どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

40 / 214
 ある日の喫茶店。突発的に始まった大掃除を終えようとしている時にまで時間は吹っ飛ぶ。
 どこで知ったのか、休みだったらしい葉山が手伝いに来てくれた。
 ご丁寧に腕まくりまでして、壁にかけられていた額入りPOPを掃除し、掛け直してくれている。

「絆ちゃん、ここらへんかな」
「もう少し右」
「よっ……っと。こうかな?」
「もう少し左」
「え? 美鳩ちゃ……え? こ、こう? こっち?」
『はい、魔導村!《どーーーん!》』
「なにが!?」

 今日もぬるま湯はぬるま湯してる。そんなお話。


恋に落ちる音がした。①

 今朝も早から店の準備。

 健康を損ねることなく皆が壮健に店を開けば、ぼちぼちとやってくる客、客、客。

 そんな中にあって、本日どうにも奇妙なことがあり───その奇妙は、現在もてこてこと店の中を歩き回っている。

 

「───」

「───」

 

 一人はそのままの髪型。

 肩までの髪の毛を右側で結わい、サイドポニーにしている美鳩。

 そしてもう一人は長い髪を纏め、折りたたむようにして美鳩の髪の長さに合わせ、これまたサイドポニーにしている絆。

 二人はどこか半眼のような瞳でシャキッと姿勢正しく動き、注文を取るのも運ぶのもとても丁寧。

 なにより絆がやかましくなく、美鳩も男性客を前にしても狼狽えない。……まあ、若干どころか汗をだらだら流してはいるが。

 

「今日は別ななにかの真似か……?」

 

 喫茶ぬるま湯の接客……もとい、愛娘たちの接客方法はいろいろだ。

 ワンピースの海上レストラン、バラティエスタイルだったり、妙にスタイリッシュ紳士っぽく迎える坂本くんスタイルだったり、ひたすら元気だったり暗かったり何故か召し上がり方を訊いた上に天に召そうとしたり。

 まあ、その大半が葉山か材木座という、俺達の知り合い連中に向けられるわけだが。

 

「そんで、なんだって今日はメイド服着てるんだろうなぁあの二人は」

「うん、ちょっと前に姫菜が持ってきて、絶対に似合うからーって」

「海老名さん、そっち側のことをまだ続けてるんだな……」

「そっち側の知り合いに、そういうのが得意な娘が居るんだって。あ、そうそう、さっきヒッキーが奉仕部に行ってる時、しずっ……平塚先生来たよ? ほらあそこ」

 

 隣でグラスを磨いていた結衣に促されるままに奥の席を見ると、確かに平塚先生が。

 一応、正式に“雪ノ下”の名の下に纏められることになった俺達は、平塚先生を長女に置き、賑やかな日々を過ごしている。結衣が“しずっ……”と言ったのは、静姉さんと呼ぶのに慣れてきている証拠だろう。

 一緒に暮らしているわけじゃないが、朝は大体飲みに来てくれる。ありがたいことだ。

 仕事中や教師してる時はそのまま平塚先生でいい、というのがあの人の意見ではあるが、あの人俺が“姉さん”って呼ぶとやったらとニマニマして頭撫でてくるんだよな。まあ、今は俺達も仕事中ってことで、教師モードでいてくれてるみたいだ。こっちもシャキっと…………うん。それにしても……ああまあ、その、なんだ。

 ……あの先生どうなってるんだろうなほんと。老いないなぁ……マジで。

 あの人やっぱり戦闘民族かなんかなんじゃないの? 野菜的な。戦い続けられるために全盛期であれる時間がやたら長いとか。え? どんな戦いかって? ……こ、婚活……とか?

 などと思っていると、平塚先生がこちらをギロリと睨む。

 だからどう感覚が鋭ければ人の思考とか読めるんだよ! あの人何者!?

