どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
「ど、どうした!? なにごとかー!」
「いや……新年の挨拶してないよ僕! どうしよう、そもそもクリスマスの話のところにちょっと書くつもりだったのに、それすら忘れてた!」
「いやしゃーないっしょ……つい最近まで仕事ぎっしりだったし」
「ほんと年末年始が落ち着き無い仕事っていややわぁ……ということでどうしよう。今さらだけどクリスマスのお話の前書きあたりに書くとか? あ、それとも活動報告に───」
「新規投稿があるではないか。書け」
「……………………エッ?」
というわけで。あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
“新しい朝が来た”という言葉ってやつは、ほぼ毎日使える言葉だが───ここでひとつ考えてみてほしい。
一日の始まりは朝からだなんて言う奴も居るが、正確には深夜0時の時点で新しい深夜来てるんじゃないの? と。
だって0だよ? 次が1なら最初からじゃないの。
なんだって朝さんが始まりだなんて思われてんの。新聞配達の人だって、深夜出勤の人だってこの時間に“いざ”って動く人はわんさか居るだろうに。
つまりなにが言いたいかっていうと……ほら、あれだよ。
新しい深夜が来た、でもいいんじゃないでしょうか、とか思っただけだよ。
え? 来たのを確認したいのは朝昼夜を分けるものであって時間じゃない?
いやまあそれなら朝なんて毎度新しくなってるんだから、同じとは言えんけど。
いいじゃないの、ふと思ったことを無駄に詳しく考えてみるくらい。
───……。
……。
とある日、とある、休みの日の喫茶店。
とある、とか書くと、なんだか禁書目録とか思い出しちゃう子は、英語の授業では気をつけようね。
間違った英語の覚え方とかしないように。いやそれはべつにいいんだ。間違えても「お前禁書好きだろ」とか冷静にツッコまれるだけか、正しくぼっちなら「○○○ってフィクションを真に受けちゃうタイプだよなプークスクス」とか思われちゃうだけかもだから。
いやまあそれはどうでもいい。
ちょっと心えぐられちゃう過去とかあっても、思い出すたびそれを正しく訂正してくれる友人が居なかった過去を振り返ることになっても、過去は正しく過去であり、自分を形成し、構築する物事の一つなのだ。
しかしここで“過去を受け入れる自分、カッコイイ。”などと思ってはいけない。
ぼっちとは恥ずかしい過去を受け止め、その上でそれを人生経験として胸に刻み、二度とそうはならないように現実と向き合う姿を指す言葉。然り然り然り然り然り。
いや、だからそれはいいんだって。
ともかく、ただいま現在目の前で起こっている状況について、少し振り返───
「というわけなんだ、比企谷。おかしなことを言っているのはわかってる。けど協力してくれないか」
───……振り返させなさいよ、元リア王。
「あー……纏めるとそのー……なに? 娘が産まれるから、そんな娘にきちんと向き合えるよう、今時の女の子の心の機微を知っておきたいとかそんなところか」
「あ、ああ、悪い、わかりづらかったか?」
「言い回しがくどいわね」
「《ぐさっ》うぐっ」
「葉山先輩はもう少し、要件を前に出せるようになった方がいいと思いますよ? 前置きが長すぎです」
「すまない、これでも気をつけているつもりなんだが……」
「つーか、だぞ?」
話し合いの場として設けた喫茶ぬるま湯が奥、ミーティングルームとも休憩室とも呼ばれている奉仕部と謡われている一室にて、俺、雪ノ下、一色は、相談相手に葉山を迎え、ちらりとその席から一室の開けたスペースを見た。
「よォ~~~しよしよしよしよしよしよし! かわえー! 歩泰斗様かわえー! ウヒョー!!」
「Si……! これは流石の美鳩も同意せざるをえない……!」
そこには新たなる家族、ポテトこと歩泰斗様を迎え、燥ぎまくる娘たちの姿が。
本日、そして翌日と、連休であるこのぬるま湯は、その名の通りにぬるま湯な日常を送っている。
「……あれで参考になるのか? ウヒョーとか言ってるぞ?」
「いや……親である君がそこを疑問に思っちゃだめだろ……」
親である前に一人の人間だもの、突っ込み入れたいところには入れるぞ?
「でも、葉山先輩がパパですかー……しかも娘の」
「……何故かしら。物凄く好かれるか、物凄く嫌われるかの二択しか頭に浮かばないのだけれど」
「ああうん、なんかわかるわそれ」
「ですよねー……」
「ぐっ……すまない、それ、戸部にも言われたんだが……理由を教えてもらえなかったんだ。よかったら教えてもらえないか?」
「学生時代のあなたが、わかっていながら答えを口にせず、距離を置いていたものよ」
「“選ばない”を選ぶって、ある意味物凄い優柔不断ですからねー……。娘さんとの関係でもついついそれが出た時、娘さん泣いちゃうかもですよ?」
「ああそうな。ほれ、たとえば娘と誰かが喧嘩して、親まで連れての話し合いになった時、明らかに相手が悪いのに両成敗を選んじゃう~とか、まずは娘の方をぴしゃりと叱っちゃうとか」
「……君たちの中で、俺の学生時代ってそこまでひどいのか」
「つい最近まで三浦さんを宙ぶらりんにさせていた男の言葉とは思えないわね」
「《ズォグシャア!!》…………カハッ」
あ、やばい、今の完璧なまでにクリティカル。
寝てる妹の顔面に雷獣シュート決めるかのような所業だわ。
ああほれ見てみなさいよ、胸押さえて俯いちゃったじゃないの。
「けどこればっかりはなぁ……。俺はなんだかんだ、雪ノ下母とかお義母さんが居たから回ってたって部分があるし」
「それと、主にわたしたちの手伝いあっての喫茶店ですもんね? せ~んぱい?」
「へいへい、日々感謝してますよ、こ~はい」
「……本当に、君たちは仲がいいな」
「選ばなかったっつったって、お前だって今の仕事で仲間くらい居るだろ」
「顧問弁護士なんて、居るのは敵ばかりなものだよ。軽い人脈は作れても、その人脈が主に面倒事しか持ってこないとくる。助けられることはそりゃああるけど、あくまで今後のための先行投資にしか見えなくなってしまっているって程度のね」
だから、こういった関係が眩しく、その眩しさを味わいたくて、朝にはここに来るのだと。
どこか寂しそうに笑って、葉山は言った。
「お呼びとあらばすぐ参上! 明るさ筆頭絆一号!」
「遅ればせながら静かに参上……! 穏やか筆頭美鳩二号……!」
「おー、ポテトはもういいのか?」
「ぐったりして動かなくなった」
「体力が少ない。1から鍛えないと、このままじゃ名前負け……」
見れば、舌を出しながら寝そべって、ぐったりな歩泰斗様。
……いや。犬の体力に打ち勝つってどうなの? 普段どんだけ元気有り余らせてるの。
「あ、じゃあ参考までに……絆ちゃん、美鳩ちゃん。最近の子供と仲良くなるには、子供が好きなアニメとかを一緒に見るのがいいっていうのを聞いたんだ。女の子の目から見て、どんなのが好きなのか教えてもらえないか?」
「まず話題に乗り遅れないことは大事ですね。子供の頃に見るアニメはとても大事なものです。周囲がこれを見ているのに自分だけ別の、なんてことになれば、話題から置いてけぼり。好きなものを極めるのはとても素敵なことですけど、子供の頃のグループ構築に遅れるといろいろと面倒ですからね」
「Si、その場合、女の子志向で行くか男の子志向でいくかはとっても大事。女子グループを無視して男友達を作るか、女子グループと無難に手を繋ぐか」
「ちなみに、ぐ腐腐先生のレクチャーによると、女子グループはたとえ同じグループでも、好きの偏りと肩入れが激しいから、心から仲良くなることは極々稀で、実は常に誰かが笑顔の裏で我慢しているそうですよ?」
「あー……その場合、かつての葉山グループだと結衣がそうか」
「うぐっ……」
「あれ? そういえばパパ、ママは?」
「Nn……コナン現るところ乱あり、というくらいに当たり前の、“パパの隣にママ”がないなんて……」
「言いつつ人の両隣に椅子持ってこない。お前らがポテトに夢中の間、三浦と二階に行って話してるよ」
女同士で積もる話も……ってことだったんだが、どうしてか雪ノ下と一色は上にはいかなかった。
何故って……まあほれ、あれだ。
出産経験がある人に相談したかったとか、そういうことらしいから。
……さて、娘たちの言葉を丁寧にメモしているこの男は、書いたことを読み返しながらこくこくと頷いているわけだが……
