どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
朝食が済むと、まったりタイム。
何も一日中遊んでいようって気は毎年無く、楽しく、それでいてきちんと休日であればいいのだ。
祝われた上でずーっと縛られたままっていうのもつまらんだろうし。
え? 俺? ……望むまま望まれるまま、ずっと傍におりますが?
「よし。じゃあ始めるか」
「うん」
少しのまったりタイムを挟むと、軽く運動。
太らないための大事なことである。
数時間後には出掛けるんだから、汗だくになるまで運動してもしょうがない。
なので軽い柔軟運動から、激しくない程度の運動。胃や腸を刺激してやり、消化活動を活発にしてやる程度。
それが済むと、お互い笑い合ってまたべったりくっついている。
その間もどこどこにいくーと話し合うわけだが、大体は思いついたら片っ端から、に近い。計画したって上手くいかんのだ。だって従業員の意見がなかなか一致しないんだもの。
これが男同士なら、“あそこいく?”“おっしゃ行くべ”で即決なのだが、女性というものは行きたい場所が多いらしく───……とは言わない。
むしろいっぱい悩んでくれ。俺も出来る限り提案しよう。
あ、とりあえずカラオケは絶対らしい。食事はしない方向で、だからパセラは無しだ。
「窓を買いに来た───恐れることはない! なぜって? わたしが来た! わはははは! 冷やかしだけどね!」
「ウィンドウショッピングは楽でいい。でも窓を買いに来た、という言い方はちょっと違う」
「そこはノリと勢いだよ美鳩!」
「
「あ、美鳩ー、暑くなるかもだから水分補給飲料とか任せていい? わたしは塩分タブレットとか携帯しとくから」
「Ho capito.お安い御用」
そんなわけで、様々な店が開く頃には出発。
現在は毎年味わうことになる“女の中に男が一人”を味わっているわけだ。
毎年どころか毎日か、これは。寝ても覚めてもってやつだが、ハーレムとは違うから……か、勘違いしないでよねっ!? ……誰がするんだろうな。
「あの頃から比べると、選ぶ服も落ち着いたやつになったよねー」
「だな。無難で安いのを買い求めるようになった。後先考えるようになったとも言うな。学生の頃の、とりあえず金があれば何かを買おう、みたいな衝動は綺麗さっぱり無くなった」
「うぅ……お金溜めて友達と遊んで、ばっかだったなーあたし……。ヒッキーと付き合うようになってからは違ったけど」
「そうね。一時期、“婚約”という言葉に重きを置いて、貯金の鬼になっていたわね」
「ゆ、ゆきのん……あれは忘れさせて……」
「でも二人とも結構楽しそうだったじゃないですか」
「実際楽しかったぞ俺は。バイトも結衣のためって思ったら頑張れたし、その頃には小町にも、いつまでもシスコンやってないで、小町に向ける分の気持ちとか全部、結衣さんに向けてって言われてたし」
「あー……あれはすごかったですねー……」
「思い出すだけでも軽く引くほどだったもの」
「なんでだよ。いいだろべつに、一途に想うってのはアレだろ、恋人だろうと夫婦だろうと大事なことだろうが」
高校三年、結衣の誕生日を迎えて、ママさんに招待された俺は、しっかりと婚約を受け入れて頑張ることを決意。
その前から結衣のためっていう行動はしてきたんだが、婚約したのならと小町や戸塚等、大天使的存在としっかりと話し合った末、それらに向ける全ての感情を結衣に向けるという行動を開始。
意識改革ってのは思った通りにはそうそういってくれないものだが、こればかりは俺の問題なので、まずは本能的な優先順位を変えることから開始。
……した筈だったんだが、苦労するまでもなくママさんやお義父さんが親父とおふくろと話し合い、俺と結衣が互いの両親の前で互いへの想いの丈をぶちまけ、布団で“あ゙ぁああああ!!”と叫んだあたりでとっくに覚悟は完了していた。
同棲を始めてからは余計な。
