どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
/6月16日における、やつらの事情
“人は順応出来る生き物である”。
たとえ辛いことが起こったとしても受け取り方次第でそれらを幸福にも不幸にも導ける。
さて、では俺がなにを思い、ここに居る全員の意見を訊こうと思ったのかと言うと。
「諸君」
「はいパパ!《シュバッ!》」
「いや、まだ開始の合図もしてないからな? 一寸待とうな」
「らじゃー!《ビシィッ!》」
奉仕部にて“諸君”と言った途端、元気よく起立して手を挙げる我が娘を、手招きに似たゼスチャーで座るようにを促しながら、ちょっと待てを伝える。
……今さらだが“ちょっと”は“一寸”とも書くが、一寸法師の名前を考えると面白いもんだよな。
「諸君、とうとう6月が来た」
「はいパパ!《シュバッ!》」
「だから待て」
「だってパパ、去年とノリが一緒……」
「これからが違うんだっての。あー……毎年ながら、結衣は雪ノ下と一緒に買いだしに行ってもらってるわけだが。本年、本日もこうして結衣生誕祭計画に集まってくれて感謝する」
「わーーーほほっほっはっほっはぁーーーーぃっ!!」
「
「うん、ありがとうな。盛り上げる意志は受け取ったから今は黙ろうな」
「うん」
「
絆が騒ぎ、美鳩がぱちぱちと拍手をしながら世紀末覇者拳王だったり、今年も騒ぐ理由が日付とともにやってきた。たまにイタリア語っぽいのが出るのは、散々付きまとわれた友人のオネェが原因らしい。
それはそれとしてだ。そう、ただ今、なにについての相談をしようとしているのかというと、
「東!」
「京……!」
『わんにゃんショーーーーッ!!《どーーーん!》』
二人が叫ぶ。いや違うからね? 頼むから話聞いて? 一色も小町も困ってるじゃないの。
……今さらだが、順応云々を脳内で語ったのは、こういう状況にも慣れたもんだーとかそういう話でもある。人間、自分が伝えたいことを散々と遮られると腹が立つものだが、もういい加減慣れてしまった。
女性って、人が話してるところに割り込んで喋るの、好きだよな。
それを知った上で、このぬるま湯の男女比率を振り返れば、順応云々の話題にも頷いていただけると思う。
ようするに発言力が弱いというか……無いに等しいのだ。小町が居ると特に。
「きーちゃん、みーちゃん、そうじゃなくて、結衣先輩のお誕生日の話だよ」
「もちろん知ってますとも! けれど楽しむべきは多いほうがいい! そのことを我ら姉妹は知っているのです! あぁああ……今からそわそわします……! どうしてくれましょうどう祝ってくれましょうかあの素晴らしき母めを……!」
「なんで怨敵に向けて言うみたいになってるの……」
「怨敵という意味でなら、パパを奪い合う上での避けては通れないラスボス……! けれどもちろんママも好き。それは決して譲ることの出来ない家族愛という名のジャスティス」
「ディェ~~~フェフェフェフェ……! 今年はどう祝ってくれましょうかねぇ~~~ぇぇ……! 我輩、とてもとても楽しみデス♡」
「絆ちゃん、その千年伯爵みたいな喋り方やめなさい」
「お、押忍」
何故か剥き歯っぽくなりながら喋ってた絆が、小町にぴしゃりと怒られた。懐かしいな千年公。
返事がどうして押忍だったのかはもはや解らん。そんな気分だったんだろう。
───さて。
毎年のことながら、6月18日が迫ると、こうして結衣を店外に連れ出してもらい、相談をする。
今年の相談相手は一色を筆頭に、小町、絆、美鳩が居て、ついさっきまではねーさんも居たりした。現在は学校である。休みな筈だったのに学校側でトラブルがあったとかで、現在その処理に向かってる。酒飲む前でよかった。
