どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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解り合うことの価値①

 生徒会選挙の話で地味な盛り上がりを見せる学校に通う日々。

 放課後になっても騒がしい教室を抜け出し、少し歩いた先で止まる。

 

「はぁ……」

 

 出るため息はいつもより熱っぽい。こんなにだるいなら今日休んでもよかったんじゃね? と思わなくもないが、相談があると由比ヶ浜に連絡をもらってしまったからあら大変。

 もらったのが俺だったらどうとでも断ることは出来たんだが、由比ヶ浜め、なにを思ったのか小町に電話してきやがったのだ。

 お陰でこうしてぐったり中。どうも体が疲れているようで、シャッキリとは出来ない。

 

「相談ね」

 

 十中八九どころか完全に生徒会選挙の話だろう。

 奉仕部を無くしたくないという由比ヶ浜の気持ちは解るが、俺の偽告白からぎこちなくなってしまった奉仕部の空気は、ぎこちなさをそのままにひどい状態のままだ。

 が、今日は由比ヶ浜がどうしても話したいことがあるというから奉仕部へ集まることになった……のだが、正直……体調、よろしくない。

 あー……一色と話して、あいつの根本のこと調べなきゃならねぇのに……。とりあえずツイッターでの拡散の用意は出来ている。あとは当選させたいヤツを選んで行動するだけだ。

 一色を説得する自信はあるが、今はとにかくコンディションが悪い。

 

「………」

 

 ……つか。それでいいのだろうか。確かに奉仕部をなくしたくないなら由比ヶ浜が生徒会長になって、俺と雪ノ下が奉仕部を守ればいいのかもしれないが、こっちだっていくら部室が残ろうと、根本を解決させなければ自然に壊れていくだろう。

 由比ヶ浜が散々苦労した意味も甲斐もなく、消滅するのだろう。

 当然だ。入るなりあんな居心地悪い空気の部室に入り、いったい何人が平然と助力を願おうと思えるのか。

 相変わらず、由比ヶ浜は優しい、ということだろう。

 確かにあの場所に求めたなにかはあった筈だ。時間が経てばあの空気も、いつかは無かったことになるのかもしれない。

 三人全員が言葉を呑み空気を飲み、互いを気に掛けて、ようやくそこへ辿り着けるのだろう。が、それはあとどれくらい後だ? 一週間? 一ヶ月? ……一年か?

 そんなものは間に合いはしない。守りたいと思って立ち上がったのに、以前までの輝きが無いからといつかは簡単に捨てられてしまうほど、それは脆いのかもしれないのだ。

 人と人との関係なんてそんなもんだ。自分がそう思っていたって、他人はきっとそうじゃない。一度でもそう思ってしまえばあとはずるずると、だ。そして今回、そうさせてしまったのは……俺のあの告白ってことになるのか。

 

「……だる……」

 

 騒がしさの元凶である戸部は相変わらず“べーべー”とやかましい。あんなことがあったのにあれだけ元気で、人を恨むようなこともしないってのは、人がいい証拠なのかどうなのか。

 少し待つと教室の引き戸を開け、由比ヶ浜が出てくるのを確認。リレーのバトンを待つ選手のように進み始めると、由比ヶ浜はぱたたと走ってきた勢いのままに鞄を背中にぶつけてきて、「なんで先にいくし!」と怒る。

 ……ああ、ほんっと、お前は優しいな。そっちだって辛いだろうに、“日常”を繋げてくれようとしている。

 

「ちゃんと待ってたろーが……つか、たまには先に行ってようとか思わないの? デートじゃないんだから廊下で待ち合わせとか必要ねぇだろ……」

「デッ!? な、なに言ってのばかっ! ひっきーまじキモい!」

「へぇへぇキモくてすんませんね……はぁ……」

「あ……」

 

 我ながらアホなことを言ったと溜め息を吐いて歩く。

 すぐにその横に軽く駆けて来た由比ヶ浜が並び、一緒に歩くかたちになるんだが……キモいのになんで隣を歩くのかね、こいつは。

 つか、なんかちらちらこっちを窺うみたいに見てきてる。なに? なんなの?

