どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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鬼は内、と呟いた足元で①

 鬼は外、福は内。

 節分という行事を簡単に表す言葉として、あまりに有名な言葉である。

 幸運をもたらす福……福の神とか? は、おうちにどうぞ、けど鬼、てめーはだめだっていう言葉だ。

 その鬼が俺になにをしたとかでもなしに、行事だからとこの寒い中、外に出ろはあんまりだろおい。いや、許可も無く“内”に居るらしい鬼もどうかとは思うが。

 もし福をもたらす鬼だったらどうすんの、とか考えないのかね。

 なので俺は、こう言うのだ。

 鬼は内、福も内。

 そもそも“みんな”が使う俺はいいけどお前はだめとかほんとアレだからな。

 ぼっちにされる鬼の気持ちとかほんと解ってない。

 だがまあその……なに?

 鬼が望んでぼっちになってんなら……外でも、いいのよ?

 ……なんか俺も外に出たくなってきた。

 

……。

 

 奉仕部で行われた豆まきは、べつに勝手にやっていることじゃない。

 総武高校奉仕部顧問、平塚静教諭から直々にやりたまえと賜った使命であり、それにあっさり乗っかった結衣が雪ノ下をあっさり説得、開始されたものである。

 

「で、なんでお前がここに居るのかね……」

「いや、俺も急に呼ばれて、なにがなんだか……」

「ていうか、お前が一人とか珍しいな」

「戸部は用事があるとかで、部活も途中で抜けてたからな」

「ほーん……」

 

 奉仕部メンバー+葉山。生徒会長の一色に、エンジェル戸塚。

 その八人が奉仕部に集い、紙で作った枡に豆を手に、立っている。あ、あと材木座。九人だった。

 なんとも奇妙な光景だが……まあ、やることと言ったら豆まきしかないわけで。

 

「おにはー! そとー!」

 

 結衣が元気に豆をまく。

 俺はぽしょりと鬼は内をつぶやき、ぼっちが好む教室の隅へとぱらり。

 強く生きろ、鬼。ぼっちにはぼっちの生き方があるよな。

 日本中から必要とされなくても、俺はその生き様を、在り様を称えたい。

 

「ほらほらゆきのんっ!」

「え、ええ……福は、うち《ぱら、ぱらっ》」

「ゆきのんっ、元気ないと福なんて来ないったら!」

「そうですよ雪乃さん! さあさあ小町と一緒に! 鬼はー内ー!」

「待ちなさい小町さん。鬼を内に入れてはだめでしょう」

「え? あ、そっか。いやいや、お兄ちゃんが当然のように鬼は内って言うもんだから、小町もすっかりそっちで慣れちゃってましたよ」

「……比企谷くん?」

「ヒッキー……?」

 

 う。じろりと絡む視線を感じる。

 いや、聞こえてたけどさ。べつにいいじゃねぇの、俺だけの理由だし。

 

「比企谷くん、人が鬼を追い出している陰で、手引きして鬼を招くような真似をしないでもらえるかしら」

「人の小さな呟きからどんだけ壮大なスケールの物語が展開してんだよ。いいだろべつに。言っとくが俺は鬼側だ。なにをしたわけでもねぇのに鬼だからって理由で追い立てられるなんてまちがってるだろ。比企谷って鬼みたいだよなって言われてクラス中から豆をぶつけられた俺以外、鬼を知ろうと思う奴なんて居ねぇよ。俺くらいなんじゃねぇの? 鬼役から豆ぶつけられたのなんて」

「お兄さん……辛かったっすね!」

「タイキック、お前に兄と呼ばれる筋合いはねぇ。あと同情も要らん」

「だから俺大志っす! 大志っすよ!?」

 

 奉仕部メンバーといえば雪ノ下と結衣、って感じだったが……小町もタイキックも随分と馴染んできた。

 相変わらずタイキックは俺に“先輩せんぱーい!”って絡んでくるが、ほんとなんなのこいつ。俺を説得して小町と付き合いたいとかそういうのなの?

