どこにでもあるようなガハマさんとヒッキーのお話   作:凍傷(ぜろくろ)

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責任はとるって言ったんだしな①

 ピクニックに行くには寒すぎると思うんだ。

 早い段階で結論を出したあたしは、予定を変更してヒッキーが「あー……まあ、いいか」って呟いて、どっかに連絡するのを見守った。

 なんかすっごくつっかえつっかえしながら話してたヒッキーだけど、電話が終わると「すぐでも構わないらしい」、ってよく解らないことを言って……あたしは連れられるまま、歩いたり電車に乗ったり。

 そうしてやってきた場所は……千葉のパセラ。中央駅から少し歩くくらいで行けるハニトー……ハニートーストで有名なカラオケ店だ。

 カラオケって書いてあるけど、べつに普通に食べて帰るだけってのも出来るし、パーティー用として利用することも出来る。部屋の数はそんな多くないけど、二人で一部屋なら十分に広い。

 ヒッキーは予約しといた者でしゅけど、ってちょっと噛みながら話を通して、奥の個室に。

 

「ヒ、ヒッキー? えと……」

「ハニトー。食いに行こうってメールしといたろ。一応予約取れそうな時間を聞いておいたんだよ。で、連絡入れたら頼んどいたもの作ってくれって」

「頼んどいたもの……?」

「おう。なんかその、なんだ。小町情報だが、あー……なんでもオーダーメイドが出来るらしくてな」

「あ、それ知ってる! へー……って、ヒッキーが頼んだの!?」

「お、おう……ここ数年分の勇気とコミュ力使った気分だったわ……禿げるかと思った」

「そんなになんだ!?」

 

 驚きながら、メニューとか曲リストとかを落ち着きなくぱらぱらめくる。

 や、だだだって……それってさ、ヒッキーが、さ。計画立てて、デートに誘ってくれようとしてたってことで……!

 前倒しみたいになっちゃったけど、これ、ちゃんとデートってことで……!

 わ、わー! うわーうわー! 顔あっつい! なんか、ずー、ってへんな音が聞こえるくらい顔があっつい!

 

「で、なんか他に頼むか? ハニトーって言えばパン一斤だが、前の時もなんだかんだ食えたし、タパスでも追加するか? あ、ハニトーの方にデザート系が結構乗ってると思うから、デザートは食べ終わってから考えてくれ」

「うん。……えっと……あ、じゃあタパスのこの……あひーじょ? っていうの食べてみたいかも。アサリのやつ」

「おし。じゃあ俺はこっちのチーズナチョスってのを」

「うんっ、じゃあ歌おう!」

「歌う気満々だなおい……」

 

 だってパセラって、食べるか歌うかだし。

 だから曲を登録して、思う存分歌う。

 

「しっぱい~は~成功ーへーのっ、挑戦~をっく~れるっか~らっ♪」

 

 歌って歌って、ヒッキーにも歌ってもらって、最初は渋ってても歌い始めると結構ノリノリで歌うヒッキーは、やっぱりアニソン多めだけど、それだけじゃなかったりした。

 や、アニソンもいい歌多いし、結構ドキってしちゃうやつも多くて驚いたけど。

 

「10年経って……夢を~忘れ~てぇ♪」

 

 でも、今歌ってるのは結構アレだ。歌詞とも全然違うけど、すっごく心が籠ってるからなんか止められない。

 

「20年経って……涙~を拭ってぇ♪」

 

 替え歌っていうのはあんまり聞かないけど、ヒッキーのこれって……なんか実感こもってるっていうか。

 

「30年経って……いつか~を思ってぇもぉ……! うつぅむぅかぁ~~~ずにぃっ……! 行けぇーーーーっ!!」

 

 それでも、あとになればなるほど、その歌は元気になった。

 うん、へんな言い方だけど、後になると……なんか、えへへ。顔が緩んじゃうくらい、明るい歌だった。

 最後にはあたしも叫んでたし。

 うん、いい歌だ。

 

……。

 

 しばらくしてハニトーとタパスのアサリのアヒージョと、チーズナチョスが届いた。

 

「うわぁはぁーーーっ♪ すごいよヒッキー! アイスとか超乗ってる! わっ、このミニケーキ、パンダだ! あ、犬もある! わ、これってサブレ!? あははっ、ちょっと違う感じだけどサブレちゃんって書いてあるっ! オーダーメイドって初めて見たけどすごいねっ!」

「……オーダーメイドでいろいろ頼めるっつーから、犬の特徴とか詳しく…………注文の時に噛みすぎて、恥ずかしさのあまり死にたくなったわ……」

「ありがとヒッキー! ありがとねっ! ありがとぉっ!」

「お、お……おう……おう」

 

 お礼を言うと、ヒッキーは真っ赤になっておうおう言ってた。

 照れてるヒッキーって、じっと見てると可愛い。

 照れ隠しなのか、テキパキとハニトーを切り分けて、お皿に分けてくれるんだけど……

 

「うーん……」

「? ど、どした? こっちのほうがいいか?」

「ううん、そうじゃなくて。えと。はい、ヒッキー! あーん!」

「……。いや、ハニトーにフォークぶっ刺して差し出されながらメンチ切られるなんて、初体験なんだが」

「そのあぁんじゃないよ!? ……ってかヒッキー? 解ってて言ってるでしょ」

「や、や、やー……ほら、え、まじで?」

「嫌なら、ヒッキーがしてくれる?」

「…………、……お、おう」

「ふえっ!?」

 

 え? あ、え? ちょっと意地悪してみただけなんだけど……え? やってくれるの?