今日は喫茶店自体も休みだから、結衣ものんびり買い物してくるだろうし…………いや、いっつも俺か結衣かが買い物、とくれば二人一緒に行くのが俺達だったくせに、誕生日間近になれば雪ノ下か一色と行ってくれとか丸解りすぎて逆に恥ずかしくもあるのだが……この種の恥ずかしさは嬉しい側のものだから、喜んで受け入れよう。むしろ毎度のことだしいい加減…………慣れねぇんだよ、悪かったな。
「訊くまでもないと思うけど、お兄ちゃんはもうプレゼントとか用意してるの?」
「余裕だな。俺にプレゼント選ばせたらそれはもう凄いことになるぞ? 一年かけてじっくり厳選したまである」
「厳選しすぎだよ!? 去年の誕生日終わってからずっと悩んでたの!?」
「雪ノ下に“俺の感性はそれほど悩んでようやく結衣に追いつけるくらい”とか言われたことがあってな……。だから一年、ずっと結衣を見守った上で、なにが喜ばれるかを考えた上で用意した」
「
「おいやめろ、想像しちまっただろーが」
「先輩キモいです」
「お兄ちゃんキモい……」
「なんで俺が悪いみたいな流れになってんだよ。俺プレゼント選んだだけじゃねぇか」
まあいい。いや厳密に言えば全然ちっともよくないが、話が進まんからいい。
ともあれ誕生日だ。
わんにゃんショーの二日後、もはや忘れることの出来ない大切な日となった6月の18日は、俺達にとって祭りの日のようなものだ。
雪ノ下曰く、自分の誕生日でもないのに俺ほどそわそわしている人は居ない、とのことだが。いいじゃないの、それほど大切になったんだから。自分後回しにしてもいいってほど俺が人を大切に出来るなんて、立派なもんだろーが。成長具合とか。
「この日のために密かにパセラに通って、ハニトーの味とかを調査、一色菓子工房で少しずつ練習した俺のハニトーに死角はねぇよ」
「ですねー。結衣先輩にバレバレってこと以外は」
「え? マジで? ……え?」
「当たり前でしょお兄ちゃん。普段から暇さえあれば寄り添ってるような二人なのに、片方がこそこそやってれば嫌でも気づくよ。他のことになら鈍感でも、お兄ちゃんのことになると怖いくらいに鋭い結衣さんなんだから」
「…………マジか」
ショックだ。驚かそうとしてたのに。
“わあ、ヒッキーってばいつの間にお菓子作りとかこんなに上手く~”とか妄想してた自分が恥ずかしい。ていうか死ね。考えてみれば当たり前すぎて死にたい。一緒に居るのが自然ってくらい、相手の隣が定位置な俺達なのに、よくもまあ気づかれていないとか思えたもんだ。
あ、ちなみにプレゼントとハニトーは別な? ……誰に言ってんだ俺。
「それで、気づかれてるって気づいた上で、どんな誕生日を企むんですか?」
「ぃゃおまっ、企むって……───企んでるけどよ。あー……まずはアレな、そのー……なに? えぎゃっ……ごほんっ、とりあえず笑顔にすることは大前提な。んで、喜んでもらうには───」
「パパが真っ直ぐ告白、でいいと思うのです! むしろ絆に! 変化球とか大事です!」
「Si……絆は無視で、パパが愛を囁く、で問題ない。ジャスティス」
「お兄ちゃんが一日中、座りながら抱きかかえてるだけで十分でしょ」
「先輩が告白、抱擁、キスするだけで一日中幸せですよ、きっと」
「………」
奥さんの幸福が、俺相手の時のみハードルが低い件について。
喜ばしいことなんだが。
確かに喜ばしいことなんだが。
俺だって誕生日にそれやられたら、イチコロすぎて笑えるレベルなんだが。
ああくそ恥ずいな、なんで俺だけこんな状況で幸福感じてんの普通逆でしょ?