 

「やめてくださいよ先輩……先輩に豆ぶつけようとしてたのに、やりづらくなっちゃったじゃないですかー」

「それ以前になんで俺にぶつけようとしてんだよ。鬼役なのかよ俺」

「いえ、鬼役は葉山先輩です」

「えっ? 俺っ?」

 

 意外すぎたのか、珍しくも葉山が心底想定外の事態に直面しました、ってくらいのヘンテコな声色を漏らした。

 しかし一色はてきぱきと鬼の面を用意して、葉山に渡す。

 

「い、いろは? 俺……こういうの、初めてなんだけど」

「ですよねー♪ 葉山先輩ってば人気者ですから、こういうことやったことないってぜ~ったいに思ってました」

「あ、ああ……はは」

「ちなみに先輩は?」

「黒板に被鬼谷って……被る鬼の谷って書いて被鬼谷って読む、みたいに書いて、節分行事なんて鳩が豆鉄砲どころじゃなかったな。あの時ほど八幡宮に鳩が集まることを恨んだ日はねぇくらい。なんなのあれ、投げる時に八幡宮八幡宮って、べつに俺鳩に豆鉄砲当てる趣味とかないんですけど?」

「……聞いてて辛すぎるので葉山先輩お願いします」

「いや……その。ザイモクザキくんとかは」

「投げれば当たるじゃないですか。そんな鬼に出てってもらっても、福なんて別の鬼に食べられちゃいます」

「え? いや……え? い、いろは? それは俺に出てってくれって───」

「悪さをしないなにかに、ものをぶつけるな。そんなの、教わらなくても常識のことですよ?」

「ああ……そうだな、はは」

「なので、はいっ♪」

「………」

「………」

 

 あざとくない笑顔で、一色は鬼の面を葉山に差し出した。

 いや……うん。お前、結構すごいな。俺でもあれは躊躇するぞ?

 

「身に覚えがないなら受け取らなくて結構です。あったら、受け取ってください」

「………」

 

 葉山は、受け取った。受け取って、面をつけた。

 

『鬼か……そうだな。鬼……なのかもしれないな、俺は。…………ごめん、優美子《ぽしょり》』

 

 で、面越しに喋るもんだからなにを言ってるのか、くぐもってよく聞こえない。

 しかしやる気にはなったのか、鬼っぽいポーズを取って構えた。

 

「……今のは聞かなかったことにします。せいぜいいっぱいぶつけられて、フってももらえない、待たされるだけの女の子の痛みっていうのを知ったらいいんです」

『いろは……きみは』

「あ、鬼らしく反撃もありなんで、この豆をどうぞ。それじゃあみなさーん!? はじめますよー!」

 

 ぽしょぽしょと話し合っていたようだが唐突に張り上げられた一色の声に静寂は破られ、そこからはもう騒ぎにしかならない。

 と、いうかだ。最初はぺしぺし当てられていた葉山だったが、急に元気に暴れ出し、豆を受け止めて投げ返すことまでしてきた。

 

「《べしっ!》ぐわぁーーーっ!!」

「!? ざ、材木座くん!」

「ふ、ふふふ……戸塚氏、無事か……? ……よか……った……《べしべしべしべし!》いたたたた! 痛い! やめて八幡! 痛い! ていうか我は鬼ではないのだが!?」

「いやすまん、なんかやり遂げたドヤ顔がむかついた《べしっ》っつ!?」

「えっへへー! お兄ちゃん、ヒットー!」

「へ? お、おい、俺だってべつに鬼じゃ《ぺしっ》だ、だから俺はっ」

「えへへー♪ 鬼は内~っ♪」

 

 背中にやさしくぶつけられ、振り向いたら天使が居た。

 ……あ、はい。鬼になって内にいきます。

 

「……おい葉山今すぐ鬼の面よこせ」

『いや……これは俺が受けなきゃいけないことなんだ。だから断る』

「いやいいから。鬼俺がやるから。今鬼は内とか言ったらお前が来ることになるだろうが。俺の家にお前はいらん。結衣だけ居ればいい」

『ひどい理由だな!? とにかく断る。こんなことで罪が流されるわけじゃないって解っているが───』

「いやそういうのいいから。そっちの隅でぽしょぽしょ言っててくれていいから面だけよこせ」

「あのー、先輩? そんなに言うなら、お面、もう一つありますけど」

「………」

『………』

 

 もらうことにした。

 で、つけてみれば懐かしい、小さな穴から見る景色。

 こんなのつけなくても豆をぶつけられたいつかがフラッシュバックするが、心配そうに俺を見る結衣の顔を見たら、そんな黒い気持ちは落ち着いてくれた。

 