そんなわけでお互いのらぶいちゃが遠慮なく披露されるようになると、雪ノ下にも一色にも散々ツッコまれた。小町とタイキックはむしろ応援のみだったんだが。
「あっ、この服とかゆきのんに似合いそうっ」
「そ、そうかしら……」
「こっちとか美鳩に似合うんじゃねぇの?」
「て、店主……! 店主はおるか……! みみみ美鳩はこの服を……!」
「待たれよ美鳩! 美鳩に似合うならこの絆にも似合う筈! それはそうはさせん!」
「……毎年思うんですけど、ツッコむ方のこともたまには考えてくださいね……」
「ツッコミとかいいから楽しんどきゃいーだろ」
「だったらもうちょっと娘の暴走を抑えてくださいよー!」
服一つで随分と燥げる。
試着してみて、本当に気に入ったら買って、笑顔が可愛くて。
買わなくても笑顔は見せてくれるんだけどね。かたちあるものをプレゼントしたくなる男どもの気持ち、八幡、今ならとーっても解るのよね。
だからってくだらないもの残していても仕方ないので、その度に悩んでいるわけですが。
どんなものをプレゼントしても喜んでくれるのは解ってるんだ。それはもう解ってる。熟知してる。八幡解ってるよ。しかしだ。俺もプレゼントする側だ。気持ちを受け取ってもらうよりも、きちんとプレゼントでも喜んでほしい。なにより結衣を笑顔にしたい。幸せにしたい。可愛い。いやここで可愛い関係ねぇよ。可愛いけど。
「………」
「………」
「……《にぎにぎ》」
「…………《にぎにぎ》えへー……♪」
ただまあそのあれだよあれ。
こうして軽い遠出をして、服とかを見つつ、手を繋いで腕を絡めてにぎにぎし合って歩くだけでも、俺はこうして幸福なわけでして。
あ? 安っぽい? けっして安くない。だって俺にこんな良い妻が、ってだけでも奇跡だろ。もう何度この自問自答を繰り返したかは数えてないから知らんけど、いやほんとマジで、俺を好きになってくれてありがとう。
……感謝してばっかだな俺。悪いことだとは言わんけど。
毎朝顔を見る度、毎夜目を閉ざす度、隣に居てくれる女性に感謝してる。
感謝してるだけかって言ったら違っていて、思い切り口に出して感謝してる。
だって言わなきゃ届かんし。“話せば解るは欺瞞だ”とかかつての自分は言ったが、日々の感謝はほら、あれだろ。伝えなければ欺瞞以前の問題だ。
昼になると小町と川崎とタイキックが合流した。
不思議なもので、一年に一回は必ずこうして集まる日があり、それがどうしてか結衣の誕生日だったりする。
同窓会を企画したわけでもないのに、どうしてか高校時代にどちらかといえば俺と近かった連中というのは6月18日に予定が空いているらしい。
「お兄さん……小町さんに告白したらフラれたっす……」
「……おう。まあなんだ。さすがにもうアレだよな……」
「あれっすか……。俺ってこうまで脈なかったんすかね……」
「年齢気にする頃になりゃコロっと、ってのは理想論だろ。むしろ小町はそういうのはきちんと恋愛してからってのが強いと思うぞ? 好きなタイプが割とアレだが」
「あー……俺もお兄さんみたくなればモテたんすかね」
「ほら大志、馬鹿なこと言ってないでさっさと行くよ」
「あ、わ、解ってるって姉ちゃん! ……世の中、いっそ一夫多妻制にならねっすかね。そしたら姉ちゃんも……」
「葉山とか大変そうだよな」
「……俺、時々お兄さんは刺されてもいいんじゃないかって思うっすよ」
「刺される理由がねぇよ。なに、それって痴情のもつれとか? 俺に限ってそれはないだろ……今時俺ほど一途な男とか居ないよマジで。自分で言うのもなんだけど」
「一途すぎるのも問題だって言ってるんすよ……はぁ」
なにを言っとるんだこの男は。
……それにしても、人が合流したってのに案外スムーズに足が進むもんだ。
あれ見たいあそこ行こうと意見が割れることもない。
かといって結衣に何処へ行くかを決めさせるでもないんだから、なんというか……“慣れだよなぁ”ってしみじみ。
「ね、ヒッキー。そろそろお昼だけど、どうする?」
