どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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猫を拾った日②

 ハッと目が覚める。

 場所は……自室。見慣れた壁がそこにはあって、どうやら横向きで寝ていたらしい。

 知らない天井だ、とかよくあるけど、あれって不思議だよな……なんで毎回天井真っ直ぐ見て寝てんだよ。みんなそんなに寝相いいのん?

 

「………」

 

 上半身を起こす。ちょっと勢いが強かったためか、なんかこう、血が下がっていくような“ズー……”って感じの奇妙な音が耳の後ろあたりから聞こえる気がする。

 

「………」

 

 部屋を見渡す。

 スマホがある。鞄もある。猫と書かれた紙はない。やっぱり夢だったか。

 だが……そうだな。“覚えている”。

 だったら、もうやることは一つだ。約束しちまったし、仕方ない。

 これで嫌われたら、また堂々とぼっちに戻って、二度と恋なんぞしないと誓おう。

 時間はちょいと早いくらい。

 起き出してシャワーを浴びて、ぼさぼさ頭を少し整えて、しっかりと歯を磨く。

 朝食は抜きだ。多少ハングリーな方が人は健康になれるって知ってるか? 知らんなら朝食抜きに慣れてみよう。晩飯は夕方5時前に終了な。これ大事。

 

「よし」

 

 身支度を整えていざ登校。

 小町が大変驚いていたが、これが最後とばかりに覚悟を込めて、小町の頭をやさしくたっぷりと撫でた。

 

「……どしたのお兄ちゃん。なんか、今日へんだよ? 割といつもヘンだけど」

「お前はどうして最後にいらんこと足しちゃうかね……お兄ちゃん悲しい」

「でもほんとどったの? 朝からシャワー浴びてたし、髪型も気にしてたし……ハッ!? もしかしてついに誰かに想いを打ち明ける気にっ!? ……って、お兄ちゃんにそんな根性あるわけないよね」

「そうだな。時の人になってくるわ。成功しても失敗してもシスコンは今日までだ。ガラにもなく変わらないとって思っちまったからなー……」

 

 失敗してもいい。そりゃ、成功するに越したことはないが……夢の中で誓ったのだ。変わろう、と。

 告白して失敗して落ち込む。それは仕方ない。けどまあ、こんなヤツに好かれてしまったなんて由比ヶ浜が思わない程度には、立派になろうと思ったのだ。

 専業主夫が隠れ蓑であったことも、夢だろうが口にした。したからにはもう隠れているわけにはいかない。それが夢の中であろうがなんであろうがだ。

 

「えと。お兄ちゃん寝惚けてる? あ、そういえばなんか部屋に───」

「んじゃ、行ってくる」

「え? あ、ちょ、お兄ちゃん!? ……行っちゃった。あー……もしかして勝手に“猫”とか書かれた紙捨てちゃったの、怒ってるのかなー……でもゴミの日だったし。あ、そういえば昨日、結衣さんと偶然会って、鞄とか受け取ったの言うの忘れてた……あちゃー、小町としたことが……」

 

 ……。

 

……。

 

 そうして、教室に辿り着く。

 人の数もまばら。

 由比ヶ浜は……居た。既に来ていて、葉山たちとなにかを話している。

 その姿は……楽しそうだ。葉山たちも笑っている。

 ま、やっぱり夢は夢だ。そう都合よくはいかないのだろう。

 大体、現実だったとしたら何をどうすれば人が猫になるというのか。

 ちょっと考えれば解るだろうに…………

 

「………」

 

 それでも、期待せずにはいられなかったってことか。

 求めた眩しさが手に入るかもしれない夢を見た。

 それは、本当に……とても眩しいものだったから。

 

「……はぁ」

 

 そうしてHRが始まり、授業が始まって、休み時間を挟んで時間は過ぎ───昼休み。

 いつものようにベストプレイスに座って、天使が舞うテニスコートを眺める。

 吹く風が心地良く、息を吐きながら目を細めていると……とすん、と……隣に誰かが座った。

 横を見てみれば、頬を朱に染めた顔で俺を覗き見る由比ヶ浜。

 

「……どしたのお前。こんなところで。なに? またじゃん負けでもしたの?」

「え? あっ、ううんっ、違う、そうじゃなくて」

「ほーん……そか」

「うん……違くて……」

「…………」

「…………」

「……」

「え、えーとさ。あのー……ヒッキー?」

「あ? なんだよ」

「あ………………、…………う、ううん……なんでも……」

 

 気の無い返事に、由比ヶ浜の顔が悲しそうに歪む。

 なんでそんな顔するんだよ。

 あのですね、こっちは今、なけなしの勇気を振り絞ろうとしてるんですよ?

