どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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真・母の日で父の日なある日③

 さて。

 全員漏れなく悶絶し、「い、いえっ! わわわわたし作ってきたじゃないですかー! なんでわたしまでっ……やっ、いやっ……あーーーっ!!」と、漏れなくと言ったからには一色も悶絶した現在。

 少し時間が経過して落ち着いた店内では、それぞれが楽しく話し合ったり歌ったりをしている。

 

「しんじられません。なんだってんですか、こっちだって味見とかしてるんですから、改めて食べさせなくても味なんて知ってるんです。それをまったく。せんぱいはまったく」

 

 目尻に涙を残したままぷんすか怒る一色は、そのくせこちらをつつきたいのか一向に離れていこうとしない。

 さりげなーく話題が途切れたところで離れてみると、てこてことついてくる。やだこわい……! “とりあえずあいつが居るから愚痴こぼしとこうぜ症候群”にかかってるのかしら……!

 どこにでも居るよな、一度でも愚痴を聞いてくれたヤツの前だと、とりあえず愚痴は許されるんだってベラベーラと愚痴をこぼしまくるヤツ。

 思えば学生の頃から、なにかというと奉仕部まで来て、愚痴をこぼしまくってたヤツの中でも筆頭だった一色。

 どうやらそういうところは、大人になっても変わらんようだ。

 まあその、頼られるとは違うんだろうが、それだけ安心して言葉を吐ける相手って思われてるって意味では、悪い気は……まあ、する時はする。

 結衣と二人きりになりたい時とかはそっとしといてください。

 

「恐ろしい……! よもやバスターにモードセレクトが追加されるなんて……!」

「さいちゃんおねーさんが食べたのがイージー、わたしたちが食べたのがノーマル……そしてハードが───」

「隼人くん!? 隼人くーん!!」

 

 葉山が口から謎の汁を吐き出しながら、気絶していた。

 ハード? とんでもない、あれインフェルノだから。ベリーハード超越してるから。

 あとモードセレクトなら、前から多少ではあるがあったと言ってもいい。

 ……主に一色の機嫌によるところが多いが。

 

「まあバスターのことはこの際忘れて」

「そうね。彼が気絶したところで、べつに祝いの席に支障をきたすわけでもないのだから」

「……ほんと、ここに来るたび隼人くんてば不憫だわ……俺とかもうワッフル食べただけで酔い吹き飛んだし」

「っと、そういえば一色、今回は何処かに移動、とかはないんだよな?」

「はい、ありませんよ? 今日は一日中、ぬるま湯で飲めや歌えや休めや騒げのお誕生日会です」

 

 戸部が“ここに来るたび”と言ったから、そういえばと他に移る予定などを考えてしまった。

 まあ、前回が移動しすぎだっただけか。

 

「休憩には奉仕部横の休憩&仮眠室を使ってくださいねー。一応鍵もかけられますし、防音なのでいびきをかいちゃう人でも安心です」

「さすがに一日中騒ぎっぱなしは無理がないか……?」

「なに言ってんですか先輩、このメンバーで騒ぎ切れないことなんて有り得ませんよ。ほっといても話題からやってくるくらいです、絶対。たとえばほら、こんな風に急に会話が途切れちゃった時とかは───はい、えぇと、はっぽん先輩」

「はっぽん先輩!? え!? それ我!? ふっ……だが指名されたからには立ち上がらぬは修羅の恥。というわけで、取り出だしましたるわ……我がスマホ。これをこうして、音楽ファイルを再生すれば───」

 

 材木座が一色に促され、スマホを操作してなにかを起動させる。

 と、次の瞬間、“スコンッ♪”と、どっかで聞いたような音が───

 

「モンスターハンターは「狩りィッ!!」」

 

 瞬間、絆が叫び、追うようにして美鳩が“狩り”の言葉に追いついていた。

 