「ん、そだな。例の如くサイゼは却下だろ? んじゃあ……」
「はい提督殿! 絆一等兵は何故だかむっしょぉおーーーにっ! 酢だこさん太郎が食べたいであります!」
「押忍……! 美鳩一等兵はハートチップルが食べたいであります……!」
「あ、じゃあ小町カライーカとか食べたーい!」
「いやなんでそこで菓子? 普通にどっか寄ってメシでいいだろ」
「だったらガッツリステーキが食いたいっす!」
「川崎、なにか提案ないか?」
「ん? サイゼ……は、ダメだとか言ったっけ。じゃあそこらのレストランでいいんじゃない?」
「あれ? お兄さん? あれ!? 無視っすか!? いいじゃないっすか男らしくステーキ!」
「俺にとっては結衣が好むか否かを知ることが最重要事項だ」
「ほんとラブすぎっすね!? 振り返ってみると信じられない変化っすよね……あのお兄さんが……」
「タイキックー、早く来ーい。さっさと来ないと人数から省いてギッチリに座るぞー」
「だから大志っすってば!」
川崎が促したレストラン……レストランだよな? 看板にレストラムって書いてあるんだが。
レストラム中野……中野さんが店長なのか? と思ったが、なんか違うらしい。一色が知り合いらしくて、店長の名は中井出というんだそうだ。
なにはともあれそこに入り、昼の時間を過ごす。
「あのー、ハチ兄さん。ハチ兄さんってお子様ランチの味って、思い出せます?」
「いきなりだなおい」
しかしと考える。
お子様ランチ。食べたことがあったのだろうか、この俺が。
振り返ってみても思い出せない。
が、小町ならなんとなく食べてそう。俺に内緒で、親父に連れられて。いや絶対に。確実に。
「小町」
「あー……お兄ちゃん? あれはそのー……親父殿が勝手に食べなさいと寄越したものでございまして、けっしてお兄ちゃんをのけものにしたわけではー……そのー……」
「ああ、やっぱり食べたことあるのな。そういうのは時候とかそっち方面で片付けていいから、どんな味かは覚えてるか?」
「えーっと。さすがに昔すぎるかなー。まあ当時は味がどうとかより旗が嬉しかったーっていうのがあったからね」
「あはは、うんうんそれ解るかもっ! あたしの時はパパが旗集めるのが好きで、あたしがべつのやつ頼みたくてもパパが問答無用で頼んじゃってさー!」
お義父さん……なにやってんですか……。
「結衣さんのパパさんは随分と邪気の少ないお父さんですね……うちのお父さんもそれくらい茶目っ気とかがあればよかったのになー……」
「そうな。あと娘ばっかじゃなくて息子にも優しくしてほしかったわ」
「お蔭で絆ちゃんと美鳩ちゃんに嫌われてるもんね。まーあれは仕方ないよ、お父さんが悪いし。お兄ちゃん大好きの娘の前で、あっからさまな差別とかすればそりゃ嫌うって。しかもそれを意識したのが子供の頃だってんだから性質悪いよね」
「あ、あははー……だねー……。女の子って自分が嫌だと思ったことって忘れないもんねー……」
逆に男はサクッと忘れたりするけどな。切り替えが早いっつーか、起こったことはしょうがないって諦められる。
引きずるヤツも当然居るが、大体はいずれ忘れる。
忘れるから、絶対に許さないノートとか用意するわけだな。うん、実に恥ずかしい。
「で、でも……嬉しいこととかも、忘れなかったり……する、よ……?」
「う……お、おう」
「まったまたぁ、それじゃあ結衣さんってばもう、毎日のこととか記憶しまくりってことじゃないですかー」
「? え? うん」
「…………え?」
「?」
「……あの。結衣さん? 一週間前の晩御飯とかは……」
「一週間前? えとー……あはは、覚えてないや……」
「じゃあ夜にお兄ちゃんがなにをしてたかとk───」
「うんっ、ヒッキーがね、なんか急に膝枕してやりたくなったとか言ってねっ!」
「お、おおおすごい食い付きっていうか食い気味っていうかあの結衣s───」
「ベッドの上でしてもらったから、もうこう、なんてのかなっ、すっごく安心出来て力が抜けちゃって、なんかもうすごくてっ、こう、ふにゃーって───…………えへー……♪《ほにゃー》」