よし一旦話題逸らそう。
「あ、あー……そういや俺達のこの頃じゃ、この時期は中間試験だったか」
「うわー、あからさまに話題を変えに来ましたよこの兄。どうしてくれましょういろはさん」
「でも懐かしいですねー、職場見学とかもありました。そういえばきーちゃんとみーちゃんは? どうだったの?」
「ふふーんっ♪ 問題なく完璧っ! この比企谷絆、国際教養科行きを蹴ったとはいえ、十分な学力と実力はあります!」
「ふふり。美鳩も問題ない。戻ってきた時は少し国語に問題があったけど、それももう取り戻した」
「いや、そうじゃなくてね二人とも。いろはさんは、絆ちゃんも美鳩ちゃんも、職場見学とかはどうしたのって言いたいんだよ」
「自宅って書いたら担任が平塚先生を召喚しやがりました。おのれあのハゲ」
「喫茶ぬるま湯って書いたらナメとんのかって言われた……。きちんと職場なのに。おのれあのハゲ……」
「……なんていうか、こういうところがほんと先輩の娘って感じですよねー……」
「なんでこんなところばっか似ちゃったんでしょーかね……小町、妹として恥ずかしいです」
「なんでだよ。自宅最高だろうが。測らずとも自宅が職場って時点で娘たちの願いは叶ったってのに。これはあれだな、認めない教師側に問題があるだろ。絆と美鳩は珈琲紅茶お菓子と、学ぼうとするものが揃ってる職場なんだから、なんの問題があるのかむしろ説明してもらいたいくらいだな」
「先輩必死すぎてキモいです」
「いやキモくはねぇだろ……」
でもかつての自分が今なら正当化できるかなーとか、そんな気持ちはちょっぴりだけあった。
今さらすぎて笑えるが。あと娘たちがやっぱりハゲに厳しい。もしかしてそのハゲが原因なのだろうか。
「じゃあ話を戻そうな。結衣の誕生日についてだが───」
「もう先輩が一日中抱き締めて愛を囁いてちゅっちゅしてれば大喜びだからそれでいいじゃないですかー……」
「お前そんな、人の誕生日にすることを空の紙コップが吹き飛ぶくらいの溜め息吐きながら投げやりに言わなくてもいいだろ……」
「お兄ちゃんが一日中抱き締めて愛を囁けばいいよ!《どーーーん!》」
「だからって元気に言えって言いたかったのとは違うから、ちょっと落ち着こうねー小町ちゃん」
「はいパパ!《ズビシィン!》」
「はい絆。あと挙手するならもうちょい静かにな」
「わたしもパパにそれしてもらいたい!《どーーーん!》」
「あ、すいません。それ結衣専用なんですよ」
「パパ……《スッ》」
「はい美鳩」
「Si……難しく考えないで、パパや美鳩たちで楽しくお祝いすれば、全然なんにも問題ないと思う……」
「ですねー。大体こんな会議を開こうっていうこと自体が、もう結衣先輩を喜ばせる行為にしかなってないんですから、あとは普通に祝えばいいんですよ。見ました? 出掛ける前の結衣先輩の顔」
「あー……すっごいゆるゆるで、ママが顔を引き締めるための筋肉をどこかに置き忘れたって思うくらいだったなぁ……あれヤバイよパパ」
「あれは凄かったね、うん……。小町も結構ドキっとしたもん。愛に飢えた男が見たら、声を掛けずにはいられないレベルだよアレ」
あぁ、そういや見送る時、ちらりといつでも付けてる指輪を見下ろして、幸せそうな顔してたっけ。
あれヤバかったな、傍に雪ノ下が居なければ問答無用で抱き締めてたわ。
俺の視線に気づいてからは、えへへーと指輪を見せてにこーってしてたし、雪ノ下がにこにこしてる結衣を促して歩き出した瞬間、短い距離を小走りで詰めて、勢いのまま背伸びしてキスされた。
「先輩、顔が緩んでます。いったいどんなキモいこと考えてたんですかキモいです」
「流れるように二回キモい言うな」
