どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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6月で16日といえばアレ②

 犬との戯れは、例年よりも長く続いた。

 去年まではそうでもなかった、犬に向ける結衣の笑顔も……少しずつだがいつも通りになっていて。

 ただそれでも、犬へと積極的に向かっていく、ということはなかった。

 

「……そう。今年も、だったのね」

「……ま、愛情いっぱい詰め込めば、それだけ次が辛いってのは解るんだけどな。カマクラの時は小町がめちゃくちゃ泣いたから」

 

 翌日の今、結衣が奉仕部で準備をしている間、喫茶ぬるま湯のカウンターにて雪ノ下と話す。

 豆の準備、OK。茶葉の準備、OK。

 いつも通りの準備をしながら、昨日の出来事を話し合うと、少し気持ちも落ち着いた。

 なんとか出来ないものか、ばかりを考えていて、硬結びの上をさらにがんじがらめに結んだような、凝り固まった頭がようやく解けた気分だ。

 人間、考えすぎるとろくなことが起こらないからな。

 主に仕事で失敗して、結衣に心配されるとか、心配してたことを見破られて罪悪感を覚えさせる~とかな。

 

「うし、んじゃあ今日もよろしくな」

「ええ。あなたも精々失敗しないよう努めなさい。毎年わんにゃんショーの後は、由比ヶ浜さんを心配するあまり気もそぞろでしょう」

「お前は毎年浮ついてて、注文間違えたりするけどな」

「っ……そ、そう……ね、気をつけるわ」

 

 どっちもどっちだった。

 気を引き締めよう。……って心に決めるのも毎年のことなんだけどな。

 っと、言ってる傍から客来たな。結衣も絆も美鳩も戻ってきてないし……まあ、たまには俺が行くか。

 

「《からんから~ん♪》やあ」

「帰れ」

「い、いきなりだな……」

 

 葉山だった。

 ……お前なにまた来てんの。いや来るなって意味じゃあありませんよ? 金使ってくれるならそりゃあ確かにお客様だが。

 

「三浦のことが済んだならもう来ることもないと思ってたんだが……?」

「はは、それはないかな。俺はこの店のコーヒーも紅茶も、軽食もケーキも大好きだから」

「ほーん? そーかそーか接客態度は気に入ってなかったか娘たちに言ってやろう」

「底意地どころか天辺から意地が悪いな君は! やめてくれっ、これでも二人には感謝してるんだ!」

「……マジか。お前もしかしてドM」

「そういう意味じゃないからな?」

 

 とりあえず案内しつつ、聞いてみれば……ぞんざいな扱いも、時に来る罵声も、なかなか決断できない自分にとってはありがたいものだったんだとか。

 ああ、Mな方向じゃなくて、機会があればすぐにでも、って心の向きを変えるって意味でな。で、散々いろいろ言われたりされたりした結果、俺が訊ねた途端に気持ちの向きを変えられたと、そういうことらしい。

 

「そか。んで? 三浦とはどうなってんだ?」

「近い内に結婚するつもりだよ。相手の両親にはもう挨拶してきた」

「……早いくせに遅いって、妙なもんだな」

「遅かったから早くって思ったんだよ。これ以上待たせたくない」

「いろいろツッコまれたりは?」

「ああ、その。優美子が一方的に一途だっただけだって思われていたらしくて。ようやく俺が落とされたんだって、むしろ歓迎されたよ。父親の方には、うちの優美子のなにがそんなに気に食わなかったんだ、なんて目で睨まれたけど。そこはきちんと向き合って話してきた。自分にも、自分だけじゃ解決しきれないものがあったんだって」

「……そか。こう言うのもなんだが、おつかれさん」

「人生経験の先輩として、ご苦労様とか言わないのか?」

「あほ、社会に出た身で相手の地位も考えずにご苦労さんとか言えるかよ。そもそも言うつもりもねーよ。お疲れさま、の方が好きなんだよ俺は」

「はは……まあ、それは俺も同じかな」

 

 言ってから注文を取り、戻ってみれば奥さんと娘二人。

 葉山が来ていることを知るや、『出遅れた……ッッ!!』と悔しがっていた。お前らどんだけあいつのことからかいたいの。

 