 どうせやってくれないんだろうなーって思ってたのに。

 

「ほ、ほれ。その、」

「あーん?」

「……言わなきゃだめか?」

「だめ」

「~~~……あ、あーん……」

「えへへぇ、あ~んっ♪」

 

 ヒッキーが、小さく切ってアイスを乗せたハニトー差し出してくれる。

 それを口に含んで、やさしい感じの甘さの蜂蜜が染み込んだ、カリッとしたトーストを、えーと、そしゃく? する。

 蜂蜜が染み込んだ柔らかいところと、焼き立てあつあつのカリっとした食感。そこにアイスの冷たさが混ざって、口の中に甘さが広がってく。

 うわぁああ……! 出来立ておいしぃいー……!!

 ほっぺたがじゅわーって! じゅわーって!

 

「ど、どうだ?」

「おいしいっ! ほらほらヒッキーも食べてみてよ! はい、あーんっ」

「え、や、俺は自分で」

「あーんっ!」

「……あー……んっ」

 

 食べるのと一緒に目を閉じて、真っ赤な顔のままもぐもぐしてる。

 でもその顔が緩むのを見たら、なんかあたしも嬉しくなった。美味しいよね、やっぱり。

 

「なんだこれ……新しい味だマジで……。前のよりクリーム多めだから食いやすいし」

「だよねっ」

「っつーかあの時のはお前が俺の分のクリームまで食ったから」

「ほらほらヒッキー、まだあるよっ、あーんっ」

「いや聞きなさいよ……あ、あー……」

 

 一回目が過ぎると、差し出せば食べてくれるようになった。

 それがなんだか可愛くて、はいはいはいはいってどんどんあげちゃって、気づけばあたしの分が無くなってた。

 ちょっとしょんぼりしてると、今度はヒッキーがあたしにあーんをしてくれる。

 恥ずかしかったけど……うん、全部食べた。

 は~~~、って息をついたら、次はタパスだ。

 

「アサリのアヒージョ……アヒージョってなんだろ」

「ん……なんかニンニク風味がどうとかって話だ。ニンニクとオリーブオイルで煮込む料理……だったか? タパスってのは小皿とか小さな料理とか、まあそんなところらしい」

「へー……! あ、じゃあ食べてみよ?」

「おう。……っと、ほれ。あーん」

「ふえっ!? あ、えと、ヒッキー?」

「? あ? …………《ボッ!》ばっ……! ちょ、ちょっと……? もういいなら先に言ってくれません……!?」

「あ、や、やー、違うの違うのっ! あたしからやらないでも、ヒッキーからやってくれるなんて思わなかったからっ……! あ、あの……ヒッキー? ……えと、あ、あーん」

「……~……あーん」

 

 真っ赤なヒッキーが、切り分けたチーズナチョス……タコスのことだっけ? をくれる。

 それをぱくって食べると、チーズの風味とソースの味、あとはえーとえーとなんかとにかく広がってく。うん、おいしいっ!

 でも先にハニトー食べたから、あつあつじゃないのはちょっと残念。

 

「じゃあ次はこっちね。アサリのアヒージョ……ニンニクの芽の食感って結構アレだよね。あ、でもこれあーんとか出来ないかな」

「だな。普通に食うか」

「あ。ヒッキー今あからさまにホッとしたでしょ」

「い、いやべつに……」

「じゃあ、はい。ニンニクの芽。あーん」

「アサリくれよ……」

 

 言いながらも食べた。

 そうしてあたしたちは、食べて、休んで歌ってを楽しんだ。

 

 

───……。

 

 

 パセラを出ると、結構いい時間だった。

 お店で食べると時間経ってるよねー。不思議だ。

 まあカラオケもしたし、今日は納得だけど。

 

(……そろそろ“帰るかー”とか言うかな)

 

 用事が済んだらすぐ帰る。ヒッキーならきっとそう。

 言われてもすぐ返せるように、どっか寄ってくとことか考えとこ。

 

「んじゃ、次行くか」

「やだっ」

「《ぐさぁっ!》…………すまん」

「え? あっ! うひゃあ違うの違うの!! 待ってそうじゃなくて! え!? ヒッキーどっか連れてってくれるの!? あたしてっきり帰るかとか言うと思って……!」

「お前……今のまじで泣きそうになったぞ……因果応報かもしれねぇけど、勘弁してくれよ……《ぐすっ》」

「ごめんってば! その、インガオホー? ってのじゃないから!」

「……ドーモ、ユイガハマ=サン。ニンジャヒキガヤーです」

「え? え? ……ド、ドーモ?」

 

