引っ張り、離れた位置へと……放置しとくとまた戻りそうなので、仕方なしに自分の足の上に座らせ、頭をぽむぽむと叩く。

 すると全力で脱力して……って言い方が変だが、ともかく身体を究極なまでに預けてきた。

 おいちょっ……こらっ、ちょっとは遠慮しなさいよアータ。

 ほら、結衣がこっち見て不機嫌に……って怖っ!? 蝋燭でぼうっとした明るさの中で頬を膨らませて睨まれると、可愛いのに怖い!

 そうこうしている内に、ふぅっ、と雪ノ下の吐息が蝋燭の火を揺らし、消してゆく。

 その時、絆が小声で「グワーッ! この火炎将軍が吐息ごときで滅ぼされるなど……! これが女王の……! 雪の女王の力……か……!」とか言ってた。

 とりあえず今度材木座がブラック頼んだらMAXをプレゼントしよう。

 それはそれとして、火が消えるのと一緒に拍手をするのは忘れない。

 こういうのって大事だからな。俺、こんな関係になるまで大人数で誕生日を祝うことさえなかったけど。

 

「絆? 絆ー? 明かりつけてー?」

「座り心地がいいから嫌です」

「だから。ケーキ、分けたげないよ?」

「ふふふはははは! パパの膝の上とケーキを天秤にかけるならば、この一等兵は迷うことなく膝の上を選ぶのだよ!《ぐいっ、すとん》パパひどい!?」

 

 天秤にかけられたので、喋り途中に持ち上げて下ろしてみたら怒られた。そりゃそうだ。

 いや、なんつーか……こいつほんと素直な反応くれるから、ついついつつきたくなるっつーか。

 しかも下ろされたと知るや、暗闇を駆けてスイッチ押して明かりつけてるし。

 

「ところでパパ、明かりつけることを電気つけてーって言う人居るけど、どっちが正しいんだろ」

「意味が通ってりゃどっちだっていーだろ」

「てゆーかちゃっかりママがパパの足占領してるし! どいてよママ! そこわたしの!」

「えへへー、だめー♪」

「むー! おばーちゃんもだけどママ大人げないー!」

「ああもう喧嘩するんじゃありません。つか、これだとケーキ食えないだろ……」

「だいじょぶだよヒッキー」

 

 「はーい、じゃあ切り分けますねー」と一色がケーキをカットして、テキパキと分けてゆく。

 しっかりとイチゴが均等に乗るように分けるのはさすがだ。

 で、まあ。

 

「ほれ」

「あ…………うん。ありがと、パパ……」

 

 俺に渡されたケーキに乗ったイチゴを、結局は隣に座った絆のケーキの上に乗せてやる。

 結衣も同じ考えだったようで、絆のケーキがイチゴだらけ……だらけとまではいかないが、「もちろんわたしもあげますよー?」「そうね。私も胸がいっぱいだから」……ああいや、だらけだ。切り分けられたケーキに、イチゴが五人分。

 もうイチゴとケーキのどっちが主役か解らないイチゴショートの完成だ。

 で、当の絆は……ぽへーと微笑を目を細めながらケーキを見つめていた。

 まあ、イチゴ好きだしね、こいつ。

 

「じゃあヒッキー、《もくっ》……ふぁーん」

「え、あ、おわ《んちゅっ》ふぶっ!?」

 

 結衣が横座りになって、フォークで切り分けたケーキを口に含んで……なんと口移し。

 戸惑う暇もなく口を塞がれた俺は、逃げ場もなく受け入れさせられた。

 ……ああ、うん。俺の逃げ方も回避方法とかももう把握されすぎてるから、結衣の行動の早いこと早いこと。

 そして口内にやってくる甘みと、鼻腔をくすぐる愛する人の香り。

 二人で咀嚼するのではなく舌で混ぜ合わせるようにしてケーキを崩し、口を合わせたまま甘さを堪能する。

 