キスされて、ほんと幸せそうな顔で“いつもありがとうね、ヒッキー”なんて言われたら、緩まずにいられるかっつーの。しょうがないでしょ幸せなんだから。
そして思い返すだけでもバレバレすぎるんだから、もう笑うしかない。
いいよ、楽しんで買い物してこい、こっちもバレバレのお祝い、しっかりするから。
× × ×
さて、そんなこんなで16日、幕張メッセ。
東京わんにゃんショー……その現場に来ているわけだが。
「東!!《バッ!》」
「京……!《バッババッ!》」
『わんにゃんショォオーーーーーッ!!《どーーーん!》』
娘たちが元気である。
わざわざポーズまでキメて、ひゃっほい騒いでいる。
「ふはははははは! 今日という日をわたしは一年待っていた! 血沸き肉踊ったら普通は死ぬから無難に興奮していたとだけ言いましょう! 動物大好きぃいいいっ!! 猫! 犬! ケモミミーーーッ!!」
「その在り方はまるで、ちち、しり、ふとももと叫びながら女を追いかけるGSのようであった……《ススッ》」
「美鳩!? しみじみ言いながら距離取らないで!? どっ……動物なら美鳩も好きでしょ!? ほら、あっちには猫、こっちには犬っ! インコだろうがオウムだろうが大体居るよ!? 興奮せずにはおられようか!」
「Si.んん……これを目の前にしたからには美鳩の鳩の心も活火山のように活発。楽しいを前に燥がないのは愚の骨頂。……ところで骨の頂って頭蓋骨? ……愚の骨頂……頭が愚か? ───な、なるほど、美鳩は一層賢くなった……!」
「うん、たぶんそれ違うからね、美鳩」
結衣、絆、美鳩とともに歩く。
雪ノ下と一色と小町は既に別行動中だ。特に雪ノ下なんかは早かった。
あいつ方向音痴どうなったの? 辿り着くなりシュゴォオオ~~~って感じで猫の方へ早歩きして行っちゃったんだけど?
一色は一色で小町と一緒ににやにや俺のこと見ながら行っちゃうし。二人が絆と美鳩を誘ったが、娘二人はこれを拒否。今日こそママと回ると言って聞かず、現在に至る。
そんな娘二人は、立ち止まって話し合い始めると何故か二人エグザイルでぐるぐる回る。やめなさい、いろんな人が見てるから。
「さあママ! 犬! 今日こそは絆と犬を見に行きましょう!」
「
元気があって大変よろしい、でもJaはドイツ語だ。
まあそれだけ元気が有り余っている、もしくは黙っていられないほど興奮しているんだろう。喋らなくなるとすぐにエグザイルローリングしてるし。
「かつて、ママが愛した犬の名前はサブレという……。美鳩と並べば伝説の銘菓。……そこはかとなく、わりと、真剣に、ジャスティス……悪くない。ミニチュアダックス……頭にのせて、サブレ、サブレ…………ほぅ」
「んじゃとりあえず───」
「ママがまだそんなに乗り気じゃないから、まずはデイヴから見ましょう!」
「え、あ、や、やー……あたしべつにそんなわけじゃ……デイヴ?」
「そう! 小町お姉ちゃんに聞きました! かのロケットダイヴァー・ペンギンの名は、肥満が由来だと!」
「……き、絆。それ、仮説……。決定、してない……。肥満っていうなら、もっとうってつけの動物とか、きっと居るから……違う」
「ム? 美鳩はペンギン好きだったっけ? だがこの絆ッツォ、容赦せん! 確かに仮説だとか言われてるけど───」
「違う。デイヴの響きが好きなだけ。それを肥満と呼ばれるのは実に不愉快。肯定と否定を受け入れる心、とてもジャスティス」
「そっちなんだ!?」
ああ、道行く人々がクスクス笑ってる。
まあ、笑うなとは言わない。宅の娘たちが元気で賑やかな証拠だ。
これで指さして馬鹿にするような笑いだったらパパ大激怒だったが。
あとな、絆。その言い方だとストレイツォっつーかFF4のカイナッツォだからな? なにお前四天王なの? 死してなお凄まじいの?