 よく解んないけど、手を合わせて小さなお辞儀とかされた。

 

「それでヒッキー、どこ行くの?」

「ん……小町からお土産よろしくってメールきてるから、帰り際にそれ行く」

「あ…………そ、そだよね、あはは」

 

 ヒッキーがあたしと居たいからー、とかでデートを続けようとかないない。

 責任とるとかメールでくれたけどさ。義務じゃないとか言ってくれたけどさ。

 ヒッキーだもんね、うん……。

 

「んじゃ、行くか」

「うん……」

 

 ちょっと沈んだ。

 ヒッキーはシスコンだから、こうでもなきゃ続きなんてなかったとは思うけど……はぁ。

 

……。

 

 ……。

 ……?

 …………あれ?

 

「このリードとかどうだ?」

「えっ……」

 

 ……あれ?

 

「ドッグフードってこだわりとかあるか?」

「え、や、やーほら、さすがに食べないと思うよ……?」

「え……まじか……!?」

 

 あ、あれ?

 

「最近は服とかも着せたりするっていうよな?」

「そりゃ着るよ!? 着ないと変態じゃん!」

「へっ……!? 初めて知った新事実だ……!」

 

 なんかへんだ。

 ヒッキー? ねぇ、ヒッキー? 小町ちゃんのお土産探してるんだよね?

 なんでさっきからペットショップ系ばっかなの?

 

「すげぇな……お前相当厳選したもの買ってんだな……」

「てゆーかさっきからヒッキーがヘンなもの選びすぎなんだってば!」

「え……そんなにヘンだったか……?」

「へんだよ……なんか小町ちゃんをペットみたいに見てるっていうか……」

「? へ? 小町? なんで小町?」

「え? だってヒッキー、小町ちゃんのお土産買ってくって」

「お、おう。帰りにって言ったよな? ……え?」

「え?」

「………」

「………」

「そ、そうかっ……ぶふっ……! なんかへんだ、とっ……ぶふっ……おもったら……ぶふっ……!!」

「わああああ待って待ってさっきまでのなしなしなしぃっ!! もどろっ!? 最初まで戻ろっ!? わっ……笑わないでよぉーーーっ!! うわーーーんっ!」

 

 やらかした。

 あたしもへんだなって思ってたけど、ここまで話がズレてたなんて。

 だ、だってヒッキーが悪いんじゃん! いっつも帰るとかばっか言うし、小町ちゃんのことはすぐに優先するし!

 だからあたしは───…………あ、あたしは…………あれ?

 

「……ヒッキー」

「くふっ……くっくくく……! な、なんだ……?」

「う、うー……! いくらなんでも笑いすぎだからぁっ! もうっ……! え、えっとさ、ヒッキーっていっつも小町ちゃんのこと優先するよね? なのにお土産があとって…………」

 

 訊いてみたら、「ぅぐぁっ……」ってヘンな声が漏れて、ヒッキーの笑い声が止まった。

 

「ひ、ひやっ……これは……べべべつに深い意味は……!」

「ヒッキー」

「ひゃいっ」

「……ありがと」

「ぁ───ぃゃ……、……おう」

 

 なんか、あたしやっぱりヒッキーには甘いのかも。

 甘いくせに、気にかけてほしいからそわそわしちゃって。

 気づいて欲しいから一歩が踏み出せなくて、自分から行くって言ったくせに足踏みしてばっかだ。

 でも、今はヒッキーが踏み出してくれたから。

 だから、あたしもちゃんと近寄って、知りたいことを知っていかなきゃ。

 

「ヒッキーヒッキー、ほらっ、いこっ?」

「……はぁ。へいへい」

「あ。なんで溜め息吐くし」

「苦笑してんだよ。んじゃ、改めてリードとか見るか」

「うんっ!」

 

 見てきた場所を戻って、一からやり直し。

 めんどくさそうな顔してるんだろうな、なんて……怖い気もしたけど、見つめてみた横顔は……なんだかちょっと嬉しそうで。

 ……まだ彼女ってわけじゃないけど、さ。

 もっともっと、期待して……いいんだよね?

 責任っていうのが、どこまでのものかも解んないけどさ。

 ……いいんだよね?

