どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
……たまには暇な時があっていい。
そう思うと、こういう仕事ってのは大体忙しい一日になったりする。
しかしながら本日は平和な時間と忙しい時間をきっちりと分けた日なようで、いい塩梅に客がハケたり入ったりだった。
そんな中にあって、本日無駄に丁寧かつ素早く客をもてなしていた娘二人は……何故か俺のベストを小さく仕立て直したものを着用、ブルーマウンテンな青山さんのような恰好で、客を迎えていた。
何故かっつーか……前もあったけどな、こんなこと。胸キツそうだからやめろって言ったんだけどね、聞かないのよ二人とも。
「《からんから~ん♪》やあ、今日も───」
「《シュタァンッ》いらっしゃいませお客様」
「わっ!?《びくっ》……あ、ああ、美鳩ちゃん。うん、また来たよ」
やってきた葉山を凛々しく迎え、
「どうぞこちらへ。この季節にはありがたい、最適な温度と一人の時間を楽しめる席をご用意してあります《キリィッ》」
「え、あ、ああ……ありがとう」
奥の、日差しを堪能できる席へと華麗に案内し、
「ご注文はお決まりですかジェントルメン。当店ではあなた限定で、かつての世、とある不良漫画内にて、金髪の不良が双子の男子に振る舞ったとされる下剤入り雑巾の絞り汁などがオススメですが……《ニコォ》」
「スタイリッシュになんてものをオススメしてるの……」
優雅に注文を訊かれて、
「お待たせいたしました。こちら、ランチパック盛り合わせでございます《コトリスタスタスタ》」
「え? いや……え? ……え!? た、頼んでないんだけど!? え、ちょ、置いていかれても困っ……美鳩ちゃーーーん!?」
美しく、頼んでもいないランチパック詰め合わせを持ってこられて、
「《コポコポコポ……》どうぞ。こちら、あなたのためだけの特別ドリップ、アルコールランプとビーカーブレンドです。……お口から、迎えてあげてください《ソッ》」
「いやソッじゃなくて! 火傷するよね!? 狂おしいほど煮えたぎってるのに口から迎えたら火傷するよね!? きずっ……絆ちゃん!? ちょ、待って行かないでくれないか!? これどうすっ……絆ちゃーーーん!」
アルコールランプとビーカーで作られたコーヒーを飲まされて、
「こちら、丁寧に砥いだ国産米の盛り合わせ、ライスでございます《コトッ》」
「えっ……け、軽食……え!?」
軽食を頼んだら皿にライスだけ盛られて持ってこられて、
「《ジリジリジリ……》ふぅ。寒い日が続くので、お客様の靴を温めておきました。どうぞ、熱い内に」
「《スボリ》うあぁあっちゃぁあああああああっ!!? ちょ、みはっ、あちゃあぁああちゃちゃちゃちゃぁああっ!!」
気づけば取られてた靴がこんがり焼かれて、
「……《ゴトリ》」
「…………あの。絆ちゃん。俺、デザート頼んだんだけど……」
「………」
「あの……なんでワカメ……」
「…………」
「なにか言って!?」
食後のデザートを頼んだら問答無用でわかめの盛り合わせを持ってこられて。等々。
その一挙手一投足がCOOL! COOLER! COOLEST!
「もはやただの嫌がらせなんじゃないのかこれ!」
今日もぬるま湯は平和です。
……。
で、閉店。
客も完全にハケた現在、葉山が座る奥側の席へとコーヒーを片手に座った。
「はぁあ……」
「悪いな、いつも」
「ああ、比企谷か……。いや、それはいいんだ。俺もなんだかんだで楽しんでる。学生時代じゃ出せなかった自分だとか言葉だとか、今、遠慮なく出してるって自覚があって、恥ずかしいけど……まあ、楽しくもあるんだ。まあ、今日が休みでよかったよ。こんな時間まで居座るつもりはなかったんだけど、完全に帰るタイミングを逃した」
娘たちが逃がしてくれなかった……っつーか、逃がさなかったっつーか。
ある意味で懐かれてはいるんだろうか。……いや、やっぱちょっと違うよな、うん。
「たくましすぎでしょお前……ほれ、ホット。注文以外のものは全部払わなくていいからな。ま、いつも通りだが」
「サービスされている実感はあるよ。なんだかんだでやさしい二人だ」
「きっかけが結衣を名前で呼んだこととはいえなあ……」
「あの時は二人よりも比企谷の方が怖かったけどな。君、独占欲強すぎだろう」
「うるせ。自分以外の他人な男が、大事な相手の名前を呼び捨てとか腹が立つに決まってんだろ。お義父さんだけでいーんだよ、そういうのは」
「ははっ……そうか。君は本当に、由比ヶ浜さんが好きなんだな」
