どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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夢が繋がった日⑤

 そうして、あたしたちは生徒会長と副会長になった。

 ゆきのんとヒッキーが立候補したからなのかはわからないけど、他に立候補する人は居なくて、他も結構あっさりだった。

 書記と会計はヒッキーととべっちが分担するみたいなカタチで。

 ヒッキーが副会長じゃないのはなんでだろ、とか思っても、ヒッキーはやっぱり笑うだけ。ちょっと気になる。

 

  早速やってきた、クリスマスイベント。

 

 生徒会になって初めての仕事がこれなんて、ほんとどうかしてるって思う。

 でも、ゆきのんは軽く引き受けてニコニコだった。

 まるで“私たちなら問題なく出来るわ”、って言ってるみたい。

 う、うん出来ないこともないかもだけど……あっちにはあの、轆轤の人が居てさ……。ゆきのん、知らないから安請け合い出来るんだよ……?

 なんかヒッキーの所為で轆轤とか普通に覚えちゃったし。

 うん。玉縄。轆轤。回す。かんぺき。

 

  そうして集まった海浜総合との会議。

 

 早速ゆきのんが頭に手を当てて、目を伏せる時間が始まっちゃった。

 どうするの? ってヒッキーととべっちを見───たら、とべっちがノリノリで話に乗っかってった。

 

「いんやー、けどそれってもっとロジカルシンキングで論理的にっつーかぁ! アーティスティックな芸術的意欲が試されるべきっつーかぁ!」

「そう、それだ。お客様目線でカスタマーサイドに立つっていうか」

 

 うん。これ、今のあたしなら解る。同じこと言ってる。

 

「……戸部くん」

「《びくぅ!》ひゃはぁいっ! すすすんませっしたぁ!」

「え……いや、きみ?」

「海浜総合高校生徒会長、玉縄さん?」

「え……な、なんだい?」

 

 ……そこから。早くも薄く笑ったゆきのんの攻撃が始まった。

 せっかく張り切ったのにこの頭の悪い会議はなんだ、みたいな感じで。

 見てると切なくなるくらい、その攻撃は凄かった。うん……えーと……あたしだったら泣きたくなるくらい。

 

「───以上。反論があるなら手を挙げてから述べてちょうだい」

「い、いや。違う、そうじゃな───」

「手を、挙げてちょうだい。言葉が理解できないのかしら、耳無いわさん?」

「ひっ……あ、あの……《スッ》」

「はい、玉縄さん」

「あ、ああ……その。ブレインストーミングはね、他人の意見を否定しないんだ……だから、」

「ええそうね。それで? 誰がそれを纏めるのかしら。聞いていれば案を出すだけで誰も纏めない。整理されない粗野な案に、いったいどういった価値があるのか。あなたは答えられるの?」

「それは案を出し終えてからで───」

「そう。それはいつ? ギリギリになって纏めようとしたところで、それをあなたが纏められるとでも? 案を出すだけなら子供にだって出来るわ。必要なのは案を出し、整理した上で準備をし、完成させる時間でしょう? そしてそれは、不測の事態に備えて早ければ早いほどいい」

「そ、それじゃあ期日を決定する案を出し合って───」

「案は本日終了まで。整理は次。準備はそれ以降。無駄は省きなさい。決定もされない案の出し合いほど無駄なものはないわ」

「ひゃい……!《ぐすっ……》」

 

 ……うん。見てらんない。

 ろくろの人、涙目だ。

 

  そんなこんなですっごい速さで準備は進んだ。

 

 前の時みたく小学生にも参加してもらって、とにかくたっぷりの余裕を持って、のびのびとって感じで。

 こっちではその……ヒッキーのあの言葉は聞けなかったけど。

 言わなくても解る、通じ合えるみたいなそんな関係を、あたしたちは少しずつ築けていけてるんだと思う。

 途中、やっぱりお金の無心で平塚先生に相談した時に、ディスティニィーランドのチケットをもらう。

 ゆきのんは前の時のヒッキーみたく「この時期はちょっと」って言ったけど、そこは強引に押し込んだ。とべっちが。

 

  ディスティニィーランドでクリスマスの勉強。

 

 ていうかもうこれデートだ。

 

「ヒッキーヒッキー!」

「お、おう、あのな、あまり人込みの中でヒッキー連呼はやめてください。あとちょっと落ち着け。まだ来てないやつ居るんだから」

 

 ディスティニィーにくるのは、これが初めてじゃない。

 お金を溜めてるとはいえ、ヒッキーはなんだかんだ付き合ってくれる。

 TVのディスティニィーのCMとか見ちゃって、行きたいなって言ったら一緒にって行ってくれた。

 その。えと。えへへ……シーの方に。

 

「……その……海老名さん。ぶっちゃけ、来てくれるとは思わなかったわ……」

「……うん。あれからさ、由比ヶ浜さんに“誰に告白されたって同じ”なんて、とべっちに失礼な言葉で断ったこと、怒られちゃった」

「え……まじで?」

「うん。でも……期待とか、しないでね。誰に告白されても断るってところは、本当なの」

「あの……俺、別に海老名さんが男同士のことが好きだとか、その……腐ってる? のが好きでも気にしねぇよ? それ含めて海老名さんだしょ。むしろそれがないと元気が出ないなら、もうどんどんどうぞって感じだしさ」

「ん……ありがと。でも、ごめん」

「……そっか。じゃあせめて友達から、いけない? いけてない?」

「ね、とべっちさ。もしそうやって近くに居てさ。私がずっと応えられなかったり、別の誰かを好きになって……それでも耐えられるの?」

「海老名さんが誰かを好きになったらしゃーないべ。俺も黙って祝福……する。ゆーても涙とか超垂れ流しかもだけどさー。……でもさ、ちょっとでも可能性があんならさ、近くに居ないともったいないっしょ」

