どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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過去の思い出を覚えていると、些細なことが嬉しかったりする話

 GWという文字を見て思い出すのはなんだろう。

 愛しのゴールデンウィーク? それとも絶望のゴールデンウィーク? 

 このように、GWとは体験する年齢、または職種によっても様々な感情を与えてくれる、罪深い文字だ。

 休めるお父さんも休めないお父さんもお疲れ様です。

 休みなのに家族に休ませてもらえないお父さん、痛恨です。

 そして容赦なくだらりと休みまくりな俺、おめでとう。

 今日は小町も遊びに出てるし、親も居ない。だらけるための条件が揃っていた。

 

「………」

 

 しかし問題がひとつ。だらけるためのアイテムが足りなかった。

 疲れているなら寝るのもいい。暇に任せてゲームをするのも、小説、漫画を読むのもいいだろう。

 けれども悲しいかな、既に読み終えたものしかない上に、眠気なんぞとっくに滅んでしまっている。寝てなるものかと休日の夜に最後まで休日を惜しむ気概など今の俺にはないのだが、そんな眠気様はとっくの昔に討伐されてしまっているのだ。

 結論を言おう。暇だけどやることがない。

 なんということでしょう、ぐったりたっぷりのんびり出来る状況にあるというのに、やれることなぞないのだ。

 これは……あれだな。病院のベッドに寝転がり、暇だからとゲームをやろうとするのだが異常な睡魔に襲われ、寝て起きてみたら真っ暗で、周囲に気を使いながらゲームとか無理、とか思っちゃう小心者スパイラル理論的なアレだろう。長いよ説明。

 

「………」

 

 ちらりと視線を動かすと、俺に弄繰り回されてだらりと伸びている猫。その名もフカヒレ、もといかまくら。なんでフカヒレ? いや、なんか頭に浮かんだ。それくらい暇。

 だからって外に出る~とかそんな気分ではないのだ。せっかくのだらけられる時間を、外に出て潰すなど……と無駄に惜しんでしまう所為で、無駄に時間を浪費するパターンだ。わかっているのに動けない。

 スマホを使って暇潰しでも……と思ったら、つけた途端に消えた。世に言う充電切れである。

 

「……自分の部屋にまで行くのがめんどい……」

 

 リビングにて伸びる猫と人間。実にのびのびで、自由と不自由を味わっている。

 そういやゲオで進撃のゲームが2000円程度で売ってて、買……わなかったな。財布の中に2000ちょいしかなくて、無性にマッカン飲みたくなって、ゲームは諦めたんだった。

 なんであの時マッカン優先したのちょっと。先生怒らないから言ってみなさい。

 ……その時別に暇じゃなくて、飲みたかったからです。

 先生あなたの全てを許します。つまりマッカンは最強。暇だ。

 

「……ん」

 

 その時である。

 ごろごろぐでぐでしていた俺の腹が、可愛らしくも美しい音色を奏でた。嘘だ。ヴォグゥ~とか、文字で表すとそんなおぞましい音だった。

 

「三大欲求には勝てないな」

 

 そもそも理由が無ければ立てない暇さというのも罪深い。2000ちょいあったんなら、適当な本でも買っておけばよかった。

 しかし過ぎたことを言っても仕方が無い。既に俺の血肉となったマッカンに最上の敬礼を贈り、冷蔵庫を開けた。

 

「………」

 

 見事に空であった。

 やだもう小町ちゃんたら、俺が外に出る理由を作るために、こんなにギリギリの献立で振る舞っててくれたなんて。

 あ、そういや昨日の晩飯「簡単なものでいいでしょ」って強制で冷奴だった気が。あれ? あれ気遣いでもなんでもなくない?

 小町ちゃん? 小町ちゃーん? お兄ちゃん怒らないから、買い物面倒だったんならそう言いなさーい?