今まさに嫁がふにゃーである。やだもうほんと可愛いったらない。
「ヒートアップしている結衣さんはとりあえず自由にさせておくとしましてっ。忘れるとかの話でふと思ったんだけど、お兄ちゃん」
「お? なに、どした?」
「プリキュア好きが暴露された時ってあったよね? あれのことをふと思い出したんだけど、今でも続けてる昔の趣味とかってあったりする? 実はまだライバーだったりとか」
「もうやめとるわ。……っつーか、結衣と付き合うってことを意識した時点でそういうのはやめてる。暇に任せて見ちまうことはあっても、同棲前には大体終わらせてたよ」
「あー……そういえばお兄ちゃん、休みの日にも溜めたアニメを見るとかしなくなったっけ。今思えばちゃんと結衣さんのため~とか頑張ってたんだね」
「………」
ほっときなさい。ぼっちは周囲の目や口には敏感なんだよ。
俺がいろいろ言われるならまだしも、結衣が“あんたの彼氏ラブライバーww コポォ”とか言われて馬鹿にされるのは我慢ならんし。
“そのアニメが悪い”とかじゃあないんだよなぁ、ああいうのを言うやつらって。ようするになんであれ、周囲を伴って見下し笑える要素が少しだろうとあればいいのだ。
そいつらにしてみりゃ高校にもなってアニメに夢中だとか、大人になってもアニメに夢中でキモいとかな。需要と供給、作ってる人が儲けて、見ている人が楽しめてりゃそこに年齢なんて関係ないと思うんだが、悲しいかな、世界はそう単純に回ってない。
で、そういった自分の趣味が関係していることで結衣が笑われるか、それとも自分がそれらから離れるかの選択肢を前に、俺はそういったものから手を引いたってだけ。
まあ、よかったんじゃねぇの? 将来的に“お前の父ちゃんアニメオタク”とか言われて、娘たちがイジメられることもなかったし。
そんな過去もあったからか、アニメのキャンペーンとか近所のコンビニでやるのは勘弁してやってくださいとはよく思ったが。増えたよなーああいうの。
提督業をやめたあとでも続いたコンビニコラボとか見て、またはそれらの関連商品をご近所のシヴいおじさまが買って行った時は、相手が気づいてなかったこともあって見て見ぬフリをすることもあった。
ああいうのが一部の奥様に知られた途端、“チョットオクサマキキマシテ!?”って広まるわけだ。奥様ネットワークめっちゃ怖い。
そんな気遣い虚しく、今では私がお父さん。
娘が楽しむのはもちろんアニメや漫画のカテゴリー。
何故なら、彼女らもまた、特別な存在だからです。
趣味が知られて陰口叩かれようが、成績優秀なら文句はあるまいとばかりに元気に楽しくやってるそうです。たくましいなおい。
どういうきっかけでハマったの? と訊かれれば、大ヒットラノベ作家が父の知り合いだと言えばそれで納得。
“でもラノベってー……ねー?”などの文句があるなら、担当編集者までどうぞ。ぬかりなく友人です。
……というか、何気に知り合いにすごい人が多いよな。
そんな知り合いが集う喫茶店をどうぞご贔屓に。……記念日には容赦なく休むけど。
「………」
そんな過去の振り返りをしたのち、俺の目の前にはお子様ランチが置かれていた。
何故って、じゃんけんで負けたやつが食べてみるというゲームが、いつの間にか開始されていたからである。
人が物思いにフケってる時に、よりにもよって出さなきゃ負けよジャンケンとか鬼畜すぎでしょ小町ちゃん。
(しかし……)
ハモ、と食べてみる。
……うん、いかにもな味だ。
なんというか、口に味がまとわりつくっていうのか。
どれもこれも少し薄味のような……うーん、こいつはどこまでいってもお子様ランチだな。
子供向けを意識しすぎて量も微妙だ。
ミニスパゲティもいよいよ味が舌に乗ってきたってところで無くなってしまった。
ていうかこらっ、やめなさい結衣っ、ただでさえ量少ないんだから横からつっつくんじゃありませんっ。
え? お礼にあたしのもあげる?