 

 

───……。

 

 

……。

 

 遊んで騒いで燥いでむせて。

 電車に乗って帰る頃には結構暗くて、心配だからってヒッキーは家まで送ってくれた。

 

「ヒッキー、ありがとね。わざわざ送ってくれて」

「ん……まあ、気にすんな」

「気にしなかったらありがとうも言えないじゃん。気にさせてよ」

「……そんな切り返しされるとは思わんかった。なんか新しいな、おい」

 

 小さく笑って、ヒッキーは「んじゃな」って言って後ろを向いちゃう。

 家の扉に手を掛けてたあたしだけど、そんな後ろ姿が離れていくのが嫌で、つい手を伸ばして───

 

「《クンッ》うおっ!? ……へ? ゆ、由比ヶ浜?」

「え? あ……」

 

 ……気づけば、ヒッキーの服の袖を引っ張ってた。

 

「あ、あはは……なにやってんだろねあたしっ、や、やー……べつにほら、へんな意味じゃなくて……あ、ほらっ、あれだっ! ひ、ヒッキーさっ」

「お、おう?」

「眠れないって言ってたよねっ? 帰っても眠れないんならさっ、こ、っ……《かぁあ……》ここ、で……えと……」

「…………《かぁぁ……!》」

 

 勢いで言っちゃったけど、これ結構アレだよね……な、なにいってんの、なにいってんのあたし!

 今日はパパもママも居ないからって、まずいってば!

 あ、や、ヒッキーがなにかするーとかじゃなくて、パパとママが居ないのにヒッキーを上がらせたとかママに知られたら、もうどんだけからかわれるか解んないっていうか!

 

「……無理すんな。そういうのはもっと、段階踏んでからのほうがいいだろ。俺が焦るならまだしも、お前が焦る必要とかねーだろ」

「え、そ、そんなの解んないじゃん! あたしが踏み出さなかったから次の日にはヒッキーが誰かと、とか考えると怖いしっ……」

「お前な、常識的に考えろよ……俺なんぞをお前以外が好きになったりとかするわけないだろ。気にかかっててもキスとか絶対やだキモいとか言われるに決まってるわ。……だから。つまり。よーするに。……心配とか要らねぇってこったよ。キスされてから、お前のこと意識しまくりって言葉、なんとかしてほしいくらいにマジだから」

「う、うそ……だって、ヒッキー、あたしに好きとか言ってないし……それに、どうなるか解んないじゃん。ヒッキーのことが好きって子が出てきてさ、ヒッキーのこと好きって言ったらさ、ヒッキーはあたしを見たままで居られる? あたしのこと好きって言ってくれる?」

「あのちょっと? 由比ヶ浜さん? 休日潰してまで最後まで付き合うあたりで察してくださってると思っていたのですが?」

「……? なに、それ」

「……《がりっ》……由比ヶ浜。俺に言って欲しい言葉とかあるか?」

「え……えと、ことば? 言葉……えと。“ゆい”?」

「(いきなりハードル高っ!?)……げふんっ! ……あー……、結衣?」

「ふえっ!? あ、えぅう……!?」

「他は?」

「あ、は、はい、あと……す、好きだ、とか」

「結衣、好きだ」

「《ぼっ!》ふひゃあっ!?」

 

 え……え? なにこれ、どうなってんの?

 なんでこんな……あたしがお願いしたこと、ヒッキーが言ってくれて……?

 ……なんでも言ってくれるの? ……なんでも?

 って、ヒッキーすっごい顔赤い! 真っ赤っか! なんか目も潤んでるし、無理してる! それもすっごく!

 でも……でも、これだけは。

 

「ヒッキー」

「お、ぉおぉお……おう……」

「これだけは……言わされた、とかじゃなくてさ。ちゃんとヒッキー自身で言って欲しいな。……あたしは、比企谷八幡くんが好きです。あなたは、あたしをどう思ってくれてますか?」

「……~~……だ、だから。俺は」

「………」

「───……そう、だな。回りくどいのは“言った”って言わねぇよな。……由比ヶ浜結衣さん。俺は、あなたが好きです。夢に見るほど意識しまくってます。デート一発で心が決まるってのもすげぇけど……ど、どうせこの際だから言っちまうな。キモかったら断ってくれていい。お前が好きだ。他の誰にも渡したくねぇ。俺の隣はお前で、お前の隣は俺がいい。……デート、すげぇ楽しかった。ずっと続けばいいって……思ってた。まだ行き当たりばったりで、デートコースなんて気の利いたプランもなんにも立てられない俺だけど、よかったら……俺と付き合ってください」

「───……」

 

 真っ赤になって、顔を逸らしたいだろうに必死にあたしを見つめたまま、涙を滲ませて言ってくれる。

 ……胸に来た。

 いつかの日、本物が欲しいって言ったヒッキーのあの目が、あたしに向けられていた。

 あの時に込められていた答えはまだわからないままだけど……それでも、必死に伝えてくれた言葉が嬉しくて。

 ヒッキーは歩み寄ってくれた。

 だったら、あたしももっと……自分で行かないとだ。

 目は逸らさなくても伸ばしきれない手が、今、そこで揺れているから。

 ゆっくりと手を持ち上げて、不安そうに揺れてる手を握る。

 手袋越しだから、なんか締まんないけど……いいよね? あったかいもん。

 だからあたしは頷いて、ぱあって笑顔になるその人の涙を指で拭う動作のまま、背伸びをしてキスをした。

 驚くヒッキーの手を引っ張って、家に引っ張りこんで、扉を閉めて部屋まで駆けて。

 そこで……誰にも聞かせたくない言葉を、ヒッキーにだけいっぱいぶつけた。

 不安だったことや怖かったこと、誰かが手を伸ばせば全部が崩れちゃうんじゃって後悔したことや……気づかれてなければ、キスのことは絶対に言うつもりはなかったこと。

 こんなことになって、嬉しいけど……明日には無くなっちゃうものがあるんじゃないかって。

 