「依頼を受けたら狩りに出る!」

「武器はしっかり装備して───」

「卵もちゃっかり頂いて、と思ったら」

「「ワイバーンに見つかっちゃって超がっかり!!」」

「狩り狩り狩りで狩りばっかり!」

「モンスターハンター出来たばっかり!!」

「「「「上手に焼けましたァーーーッ!!」」」」

「CAPCOM」

 

 いや……うん。

 なんでお前らそんな昔のCM知ってんの。つか、戸部も材木座も、まさかの戸塚も、当然ながらとばかりの平塚先生も、張り切りすぎ。

 

「むふんむ! やはりモン狩は年齢問わずの一種の常識現象となりつつあるな! 我は今! 猛烈に感動している!」

「ていうかな、材木座。お前のスマホの音楽フォルダ、どうなってんの」

「はぽ? アニソンとゲームやアニメBGM、時折音声ファイルやCMファイルが混ざっておるだけであるが?」

 

 え? だけってレベルなの? それってば。

 

「ちなみにもう一度同じ音を鳴らすと、GのCMに移行すると思われるが……や、やる? 皆が一丸となってCMの流れを叫ぶ状況、作っちゃう? きっと夜神総一郎もはしゃぎ出す一瞬である……!」

「わかる人にしかわからんネタはやめとけ」

「ふむ。ちなみに私はモンハンのCMはGまでが好きだな」

「いや平塚先生、そういうこと聞きたいんじゃなくて」

「今は静姉さんだろう、八幡」

 

 まいった、素敵にめんどくさいぞこの義姉ども。

 いいじゃないのべつに、個人個人が今はプライベート♪ って思ってれば、呼び方なんて。

 千冬姉に苦労するワンサマさんみたいだ。

 

「えーと、わたしもモンハン? は知ってますけど、CMとか細かいところまでは知りませんね。ねぇ先輩、G、でしたっけ? それ以降のCMってどうなんですか?」

「「「勢いがない」」」

 

 俺と平塚先生と材木座の言葉が重なった。

 そうそう、あの勢いがあってこそだよなぁモン狩のCMは。

 是非ともモンスターハンタードスも狩り! とかやってほしかった。

 まあ、ポータブルあたりで語呂が悪くなるのはよくわかるんだが。

 “モンスターハンターポータブルセカンドGも狩り!”とか言ってられないもんな。長いよ。いや長い。

 なのでそのまま、“MHP2Gも狩り!”な感じでいいんじゃないでしょうか。……そもそもモンハン知らないと伝わらないな、タイトル。

 ワールドになって、またあの調子のCMに戻ってくれたらよかったのに……と思ったのは俺だけか? 俺だけか。

 

「むう。つくづく悔やまれる。モン狩も、せめてワールドになった際に、初志に戻るつもりでCMも戻ればよかったものを。そうは思わんか八幡よ……え、え? なに? なんで我の肩叩くの?」

 

 居たわ。同じこと思ってた人、居たわ。

 

「あ、私も知ってるよ? 同じクラスの男子くんたちが、よく噂してたから」

「あ、あはは……城廻先輩がプレイしてたら、違和感凄かったかもです……」

「そうなの? 私も結構ゲームとか好きだよ? ほら、すごろくとか」

((((それゲームとして、ひと括りにしたらだめなやつです……))))

 

 相手の趣味のことを知りたくて、シリーズ最初からやり始めた猛者も居るゲームってうのは、こういうのもなんだが馴染みが深い。

 高校も終盤って頃、俺の趣味のことをいろいろ知りたくて、小町に相談してモンハンやってた結衣、というのを知った時、俺がどれほど驚いたか。

 ちなみに、小町は頻りに……結衣に“ねぇ小町ちゃん。えとー……犬のオトモはいないの?”と訊ねられていたらしい。

 そういや犬居ないよな、あのシリーズ。

 

