どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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 ガハマティックアフターズ。
 こちらの章はアフター的ななにかになっております。

そして彼は、彼女の隣を歩き始める/その一歩で歩く場所=強気の愛をアフター
夢が繋がった日=猫を拾った日アフター
責任はとるって言ったんだしな=メールのタイトルアフター
そこにある青春のかたち=壊れない“全部”のカタチアフター
そんな青春の日々を、僕らは笑う。=幾度も結ぶ僕らの恋アフター
小年の僕らが描いた、大人になった俺達へ=強気の愛をアフター+アフター

 pxivの方で文字限界数30万3千字に挑戦した作品となっております。
 ワードに書いて30万ぴったし! と喜び、pixivの投稿フォームにぺたりとしたら何故か文字数が一万減って、急遽即興で一万字を書いた懐かしい思い出……。
 ハーメルンでは15万が最大なんですね。いえ、挑戦しないから大丈夫です。
 「読み込み長ぇ!」とか「このガラケー殺し!」とか「読者の気持ち、もっと考えてよ!」とか……い、言われないと……思うヨ?
 ではでは、よかったら楽しんでいってください。……楽しいかどうかなんて、読んでみなきゃわかりませんよね、はい。


少年だった僕らが描く、17歳の俺達へ
そして彼は、彼女の隣を歩き始める/その一歩で歩く場所


 ヒッキーと一緒に居る時間が当然って思えるくらいに増えて、人を観察することが得意になってから、しばらく経った。

 今日も放課後に依頼者を待ちながら、あたしとゆきのんとヒッキーはそれぞれ時間を潰している。

 日々の努力とあと一歩が利いたのか、最近はカラオケに誘っても渋々だけど一緒に行ってくれるようになった。ヒッキー、アニソンばっかりだけど。でもアニソンも結構いい歌あるんだよね。驚いた。

 

「どっこまでー! あっるいてもー! おーわーりーがー見ーえーないー!」

 

 歌うまでは渋るヒッキーも、歌い始めると元気だ。

 ゆきのんも実は結構歌を知っていて、いろいろな歌を聞かせてくれる。

 激しいものはなくて、ただ静かに胸に染み入る歌ばかりだけど……ゆきのんらしいと思う。

 あたしは……ほら、ヒット曲とかそんなんばっか。

 自分が“これが好きだからっ!”っていうのがなかなか無くて、そりゃあ好きな歌くらいはあるけど……なんていうか流行のものばっか選んでるみたいで、ちょっとやだ。

 

「傷つーくーことが怖くなぁってー、言いわーけーの盾が増えてゆくー♪」

 

 っていうか、ヒッキー、アニソンも歌うけど普通にJPOPも歌う。

 歌うけど、その歌の大体が過去に辛いことがあったみたいな歌ばっかり。

 歌うと気が晴れるんだって。

 

「奏でていた───変わらない、日々を疑わずに……朝は誰かがくれるものだと思ってた」

 

 そんなヒッキーだけど、最近は一緒に居てくれるって感じが増えて、嬉しい。

 前まではおどおどしてた部分も、今じゃ落ち着いてくれてる。

 こう、えと、なんてのかな。一緒に居るのが自然って、ヒッキーも思ってくれてるみたい。

 

「ヒッキー、ここなんだけど……」

「おし、ここはな……」

 

 勉強を教えて、って言えば丁寧に教えてくれて、自分の知らないことは一緒になって調べて、勉強する。

 あたしもヒッキーも“一緒に”って言葉に弱くなっちゃったみたいで、気づけばなんでもかんでも一緒にやっていた。

 最近かじり始めた料理も、連休の時とかはヒッキーの家にお邪魔して一緒に作ったりして、小町ちゃんにもう結婚しちゃったらどうですか、とか茶化される。

 