 

(……最近疲れ溜まってんな……溜め息ばっか出る。今日はさっさと寝るか……)

(いきなりデートとか言われたからって、キモいは言いすぎだったかな……。怒ったよね、ヒッキー……さっき溜め息吐いてたし……機嫌悪そうだし……)

 

 とぼとぼと歩く。

 心無し、隣を歩く由比ヶ浜の元気がない。

 そらそーか、現在の問題はもとより、ただでさえ普段からテンション低い俺が、今日はより一層だ。

 待ち合わせみたいなもんをしちまったがために先に行くことも出来ず、それでこっちの出方を窺っている、と。

 ……つくづくやさしい。だが前にも言ったが、そんなものはいらん。

 俺は多に贈られるやさしさよりも、個に贈られる愛がほしい。

 んなもんはないって解ってるし、そもそも俺にそんなもんが訪れるだなんて本気で思っちゃいない。

 人はある意味で皆八方美人になるしかないのだ。自分に正直に生きるには、世界はやさしくなさすぎるしルールが多すぎる。

 

「……由比ヶ浜」

「《びくっ》あ……え、と、なに? ヒッキー……」

 

 おーお、ちょっと戸惑いがちじゃねぇかよ……こりゃほんと悪いことした。

 

(ヒッキー……やっぱ怒ってるよね……。なんでだろ……ヒッキー、ゆきのんとは悪口みたいなの言われても平気で返すのに、あたしとは……)

「もういいから、先行け」

「───、……え?」

「いや、聞いとけよ……一緒に居たくねぇから先行け」

「───」

 

 あ、やばい。なんかくらくらしてきた。

 あれ? 今俺なんつった? 風邪かもしれんから伝染したくない、だから先に行けって……。あー……そうそう、“一緒に居ると風邪が伝染るかもしれん。風邪引き野郎と一緒になんて居たくねぇだろ、いいから先に行け”……を適度に短縮して……あれ?

 

「あ、いや、ちっと待て……悪い、今ちょっと意識が飛んだ……。えっと……な……。一緒に居ると……風邪、伝染るかもしれねぇから……風邪引き、男の隣になんか……居たくねぇだろ……だから、先行け……って……」

「ヒ、ヒッキー……? ちょ、ヒッキー!?」

「なんか……へんなこと言ってたら……悪い……。つか……う、えっ……《ドッ、どしゃっ》」

「ひっきぃっ!?」

 

 目の前が歪んで、気づけばふらつき、廊下の窓枠に倒れかけた。

 あ、やばい、立ってらんねぇ。

 立とうとすればするほど、重力が体を押さえつけてるみたいな感覚だ。

 だが───ナメるなよ病気。ぼっちは極力人の世話になどならん。

 こんなところで倒れでもしてみろ、由比ヶ浜が俺の所為で迷惑を被ることになる。

 ならば行こう、根性だ。

 

「ゆい、がはま………………。わ、りぃ……。ゆき、のしたに……きょう、いけねぇって……言っといて……くれ」

「なにいって……なに言ってんのヒッキー! それっ……それどころじゃないでしょ!? 待ってて、保健の先生連れてくるから!」

「や、やめろばか……俺は目立ちたくなんかねぇんだよ……! 急に廊下で倒れて、ほけっ……ほけん、しつの先生呼んだなんて……自己管理もできねぇ……日陰者野郎とか、馬鹿にされる……だろが」

 

 ただでさえ現状はよろしくない。多少の騒ぎだの面倒ごとは邪魔になるだけだ。

 歩く。大丈夫、根性だ。

 断続的に来る眩暈にさえ気をつければいけないこともない。

 いや、眩暈もだけどこの奇妙な重力はなんとかならんのか。気を抜くと倒れそうになる。

 

「でも、でもっ……」

「つ、はぁっ……いいから、雪ノ下に連絡、たのむ……。また罵倒が……うるさそうだから、よ……」

「……またゆきのんの心配ばっか……」

「は、ぁ……あ……? わり……いま、なんか……」

「…………な、なんでも……ないし」

 

 プイスとそっぽを向いた由比ヶ浜だが、ケータイを取り出すと高速で手を動かして、それが終わると何故か俺の傍に寄ってくる。

 お、おい、おいおいなになになにっ!? 近い近い近い!

 

「ヒッキー。肩貸すから一緒に行こ?」

「あほ……俺なんかに触るんじゃねぇよ……。迷惑だ、やめてくれ」

「な……なんで? あたし、ヒッキーが心配なだけだよ? 心配もさせてくれないの?」

「自分が立ってる場所ってのを……ちゃんと考えろ……。お前に肩貸してもらったりしたら、そりゃあお前は……っはぁ……! ぼっちを助けるやさしい人だって思われるだろうがな……! こっちは日陰者のくせに……お前の手を煩わせた馬鹿野郎って……そんな面倒な噂を宛がわれるんだよ……」

「………」

「だから……《ぐいっ》お、おいっ!」

 

 のたのたと窓と壁に手をつき、歩いている俺の腕が引っ張られる。

 それはそのまま由比ヶ浜の肩に回され、由比ヶ浜はそれをまるで真冬にマフラーをかけるくらいに自然な動作でしてみせた。

 