「てーか誕生日に話すことがモン狩の話って、俺達ちょいヤバくね? あ、文句がどうとかじゃなくて、ほら、俺とか大岡や大和と話してたことがあるっつーだけでさ?」

「そうなのか?」

「あー、隼人くんとかこういうのしなさそうだから、話題振れなかったっつーのもあった系の話なわけよ。あ、誕生日でゲームっていやぁさぁ! 会社入ってまだ二ヶ月程度の時にさぁ! 上司が結婚記念日とかで、なんか用意しとけーとか言ってくるわけよぉ!」

「うわ、まじですか。後輩に、というか他の人に結婚記念日とか関係ないのにプレゼント寄越せとか、先輩後輩以前に人としてどうなんですかってレベルの話ですよ。ねぇせんぱい」

「お前この前、自分の誕生日の時、一つ上のランクの粉欲しいって言ってたよな」

「あれは仕事上の話じゃないですかー! いつも注文してる粉屋さんがそんな話振ってくるんですもん! 試してみたいって思うじゃないですかー!」

「ええそうね。好きに作ってみてくれという割りに、削減がどうとかと安いものを掴ませようとするわね」

「妥協出来るところはしっかりしとけって、それだけでしょーが。こちとら最上級の豆使うよりも美味しいブレンド発見したわ。なんでも最高がいいとか、そんなの関係ねぇでしょ。ようは、この店の在り方に合った素材を用意出来るかなんだから」

「だからそれを知るためにも新しい別の粉ですよ!」

「お前そう言ってこの間、注文ミスして余分に買ってたろ。しかも味と仕上がりが大きく変わったとかで、粉ばっか持て余して」

「あ、えと、それはそのー……ひ、必要悪、っていいますかー……その」

「あと雪ノ下も」

「あら。何かしら言いがかり谷くん? 私がなにか注文ミスをしたとでも?」

「語呂悪ぃよ。紅茶に合う砂糖、なんでも試すつもりで少し使ったら放置、の砂糖が倉庫に幾つか置いてあったぞ」

「………」

「はいこっち見る」

 

 あからさまに視線を逸らすとか珍しいもんだが、いやほんと珍しいもんだが、たまにポカやらかすからなぁ、このかつての部長様は。

 一色はこう、生徒会長時代の名残か結構しっかりした部分はあるのに、相談せずに張り切ると失敗することが多い。

 なんなのキミたち、高校時代じゃ俺にホウレンソウとか強要しそうな勢いだったのに、なんか立場とか逆になってない?

 

「それ言ったら先輩だって、ちょっと視線から外れたと思ったら結衣先輩といちゃいちゃしてるじゃないですかー……」

「ええ。客が引いてしまうくらいね」

「あぁうん、比企谷くん、あれはあまりよくないと思うな」

「比企谷、知っているか? 別れやすい恋人関係というのはな、四六時中べったりしている者たちや、人前でも構わずいちゃいちゃする者たちに多く見られると───」

「静ちゃん、静ちゃーん……? この二人がどれだけ長い時間、ラブラブバカップル続けてきてると思ってるのー?」

「……すまん、無駄な説得だった」

「無駄って言われた!?」

 

 そら言われるわ。ほれ、そっちで絆も美鳩も頷いてるし。

 いや実際ね、同棲時代とかめっちゃつつかれたぞ? 四六時中一緒に居ると別れるパターン多いよーって、大学で知り合った友人に結衣の友人に忠告されたこともあった。

 そりゃ喧嘩だってしたし擦れ違いもあったが……面白いもんで、苦労しても諦めそうになっても、目指した未来だけは手放したくなかったんだよな。

 俺と結衣だけで、漠然とした未来を目指していたなら、正直どうなってたかもわからん。

 二人じゃなく大勢で目指した未来があった。んで、それを無くしたくないって……信じ続けたいって思えたから、頑張れた日々があった。

 バイトでコーヒー学んでる頃から不安なんてどっさりあって、同棲してからも怖くて、海外に学びに行った時なんか、材木座から送られてきたURLにアクセスしたら単身赴任中の恋人の浮気小説なんかがありやがって、“ヤロォオオぶっ殺してやぁあある!!”と本気で叫びそうになったもんだ。