『……鬼は外』

『《べちちっ》……鬼は外』

『《べちっ》………』

『………』

『葉山』

『なんだ、比企谷』

『いろいろ言いたいことはあるが───まあ、あれだな。俺はお前が嫌いだ』

『!』

『けど、嫌いにもいろいろある。……あとでマッカンおごるから、今は、あー……あれだ。泣いた赤鬼でいいだろ』

『……きみが言うと、重いな』

『解らせるつもりはないが、結衣と暮らしてると、まあいろいろあるんだよ』

『そうか。変わったな、きみは』

『うっせ。こっちだって覚悟して進んでんだ。変わるし成長もするっつの』

 

 言い合って、拳をごつんとぶつけてからは……“自分”を忘れた。

 鬼になるつもりで騒ぎ、逆に豆を投げ、ぶつけられ。

 

「もはははは! 豆が欲しいか……!? ならばくれてやる! ピジョンズゴッドブラスター!」

『ホガー!』

「《べしぃん!》はぽぉん!? ちょ、八幡!? はちまぁーーーん!! ホガーとかもはや人語では……!」

 

 材木座にぶつけられたので、鬼らしく咆哮、豆を投げ返した。

 

「お、鬼はー…………八幡なら、外じゃなくて……いいかな」

『……《きゅんっ》』

「ちょ……鬼さん? 我と態度違わない? ねぇ鬼さん? 鬼さぁん!?」

『ホガー!』

「《べしべしべしべし!》はぽぼべぼぼぼべはぽべぼぼ!? ちょ、たすけてぇえ! この鬼、人種差別するでござるー!!」

『《ぺしっ》ホガッ!?』

「あははっ、すきありヒッキー!」

『ホガー!』

「《ぺしっ!》ひゃんっ!?《ぺしぺし!》たっ、いたたっ!」

 

 豆を投げる。無論、加減をして。

 なんかこう、波打ち際で戯れるカップルな気分。片方、鬼の面して腐った目だけを円い穴から覗かせてるけど。やだ、これほんと鬼っぽいじゃない。

 と、ちょっと和んだところでちらりと視線を移すと、

 

『《バッ、ババッ! バッ!》』

「ちょ! 葉山先輩!? 本気で避けすぎですよ!?」

『いろはが言ったんだろう? 簡単に外に出される鬼じゃつまらないって。……面を被って、ぶつけられる覚悟を決めたなら、俺だって鬼になるさ。《べししっ!》っ!? 誰が───…………雪乃ちゃん』

「……そう。“豆”をぶつけられる覚悟が出来たのね。なら、ぶつけさせてもらうわ。ただ、面を被っても避け続けていたら、届かないものもあるのよ。……だからあなたは、あの時まちがえたのだから」

『…………。そう、だね。けど俺は。それでも俺は……“みんな”の中の先に立たされた子供に出来る、あれが精一杯だったって……今でも思っている。後悔はした。無力を噛みしめた。慕われてるからって何でもできるなんて、それこそ嘘だ。そこに立っているからそうで在らなきゃいけないことだってある』

「それでもそれは、あなたの最善だった」

『? ……そうだね。僕は最善を───』

「断言するわ。あなたはきっと、三浦さんを泣かせる。一生ものの傷をつけた上で。あなたは結局、あなたの中の最善しか選べないもの。もう、それしか選べないあなたを選んでしまっている。だから他を選ばない。選べない」

『雪乃ちゃん? なにを───』

「今のあなたには言っても無駄なことよ。もっと大人になって、三浦さんを泣かせた時くらいに、ようやく気付けるんじゃないかしら」

『………』

「さあ、勝負よ葉山くん。ああそれと。……もう、間違っても私を名前で呼ばないでちょうだい」

『……。わか、った……。じゃあ……いくよ』

「ええ。敵は排除するわ。鬼なんて、必要じゃないから」

 

 なんか青春してたっぽい緊張感が、そこにはあった。

 雪ノ下と葉山と一色、その3人はそんな緊張感の中で節分を再開。

 一方の俺達はといえば。

 