「ばっ、おまっ! なに言って……! だだ大体俺まだ18じゃっ……」

「ほーん? じゃあお兄ちゃん、18になったら結衣さんと結婚する気満々なんだ?」

「いぃいいいやいやおままなにいっひぇ……」

「どーなのお兄ちゃん。ほら、言っちゃって? 言って楽になっちゃいなさいってばさ。今ならカツ丼つけるよ?」

「お、俺がよくても結衣が……」

「はいお兄ちゃんそれ禁止。結衣さんが好きなのはお兄ちゃんなんだって傍から見てれば歯が抜け落ちるほど解りきってるんだし、なのに他でもない結衣さんの前で“俺じゃなくて”は禁止」

「………」

「好きなんでしょ?」

「……おう」

「お兄ちゃんが幸せにしたいんでしょ?」

「……おう」

「だったら努力しなきゃだよ。現状維持を選ぶのはそりゃ小町的にも楽だなーって思うよ? でもさ、今以上の幸せが───」

「結衣っ……俺、変わるから! 辛いことでもなんでも、努力するから! 俺と結婚してくれ!」

「欲しいなら───って、えぇえええーーーっ!?」

 

 そしてある日、ヒッキーにプロポーズされた。その後ろで小町ちゃん絶叫。

 あたしは……最初はもちろん戸惑って、あわあわしてたけど、困ったことに嫌な気持ちとか全然湧かなくて。

 むしろ次第に嬉しさばかりが湧いてきて、あたしは頷いた。

 あ、もちろん条件はつけたけど。

 

「じょっ……条件か……《ごくり》……なんだ? アニメ見るのがキモいならその、やめるし、ラノベもやめる。望んだ通りの俺に───」

「それはだめ。無理に変わったヒッキーなんて、欲しくないよ」

「う……そ、そうか」

「ん、そうだ。で……えっとね」

「おう」

「……あたしにも、隣で努力させてほしいなって」

「……《きゅんっ》」

「ヒッキーだけが努力してたんじゃ、たぶんすぐに疲れちゃうよ。一緒に、がいいな。お互いで支え合いながらさ、歩いていけたらなーって。そういうの、ちょっと憧れてたから」

「……ん。解った。いいな、それ。俺も……俺も、それがいい」

「……うん」

「~……おうっ」

 

 ほら、いい笑顔。無理に変えたってきっと、ヒッキーはこの笑顔を見せてくれないから。

 無理して一緒に居られるのはお互いに辛いから、そんなのはだめ。

 もちろん辛いことがまったくないってのは絶対にないんだろうけどさ。

 でも。でもだよね。

 

「辛いことも悲しいことも一緒に乗り越えて、そうやっておばあちゃんになっても隣で笑っていたい。難しいこととかはいいんだ。うん、いい。あたしはさ、あたしは……ね? そんな、なんでもない先を、好きな人と一緒に過ごしたい」

「結衣……」

「あたしが欲しいのは、そんなの、かな。あたし、たぶん欲張りだから、どんどん増えるんだろうけど」

「……それ、いらなくなったら俺が捨てられないか?」

「欲しいものは捨てないよ? あたし。欲張りだもん。だからね? えへへ……全部持ってくんだ。全部持ってって、全部の傍で幸せに過ごすの」

「そりゃ……苦労しそうだな」

「そんなことないってば。たぶん、思っちゃえば結構簡単なことなんだよ? ヒッキーが傍に居れば、大体揃っちゃうものだし」

「へ? それって───う、ぐ……《かぁああ……!》」

「うん。だから……比企谷八幡くん」

「ひゃ、ひゃいっ」

「周りから見たら子供がいっちょまえに、なんて言われちゃうかもだけどさ。……あたしと、歩いてくれますか?」

「………」

「ほらっ、お兄ちゃんっ、そこ、そこっ! そこでいかないでどーすんの!」

「ちょっと静かにして小町ちゃん……! お兄ちゃん今、人生最大の勇気を掻き集めてんだから……!」

 