「あぁそうだ、ちなみにアニメとかで好きな言葉とかはあったりするのかな。アニメから学べることは多いと、材木座くんに熱弁されたことがあって、今更ながらにそれを知ろうとしているところなんだ。心に響くものがあったら、それがなんなのか教えてもらっていいかい?」
こいつはこいつで、それこそ今更ながら、“誰かのため”に自分の価値観を崩して、崩した場所に違う知識を植えようとしているのだろう。
これから頑張るぞっ! と顔に張り付けたような顔で、いっそ少し興奮した面持ちで、そんなことを娘達に言った。
いや、参考にならないぞ? 誓ってもいい、絶対に参考にならない。
じゃあはい、絆から。
「POPEEtheぱフォーマーの最終話の、ケダモノの素顔を見たカエルの“ぐおおっ!?”って声」
はい次、美鳩。
「はじめの一歩のジェイソン尾妻が勝利を確信した時、ボディーブローを喰らった際に漏らした悲鳴」
では葉山さん、一言どうぞ。
「細かすぎてなにも伝わらない……!!」
はいお疲れさん。
「絆……カエルの悲鳴でなにが学べる……?」
「そういう美鳩こそ、あのジェイソンさんなら“直撃ダ! 僕ノ勝チダァ!”の方がいいでしょ」
「No……! それは違う、絆は間違っている……! あの短い、“アァッ!?”だか“ハァァッ!?”だかの声には、様々な苦難と後悔が詰まっている……!」
「正確な言葉も表現出来ないでなにが好きな言葉なもんかー!」
「パパならわかってくれるはず……! パパ、パパはどっちが好き……?」
「当然この絆だよね!?」
「No……! 断然美鳩……!」
「好きの方向性が変わってるからまずは落ち着きなさい」
あえて口に出せというなら結衣が大好きです。
「比企谷……同じ男として、君はどんなアニメが……」
「基本、主人公が自分の意見押し通して絶対にその通りになるような世界設定はあまり好かん」
「現実って甘くないですもんねー……。ていうか先輩なら逆に、現実が辛いからせめてフィクションはーとか言うかと思ってました」
「一色さん。……この男はもう既に、現実まで甘いからどうしようもないのよ」
「あー……」
「そこで手の施しようがないものを見るような目で見るの、やめない?」
いいじゃないの、ようやく幸せ掴めたんだから。
幸せって素敵です。学生時代の俺が俺を見たら、呆れすぎてぽかんと開いた口が地面にすら届きそうだ。
「けどまあその、あれだよほれ。娘と見るっていうなら、三浦も楽しめるようなものの方がいいんじゃねぇの? ちっこい子供が見るアニメの大半って、今じゃ朝に集中してるもんだろ」
「え……そういうものなのか?」
「大きいお友達が見るようなのは夜中とかだけどな。材木座は大体そっちだ」
「あれ? でも先輩、きーちゃんとみーちゃんが朝に見てるあのー……プリ───」
「一色。我が義妹よ。あれはハマるとヤバイ。葉山のイメージじゃないが、もし子供よりハマってしまったら、いろいろとヤバい。むしろ三浦がお悩み相談に来訪しまくるまであるくらいの結果になる」
「そうね。なんだかんだ、葉山くんはのめり込んだら極めてしまいそうなタイプだから」
「あ、それわかりますよ雪乃ママ!」
「Si,ネット生活が充実した物語で桜井さんやってそうな印象がとてもある……!」
「「そして気づけば廃課金……!」」
「わからんでもないけどやめろっつーの」
キミら何回俺にやめろって言わせたいのもう。わざと? ねぇわざとなの?
あと一色、義妹って呼ばれてからテレテレするのやめなさい。
雪ノ下も。なんでそんなソワソワしてんの。呼ばないからね? 義妹なんて呼ばないからね?
そりゃ確かにそういった感じで見てしまっていた過去もなきにしもあらずっつーか……ああもういいだろ、ともかく。
「とにかく、最初は子供向けのやさしい物語とか見せていけ。子供向けだと思って見せたら血生臭いバトルになってるものとかにはマジ気をつけろ。長寿アニメとかっていろんな世代の意見とか時事ネタとか盛り込まれたりして、過剰になっちゃってるものもあるから」
「そ、そうなのか?」
「アンパンマンとかたまに“え? これ子供に見せていいの?”ってくらい残虐な所業に出るバイキンマンとか見れるからな。たとえばアンパンマンが水が弱点と知れば水攻めにして、マシンアームでギウウと体全体を絞ったりして───」
「いやっ、もういいっ! なっ……なんか、わかった気がする……!」
「お、おう、そうな」
人は子供である時の方が残虐っていうけど、ああいうアニメの影響もあったりするんじゃないかしら。
だって悪と知れば、なにもやってなくても殴って良し、みたいな空気あるだろ、あれ。
で、悪人も主人公と協力すれば、過去の行ないがいつの間にか許されてる、みたいな空気もあるし。
フィクションだから人気が出るんだろうけど、何人も人を殺した奴が善行をしただけでいつの間にか許されてる、なんて空気はまずないだろ……。
ミサカの感情が豊かになればなるほど、屠られていった約一万のミサカたちにもそんな微笑ましい状況の数々が待っていたかもしれないと考えると、八幡は八幡はとっても心が痛いと唸ってみせる。
それ考えると、大魔王の息子のくせにラディッツさんや栽培男以外特に殺してないナメナメ星の緑の人とかめっちゃやさしいのな。
や、見えないところでなにかやってたのかもしれんけどさ。
野菜王子もなー、ナメナメ星の人、殺しちゃってるし……魔人状態の時にやらかしちゃってるし。
なんであれで善人扱いなのかしら。不思議。
「しっかしアニメね……ああいうの、本人に楽しむ気がないと案外見てても辛いだけだぞ? 自然と内容に惹かれてどっぷりハマるヤツも居るけど、アニメの内容とかろくに知らないヤツの場合、どうせそんなもんだし時間の無駄だ、みたいな考えで見るから、内容が入ってこない」
「うっ……実はそれも心配の種ではあるんだ。だからこう、今の内にアニメのことを知っておこうかと」
「お前の場合、まず“お話”として頭に入ってこなけりゃ途中で挫けそうだし、挫けなくても楽しめなさそうだから、そうだな……」
「むう。ここで安易にオータムを勧めていいものか、絆はしこたま戦慄」
「その言い回しはやめなさい。普通にクラナドでいいだろ」
「No……! ここはロミオの青い空でいくべき……! この美鳩が自信を以って推す……!」
「でも美鳩? ロミ青はアルフレドが居なくなってから随分と失速した感が───」
「
「はぁ。とりあえず葉山、無難に天空の城ラピュタでいっとけ。展開も速いし案外飽きずに見られると思うから」
「というわけでこれがラピュタだ大切に扱うのだぞイケメン殿!」
言ってみたら、絆がズザァと滑りつつDVDを持ってきた。
「BDではないんだな」
「別の過去の名作をBDで買った時にちょっとな。実際昔のアニメだとディスクによっての差とかあんまないんだよ。だからDVDにしてる」
「名作をBDで! って張り切ったあとのあの残念感とか、すごいですよねー」
「まあまあイケメン殿、こちらの仮眠室とは名ばかりの真・休憩室へ」
「さあさあイケメン殿、こちらで鑑賞会を」
「え、あの、絆ちゃん!? 美鳩ちゃんっ!?」
で、葉山にDVDを渡すや、その背中を押して奉仕部横の仮眠室へ。
そこにある備え付けの機器で、早速ラピュタを再生させると扉を閉め、ガチャリと鍵を閉めた。
「おい……トイレとかどうする気だよ」
「紳士なら堪えられるよパパ!!」
「紳士さん膀胱炎になるからやめなさい」
ともあれ、鍵は開けてそのまま放置。
……俺達も適当なる時間を過ごし、結衣が雪ノ下と一色を呼びに降りてきて、再び二階へ上がり……やがてそろそろかと思った頃。ごたごたやっている内にやがて扉が開いて、葉山が出てくる。
「…………!」
その顔は、いかにも興奮していますって顔で、ラピュタのDVDケースを胸に抱いてそわそわしていた。
あー、これアレだわ。自分が抱いた感想を誰かに伝えたい系のアレなアレだわ。
材木座とかがよく、気になってるアニメの翌日とかにこの状態になって俺に突撃しかけてくるから、モロわかりだわ。
だというのに、それを知っていてあえて触れない鬼畜双子娘。
普段ならば黙っていてもつつきに行くというのに、とことんひでぇ。
「あ、あのっ、きずっ───」
「アー! いろはママに頼まれてたことがありました! ちょっと失礼します!」
「え、あ、えと……みはっ───」
「
「えぇっ……!? あ、えぇと……ひ、比企谷、比企谷っ」
で、最終的には標的が俺になった。