 

「……うし」

 

 ぶつくさ言いながら、しっかり完全装備で玄関に立つ。

 財布オッケー靴オッケー、顔面は……うし、いつも通りの腐った目だ問題ない。

 

「いってきゃーす……」

 

 誰も居なくてもつい呟いてしまうのが家と言う名の魔窟だろう。

 そんなこんなで戸締りしっかり、鍵も閉めて、と。

 

「さて……」

 

 お腹がすっかりペコちゃんだ。さあなにを食べよう。

 家の中で済ませようとしたのに出鼻を挫かれたとなると、俺の胃袋は今家庭的な料理を求めている。焼肉とかバーガーとかそういうのではなく、こう……

 

「……ああ、だめだ」

 

 思考を回転させようにも空腹が勝つ。

 美味く、リーズナブル。それでいい。

 でもちょっぴりオムレツとか食べたい気分。

 チキンライスの、ケチャップ多めのオムライスとか……よろしいんじゃなくて?

 ……とにかく、店を探そう。

 

……。

 

 胃袋が刺激されない程度の速度で自転車で移動して、店があるあたりまでやってきた。

 こうなると頭の中はメシのことでいっぱいで、焼肉はだめだとかそんな問答もどうでもよくなってしまう。人間ってやつは現金なのだ。

 今の俺はまるでカービィだ。なんでも食べられる気がする。

 けれどこの時間ならばと思う場所はある。ファミレスなどだ。

 普段の昼だのの丁度いい時間などは、子供連れが多く、その子供がやかましくてのんびりと食に集中出来ない。

 だが、だらだらぐだぐだしたお陰で空腹になる時間がズレにズレた俺にとって、今のファミレスなど空調完備の静かな空間である。

 ……いいんじゃないでしょうか。

 俺ったらすっかり胃袋がファミレスになっちゃってる。よし、ファミレスに決まりだ。

 

……。

 

 そしてファミレスにやってくると、予想通り客は少なく、居るのは俺のように静けさと空調を求めた熟練の……疲れた中年男性ばっかだよ。やだ、俺の脳内判断能力が中年寄りっぽい。

 

「いらっしゃいま───ヒッキー!?」

 

 ところで店員さんが知り合いだった件について。

 いや誰ですかヒッキーって。俺比企谷八幡だから店員さんに声かけられて注目浴びる予定とか全然ないですごめんなさい。

 

「あ、や、やー……あのっ。お一人様……だよね?」

「そうだよ一人だよ休日じゃなくても常にお独り様であることを自負しているまであるよ。やめろよお前、せっかくの連休にお一人様アピール押し付けて部活仲間の心を傷つけるの」

「そっ、そーゆー意味じゃなくて! あ、えと、とにかく案内するね。おタバコは───」

「吸うわけないでしょちょっと、いいからお前まず落ち着け」

「だだだって急に来るからっ……!」

 

 ああまあ、適当に突撃したファミレスだったけど、ちょっときわどい……とも違うが、知り合いには見せたくないような格好だもんなぁ。

 

「こ、こちらの席へどーぞ!」

「おー……」

「ご注文がお決まりになりましたら───」

「おー……」

「……えと」

「おー……」

「あの、ヒッキー?」

「なに、どったのお前。注文ならまだ決まってないんだが」

 

 顔赤くして視線ちらちら動かしまくって、で、バイトの制服のスカートをぎゅうっと握って、

 

「えと……どうかな」

「マッカンください」

「注文じゃなくて!」

 

 え? 違うの? だったらもうちょっと主語とか大事にしてくださらない? いやまあこれは俺が悪いか。OK,小町にぶちぶち言われながらも少しはオトゥメティックハートを学んだ八幡さんです。

 女性がいつもと違う格好をしている場合はとりあえず褒めろと、我らリア充外勢力たちはラノベ等に学んだのです。

 

「おお、まあその、あれだ。おー……に、似合って、んじゃ……ねぇの?」

「ぁ……そ、そっか。そっか。えへー……」

「そっ───」

「? そ?」

 