 そんな日があって、二人でプロポーズみたいなことをしてから、あたしたちの距離はもっと縮まった。

 高校二年でこんなことを、って思うかもしれないけど、あたしたちはそれでよかった。

 目標を決めたら、頭の中がすっきりしたっていうか、頑張る理由が持てて、あたしの毎日は凄く眩しいものになっていった。

 これからのあたしたちはどんな道を歩けるのかなーって、ちょっとした物語みたいに考えてみた。

 その時あたしはどうしているのかな。

 その時あたしは笑っているのかな、泣いてるのかな。

 泣くんだったら喜びの涙とかがいいな。悲しいのはちょっとヤダ。

 もっともっと難しいことなんてない、“楽しい”の中で笑えたらいいのにな。

 誰かを好きになって、その人の隣に居て、なんでもないことで笑って。

 傍には友達が居て、辛いことがあっても乗り越えて、手を繋いでよかったねって笑えるような、そんな世界。

 ……ちょっと無理があるかな。

 “でも”……だよね。目指せるなら目指してみたい。

 “それが答えだ”って信じて、計算が間違っててもいいから、その答えだけを見つめて、見つめ続けて、絶対にそこに辿り着くんだーって……頑張るんだ。

 あたしだけじゃなくて、隣に居てくれる人と、馬鹿みたいに笑いながら。

 ずっと…………ずっと。

 

   ×   ×   ×

 

 ヒッキーと同じ大学に行きたくて、勉強をする日々が続く。

 まあえっと、一緒に居られるから嫌じゃない。勉強、嫌いだったのに、今じゃなんだかありがとだ。

 

「まるでー僕らのー、青春はー、コメディーみ~た~いに~」

 

 息抜きにカラオケいったり買い物行ったり、デートだってバイトだっていろいろやってる。うん青春。

 

「転んで泣いて~、怪我だらけ~。新しい自分目指~して~」

 

 カラオケといえば、ヒッキーがなんか替え歌を結構歌ってた。

 ろくなことがなかった過去を振り返って、作ってみたんだって。

 

「わくわくすること~、目の前に~、降~ぅって~こい~。誰もが普通にやぁっているっ、み~~た~~いに~~っ……笑いたいんだー」

 

 リア充にとっての底辺の青春なんて潰してこそ。イジメに走るか見下して笑うやつらは、俺達みたいな底辺の青春がおかしくて仕方ないんだ、って。

 そんな自分を歌にしたからリア充よ笑え、だって。

 俺達の青春なんて笑われるためにあるんだ、だって。

 

「青春っ! 17ぁっ! ワロォーーースッ!!」

 

 怒った。

 怒ったら謝られた。

 少なくともあたしはそんな目で見てないし、ヒッキーとは一緒に幸せになりたいって。そう真正面から伝えたら、ヒッキーはなにを言われたのか解らないって顔のまま固まって、でも……その目から、ぽろりって涙がこぼれた。

 まさか泣かれるなんて思ってなくて、どうしたのって訊いたら、嬉しかったからって。

 でも、誤解だからって少し笑ってくれた。

 今まで散々溜めてたものとか、全部吐き出したいだけなんだって。

 黒いものをいっぱい溜め込んだまま隣を歩きたくないからって……聞いてて不快かもしれないけど、吐き出させてくれって。

 

「ぼさぼさ頭、コミュ障で。上手に話も出来なくて」

 

 「ルパンじゃないけど、男だろうと誰だろうと、自分の世界ってのを持ってるんだ」ってヒッキーは言う。

 その世界の自分はいつだって誰にだってやさしくて、相手も誰にだってやさしいからみんなが幸せなんだ。

 でも、この世界じゃどれだけ人にやさしくしたって誰も自分にはやさしさを向けてくれなかった。視界を濁らせても、見る世界を腐らせても、自分を笑う人は居ても、想ってくれる人なんて居なかったって。

 

「人生の中身の妄想と、意味不な自信だけあって」

 

 自分は自分なりに普通に生きてきた筈なのに、どうして自分だけだったんだろうって。

 タガが外れたみたいに弱音を吐くヒッキーを、あたしはただただ受け止め続けた。

 

「やがて“やさしい人”に出会って、勇気を出して告ったら」

 