まるでぼっち初心者が、先生の心無いあの死の呪文を口にした所為で、ペアを求めて彷徨うような目を向けられ、逸らせなくなる。まあ現在は娘二人を除いたら、俺しか居ないんだから仕方ないんだが。
だがまあそれはそれとしてだ。自分らから勧めておいて、アニメを好きになった人をほったらかしにするような遊びでつつくのは感心しない。
「絆、美鳩、好感度ダウン」
「《ズシャアッ!》さぁ話そうやれ話そう!」
「
「え? いや、待って欲しい、まずはラピュタの感想を……! す、すごいなこれ! 感動したよ! こんな短い時間に勇気と感動がたっぷり詰まってるんだ!」
「───~……」
「───~……」
あ。
絆と美鳩が、アニメこのすばの“口一文字”状態になってる。
“その道は既に我らが通過した道だッッッ!!”とか言いたそうだが、それを言ったら相手のアニメに対する興味を壊すことになるから我慢してますって感じ。
「ラピュタは最後、どの辺りまで飛んでいってしまったんだろう。動物たちが生活出来る標高だといいんだけどな」
「Si,それはきっと誰もが思うこと」
「ただでさえ雲があるような場所にあったんだからね、相当に寒いよ? それとも古代の科学力で適温が保たれているのかどうなのか」
「それのほうがまだ救いがある。水に沈んだ都市にもきっといろいろあったんだと思う。美鳩としては、それこそが気になる」
「なにかしらの装置があってー、」
「押すと水が移動して、」
「都市に下りられるようになってー♪」
「降りてみたら、見たこともない文明の残照が盛りだくさん……!」
「……!」
絆と美鳩の妄想話に、葉山……目を輝かせて興奮気味。
ほんと、珍しいこともあるもんだ。
まあじっくり見たのが初めてなアニメがラピュタなら、それもわからんでもないのかも。
「ちなみにこの絆、TOPをプレイして超古代都市トールを見て真っ先に思い出したのが、何を隠そうラピュタである」
「左に同じくこの美鳩。テイルズオブファンタジアは思い出深い作品」
「「提供はザイモクザン先生でお送りします」」
「あいつは……。人の娘にどんなゲームをオススメしてんだよ……いや、好きだけどさ。いいゲームだけどさ、TOP」
「SFC版もPSP版もやらせてもらいました! 絆的にはSFC版をオススメしたい絆です!」
「Ja! あれはとてもいいもの……! ジャスティス……とてもジャスティス……!」
「オートセミオートシステムと、レンジシステムには結構難儀した記憶があるけどな」
「アルベイン流か魔法でなければダオスは傷つかないと言っておきながら、ベルセルクアローを装備したチェスターの強さに開いた口が塞がらなかったこの絆」
「クレスが一生懸命奥義を放つ横で、矢二本であっさりその奥義のダメージを越えてゆくチェスターに、口をあんぐりだったこの美鳩」
『つまりアルベイン流は、当時の技もなにもないバークライド弓術以下だったということ……!』
ミゲールさん泣いちゃうからやめたげて。
あといきなりそういう話とかしても、葉山にわかるわけないだろうに。
ほれ見なさいよ、ぽかんとしてるじゃないの。
「ティーオーピー……?」
「TOPというのはですね、時と場所をわきまえるっていう───」
「そりゃTPO」
「……ボクシングで相手をノックアウトすること?」
「TKOな」
「国連平和維持活動特別委員会!」
「PKO。……殴らないからな?」
「パパ! そこは空気読もうよ!」
「ドラマCDにおまけが付くなんて珍しいことかもしれないこともないかもしれない……!」
だからって娘を“……って、い~加減にしなさいっ!”と言いながらどつけと。
あれ、アーチェさんでも痛がるくらいに結構いい音が鳴ってたぞ?
ここはさっさと話題を変えるべきだろう。
「で、葉山? アニメに対する妙な先入観は取れたか?」
「ああっ! ほ、他にオススメとかあったりするのかっ!? 時間を忘れて何かに集中するなんて久しぶりだったんだ! 心から言えるよ! 面白かった!」
「お、おう」
まあよ。結構成長してから急にハマるなにかってあるもんな。
確かに言ってしまえば、それは俺達が随分前に通った道ではある。
が、俺だって未だに急に夢中になってしまうものだってあるのだ。
なにってほれ、ポテトに夢中になってる結衣の意識を俺に向ける100の方法探しとか?
……なんで俺、例え話で流れるように犬に嫉妬してんの。
「まあ、とりあえず絆と美鳩にみっちり教えてもらえ。裏っぽい名作って意味なら材木座に訊くのもいい。ただ、そっち方面では娘はあんまり喜ばんかもしれんから、やっぱりそいつらに訊くのがいいと思うぞ」
「そうか……その、すまない。助かるよ、比企谷」
「お前が俺に素直に感謝とか気色悪いからやめろ」
「いつでも俺には失礼だな、お前は……。相手を選んで感謝する理由なんてないだろう。そんなヤツに娘二人をつける気か?」
「もはははは甘い甘いわリア王よ! 乱心して襲い掛かってきた時は、この護身用スタンロッドが火を吹くのだ!」
「Si,一人を押さえたと安心した途端、反対側からこの美鳩が撲さ───スタンさせる」
「ぼっ……え? あの───え? 今撲殺って言いかけなかったかい?」
「……失礼した。殴殺の間違い」
「もっとひどくなってるんだけど!?」
我が娘達に振り回されまくる日々の中、なんだかんだこいつもたくましくなったよな……。昔から考えれば、こんな勢いのあるツッコミとか出来るタイプじゃなかったのに。
「ほむ。大丈夫、安心するのだリア王さん。襲い掛かったりしなければなんの問題もないのだから。というわけでやっぱりとりあえずオータムで」
「Si,盛り上がりのない高校生活を送ったお方に、無駄にさせてしまった青春の深さを知ってもらう時……! 相手を学ばんとする心、実にジャスティス……!」
「ええとその。それはラピュタよりも長いのかな」
「長い」
きっぱりだ。まあ、長いわなぁ……。
何度も思うが、映画っていう一本の映像にあれだけの内容を詰めるってのはすごいもんだ。
世の中には睨み合って、“はぁああ~!”とか気を溜めるだけで終わるようなアニメもあるってのに。
「映画と普通のアニメとはやっぱり違うからねー。まあとりあえず見てごろうじろ」
「ちなみにリア王さん、仕事の予定は……?」
「しばらくは入ってないんだ。面倒な山を越えたばっかりでね」
「「───ようこそ、貫徹の世界へ」」
「えっ……いや、俺にも優美子との時間が」
「FuFu、ミスタ・ハヤマ。……そんなものは彼女が降りてきてから考えればよろしい」
「
「……えっと。それは頑張らなきゃ楽しめないものなのかな……?」
「ヌワッハッハッハ! ───然り! 熟練のアニメ好きでも、時間を大事にする者はまず最初の数話で様子を見るものなのだよ! 主に3話目あたりまでとか!」
「残念だけれど面白いと見込めなかったものは切り捨てないと、時間がもったいない。そしてその好みの幅は個人によって大分違うので、自分が絶対にいかに“これは絶対に面白い”と思おうと、人に勧めすぎるのはノンジャスティス」
「然り然り! なのでそんな数あるアニメの中で、これこそがというアニメと出会うまでが初心者としての道のりと言えるのです!」
「それが、美鳩ちゃんにとっては、ええと、ロミオの青い空……?」
「
右手を胸に、左手を横へと広げ、目を閉じ熱弁。
こいつも熱が入るといろいろと表現がアレになるからなぁ……。それというのも、こいつらが子供の頃から材木座のヤツが様々を大げさに熱く語ってきた所為だろう。
「というわけでさあ見よう! ていうかここに所持してるアニメのDVD・BD目録があるから、さあ見てみたいものを適当に!」
「地上波アニメはもちろん、映画やOVAなどもある……!」
「ラピュタから入ったなら少年冒険劇がいいかもだね!」
「なにがいいだろう……迷う、とても迷う……!」
「あ、あの……俺、学生時代に聞いたことがある、海賊の冒険のアニメとかがちょっぴり気になってて───。なんていったっけ。わ、わんぴ?」
「ならぬ」
「ならぬ!?」
「No……長寿アニメには長寿アニメの良さがあるけれど、オススメは出来ない……」
ていうかあれもまだ完結してないしなぁ……。
いったい何年続ける気なんだろうか。
「わたしたちはイケメンさんに、短く、けれど内容に溢れたアニメをたっぷり見てほしいのだよ! なので物語としては長くても、幾つか話しとして完結しているものを見ていこう! いいやダメダメ否否否ァ! こんな問答さえアニメの視聴には無駄でしかない! 時間があるならまず見よう! 続きが気になるか否かをまずは一話を見て判断するのだ!」