「ああ好きだね。好きだし本当に好きだしマジで好き。超好き大好き愛しているまである」
「……精神的にも随分と成長したんだな。以前の君なら絶対にそんなことは言わなかった」
「何年経ってっと思ってんのお前……高二病なんざとっくに卒業したっての。ある意味修了したと言っていいとさえ思ってる。二度とああはなるまい」
中二も高二も恥ずかしい過去にしかならんのだ。
大二病とかはアレな。ただひたすらに結衣に恋して結衣を愛する存在だった。いや冗談抜きで。当時の俺を知る者は口々に毎日が歯が抜け落ちるんじゃないかってくらい甘々だったと語る。
まああの頃は俺は結衣に夢中で、自分を客観的に見れなくなってたし。
あとは将来に向けての勉強とかで大忙しだったしな。
もちろんどんだけ忙しかろうが二人の時間は絶対に取ったが。
まあつまりその、なんだ。最終的にはこれにしかならんわけで。俺の奥さん超可愛い」
「~~……惚気るのはやめてくれ、コーヒーが甘くてたまらない」
「あ? なに───ああもういいですパターンですね解ります」
どうやらまた口に出ていたらしい。
「君は本当に隙だらけというか……思ってることが口に出る、なんて、気が緩みすぎてるんじゃないか?」
「馬鹿いえ、俺の思ってること全部を口に出したらこんなもんじゃねぇっつの。俺の、あいつへの想いとかこんなもんだと思ってんならナメんなよ葉山。俺はな」
「え? いやおい、ここで語りに入るのか!? あ……っと、それよりもだな、比企谷っ……」
「うるせぇいいから聞け。こちとら言いたいことは口にしてとか言ってくれなきゃ解らないとか、同棲生活中に散々言われてんだ。それでも面と向かって言えないこととかまだあったりするんだから、その鬱憤でも受け取ってけ馬鹿野郎」
「い、いや、そうじゃなくて……な? って聞けよ! 無視して語り始め……あ、あー……解った、好きにしてくれ幸せ者」
そんなわけで語った。
面と向かってはなかなか言えないことも、愚痴という名の完全な惚気話も。
話して話して話しまくって、自分でも夢中になってきているのが解り、しかし止まらない。
自分で“あー……俺結衣のこと好きすぎでしょ”と呆れつつも、自分が惚れている部分を語り、感謝し、作ってくれる料理の中でどれが好きかも語り、しかし子供っぽいかもって理由で滅多に作られず、そこが結構しょんぼりだったりとか、けれどあの味は結衣にしか……! などと語り語って熱弁して、葉山がいい加減ぐったりし始めた頃。
俺と葉山が座る、この奥側の席。そのテーブルの上に、コトリとオムライスが乗っけられた。
「へ? あ……」
「えと……ヒッキー。いつもありがと。あ、あと……えとー……す、好きなんだったら……さ、ちゃんと……言ってね? あたし、ヒッキーのために料理頑張ったんだから……言ってくれたら嬉しいよ?」
「………」
「………」
「グワーーーーーーーーッ!!!」
「ひゃあっ!? ヒ、ヒッキー!?」
聞かれてました。ハイバッチリ。思わず叫んで頭を抱えてしまった。しかしその際、オムライスが揺れたり落ちたりするような行動だけは絶対にしない。案外冷静? 違う、結衣が作ってくれたものだからだ。本能的に守りたくなる。いやもうこれ俺本当に奥さんに参りすぎでしょ。
だが言おう。結衣のオムライス、マジ美味しい。
同棲時代に作ってくれた瞬間その味に惚れて、そりゃ結構焦げてたしボロボロしてたしだったけど本当の本当に美味しくて、胃袋鷲掴みにされて、しかし当時の俺なもんだから素直に言えなくて、ズルズル。
そうこうしている内に電話した一色と食事の話になったらしく、オムライスは俺のイメージですかねー的な話に向かったらしく……オムライスが食卓に上がることが極端に減った。俺氏、絶望。
そんなこんながあって、娘が産まれて以降はたま~に食卓に上がることがあり、顔が緩むのを毎度毎度隠しながら、用意される度に完成されてゆく味に、さらに胃袋を鷲掴まれたものだ。
その時にちゃんと言ってやればよかったものを、娘の前だからってことで言えず、結局ズルズル。
……で、今。
……ばっちり聞かれちゃってたみたいです、はい。
「くっ……くっはははは……! ひっ、比企谷っ……はははっ……君、顔真っ赤だぞ……!」
「だーーーっ! うるせぇうるせぇ! あーそうだよ悪いかよオムライス好きだよ“結衣のオムライスが”大好きだよ!」
いいじゃない! オムライス美味いよ!
しょうがないだろこれほんと俺の好みが解ってるって味なんだもの!
美味いんだよ! ほんと美味いんだよ!