「葉山くん、来てたんだ」

「おう。三浦とのことの報告と、朝食だそうだ」

「そっか。注文は?」

「ダージリンとお任せの軽食。オムライスとか言ったけど却下だ」

「ひ、ひっきぃ……もう……」

 

 てれてれ照れる結衣をさあさと促して、お任せの軽食を作ってもらう。雪ノ下にはダージリン。

 そして俺と絆と美鳩はといえば。

 

「磨きに磨いたトレーを用意」

「ナイフ&フォークの準備もおっけー!」

「お水を乗せて完成……!」

 

 ……暇だった。

 トレーやらナイフやらを準備してしまえばやることもない。

 なので両脇から抱き着こうとしてきた二人から腕を逃し、むしろ自分から抱き寄せてわしゃわしゃした。

 

「うひゃあっ!? ぱっ……パパーーーッ!?」

「はぅ……パパ、今日は強引かつ大胆……《ポッ》」

 

 父親って不思議。

 無駄な接触だのなんだのやってりゃ、その内うざがられるって解ってんのに構わずにはいられない。娘が可愛いのだ、仕方ない。

 いずれ洗濯物は別に~とかお父さんが入った後のお風呂なんてヤだとか…………やべぇ言いそうにねぇ。どころか、風呂入ってきたら全裸で突撃してくるよこいつら。

 

「ふふ、ふふふふっ……いいですよ? パっ……ぱぱっぱ、っぱ……、パパがこんなに大胆だなんてかつてないことです。絆はもう覚悟を決めました」

「なんの覚悟だよ……ああその、たまにほらあれだ、親娘のスキンシップ? でも、な」

 

 関係ないけどスキンシップとスカラシップって文字とか似てるよね。ほんと関係ないけど。

 あと噛みまくりで動揺しまくりだから深呼吸でもしような。

 で、美鳩はなんで俺の手を両手で掴んでもにもにさわさわ揉んだり撫でたりしてんの。

 ……でもなんかいい感じに力だが抜けるっつーか。マッサージ的ななにかをされているようだ。いや実際マッサージ《ぐいっ》───ちょっと待とうか!?

 

「こ、こらこら美鳩ぉぉ……!? その引っ張ってる俺の手を、何処に持ってくつもりかなぁ……!?《ぎりぎりぎり……!》」

「パパを想って実った果実……?《ぐぃいいい……!!》」

「やめて!? 客でしかも知人が居るところでなんてことしようとしとんのだおのれは!」

 

 あとこの娘ったら地味に力ある!

 豆とか大きな袋のまま運んだりしてきた成果か!?

 

「ふふーん……♪ パパー? 美鳩もそれはもうすごいけど、絆もまた成長したんだよー? 由比ヶ浜の血は恐ろしい……! まだまだ戦闘力が上がる……! ……でも可愛い下着がつけられないのは悲しいかなーって。恋するとすごいね、女の子。胸がとても熱くなるんだよ、パパ」

「同棲中の時の結衣みたいなこと言うなよ《メキメキメキメキ》……ていうか絆までやめなさい! 俺に娘の胸を触る趣味はありませんっ!」

「一度超えてしまえば後は楽。美鳩はパパなら全然平気。むしろ嬉しいまである。それは愛というもののみを真っ直ぐに見据えた“人”としてのジャスティス」

「娘の初恋の人になった責任を、パパはとるべきだと絆は思うのです。そうしてくれたら絆的にポイント高い。そしてゆくゆくは“雪ノ下”全てを巻き込んだ“真の家族”に……!」

「やめなさいほんとまじで」

 

 俺が雪ノ下に殺されるわ。

 

「でも小町お姉ちゃんもパパのこと好きだったと思うんだよね。兄妹間のそういうことが自由なら、絶対にパパを選んでたと思うのですよ絆的には。今だって選んでないし」

「……タイキックさんの苦労は計り知れない」

「ん……実際どうなんだろうな、大志のヤツは。なんつーか、俺達の周りには一途なヤツが多すぎる気がする」

「えとー……パパ? たとえばさ、この人いいなぁって思った人がさ、結婚して相手をすっごく幸せに出来ててさ? その幸せを今もずーっと保ったままにするどころか、さらに幸せにしているって光景をみたらさ、どう思う?」

「ん? そりゃおめでとうとかか? それとも爆発しろか?」

「そうじゃなくってさ。自分がいいなって思った人がね? 相手をずーっと、もっともっと幸せにする光景を眺めてるの。たとえばそれでその人を羨ましいって思ってもさ、じゃあわたしも~って誰かを探したって、きっとそんな幸せは手に入らないんだと思うんだ」