 それより注文を、と言いそうになって留まった。

 この場面での“それより”は、イッツ・ア・ヨクナーイ。

 でもこういう状況で話を注文に戻すのってどうすりゃいいの? 話し慣れしていない男子高校生に、女子のクラスメイトと会話を盛り上げろとか勘弁してほしいんですけど。

 いや盛り上げとか必要じゃないよ。注文したいだけだよ。このデミソースとこだわり鶏肉のトロトロオムライスくださいって言えばいいんだよ。

 あ、そうだ。これみよがしにメニューとか広げてちらちら見ればいいんじゃね? そしたら相手の方から注文決まった? とか訊いてきて───

 

「……? ヒッキー、読めない字でもあった?」

 

 ちょっと由比ヶ浜さん? こんな時こそ空気読んでくださらない?

 しっかり言えないチキンな俺が悪いけど、そんなチキンな俺でもこだわり鶏肉のオムライスが食いたいんです。

 

「いや、違うから。あー、その。こ、この……デミトリ───」

「でみとり?」

 

 頭の中で吸血鬼がデーモンクレイドル。やだもうなに噛んでマキシモフ語ってんの俺! デミソースの鶏肉! デミトリって略せるけどそうじゃないからね!?

 

「あ、デミオムのこと? じゃあデミオムと……あ、マッカンないけどどうする?」

「マジか……あぁ、じゃあ適当にカフェラテで」

「ん、わかった。じゃあちょっと待っててね」

「………」

 

 注文をとると、ぱたぱたと走っていってしまう。なんかうきうきしてるよ。どしたのちょっと。

 あと食事する場所で走ったらダメでしょ。ヒッキー知ってるよ? 埃がないように見えても、服とかに自然とついたものが落ちたりするから、歩くときには出来るだけ静かにが基本だって。

 

「………」

 

 そして待つ時間、暇潰しの道具がないことを思い出す。

 スマホ充電して持ってくればよかった。俺の馬鹿。

 

「………」

 

 しかし静かだこと。BGMも落ち着いた感じだし、なにより家族客が居ないのが八幡的にポイント高い。

 などとほっこりしていると、カフェラテが届けられた。

 

「こちら、カフェラテです」

「あ、ども、……っす」

 

 見知らぬ女性はカフェラテを置くと、そそくさと厨房の方へ戻っていった。

 なんだろう、なにかキャッキャウフフと噂されているような気がしてならない。

 なぜなら、先ほどの女性がやたらと俺の顔をじろじろ見ていたからだ。

 

「フゥー……」

 

 しかしこの比企谷八幡は動じない。

 なぜなら俺は、ここに癒しと味を求めに来たのだから。

 ファミレスの女店員が目の腐った男の噂をしている? 結構、聞こえない範囲でウフフしててください。そんな程度で今日までを生きたこの八幡さんは折れません。

 

「…………さて」

 

 ところで、なんでこのカフェラテ、ラテアートでハートマーク? が描かれているんだろうか。

 しかもかなり不恰好。鹿楓堂(ろくほうどう)のカフェラテじゃないんだからもうちょい整えてほしい。

 でも味はいい。普通。あくまで普通。んん、トレビアン。

 と、頭の中を愉快にさせていると、マキシモフを持ったガハマさん降臨。

 

「お待たせしました、デミソースオムライスです」

 

 にっこり笑って、流れるような手際で置いてくれる。いいね、もたついて、しかもあぶなっかしく置かれる料理ほど、不安になるものなんてそうそうないし。……いや、不安になるものゴロゴロ転がりまくってるけどね? この世界。

 で……

 

「なんでお前まで座ってんの?」

「え? やー、ほら、あたし休憩時間でしょ?」

 

 でしょ? とか知らんし。

 きみたちっていっつもそうね、相手が知ってること前提で話してくるの。

 言っとくけどキミらが思っている以上に、その言葉を口にする相手に興味持ってる男子高校生って少ないのよ?