 つかなんでいきなり来てんの? 放課後とかタッピーツなオテガーミで屋上とかに呼んで告白しようとか思ってたのに、いきなりこんな不意打ちとか、心臓に悪い。悟空さじゃなくても心臓病級の痛みに胸を押さえるレベル。

 いや、けど……でもな。いやいや、しかし……あー、おー、その、えー……おー、その、なんだ……。

 

「……ちっと立ってくれ」

「え? あ、うん……? どしたのヒッキー」

 

 立ち上がる。石段から降りて、きちんと真っ直ぐに見つめ合う形で。

 それで……それで。

 

(勇気出せ、あほ)

 

 言っておくが告白した回数ならよほどじゃない限り俺の経験は誰にも負けない相当なものだ。振られた数ならそれ以上。だって告白する前に振られるとかあったし。

 そんな俺でも怖いものはある。

 それは、こんな俺相手でも良くしてくれた相手に、心から拒絶されることだ。

 恐らくこの告白は、そういった関係を崩すことに相当繋がっている。

 けどだ。

 崩れてしまうならしまうで、きちんと自分の気持ちをハッキリさせた上で崩れてほしい。

 なにも自分から崩さなくてもと思わないでもない。

 崩さなければ、このままの関係を続ければ、もっと親密になれば、それだけ成功率は上がるのだろう。

 けど……もう決めてしまった気持ちは押さえられない。

 成功するならシスコンをやめてもいい……だから、ありったけを。

 

「すぅ……はぁ…………んっ。───由比ヶ浜結衣さん」

「えっ!? あ、はいっ!?」

「……あなたが好きです。好きすぎてやばいくらい、好きです。あなたのためなら自分を変えたいって思えるくらい好きです。……俺と付き合ってください」

「───……」

「………」

 

 言った。なんかキモいことも言ってた気がするが、嘘偽りのない本心をぶつけた。

 これでダメなら素直に諦めよう。ぼっちに戻って、また静かに。

 奉仕部には……もう行けないだろうな。関係ない雪ノ下にまで微妙な空気を吸わせるわけにもいかない。

 ……沈黙が長い。これは、やっぱりだめか。そりゃそうだ、俺なんかに告白されて嬉しいヤツが居るわけがない。

 結局また俺の勘違いか…………はは、辛いな。自分の居場所って思えるくらいに大切な場所を、自分から壊してしまった。

 なんて滑稽で、なんて───

 

「……うんっ! あたしも、ヒッキーが好き……! 大好きっ!」

 

 ……幸福な。って、え? あの、ガハマさん?

 

「ヒッキー……約束、ちゃんと果たしてくれたね。あたしも忘れてなかったよ?」

「え……? おま……」

「えへへ、同じ夢見るなんて、あたしたち、へんなところで繋がってるのかな。ヒッキーが猫になるなんて、やっぱりどう考えたっておかしいのに……っ……ぐすっ……夢じゃなくて……よかったよぅ……っ!」

「え、あ、おい……」

 

 由比ヶ浜は泣き出してしまった。

 どうしていいか解らずにおろおろしそうになると、体は勝手に動いた。

 肩を掴み、胸に抱き寄せ、頭を撫でた。

 またお兄ちゃんスキルが───と心に浮かんだけど、その名前も違和感に変わる。

 ……そか。もう、シスコンは卒業か。

 悪いな小町。俺……好きな人のために、自分の持てる全てを使ってやりたいって……今、本気で思ってる。

 泣いている由比ヶ浜が、愛しくて仕方ないんだ。

 やさしい気持ちが溢れてきている。

 ああ……やっぱり、俺はこいつのことが……───

 

「“結衣”」

「……! うんっ……うん、ひっきぃ……! ちゃんと……はやっ……葉山くんたちに話して、苗字で呼んでもらえるように……話してきたよ……?」

「仕事が早いんだな……」

「覚えてたし……ヒッキーとの約束だもん……えへへ、守らないわけがないよ……」

「……~~……」

 

 どうしてこう、こいつは……。

 まいった、ほんと、まいった。告白してまだ……ようやく二分くらい? 知らんけど、そんな短い間で惚れ直しまくってるんだが。どこまで更新頻度高いのこいつへの愛情。

 好きで、好きすぎて、だから……頭を撫でる手もとてもやさしくなり、抱きしめる腕も心を込めたものに変わる。

 いままで自分には、近しい味方が小町しか居なかった。

 だからいろいろなことを話したし、相談に乗ってもらったこともあった。

 その小町への愛情が、そっくりそのまま、由比ヶ浜……結衣への気持ちにプラスされて、気持ちが止まらない。

 こいつのためなら、本当になんでもしてやりたいって思う。男が近づくようなら全力で守りたい。むしろ撃退する。川なんとかさんとこの大志のように。

 葉山とか戸部ってまさにそれな。結衣に近づくんじゃねぇ、気安く声かけてんじゃねぇ、刺し違えてでも滅ぼすぞこの害虫めが。

 え? 戸塚? 戸塚は天使じゃないか。

 しかしこうなってしまった今、結衣が天使すぎてやばい。

 

  我が腕の中、涙目の天使、光臨。

 

 そんな感じ。

 困ったことにシスコンが……えと、こう、なに? ユイコン? に変わっていく過程で、結衣のことが眩しく見えて仕方ない。

 え? 俺こんな天使と今まで平然と話してたの? しかも今告白してOKもらったの? わあ現実味ねぇ。これ夢だろとか思ってしまうまである。

 

「………」

 