「今夜は寝かさない……! でも不穏な動きをしたらスタンガンが火を吹くと知るといい……!」
「とことんまでに信用されてないね!? あ、あのね美鳩ちゃん、絆ちゃん? 俺はもうきちんと優美子を選んだし、彼女以外と幸せに、なんて思ってもいないんだ。そこのところを間違って認識されているなら、いくら俺でも怒るよ?」
「その言葉が聞きたかった! ありがとう紳士!」
「Si,これで美鳩たちも笑顔で接待できる……!」
「え?《がしぃ!》え、え?《がしぃ!》」
「「さあ、ともに逝きましょう……?」」
「え、や、ちょっ……比企谷! たすけっ……比企谷ぁあーーーっ!!」
葉山が両腕を捕られ、仮眠室に連行されていった。
俺はそれに片手で南無と拝んでおくと、新しいブレンドでも研究してみるかなぁと歩き出すのだった。
……。
翌日。
「マイネームイズ……オクレ!」
「外人になってるーーーっ!?」
仮眠室からよろよろと出てきた葉山は、目の下にクマをつけ、さらに開くことも億劫なのか目をしょぼしょぼさせて……外人になっていた。
同じく泊まっていったジュビコ……もとい葉山夫人、驚愕。
「ちょ、ちょっとあんたら! この人になにしたん!?」
「フッ……知れたこと」
「なにを言い出すのかと思えばそのようなこと……」
「「アニメを見せたのだ!!《どーーーん!!》」」
さて。
娘二人が三浦にツイン・フェイスロックをされる中、俺はといえば昨日一緒に眠れなかった結衣と抱き合い、愛を確かめ合っているわけだが。
「ああもう朝から暑苦しいですね……顔を合わせるなり抱き合うとか、そんなに離れたくなかったなら一緒に眠ればよかったじゃないですかー……」
「それは無理でしょう。三浦さんが結衣さんを掴んで話さなかったのだから」
「代わりにポテト抱いて寝てたけどな」
「ハッ!? し、しまった! この絆としたことが!」
「なんということ……! ママが居ない昨日ならば、堂々とパパと一緒に眠れたのに……!」
「おのれ歩泰斗様! 我らを差し置いて抜け駆けなど! ここは一度どちらが上かを教え込まねば~~~っ!!」
「そ、そう。ならばこそこんなところで捕まっている場合では───」
「あんたらにはまだ話があるからだ~め……!!」
「《ぎゅううう……!》グワーーーッ!!」
「《ぎゅううう……!》お、おゎぉおゎおぁあ……! じ、自分の息子に殺されるとは……! これも、サイヤ人のさだめか……!」
娘達が締め上げられ、ニンジャとパラガスさんになっていた。
その間もこちらに手を伸ばしてヘルプミー状態なんだが、すまん、結衣を感じるのに大忙しなんだ。
あと俺もまだ女王モードの三浦は怖い。弱い父さんを許してくれ。
「いや、待ってくれ優美子。元々は俺がお願いしたことなんだから、二人を責めるのはやめてくれ」
「隼人……」
「というわけで、優美子。一緒に語り合わないか……!? 語りたいことが山ほどあるんだ……! 俺はとらドラとクラナドを見て、君にしてきた仕打ちを強く強く悔いた……! 頷けなかった分の時間を今から取り戻させてほしい───!」
「───」
言うや、葉山は充血した目のまま三浦の手を取り、仮眠室へと歩いていった。
三浦にしてみれば今さらそんなことを言われても、ってところだろうが───むしろそんなん言われるよりも、さっさと受け入れて一緒の時間を作りたかったわ、とか言いそうだ。
しかし止める暇もなく二人は仮眠室へと消え、空気を読んだ絆がカチャリと鍵を閉めた。
大丈夫、なんの心配もありませんよ。長い恋を成就させた二人が、アニメの話でこじれるわけがないじゃないですか。
あといろいろ盛り上がっちゃってもご安心。防音は完璧です。
でも後処理とか完璧にお願いします。なんか気まずいし。
「あの、あのあの、ヒッキー? えと、ヒッキー? ……ひゃんっ! ちょ、わ、わわわ……!? ゃ、ゃぅぅ~……!」
そんな二人を見送った俺はといえば、一日離れただけで“もうだめだー!”とばかりに、抱き締めて背中を撫でたり頭を撫でたり、胸に抱くんじゃ足りなくて自分の肩に結衣の顎が乗るように屈むようにして抱き締めたり、肩越しに首筋にキスしたり耳をはぷりと唇で甘噛みしたり、キスしたりキスしたりキスしたり───
「比企谷くん。そのへんにしてあげてちょうだい……。結衣さん、真っ赤になって目を回しているから」
「へ? あ、うおっ!?」
抱き締め状態から離してみれば、それこそほんとに真っ赤になって目を回しているお嫁さん。
離した拍子にかくりと揺れる、目を閉じてしまったその顔も可愛い。
いとおしく、そのくたりと力が抜けた体をもう一度ぎゅうっと抱き締めた。
直後、「やめろと言っているのよ」と、雪ノ下にハリセンでスパーンと叩かれた。
い、いや、これあれだから。愛妻がいつまでも可愛いくて綺麗なのが良くて、それに中てられっぱなしの俺が悪いだけだから。つまりほらアレだよアレ。俺の嫁さん超可愛い。
あと普段なら結衣の後ろに並ぶ娘二人が、並ぶどころか既に抱きついてきてるんだが。なに? どったのちょっと。
「パパ……絆は再び学びました……いえ、思い出したのです……。思ってるだけでは届かない……行動せねば、想うだけでは……」
「Si……美鳩も思い出した……。それはとてもとても大切な、思い出すたび刻み込むべきジャスティス……」
「声がもう完全に眠ってるな……。ほれ、いーからとりあえず寝てこい。夜更かしは美容の敵だっていうだろーが」
「うー……でも、パパー……」
「それが真実かは知らんけど、綺麗な肌してんだからそれを汚す可能性を自分から殺すこと───」
「イェッサー絆眠ってきます! 綺麗になって戻って来るね!」
「Ho capito,パパの真意が深く美鳩に刻まれた……! 綺麗な美鳩に戻って来る……!」
「へ? いや、べつにそういう意味じゃ───」
言ってる途中で、既に駆けて行ってしまった。
しかし雪ノ下に叱られると、ザムザムザムザムザムと早歩きで進む娘二人。
「なんというか、なんだかんだで素直な子ですよねー、きーちゃんにみーちゃん」
「ええ本当に……。どうすればこの男の遺伝子からあんな良い子が」
真面目に不思議がって首傾げるのやめない? ねぇ俺泣くよ? 泣かないけど。
まあそうな、結衣の遺伝子が大量に含まれてるからだろ。
だって俺、こいつの前じゃどんだけ捻くれても包み込まれてばっかだもの。
つまりほらアレな。俺の遺伝子なんぞ、結衣の前では形無しみたいなもんなのよ。
ほんとなー、俺の遺伝子っつーか、似た部分なんてアレだろ、あの立派なアホ毛くらいだろ。
あとは自分に友好的な家族には激甘なところとか、妙な部分にばっかり理解があるっつーか、知識が深いっつーか、そんなとこだろ。
「そういう話は置いて、朝飯にでもしない? なんつーか今日はそんな気分だから料理とかめっちゃ作るし」
「あら。どういった風の吹き回しかしら。普段なら二人で作るか、結衣さんの手料理を望むあなたが」
「ほらほら、雪ノ下先輩、あれですよあれー♪ きっと一日離れた分、愛情を送り足りないってやつですよー♪」
「……確認するまでもなかったわね」
「真顔でひでぇなおい」
でも事実なので言い返せない。言い返してもいいんだけど、正論で論破されるのが目に見えてるからね、仕方ないね。
「まあ、今日も休みなんだしのんびり過ごすか。とにかく朝食はあのー……任せてくれりゃいーから」
「あら。別にそこの椅子で離れていた分をいちゃついていても、一向に構わないのだけれど?」
「ですねー。実は昨日、三浦先輩と家庭の料理談義しちゃいまして、ちょおっと家庭料理を作るのに燃えちゃってる部分があったりするんですよねー」
「そうか。じゃあ俺が作るな?」
「ちょ! なんでそこでそうなるんですかー!」
「いや、だから俺が作るから、お前のその燃え滾る情熱とかは昼か夜かに回してくれって」
「家庭のキモっていったら朝ごはんですよ! 男の人っていうのは朝の始まり、お味噌汁とかに心惹かれるものなんですから! どういった経緯があるから、“俺のために毎朝味噌汁を”なんて殺し文句があると思ってるんですかほんと先輩ってありえないですごめんなさい!」
「俺も結衣のために味噌汁作るんだよ文句あっか」
「だからなんでそう無駄にヒロイン力高いんですか先輩はー!!」
知らんよそんなもん。
俺にとって結衣こそヒロインで、大事な存在なんだから。
ともかく料理だ。まずは結衣を奉仕部の椅子に丁寧に座らせて、と。
で、いざ料理を《くんっ》うおっと!?