 俺とかその筆頭とも言える。むしろ色んな人に興味がないまである。

 なお戸塚と小町は別の模様。

 

「わー! ヒッキーこれ美味しいよ!?」

「えー……? それお前が言っちゃうの?」

 

 まずは客である俺に食わせてくれよ。感想とか俺自分で納得しながら言いたかったわ。心の中で。

 てかなんでお前もデミトリ持ってきてんの。別に違う料理でもよかっただろうに。

 つか、まかない料理選べるの? なにそれすげぇ。じゃあ俺、一番いいのを頼みたい。

 

「ん、む……お、たしかに美味い」

「でしょ? だよねっ?」

 

 言いつつ、なんでか胸を張るガハマさん。

 やめて、目のやり場に困っちゃう。

 んん、しかしこれは美味い。うまいなこれは。しかしオムライスとカフェラテ……正直あまり合わない。

 こういうのにはいっそジャンクな、メロンソーダとかで良かったかもしれない。

 嫌いじゃないです、あのわざとらしい味。

 

「あ、あのさ。ヒッキーはそのー……オムライスとかこういうの、好きなの?」

「好きっつーか……あるだろ、こういうの急に食べたくなること。ウチはほれ、作るの小町だし、食べるのが俺と小町だけってなると、簡単なもので済ませようとするから。たまに凝ったものを作っても、それが向かう方向がこういう料理じゃないんだよ」

「へー……それって? たとえば?」

「ひとつ。サラダが無駄に凝っている」

「あ……それうちのママもある……」

「ひとつ。カレーに隠し味を入れたとかで、気づかないとなんか拗ねる。あとらっきょがいつものと違うメーカーとか。知らんわ」

「あー……あるかも」

「ひとつ。時間が無かったからとか言いながら、袋ラーメンで無駄に凝ったの出してくる」

「そんなことやるんだ!? ていうかオムライスひとつも掠ってない!」

「だから作らないんだよ。作ってもらってんのに、今日はそれ食いたいからそっち作ってとか言えないでしょ」

「あ、うん。ガッコでさ? 優美子たちと話してて、おいしそうな料理の話とかされると、ついママにリクエスト言っちゃう時があるんだよね。ママ、もう用意してくれてたのに」

「お前それマジで謝っといた方がいいぞ。あの小町でさえ比企谷家三大奥義のひとつ、アイス三日間献上の封印を解かなきゃ許してくれなかったほどだぞ?」

「もので許してもらおうって時点でなんかヤだよ!?」

 

 そういうもんかね。

 いやしかし美味いなこれ。なんだこれ。これレシピとか普通に知りたいわ。

 

「でもそっか。ヒッキーはオムライスが……へー……?」

「あ? なに。ガキっぽいって言うんだったらお前は全国のオムライスファンの同志たちを敵に回すことになるぞ?」

「あ、ううん、そういうんじゃないから。ただちょっと、頑張ってみようかなって思っただけ」

「ほーん……?」

「と、ところでさ、ヒッキー。ヒッキーはオムライスって、ケチャップとかいっぱいつける派? ちょっとだけつける派?」

「卵の硬さに寄るな。卵が硬けりゃ多め、とろふわだったら少なめだ」

「あ、それわかるかも!」

「つか、俺の好みなんて聞いてどうすんの」

「えへー……♪ うん、どうするんだろうねー……♪」

「……?」

 

 テーブルの上に軽く立てた肘の先。指を軽く絡めた上に顎を乗せ、どこかやわらかく笑む由比ヶ浜を前に、息が詰まった。

 安心と一緒になにか……期待のようなものを受け止めたような、不思議な感覚だった。

 ……? よくわからん。よくわからんが、まあ……楽しそうなら、いいのかね。

 

「つーかさ、由比ヶ浜。お前せっかくのGWにバイトって、欲しいもんでも出来たのか?」

「あ、うん。ちょっとお金欲しいのと、友達の紹介でさ? どうせ暇してたし、いーよーって言ったら、初日からヒッキーで」

「あのー? ちょっとー……? その言い方、用事がある日に初日から引きこもったみたいに聞こえるからやめてくれる?」

 

 むしろこの娘ったら、暇さえあれば雪ノ下の家に突撃してるイメージとかあったわ。

 え? 違う? 違わないだろ。ほら想像してみなさいよ。

 休み。由比ヶ浜。はいセリフ。

 “ゆきのんゆきのーん!”

