どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話 作:凍傷(ぜろくろ)
なんでいまさら……。時は遡る。5ヶ月半くらい。
ハロウィン。
10月31日に行なわれる、元々は秋の収穫に伴い、祝うとともに悪霊を追い出すためのものであったが、今は何故か悪霊ではなくかぼちゃのお化けにお菓子を渡すイベントと化している。
何故収穫したかぼちゃに菓子をあげる、なんてものとなったのかはまあ各自で調べて欲しい。俺、千葉以外のことは正直どうでもいいアレなアレだから。
ともかくだ。
今日は10月31日。
1日限定メニューとして、かぼちゃを使った料理やケーキ、ドリンクなどが販売されている。
あと川崎から提供されたパンプキンドレスが可愛い。
詳しく言うなら俺の嫁さん超可愛い。
× × ×
今朝も早よから仕込みと開店準備。
毎年ながらの限定メニューでキリキリ働き、手が空けばここぞとばかりに嫁を眺めてほっこりする店主がおる。俺である。
「なんというか、川崎も毎年どんどんと手が込んでいってるよな……」
独り言が多いのは兄さんが満たされてるからだよ。ええ満たされてます。
そんな風にして和んでいると、時間が来たのか絆と美鳩がパンプキンヘッドを装着、前まで覆えるほどの大きなマントを着込みながら現れる。ちなみにこの間、ウェイトレスは結衣だけである。
ここで美鳩かぼちゃが収穫の祝いとしてお客にお菓子を振る舞い、絆かぼちゃがお菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞー、的なながれをするささやかなイベントモドキだ。
さて、ではここで絆がトリックオアトリート、お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ、と───
『───菓子などいらぬ!!』
……いたずらしたいだけの傍迷惑なかぼちゃが現れた。
お前はお師さんの死に涙するサウザー様か。要らないのは愛だけにしろ愛だけに。
ともあれ、そう叫んだ絆は親と一緒に来ていた子供にちょっかいをかけては、きゃっきゃと喜ばれて大好評だった。
「あれ、いいのかしら」
「知らん。ほんとあいつ、妙なところでアドリブに強いからなぁ」
「……美鳩さんと戦い始めたわね」
「収穫を祝う日にヒーローショーやってどうすんだよ……」
そして結衣に怒られ、正座するかぼちゃ二体。一部のお客さんが爆笑している。
しかしそれでめげないのが宅のかぼちゃもとい娘なわけで。
そういう不屈な精神は、きっと結衣から受け継ぎ、小町や一色に鍛えられてきたんだろう
「いたずらするにしても迷惑にならないことをしなさい! もう!」と結衣に怒られた二人は、ならばと歌を歌う準備を始めた。
なるほど、歌なら───
『……ある日、バキを見ていたら、楽しみにしていたビスケット・オリバ氏の“オー、ブルーマウンテン”が“ムッ! ブルーマウンテン……!”でした……。聞いてください、“a moure La vie”』
絆がそう切り出してから数秒後。
すぅっ───と美鳩が息を吸い、声を発する。
『
朝には発声練習とばかりによく歌う娘たちが歌いだした。
あまり聞き覚えのない始まりだが……ハテ?
『たとえ小さく~ても~♪』
美鳩の声に続き、絆が歌う。
海外で暮らしていたこともあってか、やっぱり美鳩の外国語の発音は綺麗なもんだ。
『たとえ~、馬鹿げて~い~てもォ~~夢ぇ~を~この~手~に、掴んだとぉ~きは~♪』
『『けし~て~、離~しはしな~~~い……♪』』
……あ、これアレか。
思い出したけど、なんだってこれなんだ?