 まあ、お陰で……頑張ろう頑張ろうばっかりで、修行が終わるまでは結衣には連絡しない……なんて縛りをしようとしていた俺も、結衣に電話をかけて弱音を素直に相談出来るようになって。

 そしたら結衣も素直に相談してくれるようになって……お互いに励まし合ってたら、なんだか自然と笑えてきて。

 束縛はしなくても独占欲はある、なんてぶっちゃけたら、恥ずかしそうに“……う、うん。それ、あたしもだ”なんて言われて。

 結局俺もこいつも、独占欲が強い上に、手に入れたら満足するんじゃなく、その関係の先さえも欲したってだけだ。

 

「ね、八幡」

「ん? どした?」

 

 相手の“今”だけが欲しいんじゃない。

 一緒に歩く先の全部も欲しいって思えた。

 なにも頭が痛くなるくらい特別なことじゃない。

 ようするに、別れちまったやつらよりも、お互いに欲張りだったってだけなのだ。

 手に入れたら満足する、なんて言葉じゃ足りない。

 こいつとの未来の全部を一緒に見て、その最果てで笑いながら死んで満足する。

 独占したいのは、きっとそんな一生なのだ。

 俺はそんな未来を描いて、こいつはそんな中でも全部が欲しいって言って。

 だったら俺は、俺達は、全部の中の一である俺達が、その未来を独占したいって思えば……まあ、ほら。

 

「えへー……♪ 楽しいね?」

「───……おう」

 

 ぼっちだった頃を懐かしく思えるくらいには、眩しい世界を歩けるのだ。

 その先で俺は笑っている。

 引き攣ってる所為で雪ノ下に気味悪がられる笑みなんかじゃなく、見てくれた妻が一緒に笑顔になってくれるくらい、素直に、純粋に。

 

「………」

 

 どうでもいい話からゴリゴリ潜り込むみたいに切り出して、笑って、ツッコんで。

 子供の頃には諦めてしまった、そんな当たり前の光景を……何故か時折、ひどく眩しく思う。

 手を伸ばせばハッシと掴まれた手に、もう片方の腕と胸の中に納まっている妻を見下ろすと、肩越しに振り向いてにっこりと笑みを向けられた。

 あとはもう、手はおそるおそる伸ばすこともない。

 伸ばすどころかむしろ、のっしのっしと歩み寄って、その喧噪の中に飛び込んだ。

 さあ、くだらない話で盛り上がろう。

 妻の誕生日を主体に、嫁自慢をするも良し、妻自慢をするも善し。

 娘二人に早速ツッコまれたけど知りません。俺の奥さん超可愛い。

 

「ん? あっ、おおおーーーっ!! 降りてきた! 歩泰斗様が自分で上から降りてきたーーーっ!!」

「ばかな……! あの、絆でさえも落ちた、ぬるま湯のくせにぬるくない比企谷家伝説の階段を、この矮躯で……!?」

「そのことはゆーなーーーっ!! ぐぅっ……! この絆、一生の不覚……!」

 

 主役の三人目……人? まあいいや、三人目が降りてきたことで、場も無駄に盛り上がりをみせた。

 妙に興奮した二人がポテトを追いまわし、抱き上げて連れてくる過程でこいつらがポテトに距離を置かれるようになるのは……まあ、また別の話ってやつだろう。

 

「おうポテト、元気か?」

『……ひゃふ?』

「だからなんで首傾げるんだよ……」

「あ、あはは……」

 

 いつかの、結衣に対するサブレを見ているようだった。

 それでもまあ、笑えたから。

 俺はそのまま手を伸ばし、ポテトの頭を撫で《がぶり》……。

 

「は……はち、まん?」

「ああ、だいじょぶ。噛んだってよりは挟んでるって感じだから」

 

 けど、これより先は地獄ぞ、とばかりにポテトが俺を見る。

 試しに手を少し前に出そうとしたら、『ヴ~……!』という唸りとともにミリミリと“挟む”が“噛む”に変わって……!

