どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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◆前書き劇場2

「ねぇねぇゆきのんゆきのーん!」
「!? なっ……なに、かしら」
「あれ? なんでそんな身構えてるの?」
「アグラハムニで懲りてるんだろ……あんま変な質問するなよ? てか普段からケータイいじってんだからそっちで調べなさいよアグガハマニさん」
「アグラハムニのことは忘れてったら! ヒッキーのいじわる! だ、大丈夫だよゆきのん! 今回のはヘンな質問じゃないから!」
「おお、偉いぞ由比ヶ浜。ヘンって自覚はあったんだな」
「ヒッキー!!」
「え、ええ、大丈夫よ由比ヶ浜さん。それで、どういった質問かしら」
「あ、うん。この前ね? ケータイの電池切れてて、久しぶりに家の電話で電話かけたんだけどさ」
「ええ」
「間違えちゃったみたいで知らないところにかかっちゃって……えっとさ? なんか急に昔話が始まって、えとー……“きっちょむさん”、だっけな? って、どんな漢字で書くのかな」
「………」
「………」
「あ、あれ? え? あのー……えっ!? もしかしてこれ変な質問だった!? ごごごごめんねゆきのん! 今の忘れて!?」
「いやお前……え? お前の電話、過去にでも繋がってんの? キッチョムってあの吉四六だろ?」
「……あの。由比ヶ浜さん? よく聞いて頂戴。電話で繋がるキッチョム……こう、吉、四、六、と書いてきっちょむ、と読むのだけれど、これはね、昔NTTが用意していたテレホン民話なの」
「え……へー! 電話で聞ける昔話みたいなのだったんだ! ……あれ? 昔?」
「あのな、由比ヶ浜。NTTがお送りするテレホン民話・吉四六話はな、もう何年も前に終了してるんだよ」
「………………え?」
「ええ。だから、その……繋がる筈が無いのよ。もう存在していないのだから」
「で、でも。ねぇゆきのん、ヒッキー、嘘じゃないよ? ほんとに繋がって、賑やかな音楽から始まってね? そ、それから……!」


「……ねぇ、由比ヶ浜さん。あなた……いったいどこへ繋いだの?」



 お題:急なホラー。……ホラー? あ、本編の内容は普通です。
 なお、NTTが送るテレホン民話、吉四六話は実際に存在しました。
 以前はHPもあったのですが、今もあるかは謎。

 ◆今回の本編の補足
 CVイメージ
 比企谷絆 :ヘスティア様
 比企谷美鳩:香風智乃


つまりは彼女の得意な物真似

 朝。

 いつも通りの朝に、いつも通り起き上がり、ベッドから降りると身支度をして、扉を開けて廊下へ出る。

 と、いつもならここでキョーダイの片割れが出てくるというのに、今日は出てこなかった。

 ハテ、と思いつつもまだ眠っているのだろうかと部屋を訪ねてみると……熱で苦しむキョーダイの姿。

 額に触れてみると一瞬で悟る。あ、これアカンやつやと。

 そうなれば、次に取る行動は早かった。

 

  ザサッ

  ガッ

  しゅるっ……

  ぎゅっ

  バサァッ

  カチッ

  シャッ

  サラァ……サラァ……

  すぅ───

  はぁ───

 

 デェェェェェェェェェェン!!

 

「乗り越えてやるぞ……この危機!!」

 

 従業員が一人居ない……その辛さは、飲食店を経営する人のみならず、様々な働きマンな人ならわかるはず。

 なので頑張らなければなりません。

 守護(しゅご)らねばならぬ……この店の平穏を……。

 

  そんなわけで。

 

 sisterの汗に濡れた寝巻きを着替えさせ……当然汗の処理もした上でベッドに寝かせ、現在ぬるま湯には私一人。

 ごくりと喉が鳴るけれど、もはやあとには引けない。

 やるといったらやるのだ。

 

「ふぁっ……ふぁいとぉおおおっ!! うおおおおーーーっ!!」

 

 自分に発破をかけるつもりで叫ぶ。

 そして発音練習をしたのちに、誰にともなくサムズアップ。

 早速店の掃除を開始して、今日という日を乗り越える覚悟を決めていった。

 

……。

 

 慰霊の日、というものがある。

 沖縄県にて存在する休日らしい。

 ただし地方限定の休日だそうなので、千葉には関係ない。

 ぬるま湯にはもっと関係ない。

 関係ないけど……今日は、忙しかった。

 

「いらっしゃいませイカ野郎! ヘボイモ恐れ入りますが何名様でしょうか!」

 

 そんな中でもきびきび働く。

 顔には笑顔。

 辛くなっても目はぱっちりと開いて、挨拶は元気元気……!