『帰る家さえ~、見~当~た~ら~ず~……』
『ただ一人立ち~~尽~くす~~~~……』
『『だけど誰かが私を何処かで今も待ってる♪ 苦しみを~解き放つ~ため~~~~~~~♪』』
『
『
『
『『
…………うん。あれ、アニメ版バキのドリアンの歌だ。
漫画だと
そういえば最近、懐かしのアニメ特集とかで、スマイル動画でバキ無料放送とかやってたっけ。
……そしてなんだか微妙な空気になる店内。そりゃいきなり人生を歌われても。
てかもっと知られてる歌にしなさい、あれバキ見てなきゃ誰もわからんだろ。
『シンとした空気……黙り込む人々……。ハハ、いたずらは成功ですね』
『Sì。というわけで一層の悪戯を』
『食べちゃうぞ小僧~~~っ!! ボバーーーーッ!!』
絆がぽかんとしている子供を強襲!!
しかしその男の子の前に女の子が立ち塞がり、なんとお菓子を差し出してくる。
「か、かぼちゃさん、お菓子あげるから、大樹のこと、みのがして……?」
『ぬふっく!? か、菓子……だと……!?』
『Nn……このジャック・オー・ランタンが菓子を貰うといたずら出来ぬと知ってのこの行動……!』
『いいだろう! ……小娘……貴様の弟を思う姿に免じて、このジャック、うぬらを見逃そう……!』
「え……あの、お菓子───」
『fufu……二人で食うがよい。生憎とこのジャック、今は腹がいっぱいなのでな……』
「あ、ありがとうじゃっくさん!」
おい……なんか無差別に悪戯する最低かぼちゃ野郎が、なんか言い話で〆ようとしてるぞ、あれほんといいのか?
『そして急に腹が減ったのでそこの小僧! 貴様のお菓子をもらう! 寄越さぬならば、いたずらあるのみ!』
「や、やだよ! かぼちゃさん、さっき菓子などいらぬっていってたもん!」
『ぬうううし!?』
そして子供に図星を突かれてすこぶる驚愕する娘がおった。
はっはっは、なにやってんだろうなぁ宅の娘は。
なんかああいうところを見ると、結衣の娘だなぁとほっこりしてしまう俺はいよいよもってやばいと思う。
そんな娘たちは、「ならば菓子地獄の刑にしてくれる!」「たくさん食べてお腹いっぱいになって苦しむといい……! ただしお残ししたらいたずらする……!」と、子供に菓子をこれでもかと押し付けていた。
そうなると、もっと菓子がもらえると期待して、店に居る子供全員が一斉に二人のもとへと集結し、ジャックさんが「ぬわーーーっ!」と叫んだ辺りで、俺は視線を結衣へと戻した。
「そういやな」
「ええ」
なのに話しかけるのは、隣で絆たちを見守る雪ノ下である。
「いつかお前を助けるって話」
「よく覚えているものね」
「……まあ。で、だけどな。今のお前はその……なに? ……救われてんのか?」
「笑わない日がない、とだけ言わせてもらうわ」
「それって絶対苦笑も混じってるだろ」
「そうでもないわよ。5割があなたへの失笑だもの」
「それ笑うってカテゴリでいいの? ねぇいいの?」
「ふふっ……ええ、人をからかえる余裕も随分出来たのだもの。言葉にするくらい、問題ではないでしょう? さ、注文の料理が出来たから、結衣さんと届けてもらえるかしら。今のところ、コーヒーの注文はないでしょう?」
「かぼちゃシリーズって紅茶セットばっかで来るからな……おう、任せとけ」
「ええ、子供は燥いでいるのだから、大人には大人の娯楽で対応しなさい。まあ、あなたに話術を求めるつもりはないけれど」
「お前ほんと、俺に対して容赦ないね。まあ、行くけど」
日々平穏。
ぎゃいぎゃい騒ぐ娘たちをよそに、俺は結衣を促してかぼちゃシリーズを手に客席へ。
一人で行けよとか言わないで欲しい。シリーズ全部よこせって言う客がたまに居ると、量が多いんだよ。
娘達? かぼちゃイベントで大忙しだ。