「そりゃ解らんだろ、やってみなけりゃ」

「そだよね。でもね、どうやったって、憧れた幸せには届かないんだよ。だって、その幸せは“自分”が“いいな”って思った人が作り出した光景だから。他の人が頑張ってもその幸せには届かないし、届いたとしてもきっと追い抜いちゃうんだ。同じにはならないんだよ、絶対に」

「……なぞなぞかなんかか?」

「んへへー……♪ わたしもパパと結婚したかったーって話。この比企谷絆が憧れる幸福とは、ママが常に抱いてる幸福を指すんだから。それはね、パパが相手じゃなきゃ絶対にだめなんだよ。で、きっとパパは相手がママじゃないとダメだと思う」

「当然だな。俺に向けて自分から来てくれる相手は世界に唯一人、結衣だけだ」

「パパ……それは胸を張って言う言葉じゃない……」

「どこぞの金ピカ英雄が朋友を自慢する時みたいな言い方だよね。まあともかくだよパパ! わたし絆と妹の美鳩はパパとママが大好きってこと! そんな二人の幸せの中に居られることもまた大好きってこと!」

「そして隙あらば密着部分を増やしたい。幸せのおすそわけが欲しい」

 

 言いつつグイイと手を引っ張ってくるが……ってこらこらこら、どこに持っていこうとしてんの。果実以前に……おいちょっと? 美鳩さん? その微妙に開いた胸元はなに? え? 服の上からどころじゃなくて、まさかの!? ちょ、やめっ、やめなさいこらっ……!

 

「これから生きていく中でどんなアクシデントが起こるか解らない。初めて触れられる人はパパがいい」

「いろいろまちがってるから待とうな娘よ……!」

「まちがってても求める心は変わらないってばパパ! ならいっそ、がばりと奪ってほしいなーって!」

「……お前らなぁ。いや、そりゃあ好きでいるのは構わんし、それがお前らの幸せにちゃんとなってるんだったら俺もそれでいい。世間一般の親がどうだろうが俺は娘の幸せを優先させる。まあなによりの優先は結衣だが」

「YES! それでこそパパ!」

「Si.そんなパパとママを見て来たからこそ“幸せ”ってものに憧れた」

 

 にこりと笑いながら、絆と美鳩が腕から離れた。

 そこへ丁度軽食を作り終えたらしい結衣が戻ってきて、きょとんとしている。

 どしたの? と問われたので真っ直ぐ答えた。誤魔化しは要らん。

 

「そっか。うん、いいんじゃないかな。二人ともヒッキーが好きなら好きで仕方ないって思う」

「え……ママ?」

「意外……怒られるかと思ってた」

「こんなことじゃ怒らないよ。ただ───いーい? 二人とも」

「うん、なになにママ」

「きっちり聞く。なに? ママ」

「うん。えっとね? ……好きでいてもいいけど……でもね? 絶対、渡さないから」

「………」

「………」

「ね?」

 

 にこーと笑って、軽食をトレーに乗せて、はいと絆に持たせる。

 絆はさあさと背中を押され、戸惑いながら葉山のもとへ。

 で、俺は俺ですすっと寄ってきた結衣を抱き締めて、ほっこり。

 絶対渡さないだなどとはっはっは、……こっちの台詞だっての。

 あぁもう顔あっつい……! なんてこと言ってくれちゃうのもう可愛いまじ可愛い俺の奥さん超可愛い。

 

「ではパパ。今のママに対してお返事は?」

「こっちの台詞だバカヤロ───はっ!?」

 

 奥様を愛でるのに夢中で本音がぽろり。

 ああ、なんか俺もうだめだ。年々捻くれって文字が俺の中から消えていっている気がするんだ。

 原因? 言うまでもないだろう。

 時間をかけて素直にされまくってるんだよ。

 クセのついた捻じれも、しっかりと時間をかけて丁寧にほぐしてやれば、完全には治らなくても真っ直ぐに近いものにはなるってもんだ。

 真っ直ぐに好きだと言ってくれて、素直じゃない俺に根気よく付き合ってくれて、そこに立っているだけの大黒柱を支えてくれる。……ほぐされるなってのが無理だろ、なにこれ、無理ゲーすぎる。いやゲームじゃなくてリアルだから“無理アル”? ……出来の悪いダジャレみたいになった。忘れよう。

 そして絆? 戻ってきて結衣の後ろに並んだからって次に抱き締めるとかないからな?