 

  カランカラ~ン♪

 

 どうにも目を逸らし難い状況の中、丁度良いタイミングで客が来てくれた。

 喜び勇んで出入り口に目を向ければ、スーツ姿の葉山。

 

「やあ。今日もお邪魔す───」

『《ザザッ!!》』

「!? え、っ……き、絆ちゃん? 美鳩ちゃん?」

 

 やあ、なんて爽やかに入ってきた葉山に対し、娘二人はズシャアとばかりに滑り込むように葉山の前に立ち、綺麗に横に並んで姿勢を正す。

 そして言うのだ。

 

「姉様、姉様。今日も葉っぱマウンテンが来店しました」

「美鳩、美鳩。今日も葉っぱマウンテンが来店したわね」

 

 眠たげな瞳で、ゆっくりと抑揚のない声で喋る二人。

 戸惑う葉山を前に、姿勢を崩さず、かといって案内するでもなくそこに立っていた。

 ……ああ、うん。戸惑ってるな。めっちゃ戸惑ってるな、葉山。

 高校時代じゃ珍しかったその姿も、このぬるま湯じゃ大して珍しくもないんだから面白いもんだ。

 あとなんの真似なのか分かった。あれリゼロの双子姉妹だ。

 

「えぇと……絆ちゃん? 美鳩ちゃん? なんて返せばいいのか……。あー……ああ、その。せめてそこはリーフマウンテン、とか……?」

「《カチッ》録音完了しましたわざわざの言質をありがとうございますリーフマウンテン様」

「それでは遠慮なく案内させてもらうわリーフマウンテン様」

「美鳩ちゃん!? 許可なく人の声を録音とか危ないから───ってそうじゃなくて!」

 

 そして、出来るだけ会話を拾って盛り上げようとした結果がこれである。

 やめとけ葉山……。高校時代と違って、女子側がお前の言葉に合わせて盛り上げようって気が一切ないから、無難に拾おうが疲れるだけだぞ。

 ……なんていう答えは出てるくせに、教えはしない。だって、誰かの会話に自分が割って入って助けるとか、そんなイメージが全然わかないし。

 

「お言葉ですがリーフマウンテン様、きちんと防犯用のため、あるいはそれらの証拠収集のため、会話の録音をさせていただくこともありますと、店には注意書きがあります」

「えぇえっ!? いつの間に……!? は、初耳だよそんなの……!」

「当然よリーフマウン……長いからリーフマンで我慢してください、エアーマンの天敵様」

 

 そしてあっさり原型が無くなった。あとエアーマンの天敵はウッドマンな。葉っぱ飛ばすんだからリーフマンでも構わん気もするけど。

 

「既に名前の原型がどこにもないな……ええっと、それより席に案内してくれると助かるかな……っていうか、これはなんの遊びだい?」

「ご安心くださいリーマン様。たとえ美鳩が青い方役だとしても、あなたをモーニングスターで圧殺することはあっても、あなたに依存することはありません」

「い、いきなり物騒だな……え? なに? 青い方? ていうかどんどんと略されていってないかな……?」

「気の所為です社畜様」

「どんどん不名誉になっている気がするんだけど!?」

 

 いやいや、社畜ってべつに不名誉で固定されて知られる名前ばっかじゃないよ?

 望んでそうしている人を呼ぶ場合だってあるんだし、ヒッキー、それを一纏めに“不名誉”と呼ぶのはどうかと思うな。

 

「あぁっと、とにかくごめん、時間があまりないんだ、先に注文いいかい? ええっと、カモミールとチーズケーキのセットをお願い出来るかなっ」

「まあ大変。社畜様の中でカモとして見られております、姉様が」

「まあ大変。社畜様の中で乳製品として狙われているわ、美鳩が」

「違うから! あ、ああもう! 比企谷!? 比企谷ー!」

「お呼びとあらば美鳩が参上」

「目の前に居るというのに比企谷を呼ぶとはなんと欲張りマウンテン。けれど呼ばれたからには絆が参上」

「いやいや違うから! 俺は比企谷をっ……」

「いかにも美鳩が比企谷美鳩」

「たこにも絆が比企谷絆」

『そしてあなたが社畜マウンテン』

「違うから! とにかく俺はっ……! ええっと、そのっ……!《かぁああ……!》」

 

 まずはメイド服のスカートをちょんとつまみ、二人は綺麗に礼をして名乗ってみせる。

 その綺麗な動作に俺がちょっとトゥンクしちゃったと思った次の瞬間には、二人は正面から指を絡ませるようにして手を合わせ、頬が触れるほど寄り添ってから葉山を見つめ、社畜マウンテン。

 ああうん、解る、解るぞー葉山。今のは真正面からやられると照れる。可愛いからなぁ宅の娘は。言われた言葉がマウンテンじゃなけりゃ、真っ赤になって大変だったんじゃないかね、あいつ。