  ヒッキーは……壊れたものは戻らない、って言った。

 

 でも、それはどこぞのリア充の理論だから、ぼっちである俺は抗うって。

 それからはいっぱいお話をした。

 ヒッキーが入院してる頃の話とか、退院してひとりぼっちの入学式を体験したみたいな気持ちだった頃のこととか。

 あたしも、ヒッキーのこと見に行ってたこととか、どうしたら話しかけられるかなって考えてたこととか。

 嫌だな、なんて気持ちは全然わかないまま、なんか自然に……ヒッキーをベッドに寝っ転がらせて、膝枕をして。

 撫でる髪が気持ちいい。

 “おかーさん”の気持ちってこんななのかな。

 ピンって伸びたアホ毛をくしくしいじってみると、なんか楽しい。

 少しするとヒッキーは寝ちゃって、あたしも……楽な姿勢じゃないのに、心があったかくて……気づけば寝ちゃってた。

 

   ×   ×   ×

 

 朝帰りをしたヒッキーは、随分と小町ちゃんにつつかれたらしい。

 学校で聞いたのはそんなこと。

 あ、うん。ちょっと朝帰りって言葉に顔を熱くしちゃったけど、それはいいんだ。

 それよりも、って。

 ゆきのんにヒッキーとのことを話したら、なんか……なんか、普通におめでとうって言われた。

 ……あれ? うん。……あれ?

 ゆきのん、てっきりヒッキーのこと好きだって思ってたのに。

 心配ごとは、なんか普通に流れていった。

 それどころかあたしとヒッキーが一緒に居るとにこにこして、逆に一緒に居ることが多くなった気がする。

 嬉しくて抱き着くと、やっぱり“近い”って言うけど、嫌がったりしなくて。

 

「うーん……なんか先輩たち、ずいぶん距離が少なくなった気がするんですけど」

「……ん? そうか?」

 

 ある日の奉仕部。

 あたしたちをじーっと見てたいろはちゃんが、そう言った。

 うん、あたしも近いって思う。

 特にゆきのんが。

 結構びっくり。かなりびっくり。

 

「特にそのー……雪ノ下先輩が」

「私?」

 

 言われたゆきのんはきょとんってして、いろはちゃんからあたしとヒッキーの方を向くと、ちょっと心配そうな顔をする。

 

「ん……まあ、確かに最近、近いって感じは……するか?」

「そう、かしら」

「うん」

「ま、べつにいいんじゃねぇの? あんまゆるゆりされると俺がちょっと嫉妬しちゃうくらいなだけだし」

「うわー……」

「おいちょっと一色さん? やめて? 特に言葉を返すでもなく“うわー”だけとかめっちゃキツいから」

「まあそれはともかくアレですよ先輩。ちょっと手伝ってほしいことがありましてー」

「いや自分でやれよ……」

「そうね、一色さん。いくら一年とはいえ、全てを任せきりにしては生徒会長として成長出来ないのではないかしら」

「えー……? ですけど、荷物とか結構重いものを運ぶとか、わたしにはちょっとキツいですしー」

「荷物運び目的って言っちゃったよこいつ……誰か他にいねーの? ほれ、あの副会長くんとか」

「そうね。彼も男子なのだから、べつに比企谷くんに頼むでもなく、彼に頼んだほうがいいのではないかしら」

「生徒会内でそんな頼ってたら、デキてるとか葉山先輩に思われちゃうかもじゃないですかー。その点先輩だったら奉仕部ってことでりよ……頼めますしー」

「こいつ利用って言おうとしちゃったよ……」

「あ、じゃあいろはちゃん、あたしたちも手伝うよっ! みんなでやればすぐ終わるしっ!」

「ええそうね。奉仕部としての比企谷くんに頼むのであれば、これは依頼というかたちになるのだから」

「いえいえいえ雪ノ下先輩や結衣先輩に頼むほどのことでもないですから」

「俺だったらいいのかよ……なんなのお前」

 

 ヒッキーがぐったりした顔でいろはちゃんを見る。

 で、溜め息ひとつ、しゃーないって感じで椅子から立ち上がった。

 

「じゃ、悪い。そういうことらしいからちょっと行って片づけて───」

「あたしも行く。ね? ゆきのん」

「ええ」

「え……で、ですから、お二人の手を煩わせるほどのことではー……」

「じゃあ早く終わらせて、カラオケにでも行こう! ほらほらいろはちゃん、早く早くっ」

「《ぐいっ》わわっ……あーもう、わかりましたよー……」

 