 それでも。

 それが一定以上を超えると、もはや愛しさばかり。恥ずかしがって時間を潰すくらいなら、ひたすらに好きになろうって奇妙な考えが次から次へと現われる。

 つまるところ好きすぎてやばい。

 

「……《きゅっ》お……結衣?」

「ヒッキー…………やくそく」

「え? あ、ああ……おう。まあ、約束だからな。……相当に面倒くさい猫だろうけど、よろしくな」

「えへへ、むしろめんどーで、きまぐれだから猫なんじゃないの?」

「……あー……悪ぃな。思ったより俺、猫してたわ」

「うん。じゃあ……末永く、よろしくね、ヒッキー」

「おう。……あ? いや待て、それって」

「ずっと……一緒に居てほしいな。…………だめ?」

 

 ちょっと。ちょっとガハマさん? 惚れた男にその上目遣いは反則じゃないですか? ……やだ、また惚れ度更新しちゃった、もうやだこのガハマさん。好きすぎる。

 

「……《ガリガリ》……言っておくが、俺はしぶといぞ。そう簡単には死んでやらんし、むしろ年金を納得出来るまで手に入れなければ安心して眠れないまである」

 

 頭を掻いて、そっぽ向きながらの言葉……だったんだが、頬に両手を添えられ、くいっと真っ直ぐに戻される。で、戻された目の前にガハマさん。

 

「…………見送ってくれるか、ちゃんと見送らせてね……。もう……あんな思い、したくないから」

「あほ。俺こそお前に愛想つかされねーかって今既にどきどきしてんだから、そんなことは自分がどれだけ俺に好かれてるかを考えてから発言しろ」

「……そんなこと言って、どうせ小町ちゃん以下でしょ? 解ってるよ、ヒッキーシスコンだもんね」

「いや、今、世界のなによりもお前が好き」

「───…………~~~~……!!?」

 

 あ、真っ赤になって、俺の胸に顔を埋めた。

 ぎうー、って抱き締めてきて、動こうとしない。

 

「覚悟しとけよ結衣。信頼の内側に入っただけでも相当な俺だが、千葉の兄妹愛を“身内”じゃなくて恋人に向ける俺は、相当甘いぞ。……やったことねぇからどれくらいかは知らねぇけど」

「知らないんだ!? あ───」

「あ───」

 

 ツッコミのために反射的に顔を上げた結衣と、目が合った。

 そのまま少し停止して───……結衣の目が潤み、そこに期待が浮かんだ時には、もう二人の顔は近づいていた。

 

「ん……」

「ちゅ……っ……は……」

 

 一度、ちょんとくっつけて……すぐ離れて。

 照れくさくて嬉しくて、たははと笑い合ったあと……また近づいて、二度三度、四度……五度。

 六になる頃には深く口付けをして、八度目には舌をつつき合い、九度目には舌を絡ませ合っていた。

 唇を密着させ、舌同士を擦り合わせ、唾液を交換し、嚥下すると……頭が痺れるほどの幸福に襲われる。

 愛しさが際限なく溢れ出し、唇だけでなく、顔のいろいろなところへキスを落とし、背中を撫で、頭を撫でた。

 結衣は甘えるように身体を密着させてきて、俺もまたそれに応えるように、それこそ少しの隙間も無くそうとするかのように、抱き締め合った。

 

 

───……。

 

……。

 

 で。

 

「比企谷くん」

「ひゃ、ひゃい」

「それはいったいどういうことかしら」

 

 ……放課後の奉仕部にて、ぽー……っと顔を紅潮させたまま、俺の腕に抱き付いて動かない結衣が居た。

 椅子には座っている。うん、隣というか、もう一体化してもいんじゃね? ってくらいゴチリと横にくっつけられた椅子に座り、俺の腕に抱きついている。

 

「あー……その。俺、由比ヶ浜と……結衣と付き合うことになった」

「見れば解るわ」

「……だよなぁ」

 

 結衣は、なんかもう片時も離れたくないと全身で表現しているまであるくらいに抱き付いている。しかも時折俺の腕にこしこしと顔をこすりつけてきて、「えへへへぇ……♪ ひっきぃ……♪」と微笑むほど。

 これを見て気づかないのはどうかと思う。罰ゲーム扱いにするにしても、結衣が幸せそうに見えすぎて、それを結論にするにはおかしすぎた。

 

「私が訊きたいのは、捻くれたあなたがどうやって由比ヶ浜さんと、その……そういう関係になれたのか、ということよ」

「だとしたら主語抜きすぎだろおい……“それはいったいどういうことかしら”でどれほどの意味を拾わないといけないの、俺」

「女心を知ることくらい、恋人を持った男性の矜持でしょう」

「? ……ヒッキー、キョージってなに?」

「自分の能力とかを優れているものだと信じて抱く誇りのことだな。類語で自負と自任があるが、自負は自分だけが信じてる優れた能力、自任は……どっちかっつーと思い込みに近い。自分はそれに相応しいとか優れているとか思い込んでいる状態な」

「そっかー、えへへー……ヒッキーは頭いいね」

「《すりすり》ひゃい!? お、おぉおっおお、おう……」

 

