どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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いつか夢見たぬるい未来で

 人は順応出来る生き物……って、これ前もやったな。

 まあ、そうな、順応出来る生き物である。

 しかしそれは経験したことのある物事に対して言えることであり、そんな経験が活きない場面では案外もろいものだ。

 この場合においての……というのも、現状での俺の目の前にある事柄に対して言うことではあるが、この場合においての経験が活きること、というのは、一時にそれらの事柄が起こることを指す。

 ただでさえ面倒な物事が、想定していたソレと同時に起きた時、人間ってのは案外行動停止するもんだ。

 ただしそこに大切な何かを守るだのといった別のそのー……要因? っていうものが存在する時は、頭で考えるよりも体が動いてしまうこともある。

 あーほれ、俺の場合は結衣とか結衣とか家族とか結衣とかな。いや、結衣も家族だけど。

 つまりほれ、なんだ。

 ……さすがにこれは想定してなかった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 ゴォオオオオオオォォォォ……!!

 何故だか風が吹き荒れているような気がしないでもないこの場にて、腕を組み不適に笑う存在みっつ。

 一人が真ん中に、二人はその後方に左右一人ずつ。

 真ん中の腕を組んでふんぞり返……ってはいない、軽い俯き気味の姿勢で前を向く男が一歩ザリ……と前に出ると、

 

「もははははははは……! 益荒男どもよよくぞ参った! 本日これより始まるは動物の祭典! 汝らが求め訪れた理由どもが血気盛んに蠢く、心踊る祭りの園よ!」

 

 名を、材木座義輝といった。

 いや、なんでここに居んのお前。

 

「さあいざ益荒男よ! 己が求める獣も然り! まだ見ぬ獣を求める心も然り! この祭りの園にて存分に(うち)なる心を披露されませい! 普段では“ヤッダウッソォ~、外見や性格からは考えられな~い!”などと勝手な見解で決められ、イメージを壊したくないからと無理矢理誘われた体で来訪せし強面の者も! 好きすぎることを隠しつつも、心では常に爆発させたかったその愛も! 尽きることなく発揮して愛でるが良い! では唱えよ総員!! 魂のままに、感謝とともに叫ぶのだ!!」

「東!!」

「京……!!」

「「「「「わんにゃんショォオオオオオオオッ!!」」」」」

 

 材木座の言葉とともに、人々は叫んだ。

 ここ数年でいい加減見慣れた人も、実際に隠していたけれどそんな理解に心震えた人も、絆と美鳩の言葉から始まるもので叫ぶべきを予測し、叫んだのだ。

 ていうかなんでお前ここに居んの?

 

「ふははははは! ううむ! 此度も人の心は猛っておるわ! やはり祭りはこうでなくてはならーん!! ……同志八幡よ! うぬも壮健であるか!」

「なにいきなり話しかけてきてるわけ?」

「はぽっ!? ひどくない!? 我と貴様の仲であろう!?」

 

 いや、純粋に疑問なんだが。お前少し前に新作の小説がどうとか言ってただろうが。

 

「む、むふんむ! 実は新作の小説の内容で、どうしても動物の資料が必要でな。こうして戸塚氏と東京わんにゃんショーに来たわけだが……」

「だが?」

「とっ……戸塚氏とはぐれてしまい、こっ……こここ心細くて……!!」

「お前今何歳だよおい……」

「恐怖に年齢は関係ないであろう!? 普段からそこまで興味もないと思っていたが、過去にフレンズに心擽られ、時を経て今まさに動物のお話を書かんとしている我に対してその言い草!」

「なにお前。次回作動物ものなの?」

「あ、いや、短編で動物ものを書くことになったのだ。普段からバトル物を好んで書く者がまったく別のジャンルに挑戦する! といったイベント的なあれである」

「あー……昔ジャンプとかであった連載作家達に読み切り書かせるアレみたいなアレか」

「うむ、そのようである。この我にバトル物以外を、しかも動物ものを書かせるなどなんたる……! なので戸塚氏の休みに合わせてこうしてやってきたわけだがそのー……」

 

 見事に戸塚とはぐれてしまったと。

 まあそれはいい。わかった。わかったからいい歳こいた男が胸の前で人差し指同士をつんつん合わせるポーズはやめなさい。

 で、そんないい歳をした男を前に、挙手したのちにヴィスィーとポーズを取る娘二人。

 