「……ヒッキーって馬鹿だなぁ」

「ばかって……お前に言われたく……」

「……馬鹿だよ。そんな顔で言われたら、ほっとけるわけないじゃん」

「………」

 

 どんな顔してたんだよおい。

 

「……ヒッキーはさ、たぶん……人との関係のこと言ってるんだよね。ヒッキーと仲良くしてたらーとか、そういうこと。……ほんとは自分の立場とかなんて関係なくて、あたしのこと心配して」

「……ばっかお前、俺は俺が大事だから───」

「今まで、自分のことなんて後回しにしてきたくせに?」

「……後回しじゃねぇよ……。それが、一番効率が……よかったからだ……」

「そんなこと……」

 

 ああ、ほんと……だるい。辛い。

 口が勝手に弱音を吐きそうになる。吐いたところで誰にだろうと笑われ、否定される俺の弱音だ。

 

「持つ者が……持たざる者に…………ははっ」

「ヒッキー……?」

「……俺が……何を持ってるってんだよ……」

「ヒッキー……」

 

 呟いた声は虚しく消えた。

 平塚先生に入部させられて、今までを過ごして。

 思わないことがなかったわけじゃない。雪ノ下に持つ者がだの魚の釣り方がだのと聞いて、じゃあそこに入る部員はなにかしらを持っていなきゃいけないのかと考えたこともあった。

 じゃあ俺が持っているものってのはなんだ?

 ぼっちとしての矜持? 孤独が故に出来る全てのこと? ふざけんな、それを振り翳した結果がこれなら、どうして俺達にこそ救いがない。

 自己犠牲なんかじゃない。出来ることをやった結果でそう言われて、どうしてこんな思いをしなくちゃならない。

 

「………」

 

 保健室に辿り着いてみれば、そこに保健の先生は居なかった。

 当然、無断で入って無断でベッド、という結果になる。

 体から立っているための力を抜くと、随分と楽になった。が、それで気力は使い果たしてしまったらしく、一気に気持ち悪さに襲われた。

 あ、これ無理だわ、立てない。

 

「ヒッキー……」

 

 ……そんな不安そうな顔すんなよ。べつに俺なんて、その他大勢から見れば取るに足らない存在だろーが。

 ああ、気持ち悪い。気分じゃなくて、自分が。

 弱ってるとほんと、弱気なことばかりが浮かんでくる。

 普段なら考えずに殺している感情とか、まさにそれな。

 

「……もういいから、お前だけでも行け。雪ノ下、待ってるだろ……」

「でも……」

「俺のことはいいから……あーほら、なに……? 寝っ転がったら多少楽になったから、ほっといても回復するっつの」

「…………」

「お、おい……由比ヶ浜……?」

「……勝手なのはさ、みんなの方だって……言ったよね」

「………」

「ヒッキーもゆきのんも勝手だよ。平塚先生だって、他のみんなも。だから……あたし、もう遠慮しないよ? そう決めたから」

 

 待て、なにを───と言うより早く、ケータイは何処かへ繋がった。

 そして由比ヶ浜は告げる。保健室に来てと。強い語調で。

 

「……相手、雪ノ下か」

「ね、ヒッキー。一度……全部話そう? ヒッキーさ、なんか……隠してることあるよね? だっておかしいもん。姫菜も隼人くんも、気づくと気まずげにヒッキーのこと見てる。隼人くんは……なんとなく解るよ? 依頼者だもんね。でもさ、姫菜は?」

「……それは」

「話してくんなきゃ解んないよ……もう、ほんと……みんながなに考えてんのか……わかんない……。なんで笑ってられんのかな。なんであんなことがあったのに、笑えるのかな。いつも通りすぎて怖くて……あたし、気持ち悪いって思っちゃって……あはは……」

「由比ヶ浜……」

「……知ってる? みんなさ、空気が微妙だってなんとなく感じててもさ、隼人くん……同じ顔で笑うの。今までとなんも変わんないんだよ? あんなことになって、結果だって知っててさ。たまに、ヒッキーのこと可哀想なものを見る目で見てて……“なにそれ”って……どうしてそんな目で見れるの、って……。やだな……ほんと。友達って、なんだろね……」

「───……」

 

 人は、友達だと思っていた存在の“仮面”を知った時、どう思うのだろう。

 恐らく葉山だって平然としていたわけじゃない。俺や由比ヶ浜が躊躇しつつも取ってしまった行動のように、“いつも通り”を願った筈だ。

 仮面をつけ慣れた存在だから出来ることもあるのだろうが、不慣れな人にしてみれば、そんなものは違和感でしかない。

 それでも日常が、いつも通りが続くならと努めてみても、見えるのは“いつも通り過ぎる相手”だ。

 やがて気づく。その違和感に。

 そこが大事だと思っていればいるほどだ。

 