「…………」
「比企谷」
「うるせぇ!」
卵の上の、綺麗なハートマーク型ケチャップを、内側のハート型が崩れないように外側に伸ばしていく様をじっくり見られた。
ほっとけ、これが俺の食い方なんだよ。
量とかも完璧なんだよ。俺の好み解りすぎてんだよ。嬉しいじゃないの。
こうして一口食ってみりゃさ、ほら……あーもう、ほら、美味ぇじゃねぇか。なんだよこれ、美味いなほんと。美味い。うま……美味しいです。
「からかって悪かった。美味しいって感じてるなら、眉間に皺は違うだろ」
「誰の所為だよこの野郎……! くそ……その、結衣」
「……ん、ヒッキー」
「……いつも、ありがとうな。初めて作ってくれた時から、その……ずっと言いたかった。言えなくてすまん。……すごく、美味しい」
「~……ヒッキー……!」
もくもく食べる。ようやく言えた気の緩みからか、眉間に寄っていた皺もほぐれ、顔も盛大に緩み、そんな状態の時に結衣に抱き着かれた。
いえあの、はい、幸せです、とても。
口の中も体も幸せ、心も幸せ。幸せすぎてやばいまである。
「けど、オムライスか。最後に食べたのはいつ頃だったかな」
「いや、お前の事情は知らんが」
「それもそうか。由比ヶ浜さん、よかったらこのオムライス、メニューに───」
「…………《スチャリ》」
「待て比企谷悪かった、眼鏡を取って濁るのはやめてくれ、今さら濁った眼のお前を見るのは俺も嫌だ。……はぁ、本当に君、独占欲強すぎだろ……苦労してないか? 由比ヶ浜さん」
「えへへへへへぇ~……♪ ───あ、え? なに?」
葉山の質問に、顔をほんにゃりと緩ませ、その頬を両手で支えるようにテレテレしていた結衣がハッとするが、結局聞こえてなかったっぽい。
「……独占されていた方が嬉しいっていうのもあるのか。なんというか、本当にお似合いだね、君たちは」
「ワハハハハハ! そして当然この絆もパパに独占されたい存在! ……遊戯王の社長ってワハハとか普通に笑うけど、パパ……やってみると結構恥ずかしいねこれ」
「来て早々に恥ずかしがるなよ……というか、相変わらず仕事さえ終われば真似とかはどうでもいいんだな」
「仕事とプライベートは別。先人はとても良い言葉を残した。美鳩も全面的に賛成。とてもジャスティス」
話に割って入るが如く、絆と美鳩がやってくる。
訊いてみれば、もう戸締りOK、“OPEN開店営業中”の札も、裏返して“CLOSED閉店まったり中”に切り替わっているとのこと。
「《からんから~ん》はっはっは~、やー、今戻ったぞー弟妹たちよー!」
そんな時、ひら……あー……静姉さんがやってくる。
苗字が“雪ノ下”になり、晩飯をここで食べるようになってからは、こういうことも多くなった。というか、むしろひら……静姉さんがそうしようと言い出した。独りメシは寂しいらしい。
「《からんから~ん》はぁ、まったく都築は……あぁ美鳩さんっ、元気にしていましたかっ?《ぱあぁっ……!》」
「お、奥様っ……! 出向く際には連絡をっ……! せめて一本入れるまで耐えることは───」
「黙りなさい都築っ」
そのすぐ後に雪ノ下母……通称ママのんがやってきたり、小町が川崎姉弟を連れてきたり、雪ノ下さんが来た───と思ったら、なんでかめぐりんパワーの持ち主さんを連れてきたり、“ちょっとそこで会った”とかで戸部やら海老名さんやら三浦まで来て、材木座が戸塚と一緒に打ち上げに来たとかで来訪。
全員に既に閉店時間だがと伝えたところで聞きやしない。まあ、知らない仲じゃないんだから別にいいんだけど。
「あ……隼人」
「優美子……」
で、当然この二人は目が合うと気まずそうに……。
もうなんなの? 結局はお互い意識しまくりなら、もう手とか伸ばしてみたらいいんじゃないの?
過去とか引きずりすぎないで、いっそ名前の通りグラスフルなライフを送ってくださいよ女王様。
……過去の引きずりとか、俺が言っても説得力の欠片もねぇなおい。
「お前らさ、もうほんと、年齢がどうとか言ってないでくっついていいんじゃねぇの?」
「ヒキォッ……ひ、比企谷?」
「あ、そこはちゃんと直すのね? まあいつまでもヒキオ呼ばわりは勘弁とは思ってたけど。こっちももう比企谷が増えたし、むしろ今雪ノ下だしなぁ……ああまあそれはどうでもいいんだけどな」
「比企谷。君はなにを……」
「こうして集まるたびに気まずそうにされるのがいい加減、見てて鬱陶しい。普通そういうのは俺の役目だろうが。だってのにかつてのリア充が一番俯いてるってなんなの?」
「………」
「………」
「俺がこうして訊くのもアレだけど、誰かが訊かなきゃ進まないだろ。だから怒られること前提だろうと訊かせてもらうわ。お前ら、お互い思ってる相手とか、まだちゃんと居んの?」
『………』
訊くと、お互いがお互いを見た。
……へ? いやちょっと待ちなさい二人とも。……え? まじ?