……お、おう。
「……少し目を離しただけでいつの間にか食べさせ合いしてますよいろはさん……」
「わたしも昔はバカップルっていうのをナマで見てみたいーとか思ってたもんですけど、実際見るとただただ唖然とするばかりですよねー……。よくあそこまでいちゃつけるもんですよ」
「…………《もくもく》」
「見てよ小町ちゃん、雪ノ下先輩なんてもう慣れ過ぎて、無我の境地で黙々と食べてるよ」
「いっそ小町以上にラブラブっぷりを間近で見て来たでしょうからね……」
「ああいう自然な感じがいいんすね……勉強になるっすお兄さん! あ、あのっ、比企谷さんっ!」
『え? なに?《くるり》』
「───…………比企谷率高すぎやしないっすか!?」
タイキックの言葉に俺、結衣、小町、絆に美鳩がタイキックを見る。
正確にはもう雪ノ下なんだが、まあそれだと余計にややこしいから今まで通りな。
× × ×
昼食が終わると車で移動。
行ってみたい場所などに突撃して、時に小物を買ったりアクセサリを見たりして楽しんだ。
俺とかもう超見守るお父さん状態。
だってアクセサリの良し悪しとか解らんし。
しかしこの比企谷八幡、伊達に長い間を女性に囲まれて喫茶店やってたわけではございません。
来る客去る客を眺めつつ調べた、こういった人にはこういうものが似合う、的な観察眼はまあ養われたんじゃないでしょうかってくらいには成長した。たぶん。
なのでアクセサリを手にとっては、結衣が装着している姿を想像。
似合う似合わないをきちんと分けて───…………
(やべぇどれも似合う……!)
所詮嫁馬鹿である。
覚えておこう諸君。こういうヤツが優柔不断の所為で人を待たせるのだ。
自覚してる分には、果たして性質が良いのか悪いのか。
しかし俺ほどのガハマスキーともなれば、この中でどれを選べば結衣が喜ぶのかも理解している。
値段ではない。マジで。自惚れてごめんなさいだが、俺からの贈り物ってだけで+になり、自分の好みを俺が知ってたってことでも+。
そうしたものを積み重ねて、尚且つ今、彼女が一番欲しいものを想定。真剣に。
……そんなことを、えー……すぐ隣で手を恋人繋ぎで絡めている人の隣でやるわけですよ。
隣の女性ったらもう笑顔ほにゃんほにゃんでございまして、「えへー、えへへー♪」と超ご機嫌。やだ可愛い愛してる。
言いたいことはもちろん伝えながら。誕生日にはリミット解除して、普段なら恥ずかしくて言えないことも極力伝えることにしているから、今日の俺は恥知らずだ。やせ我慢とも言う。今年もまた、夜のベッドで恥ずかしさのあまり身悶え、その上で結衣の胸に抱かれ、溶けていくのだろう。
もうほんと毎年のことながらいつまで経っても慣れやしない。
「沙希さーん、なんかこれよくないですかっ?」
「買うより作ったほうが好みに合うよ。無理して買うことないんじゃない?」
「おおお……小町の中で沙希さんがどんどん超人に。これすら作れると……?」
「雪ノ下先輩もたまにはどうですか? ほら、この猫のイヤリングとか結構可愛いですよー?」
「そうね。けれど、もう持っているのよ」
「えっ!? そうなんですか!? え、でもこれ、ついこないだ出たばっかりとか…………あ、いえ、なんでもないです」
「よ、よしっ、俺も奮発して、ひきっ……じゃなかった、小町さんにっ……!」
「大志、あんたさっきから気合い入りすぎで暑苦しい。落ち着きな」
「うぐっ……だってさぁ姉ちゃん……」
アクセサリショップでこうまで騒がしいのも珍しいよな。
え? 珍しくもない? ……ほっとけ、どうせこういう行動自体、ろくに体験したことねーよ。
結衣と二人きりでしかやったことなかったし、当時は自分がまさか正真正銘疑いようがないデートをしているとは……なんて頭が働いてなかったんだ。
「………」
みんなが騒ぐ中、周囲を見てこれだと決めたものを手に取る。
右良し左良し……いやよくねぇよ。好きな人が目と鼻の先に居るのですが? もうここで渡していいですか?
と、視線をうろつかせれば発見する、ワゴン指輪の前で目を輝かせる娘。
「おおお……指輪がいっぱいだー……! これら全部つけて人を殴ったら痛いだろーなー……! この殴り売り最安値のカゴの指輪、全部嵌めてみていいかな! いいかなぁパパ!」
「いーわけでねーだろやめなさい」
「あー、たまにあるよねーそういうの。見習いのコが作ってるとかで安いんだっけ? あ、でもヒッキーと前に来た時は、なんか頭がモジャってした男の人が売ってたよね?」
「こういうところで売りに出される方が珍しいらしいけどな。大体は露店でうさんくさげな男が売ってたりするもんだ」
「へー……パパが売ってたらわたしと美鳩はイチコロだね」
「胡散臭いどころか状況が気に食わなくて目を腐らせる確率が100%だな」
「あ、じゃああたしが隣で一緒に───」
「結衣目当てで来る男どもを追っ払うのが本題になりそうだな、却下」
「ぶー……あ、あたしだってその……ヒッキー目当ての女の子とか…………だから一緒にって……その」
ぽしょってるつもりなんだろうが、すぐ隣だから聞こえてますよ、お嫁さん。
顔が勝手にニヤケるのを強引にゴキベキと直しつつ、会計を───
「ところでパパ。パパのことだから、相手が胡散臭い相手でも───」
「気づかんでよろしい」
ええ買いましたよ、指輪買って贈りましたがなにか?