「椅子にでも引っかかっ……OH」
服が引っかかってつんのめった、格好悪い……と思ったら、気絶中の結衣の指が俺の服を摘んでいた。
「………」
なでなで。
愛しく、可愛く思い、つい頭なでなで。
愛情マシマシで煩悩を撫で付けるようなことはないが、誠心誠意作らせていただきます。
そっと摘んでいる指をほどいてやると、いざキッチンへ。
そこでエプロンをヴァサァと身につけると、
「さて、やりますか《ムンッ》」
「はい、やりますか《ムンッ》」
腕をまくってへの字口、って時に、何故か一色も混ざってきた。
「いや、だからね?」
「先輩はお味噌汁お願いしますね。わたしは厚焼き玉子でいくんで」
「待ってちょうだい一色さん。ここはオムレツでいくべきはないかしら」
「えー? 朝の卵って言ったら厚焼き玉子って、昨日わたし言ったじゃないですかー」
「ええそうね。私はオムレツと言ったわ」
「いやいやなに言ってんの、朝で卵っていったらベーコンエッグだろ」
「なに言ってるんですかほんとせんぱい有り得ないです。お味噌汁って漢字の多いところになんでカタカナ持って来るんですか。厚焼き玉子一択に決まってるじゃないですか」
「いいえ違うわ。朝からあんな、たっぷりの油を使うような卵料理なんて胃がもたれてしまうわ。ここは細かな野菜を混ぜたオムレツにするべきでしょう」
「油がどーたらって言うなら少量の油と水で蒸し焼きみたいにした目玉焼きでもいいだろが。ベーコン入らないだけで漢字ばっかだぞ、ほれ、文句ないでしょこれで」
「目玉焼きにベーコンもハムも入れないなんて有り得ないです!」
「そうね、あなた疲れているのではないかしら。主に眼球から」
「いやお前ら……どうしたいの? ねぇどうしたいの?」
あ、でもオムレツなら刻んだハムとかオホーツクとかもいいよな。
で、あったら嬉しい刻みニラ。あれ入れるだけでオムレツの味、深まるよな。
……ハイ、結衣の味にすっかり慣らされている旦那です。
そんなわけで調理開始。
結局ベーコンエッグも厚焼き玉子もオムレツも作ることになり、しかし味噌汁は俺の役目。
あとは焼き海苔などをパリッと軽く火で炙り、納豆を用意して、と。
焼き魚……は、魚がなかった。喫茶店やってると案外忘れる魚介類。
貝類のパスタはやってても、魚は使わないからなぁ。
まあ朝だしそこまで数は要らないだろう。
美味い飯っていうのは漬物と味噌汁だけで白米が進むもんだ。
よくぞ日本人に産まれけり。
「そして絆が誕生した」
「食に眠気は不用なり。美鳩───見参」
「どうしてお前らは普通に来れないんだよ……あー、15分か?」
「イエスパパ! 寝たらスッキリした! まああんまり効果続かない睡眠だけど!」
「そこらへんは努力と根性と腹筋でカバー……! それより朝……! パパの朝ごはん……!」
宅の娘は腹筋で眠気をカバーできるらしい。
いやわかるけど。眠い時、究極に腹筋絞めてると、案外眠気取れるけど。
「んじゃ、料理運ぶの手伝ってくれな」
「フッ、旦那……俺っちの力が必要かい?」
「旦那にゃあ借りがある……ここは俺達に任せてもらおうか」
ああいや、やっぱこいつらちょっと寝惚けてるわ。
なんでか、“恩人の役に立とうとするニヒルな旅仲間”チックに料理を運び始める娘たちに、少々の呆れを抱きつつ……雪ノ下も一色も一緒に皿を運び、俺は結衣を起こし───
「あ。葉山たちどうする?」
「No,料理の香りがあっても出てこないのであれば、呼びに行くのはヤヴォ。ノンジャスティス」
「そうだね。八幡、あとできっと優美子が葉山くん専用に作るよ」
「ああ……まあそうか。むしろ作る機会を奪ったら怒りそうだもんな」
呼び方が八幡に戻った結衣が、俺の隣でにっこり。
やがていただきますを揃えて言うと、全員でのんびりと朝ごはんを堪能した。
「ではここで問題です。結衣せんぱ~い? この卵料理の中に、一品だけ先輩の料理があります。どれで───」
「ベーコンエッグ」
「一発ですか!?」
「むふん。甘いですよいろはママ。ママならパパの調理のクセや朝に好むものくらいなんでも知ってます」
「Si.そしてなにより、他の二つもどっちが雪乃ママが作ったか、いろはママが作ったかもわかる」
「オムレツがゆきのんで、厚焼き玉子がいろはちゃんだよね?」
「……すごい……なんでわかったんですか?」
「えへー……♪ いっつも見てるし、好きだから、かな」
「「………」」
「ひゃっ、わ、あのちょっ……な、なんで撫でるの!?」
「結衣先輩ってほんとあれですよね……なんでたまにこんな可愛いんですかもう……」
「馬鹿言え、いつも可愛いだろ」
「はいはい、先輩の色ボケ眼鏡はこの際どうでもいいですから」
「いろぼっ……」
仮にも色を苗字に冠したあなたが罵倒文句に使っちゃっていいの? いやべつにいいんだろうけどさ。
いいじゃないの妻を愛すくらい。好きでなにが悪いの。
言っとくけどあれよ? 色眼鏡とか無しに可愛いからね?
「けどあれですよねー。最初の頃は先輩、なんでも甘くして大変だったそうじゃないですか」
「………」
「やっ、だ、だって“同棲してた時はどんな料理だったん?”って優美子が訊いてきたから!」
「当時は電話で相談に乗っていたりもしていたけれど、恋人にまで甘い飲食を強要するのはどうかと思うわ」
「ママさんに注意されて以降、しっかり直したよ。悪かったな」
やめて! 過去の悲しみを抉らないで!
あの頃は本当に甘さこそ至高! とか考えてたんだよ!
だって世の中ほんと甘くないんだもん!
え? じゃあ今はどうして平気なんだって? ……いやほらあれよ? …………甘さに包まれてるから?