 “ち、近いわ、由比ヶ浜さん”

 ね? 簡単でしょう?

 

「ねぇねぇヒッキー、ヒッキーはこれからの予定とかある?」

「んや、別に。飯食うためだけに出てきたから、家に戻ってぐったりだらだらするだけだ。ああ、帰りに本屋かなんか寄って、適当な暇潰し道具買うのも忘れないつもりだ」

「ぐったりだらだら過ごすの!? え、えー……? もったいなくない?」

「誰にも邪魔されずに怠惰をむさぼるという孤高の行為だぞ、もったいないわけないだろ」

「でもお金はかかるわけじゃん? えとー……本、とか買って」

「家でくつろぐ、ブックオフで立ち読み、なにもしない、くらいしか時間を流す方法なんてねーだろ。俺レベルのぼっちともなれば、もはや細かな暇潰し方法なんて通過しすぎて暇なぞ潰せないまである」

「……そ、そっか」

「おう」

「………」

「………」

 

 しかし美味いなオムライス。

 オムライスにして正解。これでいい。これがいい。

 ラテもまあ……慣れてくると、オムライスにもいいんじゃないでしょうか。

 この謎のハート型? は結局なんだったのかはわからんが。

 

「~……」

「?」

 

 てか由比ヶ浜がちらちらカフェラテ見てくるんだが……え? なに? 飲みたいの?

 いいや八幡騙されません。ここで差し出すような仕草をしたら、飲むわけないじゃんヒッキーキモいと、まるで唱え慣れた魔法詠唱のようにキッパリ言われるに決まっている。

 ほんと、女子の言葉って凶器だわー。

 

「あ。あのさ、ヒッキー」

「んむぁ? んぐ……ん。なに、どったの」

 

 もしかしてマジで飲みたいとか? それとも異様に喉が渇いていて、キモささえ受け入れられる程に乾いてらっしゃる?

 その割には青春に生きてますって感じの、染まった顔と潤んだ瞳をしてらっしゃるのだが?

 

「や、やー、えっと。ほら、あたし今日、あとは片付けやって終わりなんだけどさ」

「え? 休憩時間って話は?」

「先輩たちが、今日はいいって。…………か、~……かれ、し、と……一緒に帰れ、って……」

「? すまん、あとの方、なんて?」

「ううんっ!? なんでもっ!? なんでもないから!」

「おい、それって大体、あとになって男が悪いって言われるパターンのアレだろ。女のなんでもないほど疑っとけってのは、様々な物語を見てきた男たちにとっては総意の結論なんだよ」

「そんなの初めてきいたよ!?」

 

 おーそーかい。

 俺も初めて言ったわ。

 

「それよりほれ。なんつったの。俺に関係ないことならきっぱりそう言ってくれ。きっちり忘れる」

「ぁ、ぅうう……」

 

 訊いてみれば、なんでか俯いてもじもじしだすガハマさん。

 言いたいことがあればキッパリ言うような三浦とは違って、随分とまあ奥ゆかしいギャルだこと。

 しかしギャルって呼び方もなんとかならんもんかね。どうも亀仙人を思い出してしまう。きっとこれは平塚先生も頷いてくれることだろう。

 

「あの、あのー……あの、さ?」

「おー……」

 

 ああ、そうこうやっているうちにオムライスが終わってしまった。

 久しぶりにお代わり所望して、腹がいっぱいになるまで食べたいような美味なるオムライス……だが、これくらいにした方が美味しい思い出というのは残るものだ。

 無理して腹に詰めようとすると、下手をすると残してしまい、罪悪感が残る。

 なのでこれで終いにしよう。

 はい、両手を合わせてごちそうさまでした。

 