「この調子で毎度毎度イベント毎に騒いでて、静けさとか癒しを求めてクラシックな喫茶店を期待した新規さんが離れやしないかって、俺は不安でしょうがないよ」
「んー……ねぇヒッキー? それってさ、客ひとりひとりに合わせてあたしたちに変われって言ってるのと変わんないよ? ヒッキー出来る?」
「俺ほどの人間になると余裕だな。なにせ結衣とその他で圧倒的な差別が出来る人格者としてご近所でも有名だ」
「差別と対応の変化は違うと思うよ!?」
「なにお前。俺に来る人来る人口説けっての? 俺逆に結衣がそういうことしたら嫉妬に狂って客にズビリッパコーヒーする自信あるわ」
「ずび……?」
「熱々のコーヒーを対象にぶちまける奥義だ。地球にやってきた宇宙人に対して一人の男が使用していた奥義だな」
「そ、それは絶対だめだけど、とにかくだめ。口説くのもダメだし、嫉妬はほらそのえとー……う、嬉しいかもだけど、お客さんにそういうこととかだめ。うん、だめだから。てか宇宙人にコーヒーって、なんの話!?」
「ハイパーなレストランの話だ。ほいお待たせ、かぼちゃセットだ」
「うむんぬ! ご苦労である八幡よ!」
「あはは、相変わらず賑やかだねここは。こんにちは、八幡、由比ヶ浜さん」
「うんっ、さいちゃんも元気そうだねっ」
「おう戸塚、今日も材木座の担当か?」
「うん。そろそろ新しいお話を~って話になって」
「……お前さ、きっちり一本終わらせてから新規で書かないと絶対にエタるぞ……?」
「ぶひっ!? い、いや大丈夫だ八幡……! 我とて無策で書いているわけではなぁーい! きちんとプロットも完成し、戸塚氏に見てもらっているところだ!」
「うん、全部ボツだね」
「ぶひぃっ!?」
「ねぇ材木座くん、ヒットした作品の流れにあやかりたいのはわかるけど、これだと同じ話にしか出来ないよ? 新しいお話を作ろうって企画なんだから、方向性も変えなきゃ」
「お、おぉ、おっふ、おふぅ……!!」
よっぽど自信があったのか、ボツの言葉にぷるぷると震える自称同志。
戸塚は戸塚で、「お話自体は面白いのに……これ、前作の時に見たかったなぁ……」なんて言ってる。
あー、あるわー。そういうのあるわー。おなじシナリオ担当のゲームとか、このドタバタをあのキャラ達で見たかったーとか思うやつ、あるわー。
まあ、これで諦めないのが材木座なんだが。
ダメージは受けても好きなものには相当真面目なんだよな、こいつ。だからこそ売れたんだろうが。
好きなものには真面目…………ふむ。
「? ヒッキー?」
惚れた弱みってすごいわ。
俺ほんと、こいつのためなら頑張れるって心で動いてるし。
じーっと見てくる俺を、結衣は俺の目の奥を見るように見つめて───ポッと頬を染めると、きゅむと手を繋いできた。
あ、やばい、これ行動パターン読まれてるやつだ。これ奉仕部に下がってめっちゃキスする流れだわなにそれ最高じゃんでも友人と話した後にキスとかほんのちょっぴり罪悪感がいや初めてじゃないんだけど何度もやっちゃってるんだけども。
ほらごらん、もはやそれを何度も見ている雪ノ下が、珍しくも左手でカウンターに頬杖をついて、右手でどうぞとばかりに奉仕部への通路をスッと促す。
あれ? これもう許可されてる方向? いいの? 許可が出たなら遠慮しないよ? 俺も、結衣も。
ほら、なんかもう結衣が俺の腕にきゅむと抱きついて目を潤ませて
止めるなら今ぞ? これより先は修羅道ゆえに。
「………」
「………」
そして娘たち。かぼちゃ被ったまま結衣の後ろに並ばんように。
しないから。何度も言ってるけど並んだってしないから。
……。
秘宝。違う。悲報、キスしていたら店が終わっていた。なんだよ秘宝て。ちからのマギ?