 必要なのは心の根……そう、お米のように強い心の根を張る!

 音はあげない……大丈夫、出来る、気持ちの問題、気持ち、気持ち……!

 だだだだから、だからこそ───

 

「うーん……今日は軽めにしたいから───パンの方の軽食で」

「お米食べろ!!」

「ぇえっ!? あ、え、ご、ごめん!?」

「……はぅっ!?」

 

 ついやる気が外に出てしまった。反省。

 「た、確かにお米の方が朝から力がつくかも……」と、カウンターの席にてメニューを見直している、リーフマウンテンさんにはごめんなさいだ。

 

「じゃあ、この朝ランチで。……それにしても、今日も元気だね、絆ちゃん」

「もははははは当然である! なにせ二人分を背負っておるからな! 守護(しゅご)らねばならぬのだ……双子看板娘の在り方、というものを……!」

 

 双子で看板娘って、結構珍しいことだ。

 加えて我等姉妹はママに似て綺麗らしいので、それ目当ての男性客も結構多い。そうでなければナンパなどされないだろうし。

 まあ似ているといっても姉が雪乃ママ似、妹がママ似という、遺伝子もないのに何故そう似る、とツッコミたくなるような容姿らしいが。

 現在の私はいつもの仕事着に黒髪ロング。雪乃ママをイメージすれば、まずそれはないだろうという笑顔のままに、接客をしている。

 注文きっちり、速度も安定、それでも手が回らないから紅茶等は雪乃ママに任せることになるけど。

 

「……コーヒーを……お持ちしました」

「え、あ、うん。朝ランチのだよね? ありがとう、って、米の方の飲み物ってお味噌汁じゃなかった?」

「………」

「……ぁ、あー……あぁ、そっか、そうだった。《スズ……》オー、ブルーマウンテン」

「恐れ入ります」

「……これでよかったかな?」

「す……はい、それはパパからのサービスなので」

「“す”? え? すってなに? え? ……あ、ああまあいいや、比企谷、そういう時は言ってくれ、急に出されても困るだろ」

「まあ、たまにくらいならいいだろ。ほれほれ、止まってないできびきび働けー」

「らじゃっ!」

 

 いろはママ式敬礼ウィンクをしてパタパタと動き回る。

 むう、なんだってこういう時に限って忙しいのか。

 おのれシスター、なにもこういう時に風邪を引かなくても。

 いったいヤツめはどこで病原菌を頂いてきたのか。

 ……あれ? この流れだと次は私の番?

 それはまずい。もっと熱い血を燃やして、病原菌の繁殖を防がないと。

 守護(しゅご)らねばならぬ……って、もうそれはいい。

 

「ママ、軽食をパンの方で二つ。パパ、ブレンド三つ。いろはママにティラミス5つの注文。雪乃ママ、ディンブラーでアイス」

 

 注文は伝票に書いてあるけど、いろいろ重なると口に出すときにこんがらがる時がある。

 長いことこういう仕事をしていれば、そういう失敗も少ないものだけど……あ、例外としては新メニューが出来た時とか、限定メニューの時は怖い。

 気取って略した言葉で早口で言う客とか、本当に勘弁してほしい。

 それがわかりやすい略し方ならいいんだ。

 注文した本人にしかわからないような、一緒に来てる女性が“え? なにそれ”なんて言っちゃうような、その時だけの略した言葉とか、本当にない。あれはない。

 女性の前で得意ぶった顔をしたい男子よ。あれは本当に引かれるからオススメできない。悪いことは言わない。やめるべき。

 

「《ブッ》一色~、ティラミス6頼む~。あ、一つは娘用で」

『え? そっち案外暇ですか? 休憩にはまだ早いですよ? いえまあティラミス5来てる時点でいろいろ想像出来ますけど』

「朝にしちゃ忙しいな。ほれ、今日は片方休んでるだろ? 頑張ってるからまあそのー……あれな」

『せんぱぁ~いぃ? そういう時はちゃんとご褒美~って言ってあげたほうがいいですよー?』

「ほっといてくれません? あとそのねちっこく先輩言うのやめない?」

『経費でケーキ食べさせてくれたら考えます』

「味見とかしてるって言ってただろが。太るぞ」

『なに言ってんですか経費で食べるのと味見とじゃあ感じる味とか全然違うんですっ! あと太りません頑張ってますから!』

「お、おう、そうか」

 