 

「ヒッキー?」

「お、おう? どうした?」

「娘が甘えてきてるんだから、抱き締めてあげなきゃだめ」

「……いや…………まじ?」

「うん。でも……ん、んんー……」

「《こしこし》お、おい、結衣?」

 

 結衣が俺の腕の中で、胸に顔をこすりつけたり頬ずりしてきたりする。

 それを何度か繰り返すとひょいと離れて、雪ノ下のもとへ。

 

「……、……えっ!? あ、え? ママが……ママが許可を? 直々に? …………わっほほーーーい!」

 

 絆、来襲。

 戸惑いはあったものの、そうは離れていないこの距離で勢いを見事につけてみせ、俺の胸へとどかーんと飛び込んできた。

 

「パパ、パパ! ぱぱーーーっ! むふふーん♪ ぎゅーってしてください、ぎゅーって!」

「お、おう。こうか?」

「《ぎゅー》いえいえもっとです! こう、よくある抱き締めたら折れそうなほどの華奢な子をいっそ抱き締め尽くすかのごとく《ギュギィギギ》ギャーーーッ!!」

 

 豆運びで鍛えた香り高き芳醇マッスルでサバオリをしてみると、絆が雄々しき悲鳴をあげた。

 

「ななななんてことするのパパ! 今ちょっといえかなり乙女としては失格な悲鳴が口からまろび出たよ!?」

「いや、まろぶなよ。せめてこぼれろ。どうなってんのお前の口」

「そんなこといーから! も、もっとこう、力強く、けれどどこかやさしく繊細に……!」

「パ、パパ、パパ、次は是非美鳩を……!」

「ぬはははは甘いわ妹よ! 今はこの絆のターンぞ! さぁパパ、このままぎゅってして抱き上げてくるくる回って《ぺいっ》投げ捨てないでよ!?」

 

 容姿は整ってるのに脳内が賑やかかつ少々残念な娘をぺいと横に置き、大人しい方の娘を抱き締める。

 

「はぅ……。パパからの抱擁……嬉しい……」

 

 美鳩は特に希望を口にするでもなく、ただぎゅーっと抱き着いてきていた。

 ……のだが、ハッと顔を上げると、結衣の方を見る。

 

「パパから完全にママの香りがする……! なんてこと……! これじゃあピジョニウムが補充できない……!」

「じゃあ次は絆のターンで」

「まだダメ。絆ほど抱き締めてもらってない」

「まーまーまー! いーじゃんいーじゃん!」

「だめ、断固だめ、断じてだめ」

 

 ……。わーきゃーと娘たちが暴れる。

 どうしたもんかなー……と視線を彷徨わせると、扉を静かに開け、こちらの様子を窺っている……都築さん?

 

「……失礼を。込み入った話をしているようなので、客人の入店をしばしご遠慮いただいていたのですが……」

「あ」

 

 道理で邪魔が入らないなぁと。

 むしろお蔭で話も気持ちも纏められましたと感謝です。

 というわけで客ではないけど人が来たので抱擁も終了。

 ぶーたれる娘二人に「はい仕事仕事」と手を叩きながら言って、俺は俺でとことこ歩いて……結衣を後ろから抱き締めた。

 いきなりだったから「ひゃあっ!?」なんて声を出されたが、今度は俺が結衣をぎゅってした。マーキングとまではいかないまでも、娘たちの感触を上書きするかのように。

 

「あー! パパが早くもママを!」

「ひ、ひどい……! あんなにも抱き着いた美鳩のすぐあとに、ママと抱き合うなんて……!」

「おう。俺の意思で思い切り抱き締めるのは結衣だけだ」

「パパがブレなさすぎて逆にスゴイ!!」

「このくらいの歳の娘は反抗期を引きずってる家が多くて、美鳩たちのようなのはむしろ珍しい筈なのに……!」

「いやいや美鳩? それよりも父親と母親の関係が微妙とかよく聞く話でしょ……?」

「……うちのパパとママが特殊すぎるだけ?」

 