「予定ないんだったら、このあとちょっと、いいかな」

「“ちょっと”の内容に寄る」

「うわー……あ、うん。ヒッキーだもんね」

「あ? なに、それどういう意味?」

「んーん、なんでも」

 

 一にも二にも女の言葉にハイって頷くなんて危険なこと、ぼっちはそもそもしません。

 むしろ教師の言葉だろうと上司の言葉だろうと、まずはきっちり内容を訊くことから始めましょう。

 なんなら言われた途端に、“アレがアレだから無理です”というのを第一に置いてもいい。

 ただしその場合、用事の詳細を語れなければあっさりと論破されてしまうので注意しよう。ソースは俺。……俺の例えの中で、ソースが俺以外のことなんてほぼねぇよ。

 

「あ、えと、ほら。そろそろ暗くなりそうだし!」

「まあ、急に曇ってきたからそう見えなくもないな」

「うん、だからさ」

「………」

「………」

「……お前ね、言って欲しいことなんて待ってても出てこない時のが大半なんだぞ? 特に俺はこういう時、なんなら送って行こうか? なんて───」

「う、うんっ! お願いっ!」

「言う───…………」

 

 例え話を拾われてしまった。

 まじかー……。

 断ろうにも、にこーと……とっても嬉しそうに微笑む級友相手に“いや無理だから”とか無理でした。

 だって暇してるって言っちゃったもの。なにか買ってでも暇潰したいって説得カードを相手に渡しちゃってるもの。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 そうして、その日は由比ヶ浜を送り届けて、普通に帰宅……できればよかったんだが、雨に降られてびしょ濡れになりつつ、いっそこれだけ濡れたんなら……と徒歩りそうになるのを、財布が濡れたらお札が台無しだと、休みたがる怠惰な体をに鞭打ち走ったわけで。

 

「いやいやいやパパ! そこで重要なのはパパが濡れたことじゃなくてオムライス!」

「おいちょっと? 人がその後の情けなさを糧に話題を逸らそうとしてんのに、なんで邪魔すんの」

 

 ……娘に過去を知りたいと言われ、そもそものきっかけを話すという恥ずかしい行為。

 本日も喫茶ぬるま湯の仕事は終わり、夕食の時間になると、娘二人が語りかけてきたのだ。

 いやね? 俺自身当時のあのファミレスのオムライスはかなり気に入って、何度か通ったりもしたのよ?

 なんか行く度にバイトのお姉さんに「この幸せ者」とかニヨニヨされたり言われたりして、居心地悪くなって行かなくなったけど。

 そしたらどうですか。その随分あと。結衣と同棲するようになってから、オムライスなんて作ってくれて。食べてみたらこれがまた美味いの。

 あの店を超えた味に俺感動。でもオムライス大好きなんて気恥ずかしくて言えず……ほれ、前に葉山に話した時のような状況になったわけだ。

 

「Nn……つまりパパはママにぞっこん」

「改めて言わんでよろしい。……まあ、おう。ぞっこんだよ」

「つまりママもその頃からオムライスの練習を……!? おお……愛だよ愛! これは愛だよパパ!」

「わかってるからそんな何度も言わんでいい」

 

 現在、厨房では結衣がオムライスを作っている。

 ふんふんふ~ん♪ ととても上機嫌だったことから察するに、今日の味も相当期待してよろしいと思われる。

 平静を保っているが、俺の心は既にオムライスだ。胃袋がオムライスを求めてやまない。

 

「ああまあ、でもあれだな。きっかけ自体は忘れてたりするもんじゃねぇの? 一方が覚えていても一方が忘れてる、なんてよくあることだろ」

No()。ママに限って、パパに関することでそれはない」

「そーだよパパ! ママに限って!」

「ええそうね。結衣さんに限ってそれはないわ」

「先輩……照れ隠しに結衣先輩の愛情を疑うなんてちょっと信じられないですごめんなさい」

「疑ってるとかじゃねぇよ……ただ、そういうもんなんじゃないかって話だろ」

 

 ていうかキミたちそうは言うけど、好きな相手のことだからって全部覚えていられるもんなの?