 いろはちゃんの背中を押して、早く早くと急かす。

 そんな中、ヒッキーはゆきのんをじーっと見てて、いつも通りの言葉を言われて溜め息吐いてたけど……なんだったんだろ。

 

……。

 

 おかしいな、って思ったことは何度かあって。

 でも、近いっていうのが嬉しくて、そのままにした。

 誰かが何かを言うこともなくて、それでいいならいいのかなって。

 

「ゆきのんっ……ど、どうかな……!」

「ええ、上手に出来ているわ。おいしいチョコレートよ」

「やったぁーーーっ! ヒッキーヒッキー! たべてたべてっ! 上手にできたよほらほらほらっ!」

「おわちょっ……落ち着けっ……! 押し付けてこなくてももらうっつの……!」

 

 コミュニティーセンターをお料理教室って名目で借りて、集まったみんなでチョコ作り。

 来る予定だったらしい陽乃さんが来れなかったらしくて、それを聞いたゆきのんが“私だけで十分よ”って張り切って、チョコ作りの講師をしてくれて、楽しんで、騒いで。

 優美子も隼人くんにチョコを渡せて、あたしもゆきのんもヒッキーにあげて。

 

「───………」

 

 一緒にやって、一緒に楽しくて、一緒で……一緒で。

 でも、違和感があって……それがなにか解らなくて。

 こんなものは最初だけだ~って思って……いつかは慣れるんだって。

 だから、あたしは……その日の夜。ゆきのんを見送った帰り道で、ヒッキーに相談した。

 

「違和感? ……まあ、あるな。平塚先生に感じるな、考えろって言われたわ」

「考えるんだ……。なんなのかな」

「んー……そりゃ、俺達が前より互いに近いってことあたりなんじゃねぇの? 俺はもっと線を引いてたし、雪ノ下なんてもっとだろ。言い訳並べて他人となんざ関わり合いたくありませんって俺らが、気づけばこうして人と関わって笑ってる。違和感っていうならそこかしこにあるわな」

「でもさ、それっていいことだよね? あたしはいいと思うけど」

「いいと思ってるのに引っかかるんだろ? じゃあそれは本能的にあまり良いとは言えないものなんだろ」

「……悪いことなのかな」

「悪いものでも慣れればどってことねぇだろ。つか、べつによくないか? 変わるより受け入れろだ。……それが、おぞましかろうがなんだろうが、選んでるのはそいつで、なにもこれからずっとそのままってこたぁないんだ。“今”しかなくても、“今”変えなきゃいけないなんてことはねぇと思う。どうするかはあいつが決めるべきだろ」

「……ヒッキー、ちゃんと解ってたんだ」

「あんだけ近けりゃな……」

「うん……」

 

 ヒッキーは言う。

 あいつは自分の理想を俺達にぶつけてきている、って。

 そうであったら、って願うものをぶつけてきて、でも全部願う通りにいくことなんてないって解ってるから、妥協して、同じになったものだけを求めて、また妥協して。

 依存とかっていうんじゃなくて……あたしたちに、自分が願う眩しさを求めてるんだ、って。

 だから、“言わなくても解る関係”を願ってる。

 私たちなら、あたしたちなら、俺たちならを並べて、その中で同じものやくっつくものを掻き集めて、そうやって完成するものに名前をつけたがってるんだって。

 

「それってさ……」

「子供の頃、なんにでも名前をつけたがったもんだよな。あいつはたぶん、すごい姉は居ても相談に乗ってくれる姉や……俺みたいに理解ある妹が居なかったから……全部自分でやるしかなかったんだ。当然、遊ぶ余裕なんてないわな。ぼっちが考える最強遊戯、ぼっち遊びさえしたことがないんだろうよ」

「ヒ、ヒッキー、それってさ」

「妥協を許さなかったやつが、いろんなもんを妥協して俺達に近づこうとしてる。……無くしたくないって思っちまったんじゃねぇの? こういう関係を」

「………うん」

 

 ゆきのんはなんでもできる。いろんなことが解って、いろんなことが出来て。

 でもそれって、“なんでも持ってる”のとは違って……なんだろ。なんて言えばいいのかな。やだな、言葉が見つからない。なんて言えばいいのか解んないや。

 

「……雪ノ下さんにとって、葉山は興味の範疇じゃない。取り繕って、現状維持ばかりを選択するから……ってだけじゃねぇだろうけど、たぶん、怯えてでもなにかに抗ってるほうが人間味があっていいんだろうな」

「ヒッキー……?」

「この前な、雪ノ下さんに言われた。俺達が遊んでるところを見たって言って、今の俺達はつまらないだそうだ」

「つまんない……? えと」

「人を見てまず面白いかどうかで判断するなって話だけどな。……違和感ってのはそこなんだろうな。外から見てもおかしいって思う関係だ。俺もお前も気づいていて、たぶん雪ノ下は気づいてない」