 

「………」

 

 とりあえずアレな。

 犬の口内で犬の舌を撫でて、驚いて離した隙に手を引き抜くと、この悲しみにも似た不思議な思いを歌に捧げることにした。

 サブレ……お前、最高の犬だったぜ───!! などという気持ちもこもってたけど、気にしない。

 

 

 

 

-_-/由比ヶ浜結衣

 

 

 ───眩しさの中に居る。

 

 騒がしいほど眩しい世界に、好きな人、大事な人と一緒に。

 

  おー! ヒキタニくん今年も行ったれー!

 

 背から離れた温かさが、マイクを手にむずむずした顔のまま歌い出す。

 

 “産まれてきてくれてありがとう”をハッピーバースデーに乗せた歌には、きっといろんな意味が込められている。

 

 歌詞を書いた人の想いの他に、今……歌ってくれている人の想いも。

 

  我がどれほど心を込めようともこうはならぬ……これが超越者の力、というものか……!

 

 時折に思う。

 

 あたしはそんな想いに、想いの分だけ応えられているのかな、って。

 

  お兄ちゃんて、これ歌う時、心込めすぎなのがなぁ……って、留美ちゃん号泣してる!? お兄ちゃん! ちょ、ストップストップー!

 

 共感できるなにかと、連想できるなにかがあれば感動できるものがあるみたいに、あの人の言葉や行動、想いには、なにかしらの人を惹きつけるものがあるんだと思う。

 

 そんな想いに相応しい自分でいられているのかな、って……あたしでよかったのかなって、思っちゃうことがあって。

 

  泣いてない……ただいろいろ振り返ってただけだから……。

 

 いつか、自分が立っている場所を誰かに譲ってしまえば、そんな思いからも離れられるかなって思いついた。

 

 その瞬間、そこに立っている黒髪の友達を想像して、泣いたことがある。

 

 自分はずるい人間だ。

 

 自覚した上でこの場に居て、大事な人全員を縛り付けちゃった罪悪感を、今も引きずっている。

 

  心を込めて歌う……か。優美子も歌が好きだったし、俺も……よし。

 

 罪悪感を抱いたまま、“罪悪感って消えないよ”って口にしてからずっと……たぶん、今も。

 

 何度、誰に許されようと、きっと消えることはないんだろう。

 

 思い出すたびに、胸にちくりと刺さる、戻ることも出来ないいつかの後悔。

 

 もしあの時ああ出来たら───そう思うと、あたしはどれが正解だったのかなんてわからなくなる。

 

  そういえばはるさんの本気の歌とかって聞いたことないかも……あります?

 

 届けられなかったありがとうとごめんなさいがあったから生まれた関係があって、お菓子と一緒に届けられて、全部がそこで終わっていたら続かなかっただろう関係があって。

 

  歌? んー……いいよ? その代わりめぐりも歌うこと。

 

 そんなぎくしゃくとでこぼこから始まった関係だから、話し合えた関係があって。

 

  私の歌を聴けぇえええーーーっ!!

 

 誰かが一人欠けてたんじゃ、学べなかったたくさんのものがあって。

 

  ひらっ……静姉ぇ! シャウトは流石に迷惑だって毎度言ってんでしょーが……!!

 

 後悔や涙の先で、それでも、って……手を伸ばして、欲しいって願って、無くしたくないって思えて。

 

  ふははははは! マイクはこの絆が貰った! さあ聞くがいいー! 吐き切って吸うことこそキモのこの歌……“ともに”!