「………」

 

 つまり俺もか。最初にいつも通りに振る舞おうとして、違和感しか生み出せなかった。

 その無様さが、違和感が、どれだけそこを大事にしているかを物語る。

 だったら、俺にとっての奉仕部ってのは……

 

「…………解った」

「ヒッキー?」

「……全部、話す。大体、俺に……他人の、しかもリア充の願いを個人で聞く理由なんて……なかったはずだ……。奉仕部じゃなけりゃ、誰が……」

 

 誰がどれだけ思いを込めようが、俺個人に言ってきた時点で俺は断ってよかった。

 半端に気持ちが解るからとかお願いだからとか、そんな言葉では動く理由にはならなかったはずだ。

 そもそも解る人にしか解らない相談をして、一方的によろしくねと言って、何故俺がそれを受ける必要があったのか。

 俺はどうしてそれを実行してしまったのか。理解できたことがあったなら相談すればよかった。ただ、気づき、それをするには時間が無さ過ぎた。

 だから俺は俺に出来ることをした。して、しまった。

 人のためにだのなんだのと、そんな気持ちは無かった筈だ。ましてや葉山のためにだの戸部のためにだの、それこそそんな気持ちはなかったはずだ。

 ……もういいじゃねぇか。守秘義務なんざ存在しない。それこそ、この程度で壊れる関係ならその程度で……今度は葉山がその言葉の尊さってのを証明する番だろ。

 ほれ、きっぱれリア充の王。リア王以上の活躍に期待するわ。

 

「《カララ……》……失礼します」

 

 ノックの後、入ってくる姿は弱々しささえ感じた。

 見慣れた姿なのに、まず違和感を覚えてしまうのは、そこに出会った頃の覇気が感じられないからなのだろうか。

 つか、由比ヶ浜さん? 俺が言うのもなんだけど、ベッド周りのカーテンくらい締めてくれません? 入って早々に苦しんでる姿を見られるとか、男の子としてちょっと恥ずかしいんですけど。

 

「………」

「………」

 

 もはや寝転がって楽になった、なんて気休めも吹き飛んで、ぜえぜえ言っている俺を見下ろす雪ノ下。沈黙が痛い。

 いやー、知らなかったわー……。いっそ“ざまあないわね”とか言ってくれた方が楽だとか思う瞬間ってあるのね。

 ああだめだわ、頭働かない。

 

「由比ヶ浜さん。話があるというから来たのだけれど。それは彼も一緒のことなのかしら」

「うん。……ヒッキーがさ、全部話してくれるって。だから」

「今さら何を話したとして、何が変わるわけでも───……変わらないことを望んだのはそこの男でしょう?」

「……ゆきのん。あのね、どんだけ言ってもさ、変わらないなんて無理だよ。みんなね、変わっちゃうんだ。……気持ち悪いくらい、怖いくらい。本人がどんだけ言ってもさ、変わっちゃうんだよ。だからさ……お願いだからさ、全部聞いてほしいな……」

 

 悲しそうにそう言って、由比ヶ浜は椅子を持ってきた。そこに雪ノ下を促して、人が寝てるベッドの傍に二人して座って……やだやめて、なにこれ滅茶苦茶恥ずかしい。いや、こんな時にふざけるなとかそんな理由も霞むくらい恥ずかしい。

 

「……ヒッキー、お願い」

「~~……」

 

 それより離れてくれとか言える空気じゃなかった。

 由比ヶ浜、お前の得意分野だろ……なんとかしてくれよ……。

 

……。

 

 そうして、結局全部話した。

 海老名さんの言葉も、意味も、葉山が言ったことも、なんもかんも全部。

 大体、自分が立っている場所を守りたいならどうして自分の力を行使しない。どうして持っていない者にその在り方を求めて、救いを願えるんだよ。

 だが、それに乗ってしまった俺こそが今回の敗北者だ。

 諦めることには慣れている。かけがえのないものなんて持たなくていい。その方が気楽だし、愛想を尽かせばみんな勝手に居なくなる。

 ……なのに、どうして。

 

「………」

 

 ああそうか。つまり、変わらないようにと振る舞おうが、人は自分でスイッチのオンオフを入れられるほど優秀には出来ていない。

 そんなものが出来るのは、周囲に完全に敵しか居ないような孤高のぼっちくらいだ。すべての時間を自分のために使えて、自分を成長させることしか考えないような存在なら、そんなこともいつかは。

 ……俺は、とっくに変わっていたのだろう。小町だけじゃなく、川、川……なんとかさんや材木座、戸塚や……あー、た、大志? に状況を告げて助力を求める時点でも気づけたことだ。