 え? 俺? 俺はほら、アレがアレでアレだから。

 

「おまたせーっ。あ、絆、美鳩、運ぶの手伝ってもらっていい?」

「らじゃー!」

Ho Capito(オ カピート).すぐに実行に移る……!」

 

 結衣が厨房から出てきた。その手には皿が二つ。

 一つは俺の前に真っ先に置かれて、一つはその隣の結衣の席に。

 

「えへへー、こちら、思い出のデミソースと鶏肉のふんわり卵のオムライスになります♪」

「───」

 

 俺氏、硬直。

 覚えてないんじゃないのか、とか言ってたら、その日の夕食が思い出のオムライスでした。

 やだもう恥ずかしい! なのに嬉しい!

 そんな羞恥と歓喜の直後に、雪ノ下と一色が「「ぶふっ!」」と吹き出し、笑い始めた。

 

「え? え? なに? どしたのゆきのん、いろはちゃんっ」

「い、いえ……! そこの男の動揺と硬直が、実におかしくて……!」

「ほらほらせんぱ~いぃ? なにか言うこととかあるんじゃないですか~?」

「ぐっ……!」

 

 これは……試練だ。

 過去に打ち勝て、ではなく、過去に感謝しろという試練と……俺は受け取った。

 そう、いつかではない……感謝を届けるなら今。明日って今さ!

 

「あ、あのな、結衣」

「あ、そだ。ヒッキー、ちょっと待ってて」

「ぇお、おう……?」

 

 いざ感謝を、と思ったら、結衣がまた厨房の方へ行ってしまう。

 え、えー……? このタイミングで外されるとか、とっても次に繋げづらいんですけど……? 結衣ならそのへん、完璧に理解しているだろうに。

 あ、でも既に八幡マイスターな結衣でも、それらを一時的に忘れる時があった。

 ひどく緊張している時とか、別のことで頭がいっぱいでそわそわしている時だ。

 ……ということは?

 

「はい、ヒッキー。思い出の、ならさ、やっぱりこれがないと、って。ヒッキーや美鳩みたいに上手くできなかったけど……」

 

 戻ってきた結衣が、両手で渡してきたそれは……マグカップ。

 中身は……ハートのラテアートが浮かんだ───そう、いつかのカフェラテと同じものだった。

 へ? え、あ……え? つまり、あのハートマークのカフェラテって。

 

「いっつもヒッキーから言ってくれるから、今日は頑張ってみたんだ。えと……“八幡”。いつもありがと。あと……あの頃から、ううん、それよりももっと前から、大好きです」

「───」

 

 ラテアートを見てぼけっと停止していた俺に届く、暖かい言葉。

 気づけば顔はちりちりと熱く、なにか言おうにも呂律は回ってくれなくて、しかしなにかを返したかったから───マグカップを置いて、隣……まあ、正面向き合っちゃってるが、テーブルから見れば隣に座る結衣を抱き締めた。

 

「わやややや、ははは八幡っ?」

 

 驚き慌てているようだが、そんなものは我慢なさい。

 こっちだってめっちゃサプライズだったわ。

 もう、今現在顔を見せたくないくらいに真っ赤に違いない。

 ああもう可愛いなちくしょう……! 俺の嫁さん超可愛い……!!