 

「………」

 

 なんだか見てて不憫になってきた。

 むしろこの店の名物みたいになっていて、客もこの一連のやり取りで笑っていたりするんだが。

 妙な名物が出来てしまった。こういったやり取りを見るために朝早くから来る人まで居るっていうんだから、世の中ちょっぴりまちがっている。

 

「解った、カモミールとチーズケーキは取り消すから、もう手っ取り早いモーニングセットをお願い出来るかな……」

「お客様、お客様。ご注文はモーニング(スター《ぽしょり》)セットでよろしいですか?」

「え? 美鳩ちゃん? 今途中でなにか言わなかった? え? スター? え? ……え!?」

「お客様、お客様、ご注文は棘付き鉄球大圧殺でよろしかったでしょうか?」

「もはや隠そうともしてないよねそれ!」

 

 困惑の葉山を見つめ、いい加減に止めるか……と動き出したところで、俺の横を雪ノ下が歩いてゆく。

 綺麗で迷いのない動きで一直線に娘ふたりのもとへと行くと、溜め息とともに声を投げる。

 ていうか茶葉取りに行ってたのに、もう戻ってきたのか。

 

「……騒がしいからなにかと来てみれば。あなた、なにをしているの……」

「え……あ、雪乃ちゃん!《ぱああっ……!》」

「気安く名前で呼ばないでもらえるかしら《ぎろり》」

 

 困った状況の中で救世主が来たとばかりに笑顔になれば、口から出た名前に睨まれる。

 ……なんかやっぱり不憫になってきた。なにか奢ってやろう。ほら、バスターとか。MAXとか。

 

「そ、それはごめん。だけど、今はそれどころじゃなくてっていうか、その……」

「人の名を勝手に呼んで、“それ”扱いとは随分ね、お客様」

「あ、いやっ、今のは言葉の綾っていうかっ……! ああっ……ついさっきの時間に戻ってやり直したい……!」

「姉様、姉様。お客様には死に戻り願望があるみたい」

「美鳩、美鳩。お客様には死にも匹敵するM性癖があるみたい」

「ないからね!? と、とにかく誤解っ! 誤解だから!」

「姉様、姉様。お客様は五回DAKARAを運んできてもらいたいみたい。姉様に」

「美鳩、美鳩。お客様は五回DAKARAを運んできてもらいたいみたい。美鳩に」

「まっぴらごめんです、父様の頼みならともかく」

「まっぴらごめんだわ、父様の願いならともかく」

「お願いだから聞いてくれないかな!? いい加減泣くよ俺!」

「……初めて流す悔し涙か……《キリッ》」

「男は何度か泣いて、本当の男になるのさ《キリッ》」

「~~……ああもう……! いきなり男らしい声色で言われても、俺にどうしろっていうんだ……! こういうのを勉強してなかった俺が悪いのか……!?」

「ジャングルの王者ターちゃんか。哲学的名言が多いよなぁあれ」

「平塚先生!? 居たんですか!?」

 

 むしろ俺は、昨日まで娘二人が見ていた円盤が気になるんだが。

 どうすればリゼロで始まってターちゃんに繋がるんだよ。

 

「二人とも、葉山も忙しいようだ。じゃれつくのはそれくらいにして、案内してあげるといい」

「え? じゃ、じゃれっ……!? ……え、と、そういうこと……なのかい?《ぱああっ……!》」

「大変な真実です姉様。どうやら言葉遊びではなくマウンテン様にじゃれついているそうです、姉様は」

「大変な事実だわ美鳩。どうやら言葉遊びではなくマウンテン様にじゃれついているそうなの、美鳩は」

『それはないとして、けれどそれはそれとして案内しますわ社畜様』

「そこはお客様って言ってほしいかな……」

「大変、社畜様にねっとりと脚の様子を見られています、姉様が」

「大変、社畜様にねっとりと脚の様子を見られているわ、美鳩が」

「お脚の様って言いたいんじゃなくてね!? なんでそこだけ拾うんだ二人とも!」

 

 どうぞこちらへと、自分の言葉をあっさりスルーされるもしっかりついていく葉山。

 せっかくだからと平塚先生と相席になったようで、ぺこりとお辞儀をした娘たちがこちらを戻ってくる様子を最後まで眺めていた。

 