「とべっち……」

「だから……海老名姫菜さん! 俺と……友達になってください! オナシャス!」

「……友達、かぁ。ねえ、とべっち。ずっと友達かもしれないけど、それでも本当にいいの?」

「我慢できなくなったらまた告白すっから、そしたら思いっきり振っちゃって。したらもう、俺も諦めっから。だからそれまでは……え、と。その」

「……ふふ。じゃあ……友達から」

「っ……! お、おおおぉお……おぉおっしゃああああああっ!! って、今さらだけどこれって前までは友達ですらなかったってことじゃね!?」

「うん。グループの仲間だったね」

「ちょっ……! な、ないわぁ、マジないわぁ……! けど、おっけおっけ!」

 

 年パスがある分、やっぱり余ったチケットで他の誰かを呼ぶことになった。

 とべっちが姫菜を呼んで……来てくれた姫菜とちょっと近づいて。

 ヒッキーはさいちゃん呼ぼうとしてたけど、用事で来られなかったって。

 ……あれ、でもじゃあ、チケットとかどうなったのかな。

 って思ってたら、あたしの前に誰かが立って……

 

「……、その。結衣」

「えっ……ゆ、優美子?」

 

 優美子だった。

 ちょっと気まずそうに、髪の毛のくるくるをくしくしいじって、あたしの目を見ようとしないでぽしょぽしょってなにかを言ってる。

 

「ひ、ヒッキー……?」

「あー……その。と、戸塚が呼べなかったからー……いや、実に残念なんだがー……ええっと。……一応部員を呼んどいた。まあ、部員だし? なんかそわそわしてるの見えたし?」

「………ひっきぃ……」

「……ほれ。やわじゃないんだろ? 何度でもぶつかって、完全にダメになるまで伸ばしてみりゃいいんじゃねぇの? あーその、なに? 手とか」

「……ぷふっ……ふっ……あははははっ……! もう、手以外なに伸ばすの?」

「戸部あたりなら鼻の下が伸びるな」

「それただいやらしいだけだよ!?」

 

 思わず叫んだら、気が抜けた。

 優美子を前に躊躇してた心とか、どうしようって心配とか。

 そうだ。人の思いはそんなヤワじゃないんだ。

 離れちゃっても、また掴みにいく。

 本気の本気で断られちゃったらそれまでかもだけど。

 ……優美子は、来てくれたんだから。

 

「ああ、あと葉山も呼んどいた。ほれ、あそこ」

「えぇええ!? ヒ、ヒッキー!?」

 

 ヒッキーが葉山くんを!? え!? なんで!?

 

「ちょっ……比企谷!? あんた、なんでこんなっ……!」

「同じクラスで席も近いのに、トップカーストが暗いんじゃ空気悪いんだよ。さっさとなんとかしてくれねぇと、恋人までどんよりするだろうが。だからとっとと決着つけろ、三浦」

「そっ……そんな理由で……!?」

「戸部はもう、一歩進んだぞ。お前はなにもせずに人に愚痴るだけか? “一回しか無い”青春だぞ? 踏み込まなくてどうすんだよ。せっかくの“今”を無駄にすんな。……今だよ、三浦。振られるにしたって成功するにしたって、やってみなきゃお前、どこにも進めねぇだろ」

「───っ……あんた……結衣の彼氏じゃなけりゃ、今ぶっ叩いてた……!」

「いやなんでだよ。え? 今俺結構いいこと言ったつもりなんだけど……? えー……?」

「あーしの道を! あんたが勝手に決めんな! ~~っ……隼人!」

 

 優美子が早歩きで葉山くんのところへ向かう。

 葉山くんは……なんか、ちょっとぐったりしてるような───

 

「ヒッキー……? 葉山くんに、なんかした?」

「物騒だなおい……ただ、お前が動けば“みんな”が変われるって助言を出しただけだ。ちょっと口論になったけど、問題ねぇよ」

「それで、葉山くん……来たんだ」

「お前が変わらないのは勝手だが、変わらなきゃ進めないやつらまで巻き込むな、……って。全部終わっちまって、全部変わっちまった自分の目で見ると、なんか……見てられなくて……な」

「ん……解るよ、ヒッキー。あたしもだ。考えてみればあたしたち、みんなより17年くらい多く生きてるんだもんね」

「そだな。そりゃ、踏み込んでいかないやつらはじれったく思うよな」

 

 優美子が葉山くんに話しかける。

 葉山くんはどこか疲れたような顔をしてたけど、優美子の言葉を聞いて……こっちを、ヒッキーを見て、どうしてか羨ましそうな顔をしたあとに……俯いた。

 なにを話してるのかは解んないけど……えと。

 

「葉山くん、なんか疲れた顔してるね」

「先に雪ノ下と話がしたいって言ってたから、そっちでいろいろあったんだろ」

「そっか」

 

 いろいろは、いろいろだ。

 あたしが知らないゆきのんの過去で、葉山くんとなにがあったんだとしても、二人にしか整理出来ない何かがあるんだと思う。

 あたしとヒッキーが、死んじゃった過去をあたしたちでしか整理できないみたいに。

 

  結局、葉山くんと優美子はお互いを知るところから始めるみたいだ。

 

 長かった話を終わらせて、二人はこっちに来た。

 えと、途中で葉山くん、優美子に殴られてたけど……な、なにがあったんだろ。

 

「すまない比企谷、全部終わった」

「いや、男に涙目でそう言われる趣味はないんだが」

「これの他にどう言えっていうんだよ。……その。いろいろ面倒をかけた。自分のグループのことで他者を巻き込んで、俺はなにも出来なかった」

「……殴られただけで十分なんじゃねぇの? 見ていてこっちがハラハラするわ。てか三浦も顔面はやめてやれよ……」

「るっさい。隼人がそうしろっつったんだからいーでしょ。あーしだって考えなかったわけじゃねーし」

「優美子……」

「結衣……ほんと今まで我が儘ばっかでごめん。こっちもようやく始められそうだから。だから……その」

「うん。優美子? 部員なんだから勝手に休んじゃだめだよ? 部長さんがき~っちり怒ると思うから、覚悟すること。……ね?」

「結衣……!《ぐすっ》」

 

 優美子があたしに抱き着いてきた。

 あたしはそれを受け止めて、……え? え!? 優美子が!? ハワワワ!?