「はふー……! ごちそうさまでしたー!」
「最後に味噌汁を食道に流す喜び……! とてもジャスティス……!」
「おう、おそまつさま」
「ほむ。パパはこういう時、おそまつさん、なんて言い方はしないよね。なんで?」
「某アニメを連想するからなー……。とあるぐ腐腐さんを食事に招いた時、いろいろあったんだよ……」
「……この絆、痛いほどわかりました」
「同じくこの美鳩、痛いほどに……」
昔懐かしのものが新しいアニメになりました。
……さて、どこをどうすれば腐った内容がすっ飛んで来るのか。
人の想像力と創造力は実に恐ろしいものですなぁ。
「それでパパ、これからどうする?」
「ん? 結衣と一緒に居るが」
「うん。ママと一緒に? なにするの?」
「一緒に居る」
「…………」
「………」
「遊ぼうパパ!」
「フン断る」
「パパー!?」
一言で切って捨てて、隣の結衣を抱き締めた。
しかしさすがに悪いと思ったのか、いや俺も悪いと思ったけど、結衣は俺を見て「みんなで、だよ?」と笑った。
「んじゃ昨日、暇に任せて部屋掃除したら出てきたゲームでもやるか」
「おお! どんなのどんなの!? 今や安値で過去の名作がダウンロード出来る中、あえてその過去のゲーム自体をやる喜び! 絆は今! 猛烈に! 熱血してる!」
「パパ大変……! 絆が病気……! 病院行ったほうが……!」
「真面目に返答された!? あ、でもパパが付き添ってくれるなら……!」
わーったからまずお前らはもっぺん寝てきなさい。
いろいろ言動がおかしくなってるから。
「八幡、ゲームなんて持ってたっけ」
「ああほれ、お前が出産して入院してる間、あんまりにも落ち着きがない俺を見かねて、平塚先生にもらったもんだ」
「へー……どんなの?」
「チェーンソーしか持ってないパーティーが“かみ”の前に立ってる魔界塔士SaGa入りゲームボーイと、あとはNEOGEO本体とゲームが何本かだな」
「……?」
「……? ……?」
わあ。娘達がゲームの名前を聞いても目をぱちくりさせてる。
平塚先生、ジェネレーションギャップがすげぇです。
「ま、とにかくやってみりゃいいだろ。特にSaGaはやっとけ。“神をチェーンソーで斬殺”はゲーム史に名を残す素晴らしい名シーンだ」
「おお……! 噂では聞いたことがあったけど、それがサガという名のゲームだったとは!」
ただよく覚えておいてほしい。
あのゲームは“チェーンソーさえあれば神に勝てる”のではなく、謎の斬殺経験を積まねば神をバラバラに出来ない。
チェーンソーを購入して、まずは雑魚敵をバラバラにしまくろう。
熟練のチェーンサーさんじゃなければ神はバラバラにならない。
そしてバラバラにしたあとの“やっちまったな……”のあの台詞ほど、キッツイものはないと思う。
「パパパパ! そのねおじおー、とかいうのは!? どんなゲーム!?」
「とりあえずサムスピとガロスペだって渡された。やはり地獄変でなければ、って渡されたんだけどな?」
なんのこっちゃだったんだが、やってみたら敵が強いのなんの。
ちょいと斬られただけで体力ごっそり減るし、容赦なく両断されるし。
やっと辿り着いたミヅキさんに毎度惨殺されたのは苦い思い出。
ズィーガーが死んだ時に何故ラブリー言ってたのかがずっとわからない俺でした。今は知ってる。ラブリーじゃなかった、恥ずかしい。
で、結衣が退院してからは封印されたわけで、結衣が知らないのも当然なわけで。
「その……比企谷くん? なにかを惨殺することを子供に勧めるのはどうかと思うわ。腐っている腐っているとは言ってきたけれど、まさかあなたがそんな───」
「悲壮感たっぷりに言うな、マジに聞こえるから」
「だって普通に考えたらチェーンソーなんて有り得ないじゃないですか。そういうゲームなんですか? ええっと、なんでしたっけ、じぇいそん、とかいうのが出てくる?」
「………」
ジェイソン知らないとかマジか、とか言いそうになったが、俺だってたまたま知ったにすぎない。
そうか、世の中はそんなにも進んでおったか……。平塚先生が聞いたら泣きそう。
「実際にそんな残酷な場面を見せるとかそんなんないから」
「ほんとですか? 人が斬られたりとか両断されちゃったりとか、ほんとにないですか?」
「な───」
い、と言えなかった。
やっちゃってるじゃん。サムスピ、やっちゃってるじゃん。
「義妹よ、とりあえずその話は置いておこう」
「状況が悪くなると義妹扱いするのやめてくださいハチ義兄さん」
その割りに毎度毎度微妙に嬉しそうじゃないの。
ほら見てみなさいよ、隣の雪ノ下だってなんかそわそわしちゃってる。
言ってほしいの? 義妹って言ってほしいの? やっぱり言った途端に罵倒文句で切り返されそうだから言わないけど。
「まあ対戦ものとかもあるから、適当に順番回してやる方向でやってみればいいんじゃないか? 久しぶりに時間もあることだし」
「……けれどその時間をわざわざゲームに使う必要もないでしょう? むしろもっと───」
「絆ー、美鳩ー、雪ノ下は負けるのが怖いからやらないとー」
「安い挑発ね。安い挑発だけれど、侮られたままで引き下がるのも癪だから、いいわ、相手になってあげる」
「うわー……」
「ゆきのんちょろい……」
かつての部長は相変わらずだった。
そんなわけで一度二階に戻ると物置になっている部屋へ行き、丁度片付けたばかりだった本体とゲームを手に広間へ。
そこへ皆を呼び込むと、まずは娘たちにSaGaを渡して、大人達はレッツ対戦ゲーム。
懐かしい起動画面ののちに、懐かしい操作方法が流れる中、これまた懐かしい独特のBGMが流れ、それが激しいBGMに変わるや“モビィイイイイ……!!”という重苦しい音が鳴り、チャ~ンチャララチャンチャンチャンチャンチャ~ン♪ とサワヤカなBGMが……!
「………」
「………」
絆、美鳩、呆然。
しかし突然吹き出し、笑い始めた。
「き、きーちゃん? みーちゃん?」
「いろっほ! いろっはまぼっほ! いろはマボフ!! あははははははは!!」
「くふぅ……! これっ……これは予想外……想定外……! ここまで爽やかにチェンソーでなにかを斬るものを、みはっ……みはっほ……! みみ美鳩は初めて……ふ、ふっく! ぷはははははは!!」
「お、おぉおお……? ちょ、せんぱい? せんぱーい!? みーちゃんが! みーちゃんが大声で笑ってますよ!? いったいなにやらせたんですか!?」
「だから、SaGaだって。ほれ、やってみろ。ちゃんと電池は交換してあるからまだまだ遊べるぞ」
「……?《ぴこーん♪》」
戸惑いつつ、電源が切られていた
操作方法がいまいちわからんくてもボタンの数は少ないのだ、適当にやって、“かみ”のBGMが聞こえ始め、チェーンソーしかないことに驚き、しかし少しののちにモビー。
真っ二つに裂かれていった神を目の当たりにしたであろう、唖然とした一色の顔がしかし、直後の明るい戦闘終了音楽によって驚愕に変わり、さらに直後の“やっちまったな……”の言葉で呆然。
そんな状態のまま、ぽち、ぽち、と条件反射のように文字を送り、やがてエンディングテーマが流れると、助けを求めるような目で“え!? これで終わりなんですか!?”と訴えかけてきた。目で。
それに頷いてやると、またも呆然としたのち……もはや笑うしかなかったのだろう、顔を背けて肩を震わせ始めた。
俺はといえば、そんな一色を“まあそうなるわなぁ”と頷きながら見守り、いつの間にか雪ノ下と白熱バトルを繰り広げていた結衣を確認したのち、久しぶりに大声で笑っている美鳩の頭を撫でていた。
「くっ……!? もう一度、もう一度よ結衣さん!」
「うんっ、あ、じゃあ次こっちやってみよ? いろんなものやってみないともったいないよ。あ、ううん、いろんなもの、ゆきのんとやってみたい」
「───……そう、ね。ええ、けれど、やるからには負けないわ」
「うん、それはあたしも。えーと、ねぇ八幡、これって対戦できるやつ?」
「いや、対戦ってか協力プレイだな」
「協力! やろうゆきのん!」
「そう……対戦ではないのね……。そう……」
あのちょっと雪ノ下さん? なんでちょっと安堵してるの? もしかしてパズルゲーで瞬殺されたの大驚愕?
ともあれ開始される、軍隊モノ横スクロールアクション。
例の如く操作画面を見てから開始───少しののちに死亡。
これではいかんとばかりにやり直し、進めてゆき───ゲームオーバーになろうがリトライ、何処でなにが出るかを頭に叩き込み、常に最善の行動を取るようにして───
「フフッ……ノーミスでクリアしてしまったわ……!《ドヤァアアアン!!》」
1ステージをパーフェクトにクリアする雪ノ下がここに降臨。
対する結衣と一色は、無理矢理付き合わされて逃げることも出来なかったため、少々グロッキー。
まあこういうのって楽しみながらやるもんだし、楽しみ方もそれぞれで、むしろ他人の楽しみ方に無理矢理付き合わされた際には魂が吸われたってくらい疲れるしな……。
「……あら、続きがあるのね。結衣さん、続きよ」
「ひうっ!? ききききずなっ、絆っ! 交代! あたしもうだめ! パス!」
「むふーん……! ママに頼られてしまったからにはこの絆、立ち上がるしかありませんね! さあ参りますよ雪乃ママ! この絆に───付いてこれますか!?」
「ふふっ……1ステージでコツは掴めたもの。パーフェクトとまではいかないけれど、兵として頼られるほどの活躍を約束するわ」
おお……勝気なゆきのん久しぶり。
なのにそのきっかけがメタルスラッグってどうなんだろう。
「………」
ちらりと見れば、傍のテーブルの上には雪ノ下が書いた1ステージの攻略法。
うーわやっばい、今ここに平塚先生呼びたい。
そうだよなー、昔のゲームなんて、サイトで攻略法を見る~とか、ネットの動画配信で攻略動画を見る~とかじゃなかったんだよな。
全て手探りで、ほぼ失敗して覚えるものだった。
かつてはアイワナは死んで覚えるゲーム、なんて言われていたが、そんなのは当然の世界だった。
魔界村とか鬼畜すぎでしょ、ボスにも会わせず最初からやり直せとか、製作者は鬼よきっと。
そうそう、ゲームとは一種のネットワークだった。
わからないところを学校で話し合って、攻略できたヤツをスゲーと素直に褒め称えて、なにくそと自分も頑張ってみて。
……まあ、俺にはそんな相手は居なかったが。
いつもありがとう小町ちゃん、お兄ちゃん、いっつもキミの存在に救われてました。
「くっ! 馬鹿な! この絆が! この絆がーーーっ!」
と、ここで絆が雪ノ下より早く死亡。
次いで雪ノ下も死んでゲームオーバーになると、「より多くの経験が必要だわ……」とメモを取るYUKINON。
「いけ、ミハートゥ。お前がナンバーワンだ」
「バトン、受け取った。この美鳩が出るからには戦死者など出さぬ……!」
そして絆は美鳩にバトンタッチ。
雪ノ下の攻略と、今まで見てきた画面を武器に、雪ノ下とともに攻略にかかった。
「ほれ、義妹ー、もう参戦しなくていいのかー」
「せんぱい、このSaGa、チェーンソー以外で戦ったらどうなるんですか?」
「簡単には勝てないらしいぞ? 普通に戦う“かみ”の強さは異常だって聞いた」
「まじですか。それがチェーンソーで……ぷふっ! ~……!」
何度目になるのか、一色の手の中では再びモビィイイイという音が響いていた。
ちょっと? さっきから何回斬殺してんの?