「……結衣?」
「ん……だいじょぶだよ、ヒッキー。もう落ち着いてるから。ただ、やっぱり飼うのは無理、かな」
「おう。そこはお前の好きでいい。むしろヒキタニくんと喧嘩しないか不安なくらいだ」
「うん」
行くことになって、到着してからも特に喋らず俺の腕にぎゅうっと抱き着いたままだった結衣は、そうして頷くとどこか儚げに笑った。
……訊くまでもなく、サブレのことを思い出しているんだろう。
これは今年もダメかな、と思ったが、ぽしょりと「ゆーき、ちょうだい」と言って、腕ではなく俺の胸に抱き着いてきた。
思わず抱き留め、彷徨わせかけた手を背中と頭に回す。ぐりぐりと胸に顔を埋めんとする強い抱擁に、いろいろと吹っ切れようとする……その、意志っつーのか。なにか、強い覚悟めいたものを感じた。
忘れろとは言わない。でも、娘たちが毎回気を使ってるのは解っているから、結衣自身だって楽しみたいとは思っているのだろう。
けど、言うほど楽に気持ちを切り替えられたら誰も苦労はしないのだ。
「……ヒッキー」
「ん。どした?」
「……ペンギン、いこうっ」
ただ、よかったとは思う。
苦労と言うつもりはないが、努力の先に、こんな笑顔があるなら。
そりゃ、まだまだいつも通りの満面とまではいかないわけだが……いきなり全部は欲が深いってもんだ。
俺はその“全部”を集める手伝いが出来ればそれでいいんだから。
ほんと、まったく、まさかなぁ。俺が他人を支えたいだの幸せにしたいだのって思うなんてなぁ。専業主夫になりたいとは思っても、夢見たところで結婚さえ無理だろうとか心底では思ってたのに。
「《なでなで》わぷっ……ヒッキー? どしたの?」
「ん? んー……ぁあ、ははっ……いや、なんでもない」
無邪気な存在に心惹かれることは、きっと誰にでもある。いつか、戸塚相手に無条件で心を許しかけていたように。
ただそれでもそういった心には限界があるし、どれだけ伸ばしたって届かない手ってのはあるのだ。いや、性別の話とかそういうのではなく。
「いくか」
「うん」
無邪気ななにかを信じ続けるのは、これで案外難しい。
なにが理由で難しくなるのかは、きっと自分の心に寄るものだ。
無邪気を無邪気なままで居させるために、自分にはなにが出来るのか。
無邪気で居てもらって、自分はなにがしたいのか。
どれだけ言葉や理屈や理想論を並べたって、結局それは相手には届かず、いつか無邪気は消えるのだろう。
何故かと問われれば……相手だって生きて、学習しているのだから。
じゃあ俺は自分の傍に居てほしい相手になにを望むのかといえば───それは、きっと。
「………」
……無邪気さなどでは、断じてないのだろう。
そこにある現実の黒さも受け入れず、ただ無邪気なだけでは救われない。
救われたくて行動しているわけじゃないと自覚はあっても、きっとその無邪気こそが周囲を理解できないのだろう。
黒さを知らない人が、他人が持つ黒さを知ろうだなんて、無理な話なのだから。
だから俺は、空気を読むのに必死で、そうした人の黒さも見てきて、悩んできた人こそを信頼する。
あ、いや、べつに戸塚云々を言いたいわけじゃない。あいつだって十分に人の黒さなんて知っているし、むしろ俺と出会ったことで余計に知ったって部分がありすぎて、逆に申し訳ないまである。
「ペィングィン様……ペィングィン様じゃーーーっ! わっほほーーーいっ!」
「ほわあぁあ……ジャスティス……! ドラえもんに勝るとも劣らぬあのフォルム……ジャスティス美しい……!」
何を言いたいかっつーとだ。
……無邪気に懐いて、人の黒さを知って離れる人より、黒さを知った上で近くに居てくれる人の方が好ましいって話。
そういった点で、この娘たちったらいろいろな意味でレベル高い。
つーかジャスティス美しいってなんだ。ペンギンをチベットパドマー寺院のティンズィン様みたいに言うのやめなさい。
「よし堪能した次行こう次! パパほら早く次々!」
「早いなおい……もうちょっと見てやれよペンギン」
「フフフ、絆を釘づけにしたいのなら、もっとアグレッシヴに動く様を見せつけなくては無理です」
「……要約。動かないからつまらない」