「……うん」

 

 あたしたちは現状維持を望みすぎてる。

 あたしとヒッキーが付き合うことで、奉仕部が壊れるんじゃないかって。

 ゆきのんはおめでとうって言って笑ってくれて、むしろ近くに来てくれるようになったけど……それは本当にいいことだったのかなって。

 

「雪ノ下は雪ノ下さんの背中を追わなくなった。が、それだけだ。……葉山が言った言葉だけどな。雪ノ下は最初、人間ごと世界を変えるなんて言ってたんだ。それだけの意志と覚悟があったんだろうが───……それも今はない。妥協して譲って、小さくまとまって、勢いを無くしてる。考えるに、まあおそらくというか当然というか、ああいうヤツだからな。変えるための強い意志はあっても、変えられる覚悟がなかったんだ。自分が変わったかどうかって自覚もないのかもしれねぇ」

「ヒッキー……でもさ、それってそんな悪いことかな」

「え?」

「えっとさ。そりゃ、早く直したほうがいいものとかってあるよ? 癖とか、将来それはだめだーとか、社会人になったときそんなんじゃだめだーとか、そうやって言う人、いっぱい居る。でもさ、子供の頃に出来なかったことを今やっちゃったとしても、それって頭ごなしに怒って無理矢理直させるのは、あたしは違うって思う。出来なかったならやらせてあげなきゃ。こんなのゆきのんじゃないなんて言うんじゃなくてさ。あれだってゆきのんだって言ってあげて、それからさ、ちゃんとゆきのんが決めなきゃ」

「───…………」

「《くしゃっ……》わっ……ひ、ひっきー?」

「………」

 

 頭を撫でられて、ぽしょりって呟かれた。

 “お前、やっぱ人のことよく見てるわ”って。

 

「心理と感情か……はぁ、厄介だわー、ないわー、まじないわー」

「それとべっちの真似?」

「~……心に栄養与えないと鬱で死んじゃう病なんだよ。……ま、あれだよ。あいつは今、宝物を壊さないようにって必死なんだろうさ。なぁ由比ヶ浜。子供が構ってもらおう、自分を見てもらおうとする時、なにをすると思う?」

「え? えとー……かまってーってダダこねたり?」

「そうだな。それもあるが……“良い子”を一度でも願われて、褒められたやつはそうじゃねぇんだ。もっと良い子になれば、もっと頑張ればって、自分らしさを殺してまでそれを追い続ける。んで、雪ノ下には大変優秀なお姉さまが居た。だから追った。トレースした。完璧を目指した。期待に応えて正しく良い子になってだ。けど、だからこそ“あなたなら大丈夫”と太鼓判を押された。そりゃそうだ、手間がかからない子供に構う忙しい親が何処に居る。そいつはもう“あなたなたら大丈夫”が最低ラインになって、そうなったらもうだめだ。多少そこから外れただけでも、“あなたはそんなことをする子じゃないと思っていたのに”って言われるだけになっちまう」

「そんな……そんなのひどいよ……」

「雪ノ下には友達が居ない。幼馴染に葉山が居るが、関係は良好とは思えない。ガキの頃になにかがあって、それに葉山も関係してるってことだろう。で、それは、葉山に惚れた女子が、幼馴染であり葉山に近い雪ノ下にあれこれ嫉妬していろいろやったってことだと推測する。あー……あれな。上履きを60回隠す、とかな」

「うん……」

「おそらくそこでも葉山は動かなかった。もしくは気づかなかった。雪ノ下が一人で居ても、むしろ雪ノ下自身が一人を選んでいるとでも勘違いした可能性だってある。あいつは“みんな”を見るが“一人”は見ない。だから一人が苦しんでても“みんなでやろう”なんてアホなことが平気で言える。といっても、その頃に葉山が雪ノ下を守ろうとしたって逆効果だったろうけど……そこで下手に触れず、外でケアするなりしてやりゃよかったのかもしれねぇけど、恐らく葉山はそれをしようとしなかった。みんなが居る学校だからこそ雪ノ下にも笑顔で近づいて、結果として様々を壊した。孤立している雪ノ下にことあるごとに接近して、その度に他が嫉妬して、と。それの連続だったんだろうよ」

「ゆきのん……」

「まあその、あくまでぼっちとしての推測だけどな。あいつは今、自分の宝石箱をごしごし磨くのに夢中な子供みたいな状態なんだろ。このままがいい、綺麗なままがいいって、壊れることを恐れている。……呆れることに、たぶんそれは俺もだ」

「うん……あたしもだ。三人一緒がいいって思ってる」

 

 でも、それだけなのかな。

 あたし、ヒッキーと恋人になったからってゆきのんと友達じゃないなんて言うつもり、ないのに。

 