 俺が他人に相談とかヘソで茶を沸かすって話だ。なんだそりゃ。そうまでしてなにかを守りたかったんだとしたら。何かを取り戻したかったんだとしたら。それは───

 

「……なぁ、二人とも。病人の弱音だと思って、聞いてくれ」

「ヒッキー?」

「比企谷くん?」

「あーその、これからとんでもなくキモいことを言う。青春の青臭さとかぶっちぎりで超越したキモさだろうし、…………はぁ…………まあ絶対にキモいとか気持ち悪いとか言われるのは目に見えてんだけど……全部本音だ」

「う、うん……」

「………」

 

 了承は得た。んじゃ、話すか。

 話しちまえば全部が終わる。自分がどう思ってどうしてそういうことをするのか、それを告げて、終わらせる。

 守りたかったものはあった筈なのだ。

 けど、俺のやり方じゃ“他人の変わらないもの”は作れても、自分は救えなかった。

 それを自己犠牲だなんて言わせない。人の目にどう映ろうとそれは頷けない。

 じゃあどんなことが自分にとっての救いだったのか。

 俺は───

 

「………」

「………」

「………」

 

 ……そうして、話し終える。

 自分が勝手に変わってたことも、自分がどうして他人のためにああも動いたのかも、聞く義理なんざなかった海老名さんや葉山の言葉を受け取ったのかも。

 ぬるま湯は心地良いのだろう。

 そこに変わらず居られるなら、それはずっと心地良いってことだ。

 だが、それに慣れてしまうと、人は無意識にもっともっとと願ってしまう。

 現状維持なんてのは土台無理な話だ。

 現に外側から見る葉山のグループは、今じゃ随分と薄っぺらく見えてしまう。

 “今が好きなんだ”と言っていた海老名さんや葉山は、あれで満足なのかと思えてしまうほど。

 

  それじゃあ。

 

 今俺が居るこの場の空気は、あれよりもいいと言えるのだろうか。

 不名誉な罵倒をされようが、会話のついででヒッキーキモいとか言われようが、“そこに居てやってもいいかな”なんて感情はあったのだ。

 孤独を愛する自分とは思えない結論だ。

 海老名さんの言葉を、葉山の言葉を受け取らず、あそこで黙していれば、多少力不足を感じようがいつもの日々には戻れた。

 葉山グループだって、戸部が“俺諦めないからー!”とか元気に言って、“今は”誰とも付き合う気がない海老名さんも含めたグループで、今よりよっぽど楽しい世界を満喫していたかもしれない。

 つか、それが出来るからリア充グループなんじゃねぇのかよ。

 なんだよそのちっとも充実してない相談。

 

「……ほれ、キモかったろ。存分にキモい言って呆れてくれていーぞ」

「い、え……その。あなたの考えていたことは……その、解った、のだけれど」

「う、うん……ヒッキーがその、えとー……そんなにさ、あそこを大事にしててくれたなんて、知らなかったかな、えへへぇ」

「は?」

 

 いや。おい。それ反応違くない?

 もっとこうほら、言うことあるだろ。

 

「ヒッキーはさ、奉仕部として動いてくれたんだよね。べつに断ってもよかったのにさ。そこで相談してくれなかったのはアレだけど……でもさ、言い出せない時ってあるよね」

「……そう。それで、なのね。海老名さんが奉仕部に来た時、不必要に比企谷くんに言葉を投げていたのは」

「そうだよね。今までなんだかんだで解決とか解消もしてきたんだもんね。解決出来なかったら嫌な空気が出来ちゃうし、その……“隼人くんのグループ”が奉仕部の所為で分解したー……なんて言われたら……たぶんさ、あたしたちが思うよりもいっぱい、きっと、敵が出来てたんだ……よね」

「比企谷くん、そういうことはまず相談しなさい。というか、そもそもそれはあなたの言う通り軽い相談であって、必ずしも解決しなければいけなかったわけではないでしょう。あなたがあなたらしく“なんで俺がお前らのために動かなきゃならん”とか突っぱねていれば───……ああ、無理ね、無理だったわね」

「そうだよゆきのん、ヒッキーってなんだかんだで頼まれたら断れないし」

「おい、なんなのお前らさっきから。全く別の感想を言ってたと思ったら、人への文句になった途端に話を合わせるのかよ」

「文句がないわけではないのだからいいじゃない。それに、私たちがあの気持ちの悪い空気を吸う理由が無くなったと解っただけでも十分よ」

「うん。やっぱりみんな勝手だった。姫菜も、隼人くんも……あたしも」

「ええほんと……やっぱりろくでもない男ね、彼は。そして、私も勝手だったのね」

 