 おう。

 なにせ喧嘩をしても仲直り出来る関係をいつだって目指して、お互いを知ることから始めて、知れば知るほど好きになったっていう不思議なタイプの二人だからな。

 恋人、婚約、同棲の流れから結婚、出産に至るまで、喧嘩はあってもすぐに仲直りしたからなぁ。

 喧嘩のあとにお互いの気持ちを考えるようにして、それを飲み込んで、受け入れて、額を合わせてごめんなさい。そこから笑って抱き合って、お互いの譲れる限りを譲り合って、次第にその限りが広くなって、ぱちんって破裂したら、もうほぼなんでもが好きになってたな。

 そうなると相手が喜ぶことばかり探すようになって、相手も喜ばせてくれて、やがて抱き合って一緒にケーキ食べたりーなんてことも平気で出来るようになっていた。

 

「パパ! ズバリ、仲直りの秘訣は!?」

「あー……そだな。とりあえず相手の気持ちを考えること、だな。あと、出来るだけ自分の感情はコントロールすること。カッとなったらまず息を無理矢理にでも全部吐き出して、ゆっくり息を吸ってみるんだ。それで瞬間的な怒りはひどまずは抑えられる。そこで吐き出すのが息じゃなく罵声だったらまずいな。うん」

「じゃなくて、パパ、仲直りの秘訣……」

「相手の気持ちになって、言ってしまったことを反省することだな。あとは───」

 

 軽く昔話をしてみせる。やらかした馬鹿と、泣いた少女の話だ。

 過去の自分を振り返るに、好きな部分はそりゃああった。

 今の自分を思うに、好きな部分はそりゃあある。

 しかし、足して割ってみたところでより良い自分になれるのかといったらそれはない。むしろ悪化するのだろう。

 人が幸せになる過程を、幸せってものを知らない過去の自分が今に混ざったところで、きっと自分はそれを解消の材料に使い、何かを台無しにするのだ。

 ……そして、大切な人を泣かせる。

 何が悪かったのかも理解しないまま、効率だけを口にして、どっかの主人公みたく“俺は悪くねぇ”を振りかざすのだ。

 もう、そんな自分は嫌だから。

 人の気持ちも考えず、“好きな人にここで告白されたい”と目をきらきらいさせていた少女の前で、好きな人が自分の友達に告白して振られる様を見て、それが解消方法だって解っていても理屈じゃなく苦しくて。

 それでも苦しさを飲み込んで“でもさ、……こういうの、もう、なしね”と言ってくれたのに、効率を口にして泣かせた。気持ちなんててんで解ってないくせに。わかっている、なんて思って、あの時に感じたブレザーの重みなんてちっとも理解していなかった。

 理解していたら、泣かせることなんて絶対になかった筈だったんだから。

 

  やさしい女は苦手で、いっそ嫌いだった。

 

 でも、だからってそれを理由にやさしい人の全てを突き放していいわけじゃあなかったのに。

 

(あー……)

 

 ……ほんと、思い出しても実に阿呆。

 毎度毎度、こいつ本人とは関係のない、俺の一方的な思い込みで泣かせてばっかりな高校時代だった。

 中学の時にやさしい女性が嫌いになった、だからそんなものはいらんとかって拒絶した職場見学。

 恋する乙女の芽生えたばかりの憧れを、よりにもよって自分の目の前で友人にしてみせて、しかも苦しさを飲み込もうとしてるのに、効率云々を口にするばかりで結衣の言葉なんて一切飲み込んでいない。

 ……思い出すたび外道だなおい。

 え? 俺まじあの修学旅行で奉仕部としていったいなにが出来たの?

 くっつけるための行動も結衣任せで、スポットは雪ノ下の提案。

 戸部に高い位置に結ぶといーぞーって伝えただけで、結局は途中で知ったことの全てを奉仕部の仲間に伝えもせず、時間がない土壇場で言うことで思考する時間すら与えなかった。なぜ? 取る行動を教えたくなかったから。

 仲間なんだから信じるのが当たり前。雪ノ下は信じてくれたのだろう。

 でも、結衣はあの時に聞こうとした。目を逸らし、言わなかったのは俺だ。

 そうして、俺は俺が取る行動で起こることを口に出しもせず、勝手を行ない解消した。

 

  ……あなたのやり方、嫌いだわ。

 

 あー、そうな。振り返れば俺の方こそ嫌いだわこんなやり方。好きになる要素がどこにあんの。これこそ黒歴史だろおい。

 冷静になってよく考えてみろ、あれがあいつらの選んだものなら、俺は口を出すべきじゃなかった。最後の最後まで傍観してりゃあよかったのだ。

 だって、選ばないを選んだのはあいつらだ。

 よろしくねとは言われたが、依頼を受けた覚えなんてなかった……よなぁ?