 男の矜持……素晴らしい。

 そうだな、確かに女心を知ることは、男が永遠に答えを求める崇高な計算式。それっぽいことを返事として雪ノ下に言ってみると、盛大な溜め息で迎えられた。ひどい。

 え? 俺がしてる計算式? 人を避けること、始まった会話をさっさと終わらせること、専業主夫シールドくらいじゃないか? あとは全部結衣。

 

「………」

「《なでなで》ふぁぅっ…………んんんん~~……っ……ひっきぃ……♪」

 

 頭を撫でると幸せそうな笑顔があった。キスしていいですか? あ、無理だった、雪ノ下が震えながらケータイ構えてる。やめて、110番はやめて。

 

「あなた、まるで小町さんにするように接するのね」

「なに言ってんだ雪ノ下。俺はもうシスコンは卒業したぞ。今の俺は結衣に重きの全てを捧げる一人の男だ」

「……あなた風邪でも引いたの? あなたがシスコンをやめた? ………………え?」

「おい。なんでそんなドン引きしてんだよ。シスコンでも散々引いてたのに、いざやめれば引くってなんだよ」

「い、いえ……信じられないことを聞いたものだから……。こっ……小町さんは、なんて……?」

「知らん。結衣に告白することしか考えてなかったから、これが最後だって頭撫でて、そのまま来た」

「シスコンの兄に今まで尽くした妹をあっさりと捨て、恋人に走ったのね外道谷くん」

「おいやめろ。まじでやめろ。……やめて」

 

 地味に突き刺さる言葉だった。

 いや、でも、そうなっちゃったんだから仕方ないじゃないか。

 もちろん小町には恩を返していくつもりだ。

 出来るだけ手助けするし、誰かと恋をしたらちゃんと応援する。相手が大志だろうが、きちんと幸せに出来るなら祝福するさ。

 そのことをきちんと伝えると、雪ノ下は「あなた正気なの?」と俺の正気を疑って……おい。……おい。

 

「正気だよ。いい加減、あんまりシスコンがすぎるのもあいつにとっても鬱陶しいだろ。人前でシスコンすると容赦のない言葉の槍が飛んできたもんだし、いいきっかけだったんだよ」

「……そう。そうなのかも……しれないわね」

「おう、そういうこった」

「では比企谷くん。もし由比ヶ浜さんに近づく男が居たら?」

「とりあえず沈める。どこか知らない闇に沈める。それがだめなら下駄箱に画鋲入りのトゥシューズをプレゼントする嫌がらせさえ出来るまである」

「待ちなさい比企谷くん。そのトゥシューズは何処から来たの」

「買って画鋲入れて贈る。朝来たら謎の画鋲入りトゥシューズとかホラーだろ。しかも男へだぞ」

「嫌がらせのレベルが実に比企谷くんね……」

「おい。俺レベルってなんだよ。……え? なに? ほんとなに?」

「けれどやめなさい。上履きにいたずらをするなんて下等な考えよ。相手が気に食わないとはいえ、それを本当にするのならあなたを見損な───」

「いやなんでだよ。俺上履きにいたずらするなんて、ひとッ言も言ってねぇだろ。トゥシューズ買って、画鋲入れて、下駄箱に入れるんだっての」

「…………え?」

「だから。上履きや下駄箱に悪戯なんかしねぇよ。自分がやられて嫌なことは他人にするなって教わらなかったのかよ」

「……………」

「…………」

「……プフッ……!」

 

 あ。なんか雪ノ下が笑い出した。

 顔逸らして、身体を丸めて俯いて、肩を揺らしている。

 こいつの笑いのツボはやっぱりいまいち解らん。

 

「ひ、比企谷くん……忠告をしておくけれど、トゥシューズは高いわよ……」

「え? まじか。じゃあもう100均にありそうな硬いサンダルとかでいいだろ」

「お金かけてるのにすごい地味な嫌がらせだ!?」

「お、抱きつくのはもういいのか結衣」

「えへへー……堪能した《にこー》」

「《きゅんっ》……結婚しよう」

「……はい」

「えっ!?」

「……? ふわっ!? あ、やっ! えとっ! なななななに言ってんのヒッキー! いきなり結婚とかっ!」

「いや、俺もこんなストレートに受け入れられるとは…………いや、まあ……臨終を誓い合った仲だからいいのか?」

「……ヒッキー……」

「結衣……」

「……こほんっ!」

「どうした雪ノ下、風邪か?」

「ゆきのん、のど飴あるよ? 舐める?」

「え? い、いいえ、いらないわ」

「そっかー……───ヒッキー……」

「……結衣……」

「ごほんごほんっ!」

「おいおいやっぱり風邪なんじゃないか? 銀のベンザあるぞ? いるか?」

「ヒッキーそれ便座だよ!? ブロックじゃないよ!?」

「……プフッ……クッ……クフフッ……!」

 

 あ。また笑ってる。ちなみに見せたのは銀の馬の蹄ストラップであって、便座じゃない。

 