んで、夜の奉仕部にて全員が集まる頃、一色が溜め息付きで「最低です、先輩最低です」って言ってきた。
「お互いに夢中になっても、仕事だけはきっちりこなす二人だと思ってました。裏切られた気分です」
「おいちょっと待て、俺はきちんと許可を得てだな」
「得ても仕事を優先してくださいよー。頑張ってたわたしたちの後ろで、らぶらぶちゅっちゅしてたとか後になって聞かされたわたしの気持ちも考えてください」
「ええそうね。奉仕部で二人がいちゃついているから近づかないように、と伝えてからというもの、注文を間違えた上に間違えたケーキを食べていて、次の注文を忘れた一色さんの言う通りね」
「間違いって誰にでもありますよね」
ものすげー掌返しだった。それでいいのか元生徒会長。
「でもですよ? 雪ノ下先輩だってどうしたものかしら~って言ってたじゃないですかー」
「ええ、以前から何度も議題に上がった問題だもの。結局のところ、お客様に見せない方向にするのが一番だとそう決めることにしたわ」
「……無難ですね」
「“これで”無難なのよ。解決策なんてないもの。この二人に愛し合うな好き合うななんて、通用する筈もないでしょう?」
「先輩、ものは試しなので愛し合ったり好き合ったりをやめてみてください」
「店を畳もう」
「そこまでですか!?」
「いろはママ……さすがにパパとママの幸福の時間を殺しにくるのはダメです」
「Sì、それはさすがに看過出来ない見過ごせない」
「美鳩さん、意味が被っているわ」
「重要なことなので、だよ雪乃ママ! でも……うーぬ、例えば、夫婦間の恋愛禁止令が叶ったとして、もやもやする二人はいつしか他の人に癒しを求めるように……?」
「……
「だね。ていうか他の誰かがパパやママに近づこうものなら!」
「この比企谷シスターズが黙っていない……!」
言って、何故か席から立った二人が、壁殴り代行ポーズをムキっと決めてみせた。
やめて、なんかもう一人が産まれたらAAが完了しそう。
「きーちゃん、みーちゃん、具体的には?」
「純愛以外を拒絶する我らが由比ヶ浜の血にとって、NTRなぞDIOが語るジョースターの血統以下の存在です。なのでそれ目的で近づく、またはそれが目的ではなかったのにそんな気持ちになってしまった野郎女郎どもには、思いつく限りの嫌がらせの数々を諦めるまで、執拗に、ねちっこく繰り返します」
「うわぁ……」
おいやめて? うわぁとか言いつつ俺見るのやめて?
それ違うから。俺が教えたとかじゃないから。俺基本嫌なヤツ相手は無視っつーか関わらないタイプだし、なんなら全力で相手から逃げるまである方向性の人間だから。
嫌なヤツ相手に、嫌がらせのためとはいえ自分から近づく? そんな人との係わり合いを積極的にするわけがなかろう。比企谷八幡をおナメでないよ。逃げるよ? 逃げるだろ? はい、逃げるってことで。だって係わり合いたくないもん。
てかDIOのジョースター家に対する印象って、便所のネズミのクソにも匹敵するくだらない物の考え方? それとも彼の運命という路上にころがる犬のクソのようにジャマなもんのこと? ……どっちもか。ひでぇ。まあ俺だってそういう輩が近づいてきたら最大級に警戒する。関わる関わらないで言うなら、どちらかというと大拒絶。
「ちなみに先輩は、結衣先輩に近づく輩が居たらどうします?」
「嫌われてようが、一層嫌われることになっても近寄らせねぇよ。こいつは俺が絶対守る。そこに俺への好意とかそういった感情は関係ねぇんだよ」
「うわぁ……あ、結衣先輩はどうですか?」
「うーん……あたしの場合、周りに馬鹿女だ~とか言われても、ヒッキーについていくだけだから。騙されてる~とか、あんな男と~とか言われてもさ、好きなんだもん。しょうがないよね」