「え……は、隼人……?」
「い、や……すまない。俺は……俺自身は、もうとっくに吹っ切れてるんだ。むしろ、これだけ一途に想われて揺れない方が馬鹿で間抜けだろう」
「じゃあなんだって今まで……」
「言い出せなかったっていうのが本音……かな。もっと早くに吹っ切れて、もっと早くに手を取っていればと思うばかりで、罪悪感ばかりが浮かんできて……手を伸ばせなかった」
「おまっ……それ重ねてちゃ意味ねぇだろ……」
「それこそ今さらだろう? 仲が良かったゆ……由比ヶ浜さんも早くに結婚して、子供も出来て。成長する姿を見守る仲で、俺の中で“今さら遅い”って気持ちの方が強すぎた。そもそも、由比ヶ浜さんが妊娠したという話を聞いたのが、最後のケジメとして雪ノ下さんに告白したあとだった。誰かと比べたりしなければ、きっと俺はその時点でみっともなくても優美子に手を伸ばすべきだったのかもしれない。でも……でも俺は」
そこまで言って、葉山は俺を見た。
その眼には、どこか手の届かないなにかを見るような、しかし羨望、妬みのようなものも混ざっていて、一言では言い表せないなにかがあった。
「じゃあなに。なんだってお前、ここに通ってたの。雪ノ下にアプローチするためじゃねぇの?」
「…………殴ってもらいたかったのかもしれない。発破をかけてもらうって意味で、俺は……いろいろなものを手に入れた君……いや。比企谷、お前に」
ただ、君が羨ましかったんだ、とこぼす。絞り出すように。
「絆ちゃんが成長していく過程で、自分の過去を振り返ったよ。絆ちゃんが雪ノ下さんの真似をするようになって、ますます当時の自分を振り返った。結局俺は選ばないことばかりで、それでも、それでもと引き延ばすことしか出来なかった」
「絆の、雪ノ下の真似にあっさり煽られてノッてたのは、つまりそういうことか」
「かつての自分を払拭したかった。“今の自分なら”ってね。どれも失敗ばかりで、相当ヘコんだよ」
弱り切ったような顔で絆を見る。……視線の先で、何故か絆はポーズを取り、「勝ったのは……絆です!」なんて、ジョジョリオンやってた。
おいこら、時と場所を弁えなさい。
「ふむ。そうか。私もかつての同窓に何度“お先”とにんまり笑われたことか。解るなー、悔しいよなー、羨ましいよなー」
「平塚先生……」
「……だが、君の場合は話が別だと言わざるをえないな。女を待たせるとはひどい男だ。いっそ殴ってやりたいところだが……まあ、それは相手に任せるべきだろうな。遅くないのなら手を取ってもらえばいい。諦めた私と違い、一途な女性というのは強いものだよ」
「………隼人」
「……優美子」
すっかり奥の席が囲まれている状況の中、俺は堪能したオムライスの皿を手に席を立つ。
途端、皿は絆に奪われ、スプーンは美鳩が回収。
腕は結衣と小町に抱き着かれ、さあさとカウンター側へと連れ去らわれた。
あとはあの二人の問題だよ、と。
「ずっと選ばないなんてさ、無理なんだ、きっと。だから……今がたぶん、最後。これで選べなきゃ、なんにも残らないから」
「結衣……」
「ん、だいじょぶ。“ただ引き延ばすことしか出来ない人”のところに、人なんて集まらないよ。なんだかんだでやさしいから、やさしかったからいっぱい悩んで、傷つけたくなかったから悩んで、やっぱり傷つけて、傷ついたんだ」
「……耳が痛ぇ」
「それもだいじょぶ。ヒッキーはちゃんと選んでくれたし、痛かったらあたしが治るまで一緒に居るよ? だから───」
「………」
俺の奥さん超可愛い。
改めて心に響いた。
やっべ久しぶりに泣きたくなった。
誰かに自分を理解してもらえたって実感した時って、やっぱり嬉しい。
「来て早々に人の成長の場を見せられるとは……ふふ。それも“葉山”の子息の。面白いものね、人の在り方というものは……」
「あ……ゆきのし───」
「母、で構わないわ、八幡さん。あなたはもう雪ノ下なのだから」
「……っす。まだちょっと抵抗がありますが」
「構わないわ。雪ノ下である私が許可します。だ、だからその……美鳩さん? あなたも……《そわそわ》」
「……ママのん?」
「《きゅんっ……》……の、のんを取ってもう一度……!」
「それはダメ。美鳩のママはママだけ。それだけはたとえパパが再婚しても許されない」
「ヒッキー!?《がーーーん!》」
「しないしないしてたまるか! 例え話で泣きそうになるほどショック受けるなよ!」