 

「……そしてオムライスを手に戻ってみれば、両親がいちゃついていた件について」

「Si……パパ、ママ、無粋なのはわかってるけど、早くしないと冷める」

 

 や、もうちょっと。もうちょっとだからたぶん。

 感謝が溢れて止まらん、むしろ助けて。

 

「はぁ。結局一日に一回は抱きつかなきゃ気が済まないんですよねー……」

「仲睦まじいのはいいことだけれど、食事時くらいは勘弁してもらいたいわね」

 

 言われても気にしません。

 背中を、頭を撫でて、態度でだが、心を込めてありがとうを贈り続ける。

 結衣も受け取ってくれているのかどうなのか、仕方ないなぁって感じでくすっと笑って、俺の背に腕を回して、ぎうーと抱き締めてくる。

 実際、食事前になにをしてるんだってもんだろうけど、仕方ないじゃないの、嫁さんが思い出アタックしてくるんですもの。

 これにはさすがの元プロボッチャーの八幡さんもタクティカルノックアウトも夢じゃないレベルでやられちゃってます。

 よしよくわからん。

 よくわからんが、くだらないことを考えたお陰で顔の熱が取れた気がする。

 ならば食おう。冷めてしまう前に、美味しくいただこう。

 と、離れてオムライスと向き合ってみれば、

 

「あ、あの……ね、八幡。あたしね、八幡と同棲したとき……ほら、オムライス作ったよね。あの時さ、八幡……きっと喜んでくれるって思ってたんだ。美味しいって言ってくれる八幡に、あたしがさ、ほら、どーだ、あたしだって出来るんだから、って胸張るの」

「ぁ……ああ」

「でもヒッキー、ぶすっとした顔するだけで、美味しいとも言ってくれないんだもん。失敗しちゃったのかな、って、バイトしてた時に教えてもらったレシピ、何度も見返してさ。言わなかったけど、オムライス作る時、いっつも怖かったんだよ?」

「……すまん」

「ん、ほんとだ。言ってくれなきゃわかんないって何度も何度も言ったのに。ヒッキーのばか」

「すまん」

「でも……ほんとは好きでいてくれて。気に入ってくれてたのに言いづらかっただけって知って。もうほんと、ヒッキーってヒッキーだなぁって」

 

 ああうん、これほんと、全面的に俺がアホウだった。

 ほんとすんません、マジで後悔しております。

 

「ね、八幡。あれから大分経ったけど……このオムライスはさ、あの日のオムライスより美味しく出来てるかな」

「当たり前だろ。そりゃ、ただ作るだけなら厨房の料理人のほうが、腕も手際も上なんだろうけどさ」

「うん……」

「生憎と、店の料理人は俺の細かい好みなんざ知らんのよ。その点、結衣は俺の好みに合わせて作ってくれる。……俺限定ではあるかもだが、確実にあの日のオムライスよりも美味ぇよ」

「あ…………うんっ、うん、八幡っ!」

 

 いや……ほんとね、具材の切り方からケチャップの量、卵の焼き加減とか完全に俺の好みにピッタリすぎて、ほんとパーフェクト。

 むしろここまでやって不味かったらすげぇでしょ。

 と、ほふりと食べてみれば───おっ……おぉおおおおお……!! 美味っ! 美味ぁあああ……!! ほっぺ、ほっぺ痛い! じわぁと旨味が広がって、美味すぎて困る!

 そうして美味さに悶えていると、結衣の表情が緩み、「えへー……♪」と微笑む。

 そこまで見届けてようやく自分も食べるんだが、オムライスを頬張り、咀嚼しては、俺をちらちらと見てやっぱり微笑む。

 やめなさい、人の笑顔をおかずにでもされてる気分になってくるから。

 

「本当に、どんなきっかけからでもラブラブできる人達ですよね……」

「ほうっておきなさい、一色さん。もう手遅れなのよ」

「ええまあ、はい、それは痛いほどわかってますけど」

 

 などと失礼なことを言われつつも、食事は続いた。

 時に食べさせ合いっこしたり、時にありがとうを口にしながら。

 娘達からブーイングが飛んできたけど知りません。

 ほっといてちょうだい娘たち。父さん、今幸せ噛み締めてるところなんだから。

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