「………はぁ~ぁあ……これですよ。この家族は揃ってこうなんですから。まあ、わたしもそういう人が居たら静かに動きますけどね。気づいた時にはその人の立場とかいろんなものが滅んでるかもですが」
「ええ、もちろん私も協力するわ。私はそういうものが見たくてここに居るわけではないから」
「結局そこなんですよね。はぁ。変わらないものってあるもんですよね~……」
「違うわ、一色さん。変わっているけれど、その変化が私たちに合ったものでしかない。ただそれだけのことなのよ」
「あー……それわかります。わかりますけど、もどかしいですよね」
「ふふ……ええ、もう慣れてしまったけれど」
くすくす笑い合う雪ノ下と一色。
ポージングを変えて、“ピュアピュア~~~ッ!”とか“ニャガニャガニャガ……!!”と笑う娘達。てかなんなのその笑い方。
もうものすっごい微妙な空気なのに、キン肉マンネタとはわからない結衣は俺の手を握ってきて照れくさそうだけどやさしく微笑んでいた。
で、俺もうものめっさ微妙な心境。せめて肉笑いさえなければ。
誰だよこんな風に育てたの。俺達だ。ヘンテコな部分は主に俺と材木座だ。
それでもそんな照れ笑いを見ていれば、不思議と周りの音が聞こえなくなってくる。
気づけば俺と結衣は微笑みのまま顔を寄せ合って、目を閉じ、くちづけを交わし合っていた。
「……雪ノ下先輩。試作でビターチョコレートケーキ作ったんですけど、食べます?」
「ええ、いただくわ」
「Sì、ならば美鳩はすかさず糖質の吸収をおだやかにする飲み物を用意する」
「ならばこの絆は───リバースカードオープン! “ワイズマンの食卓”を発動!」
「……どのみち穏やかにするだけだから、あとで動かなきゃだけどね。きーちゃん、みーちゃん、ともに白髪の生えるまで」
「糖質の前に、女子とは常に同志たれ! です!」
「Sì……! けれどそれは糖質制限ダイエッターにも言えること」
「この場合、あとは野となれ山となれ、ではないかしら。……それにしても、糖質……糖質、ね。サイクリングでも始めてみようかしら。意外に消費カロリーが高いと聞いたことがあるわ」
「糖質制限しても、カロリー計算してなきゃどうしようもありませんからねー。大学時代でも居ましたよー? “私糖質制限ダイエットしてるから、お肉とか脂質とかいくら食べてもいいのー!”とか言って、カロリー無視で食べ続けて余計に太った子」
「……愚かね」
「ダイエット戦士としての戦闘力で言えば生まれたてのカカロットにも劣る愚かさですね」
「NO、絆……産まれたてで戦闘力2は地球人にしてみれば相当強い」
「おっとそうだった。でも産まれてあそこまで髪の毛ハッキリしてるって、悟空さもブロコリとやらもすごいよね。トランクスはちょっぴりある程度だったのに」
「それは純粋な野菜星人と地球人との差というもの」
「……ところでそのー……二人がいよいよディープな音を奏で始めたんですけど。え? これをBGMにケーキ食べるんですかわたしたち。移動しませんか? むしろ邪魔しちゃ悪い気がしてきました。ていうかどうしてこの二人休憩室行かないんですかなんでわたしたちが気を使わなきゃいけないんですかこれ普通逆ですよねごめんなさい無理です耐えられません」
「一色さん」
「へぁはいっ!?」
「環境音、というものよ。わかるでしょう? 夏の夜に鈴虫が鳴く。昼には蝉が。田んぼではカエルが鳴いて、朝には鳥が鳴くものよ」
「いえいえいえいえいえいえいえいえっ! 環境音って! そりゃ毎日聞いてますけど! もう環境音レベルですけど!」
「風に揺れる草の音を気にする人間は極々僅かなもの。悟るのよ一色さん。……二人の世界を築いたこの二人に、場所なんて関係ないのだもの」