「父様、父様。早速ですが注文を承ってきました。美鳩が」

「父様、父様。早速ですが熱い愛情が欲しいです。絆へと」

『是非褒めてください。褒めて、褒めて』

「ええいステレオで言うな。もう出来てるから。ほら、モーニングセット」

「パパ、パパ。モーニングスターがありません」

「いやねーからね? あってたまるかそんなもん。モーニングスターがある喫茶店ってどんなだよ」

「なんなら異世界転生ものに限らず世界最硬、最高要領を誇る$袋にゴールドをぎっしりと込めて、それを振り回すのでも構いません。それを振り回し、敵を粉砕出来ればそれはきっと朝の星に勝るとも劣らないジャスティス《ずびしっ》ひゃうっ」

「真似るなら最後まで真似ろ。……ったく」

 

 物真似が緩くなってきた美鳩の額にデコピン一発。

 次いで促すと、絆も美鳩も綺麗な姿勢でモーニングセットを運び、葉山へと届けた。

 

「ありがとう。がっつくようで悪いけど、早速いただくね」

「おーもーいーではー、いーつーもーきーれーいーだーけどー♪」

「……なんで今それを歌うのかな、美鳩ちゃん」

「モーニングスターを提供できない悲しみを、せめて分銅付き鎖鎌で紛らわす奉仕の心です」

「抑揚がない所為で心がこもっているように聞こえないのは、セルフでご愛敬として受け取るマウンテン。さあ、食事を続けてくださいマウンテン」

「そ、そっか……うん……。(……なんで語尾がマウンテンになってるんだろ……)《カチャッ……》」

「…………《じーーー……》」

「…………《じーーー……》」

「……。その、ありがとう。運んでくれたなら、もう仕事に戻っても───」

「そーれーだーけーじゃーおーなーかーがー」

「歌わなくていいから!」

「姉様、姉様。お客様が心地よく食事が出来ないとはメイドの名折れです。主に姉様の」

「美鳩、美鳩。お脚様が心地よく食指を向けないのはメイドの名折れだわ。主に美鳩の」

「それは向かなくて結構です姉様」

「それは向かなくてもいいわ美鳩」

『だってそもそもメイドではないもの』

「…………《もぐもぐ》」

『だけどあなたは社畜マウンテン』

「お願いだから食べさせてくれないかな!?」

「……マウンテン・社畜?」

「い、言い方に文句があるとかじゃないから……! ね? 頼むよ、絆ちゃん、美鳩ちゃん……!」

「……マウント斗馬(とば)《ぽしょり》」

「どなた!?」

 

 さすがに相当慌ててるようだし、自由すぎる娘たちを呼んで戻らせた。

 葉山が心底助かったって顔をして手を合わせて拝むみたいなポーズを取るが、すまん、俺も早く止めるべきだった。

 

……。

 

 食事を終えた葉山に代金はサービスだと言うと、彼は感謝しつつ出て行った。

 お蔭で完全に目が覚めたよと笑ってはいたが、心労は溜まったんじゃなかろうか。

 

「八幡、ごちそうさま。いつもごめんね、長居しちゃって」

「おお戸塚っ……! あ、いや、気にすんな、仕事なんだからな」

「ふふんむ、解っておるではないか八幡よ。なので───」

「サービスはしねぇからとっとと払え。あ、戸塚の分は気にすんな」

「我にだけ冷たくない!? いや、毎度そうなのだから、払う分には構わぬが……」

「いつも僕も払うって言ってるのに……」

「いや、これは我の意地だ。じょっ……けぷこん! 戸塚氏に払わせたとあっては男子の名折れであろう」

「? そ、そうなの?」

 

 おい。今こいつ、女性って言いそうになってただろう。

 解るけど。超解るけど。解りすぎるまであるけど。

 髪伸びるとまんま女性だもんなぁ戸塚……。低い背も手伝って、銀色の髪とか綺麗だし。

 そう思いつつも、手は隣に立つ女性の髪に伸びて、さらさらと撫でている。

 

「ヒ、ヒッキー? どしたのいきなり」

 

 どうした、って。

 うん。俺の奥さん超可愛い。

 なにかを綺麗だなって思うのと好きとは違うんだって、もう心も体も解ってることが、なんとなく嬉しかった。

 どうしたのと訊かれれば、きっとそれだけのことなのだろう。

 

「あはは、いつも仲が良くて、見てるこっちも嬉しいな。遅いかもだけど、僕もそういうの、考えてみようかなぁ」

「ぶひっ!?」

「!!!」

 

 材木座が声に出して動揺するのと同じく、俺の心にも動揺が走る。……が、それを表に出したりはしない。

 ……あ、危ねぇ……! 結衣の髪に触れてなければ、みっともなく叫んでいたかもしれねぇ……! っべー、っべーわー……!