「押忍! そんな時に不審者レベルでソワソワするザイモクザン先生を見つけたので確保いたした所存! ───右の絆!」

「Sì、迷子の子供以上に泣きそうだったので、ソッと寄り添い中二強度を盛り上げた所存。───左の美鳩」

「「「三人揃って! かぶろぶらぼれあぼろふともめず!!」」」

「いやわかんねーよ。三人揃って、まで揃ってたのになんでキメ台詞みんなバラバラなのちょっと」

「regretful……打ち合わせをしていなかった弊害……! 口惜しい……すこぶる口惜しい……!」

「ザイモクザン先生、ここは合わせないだよ……」

「我が悪いの!?」

「いや、どうせこいつらも合ってなかったから気にすんな。それより別行動してる戸塚が心配だな」

「はぽ? そうであるか? 我が言うのもなんだが戸塚はよっぽどしっかりしておるだろう」

「ナンパされる」

「「「一大事であるな……!!」」」

 

 言うや否や、三人は「イチ、ニ、散ッ!!」の合図で散開した。

 で、残された俺達は……

 

「相変わらず元気ね」

「仕方ありませんよ、毎年のことですし」

 

 苦笑を漏らす雪ノ下と一色に「まあ、そうな」と返しつつ、繋ぎっぱなしの手をもにもにと動かしては心癒されていた。

 ちらりと隣を見渡せば、こちらを見上げてくる視線。

 交わすそれらで“どうする? 探す?”“みんなで探したら探したで、さいちゃん迷惑かけた~とか思うと思うから”とあいコンタクトを終了させる。

 OK,俺達は俺達で楽しむ方向でGO。

 とか思ってる傍からメールが届き、『やった! 勝った! 仕留めた!』との本文を確認するに、戸塚が絆に捕獲されたらしいことを把握。

 一応合流するかを訊いてみると、『オウmこっちは大丈夫!』との返信。

 おいちょっとー? 消えてないよー? オウム消しきれてないよちょっとー?

 

「まだ諦めてなかったのか……」

「? ヒッキー?」

「絆と美鳩は別行動だと。戸塚も無事見つかったみたいだから、俺達は俺達でのんびり行くか」

「そっか。じゃあまず───」

「ペンギンですね」

 

 言おうとしたところで一色がかぶせてきた。今年はどちらになるのか、なんて考えた矢先だ、正直ありがたい。

 

「………」

「………」

 

 途端、結衣と雪ノ下がじぃっと一色を見るが、一色はどこ吹く風って態度で溜め息をとほー。“わたし、困ってます!”って感情を前面に押し出しまくった表情で返した。

 

「いえ、だって毎年毎年犬が先か猫が先かで妙な空気になるじゃないですかー。でしたらまずはペンギンを見て、見終わったあとの気分でどちらを先にするかを決めるべきですよ。むしろ必ずしも一緒に行動しなければいけないわけでもありませんし。あ、もちろん先輩は結衣先輩と一緒で全然構いませんけど」

「いや、お前な」

「え? 一緒に行かないんですか? 奇跡的に別行動ですか? 頭大丈夫ですか?」

「疑問に紛れて人の頭を疑うんじゃねぇよ。正常だから。別行動しないから」

「だったらまず人の言葉に足して反論を探すのやめてくださいよ。まったく、先輩は本当にいつまで経っても先輩なんですからー」

「お前もほんと、いつまで経っても一色だけどな……」

 

 なんですかそれ、なんて返して、そのくせ笑顔で雪ノ下を引っ張っていく一色。

 まあほんと、普通じゃ考えられないよな。高校の知り合いがひとつの会社の下で家族になるとか。

 気心知れてるって意味ではとてもありがたいケースではあるんだろうが。

 

「……行くか」

「どっちに?」

「俺らは俺らのペースで、でいーだろ。むしろ犬スペース行って、他は行かないって方向でもいいわけだし」

「………」

 