 気づけば葉山と海老名さんの評価が下がっていた。まあ、もうどうでもいいが。

 話してみれば随分とすっきりした。そして知る。今までぼっちだなんだって基本思考の下で動いていたが、奉仕部って“独り以上”に入ったからには、それだけで動いていい理由は無くなっていたのだ。

 そりゃ、効率は良かったんだろうが……それなら部活である必要はなかった。部活じゃなくていいなら、俺は葉山達の願いを聞く理由もなかったのだ。

 こいつらなら解ってくれる、なんて期待がどこかにあったのかもしれない。なんだそりゃ、自分は独りで動いておいて、こいつらには“解ってくれる”って集団思考を押し付けるのかよ。最悪じゃねぇかそれ。

 だから話した。それで嫌われるのなら、いつも通りの自業自得だって割り切れると思ったからだ。

 ……だってのに、なんでこいつら嬉しそうなの?

 あの、きみたちさっきまですんごいどんよりしてたじゃない。なんなのこの空気。

 

「……由比ヶ浜さん、比企谷くん。相談したいことがあるわ。言わなければ解らないことがこんなにもあると解ったからには、黙っていても伝わるだなんてもう思わない。……そして、その。……力を、か、貸してもらえない……かしら」

「……ゆきのん?」

「雪ノ下?」

 

 そこからは雪ノ下の話が始まった。

 どうして生徒会長になりたいと思ったのか。どうして奉仕部を捨ておいてでもそっちを優先させようと思ったのか。

 由比ヶ浜も雪ノ下の言葉に頷き、顔を綻ばせ、ついには抱きついた。やだ、病人の傍でゆるゆりしないでよ。

 

「あー……えーと、なに? お前らどんだけ奉仕部好きなの……」

「あなたに言われたくないわね、好き谷くん」

「なんだよそれ……なんか俺がめっちゃ谷を愛してるみたいな感じになってるじゃねーか……ていうかお前ら病人に対してひどすぎじゃない……? もうちょっと会話量とか少なくしてもらえませんかね……」

「そうね。なら私と由比ヶ浜さんとでこの場で会話、結論を出していいのね? あなたは完全に無視して」

「おいやめろ。なんでお見舞いみたいな状況でぼっち味わわなきゃならねぇんだよ」

「えへへぇ、よかった。ほんと……よかった。あたしだけじゃなかったんだ……よかった」

「ん……まあその……」

「ええ……その……」

 

 由比ヶ浜はご機嫌だ。そりゃそーだ、自分だけが大事だと思っていた場所が、実は皆さん大好きでしたって言われたようなもんだ。

 い、いや、俺べつにそこまでじゃねーし? ただ、無くしたくはないなーと思える程度には、自分の部屋とかベストプレイスの次くらいには大事かなーとか……いや、人間関係を加えるならそこ以上はなかったとかいちいち考えるな、めんどい」

 

「……ひ、比企谷くん」

「ヒッキー……《じぃいいん……!》」

「あ? なに」

「その……声に、出ていたわよ」

「」

 

 ……死にたい。

 

「はぁ。知ってみれば、あなたも案外人恋しいだけの人間なのね」

「そんなんじゃねぇよ。“みんな”ってもんがどんだけ集まろうが、他人は所詮他人だろ。その他大勢、どんだけ揃っても俺が近づいたり相手が近づく理由にはならねぇよ」

「え? えとー……それってさ。ヒッキーにとってはあたしとゆきのんは、人恋しくなれる関係、ってこと……なのかな」

「!?」

「ゆ、由比ヶ浜さんっ!?」

「え? あ、やー、ほら、でもさ、奉仕部が好きだったならさ、今の言い方だと……───あ、なんかヘンなこと言っちゃったね! ごめんねヒッキー、ゆきのんっ!」

「………」

「………」

「………えと」

 

 まじかよ。無自覚だったけど、言葉が返せなかった。え? 図星だったりしたのん? ……まじかよ。

 

「ひ、比企谷くん。顔が赤いわよ」

「……今のお前に言われたくねぇよ」

「なっ……う、~~~~……!!」

 

 やだ、妙なところで雪ノ下に言葉で勝っちゃった。なのに嬉しくない。むしろ恥ずかしい。

 

「……こほん。とりあえず、話を纏めましょう」

「う、うん」

「おう……」

「まずこれ以上、私たちがあの修学旅行のことで微妙な空気を味わう必要は一切無し。相変わらずあのやり方は嫌いだけれど、周囲に協力を仰ぎ、こうまで回りくどいことをしたからには、もうそれをするつもりはないのでしょう?」