「てゆーかヒッキー、どうして便座なんてスマホにつけてんの? 趣味?」

「おいやめろ。これ馬の蹄だから。便座つけて電話する趣味とかどんだけ上級者なの俺」

「……ケッッフ……! ケッホコホッ……! プクフフフ……!」

 

 おい、なんか咳するほど笑ってるんだが。少ない体力がゴリゴリ削られていってるよ、おいどーすんのあれ。

 

「蹄かー……あ、ほんとだ。もー、ヒッキーがギンノベンザーとか言うから、銀色の便座かと思ったじゃん!」

「あなたの風邪に狙いを決めて、便座でどうやって治すんだよ」

「……座るとあったかい?」

「ぶふぅっく! くふっ! ぷっふ……! うぷっふぅう……!」

「……笑ったほうが遥かにあったかそうだな」

 

 見なさいよ氷の女王を。笑いすぎて溶けかけてるよ。

 あと銀の便座だけだと冷たいだけだ。

 

「まあその、なに? 遅くなったけど……事故のことも含めて、いろいろ迷惑かけた」

「ハァ、ハァ…………え? な、なにかしら……」

「いやお前笑いすぎだから。……事故のことも含めて、いろいろ迷惑かけたって言ったんだ」

「はぁ……ふぅ……、……そうね、随分と振り回されたものだわ」

「え? 振り回された側、お前なの? 奉仕部の活動原則忘れてなんにでも手ぇ出して、結局振り回されたのって俺だけじゃない?」

「ん゙、ん゙んっっ!! …………えぇと………………ごめんなさい」

「ゆきのんが謝った!?」

「由比ヶ浜さん……奉仕部は魚の釣り方を教える場所であって、魚を与える場所ではないと……以前教えたわよね。それなのに、私たちがしてきたことといえばゲーム部と戦ったり柔道部と戦ったり……」

「あ……あー! そういえばあたしたち、教えるどころか自分たちで突っ込んでばっかだよ!?」

「それも終いには解決法が見えなくなって、比企谷くんに丸投げしてしまった挙句に“やり方が嫌い”……とか…………」

「ゆきのん!? ゆきのん! 目が! 目がヒッキーみたく腐っていってるよ!? 戻ってきてゆきのーーーん!」

「過ぎたことはどうにもならんだろ……そんだけお前も理屈よりも感情を優先してたってだけだろうし」

 

 それでも様々な問題を乗り越えた先に、今がある。

 今なら解るんだ。海老名さんに偽の告白した時、どうして二人があんなことを言ったのかも。

 俺がそれを見ている側で、結衣が誰かにそれをしたら、きっと同じことを言っていた。

 

  あなたのやり方、嫌いだわ

 

  人の気持ち、もっと考えてよ

 

 どんだけ頭が良くたって、理解出来ることが多くたって、その時知らないものは解りようがない。

 それでも……解らないことでも、想像することは出来た筈なんだ。

 なにも告白しなきゃいけなかったわけじゃない。

 戸部がそうしてしまうより先に、本気で、海老名さんに好きな奴は居ないのかとか、そんなことを言ってみるのもよかった筈だ。

 ほのぼのとした場面じゃなく。緊張した場面でそれを口に出していれば、或いは彼女たちが悩む回数だって減らせた筈なのに。

 

「なぁ、結衣」

「あ、うん。なに? ヒッキー」

「……人の気持ち、ちったぁ考えられるようになったわ。その……悪かった」

「………………うん。ヒッキー…………うん」

 

 言葉を受け取ってから、彼女は目に少し涙を浮かべ、笑ってくれた。

 それでようやく……胸のつかえが取れた気がした。

 

「雪ノ下。ああいうやり方、もう出来そうにないわ。てか、出来る理由が無くなっちまった。……ほんと、迷惑かけてすまん」

「そう。それなら私も、あなたを嫌う理由がその捻くれと目以外無くなるのかもしれないわね」

「うそつけ、笑っただけで気持ち悪いとか平気で言うだろお前」

「…………ごめんなさい。あなたの気持ち悪さを失念していたわ」

「真剣に謝るなよ……泣いちゃうだろうが」

「事実は曲げようがないでしょう? 悔しかったら綺麗に笑ってみなさい」

「くっ……ど、どうよ《ニタァ》」

「ヒッ!?《びくっ》」

「おいやめろ! 本気でびびってんじゃねぇよ!」

 

 ……ひとつの青春が生まれた。

 よく告白して振られるまでが青春だっていうけど、まあ確かにと思わなくもない。

 振った側はこれからもっといい青春をするのだろうし、振られた側はそれをバネに新しい青い春を探せるのかもしれない。

 受け入れられるばかりが青春ではないのだろうが、受け入れられたほうがいいに決まっているのだ。

 振られた数だけ経験値は上がった。

 だが俺の場合、それが邪魔になった場面なんざいくらでもあるのだろう。

 ぼっちとしてのレベルは上がっても、青春にはなんの役にも立たなかったのかもしれんし。

 

「ヒッキー、あたしに笑ってみて?」

「……結衣《にこっ》」

「わ…………ヒッキー……」

「結衣……」

「ヒッキー……」

「……私と由比ヶ浜さんでは、随分と笑顔の種類が違うのね」

「え? そうか? ……よく解らん」

「無意識なんだ……そっか、えへへぇ……そっかぁ……」

 