 

「そうだな。戸塚、お前になら小町を……」

「もう、八幡? そういうのってよくないよ? 八幡が、じゃなくて、ちゃんと小町ちゃんの気持ちも考えなくちゃ」

「? ほむん? それってば戸塚氏? 戸塚氏は比企谷妹のことを、割と?」

「あ、うん。そういった意味で言ったわけじゃないけど……すっごくいい子だとは思ってるよ?」

「姉様、姉様。天使が天使を想う瞬間を目撃してしまいました」

「美鳩、美鳩。それはつまり父様が認める天使が家族になると」

「ところで姉様、小町お姉様の好みのタイプは───」

「そうね、美鳩。奇しくもわたしたちと同じなのよ」

「………」

「………」

『違う。タイプというか、パパが好き』

「おい」

 

 再び正面から手を絡め、頬をくっつける勢いで寄り添った二人がこちらを見て、そう仰る姿にツッコミを入れる。

 寄り添いすぎて、どなたの血故なのか見事なお山同士がほゆりとぶつかる様から目を逸らしそうになると、結衣を抱き締めた。

 恥ずかしさなんぞに負けて、娘から完全に視線を逸らさないよう、勇気を分けてもらうつもりで。もちろんなによりも愛情を込めて。

 

『父様。そういう時は母様ではなく娘を素直に抱き締めるべきだと強く強く思います』

「だからステレオやめい」

 

 言いつつも抱き締めるのをやめない。

 腰を、頭を手で引き寄せるようにして、その顔を胸に埋めるように抱く。

 嗅ぎ慣れた香りがふわりと嗅覚を掠めるだけで顔が綻ぶ。

 それが嬉しくてさらに抱くと、自分の背にも腕が回され、ぎうぅっ、と結衣からも抱き締められる。

 ぐりぐり~っと胸をこすってくる顔の感触がくすぐったい。

 客はたっぷり居るのに気にならないほど愛おしい。

 むしろこれももう名物みたいなものになっていて、やっぱり「いつまで恋人気分だー!」とか常連さんにはからかわれる。

 ほっとけ、いつまでだって俺達の勝手だ。

 

「いつまでも仲がいいって素敵だよねっ! いいなぁ、僕もそんな恋とかしてみたい」

「……!!」

 

 小町! 小町をよろしく! そして俺の義理の───……性別戸塚だから義戸塚? なにそれ新しい。

 と、どれだけ心で叫ぼうが、それを選ぶのは小町と戸塚だ。

 そういうのはお互いで存分に青春してもらう方向で、だな。

 それがまちがっていても正しくても、自分たちが認められたならそれでいいんだろう。

 散々まちがえた俺が願うのもなんだけど。

 取り返しのつかないまちがい以外はどれだけやっても構わないから、笑顔のある未来へたどり着いてほしいんもんだ。

 

「……むう。ところで父様。今年は子供の日がすっぽかされてしまいました」

「……そう。だから、父様。母の日は我慢した私たちに、なにかご褒美をください」

「ご褒美っていったってな。なにか欲しいものでもあるのか? んー……アクセサリとか? お前らにはいつも助けられてるし、店を継ぐなんてことまで言ってくれてるんだ。多少の無茶くらいは聞いてやれるぞ?」

「………《ポムッ》」

「………《かぁああ……!》」

「おい待てやめろ、何を想像した」

 

 訊ねてしばらく、美鳩の顔がポムと上気し、絆が真っ赤になって俯いた。

 そんな二人の様子を伺いつつも、仕事で忙しかった戸塚になかなか渡せなかったプレゼントを、結衣と一緒に渡す。

 