 そう言うと、結衣はにこーと笑みを浮かべて、繋いでいた手を辿るように腕を抱き、えへー、と笑った。

 妻の、緩んだ笑みから花咲くように笑顔になる過程が、どうやら俺はかなり好きらしい。

 そんなもんを至近距離で見せられれば当然照れるわけで。いい加減照れ隠しにぶっきらぼうな態度を取るわけでもないが、代わりに不意打ちでキスをした。

 ちくしょう可愛いなこの妻。キスするぞこの野郎、ではなく、キスしたぞこの野郎。

 ふひゃあっ!? なんて驚く妻の腕をこちらからも逃さないように絡めてから、ズカズカと……では照れ隠しっぽくなるので、結衣の歩調で歩き出す。

 そうすると結衣も「あぅう……不意打ちってまだ慣れない……」なんて言いながら付いてきてくれる。

 当然、俺の照れ隠しって部分も承知の上でだよちくしょう。だってちらりと見れば、顔を赤くしながらもしょうがないなぁって顔で俺を見てるんだもの。

 男ってほんとアレね、好きな女の前だと大人になりきれないっていうかほら、その、アレだよ。……気ぃ惹きたくてしょうがないんだろうな、きっと。

 それを自覚できている分まだ行動出来る方な俺は、照れて行動出来ずにただ気を惹きたくてちょっかいかけるだけ、なんて頃よりはマシなんだろう。……マシだよな?

 

   ×   ×   ×

 

 犬スペースに向かうさなか、ふと思い立ってその途中にあるオウムが居た場所に寄ってみる。

 すると───なんということでしょう。

 おかしなことを吹き込まれてから跨いだ今年。しばらくおかしなことを吹き込まれることがなかったから油断したのか、変な言葉を教えないでください看板がなかったそこにて、

 

「円の動き!」

「円の動き……!」

「ムーヴオブッ……サァークルゥウウッ!!」

 

 オウムを囲み、ぐるぐる回る娘二人と知り合い一人を発見した。

 そして早くもぶつぶつとなにか教え込んでいるやだ怖いあいつら怖い!

 さすがにヤバイと感じたので止めようとしたんだが……いやむしろ知り合いとか身内に思われるのもどうなんだってレベルでやばいんだがどうしよう。

 中学時代までの俺も、他人の目からしたらあんな感じだったんだろうか。

 ああうん、そりゃ距離取られるわ、告白されてもドン引くわー……。

 などと一人理解を深めていると、

 

「あれ? 三人とも居るのにさいちゃんが居ない……」

「ん? あ、そうだな……」

 

 言われ、探してみる。

 戸塚のことだからアレに参加することはなかったようだが、だからといってあの三人をほったらかしに別行動を取るような人間でもないことからして、と視線を動かしてみれば、設置された長椅子に座り、ソワソワしている美女もとい美戸塚を発見。

 

「……毎年思うんだけどさ。さいちゃんってほんと……」

「……産まれてくる性別、間違えてるよな……」

 

 頭の中でも間違えるほどの美女もとい美戸塚が居た。

 長い髪を後ろでひと房に結わい、誰に教わったのか女性が切るようなズボンタイプの衣服に身を包み、梅雨の時期でも暑すぎず涼しすぎない見た目のソレは、通りすがる人の目を惹きつけてやまない。

 

「お、おい見たか今の娘……!」

「見た見たー……! めっちゃ綺麗だったよねー……!」

 

 デート中のカップルも双方ともに振り向いては、褒めまくりなほどの美戸塚である。

 そんな声がこの喧噪の中でも聞こえてしまったのか、戸塚は顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 こういったことがさっきから続いていたのだろう、だからソワソワしていたっぽい戸塚が、キョロキョロと落ち着かずに視線を動かすと、はたと俺と結衣を発見。

 パア……っと表情が花開く、なんて表現もあることもないかもしれんこの時世……俺と結衣は、そんな表現を目の当たりにすることとなった。

 

「……いいか?」

「うん。だってさすがにほっとけないもん」

 

 眩しい笑顔でぱたぱたと駆けてくる戸塚を、結衣も笑顔で迎えた。

 いやー……救いの手あり、を体験したからなのか、早口で喋る戸塚の可愛いこと可愛いこと。

 ていうかどうなってんのほんと。以前会った頃もだけど、ほんと歳取ってないよね、外見的な意味で。

 まあどうあれ、人って照れ隠しの時ってやたらと口が走るよな。それが照れ隠しがバレる行動第一位だと、その時の本人は自覚出来ないことが大体なのだが。

 