「もはははは! 白馬メテオ拳!!」

「《ぺししっ》わぁっ!? あははっ、やったなぁっ! それっ! えいっ!」

「《べしべしべし!》おふう! ちょ、戸塚氏わりと強い! テニス部強い!」

「先輩せんぱーーい! 見てくださいっすこれ! あげだまボンバー!」

『《べししっ》……食べ物を粗末にすんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ』

「俺にだけ冷たすぎじゃないっすか!? 温度差があんまりにもあんまりっす!」

 

 いやこれはべつに大人げないとかそういうんじゃないから。

 なんかこう、あれがあれなだけで。とか思っていたら、俺の横にシュタッと一色がやってきて、妙なドヤ顔を見せた。

 

「ていうか先輩のこと先輩って呼んでいいのはわたしだけだって言ってるでしょー? あんまり燥ぎすぎてると……追い詰めちゃうゾッ☆」

「……《ボッ》……あ、いや、けど比企谷先輩は俺にとっても先輩っすから……!」

「だったらそうやって比企谷先輩って呼んでればいいの。ね? せ~んぱい? 先輩のこと先輩って呼んでいいのはいろはちゃんだけですよねー?」

『先輩って誰オーガ? 俺鬼だから解らねぇオーガ』

「どういう語尾ですかそれ!? 初めて聞きましたよそんな語尾!」

「さ、さすがっす比企谷先輩! そこは“オニ”とか語尾つけるとこなのに、妙なところで常識に囚われてないっす!」

『いいからさっさとかかってこいオーガ。鬼というだけで虐げられてきた鬼の無念……今こそ晴らしてやるオーガ』

「あのー……その語尾のほうがよっぽど鬼を虐げてそうなんですけど……」

「比企谷先輩、比企谷さん先輩と同棲始めてから結構面白い人になったっすよね……」

『おいやめろ。……オーガ。そこは由比ヶ浜先輩でいいんだよオーガ』

「語尾忘れるほど素でツッコまないでくださいよ《ぺしっ》ひゃうっ!?」

 

 なんか腹立ったので豆を投げた。

 ていうかさっきから材木座が俺の背中にべしべし豆投げてきて痛い。

 

「なにすんですか不意打ちとか信じらんないです最低ってレベルじゃないですわたしじゃなかったら通報レベルですよ覚悟してください!」

「お、俺もやるっす!」

 

 こうして、賑やかな豆まき……じゃねぇなこれ。豆合戦が始まった。

 

「鬼は外! 出ていきなさい鬼! このっ! 鬼っ! 悪魔っ!」

『《ざくっ!》っ!《ゾシュッ!》っ!!《ゾスッ! ゾブシャアッ!!》───!!』

「ゆ、ゆきのん! ゆきのん!? 葉山くん、避けてるのにとっても痛そうだからやめたげて!?」

「ていうかですよ? 結衣先輩っていつの間に葉山先輩のこと、葉山くんって呼ぶようになったんですか?」

「え、え? えとー、それは」

「あそこの鬼ゾンビが醜く嫉妬した時からよ。それから、男子で由比ヶ浜さんを名前で呼ぶのは比企谷くんだけになったわ」

「ふわ~~……好きな人のためにそこまでやっちゃいますか、結衣先輩」

「だってさ、ほら。ヒッキーも……ほら」

「……そういえば、先輩も小町ちゃん以外は名前で呼びませんもんね。あ、でもあのー……クリスマスの時の小学生の子はどうでしたっけ? えーと、るみるみ?」

「うん。あっちはヒッキー、ルミルミとしか言ってないし」

 

 女3人が姦しく会話を始めると、何故か葉山がorzと落ち込みだした。

 え? なに? 当たったらやばいところにでもヒットしちゃったの?

 

「それっ! 鬼は外っ! 八幡内っ!」

 

 で、俺は戸塚にぺちぺちと笑顔で豆をぶつけられ、トゥンクしていた。

 い、いやいや、俺選んだよ? 結衣を選んだんだから、他の誰かにトゥンクしちゃいけないんだ……けど、なんだろうこの暖かい気持ち。

 ずるいよ赤鬼、青鬼が傷ついてる中、お前はこんな明るい世界に立ってたの?