 

  Si。ただし置き去りになんかしない。全部拾って、抱き締めて……その上で、歩いていく。

 

 一緒に居たい人達と、手を繋いで、手を離した先でも思い描いて……夢を叶えて。

 

 叶えた夢の先で、今こうして……“全部”を口にした大人しい方の娘が、幸せそうにあたしに笑顔を向けて、姉とともに歌い出した。

 

 歌とともに皆が手拍子をして、そんな中、頭を掻きながら隣に立ってくれる夫が息を吐く。

 

 主語もなく、ただ漠然と、意地悪みたいに……ただ、訊いてみた。

 

  「応えられてるかな」

 

 夫は即答した。

 

  「じゃなきゃここに居ねぇよ」

 

 驚いて、隣を見る。

 

 顔を真っ赤にして、あたしの方を見ようとしない夫が居た。

 

 

 

 一人ぼっちから始まったあたしたちの関係は、一人ぼっちの種類は違くても……思うことへの根本は変わらないのかもしれない。

 

 だから考えることも根っこではどっか似ていて。

 

 だから。

 

 

  笑ってるだけじゃ、ヤなんだ

 

   おう

 

  笑い合ってたいって、そう思う

 

   おう

 

  もらってるだけじゃ、ヤだよ

 

   自覚が足りないのはほどほどにしような

 

  でも

 

   何度だって悩んでろ。何度だって答えてやるし、応えてやる。だからだんまりは無しな。話し合うんだろ? じゃあ、伝えろ。悩んで、伝えろ。

 

  それ、学生の頃に何度ヒッキーに対して思ったかなぁ

 

   で、なんで今度はお前がそれを自分でやってんの

 

  ほら。後になって気持ちがすっごくわかる……あれ

 

   やだ……わかりすぎて辛い

 

  じゃあヒッキー。“先輩”として、なにかアドバイスは?

 

   ……お前が傍に居てくれて、本当によかったわ

 

  ふえっ!? え、えっ……!? ななな……えっ? 聞き間違いっ……? ヒッ……はち、はちまん? いま、なんていったの?

 

 

 ……少し間を置いて、彼は言った。

 

 あたしを真っ直ぐに見て。

 

 まだ赤いままの顔で、けれど……あの頃には見れなかった、少年みたいな笑顔で。

 

 

   わかり合えるまで話し合えばいい。

 

   そしたら、わからんことだってわかるよ。

 

   だからまあ、その。

 

   ……ありがとう。

 

 

 って。

 

 話し合えばわかり合える。

 

 いつかは否定されちゃった言葉。

 

 でも、今は───……そこにある笑顔が答えってことで、いいんだと思えた。

 

 

 

 

 

「あ、ガハマちゃーん? なんか二人の世界作ってるとこ悪いけど、昼過ぎたらもっと人来るからそのつもりでねー!」

「まだ来るんですか!?」

「あ、結衣さーん、沙希さんもある程度片付いたから来るそうですよー!」

「えぇっ!? むむむ無理とかしてないよね!? もし疲れてるなら、無理してこなくても───」

「いえそれが、大志くんと京華ちゃんも来るそうで」

「おっ、夜になるけど姫菜も来るってさー! これ盛り上がること間違いなしっしょぉ! 主に俺とかさぁ!」

「……結衣さん。その……母さんが、これから来れる、と……」

「えぇええっ!? ゆきのんのお母さんまで!? って、わわ、電話……もしも……ママ!? えっ!? 今から来るって……いいっ、いいからっ! もう親に祝われるとかそんな歳じゃ───ママ!? ママー!? ぁ、あー……」

「ふむ。然るに八幡よ」

「なんだよ」

「こういう状況のことをひとえになんと呼べばいいだろうか」

「……まあ、そうな。一応、強引所為はあったとしても……」

「しても?」

「……人懐っこさの為せる業?」

「人徳ってやつですね。先輩の場合、因縁の方が強そうですけど」

「うっせ……、っと、もしもし? ……あー、おー、……いや、マジで? いや……正直べつにいいかなって……いや、べつにいいってそっちの意味じゃなくて。え、えー……?」