 そうですよパパ、女性は見えないところでも頑張っているものなのです。

 っとと、お客さんだ、もっと頑張ろう。

 

「よく来たな勇者よ……! ここが貴様の死に場所だぁあーーーっ!!」

「ふふんむ! 果たしてそれはどうかな……! いかに魔王の力が強かろうと、この我が纏いしフルァアアブ・カーテェエエン! を越えることなど出来ぬわぁっ!!」

「贅肉のカーテンとかやめろ。ほれ、いーからさっさと座れ、他の客に迷惑だろが」

「あ、すんません……と、ところで八幡? 今日はまだそのー……戸塚氏は」

「まだ来てないな」

「うむよし! では今のうちに特典小説の添削を───」

「《からんから~ん♪》お邪魔します、八幡」

「おう戸塚」

「ぶひぃっ!? ばばばばば馬鹿な! 先ほどまで気配すらしていなかったというのに、この我が回り込まれた……だと……!? あ、絆嬢、我、モカマロンケーキとモカ」

「かしこまっ!」

「なんでブルーマウンテンの次はモカ尽くしなのお前」

「時の気分である。それより八幡? 我ちょっと考えたんだけど。洋服の青山って聞くと、普通に服屋ってイメージなのに、洋服のブルーマウンテンと変えるだけで、心やうさぎがぴょんぴょんしそうな地方の青山さんが洋服を着てますよ的なイメージになると、たった今気づいたの」

「どーでもいいこともったいつけて話すなよ……」

 

 パパの会話を余所に、テキパキと行動。

 バリスタが行動している時、他の者が不自然でない速度で動くことで、客にストレスを与えることなく所望のものを用意できる。

 話術も大事だけど、行動でストレスを与えないことも大事。

 あぶなっかしく忙しそうにバタバタと動いては、客だってそわそわするし、来なかったほうがよかったんじゃないか、なんて気を使ってしまう客だって居るのだ。

 え? 紅茶? 紅茶は……雪乃ママへどうぞ。紅茶のサホーとかは知らない。

 常識は知っていても、作法とかを知っているかっていったらまた別なのだ。

 

……。

 

 そうして、大忙しで疲れを考える暇もなく動いていたら、いつの間にか日は落ち、本日の営業も無事終了。

 途中、相当危ない場面もあったけれど、大丈夫、上手くやれた。

 ママや雪乃ママが片づけを始める中、私も戸締り確認をし始める……と、傍にパパが来て、ぽすんと私の頭を撫でた。

 

「……? パパ?」

「お疲れさん。気ぃ張っただろ今日。大丈夫か?」

「も、もっちろんだよパパ! この程度でこの私は負けません!」

「おー、そかそか」

「ふわゆゆゆ!?」

 

 次いで、わしゃわしゃと乱暴に撫でられる。

 それはまずい、とても嬉しいけど、頭が揺れすぎるのは困る。

 

「だったら今度からは、もうちょい“わたし”の使い方に気をつけろな」

「───」

 

 え、と顔をあげると、普段はママにしか見せないような笑顔で、私を見るパパ。

 ぽかんと停止している内に、パパはママと合流、終了作業を進めると、晩御飯の準備にかかった。

 

「あちゃー……そっかそっか。頑張れてると思ったんだけどなー……」

 

 咳払いを一つ、私も戸締りを確認、晩御飯の準備に取り掛かった。

 さて、シスターには極上の粥でも振る舞ってやりますか。

 そして、今日一日ママ以外では一番パパを独占できたことを自慢してやるのです。ふふり。

 

   ×   ×   ×

 

 ───定休日を挟んだ、次の営業日。

 

「いらっしゃいませイカ野郎! 本日の注文はなんですか!?」

「あ、はは……今日も元気だね、絆ちゃん……。あ、じゃあブレンドでパンのモーニングを」

「かしこまりましたー! パパ、ママー! モーニン一丁ー!」

「喫茶店でその威勢の良さはやめろ」

「Sì、絆は少々やかましい」

「やかましい!? 少々やかましいってどういう意味!?」

 

 今日も喫茶ぬるま湯は賑やかです。

 

「美鳩さん、体調の方は平気?」

「Nn、美鳩はいつでも元気です。大丈夫、問題ない」

「そういうことを言い出す子が一番危険なのよ。比企谷くんのように、自分が耐えればなんでもなんとかなる、みたいな考え方はとてもとてもよくないわ」

「パパ、ひどい言われ様……」

 

 小声で語りかけてきてくれた雪乃ママ。けれど微笑み返し、きちんと大丈夫であることを伝える。

 そこへ絆が来て、「お、なんの話?」と訊いてくる。

 