「ごめんね由比ヶ浜さん、せっかくのデートなのに」

「ううん、平気平気。娘を二人も育ててるとね? そういう状況での自分の立ち方っていうのもわかってくるものだから」

「そうなんだ」

 

 話し方からして、むしろ声からして、いやさ存在からして女性にしか見えない戸塚が、結衣の隣を歩く。

 一度、俺の右隣をちらりと見た戸塚だったが、次に結衣をちらりと見てひとり頷き、結衣の左隣に行ったわけだが……これはそのー、なんだろうか。なにを遠慮されたのか。

 そして結衣の“そういう状況での立ち方”というのが、恐らくは自分を抑えたりしない、なんていう立ち方であろうことはわかりきっているわけで。

 いや、結衣? 奥さん? それ、ママのんとかお義母さんが頑張ってくれたから出来たことだからね?

 今回だってママのんが我ぞ我ぞと和香(のどか)の面倒を見るって言うから、こうしてわんにゃんショーに来られているわけで。

 

「あ、ところで八幡、由比ヶ浜さん、今日、和香ちゃんはどうしたの?」

「あ、うん。ゆきのんのお母さんが面倒を見てくれることになって」

「そうなの? 雪ノ下さんのお母さん、子供が好きだよね。美鳩ちゃんの時もすごかったし」

「あはは……うん」

 

 比企谷和香。宅の三女にございます。

 和みと香りを提供するお店の娘、という意味とかそれ以外の意味も含めての、それはもう家族や知り合い全員が揃って名前を考えたという一大事の中で産まれた。

 一人くらい男の子が居てもそのー……いいのよ? なんてこれっぽっちも思わなかった俺にとって、和香の誕生はとても素敵なものだった。

 そして、以前手伝ってくれないかも……なんて心配していたママのんもお義母さんも、むしろ子育てなら任せんしゃいとばかりに二人揃って和香にデレんデレんである。

 葉山さん家の(みどり)さんと大体産まれた日も近く、ジュビコ……もとい三浦も、ママのんとともにお義母さんに母親のあり方を教わっているのだとか。

 

「で、戸塚。材木座の調子はどうなんだ? 原稿あげられそうか?」

「あはは、うん。いっつもうんうんうなってるけど、なんだかんだやり遂げてくれるから、心配はしてないんだ。まったくの別ジャンル、っていっても書きたいものはあるみたいだから」

「動物なのにか? へぇ……あいつがね」

 

 どんな話だろうか。ほのぼの動物物語から始まって、ある日動物世界が人間どもによって踏みにじられて、力に目覚めた動物達が人をブチノメすために旅をするんだろうか。

 ……まあ、俺が考えても答えにはたどり着けそうもない。

 あいつももう完全にプロ作家だ、考え方や広げ方にもちろんクセはあるんだろうが、きっちりと“売れる物”が書けるんだ。

 俺がどうのこうの考えたってなにが進むわけでもない。

 

「で……材木座ほったらかしで歩いちゃってるわけなんだが……いいのか? あれ」

「うん、僕は全然構わないよ。材木座くんも童心に帰って夢中になっている時こそ、純粋なるネタが浮かぶものなのだー、って言ってるからね」

 

 おう。なんかいきなり胡散臭───もとい怪しく───もとい…………ああうん胡散臭いな。

 

「んー……でも絆と美鳩が、オウムが居るからって八幡と別行動取るなんて、なんか珍しいよね」

「いや、あいつら案外面白いことを目の前にすると止まらないから、ある意味そのまんまの行動なんじゃないか?」

 

 もしくはいい加減親離れの時が来たのかもしれん。

 まあそれはいいとしても、離れるための相手が材木座ってのはどうなんだろう。

 

「………」

「えへー……♪ ……複雑?」

 

 じぃっと円の動きを続けている娘を眺めていると、結衣がにこにこしながら問いかけてくる。

 複雑……まあ、複雑だよな、なにせ相手が材木座なんだから。

 これが戸塚だったらもう娘をよろしくっ……! ってくらいには即決で祝福できるんだが、ってそういう話してるんじゃねぇよ。

 材木座相手に娘らが熱を上げているとかそういったわけでもなく、ただその、なに? 離れるきっかけが材木座なのが複雑ってだけだ。

 