 小学でも中学でも“次こそは”を信じて、そのたびに失敗して、勘違いして。

 

「キモがられ引かれたその後に、言い触らされてて泣いた」

 

 世界が自分を認めないものだって理解した頃には、ヒッキーの周りには誰も居なかったんだって。

 話を聞いてくれるのは小町ちゃんだけ。

 だからシスコンなんだと思うって。でも……同時に、怖くもなるんだって。

 どうして、って聞いたけど、寂しそうに笑うだけで教えてはくれなかった。

 その顔は、ヒッキーが小町ちゃんにごみぃちゃんって呼ばれた時にする顔によく似ていた。

 

「笑い話にされたまま、みじめな日々は続いて」

 

 そんな顔が見ていられなかったから、あたしは───

 

「濁って腐った目とともに……期待するのをやめましょう───」

 

 ───……。

 

……。

 

 あたしは、悪口を言われて傷つかない人は居ないって思う。

 慣れたってどれだけ言えても、出る溜め息は本物だ。

 それはもちろんヒッキーも同じで、感じるものを小さくすることは出来ても、まったく傷つかない、なんて絶対に無理だ。

 だから───

 

「ヒッキー!」

「お、おう? どした?」

「もっと一緒に居よう!」

「………」

「《ソッ》……え? あの、ヒッキー? どうしたの急に。あたし、頭撫でられるようなこと、したかな」

「いや、熱測ってんだよ。額撫でる趣味は俺にはない」

「平熱だし! 健康そのものだよ!」

「だったらなんでいきなり一緒に居ようなんて話になるんだよ。つかなに? なんで休日の朝っぱらから人の家来てんの……ほら、バッグ貸せ。疲れてないか? ポッカリスウェットあるぞ。スポルトップのほうがいいか? あ、その服可愛いな、結衣によく似合ってる《テキパキ》」

「あ、ありがと……って、“なんで”とか言いながらすごく歓迎されてる!?」

 

 だから、ヒッキーの家に突撃してみた。ヒッキーに足りなかったのは、きっと人との触れ合いの時間だからって思ったからだ。

 そしたら、先に“明日早くに遊びに行くね”って教えておいた小町ちゃんは友達と出かけてしまったらしくて、家にはヒッキーだけ。ご両親は仕事だって。

 話を聞く間、すごくすっごく大事に家に通されて、お茶もお茶菓子も用意されて、にっこり微笑まれた。

 ……優美子たちに言っても信じないだろうなぁ、こんなヒッキー。

 うん、ほんと、二人きりになるとすごくすっごく大事にしてくれる。

 どうしてここまでしてくれるの? って訊いてみたら、“自分が大切だって認めたものを大切にするのは当たり前のことだろ”ってきょとんってした顔で言われた。もう顔が熱くて死ぬかと思った。

 ヒッキーは、小町ちゃんをとんでもなく大事にしているように、大切なものって認めた上で線の内側に入れたものを大事にする。そこに捻くれ要素が入る時はそりゃあるけど、基本はやさしいんですよ、っていうのは小町ちゃん情報。

 

「ヒッキーってさ、身内にはすごく甘いよね……」

「信用するって決めた相手じゃなけりゃ、動こうと思ったって動けねぇよ……。で? 結局今日はどうしたんだ? い、いやその、会いに来てくれたなら嬉しい、けど《カァア……》」

(わ、ヒッキー照れながら嬉しそう……)

 

 お茶とかで迎えられて、一息ついたら階段を上ってそのままヒッキーの部屋へ。

 来るのは初めてじゃないけど、やっぱりちょっと緊張する。

 

(はふ……)

 

 二人きりの時のヒッキーは結構素直だ。

 小町ちゃんと二人の時はいっつもこうなんだろうなって考えたら羨ましくて、小町ちゃんが羨ましいって言ったら、いくらシスコンだって妹相手にここまでしないって言われた。その日はまともにヒッキーの顔を見れず、ヒッキーもぽろりとこぼれてしまった言葉だったみたいで、お互いが顔を真っ赤にしながら過ごした。うん、逃げたりはしなかった。恥ずかしくても、一緒に居たかったし。