 結衣が、またこしこしと顔をこすりつけてくる。腕が幸せ。

 だから俺も幸せを与えたくて、結衣の頭を撫でた。

 頭を撫でて、相手が笑ってくれるって……幸せだな。いやほら、だって普通嫌だろ。俺だったら嫌だぞ? 知り合いにだろうと気安く頭に触れられたくないわ。

 だから、そこまで心を許してくれてるんだって思うと……自分ももっと許したくなる。

 

「はぁ……祝福はするけれど、依頼者を待つ時間をいちゃつく時間にするのだけはやめてちょうだいね……」

「いや、べつにそんなつもりはないんだが……」

「じゃあさ、ゆきのんももっと仲良くなろっ?」

「ならないわよ」

「即答だっ!? うぅうう……ゆきのーん……」

「い、いえその……その男と、という意味であって、べつにその、由比ヶ浜さんとそういう風になりたくないわけでは……なくて」

「ゆきのん!《ぱああっ……!》」

 

 相変わらずゆるゆりしてらっしゃる。

 俺まで引っ張って結衣が移動を開始して、俺、結衣、雪ノ下の順に密着して座るハメになった。

 なにこれ。

 

「ち、近いわ……」

「友情の距離だよゆきのん!」

「いえそれはないわね。だって私とそこの男はそんな関係ではないもの」

「……そーだな。じゃあ改めて。───雪ノ下。俺と友───」

「ごめんなさいそれは無理」

「やっぱり即答だ!?」

「……お前さ、そろそろ頷いてくれてもいいだろ……」

「そういう枠付けは必要ないわ。あなたと私の距離はこの長机の端と端あたりが丁度いいのだから」

「じゃあ結衣、今日から俺の隣に居てくれ」

「うん!」

「え……だ、だめよ由比ヶ浜さん、あなたは……」

「ゆきのん?」

「…………《もじもじ》」

「あー……雪ノ下」

「……なにかしら?」

「俺と友d」

「それは無理」

「……お前、意地になってない?」

「さあ。知らないわ」

 

 まあでも、こんな青春もいいんじゃないだろうか。

 恋人と、友達未満の三人の部活。

 そんな関係でもまあ、良いといえば良いのかもしれん。

 

「結衣。雪ノ下が、寂しいから傍に居てくれだと」

「ゆきのん!《ぱああっ……!》」

「ち、違うのよ由比ヶ浜さん、私はっ……!」

「なぁ雪ノ下。枠付けってのは必要なものだぞ。俺達は奉仕部で、俺は結衣の恋人、結衣は俺の恋人であり雪ノ下の友達。雪ノ下は結衣の友達であり俺の」

「部員仲間ね」

「……俺、今めっちゃ“友達なんて自然になってるものだろっ☆”とか言う物語の主人公どもをぶち殺したいわ……あれぼっちナメてるよな完全に。何様だよちくしょうなにが自然にだよこっちはお願いしたってキモい言われて終わるんだってのちくしょうが……!」

「ヒッキー怖いよ!?」

「……まあ、ちっと残念だよ。お前とならいい友達になれると思ったんだけどな」

「あなたと私に“友達”は似合わないわよ。枠を決めてしまえば、“その通りに動かなくてはいけない”という義務感に襲われるでしょう? 頭でまず理解しようとする私たちにはそれが壁でしかないわ」

「まあ、解る」

 

 解るから言ってるんだが。

 早速頭で考えてしまってるって、どうして解らんのかこいつは。

 そうは思っても、口にはしない。雪ノ下がそういう関係を俺に望んでくれているなら、それはたぶんその方が都合がいいからだろう。

 

「ちなみに比企谷くん。仮に私と友達になったとして、あなたは私になにを求めるのかしら」

「いや、なんも求めないんじゃねぇの? ただ意識は変わるだろ。友達だからしなくちゃいけないじゃなくて───……あーその……これは俺の」

「友達なら居ないでしょう? それはいいからさっさと言いなさい」

「発言の自由くらいくれよ……はぁ、だからほらアレだよ。いつかの結衣みたいに“友達だからしなくちゃいけない”、じゃなくてよ。“友達だからしてあげたい”でいいだろ」

「なんかさらっとひどいこと言った!? あ、あたし仕方なくとかやってないよ! ヒッキーの馬鹿! キモい!」

「キモくねぇ。つか、実際やってたろうが。女子友の誕生日だからモノ贈る~とか」

「それは……してたけど」

「んじゃ比較だ。そいつの誕生日祝うのと雪ノ下の誕生日を祝うの、どっちが楽しい?」

「ゆきのん!《どーーーん!》」

「……俺、そのモブ子さんに心底同情して“やだやめてよ気色悪い、死ねば?”とか言われるわ……」

「そこは同情するだけでやめようよっ! なんでそこまで罵倒されてんの!?」

「いや、だって俺だぞ? 言われるだろそこまで。俺の小学から中学までの周囲の女子なんて、全員が折本や相模みたいなやつばっかだったぞ。それに囲まれて学園生活続けてみろ……トラウマ以外になにが生まれるってんだ」