「ほらほら八幡? 絆たちのことは中二に任せて、あたしたちも行コ? 犬もそうだけど、今回は本当に、じ~っくりといろんなの見るんだから」

「や、それお前が今までふんぎりつかなかったからってだけで───」

「八幡? そういうのはわかってても言っちゃだめだと思うんだ、僕」

「………」

「………」

 

 妻と戸塚にゃ勝てない俺です。つまり最初から負けは確定していた。

 溜め息ひとつ、「んじゃ行くかー」と促して歩く。

 腕に抱き付かれてもとっくに平気になった歩法で、足同士がぶつかることもなく完璧に。

 知るがいい若人どもよ……! 寄り添い歩くとはこういうことだ───!!

 ……。

 途中、戸塚に「歩き方とかすごく息ぴったりだよね! すごいね!」と無邪気なる賞賛を送られた。

 夫婦二人、真っ赤になった。

 

   ×   ×   ×

 

 ペンギン、猫、犬と回って再びオウム。

 途中で再会を果たした雪ノ下と一色も一緒に、こうして絆と美鳩(おまけに材木座)を迎えにきたわけだが───

 

『ユミヤガーカケヌーケタキーセキー! ツーバーサーヲチラーシテー!!』

 

 憧憬と屍の道を熱唱するオウムが発見された。

 はいちょっと待とうねパパちょっとわからない。

 どんだけ熱心に教え込めばこんだけの短時間でオウムに言葉を覚えさせられんのちょっと。

 そんな、奇妙な罪悪感にもにた焦燥を抱きつつ視線を移すと、胸の前で腕をクロスにして高らかに笑う双子(姉)が居た。

 

「ミッションコンプリィーーーッ!! ボハハハハハハ!!」

 

 こいつらほんとどっからその元気が出てくるの? てかドン・観音寺とか懐かしいなおい。

 

「これぞオウムの実力……! 都内の小学生の天然声なアレとは一線を画す……!」

 

 だから、懐かしいって。どっから得てんのその知識。

 なんなら結衣のほうがそっち方面にうといまであるわ。ほれ、今も俺の腕を抱きしめつつも袖をくいくい引っ張って見上げてくる、なんてことをやってきてるし。

 知らんなら帰ってから“outside オウム”でググってみような? ……え? 俺も見る? いや……ぁぁぃゃわーたわーた、わかりました。わかったから袖引っ張らない。かわいいなちくしょう。俺の嫁さん超かわいい。

 

「もはははは! これはまた随分と懐かしいものを連想させてくれよる……! ていうか絆嬢? 美鳩嬢? そういう知識どっから拾ってくるの? 八幡とかにふつーに我の影響だとか言われるの、なんだか今とっても理不尽に感じてるんだけど」

「憧れのあの子の隣になりたいとキエエエと唸る謎のオウム……ステキだった」

「つくづく然り! まあまあそれはそれとして。───どーですかパパこれこそ我らの実力! うぬらがのんきに各地を回って動物を愛でて心をリフレッシュさせていた頃、我らはオウムを成長させていたのだーっ!!」

「……ペンギン……見たかった……」

「美鳩は犠牲になったのだ……素晴らしきオウムの発声練習……その犠牲にな」

 

 いや犠牲とかどうでもいいから、どーすんのこのオウム。

 てか話纏めてくれ、材木座困惑してるだろーが。

 

「ところでパパ」

「いやほんと人の話聞こうな? てか聞いて?」

「ママとのデートはどうだった?」

「そりゃお前幸福のまま続行に決まってんでしょ。むしろ今もデート中だと意識しているまである」

「ぬぅっく……! 娘の前でもゆるがぬその在り方……!」

「……絆。今日は我慢」

「フッフフ、わかっておるわ美鳩よ……! でも男の本懐的な意味で寄り添う方向でチャンスがあったりとか……」

「No、パパに限っては存在しない」

「……ダヨネ」

 

 おいちょっとー? 目の前でぽしょぽしょ内緒話するとかやめない?