「あー……だからお店でおっぱじめる前に奉仕部行け、なんですねー……」
「一種の悟りの境地」
「Sì、雪乃ママの陰りある悟りスマイルに敬礼……」
「敬礼……!」
時に息継ぎをしながら、荒くなったそれを唇で覆って、お互いの呼吸を交換する。
頭が痺れるような感覚が全身に広がって、意味もなく視界が滲み、けれどお互いだけは見失わずに愛を深めていく。
ああ、俺こいつのことが好きだー……って頭どころか体と心が自覚するたび、相手のことがいとおしくなり、またキスをする。
そしてより近づきたくて、やがて椅子のことさえ忘れるくらいに抱き締め合い、互いの背を引き寄せるようにしてキスを。
「……美味しいですね」
「ええ、とても。この脳髄を焼くような甘さがたまらないわね」
「……雪ノ下先輩、これビターチョコレートケーキなんですけど」
「美鳩美鳩」
「はい、なんですか姉さん」
「レムちぃの真似はいーから。……このケーキを愛し合う二人の口の間に挟んだらどうなるかな」
「……………………空気なんて読まない」
「やってみよう!」
「「正しいより楽しきを取る我らの手に、御身と力と栄え有り!」」
「グオッフォフォ……!! ではまずは一口サイズに切って……!」
「息継ぎのために離れて、また近づいた時が狙い目……!」
「…………!」
「…………!」
「真由子さん! 今!!」
「“LES ARTS MARTIAUX”!!」
息継ぎのために離れ、また近づいた瞬間、口と口の間になにかが挟まった。
だがそれはすぐにお互いの唾液にまみれ、口に含まれ、ほどけたために、苦さも味もすぐにお互いを欲する麻薬へと変わる。
お互いの口の中でほぐしながら、お互いに食べさせるように舌と舌とが絡み合い、同じ味を分け合っているという事実が余計にお互いを近づけさせた。
「あ、あわわ……あわわわわわ……!!」
「め、めに、目に毒……!
「な、なにやってるのきーちゃんみーちゃん! 普段からのその二人のこと見てれば、ケーキなんて与えたら口と口とで食べさせ合うってわかりきってたことでしょー!?」
「苦ければなんとかなるって思ってたのに甘く見てました! なんたること……! 娘たるこの絆の目をもってしても読みきれなんだ……!」
「音が……音がよりディープで生々しい音に……! パパ、パパッ……! 口開けてもの食べちゃだめ……! 少なくとも美鳩はそう聞いて育てられた……! だめ……! だめ……!」
「ケーキを食べるだけで、なぜこうもやかましくなってしまうのかしら……。まったく、この家族は……」
口の中の苦さが互いの唾液の甘さとともに嚥下される頃、周囲の音が戻ってくる。
そこでようやく雪ノ下たちが両手を合わせてごちそうさまを言っていることに気づき、なにか食べたのかと訊いてみると、
「お菓子をあげてもいたずらがあったようなものよ。気にしないでちょうだい」
と返された。
なんのこっちゃ。
「……今日は美鳩がコーヒーを淹れる。どんなのがいい?」
「「「濃度の高いブラックで」」」
「Ho capito」
「? じゃあ俺は───」
「先輩、ブラックですよね?」
「へ? いや俺は」
「比企谷くん。ブラックね?」
「や、だから」
「結衣先輩はどうです? ブラックですか? ブラックですか?」
「それブラックしかないよ!? あ……でも、うん。なんだか口の中がすっごい甘いし、心も甘いから……ん、美鳩、あたしもブラックで」
「Sì」
「で、先輩は?」
「………………」
いやなんなの? これなんなの?
たまに似たようなことあったけど、これっていじめ? ブラックは俺、葉山とのアレの時以外飲まないようにしてるんですけど?