「……では美鳩さん。私の夫をパパと───」
「それもダメ。美鳩のパパはパパだけ。それだけはたとえママが再婚───」
「美鳩! 怒るよ!? あたしはヒッキーじゃなきゃ───」
「…………《ぽろぽろぽろ》」
『
カウンター側が騒がしくなった直後、奥側の席でも大騒ぎ。
おめでとうが聞こえたってことはいろいろいいところに落着したんだろう。
俺は泣いてたけど。
……。
そんなこともあって、喜びと驚きと悲しみで閉店後の喫茶ぬるま湯はとてもやかましくなり、ようやく落ち着いた頃には俺も葉山も顔を真っ赤にして俯いていた。
「お兄ちゃんの結衣さんラブは今に始まったことじゃなかったけど、まさか再婚って言葉で泣くほどとは……」
「小町ちゃんちょっとこっち来なさい? そんなこと言っちゃう口はしまっちゃおうねー?」
「お兄さん立派っす! 一人への愛を貫くその姿、俺も見習うっす!」
「…………えぇと。きみは……ラファティくんだったか?」
「大志っすよ大志! 誰っすかラファティって!」
さすがに奉仕部でのんびりと晩飯、なんて状況じゃなかったので、そのまま喫茶店側のテーブルを使っての夜食みたいな状況になった。
まあ俺、もう食べたから一人で満足してんだけどね。美味しかったです、結衣のオムライス。
あとのみんなは、料理自慢の皆さまがこっちの簡易キッチンと奉仕部側のキッチン、さらには一色菓子工房まで利用して夜食制作。あっという間に全員分が出来て、軽いパーティー気分だ。
ちなみに俺、現在両腕を娘に抱きしめられ、座っている。足の間には結衣が座り、はふーなんて言って体重を預けてきていたりする。
この状態では可愛い奥さんを抱き締めることが出来ん。俺にどうしろというのだ。
「《からんから~ん》ごめんくださ~い、って、あらー!」
さらにここに来てママさん追加。ママさん、すぐさまにママのんを発見、その席へと小走りして抱き着いた。
ああ、うん。母娘ともども、雪ノ下には抱き着くんですね。ママのんもあたふたしながらも突き放したりしないし。
「ママ? どしたの?」
「あら結衣。それがねー、パパが孫に会いたくなったからってねー?」
「ちょっ、おまっ……げふんっ! あ、あー……八幡くん。久しぶりだね?」
「いえ、そこで取繕うようなことしなくていいですお義父さん。ほれ絆、美鳩」
「お爺ちゃんお久しぶりです!」
「お爺ちゃん、壮健そう。その健康状態に太鼓判。とてもステキ」
「お、おおお……! 絆、美鳩……! 我が孫ながら超可愛い……! さすが結衣の娘だ……!」
「あらー、パパ~? ヒッキーくんの娘でもあるからこそ、可愛いのよー? ほら、娘は父親に似るっていうでしょー?」
「や、あたしべつにパパに似てないよ?」
「《ゾブシャア!!》…………結衣……」
ちょ、やめたげて! お義父さん、痛恨の一撃すぎて呼吸が細くなってるから!
「んおぉ、なんの話かよく知んないけど、結衣はおふくろさん似っしょー!」
「誰が結衣だ何を貴様勝手に呼び捨てに死にたいのか貴様アァアアッ!!」
「戸部ぇえええ!! てめぇなに結衣のこと呼び捨てにしてやがんだいつまで学生気取りだ死にてぇのかてめぇええっ!!」
「おわぁあんっ!? え、や、ちょっ……め、めんごっ? ちょっと軽く口が滑ったってゆーかぁ……だめ? 無理っぽ?」
「ほぉおおお……! キミ、戸部くんというのかぁあ……! ……いいかっ! 俺が結衣を名前で呼び捨てていいと認めたのは! 八幡くんだけだ! ……それにも相当な我慢が必要だったが……! だが! 結衣が認めたわけでもない男に! おぉおおおお俺の可愛い結衣を呼び捨てになどぉおおっ!!」
「ひぃいっ!? すすすすんませんっしたぁっ!!」
「戸部……お前もさ、自分の前で、もしお前の結婚相手が海老名さんだったとして、見知らぬ男が海老名さんを名前で呼び捨てにしたらどうするよ……」
「ヒキタニくん、いや比企谷くん、マジ悪かった。いや、すみませんでしたぁっ!!」
『解ればよろしい……!《フスーーーッ!!》』
長く熱い息を吐き、呼吸を整えた。
よし落ち着け。
「い、いんやー……ここの人、ゆい……がはまさんのこと好きすぎだべ……俺死ぬかと思ったわ……《コトリ》んお? おー、丁度喉乾いてたから水とかマジ嬉しいわ!《ぐびブバッフォオッ!!》げぶぉおっふぉぉっ!?」
「パパ以外でママを呼び捨てる男など滅べばいい……!