「ああ、ああいうのはもうやめだ。ただ、ひとつ解ってくれりゃあいいよ。……俺は自己犠牲だなんて考えで動いちゃいないし、持つ者が持たざる者へ、って活動理念も守ったつもりだ。俺にあるのは、俺に出来るのはそんなちっぽけなもんだった。……我慢してやり過ごす。昔から、ぼっちが出来ることなんざこれしかねぇんだから」

「立ち向かい、潰そうとは───……いえ、それもそれが出来る環境が揃っていなければ、無理なことだったのでしょうね」

「そーゆーこった。集団ってのはお前が思ってるほど甘くねぇよ。もしその時、囲まれてるのがお前じゃなく俺だったら、きっと俺は潰されてたよ。俺は、“雪ノ下”じゃなかったからな」

「ええ。それも、今なら解るわ」

「むー……なんか解り合っててずるい」

「由比ヶ浜さん、これは羨むような類のものではないわ」

「そーだな。それよりほれ、話の続き」

「ええ」

 

 こほんと咳払いをして、雪ノ下が続ける。

 が、由比ヶ浜はどうしてか寂しそうというか、悲しそうな顔で俺を見ていた。

 

「生徒会長には私が立つわ。一色さんに生徒会長をさせる、という方法もあるけれど、そうなると比企谷くん。あなたどうせ、自分が生徒会長にしたからとか言い出して、頼まれればずるずると手伝い続けるでしょう」

「あー……ヒッキーならあるかも」

「いや、しねぇよ。大体俺を頼るやつなんて居ねぇだろ」

「あ、でもとべっちが言ってたかも。“いろはす、なんでもかんでも俺に頼んできて、嬉しいっちゃ嬉しいけどたまに疲れるわぁ~”って」

「よしやめようすぐやめよう頼む雪ノ下お前が頼りだ」

「はぁ。言われるまでもないけれど、まあ……あなたに頼られるというのも、悪くはないわね」

「そこでドヤ顔とかやめろよ……なんか嫌な敗北感沸いちゃうだろうが」

「それで、由比ヶ浜さん。あなたに副会長をお願いしたいのだけれど」

「えっ……で、でもあたし、そんな頭も良くないし」

「会長になろうとしたヤツが言うセリフじゃねぇな」

「ヒッキーうっさい! しょうがないじゃん! 必死だったんだもん!」

 

 怒られちゃったよ。

 いや、別に間違ってないよね? 会長の座を狙ったのに副会長は怖いとかなんなの?

 

「比企谷くん。あなたは庶務をやりなさい」

「え? 俺だけ命令? いやいいけどよ」

「……元々別々にしようとするから、どちらも得られないという考えに到ってしまうのよ。だったら生徒会も奉仕部も一緒にしてしまえばいい。その手伝いを……どうか、二人にしてほしいの」

「ゆきのん……」

「ゆきのん……」

「比企谷くん、今はふざけていい状況ではないのだけれど」

「いや、お前が意外なことを言うからだろ……まさか手伝ってって言われるとは思わなかった」

「どれだけ優秀でも独りでは限界がある。それをあなたは身を以って証明してくれたでしょう? ああそれと、これから恋愛事等の依頼のすべては却下しましょう。人の強い感情が関わることに口を突っ込んでも良いことには転ばないなんて、ずっと前に解っていたことなのにね」

「う……ごめんねゆきのん……。あたしが妙に張り切っちゃったから……」

「あ、いえ、べつに由比ヶ浜さんが悪いと言うわけでは……」

「……全員悪いでいいじゃねぇか。盛り上がって悪かった、依頼を受けて悪かった、勝手に行動して悪かった。依頼を受けても明確な行動なんて出来なくて、結局は戸部が一人で頑張った感が大きかったけどな。たとえばって考えなくもないんだよな……戸部がもし葉山に相談せずにさ、一人で奉仕部にきてたら、話は変わってたんじゃねぇかなって。振られるにしても、結局は諦めない戸部は海老名さんにアタックするだろ。その結果は今だって変わりゃしない」

「あ、うん……それは、あるかも」

「彼が関わると大抵ろくなことに繋がらないわね」

「うわ、お前それ言っちゃうのかよ……俺も思ってたけどさ」

 

 文化祭の時も、あれべつに俺が行く必要なくなかった?