「雪乃ママ……」
「ち、違うのよ美鳩さん……! べべべつに、失敗をしたというわけでは……!」
「んー……ねぇゆきのん? もしかして、八幡に義妹って呼ばれたい?」
「ふきゅっ!? ……違うわ《キリッ》」
「「「「……………」」」」
俺、こいつらと居て、何度“やめて”って言ったり思ったりしたんだろ。
やめて? 全員で俺のこと見つめたりしないで?
「……イモータル・雪乃」
「《びくっ》……別に不滅ではないのだけれど。なにが言いたいのかしら、比企谷くん」
いや、グリザイアでもやってたけど、イモータルと妹ってなんか似てるなって。
蕎麦屋でも開く? ご冗談、喫茶店は譲れません。
あとそこのお前ら、“ほら早く。早く!”って目で急かすんじゃありません。
大体、相手を妹よ、とか呼ぶのって状況揃ってないとおかしいでしょ。
どうすんのこれ。
「あー……その、な。我が義妹雪乃よ」
「《うずっ》……~……な、なにかしら。急に我とか気色が悪いわね。とうとう財津くんのクセでも伝染ったのかしら……その、に、……義兄さん」
「………」
あら顔真っ赤。
視線もうろちょろさせて、けど頑張ってすまし顔をしようとして。
丁度背伸びしたがってた頃の小町がこんな感じだったっけ。
いやー、あの頃は面倒な妹になったなーとか思ったけど、思い返してみれば可愛い可愛い。
なのでつい、義妹とはいえ同級であった相手の頭を気安く撫で───ることはしません。
「あ、止まりました。ええ、そうですよ先輩。好きな人が居る人が、女性の頭を気安く撫でるものじゃありません。そういうのほんとダメですアウトですごめんなさいです」
おおそうな。
いつかの一色の時でも止まったのに、今さらこんなところでやらかすわけにもいかない。
「べつにあたしはいいけどなぁ……ほら、ゆきのんもいろはちゃんも、もう“雪ノ下”の義姉妹なんだから」
「じゃあ先輩わたしのこといろはって呼んでぎゅーって抱き締めて頭撫でてくださいっ! あ、呼び捨てでですよ呼び捨てで!」
「それはだめだよ!? ななななに言ってんのいろはちゃん!」
「やっぱりだめなんじゃないですかー! けちです! お義姉ちゃんはけちです!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始める嫁さんと義妹、それに便乗して我も我もと寄ってくる娘達。
困惑している内にきゅっと手首を掴まれて、その手が雪ノ下の頭の上に置かれ、左右に振られた。
「お、おい雪ノ下?」
「小町さんにはよくやっていたのでしょう? べつに構わないわ。あなたの場合、女性に触れるという時点で“気安いもの”ではないことくらい、わかりそうなものだもの」
そう言う雪ノ下は、“今では義妹よ? 文句でもあるのかしら”とばかりで少々ドヤ顔。
溜め息ひとつ、自分の意思で撫でてやると、途端に真っ赤になって俯いたんだが。もうなんなのほんと。義妹なんでしょーがアータ。
「って結局撫でるんじゃないですかー! じゃあわたしもお願いします! 前に直前で止めたぶんもきっちり愛を込めて!」
「アホ、愛は結衣にしか込めねぇよ」
言いつつも、もう片方の手でなでなで。
俺に撫でられて嬉しいんかね。ああいや、兄って存在が居ないと、そういうのに憧れる部分があるのかもしれん。
俺も綺麗でやさしいお姉さんとかには憧れたことはあった。現れたのは胡散臭くて腹黒い綺麗なお姉さんだったけど。
あれ? そう考えるとその枠ってめぐり先輩くらい?
……俺の周りってどんだけキッツイ女性ばっかなのちょっと。
と、ここまで考えたあたりで絆と美鳩が俺の腰と胸に抱きついてきた。
「手が塞がってるのならハグで!」という謎理論らしい。
「……お前らが学生時代に同級生だったらーとか、幼馴染だったらー、とか考えると、いろいろと振り返っちまうことがあるな」
「むふーん! それは───」
「絆では無理。最初からパパに愛を抱いていた美鳩でなくては、きっとパパに罵倒ばかりだった」
「ぬぐおっ! ぬ、ぬう、この絆が、事実だから言い返せないだと……!」
「そうね。それでもこの男は自爆して自嘲を重ねて、目を腐らせていたと思うわ」
「まあ……そうな。他人の心配そっちのけで、内側に篭る未来しか想像できねーわ」
ほんとどんだけ面倒な男だったの俺。
しかしながら、それでも結構楽しくやれたんでは、とは思うのだ。
ちっこい頃は俺にキツかった絆だが、心から嫌われていたわけじゃないと思う。
俺の接し方がもっとマシだったら、純粋に普通の父親として見られていただろう。
ようするに物心ついた頃からの接し方に問題があったのだ。
幼馴染として出会ったにせよ同級生として出会ったにせよ、それだけでもいろいろ変わったんじゃないかね。
「出会いが最低だった場合、お前が心許すまでどんくらいかかるんだろうな」
「むう。とりあえず危機的状況から助けられればパパ限定でコロリと逝きそうな気がする絆です。嫌いとか苦手意識は反転できるものだって神にーさまが言ってましたし」
「幼馴染とか同級生で、俺がお前を救う状況ってなんだよ……」
「躓いて階段から落ちるって時に、身を挺してかばってくれるとか……!《キラキラ……!》」
普通に今と変わらんだろそれ。
イメージしやすいって意味ではなるほど、確かにそうだが。
と、いい加減自分の周囲がアレな空気になってくると、撫でる手をどかして娘達を剥がし、むー、と頬を膨らませていた嫁さんを招いて抱擁。
他の女性の香りで支配されそうだった空気を結衣で満たして、心から深呼吸。
キモくてもいい、愛とはピュアで一途であれ。
「はぁ、結局最後はこうなるんですよね。っと、そろそろ昼ですけどどうします?」
「そうね───そろそろ下の鑑賞会も一時中断くらいにはなるでしょうし、二人も混ぜて考えましょう」
「あ、賛成っ。優美子の料理とか、あたしも食べてみたいっ」
「……かつての結衣先輩並みだったらどうしましょう」
「……悪夢ね。さりげなく胃薬を用意しておきましょう」
「二人ともひどい!?」
抱き締めていた結衣が、雪ノ下と一色と料理についてを語り合う中、今ぞとばかりに抱きついてきた双子を受け止める。
おーよしよし、八幡、今やたらとなにかを構いたい気分だから遠慮無用で撫でちゃる。
あるよね、たまに。学生時代だったら大した反応を見せないカマクラを撫でまくっていたもんだが。つまりそういった衝動なので、愛とかそういうのではない。
「Nn……ピジョニウムが満たされていく……」
「でもいーなー、パパと幼馴染かー。……まあ、今の記憶を持ってそんな状況になるんだったら、やっぱりわたしはパパにはママとくっついてほしいかな」
「Si,それは曲げたくもないジャスティス。ママを泣かせてまで自分の幸せを選べるほど、我らは家族嫌いではない」
「……おう。あんがとな」
「感謝は是非ハグで!」
「ミセス・グラスフルのツイン・フェイスロックで支配されてしまったきつい感触を、是非パパに上書きしてもらいたい……!」
……そりゃなにか、抱き締めろと?
もしくはフェイスロックをしろと?