「げぇっほげほげほっ! に、にがっ! おえっ! ぶはっ! み、みずっ!」
「おうおう可哀相に……苦しいならこれを飲むのだ苦しむ人よ!」
「お、おー! マジ助かるわぁ絆ちゃんっ!《ぐびゲボハァ!!》ぐびぇぇえっひぇえっ!?」
「───秘技・“
花椒───四川赤山椒などのことであり、山椒の実として知られる、舌が痺れたりするアレである。
山椒の粉を多少ふりかけた程度では大して痺れたりはしないが、この花山椒、噛み潰したりしようものなら盛大に舌が痺れる。なお熱とともに摂取すれば、その痺れ具合もハンパじゃなく、舌に馴染みすぎるため、辛いものと一緒に摂取した日にはその辛さまで舌に付着。そう簡単には辛さが取れず、苦しむこととなる。
「……姉様は、優しすぎます」
「いやいやいや美鳩ちゃん!? 相手悶絶してる時点でやさしくないからね!?」
「むぅ……小町お姉ちゃんは納得出来ると?」
「んー……そりゃ、小町は結構お兄ちゃん以外で呼んでた人、見て来たからねー……でもまぁお兄ちゃんが選んだ人が相手なら話は別。一度呼ばないようにって決めたっていうのに、もー、だめですよ戸部先輩。そういうの、小町的にポイント低すぎです」
「げっほっ……! ま、まじごめんなー……こまっちゃん……! 謝るから、今はとりあえず……げほっ……水くれると……!」
「あ……ごめんなさい、それ来月からなんですよ」
「こまっちゃん!?《がーーーん!》いやいやいや水くらいあるっしょー! あっ……いろはすー! み、水っ!」
「ですからごめんなさい。それ来月からなんですよー戸部先輩」
「いろはすーーーっ!?《がーーーん!》」
無情。
しばらくそうして放置されていた戸部だったが、結衣が苦笑しながら水を用意した。
「うおお……マジ助かったわー……ゆ」
『───《ギロリ》』
「……い、んやぁ……もう、ほんと……。ガ、ガハマさんってば大事にされまくりんぐでしょぉこれ……」
で。水を用意したらてこてここっちへ歩いてきて、やっぱりちょこんと俺の足の間に座る。
……うむ。遠慮なく抱きしめよう。今なら娘二人も離れてるし。
「《ぎゅー》んぅ……ヒッキー……」
「はぁ……。親も居るというのに、本当に遠慮というものを知らないわね、あなたたちは」
「いや、むしろその義理の親にこそもっとやれって言われてるし」
「そうよー、雪乃ちゃん。人の愛情っていうのはね? あからさまって言われるくらい解りやすいほうが安心できるものなのよ? 料理を食べたらおいしいって言ってくれる。嬉しいことがあったら一緒に喜んでくれる。悲しいことがあったら、慰めるだけじゃなくて一緒に悲しんでくれる。……当たり前のことだけど、そんな当たり前の積み重ねがとっても嬉しいものなの」
「おばさま……それは」
「雪乃ちゃん。……結衣が雪ノ下になったんだから、ママでもいいのよ?」
「ぁ…………ま、マ……《がばギュー!》ふやぁんっ!?」
「あーもう雪乃ちゃんたらかわいー! ねぇねぇ雪ノ下さんっ! 雪乃ちゃんこんなに可愛いじゃないのー! もっと思ってることちゃんと言ってあげなきゃだめよもうー!」
「ぃ、ぇ……その。時間が経てば経つほど、そういうことは言いづらくなってしまって……」
「その気持ちは解るけどー……でもダメよ、雪ノ下さん。届けたい言葉は届かせなきゃ。言わなくても解ってもらえるは、親しい仲にあって、一番怖い“信頼”なんだから」
「うぅ……」
おぉお……あのママのんが押されっぱなしだ……さすがだママさん。
まあその、とりあえず、アレな。
ここに集まる全ての力関係の中で最強なの、ママさんだわ。
雪ノ下は「可愛いなんて言われる年齢じゃ……!」なんて言っているが、「なに言ってるの雪乃ちゃん! 娘の同級生なんていつまで経っても娘と同じようなものなのよ!?」なんて言われて、逆に言いくるめられた上にぎゅー。
まあ、そうな。ついでに言うとキミら、本当に年齢と外見が合ってないから。
そりゃあ可愛いとかまだまだ言われるわ。
うん。だから俺が自分の奥さん超可愛いとか言うのに違和感まるで無し。
「けど、たまたま寄っただけなのに面白いものよねー。知り合いばっかりこんなに集まっちゃって。軽い同窓会? って、それはいつもか。ねー? 比企谷くーん? あ、もう弟だったっけ。ねー? 弟くーん?」
「その、解ってて言ってから言い直すの、やめてくださいって雪ノ下さ───」
「お姉ちゃん。もしくははるねぇって呼びなさいって言ってるでしょ? 静ちゃんでさえ姉さんなのに、なーんでキミはいつまで経っても雪ノ下さん呼ばわりかなー」
「呼んだら盛大に絡んでくるからです。そういうのは雪ノ下にどうぞ」
「やめてちょうだい比企谷くん、そういうのは由比ヶ浜さんだけで十分よ」
「雪乃ちゃんひどーいぃ!」
「よかったな結衣、ついに雪ノ下が抱き着きを許可したっぽいぞ」
「ゆきのん!」
「ぇ、ち、違うわ由比ヶは《がばー!》まきゅっ!? ちょっ、由比ヶ浜さっ……!」
雪ノ下が由比ヶ浜プレスの餌食となった。
ママさんと結衣に挟まれるとか幸せな、お前。
「で?」
「で? とは?」
「呼んでくれないの? あ、もしかして弟くんが気に入らない? ハチくん? はっちゃん? はーくん? 姉弟で名前呼びはちょっと違うわよね。うん、やっぱり弟くん。ほらほらー、お姉さんのこと、ちゃーんと呼んでごらーん?」
「は……」