 むしろ葉山を行かせて俺も時間稼ぎに加わって、材木座を経由しなけりゃ気づけなかった場所に辿り着いた葉山が相模を説得して帰ってくる。ハッピーエンド! そりゃ、相模はサボリ委員長の十字架を背負うことにあるだろうが、んなもん自業自得だ。

 それを考えれば、自立を促すことを活動方針とするのなら、あの時に俺が取った行動は完全にまちがいだ。

 

「その……由比ヶ浜、雪ノ下」

「え? なに?」

「なにかしら」

「…………悪かった。もう、勝手な行動はしないって約束する。なにをどんだけ勘違いしようが、あそこの空気が嫌いじゃないのが俺だけじゃないって確信が持てたなら、俺が“独り”であれこれやる必要なんて……無くなったからな」

「………」

「………」

「……な、なんだよ」

「あ、ううん……えと。ヒッキーが素直に謝ったから、ちょっとびっくりした……」

「驚いたわ。あなた、謝れるのね。屁理屈をこねて時間を稼いで逃げるだけかと思ったわ」

「つくづく容赦ねぇなお前……」

「あ、いえ、べつに悪く言ったわけではなくて。……ええ、その謝罪を受け取るわ。……私もごめんなさい。あの告白の時、あなたに任せると言ったのは私なのに」

「あたしも……ヒッキーならなんとかしてくれるなんて考えたら、自分でなんとかしようなんて考えることもやめちゃって……ほんと、ごめんね」

「ああ、いいよべつに、構わん。青臭い青春漫画で例えるなら、喧嘩みたいなのをしてこそのこういう関係なんじゃねーの? いや、ほぼ初めてだから知らんけど」

 

 むしろ今まで、これほど明確な亀裂が出来なかったのが不思議なのだ。

 会えば罵倒を飛ばす部長様に、言葉のついでみたいにキモいと言う部員その2。鍛えられ、罵倒に慣れたぼっちでなければとっくにやめていただろう。

 ……まあ、亀裂の原因が自分にもあるんだからお話にならんのだが。

 自分の中の決定していた物事を、いくつか修正する必要が出来た。

 人からは嫌われればそれで終わり。微妙な空気になれば勝手に離れていくと思っていた。

 なのに、取り戻せるものはあって、強く願えば戻ることの出来る、言ってしまえばより強く繋がりをもてる関係もあるのだと知った。

 だから───……だから。

 

「なぁ雪ノ下。変わらないものなんて、やっぱ……ないんだよな。気づけば変えられてるなんて、普通なんだよな」

「ええそうね。そういった意味では、私も随分と変わったのでしょうね」

「まあ、一番変わったのは由比ヶ浜だろうけど」

「えー? あたしよりヒッキーだよ。あ、でもそっか。今は弱ってるから弱音吐いてるんだもんね?」

「……おい、弱らなきゃなにも相談出来ないみたいなニヤケ顔はやめろ」

「あら、事実じゃない」

「お前らな……」

 

 ……実際そうだったんだから、事実なんだろうけどよ。だからって二人して病人いじめるのはやめてね。

 八幡、心細くて泣いちゃう。

 

「…………けれど、そうね。あなたがここまで歩み寄ろうとしてくれたのだから」

「え……ゆきのん?」

「ごめんなさい由比ヶ浜さん。少し……席を外してもらえないかしら。比企谷くんと二人で話したいことがあるの」

「…………えと。それ、あたしが居るとまずいって……ことだよね。あ、あはっ、あははっ、なに当たり前のこと言ってんのかなあたしっ……う、うん。じゃあ……廊下で待ってるね」

「ええ」

 

 ぎこちなく笑い、由比ヶ浜は保健室から出ていった。

 そして……俺と雪ノ下が残される。

 

「……誕生日ん時もそうだったけど、お前ってこういう時にいっつも一言足りないのな」

「? なにがかしら」

「由比ヶ浜だよ。あいつ、絶対妙な勘違いしてるぞ。……あぁ、まあまずはお前の話を片付けるか。んでなに。二人きりで罵倒でもしたかったのん?」

「そんなわけがないでしょう。真面目な話よ。聞きなさい」

「……おう」

 

 すぅ、はぁ。雪ノ下は深呼吸を繰り返し、やがて俺を真っ直ぐに見る。

 あ、これ相当大事な話だ。

 俺も上体を起こして、きちんと聞く姿勢を取った。

 

「そ、その。今まで、いろいろあったわね」

「……そうだな」

「出会った時も、文化祭の時も」

「……? そうだな」

「……ええと……」

「? なにか言いたいことがあるんだろ? 回りくどいなんて珍しいじゃねぇか」

「わ、解ってはいるのだけれど……こういうことはその、初めてだから」

「………」

 

 初めて? こういうこと?

 …………ちょっと待て、こいつなにを言おうとしてんだ?

 頬を染めて、すぅはぁって、まるで───

 

「お、おい。ちょっ───」

「比企谷くんっ」

「ア、ハイ」

「そのっ……わ、私と───!」

 

 ……。

 

 


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