「美しさや可愛さを堪能したら十分ってことか。解った、次な」
「まあそれでも毎度一度は見に来るんだけどね。撮った写真を見た程度じゃ満たされない気持ちは、やっぱりこうしてナマで見なくては!」
「次、インコ、オウム……! 前回、言葉を覚えさせたコが居るか、楽しみ……!」
にこー、と珍しくも……いや珍しくもないか。
笑う娘たちに苦笑をこぼし、結衣を促して歩いた。
あのペンギンがどうだったーとか話し合い、辿り着く頃にはオウムやインコの話に変わり。
「絆、美鳩、さっき言ってたけどさ、どんな言葉を覚えさせたの?」
「え゙っ……えと……ま、ママには言いづらいかなー……とか」
「パパ大好き愛してると、ママ大好き愛してるって、絆と一緒にステレオで話しかけ続けた」
「美鳩ーーーっ!? ななななななんで話しちゃうの!? なんで!? わたしせっかく黙ってたのに!」
「事実で、曲げようのない気持ちだから。誇れる心、とてもジャスティス」
「あうぅう……!」
家族で好き合いすぎている俺達である。
だが千葉の兄妹どころか、千葉の家族ならこれくらい普通だろう。
少なくとも我が家では普通です。
しかしオウムかインコか知らんけど、ステレオで囁かれた鳥も苦労し「あ……居た……! パパ、あれ……あのオウム……!」……っと、どうやら発見したらしい。
一年経っても同じオウムを連れてくるもんなのかね、とか思ったが、大きさやらが同じだけで、別のオウムだろう。
「お、おおお……一年ぶりですね……ドーモ、お久しぶりですオウム=サン。ニンジャヒキガヤーです」
「ニンジャヒキガヤーです……!」
で、二人の娘は律儀に……いや律儀かこれ。ともかく合掌、アイサツをして見せて、オウムの反応を見守った。
いや、見守るまでもなくオウムは反応して、羽をばっさばっさはためかせながら……ついに返事をしてみせたのだ───!
『パーマン大好キ愛シテル! パーマン大好キ愛シテル!』
…………。
ああ、うん……。
一年、経っても…………同じ鳥、連れてくるん……だな……。
「馬鹿な……! パパ、絆は今、とても動揺している……! パーマン……! あろうことかパーマンを知るオウムが居たなんて……!」
「グ、グレート……! “パーマン”知らない日本人は居ないって噂は聞いたことがあっても、まさかパーマンを知ってるオウムがこの日本に居たなんて……!」
「この鳥ッ……!
「油断はしないッ! 会話はこの距離、この位置でだッ! ……聴いたことがあるんだろう…………B・Bクイーンズを! おどるポンポコリンをッ! 抜け目のないヤツ……! だがッ!《でごしっ》はたっ……!」
「《でごしっ》あうっ」
暴走し始めた娘二人にとりあえず軽くチョップ。何事かと他のお客が驚いてるからやめなさい。
あとどうすんのあれ。パパとママが合わさってパーマンになっちゃってるじゃないの。
「うん……正直ちょっとやりすぎた……」
「Si……すこぶる反省……」
『パーマン大好キ愛シテル!』
「なにか別の言葉で上書きしてやった方がいいんじゃないかこれ……結衣、なにかないか?」
「え? えとー……や、やっはろー?」
『パーマン大好キ愛シテル!』
「ぬう、見上げた根性よ。よもやそこまでパーマンが好きだとは。きっと作者様も大喜びだねパパ。でもそれはそれとして」
「方針は決まった。やっはろー、それを覚えさせる。───絆、あれやる」
「呼吸はわたしに合わせてよ!?」
「絆が美鳩に合わせて……!」
二人が芝居がかったポーズを決めながら、オウムが入ったケージを囲み、言葉を───
『パーマン大好キ!』
「なんか言いづらくなるからちょっと黙っててオウムさん!」
放とうとしたら調子を崩されていた。
「ここは根性……! や、やっは───」
『愛シテル! パーマン大好キ!』
「やっは」
『パーマン大好キ!』
「………」
「………」
『………』
「や」
『パーマン大好キ! 愛シテル!』
『むきゃああああーーーーっ!!』
ああ、娘二人がオウムにからかわれてる。
そんな調子で二人と一羽の戦いは続き、やがて───
「ゲロゲロゲロゲロ」
「タマタマタマタマ」
『ギロギロギロギロギロギロ』
『パ、パーマ……! パーマン大ス……!』