「うわー……」

「想像するだけでひどいわね」

 

 あいつらマジサイヤ人だからね。一人一人は頭悪くても、徒党を組むとそれを強引に正当化してくるから性質が悪いったらない。そりゃフリーザ様も力をつける前に惑星ごと破壊しようとか思うよ。

 ところでゴールデンフリーザのフリーザカッターが、惑星ベジータを破壊したデスボール以下の威力ってどういうことなのん? 地球が頑丈すぎるのか。すげーな地球。

 

「ま、お陰で人を疑う心と、嘘を見抜く目を身に着けたけどな。ぼっち最強」

「そうは言うけれど、これからあなたは由比ヶ浜さんの交友関係とも関わってくるわけでしょう? もうぼっちとは言えないのではないかしら」

「正直面倒だがそれは受け入れていく。ああ、俺を嫌ってるヤツと無理に交友するつもりはねぇから、相模みたいなやつが居る場合は先に言ってくれ」

「あ、うん。だいじょぶ。ヒッキーと付き合うことになったからって離れる人が居るなら、あたしだってそんな人嫌だし」

「《きゅんっ……》……」

「《きゅっ……》ひゃっ!? あ、え、ちょ、ヒッキー?」

 

 知らず、体が勝手に結衣をやさしく引き寄せ、抱きしめた。

 ああもう、やばい、なんでこいつこんな可愛いの? 天使なの? 天使か。

 

「比企谷くん。いちゃつくのはやめなさいと言ったばかりでしょう」

「可愛い存在を可愛いと愛でることに罪はねーだろ。よって俺は悪くない。お前も猫を見つけたら撫でたくなるだろ。それと同じだ」

「か、かわっ!? あ、あぅう……ひっきぃ……」

「よくもまあそんな恥ずかしい台詞を……。あなた、本当に変わったわね」

「結衣になら変えられてもいいって不覚にも思っちまったからなー……捨てられない限り、永遠の愛を誓えるまである」

「さ、参考までに……なにが“あの”捻くれ者のあなたを動かしたのかしら」

「疑いようがないくらい真っ直ぐな気持ちだな。あれは胸に来た。ほんと……胸にきたんだよ。疑うのが馬鹿らしくなるくらい」

「………そう」

「えへへ……ひっきーが……ひっきーが可愛いって……えへへへぇ」

「本人、てんで聞いていないけれど」

「いいんだよ。こんな結衣だからいい。……いいもんだな、自分の真っ直ぐな気持ちが受け止めてもらえるのって。俺、こんなの知らなかったから」

「……そう。そうね。……由比ヶ浜さんがこうだから、私たちは……」

 

 俺も雪ノ下も、結衣には随分と救われた。

 役に立ちたいとか何度か聞いた覚えはあるが、無自覚って怖ぇーなって思う。

 役に立つどころか人のこと救ってるんだから、あなたはもっと自覚……したらだめなんだろうな。こいつはこうだからいい。

 

「……恋人の話だけれど。あなたのことだから、カーストがだの俺は底辺だだの言って、受け入れないと思っていたわ」

「もちろん言ったぞ」

「期待を裏切らないわね、定型谷くん」

「谷しか原型がない呼び方はやめろ。おまえなに? 谷に思い入れでもあるの? ちなみに俺はグランドキャニオンとか好きだぞ」

「べつにあなたの谷事情など聞いていないわ」

「お、おう」

「……これからいろいろあるでしょうけれど、あなたならきっとなんとかしてしまうのでしょうね。……比企谷くん、私の友人を悲しませたりしたら許さないわよ?」

「雪ノ下、俺と友達に」

「ごめんなさいそれは無理」

「……お前さ、もし俺がお前の友達になって、お前に傷つけられて悲しまされたら誰を許さないの?」

「比企谷くんに決まっているでしょう?」

「なにそれ理不尽すぎる」

 

 言いつつも顔は笑っている。

 まあ、そうだな。こんな関係だからいいのだろう。

 なんでも言い合える友達ってものに憧れもした。裏切られるまで裏切らない友人ってのにも憧れた。

 だが、それはもう過去だ。入学式あたりの、まだ初々しい八幡だったらそれも望めただろうが……今はもう、この関係こそが眩しすぎる。

 それでもまた、俺達はぶつかり合ってもがき合うんだろう。

 だから願う。願わずにはいられない。

 こんな縁が、ぶつかり合えるくらいの関係が、ぬるま湯だった三人の関係が冷め、ぶつかり合うことで熱くなって……“それでも近くに”って願った先が……どうか、本物でありますようにと。

 

「そういえば比企谷くん。あなた、大学はどうするの?」

「あー。結衣に勉強教えまくって同じ大学行く」

「……あなたがレベルを下げるという選択肢はないのね」

「普段からアホだアホだとは思ってるが、地頭はいいほうだろ結衣は」

「ひ、人が頭撫でられてうっとりしてるからって、横でアホアホとかひどい! 大体、ぢあたまってなんだし!」

「由比ヶ浜さん。地頭、というのは、地頭力のことで、知的好奇心の強さや答えのない問題を解く力のことなどを言うのよ」

「え? なんかそれ頭良さそう……えと、あれ? 馬鹿にされたんじゃないの?」

「褒めてんだよ。好奇心ってのは解らないものを解くのになによりも必要なものだ。じゃなきゃすぐに諦めるからな。知的かどうかは別として、興味あるものには真っ直ぐな結衣だ。その方向を上手く修正してやれば、飲み込みは早くなるだろ」