 普通に聞こえてるから内緒話って体は捨ててくださらない? パパ無視されてるみたいで辛いんですが? むしろ中学時代に似たようなことされて結構傷ついた思い出が……。

 

「パパ、ママ、これからの予定は? まだ時間ある?」

「あたしもゆきのんも犬と猫で時間取っちゃったから、あんま無いかも、かな」

「くぅっ……! 今回は犬猫ペンギンと見つめること叶わず……!」

「Sì……敗北原因はオウムに構いすぎたこと……!」

「むしろその根性がすげーよ。一日かからず“憧憬と屍の道”を覚えさせるとか偉業にもほどがあるから」

 

 てかあとで怒られそうで怖い。だ……ダイジョブだよね? 係員の人がズカズカ来て、“キサマナニヤッテルカー!”とか叫んだりしないよね?

 そもそも材木座お前なにやってんの? 動物の取材しにきたんじゃなかったの?

 

「むぅ……まあ、そこはやり遂げられたかな~とは思ってるけど。なにせ……」

「Nn……ではパパ、珍しくもママから離れて、こっちに来てほしい」

「待て、なにを企んでる」

「言われて行動するよりも疑いから入る親子関係……」

「わかったわかったわかったから目薬差して涙を演出するな。……近づけばいいのか?」

「Sì」

 

 美鳩に促されると、結衣は考えるでもなくするりと腕から離れて、なんでかいってらっしゃい、なんて言って俺の背を押した。

 え、え? なに? なんなの?

 

「うむ! ありがたく拝聴するがよい八幡よ! ……いやうん聞いてください、じゃないと我らの苦労とか水の泡だから」

「材木座? なにやったんお前」

「“我が犯罪的なことを犯した前提”で話進めようとするのやめない!?」

「だってお前、動物見て回るでもなくオウムの周りを回るだけだったろ。大丈夫なのか? 小説とか」

「はぼっほ!? ……と、戸塚氏?」

「わからなかいことがあるなら、ここじゃなくても動物園に行けばいいんだよ。時間ならまた作るから」

「天使……!」

 

 いまいちわけもわからんままに促され、なんか『ユメノツヅキガミータイナラー、オマエハナニヲサシーダーセルー』と何度も何度も繰り返すオウムの前へ。

 ……普通に怖いんだが。怪奇なんだが。

 え? なんなのマジで。これ新たなる催眠学習かなんか? オウムに同じコト連呼させるって難しいんじゃないか?

 などと思っていたまさにその時。

 

『キッ……』

「? キ?」

 

 オウムがふと、今までにない声をこぼすと、

 

『キョウハ、チチノヒ! パパ、イツモアリガトウ!』

 

 次の瞬間にはそれが感謝の言葉だと受け取れた。

 

「へ……? あ…………」

 

 ……で、もちろんそんなことを予想もしていなかった俺は、思考停止するくらい驚いたわけで。

 不意打ちで停止していた俺だったが、意識が戻ればあとは早い。

 バッと娘たちと材木座を見れば、無言でサムズアップ。

 その勢いのまま結衣を見てみれば、にこーと笑う笑顔がそこにあるわけで。

 ……知らなかったの、俺だけ? もしや戸塚と材木座とのいざこざとかはぐれ具合、さらに言ってしまえば随分あっさりとまあ捜索中の戸塚が発見されたことも、自然と集合させるための……?

 なるほど、全員がグルで俺ぼっち。ぼっちに対する仕打ちとして最高水準なんじゃないでしょうか。

 あ、もちろん幸福方面での意味で。マジか。

 

「あ、先輩? ちなみに発案者は結衣先輩ですよ?」

 

 驚きのあまり、呆然と突っ立っていると横から声。ちらりと見れば、先輩なんて言った通り一色だった。隣には雪ノ下も居る。

 

「先輩ってほら、こういうサプライズ的なのって好きじゃないじゃないですかー。それを考えた結衣先輩が、そんな嫌な思い出なんて塗り替えちゃおう、とか言い出したもので」

「……、……てか、だな。そもそもの疑問で、オウムが言葉を覚えてくれなかったらどうするつもりだったんだ?」

「もちろん、私達がきちんと言葉で届けたわよ。まあ、あなたは私たちの父ではないけれど」

 