俺の右隣でぽしょった美鳩の頭を、アクセサリを持ちっぱなしの手でぐりぐり撫でた。
普段から半眼っぽい眠たげな眼がふわあああと見開かれ、すぐに細まって頭を押し付けてくる。すると左隣の奥様やもう一人の娘が撫でて撫でてと猛烈アピールしてくる始末。
おーよしよしとばかりに半ばヤケクソ気味に撫でようとするも、その手がハッシと美鳩に掴まれ、もっと撫でろと頭に押し付けられる。
そうなると撫でて勢が頭を押し付けてくるばかりになり、無言の頭突きおしくらまんじゅう祭りみたいになって、もう俺にどうしろと。
「……どうします? あれ」
「“仲睦まじい家族”という題材で、写真でも撮ればいいのではないかしら」
「仲睦まじい…………えーと、雪ノ下先輩? あれってなんていうかー……“おしくらまんじゅう-頭突きの章-”って感じなんですけど。ほら、今もハチ兄さんがゴスゴスされて“痛ぇ!”とか言ってますし」
「……《パシャリ》」
「とりあえず撮っとくんですね。まあ、わたしもですけど《パシャリ》」
ちょっ、お前ら撮ってないでなんとかして!?
店員さんとかなんかもうこっちジロジロどころかギロギロ見てるから! ……どこのフロッグ型伍長だよ!
ちょっと!? ねぇ!? 両手とも掴まれてて撫でるとか無理なんだってなんで解らないの!? いい加減にしないと八幡怒るよ!? おこっ…………結衣に向かって怒る自分が想像出来ないあたり、俺って……。
× × ×
そうしてこうしてあれこれどうして、時は夕刻、向かうは少し大きめの飲み屋。
もちろん酒以外もあるところであり、雪ノ下さんが予約してくれていた場所でもある。
「おー! おっそいぞ弟くーん!」
「へいへい、声かけるならまず妹さんにしてやってくださいね」
「まあまあハチ、そう固いことを言うもんじゃない。酒の席だ、無礼講ということでいいだろう」
「今の俺の言葉にその返しって、既に酔ってるって認識でいいっすか、ねーさん」
「構わんさ、現に飲んでるからな。ほら、そこにめぐりくんも居る」
「へ? あ」
促されて見てみれば、通された個室の奥側、テーブルに隠れるようにして、顔を真っ赤にしためぐりんさんが仰向けで潰れていた。
この二人に酒に誘われて、俺達より先に来てる…………か。いったいどれほど飲まされたのやら。
「で? そっちは今まで?」
「カラオケでいろいろ発散してましたよ。この人数だとさすがに時間が飛ぶ飛ぶ」
「あっはは、なるほどなるほど。まあともかく座って座って。ほら弟くん、こっちこっち」
「嫌ですよ。そこ一人分しか空いてないじゃないですか」
「うわー……もうガハマちゃんが隣に座ることは確定っていうか、当然のことなんだ」
当然だと答える。恥ずかしいが、答える。だって、“結衣の誕生日には素直に”が約束だ。俺の勝手なものだが、これはずっと続けてきたことだから譲れん。「顔、真っ赤だよ?」とつつかれようが曲げんのです。曲げっ……曲げないからやめて!? つつかないでほんと! 赤いの解ってますから!
そんなわけで定番。結衣を座らせ右に俺が、左に雪ノ下が座って、しっかりと奉仕部ガード。
あとの座る位置は適当に───
『じゃんけんぽんっ!《ドギャアッ!》』
───……俺の右隣を争って、娘たちがジャンケンしてるけど、座る位置は適当に埋まっていった。
あ? 結局どうなったかって?
あー……なんか川なんとかさんが座ったわ。
娘二人が『ほゃわぁあーーーっ!?』って指差しながら叫んでたけど、争いのタネが無くなって結構じゃないの。グッジョブ。