「えと……八幡? なんとなく流れで予想がつくんだけどさ……もしかして?」

「おう……親父とお袋も来るって」

「えー……? なにこの子供同士の遊びの場に、いい大人が混ざる、みたいな状況。ねぇ八幡、我隠れててもいい?」

「そこで帰るって言わないところはさすがだよなお前……」

「ザイモクザン先生は、大人に混ざる子供な絆と美鳩のことが嫌いなんだ……主に美鳩を」

「何気ない一言が絆と美鳩を傷つけた……主に絆を」

「はぽっ!? い、いや否である! 我は自ら人を嫌うなど滅多にせぬ超越者よ! つ、つまりね? 我はね? ……ごめんなさい」

「そうだよ、絆ちゃん、美鳩ちゃん。僕も材木座くんも、二人のこと大好きだから。嫌いになんかならないよ」

「なんという温かき言葉……!」

「美鳩はあなたの言葉に深く感動した……! お礼に絆をあげる」

「あげるな妹! 勝手に人のことあげちゃダメでしょ!」

「別の人の傘下に入れば、堂々とパパに愛の告白を───」

「ハッ!? その手があった! ってどっちみち無理でしょそれ!」

「Si、愛の告白が出来るだけ」

「そんなん別の苗字にならんくても堂々と出来るわー!」

「……絆は少し、恥じらいを持つべき……」

「なにをー!? 大体美鳩は《スコンッ♪》モンスターハンターGも狩り!!」

「ちょ、ザイモクザキくーん!? こんな時にモン狩はねーっしょ!?」

「くっ……空気に耐えられなかったのだ! 我の言葉がきっかけで姉妹が争う……そんな空気、我とか無理! 剣豪将軍といえど人の子なのだからー!!」

「………」

「………」

「ま、いつも通りか」

「あはは……だね」

「んじゃあ、まあ……結衣」

「うん、八幡」

「また一年、よろしく」

「こちらこそ。貰うばっかじゃヤだからね?」

「こっちの台詞だ、ばか」

 

 言って、手を繋いだ。

 見せ付けるようなべたべたなものじゃなくて、高校時代だったらきっと、これが精一杯だっただろうなっていうくらいの……顔を真っ赤にしての、手を繋ぐだけの行為。

 それだけであたしたちはお互いに照れてしまって、くすぐったくて笑って。

 また一年、ゆっくりと……あたしは。

 この人のいろんなところを、好きになっていけるんだと思う。

 

「あ、ところではるさん、昼過ぎになにやるんですか?」

「出かけるとかはやっぱりなし。みんな来るんだったらいろいろ面倒だろうし。絆ちゃんに美鳩ちゃーん? 今から来る連中への迎撃体勢を整えよ!」

「「イェッサーはるのん!!」」

 

 嫌いだと思ったところは言ってくれよ、と言う彼に、あたしのこともだ「無理」よ、と言う前に即答された。

 仕方ないなぁって笑いながら、軽い言い合いをして、時に怒って、なのに手は繋いだままで。

 きっといつまでも、こんなあたしたちのまま……あたしたちの独占合戦は続いていくんだろうな。

 それでいい。

 ……うん。

 そんなんでいいんだ、あたしたちは。

 あなたにとっての幸せってなんですかって問われたら、きっと今がそうで、これからもそうだと答えられる。

 漠然としすぎた、明確じゃないかもしれないものでも、暖かいから恋焦がれて、掴みたいから走ってきた。

 だから今を歩けている。

 