 

「ほーん……? つまりここに来たのは俺の様子が変だったから……か。なんか、いつも悪い。俺かなりめんどいよな」

「全部まとめてヒッキーだし、そんなヒッキーが好きだからいいの」

「……ひゃ、ひゃい」

 

 自虐みたいなのが始まったら、きっちりと想いをぶつけること。

 最初こそ“俺なんかじゃなく”とか言ってたヒッキーも、今じゃそれを言わなくなった。

 苦手なものに手を出すようになって、不慣れなファッションとか流行のものにも目を通すようになって、無理して変わんなくてもいいって言ったのに、“これは変化とは違う。自分を変えてまで結婚したくないと誓った俺だが、自然に行動したなら変化じゃねぇよ”って。

 ヒッキーはたぶん、自分の中の興味ってものをあたしに向けてくれてるんだと思う。自惚れじゃなければだけど。

 なんでそう思うかっていうと、えとー……ほら、うん。あ、あたしが……ほら、ヒ、ヒッキーに夢中だから……その、そうだったらいいなーって……。

 まさかほんとにそうだとは思わなかったけど。あぅう……顔、熱い……。

 

「その……よ。あんま甘やかさないでくれよ? 俺、“お前がそう言ったからそうやったんだろうが”、とか言ってお前に嫌われるの、嫌だぞ」

「ん、解ってる。ヒッキー、優美子と約束してたもんね。ただだらだら狎れ合うだけの付き合いをするつもりはないって」

「しゃーないだろ……“そんな関係とかマジあーしが許さねぇから”とか言い出すんだから。なんなのあいつ、オカンなの?」

「よかったじゃん。優美子、“あーしが認めなきゃくだんない男なんて始末する”、とか言ってたし」

「なにそれ怖い」

「ヒッキーと同じだよ。身内には甘いんだ、優美子。……気に入らないものにはトゲトゲするけど」

「あー……なにかをハッキリ言わないヤツとか嫌いそうだよな」

 

 そんなことを言って、くすくすと笑った。

 笑って……空気が柔らかくなってから、キュッと握った手を胸に当て、深呼吸。

 

「ねぇ……ヒッキー」

「ん? なんだ?」

「隣……行ってもいいかな」

「………」

 

 ベッドに背もたれするように座るヒッキーは、視線をうろちょろさせた。

 あたしに机の椅子を譲ってくれたのは、あたし的にはポイント低いから、なんかもう待つんじゃなくて自分から行くことにする。

 そりゃ、ヒッキーから言われたいって願望はあったけど……───待ってたらいつまで掛かるかわからないから。

 

「ヒッキー……あのさ」

「……ん」

 

 ヒッキーの隣に座る。

 べつに幅がないわけでもないのにヒッキーは横にずれて、まるで密着されるのを怖がるように距離を取った。

 あたしは構わずすぐ隣に座って、彼の右腕をぎゅうっと抱き締める。

 

「ふひゃいっ!? お、おぃっ!?」

「ヒッキー……ヒッキーがさ、内側の人にやさしくしてくれるの、すっごく嬉しい。そこにあたしも入れてくれたことも、すっごく。でもさ……あ、ううん。だからさ。ヒッキーにも……もっと寄りかかってもらいたいんだ」

「……いや、俺べつに」

「ううん、ヒッキーは全然寄りかかってないよ。小町ちゃんにもあたしにもやさしいけど、やっぱりどっかで遠慮してる。人間観察とか慣れてきたから解るんだ。……あたし、ヒッキーばっか見てたから」

「ぐ……う……《かぁああ……!》」

「もっと頼ってほしいな……。疲れたから寄りかかる~くらいの軽いことでもいいから……。あたし、嫌がらないよ? むしろ嬉しいし、受け止めたいって思う」

「………」

「やった途端にキモがるとか、そんなのないから」

「!? っ……な、なんで」

「うん……なんとなく、かな。ヒッキー、たまに寂しそうな顔するの、知ってるから。……小町ちゃんにごみぃちゃんとか言われた時とか。……自覚、ある?」

「い、や……。まじか、気づかなかった……」

 