 わ、わわわっ、え、ちょ、ヒッキー!? どどどどうしたらいいのこれ!

 優美子がっ、あの優美子がっ! ヒッキー!? ヒッキー!!

 

「……よ、女泣かせ」

「やめてくれ、今、それはキツい」

「雪ノ下とは決着つけてきたのか?」

「……ああ。過去を清算……とまではいけなかったんだろうけど、こっぴどく振られてきたよ」

「おつかれさん」

「胸には来たけど……不思議とそこまで悲しくなかった。結局俺は、誰も本気で好きになったことがなかったのかもしれない。上辺だけを見て、取り繕って。そんな自分に気づかされて……ああ、相当ヘコんだよ」

「だから疲れた顔、してたのか」

「そんな顔、してたか? ……そうか」

「三浦のことは……」

「……知る努力から始めるさ。あんなに真っ直ぐに感情をぶつけてくれる人が、俺には居なかったから。気づいてはいたけど、優美子は自分から来るタイプではなかったし」

「あー……だな。ヘンにカーストトップなんかに立つと、意地とか立ち位置が邪魔して行動しづらいだろ」

「……比企谷、君な。由比ヶ浜さんが居なければどれほどモテたのかとか、考えたこともないだろ」

「結衣と、友人が居ればいいからな。それ以上を望むのは贅沢だろ」

 

 葉山くんとぽしょぽしょ話してたヒッキーが、やっとこっちに来てくれた。

 それで、あたしから見える位置でぜすちゃー……ゼスチュアだっけ? で、優美子を抱き締めろって教えてくれる。

 こ、こう? ……ひゃあっ!? 余計泣いちゃったよ!? え!? え!?

 あ、でもヒッキー、それでいいって頷いてる。

 ……そっか。優美子、今まで気を張りすぎてたのかも。

 カーストって、いろいろ助かることもあるけどさ……人の感情が強く出るところって、いいことばっかじゃないよね。

 

「うん。優美子はがんばった!」

「ゆい……ゆぃいいい~~~っ……!!」

「《ぎうううう……!》い、いたたたた……! ちょ、優美子、いたい、いたい……!」

 

 ぎゅって抱き着いてくる優美子が、なんか可愛くて。

 苦しかったけど、あたしはひたすらやさしくできるように受け止めた。

 頭を撫でて、背中を撫でて。あたしがヒッキーにされると嬉しい受け止め方を、優美子にも。

 ……もちろんその後は化粧室直行の優美子だったけど、あたしたちはもう一度ここから始めて、笑顔で歩き出すことが出来た。

 グループは……解散するって。

 でも葉山くんも優美子も、姫菜だって楽しそうで……結構呑気に、また仲良くなれたらとべっちも巻き込んでグループ作ればいいんだからって笑ってた。

 やわじゃないんだから、って……あたしに微笑んで。

 

……。

 

 クリスマスイベント当日。

 ほんとにまったくトラブルもなく、クリスマスイベントを迎えた。

 ゆきのんもあたしもヒッキーもとべっちも、準備をやり遂げたことに笑い合って。

 とべっちはまだたまに、元気なくてぼーっとしてる時もあるけど……みんなでこうしてなにかをやってる時は、わりと元気だった。

 姫菜とは、それなりの友人関係を築けてるんだって。えと、びぃえる? な本を見せられて、それでも踏み込んで、勉強して、「なんつーか今、人生で一番脳みそ使ってる気がするわぁ……」って言ってる。“へ? いや、元気ないのはその所為じゃねぇの?”とは、ヒッキーの言葉だ。

 

「はー、ほんと、比企谷くんが羨ましいわぁ」

「ん……どしたのお前。いきなり」

「いやほら、由比ヶ浜さんってば黒髪が綺麗だし、お団子も似合っててキュンキュンだし? 空気読めるっつーか、絶妙なとこでフォローしてくれるし綺麗だし可愛いし、スタイルいいし勉強出来るし運動出来るし……え? なに? 天使?」

「とりあえずエロい目で結衣のこと見たら、俺はお前の目を潰さなくちゃならん」

「いやいやいやいやただ羨ましいってだけの話だってばさぁ比企谷くぅん! ほ、ほら、あれだしょ? 俺フラレちゃったわけじゃん? 青春してる比企谷くんがやっぱどうしても羨ましいっつーかぁ……あんだけいろいろ揃ってて頭もいいとか……。あれでアホの子とかだったらないわーって感じだったのに」

「よし戸部。とりあえず表に出ようか」

「おあわわわわうそうそ冗談アホの子とか例えばだって比企谷くん! ごめんマジごめん!」

「はぁ……そんなことより持ち場につけって。雪ノ下の挨拶が終わったら、こっちも動かなきゃだろ」

「……比企谷くんが居なかったら、俺、アタックしてたかも」

「浮気はやめとけ」

「まだまだ友達どまりだからちょっぴり寂しいのよ、俺の心。まあそれでも大好きだから諦めねーけどね! ここはまだまだガンバでしょー!」

「……そか。まあ、どっちにしろ、そういうのはやめとけ。好きな相手が居るのに、アホじゃないから好きになるかもって、ふざけんなだろ。どこに耳があるかも解らねぇんだし、これがきっかけで友達もダメとかになったらさすがにフォローできん」