「うんうん、は? は、なに? なになにー?」
「……はる、ねぇ」
「───。………………ナニコレヤバイ」
「へ? あの《ぐわしっ!》はぶっ!?」
「いい! いいなぁこれ! うんうん、私やっぱり弟も欲しかった! 生意気で素直じゃなくて、でもここぞって時には弱い弟とか最高! うんうん、いい弟! 理想の弟だね君は!」
頭を鷲掴まれたのち、わしゃわしゃと撫でられた。
……なんつーか、この歳になって、今さら広がる視野や状況があるなんて、世の中わかんねぇ。
三浦は今さらだとか言わずに嬉しそうにしてるし、葉山は葉山で女性連中に囲まれてめっちゃ説教くらってるし。特に静姉さんに。
めぐり先輩は最初は戸惑ってたけど、持ち前のほんわかさはまだ健在らしく、自然と溶け込んでいって、楽しそ~に話をしてる。……ママさんやママのんと。なんかそっち側との方が話が合うっぽい。
川崎姉弟は主に小町や一色と話してる。たまに大志がこっちきていろいろ言ってくるが……いや、なんでそこでコーヒーの淹れ方とか訊いてくるの。なにお前、今さらコーヒーショップでも目指したいの? 今ちゃんと仕事してんだからそっち大事にしなさいよ。
「あー……ところではるねぇさん?」
「ん。なにかな弟くん」
「最近になって、やたらとどこぞの企業の客が増えたんですけど。なんかの影響だったりします?」
「あー、大方雪ノ下にいいクチ聞いてもらおうってやつらでしょ? いーよいーよ、客が増える分には困らないでしょ? たっぷりもてなしてお金取っちゃいなさい。で、なにかトラブル起こしたら私の番号に連絡ね。すぐに。あ、なんなら母さんのところにでもいいけど。たぶん私よりすっごい方法で潰しにかかるから」
「……気をつけて連絡します」
まあこっちも、家族……まあ、なんだ。“
「ま、安心していいよ。弟くんはおねーさんがしっかり守るから」
「……あんま気負う必要とかないっすよ。あぁ、その、なんつーか……気負う必要も背負う必要もないっつーか……。その……俺だって守りますから。俺ももう“雪ノ下”で……あんたももう家族だ。両親はどうあれ、俺は妹を筆頭に、“きょうだい”には甘いんですよ。だから……守られてください。んで、守ってください。俺が出来る方向で守るから、俺達じゃ出来ない方向では、あ、あぁ、その。……お姉ちゃんが」
「………」
「それだけっす。んじゃ」
「《がばぁっ!》うひゃあっ!? わっ、やっ、ちょっ、ヒッキー!?」
言いたいことを言ってから、結衣を抱き締め一気に立ち上がる。
次いで材木座と戸塚が居るところまで駆けると、真っ赤であろう顔を隠すために、空いてる椅子に座るとともに結衣の首に顔を埋めるように抱き締めた。
ちらりと見れば、さっきと同じ場所でこちらをぽかんとした顔で見ているはるねぇ。……っぐ、い、いや、雪ノ下さ…………ああもう、わかったよはるねぇでいいよもう。
ともあれ、そんなはるねぇが“たはっ”て感じで笑ってこっちを見たまま口を動かした。
「私の弟くんは男の子だねぇ。このままもっと家族デレにしたらどうなるか………お姉さん楽しみだなー、あははっ♪」
聞こえなかった。けど、なんか寒気したから気にしないことにした。
「はーちー!」
「……なんすかねーさん」
と思ったら、今度は平塚せ……静姉さんがやってきた。
「ハチ。とりあえず酔いたい。マッカンブレンド用意してくれー……。自分の手で、かつての教え子をカップルにしてしまった……! そしていずれ、教え子にさえ“お先”と言われてしまうんだ私は……! いやもうあきらめた! 諦めたさ! 諦めはしたのに……! いや! 諦めはしたからこそ……! どんな状況であろうが結婚経験無し&お先に発言が無くなるわけではなく……KUUAAAA……!!」
「落ち着いてくださいねーさん。口調がどこぞの吸血鬼っぽくなってるから」
「いーいーかーらー! おーさーけー!」
「どこの我が儘弁慶ですかもう……あーわかった解りましたよー」
内弁慶どころではなくどこでも弁慶な姉が突然出来ました。
普段は格好いいのになぁ、どうしてこう精神的なダメージ受けると幼くなるのか。……いや、ただ甘えたいだけなのかもな。
仕方なく結衣を抱き締めるのをやめて、コーヒーを淹れ始める。
その過程、結衣も寄り添い手伝ってくれて、そうして完成したコーヒーに果実酒を混ぜたものを渡してみれば、上機嫌で飲み始める。
「ふはー……あー……やさしー味だなー……。私にもやさしー誰かが居ればなー……。なーんで結婚できなかったかなー、こぉんなにいい女なのになー。……はちー! おつまみー!」
「いい女は突然出来た弟をこき使いませんよ。はい、言うと思ったからおつまみ」
「うう……はちー……らーめんいこーなー。またらーめんいこーなー……。よく知りもしない男なんて知るかー! 私はもう、新しく出来た家族に青春を注ぐんだー!」
「うわっ……ちょ、ねーさんもう酔ってんですか!? っつーかここ来る前からもしかして飲んでました!?」
「本当は独りメシのつもりだったんだ……。酒も飲んで、いい気分になって。でも……でもなー……空になった酒の瓶を見て思ったんだ。さびしーって……そしたら我慢出来なくなった。さすがに酔っ払い運転をするわけにはいかなかったから、ど~~~せ使う当てもない金だ~って……タクシー呼んで飛んできたー」
ぐっはもったいねぇ! 金の無駄、盛大にしておられるわこの教師!