 呆然とする。

 態度に出したつもりなんて全然なかったみたいだ。

 そんなヒッキーをちょっと強引だし恥ずかしいけど引き寄せて、その頭をぽすんって膝の上に乗せた。

 

「お、え、あぅあっ!? ゆ、ゆ───」

「大丈夫。なんにもしないから」

「───………ん。解った、結衣」

 

 すぐに退こうとしたヒッキーだったけど、静かになにもしないって言うと、深呼吸をしてから受け入れてくれた。

 その頭をさらりさらりと撫でると、「お、おい」って戸惑う声。

 

「あ、あれ? 頭撫でるのも、やだった? やならやめる……けど」

「~~……いや、これ反則でしょ……。正直頭撫でられて喜ぶ高校生男子は居ないと思うが……その。あ、あー……意外なことに、そのー……なんだ。心地良いので……え、延長お願いします……」

「……《くすっ》……うん」

「……今笑ったか?」

「うん。嬉しかったから」

「……そ、そか。悪い、笑われたって思ったら、嘲笑だって思うのはもう癖だな……」

「大丈夫。そんなことしないよ……。ゆっくりさ、慣れていこ? 難しいかもだけど、ヒッキーのトラウマなんて、全部あたしが上書きするから」

「それは俺のトラウマレベルを更新するという意味でしょうか……さすがにお前にそんなんされたら俺が死ぬんだが」

「うぇええっ!? ちがっ、違うよ!? ただ、あたしはっ……!」

「……いや、まあ冗談だ。そんなことするヤツじゃないことくらい、知ってるから」

「~~……っ……もぉおっ! ヒッキー!?」

「ごめんなさい!?」

 

 さすがにカチンと来て怒鳴ったけど、膝枕は続行。

 逃げようとしたヒッキーの頭を抱き締めて、そのまま膝に押し付ける。

 

「おわわわわっ!? うわっ!? ほわあっ!?」

「ひゃあっ!? ど、どしたのヒッキー! どっか痛かった!?」

 

 今まで聞いたことのない声をヒッキーが出してびっくりした。

 慌てて頭を離して訊いてみても、顔を真っ赤にしてふるふると震えるだけ。

 ? ……? ……あ。

 

「あ、ご、ごめんねヒッキー……! え、えと、そのー……!」

「あ、お、おぅその……っ……! なんだ……あ、あんま無防備なのは、心配だからその……!」

「ななななに言ってんの!? こんなことヒッキーにしかしないしっ! ……あ」

「~~……《かぁああ……!!》」

 

 ……あたし、ヒッキーの顔を胸に抱いて、膝に押し付けてた。

 それはつまりその、ヒッキーの顔に自分の胸をぐいぐい押し付けてたわけで。

 あ、あはは……そりゃ、へんな悲鳴、だすよね……。

 でも、男の子って女子の胸とか好きなんじゃないのかな……まさか悲鳴をあげられるなんて思ってもみなかった。ちょっと……複雑かも。

 

(………)

 

 今はまだちょっと勇気が出せないけど……いつかはそういうこと、するのかな。

 するんだろうな。

 うん。初めても二回目も、ずっとずっとその先も、ヒッキーしか考えられないや。

 初めてはこの人がいい、ってよく言うけど、次が他の人とか怖いし嫌だ。

 

「ねえヒッキー。……喧嘩してもさ、仲直りできる仲でいようね」

「ん……俺はいつだって、嫌われないかってそわそわしてるけどな。……大丈夫だろ、嫌われない限り、ずっと好きだよ。つか、もうその……結衣以外とか考えられないし……な」

「~~~……《かぁあ……》」

 