「おぉあっ……そりゃたしかにっ……! っべー……比企谷くんマジ冴えてるわぁ……! あ、ゆーてもまあそれだけじゃないんだけどさ。ん、ほんと、比企谷くんが羨ましいわ。っかー! 俺もあんな風に一途に好きになってもらいてー!」

 

 ……顔、熱い。

 う、うん。ずっと好きだったし、あたしもここまで好きになるなんて、って……たまに思うことがある。

 でもさ、しょうがないよね。好きなんだもん。ばかみたいに好きになって、ヒッキーも好きでいてくれて。こんな幸せなのって、なかなか無いと思う。

 それが嬉しくて、今日もあたしはヒッキーの傍で幸せを噛みしめてる。

 

  そんなこんなで無事にイベントも終わって。

 

 また優美子が奉仕部に来るようになって、ゆきのん、ヒッキー、あたし、とべっち、優美子の五人で長机を囲む日が来た。

 沙希も居ればな~って思うんだけど、たまに勉強しに来るくらいで、結構忙しいらしいんだ。しょうがないよね。

 

「結衣、次の週末、隼人とデートなんだけど」

「由比ヶ浜さん、紅茶を淹れたわ、熱い内に」

「えっ!? あ、うん。が、頑張ってね優美子。ありがと、ゆきのん」

「や、そーじゃなくて。……デ、デートってどんなことすんの?」

「砂糖は入れる? 蜂蜜などどうかしら」

「え? え? え? や、ちょ、待って優美子、ゆきのんっ」

「……雪ノ下さん? 結衣が困ってっからあっち行けし」

「あら。あなたはまた由比ヶ浜さんを頼るのね。近づけたのならこれからは自分でと思わないの?」

「ちょ、すとっぷすとーーーっぷ! 喧嘩とかだめ!」

「…………《しゅん》」

「…………《しゅん》」

 

 な、なんかへんだ!

 ディスティニィーランドのあの日から、優美子がすっごいべったりしてくる!

 そしたらゆきのんまでいっぱい話しかけてきて! え!? な、なんなのこれ!

 

「あ、ごめんねゆきのん、優美子。べつに怒ったわけじゃないからさ、えと」

「そ、そう? まああーしと結衣の仲だし?」

「そうね。その、し、親友、なのだから」

「あ?《ギロリ》」

「なにかしら……?《ゴゴゴゴゴ……!》」

「だ、だからだめだってば!」

『…………《しゅん》』

 

 なななななんかへんだよ! 助けてヒッキー! ひっきーぃいっ!!

 

 

───……。

 

 

……。

 

 …………それから、いろいろあった。

 年越しをヒッキーの家族とうちの家族で騒いで、初詣に奉仕部と小町ちゃんと姫菜と葉山くんを混ぜたメンバーで行って、ゆきのんの誕生日のためにヒッキーとプレゼントを買いに行って、「今度こそは似合うよね!?」って眼鏡をつけてポーズを決めてみたらいきなり抱き締められて頭を撫でられて「ほゃわー!?」ってヘンな声出た。

 えと。可愛かったって言われて、顔が熱くて。まあ騒ぎすぎて店員さんに怒られたんだけど。

 店員さんが女の人で、ヒッキーのことちらちら見てたけど、ヒッキーは無言であたしの肩を掴んで引き寄せて「騒いですいませんっした!」って言って……それで、終わり。

 

「え、と……あれって、あたしのこと彼女アピールしてくれたってことで……いいのかな」

「え? あれでもアピールっていうの? いや、まあ、事実としてそうなんだから、今さらアレがああだとか言ってどうのこうのするつもりはまったくアレなわけだが」

「ヒッキー照れてる?」

「ばばばっかお前っ、おりゅっ……俺ほどのぼっ」

「ぼっちじゃないよね?」

「………」

「………」

「照れてますごめんなさい」

「えへへ、いい子いい子ー♪」

 

 顔真っ赤にして謝ってきたヒッキーの頭を撫でる。

 逆にあたしも撫でられて、なんか二人して顔真っ赤。

 近くを通ったおばさんに「若いわねぇ~」なんて言われて、余計に。

 

  ゆきのんの誕生日を祝った。

 

 奉仕部+葉山くんと姫菜のメンバーで、わいわいがやがや。

 大切な日にはお金を渋らないってことで、あたしもヒッキーも思いっきり祝った。

 優美子の誕生日は祝えなかったから、ちょっとだけ優美子が拗ねてたけど……それも兼ねるみたいに、一緒に。

 

「てゆーかー、比企谷くーん。比企谷くんてばさぁ、そんな金貯めてなにしたいん?」

「《ぽしょり》結衣と結婚して家建てて幸せに暮らしたい」

「ぶっふぉ!? え、えー!? っべー! 比企谷くんマジっべー! もうそこまで考えてるん!? っべ、っべー! っべーわマジっべーわ!」

「? どしたのヒッキー、とべっ……くん」

「あ、あー……いや、ン……えぇとぉ。ゆ、由比ヶ浜さんはぁ、そんな金貯めて、なにがしたいん?」

「え? それはー……《ちらっ》……えへへぇ……♪」

「…………っかー! なんかこれもう相思相愛すぎて見てるだけで糖尿病まっしぐらすぎるっしょー! ひひひ比企谷くん、いや比企谷さん! ズバリ! お子さんは何人で!?」

「うひゃあ!? ちょっ……とべくん!?」

 

 ななななに言い出してんのとべっち! ていうかなんかもうほんと“とべっち”って言いそうになってばっかだあたし!