 ……青鬼、お前男前すぎるよ。けど、違うんだよな。同情されたくてやったわけじゃないんだ。自己犠牲だなんて呼ばせない。

 鬼は……俺達は、そうすることを納得した上でやってるんだ。それは断じて、犠牲などではないのだから。

 だからこれは鬼が鬼として生きる刹那を刳り抜いた間隙物語。

 青鬼のやさしさを理解出来なかった人間たちへ、赤鬼がどうして最初から解ってくれなかったんだと振りかざした小さな憤りなのだ。

 

『これは青鬼の分! これも青鬼の分! これだって青鬼の分! そしてこれが……赤鬼の怒りだぁあっ!!』

「《べちべちばちべち!!》はぽぽべぽはぽぼぽほべほ!? ちょ、はちっ、はちまーーーん!? 何故我だけ!? 我だけぇええっ!!」

「うわー……お兄ちゃんが青鬼に同調してる……。お兄ちゃーん? そういうのちょっとキモいよー?」

『…………《ずーーーん……》』

「うわっ!? 今度は素直にヘコんだ!? ちょ、お兄ちゃんどしたの!? いつもならこれくらい軽く返すのに!」

「こっちでも葉山くんがヘコんだまま立ち上がらないのだけれど……どうしたのかしら」

「うわー……雪ノ下先輩がそれ言っちゃいますか……」

 

 鬼役、撃沈。

 青鬼に感情移入しすぎたため、キモい言われてヘコんだ俺と、なんか言われたらしい葉山、二人してorz状態で震えていた。

 え? あ、いや、俺葉山がなにか言われてる時、戸塚にトゥンクしてたから聞こえてなかったんだよ。

 てゆーか青鬼キモくないし? めっちゃいいやつだし?

 同情とかじゃない、熱い何かを感じるし。

 

「大丈夫っすよ比企谷先輩! 俺、泣いた赤鬼とかめっちゃ泣いたっす!」

『うるせー……お前に青鬼の何が解るってんだ。言っとくがな、タイキック。同情とかそういうのだったら』

「そんなのいらないよ? 大志くん」

「うえっ!? え、いや、べつに同情とかじゃないっす! てゆーか俺タイキックじゃないっす!」

 

 言葉の続きを結衣に語られた。

 これであってる? って顔でやさしく微笑まれただけで、俺の傷、ベホマ。

 俺も単純になったね。一番最初に雪ノ下に会った時の俺と会ったら、こんなの俺じゃねぇって両方で言える自信あるよ。

 あぁ、あとあれな。結衣以外の女子に、興味が沸かない。

 妄想とかで“好きになったら一途なのに~”とか思ったこと、男子諸君ならばあると思う。俺なら絶対浮気しない、とかな。

 画面に映る嫁は何人目ですか? とか訊くなよ? それバニシュ&デジョンだから。

 じゃなくて、現実問題だ。

 アニメ見る頻度も下がって、頭の中の割合が結衣70%、バリスタ20%、娯楽10%くらい? いや、娯楽もっと少なくてもいいわ。

 なんつーか、だらけてた分が全部やる気に向いてる気分だ。

 いや、考えてもみろって。バリスタだろ? 喫茶店の店長やるっつっても、客が少ない日とかは結衣を眺めたり結衣と話したり、客が居たって結衣が“ヒッキー、エスプレッソおねがーい”とか言ってきてさ。

 やだなにこれ、結衣を一日中見ていられるし、そもそも家の中であまり動かず仕事してるだけって、まるで専業主夫じゃない。

 当然そんな甘ったれた意識が吹き飛ぶほど、ザ・仕事になることも予測出来ているんだが……困ったことに、一度思ってしまえば単純なのだ。

 そんな未来に辿り着きたいって思ってしまい、しかし一気に実行、というには難しく、小町に相談したり戸塚に相談したり、平塚先生に相談して知り合いの喫茶店を紹介してもらったりと、なんというか相変わらずどのきっかけも誰かに背中を押してもらってばっかだ。

 結衣への告白も、材木座がきっかけだったしな。内容はアレだったが。

 

「ヒッキー。泣いた赤鬼はあたしも見たけどさ。あたし、居なくなる猫は……」

『……解ってる。ただ、自己犠牲だとか可哀想だとか思われたくなかっただけだ』

「そっか。うん」

 

 orz状態の俺の傍に屈んで、手に手を重ねてくる。

 その手が、ひどく心に温かい。

 