「べつになんでもない。美鳩の黒歴史的なこと」

「ほむ? ん、まあいいや。あ、ところで結局うやむやになっちゃったけど、一昨日《ドスッ!》おごっ!?」

「絆……! いちいち蒸し返さない……!」

「え、え? もしかして話してたのってそのこと!? でも待って!? 今べつにお腹に貫手する必要なかったよね!? 痛いからやめようよ!」

「いいから来る……! そんなものは本人だけがわかってたらいいこと……!」

「む。そりゃ、まあ、失敗したなーとか思うことは、本人が一番強く後悔してるのに、周囲に言われると泣きたくなることもあるけど……でもさ、言わない罪悪感もあるよ? わたしとしてはきちんと……」

「蒸し返したら刺し違えてでも絆の髪飾りを破壊する……!」

「OKわかったわたしはなにも知らない! あれはパパに貰った大事なものだから、もし破壊されたらたとえ美鳩でも許さぬのでダメ! わざわざ姉妹間で喧嘩することないって、ね? まあもし破壊されたらわたしも美鳩の大切なバリスタカード破壊するけど」

「…………」

「………」

 

 姉妹二人、自然と手四つで組み合い、ミシシシシと圧し合いを開始した。

 およそ花の女子高生同士が競う方法ではない。

 むしろどこぞの宇宙海賊と樹雷王家第一皇女くらいしかやらないんじゃないだろうか。

 

「おーいそこの二人ー? 馬鹿やっとらんと、手伝うんなら手伝えー」

「「SirYesSir!!」」

 

 パパに言われれば行動は早い。

 まずは一色工房へ突撃して片づけを手伝って、いろはママを連れてきては一緒に晩御飯のメニウを考える。

 既にママが作っているものとは別にもう一品、なにかを作ろうってことになって、その案を出し合う。

 

「いろはママは今、むしょーに食べたいものとかってあります?」

「そうだねー……甘いものばっか作ってると、むしょーに塩辛いものとか食べたくなるんだよね」

「いろはママの晩の提案、イカの塩辛……! とてもシヴい……!」

「《ご、ごくり……》男じゃのういろはママ……!!」

「塩辛いもの!! 塩辛じゃなくて! もーせんぱーい!? 娘さんたちにどんな教育してんですかー! もー!」

「ふむふむ、いろはママ、塩辛はだめ、と《がしぃっ!》……、い、いろはママ?」

 

 メモを取っている手が、マジ顔のいろはママによって止められた。

 お、おぉお……!? いったいなにが……!?

 

「今の気分じゃないだけで、塩辛がだめとは言ってないから」

「え、え? いろはママ?」

「言ってないから」

「……すぃ、Sì……!」

「い、いろはママ落ち着いて……! ソレにわたしたちにはわからない魅力があるのはわかりましたから……!」

「あ……こほん。いえべつに、魅力を語りたかったわけじゃなくてですね」

「いろはママ、誤魔化す時に早口になって丁寧語になるの、直した方がいいよ」

「ほっといてください!」

 

 塩辛には、大人にしかわからない魅力があるのかもしれないです。

 まあなにはともあれ。

 騒ぐ二人から離れて、私は私で準備をする。

 なにか一品。なにがいいだろう。

 と考えていると、パパがちょいちょいと私に手招きをするので、体から溢れる歓喜を隠しもせず、ぱたぱたとそちらへ駆けつけた。

 途端に頭をなでられた。丁寧に、丁寧に。

 

「気づいたのは俺と結衣くらいだろうから、まあそこらへんでは気ぃ抜いとけ」

「………」

 

 親の愛とは凄まじい。

 ちらりと厨房の方を見てみれば、ママがひょいと顔を覗かせて、にこーと笑う。

 どうやらバレバレだったらしい。

 

「……そんなにおかしかった?」

「俺か結衣かはる姉ぇくらいか……あとはギリギリ小町くらいか? 結衣は親だからって部分もあるだろうけど。あ、ママのんとか絶対気づくわ。あの人お前のこと可愛がりすぎだし」

「…………まだまだ修行が足りない」

「ま、コーヒーの注文入るたび、俺の方へ申し訳なさそうな顔を向けたり、紅茶の注文が入れば雪ノ下に任せたり、仕方ない場面も随分あったしな。……べつにな、お前でよかったんだぞ? 無理することなんてなかったんだ」

「絆は元気。お客さんもきっと、そっちの方がいい」

「……物真似もほどほどにな。するんだったら絆みたく、雪ノ下か一色の真似にしとけ。つーか。お前、あの様子じゃ絆に、お前が絆の真似して店出てたの、言ってないな?」

「Sì《ディシィッ!》はぴゅっ!?」

 