 や、でもなんかとべっちってTHE・戸部って感じだし、むしろとべっちがすごく合ってて……あ、でも姫菜が居るんだからそれはまずいよね。

 うん、戸部、戸部ー……戸部くん。うん。

 

「…………《ちら? ちらちら》」

「いや……呼び止めるみたいにしたなら止めろよ……」

「ふえっ!? あ、だだだだって……! ……えと。ヒ、ヒッキーは……何人くらいが……いいのかな、って」

「ぐっ……!《かああ……!》いや……あのな……! まだプロポーズだってしてねぇのに……いや、そりゃ今さら結衣以外とか全然無理だけど……! ひ、ひやっ……俺だって? そりゃ考えなかったわけじゃねぇけど、出来れば一人は欲しいし? でも結衣の体に負担をかけるようなら無理はさせたくないし?」

 

 顔を真っ赤に、ほんとに真っ赤にして、目をあっちこっちに動かしながら、それでも答えてくれる。

 ひっきりなしにうろちょろしてる目は恥ずかしさの所為なのかな、ちょっと潤んでて。

 あはは、やっぱりヒッキーのこういうところ、可愛くて好きだなぁ。

 なんて思ってたら顔が緩んじゃって、「……はぁ。くそ、やっぱ俺、結衣のそういうとこ、好きだ……」……ふえっ!?

 

「ひ、ひひひひっきー!?」

「へ? ど、どした?」

「え、やっ……い、今好きって……」

「へ? …………ぐっは……!《ぐぼんっ!》」

 

 うひゃあ顔真っ赤!? え……あ、いつものアレだ。

 ヒッキー、喋ってたつもり、なかったんだ。

 

「見事なものね、赤谷くん。人とはこんなにも真っ赤になれるものなのね……」

「いや感心するところ違うからね……? 明らかにまちがってるからね……? むしろ今日は雪ノ下の誕生日なんだから、お前が楽しまなきゃだろ……」

「……そう見えなくてごめんなさい。これでも十分に楽しんでいるわ。友人に祝われるのはこれで二回目ね。ありがとう、由比ヶ浜さん、比企谷くん」

「うんっ! どーいたしましてゆきのんっ!」

「お、おう。まあよ」

 

 ヒッキーはまだ顔を赤くしたまま、そっぽを向きながら言う。

 隣に行って、つんつんつついてみると、抱き締められて頭をわしゃわしゃ撫でられた。

 やっぱり、ずっと一緒に居るとヒッキーからの接し方も近いって感じがして嬉しいな。遠慮がなくて、でも乱暴じゃなくてとってもやさしい。

 

「まーた始まった……っかー、比企谷くんと由比ヶ浜さん、マジ毎日らぶらぶしすぎっしょ……」

「……ま。ああいう関係に憧れないわけでは、ないし?《ちらちら》」

「……優美子、それはまたおいおい、な。俺にはハードル高すぎるって」

「いんやー、隼人くんならあれくらい簡単に出来るって思ってたんだけどなぁ」

「断り方は知ってても、女性との付き合いなんて知らないよ。比企谷の言う通りなんだ。だから、手探りで人を傷つけるのが怖くて仕方ない」

「だっ……大丈夫だし! あーしなら隼人を受け止めるくらいわけないから!」

「それは俺が軽い男って…………はぁ。まあ、そうなのかもしれないな……《ぽしょり》」

 

 あたしがヒッキーにわしゃわしゃされてきゃーきゃー騒いでる中で、元のメンバーは結構楽しげに話してる。

 それを姫菜がちょっと離れて見守ってて、それに気づいた戸部くんがニカッて笑って引っ張る、みたいな。

 ……うん。なんだろね。前の世界のグループよりも、近いって感じがする。みんな、近くて……そこに、あたしが居ない。

 居ないって意味では大岡くんも大和くんもなんだけど、でも……

 

「《なでなで》わぷっ……ひっきー……?」

「壊れなきゃ作れないものもあるってことだろ。そんな、泣きそうな顔すんな」

「……うん」

 

 あたしは新しい関係を築くことが出来たんだと思う。

 それは前よりも眩しくて、前よりも近くて。

 離れちゃった人は居ても、誰がチェーンメールを、なんて考えるよりはよかったんだ。

 お互いがお互いを思いやって、ちゃんと近くの人に目を向けられる。

 遠くの人ばかりを見て、気づかない振りをしている人は……もういない。

 ヒッキーも葉山くんも近くの人を見られるようになって───それで……それで。

 

   ×   ×   ×

 

 楽しい日々は続く。

 眩しい日々は、曇りの下でもいっつもだ。

 雨が降ったって傘を差して、好きな人の隣をぱしゃぱしゃと歩いた。

 

  車にはご用心。

 

 歩きながら音楽とかは聞かなくなった。

 

  音には敏感。

 

 後ろから車の音とか聞こえると、結構びくってなる。

 

  晴れの日にはゆきのんを連れてピクニック。

 

 あたしとゆきのんでサンドイッチとか作って、ヒッキーと小町ちゃんを連れて歩き回って。

 

  雪の日には雪合戦。

 

 雪玉をぶつけられたヒッキーが珍しく目を輝かせて、子供みたいに燥いだ。

 サブレとカマクラちゃんと一緒に、ヒッキーが作ったかまくらの中でゆっくりしたり。

 ゆきのんが雪だるまとか雪うさぎじゃなくて、雪猫をつくってにこにこしてたり。

 

  春が来て夏が来て、秋が来て冬が来て。

 