「迎撃体勢って、陽乃さん、なにする気なんですか? 小町にもちょこっと噛ませてくださいっ」

「おっ、やる気だねー義妹ちゃんってばー♪ ───《キリッ》とりあえず片っ端から酔わせて、気になる異性を聞きだしてからかいまくる」

「噛みました!」

「噛んじゃだめなやつだよそれ! だめ小町ちゃん落ち着いてーーーっ!?」

「大丈夫ですよ結衣さん! まず兄を酔わせて、気になる異性を訊きますから!」

「ぇっ……や、うー……」

「おいちょっと最愛の妻さんー!? そこ悩むところじゃないでしょー!? 大体な、俺は結衣と二人きりの時じゃなきゃ飲まないって、なんべん言えばわかるんだよ妹よ……」

「それはそうだけど、こういう席でくらい、もういいんじゃない?」

「そうだよねー、何度も聞いてるし、お姉ちゃん耳にタコってやつだよ弟くん。あ、じゃあMAXコーヒーにお酒を混ぜて───」

「表へ出ろ雪ノ下陽乃……久しぶりにキレちまったよ……」

「───え? ぇちょっ……え? おとっ……比企谷……くん?」

「ちょっ……陽乃さん! 八幡はMAXコーヒーというものは練乳で完成してるって信じてるんですから、アルコール混ぜるなんて言ったら───!」

「あ、あはっ、あははははっ……!? わ、わー……! 物凄い勢いで目が腐っていってる……!! でも比企谷くんは女の子に暴力なんか振るえないもんねー? 大体、バスターセットの時だって練乳以外にも混ぜてるんじゃないの? それなのにそんなこと言われたってねー?」

「《ピッポッパ……》あ、もしもし“お義母さん”ですか? はい、“美鳩”の父の八幡です。ええ、実は“陽乃義姉さん”のことで少し相談が」

「いやぁあああああっ!? やめちょやめてやめてこれ以上面倒ごと増やさないでぇええええっ!!」

 

 元から大きな幸せじゃない、小さな幸せがくっつき合って大きくなった幸せの中で、こうして笑い合える今を───全部を求めたあの日から、今もこうして歩いている。

 “自分”が明確に始まったって思えたのはいつかな。

 周囲に合わせてばっかりで、集団の中に居るはずなのに心細くて、苦笑ばっかりしてて。

 そんな自分が嫌で、頑張ってみて、ちゃんと前を向けるようにって張り切ろうとして、失敗しちゃって。

 罪悪感が出来て、目で追う人が出来て、お見舞いのお菓子を届けたんだからいいかな、って言い訳が出てきて……消えない罪悪感がずっと残ってて……言えない日々が続いて、

 言えない人と再会して、言えない人のやさしさを知って、言えない人と同じ部活に入って───

 楽しいって思えて、届けたい言葉がごめんなさいからありがとうに変わって、心から一緒に歩きたいって思える人に変わってって、見てみたい未来を思い描いて。

 ……結局、いつから自分が始まったのかもわからない。

 わからないから……自分の胸に手を当てて、目を閉じた。

 

 

 

  ───あの頃のあたしへ。

 

  今、あの時に笑って欲しいなって思っていた人が、笑っています。

 

  信じられますか? あの人、こんな風に笑うんです。

 

  子供みたいに無邪気で、汚いものなんて知らないってくらいに元気に。

 

  もっと早くに出会えていたなら、そんな笑顔をずっと守れたのかなって……そう思う時があります。

 

  でも、頑張ったから手に入れられた今を後悔したら、きっと罰が当たっちゃうから。

 

  あの頃みたいに濁った目で、それでも無邪気な笑みがあります。

 

  たぶんあたしは───そんなのでいいのだ。

 

  罰が当たらない程度に、こんな幸せと一緒に、ずっとずっと生きていく。

 

  ……でもやっぱり濁ったままは悔しいから、近寄って、抱きついて、キスをした。

 

  真っ赤な顔と、綺麗な目があたしを見下ろした。

 

  そんな目に、あたしは負けないくらいの笑顔で返してやるのです。

 

  父の日なんだから、そんな目とかしちゃだめだよ、って……ちょっぴりだけ、お姉さんぶりながら。


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