 肯定した途端、でこぴんされた。

 

「お前が絆の物真似が得意なのはわかったから。……はぁ、前に物真似のこと訊かれた時、動揺してたのはこの所為か」

「……会話が苦手で男性の接客が苦手な看板娘なんて、きっと客の方から願い下げ。だから、そうした方がみんな笑顔になると思った」

「あー……あの長髪は?」

「シンディにもらったウィッグ。“姉ってどんな人なの”と訊かれた時に借りて、そのまま“思い出としてあげるわ”って」

「……例の修行の時に出会ったオネエか」

「Sì、うるさいオネェ」

 

 シンディはうるさかった。そしてオネエだった。

 口癖は“なによ!”。こっちこそなにが“なによ”なのかを訊きたかった。

 

「訊くのは野暮かもだが。真似てみてどうだった? 少しは男に耐性───いやいい言わんでいい、物凄い汗出てるぞお前、思い出しただけでもそれなら、当日なんてもっと辛かっただろ」

「……夜、眠れなかった」

「……ったく、お前は」

 

 申し訳無い気持ちが溢れて、俯いてしまう私を、パパが静かに抱き寄せた。

 途端、ここ……奉仕部に居た総員が何事かとざわめくけど、なんとなく雰囲気か空気を呼んだのか、はたまたパパが目配せでもしたのか、なにも言ってこなかった。

 

「高校年長組になろうがどうしようが、お前は俺の娘だ。辛い時にゃあ甘えりゃいいんだよ。迷惑だなんて思うな、そっちのが迷惑だ、このばか」

「……ごめんなさい」

「おう、受け取った。なんにも心配がないのはいいことだろうが、親としてはたまには心配させてもらいたいもんなんだ。だからな、美鳩。お前はお前として心配かけろ。姉の真似はしなくていい」

「…………しかと胸に響いた」

「その返事は真エイサイハラマスコイ踊りがぬるぬるしそうだからやめなさい」

「………………Sì」

 

 そんなつもりはなかったんだけど、確かにそうかもだった。

 

「ねぇいろはママ? 内緒話してるみたいなんだけど、この状況でわたしが美鳩の後ろに並ぶのって空気読めてないかな」

「今日はやめておこうね、きーちゃん」

「───……はぁ、そう。そういうこと」

 

 絆がそわそわして、いろはママがにっこりしながらぴしゃりと言って、雪乃ママがなにかに気づいたように溜め息。

 絆に「私、と言ってみてもらえるかしら」と言って、絆が首をこてりとしながら「わたし」と言う。

 それだけで納得がいったのか、私の方をちらりと見て、目が合うとどこかおかしそうに「お疲れ様ね、美鳩さん」と言った。

 

「……La ringraziamo.」

 

 物真似をしていたのは自分なのに、わかってくれる人が居るのが嬉しいのはおかしいだろうか。

 それでも感謝したかったから口にして、「ええ」と受け取ってくれた雪乃ママに、やっぱり感謝を。

 

「んじゃ、美鳩の分は俺が作るわ」

「ええ、そうしてちょうだい。飲み物は私が作るわ」

「え? え? あ、じゃあよくわかりませんけど、試作のものでよかったらデザートはわたしが用意しますね」

「ぬ、ぬう……! 妙ぞ、こはいかなること……!? みんなが美鳩にやさしく、この絆が場違いな場所へと投げ出されたような気分はどうだ……!?」

「いや、俺にどうだって言われても知らんが」

「なんかこういう言葉使いってしたくなるじゃないですかー。ていうか構って! パパ、この絆にもなにか作って!」

「お前はまた今度なー……」

「ぐぬぅっ……! これが熱に負けた者の末路か……! 好きで休んだんじゃないのに……!」

 

 Sì、その気持ちはとてもよくわかる。

 けど今は、たまなこんなやさしさを、自分一人で味わわせてもらおう。

 他のなんて知らないけれど、やっぱり我が家の家族が一番暖かい。

 

「ね、ねぇ美鳩? わたしにもちょっと───」

「“NOゥ”《僕のだぞ》!!」

「ちょっとくらいいいでしょ美鳩のケチー!!」

 

 ケチで結構。

 雪乃ママに似た容姿なのにとっても元気な姉に、ママに似た容姿なのに物静かな私は、静かに笑顔になりながら、今日もまた、この家の家族として産まれたことを感謝した。

 あたたかいって、とてもステキなことだから。

 


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