 気づけば春で、お別れを経験して、大学でも相変わらずヒッキーと楽しく過ごして、楽しくて、嬉しくて。

 とっくに“知らない未来”を歩いているのに、不思議なんだけど怖い、なんて気持ちは湧かなかった。

 高校の頃から大学までずうっとバイトしてお金貯めて、社会人になったら忙しくて大変で、それでも家に戻ればヒッキーを待って、帰ってくる音が聞こえれば比企谷家に突撃して抱き着いて。

 目標金額が溜まるまではここでしっかり貯めていきなさい、っていうのが両方の両親からの提案で、あたしたちはそれに乗っかった。

 家には入れなくていいからって言われて遠慮しようとしたけど、遠慮するなら早く孫を見せろって。……なにも言えなくなっちゃった。

 

  お金が溜まれば欲しかったものを揃えて。

 

 プロポーズされて、婚約して、結婚して、家を建てて……子供を産んで。双子だったから大変だった。

 同窓会で懐かしい人たちと会って、今の連絡先を聞いて。

 葉山くんと優美子、とべっちと姫菜が結婚してることに驚いて、連絡してくれなかったことを怒って。

 身籠ってた頃だったから心配だったんだって言われて、なにも言えなくて。

 少し遅れて入ってきたゆきのんに、知り合い全員が声を漏らして、なんかもうTHE・大人の女性! って感じのゆきのんに駆け寄って、抱き着いた。

 反応はいつかと変わらない。

 子供が産まれた時に一度会いに来てくれて、それ以降会えてなかったから嬉しかった。

 

「この娘……絆さんと美鳩さん?」

「うんっ、おっきくなったでしょ?」

「……ええ。目元が結衣さんにそっくり」

「おう……俺に似なくて本当によかったわ……いやマジで」

「? 何故かしら」

「何故って…………あー、そか。腐ってなかったんだったな。忘れてたわ」

「?」

「ま、なんにせよだ。久しぶりだな、雪乃」

「ええ。久しぶりね、ハチ公くん」

「おいやめろ。お前まだ人の名前をいじくらなきゃ気が済まない性質なの?」

「ふふっ、まさか。親友だからよ」

 

 高校三年の時、ゆきのんとは“雪ノ下家”のことでいろいろと悶着があった。

 ゆきのんがなんかすっごくあたしに近いなーって感じてた頃からの違和感があって、依存がどうとかって話も出たんだけど……それはちゃんとゆきのんが自分で答えを出して、解決した。

 その時に、私はまちがえるかもしれないけれど、そうと感じた時は正してほしいって言ってきて……その時から、あたしたちは親友を名乗っている。

 ヒッキーとも八幡とかハチくんとか言える間で、ヒッキーも雪乃で返してる。ゆきのんって言うと怒るけど。

 

「雪乃は……あー、その。まだ?」

「ええ。好きな人も居なければ、そんな相手も必要ないわ。結婚しろと言われているわけでもないし。ただ、そうね。一人として暮らせば余計なお金もかかるし、いっそのこと二人と養子縁組でもしようかしら」

「お前が家族になるのか……そりゃすげぇな」

「ゆきのんが家族になるのっ!? やろやろっ! その……よーしえん!?」

「え、お、落ち着いてちょうだい結衣さん、今のは冗談で……」

「やー、家を建てたけど四人じゃまだまだ広くてさー。ゆきのんが来てくれたらきっと賑やかになるし、ね? ねっ!?」

「え、あ、あの、あのあのっ……は、ハチ、たすけて……!」

「あんまりこいつの前で、喜びすぎること言うの、やめような? お前はもうちょっと、こいつに好かれすぎてることを知っておくべきだ」

「ええ……その、痛感したわ……」

「けどま、いいんじゃねぇの? 金使って部屋借りてるとかなら、一度家に住んでみるか?」

「…………いえ、やめておくわ。その、夜とか耳塞ぐので大変そうだから」

「だいじょぶ! 防音完備!」

「ぶっ!? い、いやお前っ……!」

「え? …………あ《かぁああ……!》や、やー! ちがっ、ちがうのゆきのん! だだだってほらっ! こどもがおっきくなったら、ほらっ、あれがあれだしっ! ~~~もうっ! とにかく一度来てっ! ねっ! ゆきのんっ!」

「《がっし!》えっ……あ、ちょっ……結衣さん!? ゆっ……あぁああぁぁぁ……!!」

 

 とある同窓会でゆきのんをお持ち帰りした。

 ちゃんと聞いたけど、やっぱりお金を払って部屋を借りてたんだって。

 家に頼るつもりはないからお金を稼いでお金を払っての繰り返し。

 だったら、って家の部屋を貸して、そこから仕事に行ってもらった。

 

「ハチくん、これは?」

「MAXブレンド。酒入りコーヒーにハマって、マッカンで作ってみたもんだな」

「………」

「警戒すんなよ……結衣も結構気に入ってんだぞ? まあ、結衣はMAXじゃないが」

「給料日にはお酒を入れようっていうのがここのしきたりなんだよゆきのん! あんまり入れると絆が嫌がるからそんなに飲まないけど。あ、あと戸締りしっかり」

「おう。んじゃ、今月もおつかれさんっ」

「えへへぇ、おつかれー!」

「お、おつかれ……さま……」

 

 給料日にはコーヒーにお酒を混ぜたもので乾杯。

 そんなに強いものじゃないし、肝機能にもいいんだって。

 そうして飲んで、軽く酔って、日々の疲れを吐き出すみたいに話し合って。

 楽しい時間を堪能して、笑って、笑って、時々喧嘩して。

 でも、やっぱり人には人の目標があるから、時間がくれば……別れる。

 