「いいなー、私もここに住もうかなー……」
「酒のストックがあっという間に無くなりそうなんでやめてください」
「くっ……弟が反抗的だっ……!」
「いーからとりあえず絡むのをやめてください。結衣が見てます」
この人が身内になって、しかも一緒に住み始めたとして、もし私生活が実にだらしなかったらどこぞのブリュンヒルデみたいなことになりそうだ。
忙しい日には正直言えば何人かスタッフが居てくれると助かるけど、ねーさん教師だからなー。
「うう……仕事さえなければなー。仕事さえなければなー! 私だって今頃なー!」
「あーはいはい。なんなら教師やめてウチで働きますか?」
「…………」
「………」
「……いいなそれ。自分で言うのもなんだがまだまだ外見とか全然いけてると思うし、むしろ今こそ我が青春……」
え? マジですかちょっと。冗談交じりでしかなかったんですけど?
なんて、急に真顔になって考え始めるねーさんの傍ら、視界の隅から静かに歩み寄る存在を確認。
「それ、私も混ざっていいかな」
「城廻先輩?」
「今の仕事場が急に無くなることになっちゃって、丁度はるさん先輩に相談してたところなんだよ。出来たら見つかるまでの繋ぎかなにかで……」
「うわちゃー……」
「仕事が無くなる、か……世知辛いな。どうだろう比企谷、城廻を雇ってみたら」
「今の今まで酔っぱらってた人がいきなり教師に戻らんでください」
「なに。生徒の前ではいつだって、私は教師というだけさ。卒業したってそれは変わらん。ただし問題児の前は除く」
うわーいすっごい贔屓きた。
この人ほんと、はるねぇに負けず劣らずの勝手な人だ。
「あー、その。人は募集しようと思ってたから、入ってくれるなら助かりますけど……濃いっすよ? この喫茶店」
「それは解ってるよー。でもね、一度離れた人達とこうして集まってっていうの、なにかの縁だと思うしさ」
「小町も仕事が無ければ手伝えるんだけどね。最近忙しいし、いっそこっちで愉快に働いてればなーとか思わなくもないけど、向こうも楽しいからさー」
「あーへいへい、お前はそっちで楽しんどけ。何度目か忘れたけど、小町のことよろしくな、川崎」
「よろしくされてちっちゃくなるほど落ち着きないでしょ、コレ」
「うわー、コレ扱いされてるよお兄ちゃん」
「いや、されたのお前だからね? なにさらっと俺になすりつけてんの」
「任せてくださいっす! こっ……比企谷さんの安全は俺が───」
「うん。ちょっと黙ろうなラファティくん」
「大志っすよ大志! タイキックでもラファティくんでもないっす!」
一度話題が広がればあとは早い。
仕事の話が溢れ、今日もあーだった、昨日はあーだと騒がしくなり、そんな“みんな”を相手に、心を許した人と一緒に笑い合って、立ち上がり、コーヒーを用意して振る舞ってゆく。
「えへへ……なんか、嬉しいね」
「……だな。いい加減、自然に笑うのも慣れた」
「それ、慣れるとこ?」
「慣れるとこ、なんだよ。俺にしてみりゃな」
懐かしい空気がそこにあり、いつも通りといえばいつも通りの空気もそこに。
目指した場所になにかを築いて、その築いたものに知っている人が立ち寄ってくれて、築いたものが倒れないように支えてくれて、今がある。
そんな今にも人が増えて、いつか手を振った人も集まり、笑顔が増える。
なんというか、面白いもんだと思えてしまう。
「おーいはちー! 私は今日泊まっていくぞー!」
「あ~っ♪ じゃあ私もー! 雪乃ちゃん、久しぶりに一緒に───」
「嫌ね、断るわ」
「あーんもー! ゆーきーのーちゃーーーぁあん~~~っ! お姉ちゃんのこと、弟くんに取られてもいいのー!?」
「むしろ
「雪乃ちゃんひどーいーっ!」
いつものことでしょそれ。いや、やりとりがって意味で。
「お泊り……美鳩さん、その」
「……ん。ママのん、よかったら美鳩の部屋に、泊まって?」
「美鳩さん……! ───都築!? 都築! 私は今日ここに泊まります! あの人には帰らないと伝えなさい!」
「はっ……!? 奥様、ですが」
「あらー、それなら結衣、ママも泊まっていーい?」
「え……でもそんな、布団の予備とかないよ?」
「男は男、女は女、部屋を分ければいいじゃない。あ、パパはどうするの? 帰る? 泊まる?」
「孫とお泊り……と、泊まっ……泊まろうかなー? わはっ!? わははははは!」
そこから我も我もと止まる宣言をして、足りない布団はまさかのまさか、ママのんが都築さんに買いに行かせて……いやもちろん俺も一緒に行った。むしろ葉山もお義父さんも来た。ていうかお前も泊まるつもりなのかよ葉山。