「………」
まあ、たまにはおかしなこと考えないで素直にいこう。
結衣にそうするように、やさしくやさしく抱き締める。
思えば過去から今まで、宣言通りに子供にさえ見せ付けて砂糖を吐かせる勢いで嫁を可愛がってきた俺だ。
その分だけ娘達に寂しい思いをさせたのかもしれんなら、たまには。
「はぅ……パパやさしい……」
「これはとても心地良い……。ジャスティス……すこぶるジャスティス……」
すこぶる言うな。
「んじゃ、行くか」
自然と笑みをこぼし、結衣に声をかける。
と、双子娘がシュパッと離れ、結衣の手を引き俺の胸へと飛び込ませる。
「うひゃあっ!? ちょ、二人ともっ!?」
「うん、やっぱりこれこれっ」
「昨日のパパはとてもソワソワだった。ママが居なきゃ、もうパパはパパらしく振る舞えない」
そうなの? と見上げてくる結衣を、既にぎゅーっと抱き締めているあたりで、どんだけ反論したって無駄なことは俺がよーく理解しておりました。
いいじゃないの、一途な愛って今時珍しいと思うよ?
……促し促され、全員揃って広間を出て階下へ。
ぞろぞろ降りる中で葉山夫妻の声が聞こえ、奉仕部へ向かってみれば俺達を発見する三浦。
なにやら目を輝かせていることから、あー……こいつもなにかにハマるとのめりこむタイプだったかーと思いつつ、その口から放たれるラピュタ愛に拍手を贈った。
よかったじゃないの、夫婦揃って好きになれるアニメがあって。
結局のところ宮崎アニメを存分に堪能したらしく、今さらながらにアニメというものを見直したのだとか。
惜しいな。学生時代に受け入れられたなら、お互いにもっと、個人的な話で盛り上がれただろうに。
……まあ、アニメ好きで意見を言い合う存在が恋人関係っていうの、あんまり想像できないけどね。
どうあっても意見分かれるからなぁああいうの。
「ってわけで、優美子っ! ご飯作ろうっ!」
「へっ? あ、いや、急に来といて泊めさせてもらって、ご飯までとか悪いでしょ」
「大丈夫! 大勢で食べた方が絶対に美味しいから! ていうか、言っちゃうと優美子の料理がどんななのか食べてみたいなーって」
「……そういえば、結衣には負けないって言っといたっけ。ん、わかった。やってやろーじゃん。ヒキ……比企谷の舌を唸らせるくらいの料理、作ってやるから」
「ヌフフワハハハハ……! 多少料理の勉強をしたからといって自惚れるなよあーしさん……!」
「クフフフフ……! まずはこの比企谷四天王が二人、絆と美鳩を唸らせてから言ってもらおう……!」
えっ? 四天王なんて居たの? 誰? あと二人誰?
あとなんでお前らこういう時にノリノリで混ざってくるの。
ノリが男子高校生の日常みたいだからやめなさい。ってまたやめなさい言ってるよ俺。
「てか、唸らせるなら葉山の舌だけでいーだろ……俺のことは気にすんな。俺は結衣ので究極的に満足できるから」
「比喩表現だっての。一応今現在の料理での目標は結衣なんだから、ならあんたを唸らせるのが一番でしょ。辛口評価でもなんでもいーから、思ったことズバッと口にしな。いい?」
「お前じゃ無理だ《ズバッ》」
「食ってから言え!!」
愚かな。林間学校で子供が好きとか言いながら料理はパスとかぬかしたヤツの努力が、今までのこいつの味を越えるなどない。
なにせ結衣のは俺の味覚に合わせて成長した、まさに俺への想いの具現というやつだ。恥ずかしいから口には出さないけど、なんかそんなのなの。
愛情ってすごいよ? 究極にメシマズでも、堪えて堪えて、相手が腕を上げられるまで堪えられるんだ。それが今では俺の大好物にまで昇華した。これ愛さないとか馬鹿でしょ。
故に言おう。お前じゃ無理だ。それは葉山が食べて葉山が鍛えるべき愛の証だろう。
俺に振る舞ってる時間なんてないの。いいから葉山を満足させなさい」
「………」
「………」
「……、OK、その顔はもう何度か見た。久しぶりにやらかしたみたいだし、嘘もついてないから是非そうしてくれ」
「……寝惚け眼な俺が言うのもなんだけど、お前って結構隙だらけなんだな、比企谷」
「好きだらけのなにが悪い」
硬直の葉山夫妻に胸を張って告げて、結衣の肩を引き寄せる。
隙と好きってよく似てる。だって好きになると隙だらけになるし。
「じゃあ優美子、俺と一緒にやろうか」
「え……いや、隼人のはあーし……あたしが」
「前に、二人でキッチンに立ってみたいって言ってただろ。足りないものは補い合おう。やりたいことは口にしてくれ。せっかくの夫婦なんだから」
「隼人……」
わあ。目の前が一気に乙女チック空間。
なるほど、俺と結衣はいっつもこんな二人の世界を作り上げていたのか。
傍から見ると恥ずかしいもんだな。と、結衣を見てみると、両手で大きく頬を覆うようにして真っ赤になりながら、あわあわと葉山夫妻の愛空間を眺めていた。
で、俺の視線に気づくと、短いけど妙に高い声をあげて、また沸騰。
しかし慌てて離れるのは違うと思ったのか、視線をうろちょろさせながらもそっと寄り添ってきた。
やだ可愛い。俺の嫁さん超可愛い。
「というわけで、今日の昼食当番は葉山夫妻に決まった」
「ああ、任せてくれ。……っと、けど器具や皿の位置とかは───」
「むふん。器具の位置はこの絆めにお任せを」
「ふふり。食材の位置はこの美鳩めにお任せあれ」
「ああ、よろしく頼むよ、絆ちゃん、美鳩ちゃん」
「大丈夫。わたしもママのかつての失敗料理の味は知ってますから、全力でサポートします。美味しい昼食のために……!」
「Si……! あれは危険……とても危険……!」
「……なんか素直に喜べないんだけど。なに食わせたん、結衣」
「普通の食べ物だよ!? その、ちょっと失敗しちゃっただけで」
「見た目は普通だったんですよ……ただそのー……一口食べたらメシャゴシャシャって中から炭が出てくるとか……」
「結衣……」
「ふ、普通に作ったんだよ!? けどなんでか中の方が焦げちゃったっていうか!」
「純粋な疑問なんだけど、どうすりゃ外が普通で中だけ焦げるん……?」
謎である。が、それは俺が何年も前に通過した道だ。
大丈夫、滅多なことじゃあんなダークマタービックリ箱は精製されない。
「よし、じゃあ料理は葉山夫妻に任せるとして」
「なにします? なんか今のわたし、ゲームな気分ですよせんぱいっ」
「人生ゲームでもやる?」
「それ前に絶望ゲームに変わったやつだろ……二度とやらん」
「う……そ、そだね。うん」
「あれはひどかったわね……私も別のものがいいわ。というか攻略が途中だから、私一人でも進めたいのだけれど……」
「お前どんだけ夢中なの」
俺、いっそこいつに神々のトライフォースやらせたいわ。
平塚先生、ニンテンドークラシックミニ持ってないかしら。
3DS版の2では生ぬるいのでだめだ。スーファミ版の1でなくては。
攻略にどれほど燃えてくれるだろう。ハートの器集めるのにどれほど熱中してくれるだろう。
あ、そういった意味ではガイア幻想紀も……赤い宝石集めと謎解きとか、夢中になってくれそう。
今さらながらだろうとゲームに興味を持ってくれてありがとう。
攻略サイトや攻略本を一切無視した、己の知恵と努力で攻略する人を見ることが出来て、八幡とっても嬉しい。
この感動を平塚先生……いや、義姉さんにも届けたい……!
「…………」
というわけで届けた。スマホで。
直後に返信。“すぐ行く”という雄々しき文字とともに、彼女はきっと風となった。
「葉山ー、食事の量、一人分追加で頼むー」
「わかった。というか、誰か呼んだのか?」
「平塚先生。たぶんゲーム抱えて突っ込んでくるから」
「な、なんでそうなったんだ……? 経緯がまるで見えないんだが……」
「んじゃ結衣、広間をちょっと片付け《ヴー》……っと」
メール? 誰───
【途中で陽乃とめぐりくんを拾った。連れて行くから場所の確保を頼む】
「………」
あの人ほんと自由な。
「葉山ー、もう二人分頼むー。陽乃さんと城廻先輩も来るってよー」
「ず、随分増えたな……! しかも陽乃さんって……失敗できないじゃないか……!」
俺としてはもう出発していることが怖いわ。どんだけ急いでんのあの人。
けどまあ、そういう日もあるだろ。安全運転でお願いしますとだけ返して、息を吐いて……
「………」
「?」
「……えへー♪」
どこかで期待していたのか、勝手に緩んでいる顔を見上げられ、にっこりな嫁さん。
それが、“いつかに出来なかったこと、いっぱいしようね”って言ってくれているようで、俺も苦笑をこぼし、苦笑が自然と笑顔になり、そうだな、と……言葉にせずに頷いた。
今日はとことんまでに休みを満喫して遊ぶか。
それこそ、同級生や幼馴染だとか言うでもなく、ガキの頃に出来なかった遊びを堪能するように。