「……なるほどね。確かに好奇心を得てからのクッキーの成長ぶりを考えれば…………木炭からあそこまで、よく……! が、頑張ったわね、由比ヶ浜さん」

「やめてよぉ! なんか傷つくよぅゆきのん!」

 

 だから今からだ。べ、べつに勉強する時間にも一緒に居たいとか、思いまくってるわけじゃないわけじゃないんだからね!? はい、めっちゃ傍に居たいです。

 

「というわけで結衣。勉強だ」

「え、えー……? そりゃ、ヒッキーと同じ大学にはいきたいけど……。ま、まだ早くないかな? ほら、あと一年もあるし」

「由比ヶ浜さん。正確にはあと一年“しか”よ。もう三年も間近だし、その後なんてあっと言う間。今からやっておいて損することなど一切ないわ」

「ゆきのん……」

「んじゃこうしよう。一定量勉強が出来るようになったらテストをして、いい点取れる度にお前の願いを一個だけ叶えてやろう。どんな願いでもってのは無理だが、出来る範囲で───」

「やるっ!」

「食いつき早いなおい……」

「あ、あのさヒッキー? それ、デートとかでもいいんだよね?」

「望むところだ《どーーーん!》」

「望むんだ!? え、えへへ……えへへへぇ……♪ なんか……なんか、嬉しいなぁ、えへへぇ」

「待ちなさい由比ヶ浜さん。相手が望むことに願いを使うのはもったいないわ。手に入れた権利はもっとえげつないことに使いなさい」

「おい待て雪ノ下」

「あ、それもそうだね」

「えー……? 納得しちゃうのかよ……」

 

 俺のツッコミも右から左へ。

 自分の頬を手で包んだ結衣は、とろける笑顔でえへへぇと笑いつつ、いやんいやんと首を横に振っている。あらかわいい。つかこれやるやつ、ほんとに居たのな。可愛い。あと可愛い。

 まあ、結局はこんな感じで日々は続いていくんだろう。

 目標も出来たし守りたいものも出来た。好きな人が出来て、好きでいてくれる人が居る。

 ここまで揃っていて否定してやるのも馬鹿馬鹿しい。

 だから、いつか書いた文字も、あれはやはり過去であり、俺の構築要素でしかなかったのだと笑ってやろう。

 そして、今の俺がいつかの文を書くのだとしたらこう書こう。

 

  ───それでも、俺の青春ラブコメはまちがっていない。

 

 まあ、そんな感じ。

 結局どうして俺が猫になったのかなんてのは謎のまんまだ。

 けどまあ、世の中そんなもんだでいいんだと思う。

 解らんことに答えを求めるなとは言わないが、見つからなかったらそこには恐怖と敵意しか生まれないのが人だ。一言で言うならめんどい。

 ……大体、こんなのは難しく考えるよりも気楽に、いっそふざけるくらいの気持ちでスルー出来ればそれでいいのだ。

 じゃあ問題。

 俺が経験したものが“何”で、どうして俺は結衣と付き合えたのか。

 それを式にして解を出そうと足掻けば、いつかは出る答えもぽぽんと簡単に出るのだ。

 よって結論を言おう。

 

 ……やるじゃん、ラブコメの神様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ねぇゆきのーん……漢字難しい……

 

   国語なら任せろ。こういうのはなんだかんだで記憶だからな。覚えちまえばいいんだ。

 

  随分と簡単に言うのね。その覚えるのが難しいという人が大体だというのに。

 

   こんなもんは応用だろ。ほれ結衣、まずこれ読んでみろ。【轆轤】

 

 ……? なにこれ、わかんないよヒッキー……。

 

  由比ヶ浜さん、いきなり頭の中に入れようとしても効率が悪いわ。紅茶でも飲んでリラックスしてみたらどうかしら。《カチャリ》

 

 あっ! ありがとゆきのーん!

 

  比企谷くん、飲みなさい。《ゴトリ》

 

   お、おう……さんきゅ。つか、なんか差がない? こう、言葉にも効果音にも。

 

  さあ。知らないわね。

 

   まあ、いいけどよ。……うし、じゃあ続きだ結衣。この漢字を覚えるコツはこうだ。隣にこう……文字を足す。【玉縄】【轆轤】【回す】

 

 あ! “ろくろ”だ!

 

  ぶふぅっしゅ!?《ゴプシャア!》

 

 ゆきのん!? ヒ、ヒッキー! ゆきのんがいきなり紅茶噴き出したよ!? ゆきのん大丈夫!? ゆきのーーーん!

 

   ……ほんと、お前の笑いのツボって謎だな……。

 

 

 

 

  ちゃんちゃん。


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