『比企谷……俺は鬼にもなりきれない半端者だ……。雪ノ下さんに鬼と……出ていけと言われただけで……俺はっ……俺はぁあっ……《ぐすっ……》』

『お前も案外メンタル弱いのな……いや、そういう状況に立ったことないなら当たり前か。あー、いいよ。鬼役くらいやってやるから。お前はお前にやさしい誰かのところで泣いてろ』

『───……いや。俺はもう逃げない。逃げちゃいけないんだ。すまない、さっきの泣き言は、言っていいことじゃなかった。俺はもう、向き合うって決めたんだから』

『選ばないことを選ぶのに、なにと向き合ってんだよお前……』

『…………《ずーーーん……》』orz

「あはは……でもさ、葉山くん。気持ちに気づいてるならさ、選ばないとかじゃなくて……言わなきゃいけないことは言ってほしいなって。優美子には余計なことは言うなって言われてるけどさ」

 

 たぶん、三浦の青春は台無しになる。

 恋をして、一途に想い続けて、なのにフラれもしないで宙ぶらりん。

 きっといつかと期待を膨らませては、待ってしまっているから報われない。

 いっそ一色のように踏み出してしまえば……想像している結末とは違う何かを新しく想像できるのだろうに。

 そう思っていると、結衣が立ち上がって、豆を手に……結衣の言葉を噛みしめ、俯いている葉山に、やさしくぶつけた。

 

「鬼は、外。……葉山くんがさ、どんな考えをもってそうしてるのかは……あたしにはわかんないけどさ。厳しさとか悲しさとか、いつかそんなの全部ほうりなげちゃってさ。それで……バカみたいにさ、走っていけたら……いいね」

『結衣……《べちぃっ!》いったぁ!?』

「ヒッキー以外呼んじゃだめ。ふんだ、女の敵っ」

 

 今度は強く豆をぶつけ、べー、と舌を出した。

 ……ほんと、結衣は強くなった。

 俺みたいな成長だの変化だのに唾を吐くような人間が、人の強さがどうとか成長がどうとかアホかって話だが、それでも。

 ああほんと、雪ノ下と会ったばかりの俺ってアレね。逃げることのなにが悪いとか、変わることは逃げだとか。よくそれで成長を目指そうと思えたもんだ。

 周囲の影響が無ければ逃げっぱなしだったくせに。

 いやでもあの頃の雪ノ下はないわー。あの毒舌だけは、今思い出しても泣いちゃいそうになるし。

 

「ほらヒッキー、立って? 豆まきもいいけど、恵方巻もだよ」

『《ぐいっ》っとと……ああ、そういやそんなのもあったか……』

 

 恵方巻。太巻きを丸ごと、幸高い方向を向いて無言で喰らう、古くは大阪から流れた風習。

 食べながら夢を思い描くと良いとされ、具材は縁起のいい7つの食材から選ばれ、詰め込まれる。

 七福神にちなんだ食材が使われたとされるが、別にこれと決まっているわけではないらしい。

 と、うんちくを流したところで、面をとられて太巻きを渡される。

 

「先輩、今年はどっちでしたっけ」

「ああ。今年もぼっちだろうな」

「いえそういう目頭抓みたくなるようなこと言ってるんじゃないです聞き間違いでももうちょっとマシな返事用意してくださいごめんなさい」

「そう思うならもうちょっとやさしくしてくれよ……やさしい女は嫌いだけど」

「どうしろっていうんですかー……」

「一色さん、今年は南南東よ」

「そうなんですか。なんかわたし、ついこの間、どっかで西南西を向いて食べたような」

「おいやめろ。一年の内に4回も5回も食べたかもとかそういうのはいいんだよ」

 

 ともあれ、食う。無言で。

 願いを込めて食うか……どんなことを願う?

 ……目を閉じて想像してみたら、贅沢な望みしかなかった。

 けどまあ、そういうもんでいいじゃないですかね?