「うわ、わわわ、はわわわわ……! ひとっ……人の作ったケーキでそこまでやっちゃいますか……!?」

「最近は落ち着いてきたと思っていたのに……。絆さん?《ギロリ》」

「ひゃうっ!? えっ、ええぇ!? ええええっ!? これ絆が悪いの!? 確かにちょっとママをつついちゃったけど!」

 

 舌同士で甘さを擦り合わせ、唾液を交換するように甘さを交換して、液状になるや嚥下し、それでも甘さを求めるように舌同士を合わせる。

 

「はむっ……んちゅっ……んっ……ぷあっ…………。えへへ……はいヒッキー……。次、ヒッキーから」

「……おう《カチャッ……もぐっ》……ん」

「うん、ヒッキー……んんっ……ちゅっ……」

 

 完全にケーキの甘さが無くなると、再びケーキを口に含んで二人で食べる。

 結衣が渡してきたケーキの皿からフォークで切り分けたケーキを、今度は俺が口に含んで、俺から結衣にキスを。

 ああ甘い。頭の中が結衣で占められてゆく。

 ぼーっとしてきて、この場で保っていなければいけない常識的ななにかがどんどんと崩されていって……。

 ア、イエ、べべべつにここでコトに走るとかそんなことはアリマセンヨ?

 ともかくそんな行為はケーキが無くなるまで続き、雪ノ下と一色は甘さで胸がいっぱいだとかでケーキを残す……ことはせず、何故かヤケ食いモードの絆へと献上された。

 これまたなんでか「パパなんて! パパなんてー!」とケーキを食いまくる絆は、今日も実に元気だ。

 

「はぅう~~~ん……♪」

 

 苺食べたら機嫌直ったしな。ちょろすぎですよ、絆さん。

 

「ああそれはそれとして絆さん?」

「ふえ~……? なんですかー、雪乃ママ~……♪」

「何処の誰が、誕生日を祝われそわそわしている比企谷くんのようだったのかしら。幸せ気分のまま、是非、口にしてもらいたいものね」

「───…………《ぴしり》」

 

 あ、固まった。

 幸せ笑顔がじんわりと気まずい顔になってゆき、真っ直ぐに雪ノ下を見ていた目も、少しずつ逸れていった。

 で、外した視線の先にはケーキが無くなってもちゅっちゅしている俺と結衣。

 慌てて視線を戻すと絶対零度の微笑の魔軍司令ゆきのんが居て、助けを求めて一色へと向き直ってみれば“甘さのお陰でイメージが沸きました失礼しますねごめんなさい!”といって逃走。それに続いて「おぉおおおおおお手伝いしますいろはマ《がしぃ!》たすけてー!!」……逃げようとした絆が雪ノ下に捕まった。

 結末が見えていた俺は、一色が走るのと同時に結衣を抱えて立っていたので、最後に結衣と一緒におめでとうを唱えてから静かにその場をあとにした。

 雪ノ下もにっこりと見送ってくれたので、あとは……祈っておこうかな。我が娘の無事を。

 

「うわーん! パパの薄情者ー! そのくせ発情者ー! こんなにパパラブな娘が居るのに親ばかにならないどころかママとの仲を見せ付けてばっかりなんてどうなってるんですか不公平ですたすけてくださいごめんなさい!」

「悪いな絆。産まれた子供に見せ付けるって部分は、お前が産まれる前からの約束だったんだ」

「産まれる前からそんな約束がされていたことにびっくりなんですけど!? どこまでラブラブなんっ───」

「絆さん?《にこり》」

「ひやぁああっはぁああっ!? ごごごごめんなさいぃいいいっ!!」

 

 その日、喫茶ぬるま湯内の奉仕部に、娘の悲鳴がこだました。

 ……さて。こんな賑やかすぎる俺達で、今年も一年がんばりますか。

 横抱きにした妻を見下ろし、見上げられ、いつかのように笑った。

 笑ったまま、これまたいつかのように言うのだ。

 額をこつんと合わせ二人にしか聞こえない声で。

 幸せだな、幸せだね、と。

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