『ギロギロギロギロギロギロギロギロギロ』
『コッ……コケェーーーーーッ!?』
相手を無視する共鳴を囁き続けられ、とうとうオウムが悲鳴をあげた。
「虚しい勝利でした……」
「お前は強かったよ……。でも、間違った強さだった……」
で、娘二人も何故か悲しそうな顔で勝ちを語り、戻ってくる。
「お前ら全力で楽しみすぎだろ……」
「いっつもこういうことしてたの?」
「勝ったのは!《ドンッ》」
「我らですッ!《ババンッ》」
「ジョジョリオンやめい。どうすんのアレ。オウムのくせにコケェーとか叫んでたぞ?」
「あ、でもヒッキー? もう元気そうに首傾げたりして───」
『ゲロゲロゲロゲロタマタマタマタマギロギロギロギロ』
……傾げたりして、共鳴を始めた。
突然のことに、近づいた無邪気な子供がヒィとか悲鳴をあげるほどに不気味だった。
「よしもう行こう次行こう俺達はオウムなんて見なかった」
「え、ちょ、ヒッキー!? あのオウム───」
「フフフ不思議なオウムも居るもんだなぁ結衣。一羽で共鳴してるぞさあ行こう」
「仕込みは成功だねパパ!」
「オラたちのパワーが勝った……!」
とりあえず娘二人には再度チョップをお見舞いした。
さて、猫である。
猫であるが………
「おいすげーぞあっち! 猫のほうっ! なんか、黒くて長い髪の毛のきれーなねーちゃんがぜんしんに猫くっつけて、うふふふふってわらってるんだってよ!」
「なにそれすっげぇ! い、いこうぜっ! みてみたい!」
猫ブースにいざゆかんとした時、俺達を追い抜く子供たちの声が耳に届いた。
……うん。行くの、やめていいかな。
「ゆきのん……」
「雪乃ママ……」
「うん、きっと雪乃ママ……」
「……どうする? 行くか? 見ないでやるのもやさしさだと思うんだが」
「No……行く」
「そうだよパパ、行く。むしろ写真に撮る。美鳩一等兵、スマホの準備は十分か?」
「十分。では《がしっ》あうっ」
「《がしっ》ひゃうっ!?」
いざ、と向かおうとした二人を、結衣が襟首を掴んで止める。
そしてぴしゃりと言うのだ、「だめだよ」と。
「楽しみ方は人それぞれなんだから、ゆきのんの邪魔しちゃだめ」
『イ、イェッサー……!』
きっと猫に埋もれて幸福状態であろう雪ノ下を想像しつつ、そっとその場から離れた。
正直見てみたいが、自分がそういった状況な時に知り合い、それも従業員とか友人とかそういった近しい人に見られたいかと言ったら、そりゃもちろんNOだったから。
自分がやられて嫌なことはやらない。これ、大事。
「でも残念だねパパ。めぐりんさんも来られればよかったのに」
「用事があるならしゃーないだろ。それに、仕事ならまだしもこういう日に時間を取られるのを嫌がる人だって居るしな」
「やー……ヒッキー? めぐり先輩、とっても行きたがってたよ?」
「いや……おう。例えだからな? 俺も城廻先輩が行きたがってたのはよ~く解ってるよ。なにせ用事をキャンセルしようとまでしてたし」
「用事の相手が陽乃さんじゃ仕方ないよ。むしろ陽乃さんもゆきのんと一緒に行きたかったって言ってたくらいだもん」
「あの人なら用事とか余裕で無視して雪ノ下のところ行きそうなんだけどな……」
「……はるねぇって呼ばないの?」
「~……《コリコリ……》……出来る限り呼びたくねぇんだよ。家族は大事にするけど、慣れるまでは距離は置きたい」
左手で頬を掻きながら言いつつ、既に結衣に包まれている右手に力を込める。
どんなことだろうがどんな相手だろうが関係ないのだ。自分の中の優先順位っつーのか、大事な人No1はきちんと決めていたい。
一番二番とかそういうのとはちょっと違くて、けれどもきちんとした本音。
そりゃ、娘は大事だし仲間も大事だ。けど、好きで愛しているのは結衣だけなのだ。その相手が少しでも不安になりそうなことは、極力避けたい。
今さらそんなこと気にしたりしないだろ、なんてツッコまれそうだが…………不安がどうとかそういうのじゃなくてな、ほら、あるだろ。相手が自分のことを好きじゃないんじゃないかとかそういうのでもない、えぇと、あー……その、なんだ、おー……~~……お、俺が好きだからそうしたい、とか、そういうアレなんだよ、ほら。な?