 この人は。どうしてこう、あたしが言われて嬉しいことをぽんぽん言ってくれるんだろう。

 我慢できなくて膝枕したまま、体を丸めてキスをした。

 胸がちょっと邪魔で、ヒッキーの顔の上でむにゅってちょっとつぶれたけど、恥ずかしさよりも“キスをしたい”って気持ちが勝った。

 

「う……あ……!《かぁああああ……!!》」

 

 唇を離すと、目を見開いてじわじわと真っ赤になってくヒッキー。

 そんな姿が可愛くて、顔が勝手に緩んで、そのままでさらりさらりと頭を撫でてゆく。

 ヒッキーはそれを受けて……どうしてか一度泣きそうな顔になったあと、それをぐっと飲み込んだ。飲み込んで、ぽしょって……小さく呟いて、頭を撫でるあたしの手に自分の手を重ねてきた。

 あたしは……その手が震えていることに気づいて、だからこそ……ううん、そうじゃなかったとしても、きっと。

 

「…………うん。信じて。全部受け止めるから、全部受け止めてほしいな」

「───……」

「絶対に幸せにしてあげるから。だから、あたしのこと、幸せにしてほしい。……一緒に、だよ。ヒッキー」

「……~……、……うん」

 

 今度こそ、ヒッキーは我慢しなかった。

 重ねるだけだった手であたしの手を握って、膝の上の彼は泣いた。

 泣いて泣いて……それから、昔話をしてくれた。

 人のやさしさに憧れた、ひとりの馬鹿な子供のお話だった。

 だからあたしも、それを全部受け止めてから話したんだ。

 人との繋がりに憧れた、ひとりの馬鹿な子供のお話を。

 やがて話し終えたあたしたちは、互いに見下ろして見上げて、生きていくうちにすっかり慣れちゃった苦笑いを浮かべて……顔を近づけて、キスをした。

 慰め合いでも狎れ合いでもなく、苦笑をそこへ置いて、また歩き出すために。

 さあ、笑顔でいこう。幸せにして、幸せになるんだ。

 強気の気持ちは忘れない。一歩を踏み出せる自分たちでいよう。

 じゃないときっと、この人は一歩下がったままで世界を見つめ続けるだろうから。

 そこまで、ちゃんとあたしが歩いて、手を引くんだ。

 いつか、彼の過去が自虐じゃなくて、ただの昔話になってくれるまで。

 ずっと……ずっと。

 

「………」

 

 目を閉じてみる。

 膝の上に彼の重みを感じたまま、これからの未来を思って。

 どんな未来を歩けるだろう。

 どんなあたしたちで歩けるだろう。

 あの時ああしていたら、今からこうしたら、そんな“もしも”を考えても、答えはひとつしか見えていない。

 重くて動けなくなるくらいの真実よりも、たまにはやさしい嘘も欲しい。

 でも、どんな嘘を受け取っても、最後に手に取るのはやさしさだけであって欲しい。

 だから願おう。辿り着こう。見失わないように、答えだけを見つめ続けて、悩んで悩んで、頭は良くないけど、それでも考え続けて。

 そうして出した答えにやさしさを足して……掴みに行こう。あたしだけじゃなくて、ヒッキーだけじゃなくて……ゆきのんだけでもなくて。欲しいもの、全部を足したあたしたちで。

 

 ねぇ。

 たとえばの世界があったとして、あたしはどんな道を歩いていますか?

 あたしは笑顔で居られてますか?

 隣に捻くれてるけどとてもやさしい人は居ますか?

 やさしさに慣れていない綺麗な女の子は居ますか?

 あたしたちは、笑顔で居られてるでしょうか。

 ……うん。居られてなくてもいいんだ。絶対に届かせるから。

 どんなにまちがってても、目指したい場所は決まってるから。

 あとは、そこに行くための勇気があれば。

 だから、一歩を踏み出すんだ。

 そこに怖さと戸惑いばっかりしかなくても、きっとあたしは踏み出すんだ。

 そんな場所で捻くれた助けられ方をしてさ。

 そして……絶対に、同じ人を好きになる。

 

 そんな夢を……温かな重さを感じながら、静かな呼吸の先に見た。


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