 自分で叶えられるものは自分で。無理なら神頼み。人間らしいじゃねーの。

 うん……でも……いいな、こういうの。

 男子は綺麗に切って小分けにして、なんて小奇麗な食べ方をしない。

 いいじゃないの、こういう食べ方。

 恵方巻って男の子だよな。

 

(……結衣がずっと健康で、……いや。幸せってものを、見守ってやっててくれ。幸せには、“俺達”が“俺達”を、って……やれるだけやってみるから)

 

 不幸ってものが近づいてこないよう、どうか見守ってやってくれ。

 それだけを願うよ。

 あーけどあれな。どうしてもっていうなら金とかください。エヘ♪(……こののち、どういうわけか知らんがアタッシュケースを拾うことになり、一億円が手に入ったとか入らないとか)

 というわけで、食べ終えた。うん、特別美味いとも感じなかったが、恵方巻ってそんなもんだと思う。

 思うんだが、海苔巻きというのは具材がシンプルであればあるほど美味いんじゃないだろうか。適当に具材を詰めたって味がごっちゃになって、味わうどころではないだろう。

 だからシンプル。でもベルムス巻きはない。

 

「んくっ……はふ。ヒッキー、なにお願いしたの?」

「あー……幸せには俺がするから、不幸が来ないように見守っといてくれーってな」

「小説家になれますよぅにィイッ!!」

「僕は……あはは、うん。まだちょっと内緒かな」

「わたしはもちろん超一流のお菓子職人です! いろいろ溜まってるモヤモヤとかぜ~んぶお菓子にぶつけてカタチにするんです! で。出来上がったら先輩に味見してもらって太らせます」

「じゃあダイエットしなきゃだね、ヒッキーっ」

「へ? お、おう…………っつーか、太ったらキモいとか、ないの?」

「んー…………ヒッキーは、あたしが見た目で人を好きになるって思う?」

「…………」

「《わしゃわしゃわしゃ》ひゃぷぷぷぷぷっ! だ、だから急に撫でないでってばヒッキ~~~ッ!!」

「太るとかねーから、安心しろ。あとダイエット超賛成。トレーニング、もうちょいハードにしてみるか」

「えへへ、そだね。あ、でもやっぱりあんまりムキムキなのはやだよ?」

「俺だってやだよそんなん」

 

 もし結衣の腹筋が割れたらとか、想像しただけでちょっとアレだ。

 でも、だからって嫌ったりは出来ないんだろうね、俺。

 

「ゆきのんは?」

「…………《もくもく》」

「あ、ごめん……まだ食べてたんだね」

「うわー……雪ノ下さん、なんだか食べ方が上品って感じするね」

「そうですねー……小町はなんかもうがっつりいっちゃいましたし」

「俺は姉ちゃんにいろいろ言われてるから、食い方には気をつけてるっす」

「ちなみに葉山先輩はなにをお願いしたんですか?」

「解り合えないなにかと、解り合えるように……かな。まあ、それは努力でなんとかするつもりだ」

「うーん……葉山先輩の場合、踏み込みが足りないだけだと思いますけどね。先輩は嫌われた方が早いからって線引きしますけど、葉山先輩って平等にって線引きしますから、相手からも自分からも近づけませんし」

「ヒッキーの場合はどんどん踏み込んでいけば、ぶつくさ言いながら付き合ってくれるし」

「ですよねー? というわけで、葉山先輩はじゃんじゃん踏み込むべきです。それもしないで神頼みとか神様ナメてんですかってレベルです」

「そ、そうかな」

「そりゃそーだろ。変わりたくねぇのに“神様変えて!”ってお前、心から願ってねぇだろおい」

「……いや。解り合う、って点では変わりたいとは思ってるんだ。でも、それを神様に頼んでちゃいけないって思った。本当に、それだけなんだ」

 

 言いながら、ため息。それは少し、自虐も含まれているような、冷たい笑みだった。

 ……そだな。葉山だって、解らないわけじゃない。

 ただ、眩しいものを眩しいままで残していたいと思うから、眩しいままで放置する。

 感情を冷凍保存出来れば、多少は長持ちするんだろうけどな。

 生憎と、それは生物なんだよ葉山。些細なことで腐っちまう。人の笑顔ばかりを見てきたお前は、それが解ってない。

 ザ・ゾーンなんてものがどれだけあったって、違う感情を持つ人が集まれば……“そのまま”は不可能なんだよ。

 そうは思っても、解っている。“そうであってほしい”は、人になにを言われたところで曲がらない。

 一度、最大級の後悔を味わって破壊でもされなきゃ、曲げられないんだ。

 それで破壊されるのが三浦優美子って女子の青春そのものだってんなら……お前はほんと、鬼になるんだろうさ。ぶっ叩かれたって後悔する権利すらねぇよ。

 


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