「犬よ……わたしはやってきた!」
「この想いをどう伝えよう……! えぇと、そう……美鳩はパパが好き……!」
「それ犬関係ないよ!? でもまあ絆もパパが好き!」
っと、いろいろやっている内に犬ブースへ辿り着いていたらしい。
大小様々、格好も様々な犬たちを前に、絆も美鳩も大燥ぎだ。
「お~ぅほうほうほう! 撫でてほしい!? 撫でてほしいのかっ! ほーれほれほれー! あっはははははは! パパー! ママー! 可愛いー! 犬! かーいー!」
「この抱き心地、実にジャスティ《バッ!》……甘い。美鳩の頬も唇もパパのもの。それを舐めようだなんて、生涯早い……!」
撫でまくり抱き締めまくり、そのくせ頬等を舐められそうになると、物凄い勢いで避けてみせる。
指先は舐められても平気そうだが、手の甲もご遠慮願いたいらしく、バッババッバッと避け続けている。
「フッフフ、甘いのう犬よ。この絆の手の甲は、いつかパパが王子様が如くキッスをしてくれる時を待ち続ける穢れ無き部分! 飼うことになって、家族にさえなっていないお犬様に許すほど《がしっ》あ、ちょっ、押さえつけるなっ! 絆の手になにをっ……や、やめっ……やめろーーーっ!! そこはパパのために大事にーーーっ! あ、あっ、やーーーっ!」
犬を撫でていた腕を前足で押さえられ、ベロォリと舐め───
「絆は油断しすぎ。そんなんじゃ犬に噛まれて呪われる」
───……られそうになったところで、美鳩が犬を引き剥がした。
「~~……うぅう……それは、妹側には言われたくないかな……」
安堵の様子から察するに、あの娘ったら相当本気っぽい。なんか赤い顔でちらちらこっち見てるし。
赤くなるくらいなら言うんじゃありません、他のお客さんの目が俺に向いて、恥ずかしい。
などと、口元を軽く左手で隠しつつ、そっぽを向いていると、やはり感じる視線。しかも極至近距離。
視線を移してみれば、結衣が期待を込めたきらきらな瞳で俺を見上げていた。
いやあの……なに? なんなのその期待を込めまくりましたって目。
「えと……《テレテレ》」
少し恥ずかし気に、しかし俺と繋いでいた左手はそのままに、腕を抱いていた右手を解放、手の甲が上になるようにすると、おそるおそる俺に差し出してきた。
「………」
「………《どきどきわくわくきらきらそわそわ……!》」
しろと?
キスをしろと?
あとドキドキするのかわくわくするのか目をきらきらさせるのかそわそわするのか、どれかひとつに絞れません?
……いや、するけどさ。
丸くなったもんだなぁと苦笑しつつ、モシャアと急速に湧き上がる気恥ずかしさや捻くれを破壊して、どこぞの騎士のように跪いて───は、無理だな。右手が完全にロックされてる。むしろ俺が恥ずか死ぬ。
なのでそのまま。
差し出された手の甲にくちづけをすると、結衣の顔が花開くように微笑みに溢れた。
結衣はそのままその甲に自分もくちづけすると、いつものように「えへへぇ~……♪」と笑って、もう一度俺の腕に右腕を絡めた。
……ああもう恥ずかしい、嬉しいくせに恥ずかしい、なんとかならないかねこの顔の熱さ。
あと娘たちよ。結衣の後ろに並んだって、いつまで経っても順番は来ないぞ。