「恋人が出来ればお互いが夢中になって、一人の自分は当然ながら疎外感を覚えるもんだろ。たとえばこれは俺の知り合いのH.Hくんのことだが、中学時代に三人一組を組まなきゃならなくなって、仕方なく組むことになった二人が恋人同士で目の前でいちゃいちゃ……あの時の疎外感といったらな……」

「結局それヒッキーのことじゃん!」

「ぐっ……と、とにかくアレだ。雪ノ下さんはそれを否定するだろうが、それもまた雪ノ下だろ。変わったとかじゃねぇ、変われもしなかっただけだ。違和感があろうがなかろうが、あぁいうもんを自然に馴染ませたのがこれからの雪ノ下になるってだけだろ。……ただ、」

「うん。最近へんだなって思ってたのは、アレだよね」

「だな。……人の決定に従順すぎる」

「うん……なにか言うたびに“そうね”って頷いてばっかになった気がする」

「自分の意見を貫きすぎて、嫌われるのが怖いんだろうな。俺は貫きすぎて失敗した側だから、解らんでもない。むしろ解りすぎて辛い」

「あたしは……それでも周りに合わせちゃってたかな……」

「そうだな。言っちまえば、今のあいつは前の由比ヶ浜なのかもしれない。空気を読む、とまではいってない、読み方も知らない子供がとりあえず相手の意見に頷いてる、ってだけだが」

「えと……どうしたらいいのかな」

「お前が言った通りでいいんだと思うぞ? 今すぐってんじゃない。人にいきなり変われとかアホかって話だ。きっかけはいろいろ必要になるだろうし、多少強引だろうが仕方なしだが、いろいろ試してみるしかないだろ」

「うん……」

 

 ヒッキーは言う。

 言わなくても解る関係ってものに届かなかったなら、せめて次はって、人はそうやって手を伸ばすもんだって。

 とある映画でもあったけど、家が火事で全焼したら、その時はショックを受けても、せめてなにか一つでも無事なものがないかって探すものだって。

 ゆきのんは“言わなくても解る関係”をあたしたちに求めるのを諦める代わりに、喧嘩をしても、仲直り出来る関係を選んだのかもしんない。

 解らなくても、わかんないのが解るっていうか……そんな、見えないなにかを信じるだけでも繋がってられる関係を。

 たぶん、あたしがそう願って、このままじゃやだよって願って、卑怯だって言っても受け入れてくれたから。

 話せばきっと解ることは多くて。

 でも、全部なんて絶対無理で、やっぱり解んなくて。でも、そういうのが解る、曖昧だけどきっとそこにあるなにか。

 “らしさ”っていうのとも違うんだと思う。

 絆って言っちゃっていいのかもよく解んない。

 でも……ゆきのんは今、そういうのを繋ぎとめようとしてるんだと思う。

 解らないから手探りでやるしかなくて、怖いから委ねたくて、不安だから自分で決められなくて、壊れてほしくないから大切にする。そんなの誰だって同じだ。ゆきのんだけが特別じゃない。

 こんな考えは一方的でしかなくて、正解なんかじゃないのかもしれない。これがゆきのんが思ってること、なんて胸張って言えることじゃないけど。でもほら、解ろうって考えて、努力することは出来るんだ。

 解んなくてもそういうのが解るって、曖昧だけど大切なことだと思う。

 思えるから一人になんかしたくないし、したくないなら……自分から行かなきゃだ。

 

「……俺は。近い人のことは、知っていたいって思ってる。理解して、安心して……でもな、そんなことをしたことがないから、その先になにがあるのかもわからねぇ」

「……あたしは、なんでも言い合ってさ、それで解り合えたらなって思う。ヒッキーは、えと、ごーまん? って言うけどさ。で……」

「ああ。はぁあ……“解るものだとばかり思っていたのね”、か。今はあなたを知っているって言ったくせになんも言わなかったことから考えて、あいつは“言わなくても解り合える関係”ってのを望んでる。けど、俺達は解ってやれなかった。あいつはなんだかんだで生徒会長になってみたくて、けど叶えられなかったから、その時点で妥協しちまったのかもしれない。言わなくても解る関係から……別の何かに」

 

 だから嫌われるのが怖くて、でも妥協してばっかの自分は嫌で、なのに笑ってるしかなくて。

 ああ……そっか。うん、ほんと……前のあたしだ。

 でも、だから解ることもある。このままじゃだめだ。

 あたしは、遠慮なんかしないで言い合いをしてるヒッキーとゆきのんに憧れた。

 いい部活だなって、本当にそう思ったんだ。

 それを与えてくれた一人がそうなっちゃうのは、ワガママかもだけど悲しい。

 今じゃなくてもいいって、そりゃ、うん、もちろんだ。

 でも、今やらなきゃ直ってくれないものだったら、ゆきのんのこれからの時間をあたしたちの所為で壊すことになる。

 お節介かもだけど、踏み込まなきゃだ。せめて、ゆきのんがこの関係を大切だって思ってくれている内は。

 


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