 言われんでもわかってます。俺がお前の父だったらまずその、言葉の中に地味に混ぜる棘をなんとかするところから頼むわ。

 え? 親らしく命令? 無茶です死んでしまいます。

 けど嬉しかったは事実であり、じわじわと込み上げてくる喜びをこの手に宿し、いつの間にやら隣に戻っていた結衣を抱きしめ、存分に頭を撫でたりなんだりすることにした。

 自分が感謝する側だった頃は、父の日なんて……とか思ってたもんだが……なるほど、やっぱり微妙に込み上げてくるもんだなと笑い、込み上げてくる喜びだの照れだのが一定量に達すると、我慢せずに改めて嫁さんを抱きしめ、撫で回し、愛を唱え続けるのだった。

 ああ、大丈夫、今幸福と興奮の所為でいろいろと麻痺してるから、恥ずかしさとかもあんまないんだよね。

 サプライズとかほんと、いい思い出にはなりづらいと思うのだ。前から思っていたことだが、散々とそっけない態度を取っておいて、その時が来たら喜ばせようとしてハイ嬉しがれ、ってのは無理がある。

 そんで嬉しがらなきゃそいつが悪い空気になるのな。ひどい話だろう。

 俺もそういった空気に巻き込まれる側だったので、よくわかる。……わかる筈だったのだが、今日は別に嫌な空気を味わわされたわけでも、そっけなくされたわけでもない。

 その空気のままに、いや、そりゃまさかオウムに祝われるとは思ってなかったけど、覚えこませるために何度も何度も繰り返し口にしたことを思えば、いったい娘たちは何度感謝をくれたのか。

 

「………」

 

 なので、結衣の後ろに並んで、自分の番を待っている様子の二人を見て、いつもなら“並んでも同じことはしないからな”とスルーするところを、なんかもう羞恥心のタガが外れた今ならばと───

 

「? あ、あれ? パパ? なんか今日はいつもよりママを解放するのが早いようなふやわぁあああーっ!?」

「!?」

 

 存分に抱き締め、頭を撫でることにした。

 いつもならば結衣を抱き締めたままなのに、自分に近づいてきた俺を見て困惑している内に、こう、がばしーっ、と。

 普通ならこのくらいの歳の娘ってのは、父親なんて煙たがるものなんだと思うのに、本当に宅の娘は真っ直ぐに……見えつつ、いろんな意味で螺旋を描くように育ってくれたものだ。こう、真っ直ぐなんだけどぐるぐる捻じ曲がってるのな、いろんな部分が。

 さて。突然抱き締められて慌てている絆を解放して、次に見やるは美鳩さん。

 絆がそうなったのなら、ときっちり身構え……る、というよりは、腕に納まりやすいように身を縮み込ませてる。

 そんな娘をきゅむと抱き締めてやれば……いつかの、言ってしまえば同棲時代頃の結衣のように、自分が納まりたい場所を探るかのようにもぞもぞと動くと、ここぞと思う場所を見つけたのか動きを止め、抱き締め返してきた。こう、ぎうー、と。

 

「はうあしまった! 抱き締められたのが意外すぎて、堪能するのを忘れた! パ、パパ! パパ、もう一度! いっつもスルーするのにいきなりなんて反則です心の準備とかくらいさせてくださいずるいです!」

 

 で、そんな妹の横で、今日も元気に騒ぐは絆さん。

 そんな彼女を見て、笑みや苦笑を漏らす、家族や知り合い。

 改めて……本当に、学生時代じゃあ想像出来ない場所まで来れたんだな、なんて思った。

 いや、想像くらいはしていたのだ、それこそ多感であった中学の頃に。

 俺もいつかは、なんて。あの親父でさえ結婚できたんだから、自然とそういうふうになっていくものなんだって思ってた。

 まさかそう思ってた中学時代に、様々が崩れるだなんて思ってもなかったが。

 平塚先生……静姉さんあたりなら、“それらもお前が努力した結果だ”なんて言ってくれそうだが。

 

「………」

 

 ……だよな。努力、出来たんだよな。

 少なくとも、中学時代の自分から離れたくて、総武を目指して入れたくらいには努力できたんだ。

 希望を捨てていたら総武には入らなかったし、入った先で次こそはと早朝から学校へ向かい……サブレを助けることもなかったんだろう。

 そうやって自然と自分が頑張れた結果を認めることが出来たら、ふと泣きそうになってしまった。

 妻意外にそれがバレるのは嫌だったから、美鳩を離すと再度絆を抱き締めた。や、美鳩の方が離さなかった所為で、絆と一緒に抱き締めるかたちになったが。

 そうなったらもうヤケである。娘らに顔を見られないようにしつつ、結衣を手招きすれば、目が合うよりも先に……俺を落ち着かせるような笑顔で迎えてくれた彼女が、娘ごと俺を抱き締めてくれた。腕の長さが足らんけど、それでもそれだけで自分が幸福に包まれるのがわかった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 材木座と一色に促されてあとにしたわんにゃんショー。