「ゆきのん……」

「ごめんなさい。姉さんに事業の手伝いを依頼されてしまって」

「陽乃さん……外国で働いてるんだよね?」

「ええ。相当忙しいらしいの。次にこちらに来られるのは、いつになるか」

「ゆきのん……」

「泣かないでちょうだい、結衣さん。……また必ず会いましょう。いつになるかは解らないけれど……」

「うん……うん」

「んじゃ、こいつが泣かないためにも絶対に守って貰わないとな。雪ノ下雪乃は、“暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐かない”もんな」

「───……! ……ええ、そうね。ふふっ……そうね。ええ」

 

 ヒッキーの言葉にフッて笑ったゆきのんは、ゆきのんにしては珍しく大きく手を振って、家を出て行った。

 その姿に、いつかの団地の猫を重ねてしまったあたしは、ヒッキーに抱き着いて……泣いた。

 やっぱり……猫は苦手。

 居なくなるなにかは、悲しいって思う。

 でも、約束したから。

 だから、そのいつかを……待っていよう。

 この、温かい家で。

 

   ×   ×   ×

 

 約束は果たされるべきだ。

 だって、そうじゃないと悲しい。

 楽しみにしていた分、果たされないって知った時、どれだけ悲しい思いをするのか、誰も想像がつかないんだ。

 きっと、した方もされた方も。

 

  10年が経った。

 

 娘も大きくなって、美鳩ともども元気に外で遊んでる。

 二人ともヒッ……は、八幡のことが好きすぎて、ちょっと困ってる。

 

  20年が経った。

 

 絆が八幡似の男の子を連れてきて、結婚しますって叫んだ。

 八幡、絶叫。

 美鳩は笑っていて、男の子と八幡の言い合いを面白そうに眺めてた。

 

  30年経った。

 

 家もだいぶ静かになった。

 知り合いの老夫婦が辞めるっていうので譲ってもらった喫茶店を、趣味みたいに始めたあたしたちは、静かに穏やかに暮らしている。

 

  40年───

 

 ふと、昔の夢を見て、飼っていたペットの最期を思い出して泣いた。

 傍に居てくれる人が抱き寄せてくれて、いつものように頭と背中を撫でてくれる。

 

  50年───

 

  60年───

 

 …………。

 

 どれくらい経ったのかも考えなくなってから、静かに過ごす時間だけが続いた。

 無理ない運動を続けたお蔭か、背中もピンと伸びたまま。

 そんなささやかな自慢も、寿命には敵わない。

 

「………」

「……結衣……」

 

 あれから、結局雪乃さんとは会えなかった。

 なにがあったのかも解らない。

 手紙を出したくても何処に住んでいるのかも解らず、雪乃さんから届く、ということもなかった。

 

「……、やっぱり……悲しい、ね……」

「………」

「みんな、みぃんな……居なくなってしまって……」

「……結衣」

「ふふ……あなただけは……あの頃から、ずうっと……約束を守ってくれて……」

「……そう、だなぁ……。なにせ……居なくならない猫になる、と……約束したからなぁ……」

 

 愛しい人が、元気づけるように言ってくれる。

 力の入らない手を撫でながら、目に涙を浮かべて。

 その顔が、段々と見えなくなってくる。

 

「……、絆たちは……」

「別室だ……。俺が、二人にしてくれって……頼んだからなぁ……」

 

 しわくちゃな感触が手に触れている。

 いつだって傍に居てくれた、温かい感触。

 思えば、自分はこの人にとんでもないことを願ってしまったのではないだろうか。

 居なくならない猫になってくれ、なんて、辛くても逃げずに看取って見届けてくれと言っているようなものだ。

 だとすれば、私は……“あたし”は。

 そんな風に後悔が浮かんできたというのに、この人は簡単にそれを払ってしまう。

 幸せだったと。

 お前とここまで歩めて、自分はとても幸せだったと。

 もうぼやけて見えないけれど、ぽたぽたと手になにかが落ちるのだけは感じた。

 ああ、待って。

 まだ、私はこの人の傍に居たい。

 この人を残してなんか逝きたくない。

 まだ、もっと……この人を………………幸せに…………まだ……。

 

「……死んでも見られた夢がこれなら……こんな夢をありがとう。でも……でもなぁ、結衣……。俺は……俺は、さぁ……。目覚めても……また同じ夢を───……」

 

 最後に聞こえた声に、なにかを返したかった。

 でももう声は出せなくて。

 ぴー、って音が聞こえた頃には、あたしはもう、なにも出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

  ……ねー

 

 ───

 

  ……ねー、ママー。

 

 ……? あ……んん、なに……? 絆……。

 

  ママ、猫の恩返しって知ってる?

 

 ……犬の恩返しとかないの?

 

  もー! 猫の恩返し! えっとね、大切にしてもらった猫がね?

 

 ……うん。

 

  居なくなっちゃうんだけど、恩返しのためにご主人様に夢を見せるの。

 

 夢?

 

  うん、そう。サキ先生が言ってた。えっとね、その人が見たい夢とか、好きな人の夢とくっつけたりとか。すごいんだよ!? 猫ってね、“じかんにとらわれない”んだって! だからずーーっと先のこととかも昔のこととかも見せちゃうんだって!

 

 わー、すごいねー。あ、うん、でもそんな経験、ママにもあるかも。

 

  そうなんだ!? あ……でもママ、猫苦手なんじゃないの?

 

 嫌いなわけじゃないんだけどね。それで?

 

  うん! その夢だと、会いたいって願えば願うほど会いたいなにかとは会えなくてー……

 

 うん。

 

  でもね? 目が覚めると───

 

 

 

 

 

 

 

 ───……。

 

 

 ……。

 

「…………、ゥ、ァ…………」

 

 喉が、固まったみたいに痛かった。

 なんだろう、って目を開けてみると、真っ白な部屋。

 目が慣れてくると、それが眩しさだったって解って……段々、景色が色を付けていく。

 

(…………、病室……?)