「絆」
「ラーサー! って、え? なになにパパ」
「苦いの頼む。紅茶で」
「ホワッ!? お、おおぉお! パパから絆に紅茶の注文! 了解だよパパ! ゴールデンドロップを振り絞る勢いで最高に美味しくも苦い紅茶をプレゼンティッドバァーイ───絆!」
「……むうっ! 本来なら美鳩が頼まれていた筈なのに……!」
「悪いな、ジンクスってわけでもねぇけど、ブラックは葉山以外とは飲まないようにしてるんだよ」
「なんと!? おのれ弁護士……!」
「……今度食事にミラクルフルーツ混ぜる」
「どっから持ってくる気だばかもん」
べつにうちの店、すっぱいもんとか出さんからやめろ。
「まあでもこれで我が家のラブラブ夫婦っぷりは今後も健在と証明されたということだよ雪乃ママ」
「Sì、近づく輩はとことんまでに甘さを知って絶望する」
「そもそも愛し合うな好き合うなが無茶な提案だったもんね」
「……目に毒という一点においては納得せざるをえない」
「……清き一票」
「絆さん、投票しなくていいわ」
なんだかよくわからんがひどい言われようだということはわかった。
仲が悪い夫婦よかよっぽどマシじゃないの、なにが不満なのちょっと。
「せんぱ~ぁ~ぃ~? 仲が悪いよりマシじゃねーかって顔してますけどですよ?」
「ねぇちょっと待ってそれどんな顔? それどんな見方すりゃわかんの? ねぇ」
「うるさいです。とにかくですよ? 例え話ですけど、せんぱいの両親が人目をはばからずらぶらぶいちゃいちゃちゅっちゅしてたらどうです?」
「キモい」
「うわ即答ですよこの人……。せんぱーい~……それ、自分の娘にも当て嵌めてみてくださいよー……」
「え? 自分もしてもらおうと結衣の後ろに並んでるあいつらがどうかしたか?」
「きーちゃ~ん、みーちゃ~ん♪ ……二人ともしばらくケーキ抜きね♪」
「なんで!? え、えちょ、───なんで!?」
「え、な、ぁう……ま、待ってほしい……! 美鳩は、美鳩は……!!」
甘いものが好きな二人に渾身の一撃。
でも紅茶とコーヒーを淹れ途中であるために、妥協しない二人は慌てつつも冷静に飲みものを淹れた。見事。
そうして手渡された紅茶と、同じく渡されたコーヒーを手に、俺と結衣はケーキを巡って言い争いを始める娘と後輩と、それを眺めて苦笑をもらす雪ノ下を眺めつつ、笑った。
隣に居る自身の幸せの象徴も楽しそうに笑って、俺の肩にぽすんと体を寄せながら、幸せそうにコーヒーを飲む。
相当苦かったらしく顔をしかめたけど、それも笑いの種にして、幸せそうに、嬉しそうに。
俺はそんな妻の肩を抱いて引き寄せて、紅茶を飲む。おお苦ぇ。
そんな俺の顔を見て微笑む妻に、苦さの共有と称してキスをすると、頬を染めつつもくすぐったそうに笑う。
賑やかさにつられて降りてきたポテトも混ぜて、今日もまた騒がしく日々を〆るのだ。
今日も、喫茶ぬるま湯は平和です、ってな。
……平和だから。犬にかぼちゃヘッド被せるのやめなさい。重さで潰れてるじゃないの。
ドリアン海王の歌については歌詞は違うかもです。
だって歌詞知らないもの……!
あと“ム!? ブルーマウンテン……!”に関しては、当時は本当に「違う……! こんなものを聞きたかったんじゃない……!」でした。
小説のネタにするほど好きな場面だったのに……どうして……。
そんなオチャメさと怪力無双っぷりが凍傷は大好きだったんですけどね……。そんなオリバが今ではハハッ、かませ犬ですよドチクショウ。
板垣先生、やっぱり旧キャラ嫌いなのかなぁ……。