 なんというか思い出深い一日になったわけだが、その翌日にはなにやらヤバ……もとい、少々すごいことになっていた。

 

「お前の周りはほんと、話題が絶えないな」

「お前もその周りの一部だってこと、たまには自覚しような」

「いや、それにしたってだろう。ニュースを見た時は凄いものを見た気分だったが、内容が内容なだけに犯人像が見えてくる、というのもな」

 

 今朝もはよから葉山と静姉さんが店に来ていて、モーニングを食している。

 話題は昨日のわんにゃんショーのことであり……

 

「歌を熱唱したあとに、父の日に感謝するオウム、なんて。何事かと思ったよ。けど毎年通っていることと、オウムの“パパ”って部分で“ああ、もしかして”ってね」

「私も同様だ。というかオウムにあの歌を覚えさせるなんて発想、キミの娘か材木座のものだろう」

「実際にその通りだったから反論のはの字もないっす……」

 

 当の娘達は、「ヒャッホウやったぜオウムさん! 話題を一人占めだー!」とか、「パーマン大好きな先代の先を行った……! ジャスティス……実にジャスティス……!」などと供述しており……。

 まあ、わんにゃんショー自体が話題になったことで、来年とか客も増えるんじゃないかね。

 

「俺はまだ娘が祝ってくれるほど成長してないから。羨ましいよ、素直に」

「自慢の娘です」

「自慢の娘……!」

「はいはい、そこで自ら胸を張りに行かない。ほれ、あっちの客呼んでるから行ってこい」

「ラーサー!」

「男性客なので見守るスタイル。10点」

「従業員としてはマイナスだ、ばかもん」

 

 絆が突貫、美鳩が待機。そんないつもの状況で、注文されればコーヒーや紅茶にとりかかる娘らは今日も元気だ。

 そんなふうにして感謝されたり敬われたりすると、やっぱり随分と遠くまで来たなぁと思うのだ。

 そして、こんな場所に連れてきてくれるきっかけになった嫁さんに、最大級の感謝を届けたくなる。

 言葉じゃ伝え切れなくて、大体が抱擁やキスになるわけだが。いや、ほんとあの頃から考えると想像もつかない自分だよ。ありえねーよってレベルであるまである。

 

「………」

 

 しかしまあ、辿り着けたんなら堪能しないとだろう。

 有り得ねぇを受け入れて全部をぶち壊すなんて、それこそあっちゃならん。高校一年の、夢も希望も失せたあの頃なら、やけっぱちになってやれることだろうが、そんな時代もとっくに過ぎた。

 俺はこうして、今日も誰かに朝だの昼だの夜だのを伝えるコーヒーを淹れる店を構えつつ、自分の周りに居てくれる様々な人に感謝をしながら生きるのだ。……滅多に口にはしねぇけど。

 んで、たまぁに嫁さんがこぼす“ヒッキー”って言葉に苦笑を漏らしつつ、“自分がそうであった頃”を忘れないまま、今日ものんびりと生きていく。

 

「……あんがとな」

 

 子供の日でも母の日でもない、なんでもない日にでもいつだって感謝しながら。

 ぽしょりと呟いた言葉は誰に拾われるでもなく、店の喧噪に消えていった。それでいい。

 さて、今日もやかましい一日を乗り切ろう。疲れたら嫁さん抱き締めて心を癒す方向で。

 いつもとなんも変わらねぇな……けど、それでいいのだ。それがいい。

 笑えない日がないくらい、穏やかでぬるい関係でも……それがずっと続いてくれる場所があるなんて思わなかった。作れるとも思ってなかった。

 それがあるってだけで、俺はもう十分に幸せで。

 そんな未来を夢見て、行動ばっか早くて失敗ばっかしていた中学時代の俺が描いた夢は、もう形になっているのだから。

 


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