 

 ……そうだ。

 もう長くないからって病院で、ゆっくり終わりの時を待って……それで…………。

 

(…………?)

 

 あの人が居ない。

 首を動かしたいのに上手く動いてくれなくて、視線だけを動かした───その先に。

 

「っ…………、え───」

 

 白い引き戸を開け、入ってきた……いつかのままの親友の姿を確認した。

 

「由比ヶ浜さんっ!?」

 

 叫ぶように、どころじゃなく、本当に叫んで、彼女は私のもとへ駆けてきた。

 涙をこぼし、必死に“大丈夫なの”や“よかった”を口にしてくれる。

 ……。

 なんだろう、頭がぼーっとする。

 たくさんたくさん考えなければならないことがあるのに、それよりも眠たくて。

 

「す、すぐに先生を呼ぶから! あ、いえっ、ナースコールをっ……~~っ……ふ、震えないでお願いっ……! 焦っている場合じゃないの……!」

 

 よっぽど動揺しているんだろうなぁ、なんて、静かに考えながら……震える手でナースコールを握る彼女の姿を眺め……やがて、目を閉じた。

 眠くて。

 眩しくて。

 そうやって目を閉じた真っ暗闇のどこかで、遠い昔、どこかで聞いた猫の声が……聞こえた気がした。

 

   ×   ×   ×

 

 世界には不思議がいっぱいある。

 科学で解明されてるー、なんて言ったって、専門外の人にしてみれば解明なんて全然されていないのと同じだ。

 夢の中で見たお話が事実だったとして、その夢がなにを伝えたかったのかは解らない。

 解らなくても……夢の登場人物が恩返し、なんて言ってたなら……私は。ううん、あたしは……あの時に猫を抱いたことを、後悔しちゃいけないんだと思う。

 

「ゆっきのーーーん!!」

「《がばぁっ!》きゃあっ!? ちょっ……由比ヶ浜さっ……! あなた、まだ退院したばかりなのにっ……!」

「結衣って呼んで?」

「え!? あ、あの、由比ヶ浜さ」

「ゆ~いっ!」

「い、いえあのあの……!」

「あーこらそこ、俺が嫉妬するからやめなさい」

「ひ、比企谷くん……! 由比ヶ浜さんが」

「ハチでいい」

「!? ひっ、ひひ比企谷く……!?」

「あー、そのだな、雪ノ下。俺、これからは超全力で依頼解決に精を出すから、そのつもりでな。んで、平塚先生の賭けに勝った暁には俺の親友になってもらう」

「なっ……!?」

「じゃああたしが勝ったら、ゆきのんはあたしとヒッキーと養子縁組してもらって、ずーっと一緒に同じ家に住んでもらうからっ!」

「ゆひっ!? ゆゆゆゆゆいがはまさん!? なにをっ……!」

 

 あの日、トラックに撥ねられたあたしたちは、ゆきのんの親の知り合い……っていうよりは葉山くんのお母さんの方かな? の病院に運ばれて、ずーっと意識不明の重体だったんだって。

 あたしたちはもう完全に死んじゃったものとばかり思ってたけど、ずーっと同じ夢を見てただけで。

 ……人生一生分を夢で見ちゃうなんて、サービス満点。

 このことをヒッキーに話したら、「いや……やりすぎでしょ、お前の猫……」って呆れてた。うん、あたしも呆れた。

 でも、“それだけ恩を感じてたってことだろ?” って言われたら……もう、緩んじゃう顔を止めるなんて出来ないよね。

 

「ま、のんびりやっていこう。おじいさんにまっかせなさーい」

「えへへぇ、おばあちゃんにまっかせなさーいっ♪」

「~~……二人がなにを言っているのか、まるで解らないわ……! って、比企谷くん!? あなた、目が……」

「お? …………まあ、前向きにゃあなるだろ、あんなもん見せられちゃ」

「あ……ヒッキーは、あの後……」

「……おう。あれから二ヶ月くらい生きた。お前の誕生日に、仏壇の前でだった」

「~~~っ……ひっきぃ……!」

「あ……お、おう。まあ、……また会えて、よかったわ。~……う、うしっ、それじゃあ片っ端から依頼を片づけていくか。あ、その前にリハビリとして勉強の予習復習な」

「えへへぇ、もうゆきのんにだって負けないからね~?」

「いや……お前の場合、入学式から一年であれだからな……また抜けてたりしないか?」

「ヒッキーひどい!?」

 

 ヒッキーはまるで別人みたく明るくなった。

 目も腐ってないし、穏やかでやさしいし、微笑みがすごく似合ってて自然だ。

 あたしたちはあんな経験をして、目が覚めてからは……体に引っ張られるみたいに、それまでの自分を思い出した。

 だからそれまでの癖なんかはなかなか抜けないけど、余裕があるって意味だと、確かに一度はおじいちゃんおばあちゃんになってるんだ。

 でも、体は高校生のままだから、引っ張られれば引っ張られるほどまだまだ元気。

 

「ゆきのんっ、あたし、解ったんだっ! 居なくなっちゃうなら、自分から行かなきゃだ! それで、やっぱり全部が欲しいっ!」

「ゆ、由比ヶ浜さん……」

「結衣!」

「え……い、いえあの、由比ヶ浜さ」

「結衣だってばゆきのん!」

 

 抱き締めながらワーワー騒ぐあたしたちを見て、ヒッキーが隠すことなく笑ってる。

 歩く道は静かだ。

 車にはご用心。

 またここから始めよう。

 猫を拾った日から始まった夢みたいな現実で、手に届く“全部”が零れ落ちないように。

 あとは……そだね。

 これでまだ嫌ってたら罰当たりだよね。

 だから、あたしは……ううん、あたしも。

 猫が、大好きだ。


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