「わあっ、いいのっ!? ありがとう二人ともっ!」

「気にすんな。俺が贈りたくて贈ってるんだ」

「えへへぇ、そうそうっ。喫茶ぬるま湯は誕生日にはこだわるからね~♪」

「ちなみに、本日の紅茶とケーキは雪ノ下と一色からのプレゼントだ。だから無料。材木座は余分に頼んでたから料金は取るが」

「あ……戸塚氏の分はいいってそういうことだったのね……。欲張らずにアレだけで我慢しとけばよかった……我落胆」

「あれ? そういえば雪ノ下さんは? さっきまで居たのに」

「ああ、さっき通った注文で特殊な紅茶作るのに、奉仕部の方のキッチン使ってる。呼んでくるか?」

「あ、いいよ、うん。お礼を言いたかったんだけど、お仕事の邪魔をしちゃ悪いし。僕もそろそろ戻らないとだから」

「そか。んじゃ、雪ノ下と一色には俺達から言っておくな」

「うん。ありがとう、八幡っ。また来るからね、ごちそうさまっ!」

「ではな我が盟友! 次もまたここを使わせてもらうぞ!」

「お前と友達になった覚えはねぇよ」

「ひどくない!? こういう時はノリであろう!?」

「お前と俺との間で、そういう煩わしいのはないだろ。わざわざ語って、親密度がどうとか言わなきゃどうにもならないわけでもない」

「はぽっ!? ……うむ、そうであったな。我らの間に言葉は不要か」

「おう。だからお前は友達じゃない」

「ねぇ八幡? それわざわざ言わなくてもいいよね? 不要だと言った矢先にあんまりじゃない? 泣くよ? 我泣くよ?」

「じゃーねーさいちゃーん! あ、中二も」

「……比企谷夫人も冷たい。そんな、アザラシの子供の真似してみてと言いたくなるような声をしているというのに」

 

 いいじゃねぇの。俺、アザラシ好きよ?

 ゴマフアザラシの赤ちゃんとか最高《くいくい》───じゃん? って、なに? 誰? 俺の服を引っ張るのは。今俺ゴマちゃんの声の素晴らしさについてを語ろうと……あ、ゴマちゃん言っちゃった。

 

「……父様が美鳩を見てくれません……やはり美鳩はいらない娘で……!《カタカタカタ》」

「あぁすまん悪いご褒美とか忘れてたなご褒美じゃなくて子供の日の贈り物だったかなんだなんだねなにが欲しい!?」

「父様、絆は何が欲しいとは口にしません。ただ、父様が選ぶ、相手がきっと喜ぶと思うことをお願いします」

「献立訊いて“なんでもいい”を返された主婦くらい悩む言葉だなおい……」

 

 困り、ちらりと結衣を見ると、苦笑を浮かべて“やってあげたら?”と促してくる。

 やってあげたらって、また漠然としたことを……。

 しかし……相手が喜びそうなこと、か。

 んー……

 

  お兄ちゃん? そういう時は“愛してる”でいいんだよっ

 

 ……おお。

 さすがだな小町、ここに居ないのに俺に“解”をくれる。

 シビれも憧れもせんけど感謝はしよう。

 で、それをいきなり俺に言われたからって喜んでくれるのは、きっと結衣だけだろう。

 足りないなにかを俺が補う必要がある。

 なぜって、いきなり俺が愛してるなんて言ったって、俺が考えたものじゃないことくらい簡単にバレるからだ。

 なら俺からのなにかを混ぜなければ、こういったものは成功しない。

 これ、ぼっちの知恵。

 なにかを隠す時には真実を混ぜて隠せ。

 それが出来ないやつに嘘は向かない。

 結衣とか特にな。こいつ追い詰められなくても真実ばっか話すし。

 まあ、だからこそ俺なんかでも傍に居られるんだろうけど。

 

「………」

 

 うむ。というわけで。

 綺麗に並ぶ、同じ髪型、同じ衣装、同じ姿勢、同じ背格好、ただし胸の大きさは違う二人を前に、深呼吸一丁。

 オウケイ覚悟は決まった。

 あとは二人を両腕で抱き寄せて、その耳元に口を近づけて、

 

「……愛してるぞ、絆、美鳩」

「……!! と、父さ───パパ《ちゅっ》ふわぁあっ!?」

「……!! ぱ《ちゅっ》ふわぁぅっ!?」

 

 愛を唱えたのち、その頬にキスをする。

 愛してるを提案したのは小町。頬へのキスで喜んでくれるのは結衣。

 なら、比企谷の血を引き結衣の血を引く二人なら、この二つで喜んでくれる筈───!

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。