 ただ、そこへ当て嵌める結論は、もう高校の時に出したから、それはそれでいいのだ。

 “人と人との繋がりの脆さなんて、濁った目で見てりゃ嫌でも気づかされる。腐った目なら余計にだ。それが、誰かが誰かと手を繋いだだけで壊れるもんなら、そもそも葉山も海老名さんも奉仕部に声をかけたりしなかった”……だよな。

 そうだ。だからこそだ。

 なまじ絆が強いから、その真剣さが解って崩れるものだってあるって知ったんだから。

 

「…………今さらか」

「ヒッキー?」

「いや。自分のアホさ加減を振り返ってたとこだ。過去ってまじ痛いな。お前に謝りたいことばっか浮かんでくるわ」

「《ぎゅうっ……》……ひっきー……」

 

 黒歴史って、あるよなー……。

 思い出すたび胸が締め付けられる。泣かせてんじゃねぇよ、ばーかばーか。

 

「そうね。あなたはいつもそう。土壇場にならなければ口を開かない。開いてみれば、“どうしてもっと早くに”と言いたくなるような案件ばかりで」

「耳が大激痛だ、勘弁してくれ」

 

 追撃の雪ノ下の言葉に、さらにダメージは加速した。

 ああくそ帰りたい。タイムマシンでもないかしら。

 

「ってわけでだ。仲直りの秘訣は、互いを知ってきちんと尊重出来る信頼関係を作っておくことだ。どっちを立てすぎたってだめなんだよ。あとあれな。喧嘩両成敗。喧嘩になったとしても、互いが自分の悪いところときちんと向き合える余裕を持つこと。これが出来なきゃまず話にもならんから」

「うわー……あ? あっとと、パパ? お店結局どうするの? 都築さん、待ってるけど」

「あー……今ちょっと心を込めてコーヒー作れる状態じゃないな……。美鳩、頼んでいいか……?」

「え……? パ、パパ……? それって……」

「……今日のコーヒー、全部。……任せても平気か?」

「───! ……やる……! やらせて、ほしい……!」

 

 そもそものきっかけが自分の情けなさからくるものであるものの、そろそろいいかなと思っていたことも事実だ。

 なのでそろそろ。

 外国での授業も修めたんだ、あとは気持ちの込めようだろう。

 ……なのであとは若いやつらに任せて、俺は奉仕部でしっぽりと結衣と《がしぃっ!》

 

「待ちなさい比企谷くん」

「なっ……なんだ? 雪ノ下」

「忙しくなったら頼らせてもらうから。……おかしな真似はしないでちょうだいね」

「いや。お前ね。俺をなんだと思ってんの。ちょっと抱き締めてなでなでするだけの話だろーが」

「パパ! それ全然“だけ”じゃないよ! むしろそれをそんな簡単なことと言うなら、あとでこの絆にも是非!《どーーーん!》」

「ん……パパ、あとで頑張ったごほーび、ほしい」

「おー、ご褒美な、まかせとけ。ただし過度なスキンシップは結衣専用だからそれ以外でな」

「だ、抱き締めてなでなでを!」

「あ…………ごめんなさい、それ結衣専用なんですよ」

「ママずるいー!」

 

 言いつつ結衣とともに歩いて、今日も一日が始まり、やがて過ぎていくのであった。

 散々と騒がしくはあったものの、客も上手く捌け、注文ミスも味が違うと文句が飛ぶこともなく。

 少しすると雪ノ下が奉仕部へと引っ込んできて、少し楽し気に「紅茶を絆さんに任せてみたわ」と言った。

 閉店まで残り一時間というところで、客も少ないらしい。

 そんな残り時間を全力で乗り越えた娘二人は、看板を落とすなり俺と結衣に駆け寄って抱き着いてきた。

 ミスは……しなかったらしい。困ったことがあるとしたら、ここぞとばかりにナンパが多かったくらいだそうだ。


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